146 車輪の再発明
ジン:
「んぐっ」
朱雀:
「そこっ!」
そー太:
「チャンス!」
わざとらしくヨロケてチャンスを演出するジンもジンだったが、2人して先を争い、ぶつかって機会を潰してしまう辺りの不器用さもどうなんだろうという気がする。
そー太:
「くそっ、ぶつかってくんなよ!」
朱雀:
「攻撃はアタッカーの役目だろ。お前こそ場所を開けろ!」
ジン:
「……口論してる暇があんのかボケェ」どっかんばっかん
そー太:
「ぐえっ」
朱雀:
「ガハッ!?」
そー太と朱雀の共闘は、ジンが軽くあしらって終わった。仲違いするように誘導する底意地の悪さ全開で結末は悲惨だった。その後の2人の口論については(口汚くてみっともないので)割愛する。
僕はというと、『シュウくん当てゲーム!』「「いえーい!」」みたいな軽いノリで、マトにされていた。範囲魔法は禁止の条件で、僕が魔法攻撃をひたすら回避するというゲーム?だ。発案者は自称グランドマスター・葵。もちろん僕の回避訓練ではなく、魔法使いが魔法を当てる練習である。貧乏くじともいう。
りえと汰輔だけの状態から、〈召喚術師〉の赤音が参加し、その後リディアも加わり、最後は石丸まで参戦した。前世の宿業とかに想いを馳せつつ、波状攻撃をひたすら避け続けるハメに。
ところが、さすが石丸先生というべきか、何回かに一度づつ普通に当ててくる。たぶん避ける動きを制御されているか、動く先を計算されているかだが、さすがに当たってしまうとこちらとしてもおもしろくない。
シュウト:
(くっ、もうこうなったら意地だ!)
唐突なる対石丸戦の勃発である。確かに、こんな機会でもなければ石丸と戦う機会も巡ってこないだろう。僕が一人で対抗心を燃やしてのことだが、負けっぱなしは悔しい。
まず静に回復してもらい、避けつつ観察することに。
弱い威力の魔法を使っているので、このゲームはなかなか終わらない。しかも〈吟遊詩人〉の大槻がMP回復の援護歌を響かせている。……ある意味で地獄だったかもしれない。
本職のスプリンクラーほどではないが、リディアの〈パルスブリッド〉が2秒に1発のスピードで飛んでくるのが厄介だった。気を利かせた大槻が〈猛攻のプレリュード〉を追加。使用規制の短縮効果で、リディアの弾幕が点から線へと変わっていく。
葵:
『なかなかのガンド撃ちだね』
肝心の石丸先生はというと、予測射撃・偏差射撃は当然として、2~3歩位置を変える『軸合わせ』や詠唱をステップキャンセルさせる『タイミングずらし』、リディアとの連携でジャンプするように誘導してからの『着地スナイプ』など、イヤラシいテクニックの数々を使っていたことが判明した。考えてみれば(というか考えるまでもなく)〈カトレヤ〉のメインメンバーの実力がぬるい訳がない。
最初はノリノリだった りえなどは、もはや当たらないと半ば諦めていたが、それでも戦いは延々と続いた……。
汰輔:
「隊長、すっげー避けるんだもん」
りえ:
「アンタはまだ1回当ててるじゃん。あたしなんかゼロだよ、ゼロ」
赤音:
「永遠のゼロ」
葵:
『ちょ~っち、ハードモードだったかにゃー?』
シュウト:
「むしろ僕の方が練習になった気がします」
葵:
『まぁ、シュウ君以外の子にマト役やらせるとイジメになっちゃうしねぇ~』
(ああ、それでか……)と思ったけれど、(まぁいいか、練習になったし)と思ってしまうところが、この役に選ばれた理由かもしれない。単発攻撃なら、回避専念すればそこそこ避けられそうだった。
リディア:
「わたしは当たらなかったんじゃなくて、当てなかっただけなんだから。感謝してねっ」
シュウト:
「ハハハ(苦笑)」
本当にそうなのは知っていた。けれど無理に当てようとしてこないせいで連携が取りやすくなっていたハズなのだ。おかげでさんざんスナイプされたんですが、そこは感謝するトコなの?と思いつつ、言葉にはならなかった。結論的にはリディアのサポートが巧かった、ということだからだ。
石丸:
「特に後半の回避は素晴らしかったっス」
シュウト:
「いえ。こちらこそ、勉強になりました」ぺこり
終わってみると、石丸の凄みに体の芯から尊敬の念を覚える。
アクア:
「マトに当てるだけが練習じゃないわ。前衛が戦ってるところに魔法を撃ち込むこともあるのだから、味方に当ててしまわないようにしっかり技術を高めなさい」
静:
「そっか、隊長に当てないようにしなきゃなんないんだ」
りえ:
「わっかりましたっ!」
葵:
『キーッ、美味しいトコ アクアちゃんにとられたー』
『味方に当てない』のは当たり前に属する地味なテクニックのひとつだ。こうした『出来て当たり前』と言われる技術の大半は、ほとんどの人が完璧には出来ないものでもある。人間なら失敗するのが当たり前だ。でも、そうした地味な技術の完成度は、複雑な連携の精度にダイレクトに影響する。難易度が極限まで高まったとき、メッキだったかどうか、地金をさらすかどうかが分かる。
石丸と一緒に戦っていて、自分に魔法が当たるかも?などと思ったことはこれまでただの一度もない。安心感すら『感じさせない』レベルの正確さ。それで思い出したのは、『AIキャラクター』のことだった。
アクションゲームなどで敵として出てくるAIキャラクター(モンスター)は、作り込み過ぎると人間では勝てなくなる場合があるといわれる。1フレームでの正確な回避行動を自動的に連発するなど、人間には不可能な操作を実現してしまうという。もっと強くも作れるけれど、あえて人間が勝てる余地を残す、もしくはあえて弱くなるように調整することでAIキャラは完成する。
石丸から感じるのは、そうした『機械の精密性』なのかもしれない。
そんなこんながあって、今日の全体練習も終わった。
◆
ジン:
「んじゃ、様子を見に行きますかね」どっこいしょ
昼食を食べすぎたのか重そうに腰を上げるジンがおじいちゃんしているのを見つつ、どこまでが演技だろう?などと益体もないことを考えていた。ユフィリアがぴょこんと立ち上がって、私の方に手を伸ばしてくる。
ユフィリア:
「どんな絵になったかな?」
ニキータ:
「きっと、すばらしい絵に仕上がっているわよ」
ユフィリア:
「そうだといいなぁ!」
彼女の手を取って、自分も立ち上がる。
今日は贋作師ニックとの約束の日だ。彼の絵を受け取りをしにいくことになっている。多少は最後の仕上げをするかもしれないというし、それだとユフィリアがいなければ始まらない。
ジン:
「勉強タイムか」
英命が咲空と星奈に教えていた。黒板の内容からすれば数学、否、算数の復習らしく、分数の割り算をやっている。この辺りでつっかかってしまうと、一生算数が嫌いになってしまうと良く聞く。
咲空:
「でも、分数って、1/2なら半分ってことですよね? 半分で割ったら、どうして増えるんですか!?」
名護っしゅ:
「でたでた」
大槻:
「咲空理論だな」
ジン:
「ブフッ(笑)」
エルンスト:
「数学は苦手のようだな」
『咲空理論』は的を射ていた。自分の理屈を考えて説明しようとすることは良いが、咲空の場合は自分の中だけで理屈が閉じてしまっている。だから世界を説明していないし、言い訳みたいに使ってしまう。そこが残念だった。
星奈:
「咲空ちゃん。……ひっくり返してかければいいんだよ!」
星奈は、先生の言うとおりに覚えたのだろう。つっかからなかったらしい。こういう部分の素直さはユフィリアと似ていた。
ジン:
「そっかー、星奈は分数の割り算ができんのか~」うんうん
星奈:
「できます」
ジン:
「やるじゃんか。昔から算数の出来る女の子は頭が良いって言うんだぜ」
星奈:
「!?」
頭が良いと言われたのが嬉しかったのか、星奈の瞳は輝いていた。表情は……、猫なのでよく分からなかった。
咲空:
「あうー。……いいです、数学なんて出来なくたって」
英命:
「大丈夫。すぐできるようになりますよ」
名護っしゅ:
「そうそう。ここからが先生の腕の見せ所だな」
ジン:
「出かけてくるわ。あとよろしく~」
そんなことがありつつ、画家ギルドへ向かった。
浜島:
「確かに受け取った」
ジン:
「印刷行程はもう始まってんだっけ?」
浜島:
「ああ。業務を効率化しないと月刊化も厳しい。隔週はさらに厳しい」
ジン:
「まぁ、その辺のことはうまくやってくれ」
完成した絵は更に素晴らしい出来だった。この絵を表紙にするにはここからもう少し加工が必要だが、雑誌としてはとても目立つものに仕上がるだろう。かなり話題になりそうだった。
ユフィリア:
「ニックさん、ありがとう!」
ニック:
「こちらこそ。良い絵が描けたよ」ニコッ
フランソワ万里子:
「次号の表紙もお願いしたいんだけど?」
ニック:
「そうだね。考えておくよ」
フランソワ万里子:
「いやいや、考えないで描いてよ」
ニック:
「モデルを誰にするとか、いろいろあるじゃないか」
ユフィリア:
「ニナとかどう?」にっこにこ
視線がこちらに集まる。自分がどんな表情をしたかといえば、『呆然』が近い気がする。
ニック:
「最初に会った日はフードで顔が分からなかったけど、確かにニキータさんも、とても魅力的だね」
ユフィリア:
「でしょう?」←自慢げ
ニキータ:
「そういうの、いいから」
フランソワ万里子:
「モデル、ダメ……?」
ニキータ:
「も、持ち帰って検討させてください」
ニック:
「ビジネスライクだね」クックック
そもそも表紙になってどうしようというのだろう。正直、次もユフィリアでいいのでは?と思ってしまう。たぶん売り上げにも影響することになるだろう。そうなると自分が出ていいのかどうかと言った問題が絡んでくる。表紙になって売れなかったら?と考えると、今から責任を感じそうで怖くもある。ユフィリアは特別なのだ。
礼を言って、画家ギルドを後にする。帰り道は自然とニックの話題になっていた。
フランソワ万里子:
「しかし、シャレてるね!」
ユフィリア:
「ニックさんでしょ、オシャレさんだよね」
ニキータ:
「確かにステキかも」
洋服のセンスが良く、雰囲気から色気のようなものを感じさせる。ああいう男性はどうなのだろう?などと自問しようとした時だった。
ジン:
「おーい。念のために言っておくけど、ゲイとかを疑っておけよ?」
つまらなさそうにそんなツッコミを入れてくるジンだった。内容にちょっとドキッとしてしまう。
ユフィリア:
「あれあれ? ジンさんが嫉妬ぅ?」によによ
ジン:
「ちげえよ。過剰にオシャレな男はとりあえずゲイを疑うのが基本なの」
ニキータ:
「そう、なんですか?」きょとん
ジン:
「おいおい、ウブすぎんでしょ……」
そんなことも知らないのかよ?という文脈の、嫌そうな顔をされた。
ジン:
「例えばだけど。派手好みの某女性声優で、好きになる男はみんなゲイばっか!みたいな話があってな。洋服のセンスとかで選ぶと、ゲイに当たりやすいらしい。
程度の差はあるが、普通の男はそこまで服になんぞ興味がない。俺も詳しいことは知らんが、オカマだのの連中は小さい時からカワイイのとか、洋服なんかに興味を持ちやすいみたいだし、脳の機能的な問題なのかもしれんね」
ユフィリア:
「ニックさんって、そうなんだ?」
ジン:
「いやいや、俺は決めつけてないぞ。盛り上がる前に、確認しとけっつーコト。……ちなみに、クリエイティビティとゲイの人数は比例関係にあるって聞くね。連中は都市を活性化させる可能性ってことだな」うんうん
フランソワ万里子:
「なんてアカラサマな付け足し情報」
ユフィリア:
「えっ、えっ、それってどういう意味?」
ジン:
「なんも意味なんかねーよ」
批判が過ぎると差別発言っぽくなってしまうので多少フォローしておいた、といった辺りだろうか。ジンはジンで苦労や気苦労が絶えないのかもしれない。無差別級最強の傍若無人を振る舞われるより、こうした配慮の鬼であってくれた方が、幾分かマシではあるのだろう。
ユフィリア:
「ジンさんって、そっちの人にはモテるの?」
ジン:
「フッ、教えてあげよう。非モテスキルの数少ない利点は、『嫌いなヤツからもモテない』ことなのだ!」
ユフィリア:
「つまり、モテないんだ?」
ジン:
「そう。女にモテなくて、ホモだのゲイだのにモテるとか最悪だろ。 ……そういうお前ってば、レズな人にはどうなん?」
ユフィリア:
「大丈夫だよ。私よりモテモテの人がいるから」にっこー
ニキータ:
「…………」
誰のことかと言われれば、私のことである。
そちらの趣味・性癖はないのに何故だかそちら側の人を引きつけてしまうらしく、『それなり』に苦労もして来ている。
ただユフィリアと友達をやっていることで、『付け入る隙のない完全無欠の美少女をはべらせている』風に見えるというおまけがある。お陰様でここ数年(〈大災害〉でこっちに来るまでの間)は少しばかり心に余裕があったりはしたのだが。
ユフィリア:
「ただいま戻りましたー♪」
雑談もそこそこにギルドまで戻ってきた。元気なユフィリアの声におかえりの声があちこちから聞こえてくる。
ジン:
「咲空、分数の割り算は出来るようになったか?」
軽い調子でからかったつもりだったのだろう。しかし、咲空は振り返ると、平然と言ってのけた。
咲空:
「はい。ひっくり返してかけ算すればいいんですよ」
ジン:
「なっ……!?」
ニキータ:
「えっ!?」
出かけてから2時間は経過していない。頑固な咲空がこうもあっさりと意見を翻したというのだろうか……?
ジン:
「おい、どういうこった?」
名護っしゅ:
「それが……」
エルンスト:
「うむ」
エルンスト達の視線の先には、にこやかに微笑む英命の姿があった。つまり有能だったということだろう。たかだか分数の割り算ごときのことなのに、もう不気味さが先に来てしまう。
ジン:
「……なぁ、先生。どうやって教えたんだ?」
英命:
「それは企業秘密というヤツですね」しれっと
笑顔と沈黙だけでジンを躱す。
英命:
「逆に質問しますが、あなたならどう教えますか?」
ジン:
「ん? そうだな、思いこみの強い咲空の場合は、自己説得や自己洗脳が有効だから、…………そうか、誘導したのか」
英命:
「(にっこり)」
つまり『今のやり方』で、咲空本人にたどり着かせたということらしい。この人も『ジンたちの側』かもしれない。
英命との対決ムードになるかと予想したが、咲空の頭をナデてやると、そのまま階下へと降りていくジンだった。
オールドメンズルームの、自分の定位置にで落ち着いたジンに質問してみた。
ニキータ:
「英命先生についてどう思いますか?」
ジン:
「どう? ……んー、いいんじゃねーの?」
ニキータ:
「それは、アリってことですか?」
ジン:
「まぁ、な。ああいった誘導尋問っぽい方法は、中身ペラいヤツがペラいのを隠すのに使ってりゃダメダメだけど。そういうのじゃないだろ」
『自分で気付かせる方法』は、使い手が答えを知らなくてもナントカなってしまうのだろう。思わせぶりな態度で『知らないくせに知っているフリをする』ことができる。でもそれは使い方としてダメだというのは分かり易い話だった。
葵:
「車輪の再発明の話?」
ジン:
「まぁな」
ニキータ:
「えと……、それとどう関係するんですか?」
葵:
「『車輪の再発明』というのは、すでに世の中にあるものを、もう一度発明することを言うでしょ? つまりあの先生のやり方は、生徒に『再発明させてる』ってコト」
ニキータ:
「それは、イイコトなんですか?」
ジン:
「場合による。同じものを何度も再発明したって世の中は先に進まないだろ。だから基本的にはマイナスの概念として使う。でも教育法としては使い方がうまければアリだな。俺も部分的に使ってるよ」
ニキータ:
「例題をお願いしても?」
ジン:
「武術のエッセンス、要諦、秘訣なんかをぜーんぶ再発明させるように誘導しようとしたら、何十年も掛かるだろ。というか、質的にも量的にも大天才だって全部は無理だよ。だからビシバシ教えちゃってるな。
でもライドの感覚なんかは、自分たちで気が付くように待ったり、誘導したりしてる」
ニキータ:
「再発明させようとしているんですね?」
ジン:
「そういうことだ」
くつろいでいたらしきスタークも会話に参加。
スターク:
「でもさぁ、何でもかんでも教えてくれた方が楽ちんなんだけど?」
ジン:
「こっちもその方が楽ちんで済むんだけどなー(苦笑)」
ニキータ:
「そういうものですか?」
葵:
「そりゃそうっしょ。口で言って分かるなら、だけどね」
ジン:
「俺だって秘密主義をこじらせてるつもりはねーかんな? くだらないことは教えて済ませちまえばいい、ぐらいに思ってる。でも先に知ってしまうと『出来なくなること』もあるんだよ」
スターク:
「やっぱ、そういうものだよねぇ」
葵:
「ま、相手にとって大事なことが、こっちにとってはどうでも良かったり、その逆だったりはあるかもだけどにぃ(笑)」
スターク:
「『理解』は贅沢品かもねぇ」
諦めに彩られた乾いた笑いの会話だった。ストレス社会という単語を想起する。
夕飯の後、ギルドのあり方を揺さぶる事件が起こった。それは『車輪の再発明』と少しだけ関わり合いがあるものだった。
◆
アクア:
「このギルド、イビツね。どうして組織が2つに分裂しているの?」
ジン:
「…………」
葵:
「…………」
英命:
「興味深いお話のようですが?」
ジンと葵の表情を確認するのだが、2人とも受け流す構えに見えた。代わって先を促したのは英命だ。
アクア:
「2つに分かれている状態で放置している理由は何? 意志疎通が巧く機能しているようにも見えないわ。それでいて下位のグループがサポートをしている訳でもない。これだと単なる足手まといでしょう?」
シュウト:
「あの、ええっと」
ジン達が黙って聞いているので、慌てるのはシュウトの番になった。下位グループが足手まといと言われたら、そー太達が気分を害するのは見えている。しかし、アクアの『正論』は止まらない。
アクア:
「ギルド全体でサブ職の分担もできていないようだし、サポートの数だって足りていない。放置している理由を教えて頂戴?」
英命:
「耳に痛い指摘、ということでしょうか?」
エリオ:
「難しい問題でござるね」
ジンと葵がまだ黙っているからか、先んじてスタークがツッコミを放った。
スターク:
「アッハハハ。こんなの決まってるよ」
アクア:
「言ってみなさい」
スターク:
「困るのを待ってるんでしょ?」
シュウト:
「困るのを?」
ユフィリア:
「待ってる?」
視線がジンと葵に集中する。会話を引き継いだのはジンだった。
ジン:
「まず、名誉のために言っておこう。エルンスト達は気が付いてて、提案もしてきていた」
葵:
「待ってもらってたんだよ。結論が出るのをね」
シュウト:
「その、結論というのは?」
ジン:
「分裂の根本的な原因は、俺たちが指示し、与える側。お前らが指示されて、受け取る側に分かれているからだ。大規模ギルドならある程度の効率化は必要だか、中規模のこのぐらいのギルドなら、もう少し形を変えないといけない」
葵:
「問題が表面化して、シュウ君たちが気付いて、結論が出るのを待っていたんだよ」
アクア:
「あら。……だとしたら余計なことをしたかしら?」
ジン:
「早送りしただけだし、べっつにぃ~」
確かに問題だったかもしれないが、うまく行っていない部分があったのだろうか? その意味では問題が『まだ表面化して』いなかったのではないだろうか。自分達で気が付くのを待っていたのだとすれば、これも車輪を再発明させようとしていたことになる。
りえ:
「あのー、結局、あたしらはどうすれば?」
ジン:
「お前らは、このギルドはどうなるべきだと思う?」
静:
「えーっ? 特に不満は……。あ、いや、最近シュウト隊長がちょっと冷たいかなーって。もう少し優しくして欲しいです!」
シュウト:
「いやいやいや。それ、ギルドの行く末と関係ないと思うよ?」
りえ:
「あたしらには重要なこと、でっす!」
ジン:
「……シュウト、優しくしてやれ」
シュウト:
「えええええ」
静:
「やったー!」
りえ:
「勝った!」
赤音:
「これであと10年戦える……」
英命:
「楽しいギルドですね」フフフ
緊張感が足りないというか、異世界を満喫しているというか。ため息を量産するのが上手だと認めよう。
そー太:
「ちょっと待てよ!そういう話じゃないんじゃねーの?」
まり:
「そー太って、何か不満に思ってたことがあるの?」
そー太:
「あるよ。隊長に指揮してもらって、レイドとか行きたいじゃんか」
大槻:
「それもひとつだろう。大きく見たとき、ひとつのギルドに2つのグループがあって、バラバラに活動している。そしてリソースの大半を上位のグループが握っていることになる」
名護っしゅ:
「隊長と一緒に冒険に行けないってのも、上位グループがリソースを独占しているからってことだな」
ジン:
「リソース独占しているってのを否定はせんよ。ただ、生活力が土台にあって、その余力で上達と狩りを行ってるんだよ。食うため、食わせるためにリソースを優先して使うのは当然のことだ」
葵:
「貢献度の高いメンバーが上位グループに多く含まれているからね。ダーリンとかダーリンとかダーリンとか!」
レイシン:
「はっはっは」
大槻:
「これはたとえば、下位グループでダンジョンに遠征しようとしても、食事を作る係が居ない、という風に影響する」
ドラゴン戦の日の夜は、下位グループの食事をレイシンが作れないため、外食していると聞いている。それはそれで楽しそうな気もした。
ジン:
「咲空と星奈が生活全般のサポートに専念してくれてんのがデカイんだよ。まずそこに全力で感謝しろ」
ユフィリア:
「いつもありがとー!」
サイ:
「感謝」
エリオ:
「えらいでござるね」
咲空:
「そんな、大したことは……」
星奈:
「がん、ばり、ますっ!」むん
簡単にいえば下位グループが上位グループの構築した生活力におんぶされている状態なのだろう。それでいて、組織を変える権限はない状態ということだろうか。大した不満がないから、問題になっていなかったのだ。
ジン:
「……今の組織形態は、ゲーム時代のギルドと別物だと考えるべきだろう。会社とも違うし、学校でもない。家ってのもチト違う。生活と冒険をひとまとめにした『寄り合い所帯』だな」
エルンスト:
「日常生活で依存しているから、脱退しにくくなっている」
名護っしゅ:
「まぁなぁ。やめっちまうと、明日からどうやって生きていこう?ってなるし」
二キータ:
「そう簡単には、ですね」
これまでもギルド存続の危機を経験しているが、辞めてしまった後の不安が大きいのは私も感じていたことだった。
――ゲーム時代であれば、ギルドは『ゲーム仲間』という意味合いが大きかった。各プレイヤーがそれぞれの家庭に生活基盤があり、その上でゲーム内部のグループやコミュニティを作っていた。ギルドへの依存性という意味はさほど強くはなく、ギルドは解散しやすい弱い組織・集団であった。
この際、『廃人』と呼ばれるゲームプレイヤーの集団は、この依存度が異常に高い状態をいう。現実世界での活動を犠牲にしたり完全に無視して、ゲームに全力でコミットメントする姿から『廃人』と呼ばれた。
〈大災害〉によって異世界に閉じこめられた経緯から、ギルドは生活基盤としての意味合いが拡張された。アバターの操作ではなく、実体として自分の体で戦闘をしなければならないこと、それを恐れる心理から、『ゲームパート』が無くなってしまっている、と分析することもできる。
葵:
「そういう意味じゃ、『正しいやり方してるギルド』は大きくなるべきなんだけどね」
エルンスト:
「それは戦後日本の高度成長期での、大企業の論理だな」
葵:
「そっそ」
――組織を大きくするにはどうすればいいのか?という視点・疑問を持ったとしよう。すると、正しい方法論の模索が始まることになる。現実であれば、多種多様なケースの中から、巧く行っている組織を見つけ、その成功要因を分析して、適用したり研究したり、といった流れになっていく。
正しい組織の姿・形がひとつであるなら、全部がそれ一つになればいいことになる。だが、現実はそうなってはいない。少なくとも数世紀先まで、そうはならないだろう。
あらゆる条件――外部的なものから、内部的なものまで――が千差万別であり、構成員の人数・規模によっても組織の形状は変化しうる。またその評価軸も多様である。『何をもって正しいとするのか』……人類はまだ正解にたどり着いてはいない。こうした組織論の行き着く先、その途上で惑星規模の話に至るからである。国家間の対立や紛争を収め、地球という星の運営ができる水準にはまだ遠く及ばない。それどころか、一つの家庭を守ることすらできないのが現状であろう。
〈大災害〉後のヤマトサーバーを見てみると、アキバのプレイヤータウンには何百というギルドが存在している。それらの大半は『自己流』であって、特に何らかの理論・方法論を元にしているとは言えない。感覚的な運用に失敗すれば、それらのギルドは崩壊するかもしれない。ジンが前述したように、今のギルドは新しい組織形態である。一番近いのは軍隊となるが、それはそもそも軍隊が『何でもありの組織だから』と言えるだろう。
こうした多種多様なギルドの存在は、『どれかは正しいかもしれない』という意味になりえる。淘汰を受けても生き残れるギルド形態を見つけることが出来れば、それを普及させることも可能かもしれないのだ。
……これが第二次世界大戦後、高度成長期の日本企業でも広くで行われた事象である。ただし視線は真逆で『大きくなれた企業の方法論は正しい』という総当たり・場当たり的なものだった。多くの組織は、運や直感を元にし、失敗と試行錯誤を経て『偶然に生み出されて』いった。
本来、運や直感、偶然で生み出されるギルドの中でも、狙って組織作りを成功させているものがある。〈D.D.D〉やミナミの〈Plant hwyaden〉だ。〈D.D.D〉などは完全に『天才の仕業』に分類されるものであろう。ゲーム時代から成功し、〈大災害〉後の性質変化にも柔軟に対応してみせている。
もうひとつの〈Plant hwyaden〉は、〈大災害〉後の巨大な成功例のひとつとして数えられるだろう。ただし、単一巨大ギルドはその形態で巧く行かなければ一回で瓦解してしまうことを意味している。〈Plant hwyaden〉への評価はこれからの動向で判断されるべきものだろう。
葵:
「……まぁ、直ぐに意見出せって言っても出るもんじゃないしね」
ジン:
「まずこちらで用意していたプランを実行するぞ。分裂しているグループの間を取り持つ中間管理的なポジを設定する。これはエルンストを議長役として、名護、大槻の3人で役割を受け持ってもらう」
アクア:
「あえて3分割にしてしまうことで、融通が利くようにするわけね?」
ジン:
「そんな感じかな。それと、『上位グループ』『下位グループ』って表現を早いトコ止めないと、構図が固定されちまうぞ?」
ジン達が権力を分散させ、エルンスト達に役割を分担させることにしたようだ。情報開示などを進めて、組織の風通しを良くする狙いがあるらしい。
ふと、手を挙げている人がいるのに気が付く。
ニキータ:
「ジンさん?」
ジン:
「ん? おお、なんだ、意見があるなら言ってみ?」
おずおずとした態度ながら、立ち上がったのはマコトだった。そー太の友達4人組の静かで大人しくて控えめな感じの子。
マコト:
「あの、お話によれば、生活力が大事で、それが充分にあればみんなの役に立てるんですよね?」
ジン:
「余力がないと何もできないからな」
マコト:
「その、ボク、サポートに回りたいんですが……」
そー太:
「はぁ!?」
英命:
「ほぅ」
葵:
「ふぅ~ん(笑)」
爆弾発言だったらしく、そー太がイライラした感じで叫ぶ。
そー太:
「なんだよ、戦いに行かないつもりか!?」
まり:
「こら、そー太は怒鳴るな」
りえ:
「マコちん、戦うの嫌なの?」
マコト:
「その、あんまり向いてないって思うんだ……。ごめん」
ジン:
「へぇ。『向いてない』か」
マコトの投げかけた一言が、具体的な『身の振り方』を全員に意識させることになった。同時に話が纏まる気配も消し飛んだため、今日のところはお開きとなった。
翌日はレイドなのでアクアとの個人練習も早めに切り上げ、準備をして休むことになった。予定では明日もレベルアップが中心になるので、レイドボスに挑む前の深い緊張感はない。翌朝のお味噌汁屋のことを考えていると、自然と眠りに落ちていた。




