145 太陽の戦士
ジン:
「ズバリ、『きゆる』とは、キリンさんのゆるだ!」ドンッ
アクア:
「あら、そう?」
エリオ:
「なるほどでござる!」
いつものメンバーに、アクアとエリオを加えての早朝練習だった。ゆる体操を教えるのに、ジンはまた『嘘っこ動物ゆる』から始めていた。既にネタバレしている僕らはどうということもないのだが、明らかにアクアを騙そうという魂胆が透けてみえる。ジンの真剣さは尋常ではない。僕は笑いを堪えるので必死だった。ポーカーフェイスに自信がないので、アクアから遠くの位置に下がっておく。
アクアがこれまた真剣だった。彼女の演じるキリンやゾウ、ライオンは優美で、野生を感じさせる完成度があった。その吠え声は本物の動物が鳴いているのではないかと思うほどだ。エリオの方はちょっとドタバタした感じだが、一生懸命に(騙されて)演じていて好感がもてる。
ジン:
「……というのは、ぜーんぶウソでした~!」
爽やかにやり切った感のいい汗でそう宣言するジンだった。
アクア:
「まぁ、そうでしょうね」
エリオ:
「はっ!? ……ウソでござるか? 今の、全部ウソだったでござるか?」
ギャーギャーと騙されたことを喚くエリオに対して、アクアは静かに受け流しただけだった。流石すぎてあんまり面白くない。
シュウト:
「アクアさん、ウソって気付いてたんですか?」
アクア:
「半分ね。……あの男のやることはもっと科学的で、論理が香るわ。でも、動物の演技をする練習もそう珍しくもないものでしょう?」
動物のフリをする訓練などは『珍しくない』と言い切ってしまう辺りが別世界の住人だと思わされる。演技や発声練習で動物の鳴き声を真似る訓練もあるらしい。恥ずかしいことをやらされたとばかり思っていたが、『普通のこと』だったとは……。
こうなってくると『普通の範囲』が広すぎるのか、自分の世界が狭いだけなのかわからなくなる。たぶん、後者なのだろう。僕の考えている『普通』とやらが狭すぎるだけなのかも。
改めて仕切り直し、丁寧に丁寧に体をゆすり、ゆるめていく。
ジン:
「ゆすって~、ゆすって~、はい、ゆれて~、ゆれて~、更に、ゆられて~、ゆられて~。ゆ~る~、ゆるゆるゆるぅ~」
能動から受動へと動作を切り替えながら、深く深く攻めていく。
ジン:
「能力限界・成長限界はゆるみ度で決定される。特にシュウト、よーくゆるませろ。お前、そろそろ厳しくなってくんぞ」
シュウト:
「わ、わかりました」
ジン:
「だが2ヶ月ぐらいまるで成長できない日々ってのも楽しいけどな(嗤)」
シュウ:
「……本気で勘弁してください(汗)」
悪意に満ちた邪悪な笑い顔をみたら、本気かどうか疑いたくもなる。そして実は本気だったりするのはこれまでの付き合いから分かる。2ヶ月後、逆らう気を完全に無くした自分の姿がまぶたの裏にチラつく。……無駄に逆らうのとか、やめよう。
ジン:
「人間、成長できなくなると『あっ』という間に心変わりするぞ? 鍛錬すること自体を目的にすり替えて、弱い心をカバーするわけだ。鍛錬するのが目的になれば、成長は二の次になる。……成長はおまけです。偉い人にはそれがわからんのです。むしろ成長しなくてもいいんです、みたいにな」クックックッ
アクア:
「でも時には楽しみを追求することも必要でしょう?」
ジン:
「否定はせんよ。鍛錬でいえば、ゆるの目的化だけはゆるしてやろう」
葵:
「ゆるだけに?」
ジン:
「ゆるだけにな」
ユフィリア:
「ゆるだから、ゆるすんだ?」
ジン:
「そう。ゆるだから、強請るんだよ」
シュウト:
「もうゆるしてください……」
どうにかオチが付いたのか、そのまま鍛錬を続行。
ジン:
「しかし、ゆるみ度がどんなに高まっても物理限界はあり続ける。物理的な成長限界を突破してやらなきゃならない。訓練対象を意識へとシフトさせるんだ。意識で身体の状態を変える。はい、『ゆるませる』ように~」
ジンが説明しようと何度も試みた結果からすると、極意とはどうやら意識の力で肉体を変質させること、を意味として包含しているようだ。柔らかくゆるませるところから、極意は既に始まっているのかもしれない。
ジン:
「今日は能動性に注目してみよう。途中で力を抜かないで、指先まで神経を通すように~、能動コントロール」
その場歩きの腕振りをしてみせるジンだった。腕を振り、頂点に来たところで脱力して落下させてしまうところを、全部を能動的にコントロールしろと言う。指先まで滑らかに雑にならないようにコントロールしていく。
ジン:
「そう。力を抜きながら~。ゆっくりと動かして~、固まらないように~。滑らかに、なめらかに~」
まさに指先にまで神経を通す作業だった。脱力による『抜け』を埋めるあたらしい感覚のゆるだ。能動的な動作感覚を柔らかいものに置き換えていく。
ジン:
「じゃあ、ここで大きく腰を回してみよう。円を描くように~。おーきく、おお~きく~。ショートカットしないように~。おお~きく」
シュウト:
「ちなみに、ショートカットするとどうなるんですか?」
ジン:
「インナーマッスルを使っていない、という意味になる。首や肩、腰、膝、足首、その他回せるところ全部。これに加えて、背骨を中心とした波動運動の全てで、こうしたショートカットを起こしやすい。
特に背骨や肋骨周辺には微少な深層筋群があって、そいつらは『最も精密な動作』でしか働かないようになっている。今のお前らはアウターマッスルの影響でショートカットさせるのが癖になっている状態だ。だからインナーマッスルがサボって働かない。働かないんだから、いくらやってもゆるまない。……こういうのを避けるには、ゆっくり、精密に動かしてやらなきゃならない」
少しでも早く体をゆるめたい。だから、動きが速くなる傾向がある。だけれど、速く動かすことで雑になれば、インナーマッスルを使わないショートカットをさせてしまう。
個人的に大きいのは、ゆっくり動かすことの目的や動機を得られたこと、だったかもしれない。
ジン:
「『努力してる感じ』にウットリするんじゃない。もっと力を抜くんだ。がんばらないように。楽に、楽しく、気持ちよく、快適に! 根本から体を練るんだ。体の生命力、細胞の生命力を高め、心も、体も、頭も柔らかく、柔らかく」
基本に戻り、骨の一つ一つをゆるめていく。そして内蔵へ。さらに筋肉をゆるめていく。
レイシン:
「ごめん、そろそろ朝食の準備しないと」
ユフィリア:
「私も~」
ジン:
「じゃあ、そろそろ終わりにしようか。最後、少し粘りの感覚をやろう。納豆の1/100ぐらい。触ると、水がちょっと糸を引くかも?ってぐらい」
さらさらとした抵抗のない液体のイメージから、もう少し粘り気を帯びた動き液体を意識する。魚の表面を触ったときの粘液(?)ぐらいだろうか。
ジン:
「こうした粘り気にも無限の段階がある。もっと強く粘らせれば弾力として扱うこともできるだろう。今は、サラサラが少しトロみを帯びた程度でやってみよう」
もしかして弾力であれば、柔らかさを筋力の代わりに使えることになるのだろうか? そんなことを考えてしまう。
ジン:
「サラサラから~、するするつるつる、とろとろぬるぬるヌルフフフ。 ……はい、朝はここまで」
シュウト:
「ありがとうございました」
レイシン:
「じゃあ、いくね~」
ユフィリア:
「ニナ、後で」
ニキータ:
「ええ」
2人が出て行ったところで、雑談タイム的な流れに。
アクア:
「『ゆる』という練習をすると、どう変わるの?」
ジン:
「そいつは難しい質問だなぁ。全部が変わるというか? うーん、何から何までひっくるめて全部が変わるものだ。レギュラーからフリーに変わるってのは、まさに世界移動に匹敵する大変化、大改革だ。その前提になるものだよ」
アクア:
「もう少し具体的には?」
ジン:
「骨格と筋肉で関節を動かす『クランク構造』から、『疑似流体構造』へと変化する。クランク構造ではアウターマッスルを主に使い、関節を動かすことで体を動作させる。一方、疑似流体化された人体はインナーマッスルを駆動力にする」
シュウト:
「そうなると、どう変わるんですか?」
ジン:
「レギューラームーブメント、いわゆる一般的な運動動作では、四肢にこれでもかっ!と力を入れるのが良い運動なわけさ。激しい運動は威力感をストレートに表現する。その激しさってのは『無駄な動き』と言われるものでもあるわけだ」
エリオ:
「フリーの場合はどうなるでござる?」
ジン:
「静かな動作なのに『なにこれ~? メッチャ威力あるぅ~』……という風になる。海の中で魚がいきなり方向を変えて、あっという間にいなくなるような運動だよ。運動構造自体が違うから、レギュラーからしたらフリーはどうなってるのかさっぱり分からない。だから対処不能になる」
葵:
「へぇ~」
対処不能の話はだんだんと分かるようになって来ていた。ジンやレイシンと戦うと、未だにまるで対処できない。でも、そー太や朱雀と組み手するといともたやすく対処できてしまう。
――自分の持っていない運動構造には対処できない。
元来、高度な運動になるほど対処・対応の訓練には時間が掛かるようになる。全てに対して訓練が必要になるため、理屈から言えば無限に訓練時間が必要となる。原理的に言えば、『訓練していないものには対応できない』からだ。
無限の訓練なしに対処・対応能力を獲得するには、運動構造上の有利が必要になる。これはソフトやハードウェアでいう上位互換に近い考え方だ。上位互換とは、下位の製品との互換性を備えていることをいう。
逆からいえば下位互換が、『運動構造上の空白』に近くなる。下位互換は上位バージョンの新機能を『部分的に制限すること』で実現している。『対応していない機能』=『持っていない運動構造』という対応関係になる。これがもしソフトウェアであれば、『対応していないバージョンのファイルなので開けませんでした』と表示されて終わりになったかもしれない。だが格闘技や武術では、相手の持っていない運動構造があっても、戦闘は成立してしまう。その場合、相手のもっていない運動構造を所持していることは、相手には対応できない要素を持っていることになる。
ジン:
「この静かな動作というのが、『達人の記号』なんだよ。でもレギュラームーブで静かな動作を真似しようとすると少ししか動けないし、威力も弱くなってしまうんだ。パンピーが達人の真似をしようとすると、どうしても弱くなるってわけ」
ニキータ:
「だけど真似したいですよね」
葵:
「だよね。学習の基本はものまねだってのに、それが罠になるって」
シュウト:
「静かな動作……」
なんとなくその辺りを目標にしてみようか?などと考えてみる。……少ししか動けなくて怒られそうな気がするけれど。
アクア:
「あらゆる意味で『静かな動作』の方が優れているものなの?」
ジン:
「種目に必要な因子・構成能力に多少は左右されるが、がむしゃらに力を入れるもの以外はだいたい同じ結論になるだろう」
アクア:
「フムン」
ジン:
「技術的筋出力・バランス筋出力などの精密動作・レフパワーが関係するもののすべてで、フリーに優位性が生まれる。ある程度以上複雑で、競技性が高いほど、フリーが有利になる。競技性の低いもの、たとえば表現や芸術とか?は、特定の評価軸に左右される部分はあるかもしんないけど、音楽ぐらいの歴史がありゃ大丈夫だな」
アクア:
「音楽だって競技性は高いわよ」
ジン:
「まぁ、人間の活動の大半はどこかしら体を使うってことだな」
話をすれば口を動かすことになるし、インターネットやゲームをやるなら腕や指を動かす必要だってある。考えるだけでも脳は活動する。人間の活動は、すべて体を介して行われている。だから姿勢も問題で、立つ・歩くが大きな意味を持つ。もっというと、ゲームをやる姿勢・座り方なんかも能力発揮と関係するというから恐ろしい。
ジン:
「誤用も多いのが『生の闘争』ってヤツだな。とある達人さんは、生の動き、つまりレギュラームーブメントで戦うことを嫌ったんだ。すると、演技だろ?とか台本あんだろ?とかいろいろ言われたりしてなー(苦笑)」
葵:
「ははぁん。肉体性能と筋肉でゴリゴリやんのが生の闘争ってことだ?」
ジン:
「そっそ。生にあてられると、フリーが遠ざかるんだよ。ここら辺に武術の神秘性が生まれる余地があんだけどさ。いってしまえば認識のイタズラだな。通常はレギュラーとかフリーといった概念、区別がない。だから、静かな動作を『手抜き』だと誤解する」
エリオ:
「手抜きでござるか?」
アクア:
「なるほどね。静かな動きでこんな威力なら、ちゃんと力を込めたらどうなってしまうのだろう?……ということね」
ニキータ:
「あぁ」
ジン:
「理解が早いな。……ホントは、こういうのは教えないのがマナーなんだけどさー」
シュウト:
「教えないものなんですか?」
ジン:
「そうだよ。余人の品評なんぞ、犬のクソ程の価値もないって言うしな。極意のわからんアホウが見当外れの知ったかで恥を晒しているとして、それを訂正してやったりしたらどうなる? 二重に恥さらしになっちまうだけだろ。だから、黙っているしかないという側面はある」
アクア:
「そうよね。勘違いで誉めていても放っておくし、勘違いで罵っていても放っておくわね。私は『語るもの』ではなく、『奏でるもの』だもの」
……と、饒舌な奏でる人は言った。
たぶん『論評の対象となる側』としての覚悟の話なのだろう。実際問題としてアクアが黙るとおっかないので、饒舌でいてくれる方が助かる。饒舌は大歓迎だ。
その後はだんだんと関係ない話にズレて行って終わった。
◆
ジン:
「おい、ござる」
エリオ:
「なんでござる?」
ジン:
「お前、あの刀どうした? 鞘を作ってやったヤツ」
エリオ:
「幻想級の素材が足りず、耐久切れでお蔵入りしたでござる」
ジン:
「マジか……。あの分身する刀がなかったら、お前かどうか区別できないだろうに」
アクア:
「アイデンティティクライシスよね」
エリオ:
「ヒドイでござる!?」
身も蓋もない発言でエリオの心にダメージを与えつつ、朝食後の全体練習に移る。
まり:
「なんていうか、ウチのギルドって多国籍な気がするんですがー?」
ユフィリア:
「うーん、そうかもねぇ?」にこー
核心を突いた まりのツッコミを、ユフィリアが笑顔で受け流してみせた。たぶん天然だ。自動的にそれ以上触れてはいけないような雰囲気になっていた。計算してたってこんなにうまくはやれないだろう。
ジン:
「んじゃまー、ござるの腕前をみてやろうか。……成長してなかったらブッ殺す」ギュピーン
エリオ:
「うひぃ!?」
シュウト:
「と、とりあえず僕が先にやります!」
炯々の爛々と輝く瞳で、殺る気満々のジン。エリオがあまりにも可哀想なので割って入ることにした。下手すると僕が可哀想な側になりそうだけど。
ジン:
「いいだろう。……ブッ殺せ」
シュウト:
「はい(苦笑)」
特にコメントはございません。
エリオ:
「助かったでござる」
シュウト:
「いえいえ。……そういえば手合わせするのは初めてですね?」
エリオ:
「そうでござったな。しかし、手加減は無用でござる」
シュウト:
「分かりました。だんだんギアを上げていきますので」
さすがに4レベルも差があって負ける訳にはいかない。幻想級装備のないエリオに合わせて、こちらも龍奏弓を使わずにおく。
ジン:
「よし、ほんじゃ、始め~」
ゆっくりとした立ち上がりで戦闘を形成しようとした矢先だった。
エリオ:
「いくでござる!」
開幕から一気にダッシュで迫ってくるエリオ。その勢いのまま初撃を打ち込んできた。重いことは重いが、問題なく捌ける。だが、そこからもう一歩踏み込んできたため目を丸くしてしまった。二刀流で高回転の斬撃を見舞ってくるパワーファイター。下がりつつ、横に回り込むようにポジションをシフト。
エリオ:
「むん!」
こちらの横への動きに合わせ、力任せに振り回してくる。それをやり過ごし、数合を打ち合って、どうにか仕切り直しに持ち込む。〈常在戦場〉で機先を制し、強引に展開させてくるエリオ。本気で強かった。〈武士〉のスタイルとも噛み合っている。どこかしら侮っていた部分が消し飛んでいた。
こうなるとProc無しで助かったと言うべきかもしれない。あの分身する剣を使われていたら、無傷では済まなかっただろう。
シュウト:
(さて、どうする……?)
〈武士〉は強力な特技が豊富で、攻撃・防御共に選択が強い。再使用規制の関係で持久戦には不向きだが、それも1対1の状況では弱点になりにくい。ビルドはたぶん『ソードサムライ』だろう。烈火のごとく攻め立てる『動』の剣士。
近接戦闘で戦えば〈木霊返し〉があるので被弾は免れない。下手すると合間の〈木霊返し〉だけでHPの大半が削られてしまうことすらあるのが〈武士〉との戦闘だった。エリオの水準ではミスを待つのは難しい気がする。積極的に崩しに掛かるべきだろう。
葵:
『え~、テステス。いいねぇ、感度良好!』
ユフィリア:
「葵さんだ~」わーい
葵:
『あれっ? もしかしてこの雰囲気ってば、あたし空気読めてない人?』
ジン:
「それは常にだろ。静かに見てろ、ロリちび」
お笑い属性の人が遠距離から参加した模様。〈竜眼の水晶球〉は驚異的な性能を示していた。どうやら終点アイテムを持ち歩いているのはユフィリアらしい。
そんなことを考えていたのを見抜かれたのか、律儀に声をかけてからエリオの攻撃ターンが始まった。
エリオ:
「いくでござるよ!」
動きが日本人と違うので、少しばかり戸惑う。クイックネスが高く、動きの伸びがすばらしい。思い切りの良さは性格から来ている気がする。
工夫の感じられない直線的な動きかと思えば、目の前に来たところでエリオは大きく腕を広げていた。
シュウト:
「!?」
何をするつもりなのかと思えば、威嚇行動だったらしい。トリッキーな動きは南米の人も得意な様だ(むしろ本場?) 防御態勢で体を硬くしたところを狙われる。体当たりの右肩がモロに入り、2~3m飛ばされる。せき込みそうになるのを堪え、こちらの体勢が整える前に反撃の〈クイックアサルト〉を叩き込む。
シュウト:
「がっ」
決して間に合わせの攻撃のつもりは無かったが、こちらの〈クイックアサルト〉はエリオの刀に弾かれていた。ほぼ同時に逆の腕で〈木霊返し〉が放たれ、技後硬直に吸い込まれた。続けざまに襲ってきたコンボ狙いの〈兜割り〉は回避を間に合わせる。
間合いを詰め、反撃開始。しかし〈受け流し/クールディフェンス〉でダメージをカットしつつ、エリオはまたもや〈木霊返し〉。防御不能の反撃を入れてくる。
ジン:
「こいつは……?」
あちらが攻めの流れになると、〈朱雀の構え〉にチェンジし、強烈な攻撃を連続させてくる。逆にこちらが攻めの流れになると、エリオは〈居合いの構え〉にチェンジさせた。トグル式のスタンス変更。〈居合いの構え〉の強制納刀で瞬時に無手になり、高速の抜刀術で反撃を放ってくる。
戦術無し・考え無しの突撃などをしていたら、反撃で蜂の巣にされてしまうだろう。僕は攻撃の手を止めて下がっていた。
葵:
『フムン。“誘い受け”とは、レアだね』
ユフィリア:
「誘い受けってなんですか?」
アクア:
「それを私に答えさせようというの?」にっこり
ユフィリア:
「ジンさん?」
ジン:
「だから、その、なんていうの? (汗) ……メンドくせぇ言い方すんなアホちび!」
誘い受けの意味はともかく、動的な反撃スタイルを駆使して来ているということだ。受けに回れば超の付く攻撃的なスタイルだが、こちらが攻めになるや、守りからの反撃スタイルに瞬間的に切り替わってしまう。
アクア:
「意外に器用じゃないの。……ちょっと生意気ね」
ジン:
「ていうか、考え無しでとりあえず殴るタイプじゃねーんかよ?」
エリオ:
「手先が器用なのは、日本の血でござる」得意げ
ジン:
「ああ、そうですかい」
攻めと守りという相反するスタイルを両立させるのは、本来なら途轍もない難易度のはずだ。守りながら攻めも両立させるという剣聖・ソウジロウとはちょうど反対の極に位置するだろう。攻めながらにして、防御反撃も可能にしているエリオのセンスは図抜けている。
日本人には無い感覚と身体性能、それらを支える器用さを前提にしつつ、戦闘の流れから的確な行動を選び取れるセンス。本当に舌を巻いた。
葵:
『つまり、ソウジロウくんは総受けタイプで、ござるくんは誘い受けなんだよ』
ユフィリア:
「んー、じゃあシュウトは?」
ジン:
「やめろっ、腐の世界に呼び込むなっ!」
スターク:
「南米サーバーのトップクラスかぁ。なんだかんだ凄いね」
クリスティーヌ:
「そのようです」
〈スイス衛兵隊〉で考えれば、あのヴィルヘルムやラトリと遜色ない水準ということになるだろう。そう考えた途端に、笑みが零れるのを自覚した。
シュウト:
「〈トリッケントワーク〉」
本来はヘイト獲得値を下げる攻撃前の準備特技なので、タイマンのPvPに用いる意味はほぼない。ただ、幻惑する動きを利用することができるので好んで組み込んでいる。
エリオ:
「ぬっ」
惑わされることなく攻撃に転じるエリオの進路上に〈ポイズンフォッグ〉を発動。そのままの勢いで緑の毒霧に突っ込んでいた。変なところで猪突猛進だった。
そー太:
「いよいよ本気かな」
汰輔:
「ござるの人、かわいそ」
更に〈シェイクオフ〉で煙幕を重ねる。これで毒霧から出た後も、白い霧の中でさまようことになる。これらはエリオの足を止めるための布石だった。
エリオ:
「どうなっているでござる?」
〈シェイクオフ〉効果中も油断なく防御姿勢を維持するエリオ。通常はこのタイミングで背後から攻撃するのだが、僕は正面から歩いて接近した。足音も消さずに、笑顔で。煙が晴れてからの3歩を焦らずに詰める。……殺しの呼吸。
エリオ:
「へっ!?」
右肩が接触。そのまま半回転して背中からもたれ掛かる。あまり参加したくなかった飲み会が長引いてようやく終わった時のような、『壁があったら寄りかかりたい!』時のぐったりとした気持ちで、エリオに体をあずけてしまう。2人分の体重を支えるため、彼の足腰に力が入った瞬間、左に回転して鞘の外側へ抜け出る。そのままエリオの視覚外になる右腕で、後頭部に向けて〈ステルスブレイド〉。物理的に〈木霊返し〉が成立しないポジションから攻撃を続ける。
エリオ:
「ぬぐわ!」
エリオはこちらにあえて背を向けるように回転し、右足で回し蹴りを放ってきた。刀での攻撃を予想していたため、虚を突かれてしまう。ダメージは無いが、間合いを離されて仕切り直しになった。
ジン:
「あー、カポエラもかじってんのか?」
カポエラは蹴り主体の格闘技だった気がする。そうした特殊な格闘技も日本人より身近な存在なのに違いない。
朱雀:
「な、なんだったんだ? 今の……」
そー太:
「さすが隊長! カッケェ!」
りえ:
「うはー、凄くない?」
まり:
「うん、凄すぎ」
名護っしゅ:
「てか、なんで戦闘中にあんなことができんだよ……」
エルンスト:
「センスはセンスなんだろうがな」
大槻:
「ああ、かなり異質なものを感じる」
エリオ:
「さすが兄弟子。今のは肝が冷えたでござる」
シュウト:
「まだまだ行きますよ」
しかし、今の攻防でも〈ステルスブレイド〉の不意打ち倍加攻撃しか決まらなかった。不意を突いても、エリオはすぐさま立て直してしまう。
こうなってくると、兄弟子的にはもう少しちゃんとしたところを見せなければならない。
ジン:
「おい。勝手に弟子とか名乗っていいと思ってんの? ……お前ら生きて帰れると思うなよ」
シュウト&エリオ:
(うひぃぃぃぃぃ)
脅威と恐怖で肌がビリビリする。『お前ら』ってことは僕も? えっ、とばっちり? それとも内心で思ったことまで読まれてバレバレなの?などと考えつつも、エリオとの戦闘を続行。
ウヅキ:
「フン」しゅたっ
クリスティーヌ:
「来ましたか」
ウヅキ:
「アイツの今の本気をちゃんと見ておきたくてな」
破眼を発動。……エリオは想像以上の強さだった。ではどうするべきか。答えはシンプルに『対処不能攻撃を叩き込む』だろう。エリオに向けて歩を進める。心のギアはマックスに、からだは可能な限りゆるませる。
エリオ:
「ぬぅううう……」
こちらの全力を感じ取ったのか、安易に攻めてこない。しかし、反撃狙いの構えでもない。ならば、こちらから仕掛けさせてもらおう。
一拍子のダッシュから、その速度に〈アクセルファング〉を乗せる。
ウヅキ:
「なんつぅキレだよ……!」
エリオを切り裂いた手応えと速度バフの追加を感じながらも、振り向く前に彼のところに〈ポイズンフォッグ〉を再び投射。
振り返ると、毒煙の中から赤い斬撃波が飛んできた。〈飯綱斬り〉。こちらの視覚阻害を利用しての不意打ちだ。あわてることなくジャンプで回避。そのまま矢を引き抜いて空中で〈機動射撃〉。着地と同時に歩いて距離を詰めながら〈ヴェノムストライク〉。オートアタック不能距離に入ってもお構いなしに〈スパークショット〉。武器受けで対処しているエリオに接近しつつ、さらに押しつけるように〈ラピッドショット〉。
そー太&汰輔&雷市:
「うおおおおおおお!!」
制圧射撃、怒濤の連続攻撃。ラストを飾るナンバーは、範囲攻撃〈アロー・ランペイジ〉。決まればここで終わりだ。凌いで見せろ!とばかりに特技を放つ。
同時にエリオも切り札を切る。〈刹那の見切り〉。無敵時間中に魔法の鞄に手を突っ込む。〈アロー・ランペイジ〉を避けながら、立て続けにヒーリングポーションを3本ばかり飲み干していた。
場を沈黙が包み込む。
エリオ:
「もしや、ポーションを飲むのはダメでござったか?」ぜーはーぜーはー
シュウト:
「いえ、アリです」
エリオは超一流のタンク役に見られる特徴を備えていた。
……しぶとく、粘り強い。ひるんでも建て直しが速く、大きく崩れない。まるでよくしなる竹のような『強靱さ』だ。
沈黙は、賞賛によるものだろう。
アクア:
「オーケーよ、続けなさい」
傲岸不遜そのものといったアクアの声を耳にしつつ、前に出る。これでもう理解できた。エリオは崩れない。だとしたら、相手よりも速く、相手よりも先に、『削り倒す』のみだ。気後れは許されない。もはや生の闘争も覚悟の上、力でもってねじ伏せよう。
シュウト:
「おおおおおお!!」
エリオ:
「ああああああ!!」
こちらにも〈アサシネイト〉が残っているが、エリオにも〈一刀両断〉がある。〈刹那の見切り〉という切り札は先に切らせたものの、〈叢雲の太刀〉もあれば、〈一気呵成〉もある。
シュウト:
(織り込んで戦うだけだ!)
〈瞬閃/ファストブレイク〉で攻撃速度が上昇したエリオと激しい撃ち合いを演じる。〈木霊返し〉以外は〈クイックアサルト〉や〈デッドリーダンス〉を使って自力相殺。ダメージレースなら負けることはないが、HP量を考えると大技ひとつでひっくり返る可能性だってある。
競り負けたためか、エリオが半歩後退する。
葵:
『浮き舟!』
葵がいち早く看破してのける。『ちょいバクステ』からの、ぬめるようなステップイン。〈武士〉のたしなみ、〈浮舟渡り〉。大技の命中率を上げるために使うもので、続く〈火車の太刀〉は大きく距離を取って回避しておいた。
ジン:
「……お前さー」ジト目
葵:
『ごめん、つい』
たぶん指摘されなくても回避は間に合っていたと思う。なのでケチが付くほどでもない。しかしなのか、だからなのか、惜しい気がしていた。良い対戦相手に恵まれたのに、それももうすぐ終わってしまう……。
結果はもはや明らかだ。エリオのダメージソースはほぼ〈木霊返し〉のみ。他の攻撃は防御や回避・相殺で封殺できてしまう。それでも4割がた削られているのは、戦いが長引いているからだ。この状況で、彼には決定打がない。
エリオ:
「かなわぬ、でござるな」
シュウト:
「あの、良ければここで止めておきませんか? 決着はまた今度に……」
エリオ:
「情けも気遣いも無用。それに、もう少しだけあがくでござるよ」にこっ
〈居合いの構え〉にチェンジ。ここで弓を使うのは無粋というものだろう。挑まれたのなら、受けて立とう(兄弟子だし)
ジン:
「…………」ギロヌ
シュウト:
(ヤバ、早く決着を付けなきゃ)
エリオ:
「やはり、このスタイルはまだ未完成。なれど、最後に拙者のとっておきを出すでござる」
ジン:
「……まさか、アレか? アレをやんのか?」
シュウト:
「ちなみに、それの成功率って何パーセントぐらいですか?」
エリオ:
「練習でも2割を切っているでござる。その、実戦で成功したことはまだ無く(照)」
アクア:
「構わないわ。ここで挑戦するのよ」
エリオ:
「了解でござるっ」
もう嫌な予感しかしなかった。こういう時に限って、成功するパターンに違いない。しかも、たぶん『アレ』が来る。そういえばどんな技だったか確かめることもしていない。今から考えると、完全特技だったんじゃ?などと思い始めていた。
〈鬼神〉化を発動。赤黒い闘気が渦巻く。再度の〈浮舟渡り〉でぬめるような歩法に転化。そうして真正面からのエリオの突撃が始まった。
エリオ:
「いくでござるっ!」
シュウト:
(に、逃げたい。これ、避けちゃダメかなぁ?)
とりあえずギリギリまで見定めることにする。
武器間合いに入った時、左腰の発射台から白く輝くエフェクトの刀が撃ち出された。やはり『移動抜刀術』。それが想像よりも数段、速かった。避けられないと覚悟したその時……!
エリオ:
「うおぉぉぉ、お?」ピタッ
光のエフェクトは消滅していた。刀は鞘から抜けきらずに停止。助かった!と思ったのと同時に走り抜ける悪寒。
エリオ:
「だぁああああ!!!」
考えるより先に〈ガストステップ〉でその場を離脱。失敗の恥ずかしさからか、顔を赤くしたエリオが叫び、右の腰に収まっていたもう一方の刀を抜きはなっていた。
僅かな時間差で、一瞬前まで自分がいた空間を『光の帯』が襲う。刀から延びる光の束は、ムチのような動きで空間を断ち切る。凶悪なまでの美しさ。光の軌跡が目の中で残像となって、翼に見えた。『光の翼』で切断する完全特技、らしい。射程まで考えると、ビーム兵器とどこが違うの?と言いたくなる技だった。
ジン:
「なっ?!」
葵:
『なんじゃそりゃああああ!!!?』
しかも、エリオの刀からはあの『光のエフェクト』が去らなかった。まだ光り続けている。
エリオ:
「とりあえず成功して良かったでござる」
抜刀攻撃+光輝属性の攻撃バフが数回分付与される仕組み、だという。
ジン:
「つまり、ビームサーベルか」
アクア:
「ライトセイバーよね」
葵:
「抜刀術なんだしさー、アマカケルリュウノヒラメキ的な?」
なんかもう、あまりにあまりのことで戦闘はお開きになった。
シュウト:
「というか、名前ってないんですか?」
エリオ:
「あまり成功しないのと、できれば師匠に命名をお願いした……」
メコリ、とエリオの頭が肩に埋まりかける。ジンのゲンコツが炸裂していたのだが、まるで見えなかった。エリオはどうにか頸椎損傷をまぬがれることができたらしい。今の一撃でHPがゼロになってもおかしくなかった。回復魔法をユフィリアが使っていた。
ジン:
「何回も言わせないよーに。俺は師匠でもなけりゃ、お前らは弟子でもなんでもないんですよ。どぅーゆー、あんだすたん?」
エリオ:
「オウ、それはつれないでござる」
シュウト:
「僕もそう思うでござ……」
ボキリというリアルサウンド。鎖骨が骨折した音だ。エリオと仲良くチョップを頂きました。痛覚緩和であまり痛くはないけれど、聞いていた通りまるで腕が動かない。〈冒険者〉なのでしばらくすれば自動的に回復するはずだけれど、このままだとシャレですみそうにない。
シュウト:
「とりあえず身がもたないので、このネタは控えましょう!」
エリオ:
「そうでござるねっ!」
そして命名ターンに。『移動抜刀術』では味も何もないのと、剣から光がバーッと伸びて攻撃する特技になっているため、ちょっとそれっぽい名前を付けようという話に。
エリオ:
「せっかくなので、名前を頂戴したく!」
ジン:
「じゃあ、HBSでどうよ?」
エリオ:
「それは、何の略称でござる?」
ジン:
「ハイパー・ビーム・サーベル」
葵:
『だっさ!』
ジン:
「うっせ! じゃあ、ひらがな4文字で『けいおん』的な名前にしよう」
エルンスト:
「何故、そこでけいおん?」
名護っしゅ:
「光る居合い剣だから、ひか・いや?」
葵:
『ひかいや・長介』ブフーッ
ジン:
「いやいやいや。ドリフはさすがに通用しないだろ」
葵:
『だってさー、もうちょっとエクセリオン・バスター的な名前とか無いわけ?』
ジン:
「そのエクセリオンとやらはどこから出てきたんだよ? なのは?」
エリオ:
「あの、その、もう少しサムライ的な名前を……」
ジン:
「サムライ? ……サムスピってこと?」
葵:
『ピカッと光って、ズバッと切るんだから、ピカットズバット?』
ジン:
「裏六波羅曼荼羅十字……お茶の子サイサイ七十八式?」
これはもう絶対に決まらない展開だった。会話の種として、おもしろいネタを出した人が勝ちの流れだ。
アクア:
「ダメそうね。……シュウト、何か考えなさい」
シュウト:
「そう言われましても」
エリオ:
「なんとかお願いするでござるよ~。このままだと恥ずかしい名前に決まってしまうでござる」
シュウト:
「見栄えのいい、綺麗な技ですよね。光の剣というよりは、まるで翼の羽ばたきみたいな感じでしたし」
ニキータ:
「そうね。光の翼……」
ジン&葵:
『「カテジナさーん!!」』(><)
光翼斬などの候補もあったが、〈光ノ翼〉という名前に落ち着いた。この間、10分を軽く越える無駄話の花が咲いたことをここに付け加えておこう。
ジン:
「問題は成功率の低さだが、……そっちは俺がなんとかしてやろう」
エリオ:
「よろしくお願いしますでござる」
シュウト:
(僕もがんば、……もっとゆるまないと)
分身する幻想級武器に加えて、光輝属性バフを付与する完全特技が使えるようになった時、果たして僕は勝てるのだろうか……。『太陽の戦士』エリオ。次に戦うまでに少しは〈消失〉が使えるようになっていればいいのだけれど。
そー太:
「次、俺っ! 俺と戦ってよ!」
ジン:
「そうだな、朱雀と一緒でなら、やってやらなくもない」
そー太:
「なんで朱雀なのさ!?」
ジン:
「ソロでいくら強くても、連携できなきゃ意味がない。苦手な相手と巧くやれたら、誰とだって組めるようになるだろう?」にやにや
朱雀:
「仕方がない。……やるぞ」
そー太:
「オウ」
11月の少し肌寒い空気の中、まだまだ練習は続いた。




