15 小さな冒険
すっきりと気分良く目覚めてニキータは機嫌が良かった。数日ぶりの心からの笑顔である。生活の安定が自然と心を穏やかにしていた。毎日違うことをやっているのだが、毎朝ギルドハウスから出発し、毎日きちんと戻ってくる。その生活のリズムがニキータに安心感をもたらしていた。
あの日、変な事を考えてしまったこともあって、ジンと2人きりになるとちょっと緊張していた。普段は2人きりで話すことはほぼないのだが、温泉以来、ジンが自分の胸を見ていることがあるのには気が付いていたため、一度 意識すると気になってしまう。
フロアに出ると、ちょうどそこにジンがいて、ドキッとする。頭を上下動させずにすーっと奇妙な姿で歩いていくではないか。ジンは気配に敏感なはずなのに、自分に気付かなかったのかなと思うのだが、やはり気付いているかもしれないと思い、背中に向けて朝の挨拶しておく。
「あの、おはようございます……」
ジンは立ち止まって声のした方に振り返ると、物凄く眠たそうに目をしょぼしょぼさせ、辛うじて数ミリ目を抉じ開けて「よっ」と挨拶を返すと、またすーっと歩いて行った。しかも出発間際なのにソファでうたた寝しようとしているではないか。
「…………やっぱり無いわね」
実際にジンの前に立ってみると、コトに至りうる気配のようなものが微塵も感じられない。
溜息をひとつ付き、二キータはジンの二度寝を阻止することにした。放っておくとユフィリアも一緒に二度寝してしまうのだから、と。
こうしてジンは知らず甘ずっぱい予感を打ち砕いていた。
今日も〈カトレヤ〉は平和であった。
◆
シュウトの見るところ、〈カトレヤ〉のギルドハウスの中に居る間、ジンはいつも眠たそうにしている。朝起き、目をしょぼしょぼさせながら、ヌメーっと歩いてるところを見ると、カリスマ性を全く感じないリーダーだなぁ、などと思う。
それでも建物から一歩シブヤの街へ出ればかなりしゃんとするし、更に街から出てフィールドゾーンに立てば、途端に歴戦の戦士の気配を纏うのが不思議だった。その背中を憧れとも畏怖ともつかない気持ちで見ているのが、どうやらシュウトは気に入っているようだった。
――その日はふと思いついたことを尋ねてみたくなった。
「ジンさんって、もしかして街の外だといつも戦闘モードでいるんですか?」
「ああ、そんな感じだ。よく分かったな」
「……それって、何か意味があるんですか?」
「意味無きゃやるかよ。…………ミニマップ範囲の気配を感じ取ったり、不意打ちへの自動回避なんかを機能させるには、まず無心でいなきゃならないハズなんだ。まだ不意打ちされたことが無いからそっちは確証がないけどな」
「そうだったんですか……」
「仕組み的には、ゲーム時代の〈冒険者〉は魂とか意識がないから、全員が常に無心のハズだろ? プレイヤーはモニター見て操作してたわけで」
「…………じゃあ、ずっと戦闘モードで居られればミニマップを使えるってことですか?」
「…………可能性はあるが、シュウトには無理かもな」
「(ムッ)…………ちなみに、それは何故ですか?」
「雑念だらけだから」
「そんな……」
「今のは半分冗談だけど、本音を言えばこれほど『言うは易し、行うは難し』なもんもないぞ? 1分、2分はなんでもないが、丸1日となるとかなり疲れる。最初の頃は全く喋れなかったしなぁ。しかも、お前らにゃミニマップ扱いされてるし、ミニマップだけなら休み休みでいいのかもしれんが、不意打ちに備えるにはそうも行かない。延々と無心で居続けるのとかは流石に地獄かと思うわな。眠いはツライはシンドイは、ろくなことねぇっての」
「はぁ……ならやらなきゃいいのでは?」
「シュウト先生、物事には理由というものがあってですね?…………まぁ、いいや。使いたきゃ練習してみ?敵がいない場合、5分ぐらいが限界だから。俺以外だとできそうなのはユフィリアぐらい、かな?」
「それって『何も考えてない』ってことじゃ……」
「失礼だなぁー! 私もいろいろ考えてるよ!」
「そうだぞ、俺は感受性の問題だって言おうとしたのに……」
「絶対に嘘ですよ!」
それから暫く試してみたが、ジンの言う通りに5分も持たなかった。
◆
この時期、〈カトレヤ〉の一行は低~中級クエストを数多くこなす旅を始めていた。初日の戻りは23時を過ぎてしまったが、それでも翌日は朝の6時に起きて出発する。基本的に稼ぎは大したことがなく、経験値も入ることはない。クエストと云っても一日の大半は移動時間だった。それでも、それはとても…………充実した日々になった。
クエストの種類が豊富なため、いつも違う場所へ行き、違うクエストを行うことになり、ルーティンな作業とはならない。難易度が低いため、血生臭い戦闘は多くとも、一つ一つの負担は小さくて済む。始めたばかりの内は『ともかく早く帰る』ことが目標になり、短時間でクエストをクリアすることに知恵を絞り、様々なことを実地で経験していった。
〈ゴブリンを100匹退治せよ〉といったクエストではジンのミニマップ機能がとても便利だ。〈大災害〉の後では一般の〈冒険者〉たちはミニマップが使えなくなっているため、この種類のクエストはモンスターを探すこと自体にかなりの手間や労力がかかってしまう。段々と哨戒など広域の情報収集が重視されるようになり、視力強化のアイテムを用いる〈冒険者〉が増えていた。
「戦うのは問題にもならないし、ジンさんが居れば居場所探しも大丈夫となれば、楽勝ですね」
「あんまり楽すると後で良くないんだがなぁ。それはともかく…………」
「なんですか?」
「200体を超えそうな感じだ……」
「……やっぱり、全部倒しますよね?」
「当然だろ。急ぐぞ」
また、通常のクエストでも高度なクリアが狙える様になっている。たとえば低級クエストでは倒さずに済ませていたモンスターでも、今のレベルなら楽に倒すことが可能だった。
「なぁ、マンティコアの棘ってどうやって見付けるんだ?」
「この辺りの沼地を虱潰しにするしかないかもしれませんね……」
「え!? このグチャグチャをずっと歩き回るの?」
「たしか、マンティコアをそのまま倒しても手に入るはずっス」
「そうか。じゃあちょっくら探して倒してくるわ…………」
「……あーあ、行っちゃった」
「しかたない、こっちは棘を頑張って探そう。」
「うーん、みつからないね」
「ねぇ、アレってもしかして、マンティコアじゃない?」
「え?」「ホントだ」「っスね」
「ジンさん……間、悪すぎるよなぁ」
「そんなことより念話っ、念話っ…………もーしもーし!」
「間に合わないね。5人で戦うよ?」
クエスト〈巨大アリの洞窟〉では、洞窟に住み着いたジャイアント・アントを一掃することになる。大型犬ほどもある巨大なアリ達は不気味だった。蟻系モンスターは数が出てくることになり易いために注意が必要で、小分けにして倒すのがポイントになっている。
「時間無いから、ドンドン行くぞ~」
「幾ら敵が弱いって言ってもダンジョンなんですけど?」
「大丈夫だ、任せておけって」
「だけど、ダンジョンだとミニマップって殆ど役に立ちませんよね?」
「そうだな。ダンジョンの場合、ゲームの都合でミニマップの範囲がかなり縮小されてたからな。こっちの世界だと精霊力とかの磁場的なものが混乱してて気配が分かり難くなるんだが、まぁ、俺はそういうのの影響は受けにくいから平気だ」
「あの、もう敵が来てるっス。向こうに気付かれてるんスが?」
「えっ?」
「あっれ?ホントだ……おっかしーな???」
「全然ダメじゃないですか!」
短距離での通信手段として、ハンドサインの練習もした。
ゲームとは違い、自分達の話し声で敵に気付かれることがあるためだ。ゲーム時代のボイスチャットはモンスターに聞こえていないといった前提が崩れているためで、短距離では簡単なハンドサインを決めておく方が都合の良い場面も出てくるだろう。
「チョップが『GO!』ですよね。」
「えっと、指差してクルクルするのは?」
「そっちに敵が居る、かな?」
「ダンジョンなんかでの先行偵察は軽戦士……俺達だとシュウトとニキータの役割だな。 アクシデントに備えて2人で動くのが基本になる。……ニキータ」
「は、はい」
「ちょっとやってみろ。『あそこに敵が4人見える。自分とお前で突入』だ。ほい」
「えっと…………」
「なんか、カッコイイ!映画みたい!」
数日に一度は終了の報告と新しいクエストを引き受けるためにマイハマに立ち寄ることになる。見た顔の〈冒険者〉も来ていたし、だんだんと新顔も増えていた。情報交換をしながらクエストを決めていく。
「ねぇ、この地下用水の魔物退治って街から結構近いのに誰もやってないよ? 何でだろ?」
「……下水だからじゃないか?」
「ワニがいるな」
「ワニっスね」
頷くジンと石丸。それはアルビノ・アリゲーターという48~54レベルのモンスターが出てくるクエストだった。アメリカの都市伝説にペットのワニが下水で繁殖しているというものがあり、このクエストの元ネタになっていた。
ジンの指示でその日は2件だけで終了の予定にしてあった。現場に到着すると案の定、ユフィリアとニキータの顔色が曇る。ここは化学薬品の無い世界なのだが、そうなると今度は逆に、鮮烈な匂いがキツくなり、目や鼻に沁みることになる。
「くっさーい!」
「流石に、これは…………」
「分かってる。このクエストで今日は終わりにするから。さっさと帰って風呂にしよう」
「それなら、まぁ……」
満更でもなさそうなニキータが笑みを噛み殺しているのを見てホッと一安心である。アルビノ・アリゲーターから剥ぎ取った〈白の鰐皮〉はかなりいい値段で売れた。
◆
「ちょっと待った!その採集系のクエストは時間が掛かるから引き受けるなって」
と、ここでまっつんという男が口を挟んできた。
「だけど、そこってアンデッドが出まくるんだよねぇ~」
「そうなんですか?」
「そっそ、ボクの知り合いがそこでゾンビとかに囲まれちゃったらしくてさぁ~。ハハッ」
「……うーん、薬草摘みのポイントだと安全にしておきたいな」
「でも薬草探しだけで3~4時間みないとダメっスね」
「じゃさ、じゃさ、いっそユフィちゃんと逢えるとかってイベントにしちゃったらどう? ボクの知り合いとか呼ぼうか?呼んじゃおっか?」
「えっと、頼めるなら……」
「ちょっと、ねぇ、何いってるの?!」
「じゃあ明後日の10時で……まかして、ダイジョブ、ダイジョブだから~」
(あいつ、妙にキャラ濃いな?)
(そうですね……)
「手配人」まっつん。
地理に詳しく、広い人脈から人数手配をしてくれる謎の男で、ノリに反して仕事は有能な男だった。
当日、ジン達が到着すると30人近い〈冒険者〉が既に集まっていた。握手会的なものだと聞かされていたユフィリアは知らない顔ばかりなので不安そうにしている。近くにいたグループにジンが挨拶に行くと、彼らの目的はユフィリアとは関係が無いという。
「いえ、まっつんさんからココでアンデッドを相手にした低級のフルレイド・コンテンツがあるって言われて……」
「え?……フルレイド?」
クエストと言わずにコンテンツと言った理由も謎だが、そもそも彼らは何故か戦う目的で集められていた。状況は直ぐに判明する。この時から既に500体を軽く超えるゾンビ、スケルトン、グールらに囲まれていたのだった。
ジン達はまるっきり採集系のクエストだと思っていたので、葵のツテで薬草類に詳しいプレイヤーを2人呼んで連れて来ているだけだった。どちらにせよ状況的に見れば、戦うか逃げるかしかない。そこに遅れてまっつんが現れたのでシュウトが質問しに行くと、
「どう?みんな集まってるでしょ?」
「すみません、これ、どういうことですか?」
「いや、だからもう囲まれちゃってるでしょ?って。後はホラ、みんなで戦っちゃってよ?」
「は、はぁ……」
そしてジン達も含めた6パーティによる即席フルレイド戦闘になった。初撃からしばらくしたところで、何故かまっつんが指揮を執りはじめ、2パーティを交代要員として下がらせる。常に4パーティが戦っていられるように適度に交替と休憩を繰り替えさせていく。途中で「あー、あー、あー、ごめんごめん、炎の呪文禁止だから~、薬草とか燃えちゃうでしょ?」などと言われて焦ったりもしたのだが、結局は2時間ばかり戦い続けて殲滅を完了してしまっていた。
終わってみれば1000体弱のアンデッド集団との大戦闘である。ジン達は200体以上を倒していたが、交代要員まで揃っていたため、比較的楽な戦いだった。その後、まっつんは「じゃあ、ボクは帰るから~」といって帰還呪文でさっさと消えてしまった。
フルレイドでの戦闘だったのにドロップアイテムぐらいしか報酬が無いといった異常事態には参ってしまったのだが、こういう時は定番である「ご飯で手打ち大作戦」で誤魔化すことになった。昼飯時なので各パーティの料理担当が集まって仕度をしている間に、クエスト本来の目的である薬草類の採集をやってしまうことになる。そうして採集が専門分野という2人をメインにあちこちを探し回り、30分ほどでクエスト目的を達成し、その後は食事をして解散となった。この時のカレーはかなり美味しかったという。同時にレイシンはカレーのレシピを手に入れていた。
低級の採集クエストがなぜフルレイド戦闘になったのか?という疑問は残ったものの、謎の男まっつんの手配がなければ大変なことになっていたのは間違いない。実は彼が報酬だけを先に持ち帰ったという可能性もあるが、シュウト達は気にしないことにしていた。
アキバの街にはまだまだ奇天烈な人材が隠れているようだ。これもあの街の闇の深さが生んだ出来事かもしれない。
――シュウトはそんな風に思うのであった。
◆
クエスト〈黄色のハンカチ探し〉では、恋人達の仲直りに必要な黄色のハンカチを探すことになる。失くした場所はランダムに数箇所のポイントが選ばれるが、その全てを石丸が覚えていたため、ざっと回って井戸の中なのが分かった。本来は水を汲み上げると低確率でハンカチが手に入る仕組みになっているらしい。
「なぁ、一般論として、自分で降りるのと、突き落とされるのだと、どっちがいいものなのかな?」
「…………行ってきます。」
ロープを伝ってシュウトが降りていく。「おっと手が滑った!」といった古典的なネタで2メートルほど落下させたものの、冗談はそこまでにし、慎重に降ろしてハンカチを無事にゲットした。
クエスト〈家畜小屋の幽霊〉の場合であれば、家畜小屋の中でイタズラする浮遊霊を倒す依頼になる。いやらしい事にここの幽霊は非実体のため、魔法攻撃ぐらいしか効果がない。動物達をそのままに魔法攻撃を行うことは禁止されていたため、クリアするには動物達を外に出さなければならなかった。
ところが、ここは無駄に広い放牧地があり、家畜を外に出すと再び小屋の中に入れなければならないのだが、慣れてなければ2~3時間は掛かる仕組みになっていた。底意地の悪い依頼主は牧羊犬の貸し出しをクエスト報酬の8割と設定している。犬を借りれば30分程度で家畜を小屋の中に戻すことはできるのだが、実質的に8割の値引きだ。それもどこか苛立たしい。
「ちょっと待っててくれ」
ジンが中に入って扉を閉める。何をするつもりなのかと待っていると、どうやったものか、3分ほどで幽霊を倒してしまっていた。中を歩いたためだろう、ちょっとだけ家畜の糞のニオイがした。
クエスト〈赤い水〉では、村に赤水(鉄分を大量に含んだ赤色の水)が出ており、呪いであるとか不吉の前触れだと騒いでいたため、水源に大量発生した〈錆喰らい〉というモンスターを退治することになった。〈錆喰らい〉は製作級以下の金属製装備の耐久力を奪い、ゼロにして食べてしまうという(装備・金銭的な意味で)危険なモンスターだった。金欠のジンが猛烈に嫌がるため、レイシン、シュウト、石丸の非金属製装備メインのメンツだけで退治しに行くことになった。
川の上流に巨大な鉄鉱石(?)の塊があり、〈錆喰らい〉はそれを錆びさせて食料にしていたのだが、その過程で作られる錆びや鉄分によって赤水が出てしまっているのだ。モンスターは40体ほどだが、弱いので問題なく倒してしまった。
ゲーム時代はこの鉄の塊を「採掘」すれば金属素材を入手することができた。〈大災害〉以降では、やろうと思えば数トンの塊を全て持っていくことが可能かもしれなかった。マジックバッグに入る大きさでも重量でもないのでジン達は諦めるしかなかったが、大手の生産ギルドならば人手を大量に投入して持ち帰ることも考えられる。
◆
それは、3つの素材を集めるクエストのために寄り道をすべく、徒歩で移動している時のことだった。
「ん、なんだ……?」
「……!?」
ジンが呟いたかと思うと、次の瞬間、シュウトはつんのめって転びそうになっていた。危うく転ぶ所で体勢を立て直し、足を引っ掛けたジンに文句を言おうとしたところ、頭上スレスレを何かが通過した。そのまま近くの地面に突き刺さったものは、狙撃用の矢である。つまり、遠距離からの不意打ち攻撃ということだ。
「どこからですか?」
シュウトはそれ以外の余計なことは訊かなかった。偶然にもコケた風を装って回避させたのだろう。相手は人型、それも〈冒険者〉だ。直ぐにも戦闘になるかもしれない。
「なかなか面白いぞ。ミニマップの範囲外からだ」
「………まさか、ジンさんの能力を知ってるんじゃ?」
「いや、どうかな。正統派狙撃手からの挨拶ってあたりかもしれない」
初期の多人数参加型RPGはプレイヤー同士の殺し合いの歴史でもあった。なんらかの方法で他者への攻撃が可能であれば、必ずと言って良いほどにプレイヤーキラー(PK)は存在した。ゲーム開発においても扱いが難しく、「ほどほどに競争はして欲しいのだが、やり過ぎは困る」という具合にどこか魅力と表裏一体でもあって、各社で様々な対策が取られていた。
ゲーム時代の〈エルダー・テイル〉はプレイヤー全員にミニマップが標準で搭載されていたため、接近しての不意打ちを狙っても位置が分かるため、戦いの準備をされてしまう。そんな事情もあって、一部の弓使いはミニマップの範囲外からの超長距離狙撃を行うことがあった。不意打ちによるダメージ増加も見込めるため、狙撃タイプの弓兵を運用した様々な戦術が考案されている。実際に敵モンスターへの狙撃を利用しての戦術は、半ばPK技術からの逆輸入といった具合で洗練されていった。
この超長距離からの不意打ちも〈冒険者〉の高レベル化に伴い、各個のスキル構成に応じた自動回避が備わっていたため、成功率はそれほど高くなくなっていた。しかし、〈大災害〉以降はミニマップも自動回避も機能しておらず、これら不意打ちへの対処は難しくなってしまっていた。
「周囲に伏兵もいないし、追撃もこない。なら問題は……」
「誰がやったか、ですね?」
シュウトの脳裏に猿顔の男が浮かぶ。ニキータが一瞬、肩をギュッと縮込ませていた。
「たぶん丸王とかいうヤツか、その仲間なんだろうな。……しかし、案外、お前の昔の知り合いだったりしてな?なんだっけ、〈シルバーソード〉のギルドマスター……」
「ウィリアムですか? そんな、まさか!」
「わっかんねーぞぉ~?もしかして嫌われてたのかもしれないだろ?テキトーな理由でギルド抜けちまったんだろ?」
地面に刺さっていた矢を調べてウィリアムの使っているものではないことを力説し、擁護したり、そこまで嫌われてないと主張したのだが、しばらく後になって二キータを思いやっての軽口だったことに思い至り、恥ずかしい気持ちになっていた。
◆
十日が経過し、シュウト達は目標にしていた30クエストをギリギリで達成することに成功していた。何かの噂でも聞き付けたのか、自主的なものなのか、マイハマでクエストを受ける中小ギルドが増えて来ており、酒場で受けられる仕事は急激に減り始めていた。そうなると記憶を頼りに街中などから始まるクエストを拾っていくことになる。
この頃になると、シュウトはジンに怒られる回数がだいぶ少なくなっていた。そもそもユフィリアに言わせればジンは怒ってはいないため、シュウトが勝手に怒られてると思ってるだけなのだという。それもどうかとは思うのだが、言われてみれば確かにあまり怒ってはいないのかもしれなかった。注意や指摘で怒られている気分になるのは迫力の問題だったのかもしれない。
先読みしろと何度も繰り返し言われ、シュウトはやり方を変えていった。
もともとゲームではそれなりの数のクエストをこなしていたので、異世界に来たことによる影響や変化に対応できていない部分、小パーティの運営の細部などで引っ掛かっていた。それらも数をこなす事で次第に慣れてくる。
「シュウト、明日のアレどうなった?」
「はい、出来てます」
「よし、作業の先読みはだいぶ出来るようになってきてんな。…………んー、でも、そのやり方をしてると人間関係がギクシャクすることになるんだよ。だから、もう一歩先回りして、俺が『アレどうなった?』とか聞かなくてもいい風にしてくれ。先回りして説明したり、分からない部分は俺に質問して、その問題を俺が一から考えなくても良い様にするんだ」
「…………それ、言ってることが滅茶苦茶ワガママじゃありませんか?」
「そうか? 結構、普通のことだけどなぁ。こっちはお前の判断力とか判断の仕方を知りたいんだよ。任せていいと信用できるなら、手を引いて別の仕事に労力を振り向けたいんだしさ」
「…………はぁ」
絶対に騙されてると思ったのだが、実際に先回りすることで注意される回数は少なくなり、間違えてからやり直す作業もなくなりだした。感情的な負担が減ると心にも余裕が生まれる。それが更に好ましい循環を作り出していった。
シュウトと石丸の持っている地図は様々な書き込みがなされ、アキバ周辺の地理にも詳しくなり始めている。異世界の不安と混乱に立ち向かう術をゆっくりとだが身に付けつつあり、地に足をつける感覚を知らず感じ始めていた。
◆
フィールドゾーンの暗闇の中、周囲より一段高い場所に出ると、ランタンの明かりが遠くに見えた。そのまま近付いてゆくと、その柔らかい光の中に、どこか周囲から浮かび上がるジンの姿を見つけた。大声を出さずに済む距離まで歩いていく。
「寝不足の原因ですか?」
「……まぁな、毎日やらんと鈍るからな」
早く戻ってお風呂に入った日、シュウトはジンが〈カトレヤ〉のギルドハウスに居ないことに気が付き、もしかしたらと思って外に捜しに出た。最初にジンと会った日に試し撃ちをしに行ったあの場所に真っ直ぐに向かうと、やはりというべきかジンが1人で何かの練習をしていた。
「今日は櫛で素振りじゃないんですか?」
「アレもやってるけど、今は『八寸の延金』だな。知ってっか?」
「全然です」
「だよなぁ。……武器を伸ばすとかって意味なんだが、意識の剣を果てしなく伸ばして、遠くの月とか太陽を斬れ!って感じの鍛錬だな。何人かの剣士が極意として使ってたみたいだけど、有名なのは白井亨という人で、剣の先から輪が飛び出たらしい。……輪って何だよなぁ?」
そういって笑うと、離れた位置にいるシュウトをジンはゆっくりと切る真似をしてみせた。
「どうだ?」
「…………何か、ちょっとキモチイイかも、ですね」
斬るというよりは身体をなぞられたような感覚で、どんな理屈なのか、身体がスッキリする気がした。
「で、今日はどうした、新作の試し撃ちか?」
「あの、見て貰ってもいいですか?」
そう言うと多少緊張しながらもシュウトは『気』を高めて見せた。まだまだ頼りないが、自分でもサマになって来ていると思っている。
「そうか、独力で練習してたのか。…………だけどお前、それって動いたり戦ったりしながら出来るんだろうな?」
「え?」
「ホレ行くぞ、ほい、ほい、ほい、ほい」
「わわっ、わっ、」
当たっても痛くないゆっくりのパンチを交互に出され、それに気を取られると気の集中は完全に途切れてしまっていた。
「表層の意識でやっちゃダメなんだよ。レイもそこが無理だって言ってたんだが、注意してやれなかったな」
「すみません……」
「ふむ、しょうがねぇよな。どっちにしろ少し説明しとかないと同じだろうし。じゃ、戻るぞ?」
〈カトレヤ〉に戻って広間に仲間を集めると、ジンは少し長い話を始めた。
「じゃあ、ちょこっと例の裏技の話をしようと思う。レイは葵の口を塞いでくれ。先に進まなくなるからな」
「ふご、モガー!」
「ざーとらしいな……まぁいい。」
「俺の考え方なのでこれが正解とは言わないが、参考にはなるだろう。まず、大雑把にはブースト系とクリエイト系に大別される。ブーストは既存概念の強化・増幅を行うものだ。クリエイトは元の世界の知識を利用して、この世界にない新しい概念を生み出したり、引っ張り込むことを言う。」
「アイテムで説明すると、レシピのある料理を『新しい料理法』で美味しく作るのはブーストに近くなる。で、サブマシンガンみたいなこっちの世界に丸っきり無いものを作ればクリエイトってことになるわけだ」
「さて、この2系統で高められる能力として考えられるのは、能力値、特技、アイテムがメインになるだろう。生産のサブ職を持っている場合、アイテムのブーストやクリエイトを行えばいい。俺みたいなタイプはアイテムは作れないから、能力値や特技をブーストさせることになるな」
「ここで問題になるのは、レア度と代用の関係、リソースの問題、スタイルと、えーっと、後はなんだったっけ?まぁ、後でいいな」
「レアリティ、いわゆるレア度の問題は、言い換えると代用が利かないことを意味している。基本的にブースト系は既存概念の強化であるため、代用が利くからレアリティは低くなるんだ。しかし、あんまりレアなことをやろうとしても上手くいかない……というか、アプローチの方法が見付からない危険がある。そうだな…………例えば、〈冒険者〉を殺す方法だとか、逆に〈大地人〉を復活させる方法なんかはレア度が高くなるんじゃないかな。しかし、やり方を思いつくか?と言われると、ちょっと困ってしまうわけだ。」
「この時、自分に出来そうなことを延長していく『今の自分』を基準とした思考方法と、欲する能力からアプローチ法を考えていく『未来の自分』の姿を基準とした思考方法とがある。どっちも疎かにならない方がよさげ、だろうな」
「次にリソースの問題。あんまり色々と強化しようとすると、一つ一つの能力が強くならない。これはリソースを分割してしまうからだと考えられる。まぁ、これの原因はよくわからん。仮説なんだが、元々〈冒険者〉の肉体ってのは全員が同じものを使っていて、職業によって成長・発達する方向が決まっていると考えられる。俺は戦士だが、この肉体は魔法使いの能力も実は使っていないだけで持っているハズなんだ」
「そこで例えば、何かの裏技で魔法使いの職業を得ることが出来たとする。戦士と魔法使いの両方の職業を得られたとしたら、どっちつかずの結果になり、元の戦士の力も小さくなると俺は考えている。リソースが分割されるからだな。これを避けるためには、最初から魔法戦士のような職業でなきゃならんと思うわけだ。」
「ここがややこしいんだが、横方向への応用はそれなりにやり易いものだと思う。〈暗殺者〉の攻撃力や〈盗剣士〉のスピードなんかを戦士職の俺が利用するのは、たぶん可能だ。肉体は最初からそれらの素養を持っているハズだからな。また特技のブーストに魔法使いの魔力操作能力を利用したりすることが出来ればかなりの幅が広がるだろう。理想は12職業の特徴となる側面を全て継ぎ接ぎして使うことだが、あまり色々な能力を高めようとすると、職業が2つになると同じ結果になり、結局は弱くなってしまうと考えられる。」
「次がスタイルの話なんだが、…………めんどっちぃので答えを先に言ってしまうと、シュウトに必要なのはスタイルだと思う。」
「えっ?」
いきなり名指しされて困惑する。ジンの話はそのまま続いた。
「例えば能力を無理して高めなくても、攻撃力に関しては武器が強ければ『代用』できる。弓使いなら強い矢を使えばいいわけだが、…………それじゃダメなのか?」
「えっと……」
イキナリなので考えが纏まらないが、なんとなくそれでは意味が薄いように感じる。
「だけどさぁ~、能力を上げて、武器も強くなれば、倍率ドン!更に倍!はら●いらさんに3000点っしょ?」
葵が横からツッコミを入れる。シュウトは助け舟に感じてそのまま頷いた。
「そこがこの問題のポイントだ。これはそもそも代用が利く能力なんだから、武器が更に2倍、4倍と強くなればそれで済むんだ。もしくは人間の数を増やせばいい。ニキータにも弓を使わせて、シュウトが矢を供給すれば弓兵が2人になる。生半可なパワーアップより断然強くなるだろうな。さらに言えば、俺を倒したきゃレギオン連れてくればいい。群れればいいんだ」
レギオン(96人)とは大きく出たなぁ、と思いつつも、続きを待つ。
「だから、だ。シュウトが感じるであろう違和感は、力ではなく、その使い方、運用、戦法、スタイルを求めていることになる。力の大小よりも、その使い方の問題が大きくなっていくんだ。」
「スタイル…………」
シュウトはあの砂浜のことを思い出していた。あの時に一瞬だけ感じた『答え』に、今、再び近付いているのかもしれない。
「でも、何というか、みんな同じように戦えるハズじゃありませんか?」
ニキータが手を上げて質問する。質問はまだ形に成っていなかったが、ジンは理解することが出来たらしい。
「無心に似た状態による自動戦闘だな。確かにこれは『この異世界』に於ける目玉商品といっていいものだ。これのお陰で、現実には野生動物どころかペットの猫にも勝てない様な俺達でも、この異世界での戦闘を行うことが出来ている。」
「料理との比較で言えば、メニューの湿気ったせんべいと比べて、コンビニ弁当やファーストフード、弁当チェーンぐらいの味があるんだろう。」
「十分に美味しいっスね」
「ああ、みんな満足する程度に美味しい。」
「この自動戦闘方式は、方向付けが必要なんだ。使い手が選択に迷えば、その迷いが反映される。やる事が決まっていれば、ひたすらそれを繰り返してくれる。だから、スタイルというのは自動戦闘に与える方向のことだともいえる」
「スタイルは包括的なもので、捉えるスパンが問題になるんだ。一瞬の判断を導き出す戦術方針だとか、成長の方向性、そもそもの生き方まで含めて、その全てがスタイルを作っていく。」
「流石にスタイルまでは俺が教えることは出来ない。自分で決めるしかないだろうし、周りとの関係の中で自然と定義されてしまうのかもしれない。ちょっとだけ一緒に考えてみるとすると、普通に考えればシュウトは弓使いなんだから、砲台ってことになるだろう。
狙撃手みたいな超長距離に特化するパターンと、連射を主体とした中距離での支援や制圧を行っている今のパターンとが考えられる。もしくは弓を捨てて完全にファイターになってもいいわけだ。アサシネイトを活かすトリッキーな軽戦士パターンとかだな。それか、生産職を活かして全く別の何かを目指しても良い。」
「そんな感じで『自分の強み』を活かすことを考えるものなんだが、ま、これからどういう方向に進みたいか?どう生きて行くかって話でもあるから、じっくり決めればいいさ」
「でも、ある程度は強くなりたいので、攻撃力は高い方が嬉しいですよね」
「んー、実際アイテムブーストを考えれば、弓使いは矢を強化すればいい。最も強くなり易い武器のひとつとも言える。シュウト自身のサブ職が〈矢師〉なのも良い具合だよな」
「おおっ」
「一方で能力を高めるのは難しくなる。矢を飛ばすのは筋力じゃなくて弓だから、力を上げてもあまり意味が無い。」
「あー」
「とりあえず、矢に気を乗っける方法を見付けろ。今のままだと気を高めても、ただ普通に矢を射るだけになっちまう。高めた気を矢に乗せる技術を探すんだ。それが出来れば、特技のブーストにも応用ができる可能性は高い」
「気を高めるだけじゃ全然ダメなんですね……」
「だが、弓矢なら立ち止まって気を高められるかもしれないし、案外やり易いかもしれないぞ?」
「自分のスタイルを見付けろ。それと突破口を探せ。…………もうひとつアドバイスすると、戦闘は敵がいるから成立するものでもある。だから、敵の強さを利用できる方が好ましい。」
「スタイル、突破口、敵の力を利用……」
「盛りだくさんっスね」
「この程度で? 冗談だろ?」
「…………」
「…………」