144 コーラス
シュウト:
(これ、扱いが難しいかも……)
〈竜翼人〉の里で入手した新しい武器、〈龍奏弓〉。これには追加攻撃(いわゆるプロック)が付随していた。発動率は3割ほど。直径で15センチほどの赤黒い魔力の球体が発生し、敵に向かって飛んでいく仕組みだ。ソフトボールよりは大きく、サッカーボールよりは小さい。ハンドボールぐらいだろうか?
ダメージは1800~2000点、しかも〈オーラセイバー〉のような防御貫通型。
その武器にセットされていた特技が〈乱刃紅奏撃〉。これはプロックを制御・利用する技だった。同時に6つもの赤黒い魔力球が瞬間的に生成され、一斉に飛んでいく派手な技になる。6つが命中すれば、11000点前後のダメージを与えられる計算だ。こうした必殺特技がひとつ増えるのは大きい。この技の存在だけでゴール装備にしたくなるぐらいだ。
ただ弱点もあって、それなりに厄介な代物でもある。
弦を引くと〈妖術師〉のエンハンスコードのように、持ち手部分に魔力の文字が浮かび上がり、くるくると回り始める。弓を引き続けることで魔力のようなものが増してゆき、引き続けていると赤黒い魔力球、『瞳』が生まれる。引き続けてみた結果、『瞳』は3つまで発動させることができた。(20秒で1つ、60秒で2つ、120秒で3つ)しかも確率に左右されないのが良い。
ただし、これにはアグロ範囲も同時に広がっていく問題があった。
弦を引くことで音や振動が生まれ、魔力を生成する仕組みになっているらしい。この音、人間にとってはさほど気にならなくても、モンスターにとってはかなり警戒させる種類の音のようなのだ。結果、弓を構え、弦を引き始めた瞬間に『僕へのヘイト』が発生し、十分に離れていると思っていたモンスターが襲いかかってくることが何度か起こった。
シュウト:
(ドラゴンはコソコソ戦わないってことなのかなぁ?)
従って、龍奏弓は隠密行動にまるで『向いていない装備』ということになる。外部的に音を消そうとすれば、魔力が生成されなくなるのも確認済みだ。結局、確実にプロックを成立させる機能はあっても、『その時間を作れない』ということになる。戦闘開始前に準備で『瞳』を3つ作っておこうにも、敵に気付かれることになるので、どうしても襲われてしまうことになるからだ。
更にいえば、頭が痛いことにダンジョンなどが問題だった。敵の分断という基本的な行動に制限が掛かってしまう。左の通路の敵だけを倒したい状況でも、右の通路の援軍を呼び込んでしまうことになりかねない。いや、確実に『そうなる』。
プロックだけ見てもかなり強力な代物なので、DPSで言えば、1.2倍以上になるだろう。戦闘に集中できる状況ではゴール品にしたいほど強い。けれど、使いどころを誤ると味方を全滅させかねない。難しい装備だった。
そうした諸々のことを報告することになった。
シュウト:
「……って感じでした」
葵:
「偵察には向かない装備だぁね。でも、慣れれば遠くからでも1体ずつプルできるかもしんないじゃん」
シュウト:
「はぁ、がんばります(苦笑)」
ジン:
「がんばらんでよろしい。ゆるめよ」へらへら
シュウト:
「はい。使い分ければいいですよね。それで耐久度の消耗にも対応できるはずですし」
ジン:
「敵の増援が来まくりとか、面白そうだけどなー?」
この人の言ってることが滅茶苦茶なのは、たぶん仕様なのだと思う。
葵:
「んじゃ、次はあたしの番ね。この『竜眼の水晶球』は、用途限定だけど、超強力な代物だったよ!……よ!」
ジン:
「超強力だぁ? うさんくせぇな」
葵:
「黙れジンぷー、このすっとこどっこいが! ……この水晶球が『始点アイテム』になってて、こっちのお守りみたいなのが『終点アイテム』になってるのね。普通の『遠見の水晶球』だと、終点アイテムがない。だから本来なら物語的な都合で『みたい場所がみれる』って仕組みのはずなんだけど……」
ジン:
「だから、みたい場所が見れないんだろ?」
葵:
「どっこい。終点アイテムの存在で逆に便利になってんだな、これが!」
シュウト:
「といいますと?」
葵:
「ふふん。終点アイテムの位置に機能的に依存してるから、ゾーンに邪魔されて『入れないはずの場所』まで入れるんだわさ」
ジン:
「それはつまり、…………女子風呂ってことか!?」くわっ
葵:
「アホタレ! ダンジョンとかだ!」
シュウト:
「なるほど」
ジン:
「なぁ、それどっちが『なるほど』なの?」
葵:
「はなし聞けっつー。しかも、終点アイテムから、100mぐらいなら移動できんのよ。これは上に飛べるのが強みだぁね。パーティーと視野の角度を変えられるから、俯瞰での指示だしも可能。視力補助みたいなのもあるし、夜間でも視認性が高い。龍奏弓とは逆に、偵察の真似事もできるってワケ。ゾーンで区切られてなきゃ壁抜けもオッケー!」
シュウト:
「つまり、ゾーン内に終点アイテムを持ち込みさえできれば……」
葵:
「そう。けっこう融通が利いちゃうんだな、これが!」
具体的な喩えを言ってしまえば、終点アイテムを〈円卓会議〉をやっているゾーン内に置いてこれれば、そのまま会議の盗聴が可能になるってことだ。むしろ発言すらできるというべきか。
ジン:
「だけど、これって概念的にゃ『通信アイテム』だよな? 念話と違って、みんなと会話できて楽っていう。こっちの状況はそっちからは見えるんだから、説明しなくても良くなる」
葵:
「まぁ、テレビ念話って感じ? ただ、便利なだけあって、MPを消耗するんだけどね」
シュウト:
「そうなんですか……」
葵:
「時間当たりの消費量はそんな多くないんだけど、あたしの今のレベルじゃ連続使用には流石に制限が掛かるね。1時間は無理かな。40分ぐらいが限界だと思う」
ジン:
「少しレベル上げりゃいいだろ」ニヤニヤ
葵:
「それっきゃねーかぁ。セーフティも考えて、27ぐらいまで上げようかな?」
ジン:
「……そういやさぁ。ユフィの時、目を半分開きっぱだったよな?」
石丸:
「そうっスね」
シュウト:
「変なトコ見てますよね(苦笑)」
ジン:
「1時間も目を開きっぱなしだなんて、ドライアイ一直線だぞ」
葵:
「〈冒険者〉なのにそんなこと気にするヤツいる?」
ジン:
「ここにいる。というかイタズラし放題の状態なのに自粛してやったんだから、本来なら感謝されるべきところだと思うのだが」
葵:
「ユフィちゃん本人に言わない辺りがヘタレだな」
ジン:
「べ、別に本人にだってちゃんと言えるんだからねっ!?」
葵:
「ツンデレ、乙。……使う場所には入場制限を設けることにするから、だいじょうV」
普段から喧嘩ばかりしている様でも、何かにかこつけて心配しているのが、『らしい』というか。
石丸:
「では自分っスね。〈レガートの魔杖〉は、魔法の威力を強化する〈レガート〉が発動するっス。パッシブスキルっス」
葵:
「目の形とか出てくんの?」
龍奏弓も、葵に渡した水晶球も『瞳』を模したデザインが採用されているからだを。
石丸:
「特には」
葵:
「そっか。続けて?」
石丸:
「〈レガート〉は、他のバフと重複するのが利点っス」
ジン:
「デメリットは?」
石丸:
「魔法ひとつあたりのダメージ出力が上がっていることで、ヘイトが跳ねやすい効果が考えられるっス」
1000点の魔法3つと、1500点の魔法2つの喩えで言うと、両者とも最終的なダメージは同じだが、一撃あたりのヘイト獲得値が違うという意味だろう。
しかし、ヘイトにも基本値が設定されているはずなので、3回攻撃したのと、2回攻撃したのを比べれば、2回の方が総獲得ヘイト値は下がるはずだ。ダメージ増による獲得ヘイト値が増えていたとしても、攻撃1回分が減るので、最終的にはイーブン、もしくは逆に有利になり易いと思われる。
ジン:
「じゃあ問題なしだな。ヘイト増は前衛で対処するだけだ」
石丸:
「了解っス」
葵:
「シュウ君がアグロさせたのを、いしくんが跳ねさせて、ジンぷーが帳尻あわせりゃいいわけだね」
ジン:
「テケトーに言いやがって」
葵:
「へっへっへ。本日も通常運転、おっと念話だ。……どったの、星奈?」
唐突な来訪者は、嵐の始まりだったりした。
◆
星奈:
「お客さま、です!」
シュウト:
「ありがとう、星奈」
口元がカパッと開く猫人族独特の笑顔。こちらも笑いかけておく。
ジン:
「誰かと思えば。なんか用か?」
アクア:
「いいえ、ちょっと噂を耳にしたのよ」
ジン:
「なんの噂だ」
アクアの登場で意識の密度が濃くなった気がする。ジンとアクアが『そこ』に居るだけで魔法的な現象が起きそうな気がする。……というか、世界の危機を期待している自分がいる。
葵:
「ん? アクアちゃんなら常時スルー設定だったと思ったけど?」
アクア:
「余分なオマケがいるのよ」
エリオ:
「余分は余計でござろう。……ごぶさたでござる」
背の高い浅黒い〈武士〉キャラクター。『南米のござる』こと、エリオだった。最後に会ったのは何時だったろう。
ジン:
「なんか居たな、そんなのも」
エリオ:
「ひどいでござる!?」
ジン:
「んで? 晩飯までいんのかよ?」
アクア:
「しばらくここにいるつもりよ」
ジン:
「そうか。じゃあ今夜は……」
エリオ:
「エビチリでござるか!? エビチリでござろう? 約束のエビチリを」
ジン:
「わかった、うるさい、黙れ」
アクアとエリオが旅装を解き、くつろげる状態になった。
2階の食堂で話をすることにしたようで、レイシンが飲み物を用意している。
念話を聞いたユフィリアが現れ、アクアに飛びついていった。
ユフィリア:
「きゃー!? アクアさん、だっ!」
アクア:
「いい子ね、ユフィ」なでなで
エリオ:
「お久しぶりでござる」
ユフィリア:
「お元気ですか?」
エリオ:
「ぼちぼちでんなー、でござる」キリッ
ジン:
「エセ関西弁にも対応するとか、高性能ござる機だな」
エリオ:
「そうでござろう?」ドヤァ
ドヤ顔はさすがにうざい。
スターク:
「うえっ!? アクア……?」
アクア:
「見ての通りよ」
スターク:
「やだよ! ボク、まだ帰らないからね!」
ジン:
「足手まといの子供のセリフだぞ、それ」
スタークにしては過剰な反応だが、アクア=帰るという図式なのはエリオと同じなのだろう。
アクアはうっすらと微笑むと雰囲気を出して告げた。
アクア:
「貴方、そんな言い訳が通用すると思うの?」
スターク:
「だって、レイド中なんだよ? せめてベートーヴェン倒すまで待ってよ! お願いだから!」
アクア:
「……何ですって?」ギロヌ
スターク:
「ひゃう!? ご、ごめんなさ……」
あまりの迫力に、一瞬でごめんなさいに転じるスターク。
エリオ:
「ふむ。ベートーヴェンでござるか?」
アクア:
「貴方たち、どんなレイドをやってるのよ、説明しなさい」
面倒そうなジンに説明役を押しつけられる。五聖とか言われる〈奏竜〉を倒して、竜の王の復活を阻止する展開らしいこと、ベートーヴェンは炎爪竜ビートホーフェンというレイドボスの一体であることなどをつらつらと述べておいた。なぜか説明するほどに疑問が浮かんでくるのだが、とりあえずそのあたりは後回しだ。
アクア:
「今、何体目?」
スターク:
「2体倒して、次が3体目だけど……?」
アクア:
「1体目と2体目の名前は?」
石丸:
「翼水竜ゴーシャバッハと、樹角竜ショーンペイルっス。バッハとショパンの名前をモジっているっス」
アクア:
「次が3体目、ビートホーフェン、つまりベートーヴェンな訳ね?」
シュウト:
「はい。土の竜は未発見です。ビートホーフェンを倒したら出現すると思われます。最後の金の竜は、金牙竜モルヅァート、モーツァルトですね」
アクア:
「そう。ショパンの逃したのは残念だったけれど、許してあげるわ!」
ジン:
「何を許すんだ、何を?」
アクア:
「私も参加するわ。空きはあるんでしょうね?」
ジン:
「えーっ!? お前が入ったら楽勝すぎてつまんなくなるだろ!」
断るにしても理由が『それ』っていうのが、なんとも香しい。
アクア:
「何、文句あるわけ?」
ジン:
「だから、文句あるって言ってるだろ!」
アクア:
「却下よ。私は入るから。むしろ『入ってください』と頼まれてあげる」
シュウト:
「ヒドイ」
エリオ:
「ひどいでござる」
スターク:
「ひどいなぁー(笑)」
ユフィリア:
「ひどーい(嬉)」
葵:
「んじゃ、アクアちゃんは決定、と」
ジン:
「しょうがねぇなぁ。……んじゃ、スターク、またな?」
スターク:
「ボク!? ヒーラー2枚しかないのに、1枚抜くつもりっ!?」
葵:
「それもそっか。……どうしようか?」
アクア:
「別に、ちょっとヒーラーが足りなくても、なんとでもなるでしょう?」
ジン:
「お前は、どうもヒーラー抜きハンデでやらせたいらしいな」
アクア:
「あら、楽勝すぎるのは嫌って耳にしたばかりなんだけど?」
この2人は(も?)水と油というより、火と油の気がしてならない。
英命:
「失礼します。楽しそうなお話をされているようですが……?」
アクア:
「……この男、何者?」
ジン:
「あー、なんだ? 居候? 先生?」
確かに説明が難しい。ギルドメンバーでもないし、家庭教師というのも少し違う気がする。先生は先生ということか。
英命:
「教師を生業にしております」にっこり
アクア:
「教師? 子供に世迷い言を吹き込む詐欺師のことでしょう? 好きじゃないわ」フイッ
シュウト:
(アクアさん!? ばっさりいったー!!?)
英命:
「これは手厳しい――」
反論もせず沈黙すると、ふわりと椅子に腰掛けてしまった。その場に加わるのが『まるで当然』という仕草だったが、こちらの会話はぴたりと止まった。威圧感というのとも違うし、存在感というのだろうか。
ジン:
「あー、なにこの空気?」ぽりぽり
葵:
「えっとー、こっちが英命先生。塾の講師らしくて、ウチの子たちが勉強を教えて貰ってるの」
英命:
「英命と言います。よろしくお願い致します」
アクア:
「アクアよ」
エリオ:
「エリオでござる。よろしくお頼みもーす、でござる」
英命:
「はい、よろしくお願い致します」
なごやか?な雰囲気で済んだのはここまでだった。
英命:
「…………」(にこっ)
そのまま沈黙。事情を理解していない英命がにこやかに混じっているだけで会話が続かなくなってしまった。沈黙にはこうした使い方もあるのだろう。しかし、恐ろしいまでの空気の読めなさだった。いや、読めないハズがないのだから、『あえて読まない』のだろう。沈黙を武器に変える手法なのかもしれない。場を支配する攻撃的な沈黙の使い手だった。
ユフィリア:
「(にこー)」
とはいえ、若干名、無敵な人も混じっていたりはする。
特にユフィリアはかなり柔らかく、ゆるんでいるため、見ていて飽きることがない。『見る価値がある』状態なのだという。
見ているだけでゆるむのであれば、ずっと見ていたい気もするのだが、それはそれで別の問題になってしまうのが難しいところだ。
ジン:
「ん? なんだ、だまりこくって。……今はレイドの相談してたんだけど、先生も行くかい?」
ジンは『一応、誘ってみた』という言い方だった。英命はかなりの実力者で、誘いたかったけれど遠慮して我慢していたのだ。しかし、ジンには何の気負いもなかった。ボダレルブリッジでの戦闘に参加していないので、英命の実力を知らないからだろう。
英命:
「そうですか、面白そうですね」
文脈的に『ですが遠慮しておきます』と苦笑いしてお断りだろう。残念だが、こればかりは仕方がない。
英命:
「…………」
シュウト:
「あれっ?」
葵:
「ん? 面白そうって、参加する気アリ?」
英命:
「はい。……せっかくのお誘いなので、お受けします」にっこり
ジン:
「軽いな。90レベルオーバーのゾーンで、ドラゴンも出るから」
葵:
「基本報酬は1/24で計算するけど、働き次第でプラスアルファって感じだかんね」
英命:
「わかりました」(にこり)
シュウト:
(あれぇ、なんだろう、これ?)
こんな簡単に参加する人だったのか? ……いや、違うのだ。ギルドに入った訳ではなく、レイドに参加すると言っているだけだ。ならば傭兵として参加するという話でしかない。だから簡単に済んでしまったのだろう。
しかし、一方で『レイドに参加したら、もうこっちのもの!』的な、いやらしい考えがないではなかった。
葵:
「んじゃヒーラーは確保した訳だから、……さよならスタークくん」
スターク:
「うそぉ!?」
アクア:
「嘘よ。ちょっとしたアレね。別に今、連れて帰る気はないわ」しれっと
スターク:
「冗談だったの? ちょっ、ひどくない?」
アクア:
「なに? やっぱり帰りたかった? いいわよ別に」
スターク:
「いえ、そんなことありませんです、ハイ!」
生殺与奪権を握るというのはこういうことかと思う。密かに同じ立場のござ……、エリオまで震えているのが悲しい。
クリティーヌ:
「アクア、ギルマスをからかうのは止めてもらいたい」
アクア:
「そうね。でも貴方は帰れなくて残念だったわね」
クリスティーヌ:
「……いや、そうでもない」
シュウト:
(そうなんだ?)
それはそれで意外な反応だった。機械的な護衛として働くクリスティーヌも日本サーバーに来た『かい』があればいいのだが。
葵:
「アクアちゃんと、ござると、先生か。あと3人いると3パーティーになってちょうどいいんだけどね」
エリオ:
「おおっ、自分も参加してよいでござるか?」
アクア:
「いいわよ。……使えなかったら切るけど」
エリオ:
「が、がんばるでござる」
早くも中枢指揮権にまで食い込んでいるアクアだった。分かり切っていたことではあるのだが、所詮、我々は食い散らかされる側の生き物に過ぎない。
英命:
「……ということは、今まではハーフレイドなのですか?」
シュウト:
「あ、はい。そうなんです」
こう、外部の人を相手にすると、人数がばっちり揃っていなくて恥ずかしい気分もある。なんというか、小ギルドの弱みを見られているというような感じだ。
しかし、戦力的には恥じるべきところなどない。ジンに加えてアクアまでいれば、24人程度の戦力など遙かに越えてしまうはずだ。
葵:
「次回もレベル上げに専念してもらって、もう1つレベルあげてもらうかんね」
シュウト:
「わかりました」
アクア:
「レベル上げなの? レイドボスは?」
ジン:
「実力的にギリギリでな。少し、余裕を作るためだ」
僕たちは平気なのだが、その辺りの文脈は省略して説明している。
英命:
「そうでしたか」
アクア:
「なら、仕方ないわね。……ニキータ?」
ニキータ:
「はい、……?」
アクア:
「今から、新しい魔法の実験台になりなさい」
シュウト:
「えっ?」
唐突に凄いことを言い始めてしまったものだが、他人事なので興味深いとしかいいようもなく…………。
◆
唐突な話で、私もなにが何だかわからない。新しい魔法の、しかも実験台になれという。
葵:
「なになに? 新しい魔法?」
アクア:
「いまローマでは、サブ職を作るのが流行っているのよ」
シュウト:
「サブ職を、『作る』んですか?」
ジン:
「へぇ……」ニヤリ
英命:
「それはそれは」
スターク:
「そうなんだ?」
アクアが取り出したのは、紙とペンとインクだった。
アクア:
「このインクで、この契約書にサインして頂戴?」
ニキータ:
「署名したら、どうなるんですか?」
アクア:
「約束したでしょう? 私のコーラスにしてあげるって」ニコリ
シュウト:
「つまり、〈コーラス〉っていうサブ職になれる魔法、ってことですか?」
アクア:
「そうよ」
どうやら英語で書かれているようだ。英語なら多少は読めそうなものだが、問題は筆記体の崩れている文字の方だった。それを読むスキルまでは持ち合わせがない。
ジン:
「もうちょっと説明しろよ。流行ってるってどういうこった?」
アクア:
「そうね。『聖女』に報告があったのよ。サブ職の変更って該当する〈大地人〉に話しかけるものでしょ?」
葵:
「というか、そうしないと無理だよね。クエストのヤツもあるけど」
アクア:
「それが面倒だったみたいで、書面にしてみたらしいわ。希少な魔法素材の紙やインクを使えば、こうした『契約の魔法』を行使できるのよ」
ジン:
「さすが巨大都市。誰かが見つけた訳か……」
アクア:
「いいえ。『再発見』と聞いているわ」
ユフィリア:
「再発見?」
アクア:
「誰かが既に生み出していて、それを『もう一度発見した』ってことよ」
ジン:
「マジか。それで、そんなのが流行ってるってのか?」
アクア:
「書面で解決できるものは書面にすればいいってことでしょう? サブ職の契約はそのひとつなの。問題は、完全に新しいサブ職を生み出せるかどうか?ってことね」
ジン:
「そんなの確認しようがねぇだろ」
葵:
「……んー? ああ、そっか。余所のサーバーにはあるかもしれないってことだ?」
英命:
「それは、むしろ破壊的な可能性では?」
アクア:
「そうかもしれないけど、知ったことじゃないわ。……ちなみに〈神〉というサブ職は作れなかったわ。素材のランクが足りなかったか、スキルで無茶しすぎたかどっちかでしょうけどね」
スターク:
「あー、はいはい。〈神〉のサブ職になって、全知全能があれば、全プレイヤーのログアウト・コマンドを復活させられるかもしれないって感じだ?
……ねぇ、他にはどんなサブ職を作ったの?」
もっともな質問だと思う。それは私も少しばかり興味がある。
アクア:
「………………」
ジン:
「おいおい(苦笑)」
沈黙が雄弁に語っていた。どうも斜め下の話の気がしてきた。
スターク:
「ま、まずい(汗)…………ヴィルヘルム! サブ職を作る魔法ってどうなってんの!? ……うん、うん」
あわてて念話するスタークだった。その真剣な顔をみて、『ああ、本当にギルドマスターなのね』と和むような気持ちになっていた。
スターク:
「わかった、ありがとう!…………やぁ、ラトリ? サブ職を作る魔法って、どうなったの? …………うぎゃあああああ、やっぱりぃぃぃぃぃ!」
どうやら面白いことになっていたらしい。なぜか2人目の念話が真相に近い気がした。
ジン:
「で? どうなってるって?」ニヤニヤ
スターク:
「うふふふー。あの人たち、ゲーマーじゃなくて、エリートビジネスマンなんだ。効率無視してリスク取りにいっちゃったみたい。絶対、5~6人じゃ済まないと思ったんだよ。でも20人以上って……」
葵:
「ネタに全力で突撃したか」
ジン:
「どーせ、煽り合ったんだろ。酒が入ったに違いない」
サブ職の取り直し・鍛え直しが結構な規模で発生しているらしい。他人事だと笑えるのだが、自分が当事者だと気が気ではない。サブ職は幾つか触ってみて、しっくりこなくて放置していた。だから、失敗しても大丈夫ではあるが。
シュウト:
「そっか。そういう……」
葵:
「フフン。シュウくんの思考を想像するに、『魔法戦士になれるかも?』とか考えてたんじゃない?」
シュウト:
「はい……。〈神〉だなんて、根本的な解決までは思い至りませんでした」
ジン:
「夢、広がりまくりんぐだよな。そりゃ流行るかァ」
アクア:
「流行ると言っても、高位の素材を使える人は多くないもの。それこそ〈スイス衛兵隊〉の連中がバカをやって遊んだだけね。
だけど、一度でもその方法で登録してしまうと、同じ条件が引き継がれるはず。だから最初に〈コーラス〉になって貰うのは、……ニキータ、貴方がいいと思ってね」
〈コーラス〉のサブ職をここで生み出すのであれば、以後は〈コーラス〉の能力はその設定で固定されてしまう、という意味なのだろう。
しかもある程度まで自分が欲する能力や特技で作成?できるのだという。
ニキータ:
「〈コーラス〉の能力を確認したいんですが?」
アクア:
「当然の権利ね。まず制限を設けてある。特定の〈吟遊詩人〉と契約することで、その援護歌を強化することができる」
ジン:
「おい、自分の強化が目的かよ(苦笑)」
葵:
「でもコーラスってんなら、そうなるもんだわ」
アクア:
「その代わり、私の能力を部分的に使えるようになるわ。どう? 悪くない取引でしょ」
シュウト:
「あ、〈吟遊詩人〉じゃなくても〈コーラス〉になれるってことですね?」
アクア:
「もちろん」
サブ職なので『誰でも成れる』という意味だろう。アクアと一緒にいるだけで、彼女の援護歌を強化する効果がある、ということだ。
ジン:
「それ、ニキータにうま味あんのか? ……いや、まさかおまえの能力の一部って??」
もし、あの超威力の永続式援護歌が一部であれ使えるようになれば、戦闘能力としては破格の大パワーアップになる。
しかもコーラスのメリットはもっと根本的な部分にあった。アクアが居れば、私は戦闘で要らなくなってしまうのだ。永続式援護歌の効果数、威力、適用範囲のすべてでアクアは逸脱している。ただの〈吟遊詩人〉は彼女が要れば不要なのだ。でも〈コーラス〉の能力があれば、アクアの強化を通じて戦闘に貢献できることになる。それだけでも魅力的な提案だった。
アクア:
「それから、〈マエストロエコー〉の物理版として『ミラーリング』というのを。加えて連携強化のパッシブスキルに『ハーモニーリンク』を考えてみたわ」
ジン:
「連携強化って、それ、どういう内容だ?」
アクア:
「敢えて抽象的にしてあるのよ。あんまりカッチリ決めると強くなり過ぎて素材レベルとかに引っかかるかもしれないでしょう?」
シュウト:
「『ミラーリング』は強そうですね。味方に〈暗殺者〉や〈盗剣士〉がいれば、アサシネイトやダンスマカブルを使えることになりますし。ただ、ジンさんのブースト〈竜破斬〉は厳しいかもですけど」
ジン:
「うーむ、20万ダメージの一撃必殺技とかあればよかったんだがなぁ」
スターク:
「……もしかして、今からでも欲しい特技に交換できたりするの?」
アクア:
「いいえ。これは最大レベルの〈筆写師〉が作った契約書だから、私たちには無理よ。『両名のサインをもって、契約完了とする』で締めくくってあるから、サインすれば発動する仕組みね。気に入らないなら作り直してくるだけよ」
私に異論はなかった。それでも念のために考えることにした。考えなしで契約するのは、自分は良くてもアクアに失礼だろうと思えたからだ。
ひとつひとつの特徴やスキルを吟味してみると、一つの方向性を持っていることがわかった。
ニキータ:
「この〈コーラス〉の能力は、『他者の力を借りる』方向で纏められていますね。自分が成長するのではなく、周囲の人たちの能力を借りることでパワーアップするものだと思います。……だったら、特技の真似をするより、人を真似したいです」
アクア:
「……驚いた。しばらく見ない間に、急激に強くなったようね」
ジン:
「いいや、違う。少しだが、柔らかくゆるみつつあるだけだ」
アクア:
「どう違うの? 同じことの別の表現でしょう?」
ジン:
「強さは硬さに近い概念だ。しかし逆から言えば、弱さの原因は体が固まってしまうことにある。だから、弱いまま、柔らかくなってきているってことだ」
私は強くなってはいないらしい。そのことに不思議な安堵を覚えていた。壊れやすい『もろさ』が、壊れにくい『柔らかさ』に置き換わってきているのかもしれない。
私自身、変わってしまうことへの怖れを自覚もしているし、そのことを小さく考えていない。……でも、自分を変えないまま、変わる方法もあるのかもしれない。それをジンの隠された(まるで私だけが気付くことのできる)優しさのように思ってしまう。だが、同時に何かが正しくないことのような気もしていた。本当に変わるのであれば、表面的にも変わるべきなのではないだろうか?
アクアはペンを手に取ると、文面を僅かに変更した。
アクア:
「この程度の修正はたぶん可能でしょう。……これで『ミラーリング』は攻撃特技では無くなったはずよ。結果、どうなるかは私にも分からない。変相向けになったとしても、責任は取れない」
ニキータ:
「いえ、ありがとうございます」
迷いはなかった。アクアが先にサインし、続けて私も名前を書き込んだ。
アクア:
「これで、契約完了よ」
ニキータ:
「!?」
斜め下の床の中から、自分を眺めている自分に気づく。白くて白い世界。振り向いた私は自分を一瞬にして見失ってしまった。肉体座標的にも、精神の安定的な意味でも。ここはどこか?と考えるより先に、遠く地平線の彼方に城のようなものが見えた気がした。天と地が入れ替わり、空だった地面。雲海のような。地面だった空から山を生やして……。そこまで混乱した時、白い世界のどこかで歯車が噛み合ったのを感じた。
ニキータ:
「!?」
ギルドホームで座っている自分を認識する。幻覚? 妄想? 白昼夢? ステータスを確認すると、〈コーラス〉のサブ職が表示されていた。
ユフィリア:
「ニナ、どう?」
ニキータ:
「成功したみたい」
シュウト:
「おお!」
ユフィリア:
「おめでとー!よかったね」
アクアに目を向けると、軽く微笑んだだけだった。
アクア:
「成功するのは当たり前よ。……それより試してみましょう」
立ち上がると、永続式援護歌を発動させるアクアだった。自分の体が反応し、震え、まるで光でも出しているかのように音を放っていた。
葵:
「これがアクアちゃんの援護歌なんだ? すっげ、バフがどんどん増えていく!」
リゾナンスを使っていない状態だが、それでも圧倒的だった。
遠慮していた咲空や星奈が、そー太や静、りえ達までが集まってくる。
アクア:
「サブスピーカー? 中継地点? 面白いわね。……さ、行くわよ?」
ニキータ:
「ど、何処へ?」
アクア:
「特訓よ。サブ職のレベルを上げたいでしょう? 付き合ってあげる」
ジン:
「ご愁傷様~」ひらひら
ここから私は特訓の日々が始まった。ただ流された結果は、予想外の事態へと発展することになる。