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143  竜翼人の里 / 交渉戦闘

 

ジン:

「やっぱ、ここ(、、)だな」


 レベル上げ2日目。『土の竜』探索を兼ねて、予想地点の周囲をウロウロしていた時だった。開けた場所で立ち止まり、ジンがつぶやくのが聞こえた。


シュウト:

「見つけたんですか?」

ジン:

「見つけたワケじゃないが、この辺りにいる(、、)のは感じる。もしかして、どっかから飛んでくるのか?とか思ってたんだが、空間的にズレてんのかも。……しっかし、コイツもかなり強いぞ」

スターク:

「ちなみに、なんでそんなこと分かるの?」

ジン:

「意識は時空を越えて存在しているからだ」

スターク:

「あ、そう……」


 もう、『そういう人だから』としか言いようがない。


シュウト:

「じゃあ、土のが今までのレイドボスで一番強い感じですか?」

ジン:

「いや、モーツァルトのモジリがいただろ。あれが一番だな。まるっきり次元が違う。普通に24人ぐらいじゃ勝つ見込みが立たないんじゃねーかなぁ?」

シュウト:

「えっ?」


 今でも限界臭いのに、まだ上がいますか、そうですか……。


石丸:

「金牙竜モルヅァートっスね」

ジン:

「それそれ。そいつ」

ユフィリア:

「ジンさんが居ても、ダメそう?」

ジン:

「俺1人でどうにかなるなら、レイドに意味なんてないんですけど」

シュウト:

「それは、そうかもですけど。だったら、どうすれば?」

ジン:

「俺が知るかよ。……なんか弱点でもあるのかもなー」

スターク:

「5体のレイドボスの内、4体までを倒せば、こう、魔法陣的なものが崩れて弱体化、とか?」

ジン:

「んー、弱くなってから戦いたくないなぁ。……今から行くか?」

Zenon:

「おいおい、そういうのは勘弁してくれよ!」←必死



 午前中に予定通り、ニキータ、ウヅキ、Zenon、バーミリヲンがレベルアップ。昼食にするべく、ゴーシャバッハのレイドゾーンへ移動。やはり何もいない。レイシンたちが食事の支度をしている間に、葵へ定時連絡をしておく。


葵:

『やっほーい。どう? なんか変わったこととかあったー?』

シュウト:

「ジンさんが、『土の竜』の出現ポイントらしき場所を見つけたんですが、空間がズレているとかで、戦えない状態みたいです」

葵:

『そーいうアレか。これはやはり不味い展開だね!(嬉)』

シュウト:

「なんで嬉しそうなんですか」

葵:

『レイドの血がたぎるっていうの? その辺のはたぶん戦う順番を制御するためのものだろうね。火の竜は完全防御ギミックがあって、土の竜は見つからないんでしょ? ゾーン制御能力とか持ってそう。ヤッバヤバじゃ~ん(嬉)』

シュウト:

「あの、ジンさんが言うには、〈金牙竜モルヅァート〉は次元の違う強さだそうです」

葵:

『なんだ、そういう罠か。つまり、水のゴーシャバッハか、木のショーンペイルからしか戦えないようになってんだ』

シュウト:

「そういう罠ですか……。でも、今回のってどうすれば? 何か気になってることとかあるって言ってましたよね?」

葵:

「まだ1つしかレベル上がってないんでしょ? だったら、どーせだ。ゆっくり行こうぜっ!」

シュウト:

「そんな風にノンビリしてる時間ってあるんですか?」

葵:

「さぁねぇ? わかりましぇーん」

シュウト:

「そんなテキトーな」

葵:

「にゃっはっはっ。……リポップしていないんだったら、ユフィちゃんが持ってる盾で、〈イセリアルチャント〉を使ってみるとかだね」

シュウト:

「!……はい」


 なるほど、相克の話を忘れていたらしい。案を持っている葵は流石だが、この程度のことも思いつかないだなんて、自分はどこまで抜けているのだろうとか落ち込みそうになる。


葵:

「ただねぇ、あの特技って必殺系だから、再使用けっこう掛かるんよ。あんま巧くいかないかもね。もう一つの可能性は、ショーンペイルを倒したことに『なってない』のかも。その場合、ちょーっと攻略不能になるから、イベント待ちかにゃあ。だっははははは!」

シュウト:

「……それって、倒す前に角を折ったから、ですか?」

葵:

「まぁまぁ。今はしっかりレベル上げしたまえよ(汗) じゃっあねーん。バッハハーイ♪」


 念話が切れると、どっと疲れが押し寄せた。


シュウト:

(どうしよう。これ、ちょっと自分の口から報告したくない。……今日1日黙っていても、怒られない、よね? レベル上げに専念するつもりだったって言い訳あるし)


 そんな風にぐねぐねしていると、食事の時間が来ていた。ひきつったような笑顔で秘密を抱えての食事だが、味が分からなくなるようなことはなかった。

 ……でも、味が分からなくなるような事件は起きた。







ジン:

「……来たか」ニヤッ

ユフィリア:

「誰が?」

ニキータ:

「風を切る音? ……接近あり!」

リディア:

「敵!?」

Zenon:

「(もぐもぐ)ボボバラばぁ(どこからだ)?!」


 食事中の僕らは慌てて武器を取ると立ち上がった。レイドボスの居たゾーンだけあって、ここはセーフティーゾーンではない。戦闘が可能だ。

 飛来する赤色の姿が視認できた。例の『赤いヤツ』だ。地面の近くで反転すると、ふわりと浮かび上がるようにブレーキ。足先から音もさせず、優雅に着地して見せた。

 

 みんなが警戒して武器を構えているさなか、ジンだけは悠然と座ったままシチューを飲んで口を動かしている。

 赤い竜翼人は槍を持ち返え、こちらに見えるように、穂先を後ろ側にした。……もしかすると戦う意思はないと示しているのかもしれない。


ジン:

「よう。お前さん、人の言葉は話せるのかい?」

赤い竜翼人:

『意思疎通の魔法を使うことができる』

ジン:

「なるほどね。……んで? 人のメシを邪魔しに来たわけじゃないんだろ?」

赤い竜翼人:

『どうかな?』

レイシン:

「んー。よければ、シチューを飲まない?」

ジン:

「ちょっ、やめろよ。俺の分が無くなるだろ!?」

赤い竜翼人:

『せっかくの好意だ。無駄にするべきではないだろう』

ジン:

「えーっ、飲むの?」

赤い竜翼人:

『私もどんな味か興味がある』

レイシン:

「はっはっは」


 シチューを飲む竜翼人。『味が複雑だが、軽いな』とのこと。こってりとしたクリームシチューでこれだから、もっとどっしりしたものが常食なのだろう。……生肉とか。


ジン:

「ハラのさぐり合いをするか、本題に入るかが問題だな」

赤い竜翼人:

『つまり、本題に入りたいのだな?』

ジン:

「まぁな。ここで何が起こっている? あのドラゴン達はなんなの?」

赤い竜翼人:

『フム。君達が戦っているのは、五聖と呼ばれる上位の〈奏竜〉達だ。彼らは聖域を守護している。その役目は竜の王を目覚めさせることにある』

シュウト:

「ドラゴンの、王…………!?」


 思っていたよりヤバイ展開の気がする。


ジン:

「んで、その竜の王とやらが目覚めるとどうなる?」

赤い竜翼人:

『おそらく力の天秤が大きく動くことになるだろう。その結果は、そうなってみないと観察できまい』


 パワーバランスが変わるらしい。〈大地人〉や〈冒険者〉への被害が出るかどうかは分からないということか。


ジン:

「……なるほど。じゃあ、竜とお前ら竜翼人の関係は?」

赤い竜翼人:

『難しいことを訊く。……非対等な協力関係、といったところだ』

ジン:

「つまり、従属か」


 沈黙とにらみ合いがしばらく続いた。ジンはうっすらと微笑んでみえた。どういう意味なのか考えようとするのだが、頭が巧く働かない。


ジン:

「火の竜、名前はええっと……」

石丸:

「炎爪竜ビートホーフェンっス」

ジン:

「ってのが纏ってる、黒い霧みたいな仕組みが解除できないんだが?」

赤い竜翼人:

『分かっている。その為に来たのだからな。ショーンペイルを倒したのに、なぜ、倒していない?』

ジン:

「ん? 翻訳ミスか?」

シュウト:

「あぅ……」

スターク:

「なにその反応? ちょっと怪しいんですけど」

シュウト:

「いや、その。ショーンペイルを倒す前に、角を折ってしまったからじゃないかって、さっき葵さんが……」

ジン:

「あー、そういうアレなの?(汗)」

ユフィリア:

「てことは、ジンさんのせい?」

ジン:

「えっ、何? 俺のせいにすんの?!」

Zenon:

「敢えて誰かのせいにするってんなら、アンタ以外にゃいないわな」

ジン:

「なんだテメーラ、喧嘩売ってんのか! お?」

スターク:

「どうして責任逃れしようとしてんのさ!?」


 目の前に竜翼人が居るのも忘れて、わーわーぎゃーぎゃーと言い合いが始まってしまった。


赤い竜翼人:

『……事情は了解した。つまり〈万奏(ばんそう)の魔杖〉を得ていないのだな?』

ニキータ:

「〈万奏の魔杖〉がショーンペイルから手に入れるものなら、そうです」

ユフィリア:

「なんだか、凄そうな感じ」


 たぶん幻想級であろう〈万奏の魔杖〉というアイテムを手に入れ損ねたかと思うと、流石にダメージがあった。勿体ないことこの上ない。


石丸:

「その杖を、角から取り出すことはできないっスか?」

赤い竜翼人:

『里の者に尋ねてみよう。私には何も言えない』

ジン:

「つまり、里ってのがあるワケね?」

シュウト:

(ジンさん、そういうのやめましょうよ)ヒソヒソ


 交渉が巧く行っている間は、モメるようなことをするべきではないと思う。危うい関係の綱渡りを平気でやる人なので、端から見ていて恐ろしい。


ジン:

「あー、じゃあ手元にないから、一度ホームに取りに戻らないと」

石丸:

「いえ、持ってきているっス」けろんぱ

ジン:

「えっ、そうなん? 『こんなこともあろうかと』ってヤツ?」

石丸:

「葵さんからの指示っス」

Zenon:

「ハンパねーな、おい! なんなんだよ、あの人、マジで何者だよ!?」


 うわーい、予想済みとか。話が早すぎる。本当に千里眼持ちなのかもしれない。


ジン:

「じゃあ、里に案内してくれ」

赤い竜翼人:

『……仕方ない。これを渡しておこう』

ジン:

「なんじゃこりゃ?」

赤い竜翼人:

『許可を与えるものだ』


 詳しい位置を確認の後、赤い竜翼人と別れた。現地集合という。

 新しい展開にうきうきしながら、1時間ばかり移動。指示されたポイントには何も無いように見えたが、許可を与えるという印を掲げると、いつの間にか森が現れていた。高度な幻術というより、ゾーン制御能力の気がしてならない。


ジン:

「いたいた。ここだな」


 森の奥に進んでいくと、人里ならぬ〈竜翼人〉の里が現れた。

 文明のある暮らしぶりだが、見た目は古代か中世かといったところだ。〈竜翼人〉の集落は人間の村落をベースに構築されているらしい。たぶんゲーム的な都合というヤツだろう。


 門番的な竜翼人に睨まれつつも、奥へ通される。

 彼らの身長は2.5~3mほどだ。里は、身長2.5mぐらいの人間用サイズですべてが作られている印象だった。プチ巨人+尻尾といったところか。


ジン:

「警戒されてんなぁ」

スターク:

「そりゃそうでしょ」


 また別の兵士風竜翼人に指示され、背の高いテント風の建物の中へ。

 

赤い竜翼人:

『これで君たち客人だ。……では、行こう』

ジン:

「お茶とかは出ないわけね」

赤い竜翼人:

『歓迎の表しかたは、人族と違う』


 村長的な建物?に入るのが儀式か何からしい。余計な挨拶だのは一切省かれ、別の建物に向かう。実用主義だろうか。でも、こういう方が好きかもしれない。


シュウト:

「こ、ココ、武器屋ですか!?」


 思わず、あまりのお宝ゾーンっぷりに心がときめいてしまう。いや、冷静に考えると人間用サイズの装備をおいてあるわけではないのだが、それでも目移りするのは止められない。


Zenon:

「こりゃスゲぇ」

バーミリヲン:

「ああ。魔法技術では人間を遙かに凌駕しているな」


 シンプルな生活と、優れた魔法技術というギャップにやられてしまいそうだった。みたこともない魔法具の数々にうっとりする。使えそうな小物とかが無いかと探してしまう。


赤い竜翼人:

『では、ショーンペイルの角を見せてくれ』

石丸:

「これっス」


 魔法の鞄からズルズルと、長い角が引き出される。こうしてみると、サイズ的に彼ら竜翼人にぴったりという印象だった。

 鎧を身につけていないもうひとりの竜翼人と、竜っぽい言葉?で会話している。僕らには正直、うなり声にしか聞こえない。ノドの形状他、発話機能が根本的に異なっていそうだ。


赤い竜翼人:

『結果を言えば、元に戻すことはできないそうだ』

ジン:

「そうか」

石丸:

「元に戻せないのであれば、もう一度、生み出すことは可能っスか?」

赤い竜翼人:

『それは可能だ』

茶色の竜翼人:

『私が話そう。この杖には新たに2つの力を宿すことができよう』

ジン:

「むむっ、それは何か、能力を選択できるってこと?」

スターク:

「それはヤバイねっ!」

シュウト:

「というか、方向性を決めるにしても、誰のものにするかって話からじゃありませんか?」


 男の子魂的に、アイテムのパワーアップ方向を選択できるイベントとかは燃えが自然発生する。自分のアイテムじゃなくてもワクワクが止まらない。


ジン:

「リディア、今回は我慢でいいか?」

リディア:

「はい。ぜんぜん」


 リディアは、環境の変化に対応しきれていない様子。おっかなびっくり状態だった。まぁ、竜翼人の里でビクビクしてても仕方がないだろう。周りはでっかい、半分ドラゴンみたいな人たちばっかりなのだ。


ジン:

「じゃ、石丸先生だな」

スターク:

「えーっ? 僕も欲しいなぁ~」

ジン:

「ヒーラーはすっこんでろ。つか、〈スイス衛兵隊〉にいりゃ、幻想級なんて幾らでも手に入るだろ?」

スターク:

「そんなことないよ。僕らが狩り尽くす勢いだったから、いろいろ文句言われたりしてたんだ」

ジン:

「はい、石丸でケテーイ」

石丸:

「……申し訳ないっス」ぺこり

スターク:

「いやいや、ちょっとゴネてみたかっただけだから。アハハ」


茶色の竜翼人:

『木、火、土、金、水の力から、ふたつを選ぶのだ』

ジン:

「あー、それぞれの能力を説明して貰いたいんだけど?」

赤い竜翼人:

『火は魔法の威力を高……』

石丸:

「では威力の『火』で」即断

ジン:

「ちょっ!? 早い、早いよ!」

シュウト:

「そうです、石丸さん。ここは落ち着いて最後まで説明を聞きましょう。じっっくり選ぶべきだと思うんです!」握りこぶし

ニキータ:

「……というか、落ち着くのは貴方たちでしょう?(苦笑)」


 威力増(火)・消費MP減(水)・獲得ヘイト減(風)・呪文使用高速化(再使用規制短縮?)(金)・装備ステータス増(土)といった能力があったが、迷うことなく威力増の火を選択する石丸だった。


茶色の竜翼人:

『では、もうひとつの力を……』

石丸:

「もうひとつも、『火』でお願いするっス」即決


 恐ろしい程に迷いが無さ過ぎた。僕たちが逆に冷静になったほどだ。


ジン:

「マジか? 他の能力もけっこー魅力的だぜ?」

石丸:

「いえ、威力には変えられないっス」

スターク:

「んー、消費MP減少があれば、けっこういいと思うんだけど?」

石丸:

「いえ、威力には変えられないっス」

スターク:

「……けっこう頑固な人?」

ジン:

「いや、普段はそんなことないと思うが」

石丸:

「費用対効果で考えれば、威力増加と消費MP減は同じ意味になるっス」

ユフィリア:

「えっと、どういう話?」

ジン:

「あー、極端にいえば、1000点の魔法3つと、1500点の魔法2つは同じ意味になるってことだな」

シュウト:

「だったら、キャストタイムやリキャストタイムにも同様の効果がありますね。2つの特技で済む訳ですし」

バーミリヲン:

「ある程度から先は本人の好みや、ビルドとの兼ね合いだろう」


茶色の竜翼人:

『話は纏まったな? ……だが火と火か。人族の考えはユニークだな』

ジン:

「そうか? 普通はどんな感じなんだ?」

赤い竜翼人:

『自分の生まれとの兼ね合いで決める。私で言えば火の生まれだから、木の力で己を高めるのが良い。また、水の力に対して弱くなるため、水に打ち勝つ土の力を持つようにする』

シュウト:

「なるほど」


 そうして30分ほどの作業でできあがった。


ジン:

「どうだ?」

石丸:

「これは……」


 杖のステータスを開いて見ているのだろう。小さな驚きの声にも反応してしまう。


石丸:

「やはり。ゴール品っスね」

ジン:

「おいおい、そんなにか?!」

ユフィリア:

「ねぇ、ゴール品ってなぁに?」

シュウト:

「えっと、自分にとってのゴールになる装備、これ以上の物は望めないと思えるような品物のことだよ」

ユフィリア:

「じゃあ、いしくんって、もうゴールしちゃったってこと?」

石丸:

「杖に関していえば、これ以上は望めないと思うっス」

スターク:

「ちょっとボクにも見せて…………。ナニコレ、すごっ!!?」


茶色の竜翼人:

『火と火を合わせるためにひと工夫したのだが、巧く行ったようだ。これなら先人の生み出した〈万奏の魔杖〉にも劣らぬだろう』


 改めて石丸が装備した。〈レガートの魔杖〉が魔力の光を帯びる。もっと偏った性能かと思ったが、威力に関係する部分以外の能力上昇も申し分ない。


ユフィリア:

「火と火を合わせたから炎のなんとか~ってなると思った」

石丸:

「自分も同じ感想を持ったっス。……このレガートというのは何っスか?」

茶色の竜翼人:

『それが工夫よ。魔の根本は歌に通ずる。人族はこのことを忘れてしまっているのだ。それを補うために施したものだ』

ジン:

「魔術のアナログ化ってところか」


 幻想級の素材から生まれたが、幻想級装備ではないらしい。竜人生産という新しいカテゴリになるようだ。


茶色の竜翼人:

『しかし、火聖の黒き護りを破るには、これだけでは足りぬだろう』

ジン:

「それじゃあ、どうすりゃいい?」

茶色の竜翼人:

竜言語魔法(ドラゴンロアー)に同じく竜言語魔法をぶつけるしかなかろう。我が一族に伝わる祭器を貸してやるといい』

赤い竜翼人:

『わかった。そうしよう』

スターク:

「つまり、非ゲーム的解決法だね」

Zenon:

「やれやれだぜ」


 そうして別の〈竜翼人〉達に持って来させたものは、巨大な弓だった。


シュウト:

「これが祭器(さいき)?」

赤い竜翼人:

『そうだ。古くから魔を払うものとされている』

ジン:

「弓ならとりあえず、お前だろ」

茶色の竜翼人:

『持ってみるのだ』

シュウト:

「はい。……うぐっ。重たい、ですね」


 何しろ〈竜翼人〉のサイズに合わせた長弓なので、優に5mはありそうな代物だった。太さが彼らの手のひらに合わせてあるのか、しっかりと握れない。

 装備レベルの問題うんぬん以前の問題だろう。モンスター用の装備として分類されそうな事もそうだが、なにしろ重量的にも、サイズ的にも、使い心地的にも無理だと言うほかない。弦を引くまでもなく諦めた。


ジン:

「あらら。こりゃ無理ポだな。……あー、もっと小さいの無い? もしくは、小さく作りかえたりとかできねーの?」


 祭器とかいう大事そうなものでも平気で作り替えて欲しいと言えるのが凄まじい。


赤い竜翼人:

『どの位の大きさが必要だ?』

シュウト:

「できれば、このぐらいが……」


 普段から僕が使っているショートボウを見せる。


赤い竜翼人:

『こんな小さいものか』

シュウト:

「むしろこのぐらいの方がいいんですけど」

茶色の竜翼人:

『フム。幼子が使うものだな』

赤い竜翼人:

『分かった。少し待っていろ』


 赤い方の〈竜翼人〉はふらりと外へ出て行き、しばらくして戻って来た。


赤い竜翼人:

『これならいいだろう』


 使っているものとほぼ同じサイズだった。


ジン:

「これも祭器なのか?」

赤い竜翼人:

『これは祭器ではない。作りは同じものだがな』

茶色の竜翼人:

『どれ、少し手を加えてやろう』


 そうして魔術師なのか工房の主なのか、茶色の竜翼人が何やら加工を施してくれた。


赤い竜翼人:

『どうやら君も火の生まれのようだな』

シュウト:

「僕も、火なんですか?」

ニキータ:

「意外ね。水とか木とかってイメージだったけど」

ユフィリア:

「そうなんだ?」

赤い竜翼人:

『あれは昔、私が使っていたものだが、君になら馴染むだろう。持って行くといい』

シュウト:

「でも、大切なものなのでは?」

赤い竜翼人:

『構わない。もう使うことはないのだから』

シュウト:

「はぁ……」


 好意というよりも、秘めたる感情の気配。〈竜翼人〉の感情の動きが分かるはずもなく、もどかしさが残る。


ジン:

「お前な、くれるってんだろ。ありがたく頂戴しとけよ」

ユフィリア:

「ジンさんって意地汚いよね」じとー

ジン:

「受け取るって種類の優しさもあるって教えたろ? だいたい、俺の半分は優しさでできてるんだぞ?」

ユフィリア:

「嘘だよ、9割はいじわるだと思う」

ジン:

「ふん。意地悪だって、人によっちゃ優しさに変わるんだぜ? お前みたいな構ってちゃんなんか、喜んでくれるもんだろ」

ニキータ:

「思い込みです」


茶色の竜翼人:

『出来たぞ、受け取れ』

シュウト:

「ありがとうございます」


 受け取ろうと近づいた時、小声で教えて貰った。


茶色の竜翼人:

『本来は、子に受け継ぐものだ』

シュウト:

「!?」


 これには、どう応えていいのか分からなかった。しかし、この場で言うべきことはひとつだろう。


シュウト:

「大切に使わせてもらいます」

赤い竜翼人:

『……そうしてくれると、嬉しい』


 〈龍奏弓〉はこれまで使っていたものよりも高性能だった。能力的には準幻想級といったところか。


石丸:

「装備したら、特技を調べて欲しいっス」

シュウト:

「えっ? あ、はい」

ジン:

「何の話?」


 言われた通りに装備して、ステータスから特技を確認してみる。


シュウト:

「なんだこれ?……攻撃用の特技が加わってます」

スターク:

「は?」

Zenon:

「へ?」


 〈乱刃紅奏撃〉(らんじんこうそうげき)。見たこともない特技名称が加わっていた。再使用規制20分。必殺攻撃クラスかもしれない。


ジン:

「えっと、どゆこと?」

石丸:

「スキル付与型の装備ということっスね。〈レガートの魔杖〉は〈レガート〉というパッシブスキルを与えるものっス」

シュウト:

「こっちの〈龍奏弓〉は、〈乱刃紅奏撃〉という特技が追加されてます」

スターク:

「ちょっ、ちょっ、ちょっ、ちょっ」



 ――協議中――


スターク:

(これって、つまりアレだよね? モンスターの武器だからとかそういう系の)ヒソヒソ

Zenon:

(なるほどな)ヒソヒソ

ジン:

(いいのか、コレ? 特技のシステム的にアリなのか?)ヒソヒソ

バーミリヲン:

(そういえば、調理スキルを与える装備品の話もあるな)ヒソヒソ

レイシン:

(はっはっは)ヒソヒソ


赤い竜翼人:

『何か問題があったか?』

スターク:

「いやいやいや、なんでもない。ないでもないヨ?」

ジン:

「順調。至って順調だ」

茶色の竜翼人:

『盾と杖、2つの祭器にこの弓があれば、いかな火聖の護りといえど、破れよう』


 もしかすると、幻想級のことを祭器と呼ぶのかもしれないなぁ、などとぼんやり思っていたところだった。



スターク:

(……というか、ここからが勝負だよね?)

Zenon:

(誰が行く? 巧くやるんだぞ)

ジン:

(ん?)

シュウト:

(あの、なんの相談ですか?)

スターク:

(だから、ここの装備類をどうにかしたいんだよ。スキル付与する装備なんて、レア度高すぎだよ?)

Zenon:

(それにはまず、売ってもらえるかどうかをだな?)


 イベント会話で入手する装備は得たので、今度は武器・道具屋として利用可能になるようにしたい、とか、そういう話のようだ。

 誰が先陣をきるか?とプレッシャーが高まる中、そういうのに影響されない人が知らずに突撃していく。


ユフィリア:

「あの、これって何ですか?」

茶色の竜翼人:

『それは、竜の瞳を模したものだ。遠くの景色を見るのに使う』

ジン:

「えっ、それ人間にもつかえんの? 難しい?」

茶色の竜翼人:

『扱いはたやすい』


 腕飾りに相当するアイテムの、飾りヒモのようなものを中指にひっかけ、残りの部分を腕に巻き付ける。その手で瞳という水晶球に触れるだけのようだ。


茶色の竜翼人:

『触れてみるがいい』

ユフィリア:

「えっと、こう?」


 ユフィリアの動きがピタリと停止した。


ユフィリア:

『すごーい! 玉の中にいるよ! ……って聞こえないかな?』

シュウト:

「いや、聞こえてる」

ユフィリア:

『聞こえるんだ? これ、便利だね!』

ジン:

「ユフィ、どこの景色を見てる?」

ユフィリア:

『今はね。うふふ。ジンさんの頭の上にいるよ! この球体が動くみたい』

ジン:

「……なぁ、見る場所の指定ってどうやるんだ?」

茶色の竜翼人:

『この飾りを運ぶのだ。そこで瞳になる』

ジン:

「あれ? それって……」

ユフィリア:

『あの、これってどうやったら外に出られますか?』

茶色の竜翼人:

『瞳に触れている手を離せばよい』


ユフィリア:

「これ凄いよ、ジンさん!」

ジン:

「ああ、ちょっと用途が限定的な気もするがな」

ユフィリア:

「うーんと?」

シュウト:

「というか、これがあれば葵さ、ウゴッ!?」

スターク:

「…………」


 何故だろう。忍び寄って来たスタークに腹部を肘打ちされていた。



 ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ



シュウト:

(あっ、そういうこと?)


 遅まきながら、状況を悟る。ジンやスターク、Zenonの顔付きが変わっていた。笑顔なのにまるで眼が笑っていない。つまり逆なのだ。物欲全開なのだろう。欲しくてしょうがないから、それを悟られないように平静に振る舞っている、らしい。

 交渉戦闘が始まる。……というか、下手なレイドよりよっぽど真剣な様子なのは気のせいだろうか?



Zenon:

「いやぁ、ここにあるのはどれも素晴らしい品物ばかりだ」

バーミリヲン:

「我々人間よりもずっと魔法技術に秀でている」

スターク:

「うわぁ、こういうのってどんな力を秘めてるのかな?」


 自尊心などを持ち上げる方向に展開させている。

 そしてジンが何気ない雰囲気でそこらのものを指さした。欲しいものとは関係ない辺りがにくい。


ジン:

「ところでこういうのって幾らぐらいすんの?」

茶色の竜翼人:

『むぅ……』


 風向きが怪しくなってきた。


赤い竜翼人:

『人族の使う金貨は、あまり使わん』

ジン:

「まぁ、使い道もなさそうだよな」

スターク:

「ってことは、ぶつぶつ交換? 対価は労働か何か?」


 そして同時にスタークは室内を動いて、対価になりそうなものを探し始めていた。


赤い竜翼人:

『そもそも、人族との関わりは最小限度にしなければならない』

ジン:

「今の今まで協力的だったのに、突然、手のひらを返すのかい? 俺たちはもう運命共同体なんじゃねーの?」


 運命共同体? どういうことだろう。


スターク:

「……金貨には興味ないんだよね?」

茶色の竜翼人:

『うむ』

スターク:

「じゃあ、こういうのなら?」


 スタークが取り出したのは、ドラゴントゥースウォリアーから拾った、金や銀の歯だった。何に使うのか不明な素材で、ギルドの倉庫には大量に保管されている。

 ぽろりと落ちたパールの歯を〈竜翼人〉の2人が眼で追ったのが見えた。ジンが、石丸が動く。


ジン:

「石丸」

石丸:

「了解っス」


 スチャリ。石丸は取り出した緑色のメガネを装着。色々と怪しいドワーフ商人へ変身。指でメガネをクイッと持ち上げ、眼元を隠す。レンズがキラリと光を放った。


 金銭交渉のテーブルに付いた〈交易商人〉は無類の強さを発揮する。〈大災害〉以後、ゲームは現実となり、〈冒険者〉同士で交渉の機会が増えた。人の自由意思に介入する能力があるわけではないのだろう、それ故に有効性という意味では薄まって感じる部分はあった。しかし、だからこそNPC相手では反則とも思える強さを発揮した。


 石丸はまず金・銀・黒などの各色の歯の価値を割り出していた。そして金額交渉に淀みなく入っていく。


茶色の竜翼人:

『そうさな。その単位でいえば800といった辺りが妥当だろう』

石丸:

「そんなには出せないっス。200でどうっスか?」


 以前に習った値切りの方法論でいう『アンカリング』だった。基準をなるべく低く設定することで相手に影響を与える手法だが、低すぎても交渉が決裂してしまう。1/4スタートというのはかなりえげつない部類だろう。


 単純に言えば、800という数は800体のドラゴントゥースウォリアーを倒した結果として得られるものだ。基準となる黒色で800、銀や金なら銀や金ならその半分の数で済むものの、戦闘時に現れる数も少なくなる。従って、200というのは実のところ、昨日1日+今日の午前中に倒した手持ち全部に近いのではないかと思う。


 交渉開始時点で手持ちの内容を誰も数えてはいない。しかし、石丸は倒した敵の数や内容をすべて記憶しているはずだ。たとえそれでも300か、350が上限になる難しい交渉になるだろう。

 ただし、あの竜の瞳というアイテムを今回は諦めたとしても、次回ならギルドホームから十分な数を揃えて持ってくることができる。


茶色の竜翼人:

『いかにもそれでは安すぎる』

石丸:

「なら、250では?」

茶色の竜翼人:

『変わらないではないか。少なくとも500は必要だ』


 これがアンカリングの成果だろう。800と言っていたのが、もう500。300も低くなってしまっている。交易商人のスキルは交渉相手を席から立たせない機能も含まれるのかもしれない。竜翼人という異種族相手にこうした交渉でやりとりできるのは、実は凄いことだ。端から見ているだけの僕でさえ、見ていて恐ろしいのだ。異文化への恐れが無意識に顔を出し、縮こまってしまわないのだろうか?と想像してしまう。


石丸:

「では300ではどうっスか?」

赤い竜翼人:

『フム。察するに、手持ちの限界はその辺りのようだな』

茶色の竜翼人:

『そういうことか』

石丸:

「…………」


 沈黙を守っていた赤い方が、余計な口出しをしていた。交渉を有利に運ぶタイミングを見計らっていたのだろう。さらに難しい交渉になってしまった。


石丸:

「では320で」

茶色の竜翼人:

『くどいぞ、それでは売らん』


 あと200体ならこれから狩に行けば、どうにか確保できる数だろう。夜まで待ってもらえばいい。ヤキモキしながら石丸の交渉を見守ることに。自分は既にしびれを切らしてしまっていたが、石丸は特段慌てているようには見えない。段違いの場数が、彼を支えているのだろう。


石丸:

「では300に加え、特別な条件を付けるっス」

茶色の竜翼人:

『条件、だと?』

石丸:

「今後も売買取引をするということでどうっスか?」

茶色の竜翼人:

『それのどこが特別な条件なのだ?』

石丸:

「分からないっスか? 売買、つまり“我々から”も“欲しいものを買える”ということっス」

赤い竜翼人:

『なんだと?!』

茶色の竜翼人:

『ぬぅ……』



スターク:

(うっま。欲しいものを条件に付けちゃったよ)


 考えてみると、〈竜翼人〉との間で最も欲しいものは、魔法のアイテムではなく、『継続した取引』なのだ。それを前提にすり替えつつ、値切り交渉の材料にしている。言ってしまえば、こちらが欲しいものを相手に買わせようとしているのだった。



茶色の竜翼人:

『だが、人族から欲しいものなど分からぬ』

石丸:

「その条件はコレを使えば解決できるっス」

ジン:

「おいおい(苦笑)」


 石丸が差し示したのは交渉中のそのアイテムだった。

 竜の瞳を使えば、この里に居ながらにアキバを案内することが可能になると言っていることになる。


赤い竜翼人:

『なるほど、考えたな』

茶色の竜翼人:

『ぬぅ……』


 明らかに良い方向に動いていた。もう一押しあれば、決まりそうな流れだ。そして石丸はここで更に畳みかけるのだった。


石丸:

「では、こうするっス。魔法の道具を作る『素材を集め』を、可能な限り手伝うっス。どうっスか? これでダメなら、この話は無かったことに……」

茶色の竜翼人:

『少し待て。待つのだ』


シュウト:

(そっか、クエストだ!)


 一見すると譲歩しているように見えたが、その実、この里でクエストを発注させる気らしい。ゲーム的に表現すれば『クエスト屋の機能を解放する』といった具合になるのだろう。新しいクエスト、新しいダンジョン。見たことのないモンスターとの遭遇といった、『新しい未来を切り開く』意味を持つ提案だった。


赤い竜翼人:

『わかった。その条件でいい』

石丸:

「……では、取引成立っス」

ジン:

「今後とも、よろしく」ニッ


 立ち上がると石丸が茶色の竜翼人と、ジンが赤い竜翼人と握手していた。







スターク:

「いやぁ、ホント、凄かったねぇ。鮮やかなリフレーミングだったよ」

石丸:

「どうもっス」

Zenon:

「エルムもえげつない交渉をやるが、アンタもやり手だな!」

バーミリヲン:

「ああ。〈交易商人〉のレベルMAX。まさに伝説的な手腕だ」

石丸:

「そんなことはないっス。まだまだっス」

リディア:

「今後はあの店でいろいろ買えるようになるんだね?」

シュウト:

「そうだね。いろいろ楽しみだよ」

Zenon:

「よっしゃ、これで〈竜牙戦士〉と戦うモチベーションが出てきたな!」


スターク:

「しっかし、また秘密が増えちゃったねぇ?」

ジン:

「だな」

ユフィリア:

「秘密? どうして秘密なの?」

ジン:

「アキバの〈冒険者〉の連中が、〈竜翼人〉の里に押し寄せて買い物する図を想像してみろ。そんな風にできるわけないだろ」

ニキータ:

「ですね」


 だいたいはこんな感じでナチュラルに秘密が増えていくのだ。今回もいつも通り、ということだろう。


ジン:

「取引先としてみれば細い線でしかないかもしれないが、後々で利いてくるだろうし、仲良くやりたいもんだな」

Zenon:

「そのためにも、仕入れなどのご用命は〈海洋機構〉までってな。今後とも、ご愛顧のほどをヨロシク」

ジン:

「えーっ? ちょっと考えさせてよ」

Zenon:

「おい、そりゃねーだろ?!」



 この日はここでお開きとなった。



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