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142  レジリエンス / 隠しパラメーター

 

ユフィリア:

「前に見た時とは、様子が違ってるね?」

ニキータ:

「どうする、シュウト?」


 どうするべきか。炎爪竜ビートホーフェンは、なぜだか黒い霧のようなものを纏っていた。レイドにおいて、この手の特殊条件は珍しくない。戦ってみて様子見するしかなさそうだった。それでも、可能な限り観察で得られる情報を増やそうと試みる。

 これまで倒してきた2体にも劣らぬ体躯。巨大な白い爪は、戦いになったら高熱を帯びるのだろうか。何だろうと引き裂くような、凶悪な印象。

 そして、マグマを思わせる赤黒い竜鱗。フィールドも同じく、マグマが吹き出し、冷えて固まったような地形。転倒したら擦り傷ができそうな具合だった。


ジン:

「殴っただけでダメージを貰うかもな」


 ジンと考えていることは同じらしい。ビートホーフェンの血はマグマの様に熱いのではないか?といった連想をしていた。


シュウト:

「あの黒い霧が気になります。まず、様子見で戦いましょう」


 可能な限りの準備を整えて、突撃。ビートホーフェンの強烈極まりない咆哮が戦闘開始の合図だ。同時に〈アンカーハウル〉を用いた『カウンターシャウト』でジンが威力を相殺。タウンティングを済ませたところで、攻撃を始める。


シュウト:

「ダメージが通らない!?」


 弓での攻撃は効果がなかった。続けてウヅキ・クリスティーヌからも「ダメージ無し」の報告が続く。石丸の魔法攻撃〈フリージングライナー〉もダメだった。火に対する水なのだが、効果が見られない。


ジン:

「フッ!」


 効果があったのは〈竜破斬〉のみ。それ以外には追撃のマーカーも設置されない。リディアの〈ソーンバインドホステージ〉は絡まったものの、起爆ダメージがない。ドラゴンホーンズを手放し、レイシンが素手で放った〈オーラセイバー〉も無効化された。

 そんな状態でただ1人、ジンの攻撃だけがダメージを与え続けていた。今のところ武器・魔法ともに完全な無効化能力。しかし、幻影などを攻撃しているわけではないのは、ジンの攻撃で判る。

 そのジンも、異様なまでの積極さでビートホーフェンに向かっていた。こちらも様子が少しおかしい。


スターク:

「こんな、ダメージ無しだなんて異常だよ。あの黒い霧みたいのを何とかしないと!」

Zenon:

「だが、まだ試していないことって何だ?」

シュウト:

「そろそろ必殺技が来る。全員、備えを……!」


 その段階になってようやく、〈天雷〉でのスタン妨害もできないことに思い至る。ビートホーフェンの両腕の爪にエネルギーが集中していくのが見えた。必殺技モーション。大気が震えている。


ウヅキ:

「マズい!」

レイシン:

「右に跳べっ!!」


 左翼側のレイシンが、咄嗟に逆サイドへの回避を命じる。本当なら指揮系統の混乱を招く行為。緊急事態での上位権限による介入。その珍しさで緊張感が一挙に高まる。

 ビートホーフェンは両腕を振り上げると、我々ではなく、地面に叩きつけていた。初めて見るはずのモーションにもかかわらず、辛うじて滑り込んだジンが〈竜破斬〉で相殺して見せた。レイシンの指示に合わせた相殺で左腕をはじき返しはしたものの、右腕はどうにもできずにそのまま地面に突き刺さった。5本の破壊的な衝撃波がフィールドを引き裂くように駆ける。冷えて固まった溶岩の地形が、易々と姿を変えた。その途方もない威力に、顔が青くなるのを自覚する。


シュウト:

「損害確認!」

ユフィリア:

「みんなダメージ無しだよ!」


 嬉しそうなニュアンスの混じるユフィリアの声に励まされる。ちょっと無視できないほどの癒し効果だ。

 まずはあの黒い霧状のギミックをなんとかしなければならない。物理・魔法ともに完全に無効化するほど強力なレイドボスなど存在するハズがない。何か解除条件があるはずだ。否、絶対に解除できなければならない。


シュウト:

「属性を変えて攻撃 ……なっ!?」


 回避指示を出す間もなく、突っ込んで来たドラゴンを回避。反応し切れず、数人巻きこまれている。Zenon、ウヅキ、スターク、リディア。 ……深刻なダメージ。反応起動回復の光が点ったが、ほとんど焼け石に水だ。

 ヒールワークの前にポジションの建て直しを急ぐ。ジンが味方の間を突っ切り、恐ろしい速さでビートホーフェンに襲いかかって行った。


Zenon:

「クッソ!」

スターク:

「……まさか、ヘイトを無視してるってこと!?」

バーミリヲン:

「そうだろう。あの男でなければ戦線を構築できていなかった」


 ジンの動きを異様に感じた理由がそれだったらしい。相手の前へ前へと回り込み、攻撃しつつ自分だけを狙わせようとしている。……ということは、〈アンカーハウル〉も効果がなかったのだろう。攻撃したダメージによるヘイトの蓄積・上昇が追いつかないのか、そもそもヘイトの機能自体まであの黒い霧に阻害されているのか。


シュウト:

(どうする? ここの判断は……)


 なんの成果もなく撤退したくない。しかし、この敵とこのまま戦うのは危険すぎた。周囲の目線が『早く!』と訴えてくる。けれど、踏ん張るべきところで踏ん張らなければ、次はないのではないかと思ってしまう。


Zenon:

「マジで、どうすんだよ!?」

スターク:

「ここに居ても、役に立たないんだけど!?」


 既に心が折れてしまっているのかもしれない。今回のレイドボスは異常だった。無策で通じる相手とも思えない。


ジン:

「撤退しろ。損切りで迷うな!」

シュウト:

「……分かりました!」

ニキータ:

「撤退します!」

ユフィリア:

「でも、ジンさんは!?」


 バラバラにゾーン外への脱出を開始。ジンの撤退支援がなければ、ここは被害が出る展開だった。

 いつか見たのと同じ背中が、猛り、吼えた。


ジン:

「俺はもうちょい、……遊んでいくっ!!」


 濃密すぎる意識にさらされる。『ここが世界の中心』とばかりに、気が濁流となって流れ込む。ダムも堤防も決壊させ、水浸しになった現実が次々と裏返っていった。全開での全力戦闘。ドラゴンストリームを鎧のように纏うと、連携では使えないすべてを駆使してビートホーフェンとの戦いに入る。もはや手出しすることなど不可能だった。


ニキータ:

「今の内に脱出を!」

ユフィリア:

「うん」

シュウト:

「……わかってる」


 けれど。飲み込んだ言葉が痛く、苦い。

 悔しさに奥歯を噛みしめ、そのまま砕きたい衝動にかられる。あまりにも、僕は弱かった。







レイシン:

「はっはっは。今のは参ったねぇ」

スターク:

「攻撃がまるで効果無しだなんて、ちょっとやりすぎだよ。日本サーバー頭おかしいって!」


 脱出に成功し、一息。しかし、何かの違和感に動きを止める。はて、何がおかしいのだろう? ……ジンが出てくるのを待っているだけなので、気になって観察を続けてみた。わかったのは、どうやら落ち込み方に差があるらしいことだった。


 もともとの〈カトレヤ〉組の集まる第1パーティーは、けろりとして、大して気にした風でもない。僕も特にどうこうとは思っていない。ビートホーフェンは確かに強かったが、あの黒い霧みたいな完全防御のギミックさえなんとかすれば、『決して勝てない』というほどでもないと感じていた。


 違和感は第2パーティー側にあった。精神的に深刻なダメージを負っているような印象を受ける。軽口を叩いているスタークにしても、無理している感がありありなのだ。


ユフィリア:

「ジンさん遅いね」

シュウト:

「もう5分ぐらい経ったかな?」

Zenon:

「まさか、やられちまったんじゃ?」

ニキータ:

「それはないでしょ。ジンさんに限って」

スターク:

「ボスだってあんなに強いんだよ? 万が一ってことだって」

レイシン:

「むしろ1人でも勝ちそうな勢いだよね(笑)」


 レイシンの軽口に黙りこくってしまった。第2パーティーの雰囲気は重苦しい。それと比べて第1は、ユフィリアを中心として(なご)やかな休憩タイムを満喫しようとしていた。お菓子まで配り始めている。

 とりあえずフォローすべきだろうと考え、リディアのところへ。


シュウト:

「大丈夫?」

リディア:

「うん。大丈夫ですだよ?」

シュウト:

(ですだよ?)

リディア:

「えへへ」


 なんだろう。どこかの方言なのか、それとも特殊な意味のある語尾(ござる的な?)なのかも分からない。そして照れているのか、笑って誤魔化したかも判別できない。

 ろくなフォローもできぬまま、更に5分経過。……そろそろジンが居残ったまま15分が経とうとしていた。


シュウト:

「ほ、ほんとに独りで倒す気なのかな!?」


 さすがに痺れを切らして立ち上がる。レイドをしに来ているのにソロで倒されたら堪らない。ゾーン中に入ったら、ヘイトの関係で足手まといになるのは分かっているが、ジッとしているのも辛い。


Zenon:

「なぁ、やっぱ死んだんじゃねぇか?」

ユフィリア:

「うーうん。さっきからフレンドリスト見てるけど、大丈夫だよ」


 死んだ場合、リストから一時的に名前が暗転して消えるので、こういう状況では生死確認に使うことができるのだ。


ジン:

「……だぁー、クソッ。勝てねぇ」

レイシン:

「お疲れ~」


 そんなタイミングで戻ってきてしまった。悪態はついているが、まるで無事そうだった。


シュウト:

「まさか勝つつもりだったんですか?」

ジン:

「行けそうだったから、ちょっと欲が出ただけだ」

スターク:

「メチャクチャだなぁ(苦笑)」

バーミリヲン:

「ふむ。勝てないという割に、ダメージも見られないが?」

ユフィリア:

「そうだよ。私の出番じゃないの?」

ジン:

「ダメージかぁ。途中でちょこっと食らったけど、レジリアンスで回復した」

ユフィリア:

「ひどい!」

ジン:

「それなに? 俺に大ダメージくらえと言ってんの?」

ユフィリア:

「うん。そう!」

シュウト:

「どっちがヒドイんだか……」


 頭の弱そうな会話に頭痛めいたものを感じる。


ニキータ:

「それで、どうして勝てなかったんですか?」

ジン:

「ヤロウ、巨大ヒール持ちだった。ゲージ85%ぐらいで、10%?ぐらい回復されてなー。もう1回85パーまでもっていったけど、また巨大ヒールされた。つまり回復の阻止が必須ってことだ」


 敵は物理・魔法を無効にするが、ジンのブースト〈竜破斬〉は非属性攻撃なので無視してダメージを与えることができる。しかし、そのジンであっても〈竜破斬〉以外にダメージを与える手段がなかった。従って、回復を阻止する手段もないことになる。結果、戦い続けてもMP切れなどで負けるしかない。ただし〈竜破斬〉だけでMP切れを起こすには1時間近くかかる計算だった。


シュウト:

「黒い霧をどうにかしないと、ですね?」

ジン:

「そうだな。『やみのころも』だってんなら、竜の女王を探して、『ひかりのオーブ』を手に入れなきゃだ」

Zenon:

「ドラクエかよ!」

石丸:

「……HPがあまり多くないっスね」

ジン:

「だな。かなり当てに行ったから、1分あたり20回ぐらいかな。ダメージ28000点として計算してみてくれ」


 オーバーライド時の圧縮魔力で、〈竜破斬〉の威力が上がって来ている。概算の予想値で28000点ということだろう。


石丸:

「15分で840万点っスね」

ジン:

「えっと、15%減らして、10%回復の2回目を見たときに離脱したから、ダメージは合計25%分だな」

石丸:

「1%あたり33万6千点っスね」

ニキータ:

「総HP、3360万点……」

Zenon:

「ん? そりゃ、ずいぶん少なくねーか?」


 もはや6000万点ぐらいは普通だし、1億を越えても驚けない、ぐらいの流れになって来ていた。慣れとは恐ろしい。


スターク:

「どうせ第2形態があるんだよ」

リディア:

「そう思う」

ジン:

「いいね。『良く訓練された社畜』って感じで」

ウヅキ:

「そういうことを言うなよ」

バーミリヲン:

「ギルド畜か」

Zenon:

「ギルド畜でもレイド畜でもなんでもいい! それより、どうすんだよ、この展開!?」

ジン:

「どうすっか。葵に連絡は?」

シュウト:

「まだです。ジンさん待ちでした。……その前に、ちょっとお話が」

ジン:

「なんだ? ……ん? ここじゃダメなのか?」

シュウト:

「はい。すみません」


 ジンを連れて、距離を取る。聞こえてしまわないようにという配慮からだ。


シュウト:

「……という訳でして」

ジン:

「落ち込んでるってか。ふーん。どっちでもいいけど、この距離じゃ向こうまで聞こえてるぞ?」

シュウト:

「えっ?」

ジン:

「あえて聞こえるように言うプレイ? 何? 高等テク?」

シュウト:

「そんなつもりじゃ……」


 振り返ると、ウヅキが手を振っていた。バーミリヲンも聞こえているという合図をしてくる。〈暗殺者〉の耳ってどうなっているのだろう。(僕も人のことは言えないけど)

 ジンは面倒になったらしく、みんなの前で話をするつもりらしい。


ジン:

「……これはいわゆる『先細り現象』だな」

スターク:

「先細りってなに?」

ジン:

「包茎だとキトーが大きくなりにくくて先が細……」

Zenon:

「うおい!」

ジン:

「というのは冗談だ。いや冗談になっているかはともかく。

 ……えっと。戦いが厳しくなるほどに、余力とか余裕、マージン、バッファが少なくなっていくことを言う。最終的には余力が消えて、それ以上は勝てなくなる。今は自転車操業だろうな。苦しいけれど、勝てば余力が出来て、それを次の戦いに回してどうにかするっていう」

クリスティーヌ:

「そんなものは、普通でしょう」

ジン:

「普通だな」

シュウト:

「対策というか、どうすればいいんでしょうか?」

ジン:

「えっ?」

シュウト:

「えっ? ……変なことを言いました?」

ウヅキ:

「アタシらだけの話じゃないんだろ。ハッ。ほとんどの〈冒険者〉はそもそも90レベルのゾーンで戦うことなんてできないんだし」

ジン:

「そういうこと。一般プレイヤーは死にたくないから安全マージンを取りたがる。だから、戦力の60%とか70%でも勝てる相手にしか勝てない。しかも、ともかくダメージを与えれば勝てると思ってて、後衛の火力頼みになりがちだ」

リディア:

「あうう」←後衛&火力足りない人

バーミリヲン:

「だが、バランスが取れずに破綻する」

ジン:

「だな。逆に戦闘ギルドだと、死ぬところまで計算に入れて、100%の戦力発揮を目指すことをやる。恒常的に『死地に踏み込む』ことで、リスクは高まるが、リターンも大きくできる」


 トップギルドの数人、アイザック、クラスティ、ソウジロウなどは死地に平気で踏み込むイメージがある。


ニキータ:

「増えた分のリスクを連携でフォローするんですね?」

ジン:

「そうだ。普段から踏み込むようにしていれば対処能力も上がるかんな。だからある程度までなら巧く回るようになる」

ユフィリア:

「うーん……」

スターク:

「じゃあ、『ある程度以上』は?」

ジン:

「根本的な話として、戦力がどうこうじゃない。これは『心の余裕』が維持できるかどうかの問題だからだ。戦力的に拮抗してくると、その余裕が奪われる。焦る、緊張する。ミスに心が囚われるようになる。気にし過ぎるようになり、さらにミスが増えてしまう。だんだん勝てないと感じるようになり、運頼みになっていく。工夫がなくなり、方法を探さなくなる。勝てないと思い込む。ちょっとしたことがストレスになる。そうしてゆっくりと苦痛になっていって、……やがて諦める」

シュウト:

「つまり、ゆるんでいればいいってことですよね?」

ジン:

「そういうことだ」


 理解に至る。僕ら第1パーティーが平気そうにケロリとしていられるのは、多少なりともゆるんでいるからなのだろう。


ウヅキ:

「だから、それが戦力の問題なんだろ?」

ジン:

「いいや。『戦力』は心の余裕や心のマージンを維持するための、ひとつの方法でしかない。戦力的に余裕のあるモンスターでも、テンパれば同じことが起こるからな」

Zenon:

「戦闘の向き・不向きとか、性格も確かにありそうだよなぁ」

スターク:

「でも、性格の問題だったら解決しようがないんじゃ?」

ジン:

「こういう時は、RPGの基本でいこう」

ユフィリア:

「基本?」


 答えを教えてもらえず、葵にもぶつけてみた。


葵:

『ああ、レベル上げっしょ』

シュウト:

「そんな、事も無げに……」

葵:

『ジンぷーは夜まで粘るつもりだろうしね』

シュウト:

「そうなんですか?」

葵:

『ついでにゴーシャバッハとショーンペイルが、またリポップしてないか確認しとけって言っといて』

シュウト:

「リポップ……。分かりました』


 外部条件の可能性を考えれば、リポップもしくはそれに類似した現象が起きている可能性も考えなければならないだろう。それに夜までずっと居るなら、いい目標になる。

 5行で『土』に相当するドラゴンも見つかっていないし、やるべきことは探せばあるものだ。


シュウト:

「ところで、葵さんはどう考えているんですか?」

葵:

『アイデアはあるけど、順番に処理しないとね。それに気になることもあるし……』


 どうも歯切れが悪い。気になることっていうのも何だか分からない。


シュウト:

「もしかして、出がけのアレですか?」

葵:

『違う違う。アレは、レイドメンバーの前で愚痴ったあたしが悪いんだよ。ジンぷーには嫌な役目をやらせちゃったね』

シュウト:

「……そうですか」


 葵が入れば戦力が増大するって話だと、交代した誰それは足手まといと言っているようなことになるのだろう。それを避けるために、葵を説教してみせた、ということらしい。ジンの言葉がキツったので、そういう配慮だったのかどうかは微妙な気もする。


葵:

『ま、でもジンぷーが間違ってた部分あったけどね。あたしが入れば、戦力は増えなかったとしても、結果は2倍か3倍なるんだからね!』


 自信満々の葵のコメントに苦笑いしつつも、嬉しい気分になった。あくまでもヘコタレない。そんな強さに、こちらが逆に励まされている。

 『なにかあれば連絡すること』と念をおされ、念話を終了。



Zenon:

「どうだった?」

シュウト:

「ゴーシャバッハとショーンペイルのリポップを確認するように、とのことです」

クリスティーヌ:

「なるほど。そうした外部条件は確認しておくべきでしょう」


 クリスティーヌのコメントにみんな頷いていた。


ジン:

「よし、組み直すぞ。Zenonがメインタンクをやれ。第2パーティーを前に出す。ドラゴントゥースは任せたぞ」

Zenon:

「うげぇ!? マジかよ」

ジン:

「ドラゴンが出たら代わってやっから心配するな。再使用規制1時間以上の特技は使わないこと。なるべく特技を連発して戦え。MP切れになっていいから、派手にぶちかますんだ。フォローしてやるから思いっきりな」

バーミリヲン:

「その指示は、何か意味があるのか?」

Zenon:

「パワープレイなんてしたら、連携とかが乱れないか?」

ジン:

「お前ら、チンコが縮こまってんだよ。のびのび戦えってことだ」

スターク:

「うわっ。ナチュラルに下品だよ、この人」

ジン:

「演技で下品だったら上等だってか? とっとと立て、そして働け!」







 前回戦ったショーンペイルの出現地点に到着。残念ながら、もしくは、幸運なことにリポップなどはしていなかった。ついでに昼食をここでとることにする。


Zenon:

「この場所で、か?」

レイシン:

「敵も出てこないしね。今回はお弁当だから準備も省略だよ」

ジン:

「弁当、だと?」


 ジンの瞳がキラリと光った。何の意味があるのかと言えば、まったくない。あえてこじつけるとすれば、期待感を煽ることで食事をより楽しもうとしている、といったところか。


ユフィリア:

「ウフフフ」

スターク:

「なんか楽しそうだね?」

ニキータ:

「出発前に準備したものだから」

シュウト:

「これって?」


 お弁当箱が配布されると思ったら、違った。


ユフィリア:

「サンドイッチだよ」えっへん

ジン:

「えー? パン食ぅ~? オナカすくじゃん」

ユフィリア:

「でも、とっても美味しいんだよ!」

レイシン:

「サービスデイ用に、趣向を変えてみたんだけど」

ジン:

「ほーいうアレか。んじゃ、とりあえず実食!」

ユフィリア:

「やっぱりぃ~。結局、食べるんでしょ」

ジン:

「食べないなんて言ってないだろ」


 文句を言ったって、絶対に食べるに決まっているではないか。ユフィリアもこのパターンを把握してほしいものだ。


シュウト:

「うわっ、美味しい……!」

リディア:

「最高!」

Zenon:

「もういい加減分かってることだが、何を食ってもウマいな」

バーミリヲン:

「間違いない」

レイシン:

「はっはっは。ありがとう」

スターク:

「もうちょっとパンが硬くてもいいかなぁ。でも味は気に入ったよ!」

ユフィリア:

「でしょ? 美味しいよね?」

クリスティーヌ:

「ええ。とてもすばらしい」

ユフィリア:

「ホラぁ!」

ジン:

「何を勝ち誇ってんだ、何を。そもそも不味い訳ないだろうが。量が足りるかどうかが問題だっつー」

ユフィリア:

「ジンさんのくいしんぼう」

ジン:

「ホメても何もでないぞ」


 ハムのような厚めの肉、トマト、きゅうり、そしてチーズ。調味料はマヨネーズがメインで、マスタードは辛うじてわかる程度。定番といっていい組み合わせだ。それでなぜ、こうも美味しくなるのだろう。


レイシン:

「どうかな?」

ジン:

「美味いよ。肉ではなく、チーズが主役になってる点がポイントなのな? トマトとの相乗効果で味の中心が大胆にシフトされてる。肉にボリュームもあって、脇から全体を支えている」

リディア:

「口の中が幸せでいっぱい!」

ウヅキ:

「いや、ホントにウマいな」

レイシン:

「はっはっは。チーズも品ぞろえが増えて来たからね」

シュウト:

「なるほど」


 アキバの豊かさはこうし部分にも現れている。チーズの種類が増えたことで、こうしたサンドイッチを作れるようになったのだ。いわば、僕らはアキバの豊かさをいただいているようなものなのだろう。

 ジンが極端なごはん派のため、パン食はあまり多くない。しかし、こうなってくるともう少しパン食の回数が増えてもいいのかもしれない。


レイシン:

「じゃあ、サービスデイはこれでいいかな?」

ジン:

「どっちかというと、幾らかかるのかが真の問題だけどな」

ニキータ:

「ですが、食材が水っぽいので昼食だと……」

ジン:

「美味いけど、手とかベシャベシャになるか?」

レイシン:

「うーん。その場で食べてもらう?」

ユフィリア:

「でも、お昼のお弁当にして欲しいの」

スターク:

「まぁまぁ。マジックバッグに入れておけば、大丈夫じゃない?」


 そんな話をしつつ昼食を終えた。







Zenon:

「金歯、銀歯各1、虫歯6!」


 分断と足止めを徹底し、時には一体ずつプルしながら、確実に葬っていく。回数をこなして慣れてきたZenonの動きは予想より良かった。相方のバーミリヲンとの息も合っていて、『これはこれでアリ』だと思う。


 ジンが強すぎることもあって、僕らはメインタンクとの連携がどうしても甘くなりがちだ。適当にやってても十分以上に回ってしまう。こうしてやっていることはレベル上げなのだが、他のタンクと組んだ時のための練習になっていた。


 ゴーシャバッハ戦を行ったゾーンにも行って来たが、遠くから見て、雨が降っていない段階でさほど期待していなかった。こちらもリポップしていなかったため、『土の竜』の探索にシフトさせる。

 『土の竜』捜索なのだが、地図上の予想地点では発見できなかった。ゾーンとして区切られている場所も周囲に見当たらない。捜索範囲を広げながら、レベル上げを続行。


 太陽が傾く前に、セーフティーゾーン扱いの〈妖精の輪〉のあるポイント|(僕らのスタート地点)に戻り始めることにした。終わってしまいそうな夕暮れを西の峰の向こうに見る。どこか懐かしいような、心地よい時間帯だ。

 服や髪をなでる風の存在をふいに思い出す。一日の終わり。『さぁ、帰ろう』という気分になるのだが、今回はここで引き返す訳にはいかない。翌日もレベル上げを続けることに決めていた。夜営と食事の支度、装備品の整備など、やることは多い。


Zenon:

「なあ、なんかアドバイスとかないのか?」

ジン:

「アドバイスぅ?」

Zenon:

「アンタからみりゃ、俺が大したことないのは分かってるけどよ」

ジン:

「いや、かなりいい方だと思うぞ? 〈海洋機構〉には勿体ないな」

Zenon:

「マジか?! じゃあ、強くなるにはどうすりゃいい?」

ジン:

「うーん。そんな残酷なことを言うのは、さすがに気が引けるなぁ」

Zenon:

「ホメてんの? けなしてんの? どっちだよ!?」

ジン:

「わはは。いや、わりーわりー。普通にトップ集団に入れる実力はあるだろうけど、俺の水準で判断すると間違うからな」

スターク:

「うん。確かにいろいろ間違ってるもんね」

ジン:

「うっせー」

Zenon:

「それで? こっからどうすりゃいいんだ?」

ジン:

「それなぁ。部分的な改良を加えても仕方ないっつーか」

Zenon:

「やっぱ難しいのか」

ジン:

「なんか必殺技とか見繕った方がいいんじゃね? 根本治療は時間が掛かる上に、成功するかも分からんだろ。一時的に弱くなることも多いしなー。ウチの連中も道半ば、どころか、やっとこ山のふもとから何歩か踏み出したとこだけど、あのザマだし」

シュウト:

「このザマです」ぺこり

Zenon:

「どのザマだよ!?」


 こんなザマでごめんなさいと思いつつ、Zenonのツッコミのキレに惚れ惚れとする。それにしても、根本治療する気がないなら、必殺技もアリっぽい発言なのは意外だった。(どうでもいいってことかもしれないけど)


スターク:

「それじゃあ、ジンはふもとからどのくらいなの?」

ジン:

「俺? ……3割、ぐらいかなぁ~」

シュウト:

「たった3割!?」

レイシン:

「ん~(苦笑)」

ユフィリア:

「ジンさんって、もうてっぺんに居るんじゃないの?」

ジン:

「ぜんぜん。レベル90越えたのもあんだろうけどさぁ、俺も『もう7割ぐらいまで来てるかなー?』とか思ってたんすよ。けど、どんどん山の方が大きくなっちまって(苦笑) ……あ、これはオーバーライドへの到達とは別ラインな? フリーライドの奥が深いって話だから。ぶっちゃけ、てっぺん見失いました」

シュウト:

「そう、なん、です、か?」(うひぃぃぃぃ)


 80レベルから開始して、もう92レベル。12レベルの上昇幅はそんなに小さくないというのは、分かる話だ。だが、それにしたって、まだ7割以上の成長幅が残っている(?)と思うとメチャクチャな話だ。人間ってどれだけ可能性まみれなの?と思わなくもない。


ジン:

「マジな話、生きてる間にたどり着けるのかなぁ? 現実世界にいた頃、もうちょっと本気で取り組めてたら良かったんだけど。極めたいんだったら、むしろ帰らないって選択もアリなのか……?」

レイシン:

現実世界(むこう)は誘惑も多いからねぇ~」

ウヅキ:

「アンタらも大変そうだな」


 さらさらと問題発言を連発しているが、普段通りなので気にしない。気にしたら負けだし、もう気にしてるし、もう負けてるし、勝ち目はどこにも落ちてないときた。まったくどうなってるんだろうか。神様仕事して。現実って残酷。


 久しぶりにテントを広げる。こちらの主役は石丸だった。Zenon・バーミリヲンの2人も的確な動きで淀みがない。所在なさげにこそこそしているのはスタークで、これはたぶんテントの組立て作業、その他が出来ないからだろう。


 普段は堂々とさぼるジンだが、今日は水汲みの護衛に行っている。何度も訪れているゾーンなので、湧き水のポイントも把握していた。ここは山で言えば中腹ぐらいの位置にあたる。水が清らかで、冷たく、美味しい。しかし、モンスターが出る可能性があるのでどうしても不便だ。


 レイシン・ユフィリアの料理班は素早く仕事に取りかかっている。

 近頃は冒険先で便利な夜営機材、特に調理用具が増えて来ているそうで、Zenonが持ってきた機材をレイシンが使っているらしい。


 夕食は、旅先で定番の串焼き肉にシチュー、飯ごうのご飯。そこにギルドホームで作成済みのおかずが何品か付いた。ポテトサラダがうれしい。

 きんぴらをバリバリと食べていたジンから、ユフィリアが器を奪う。


ジン:

「あう。俺のきんぴら~」

ユフィリア:

「ジンさんは独りで食べちゃうんだもん」

ジン:

「そうだよあればあるだけ食うよ。それの何が悪いのさ!?」ぐるぐる

ユフィリア:

「みんなで食べるんだよ?」


 そんな無益な争いはともかく。

 本日の結果をまとめると、ジンとユフィリアがレベル92に到達。リディア、スターク、クリスティーヌが91になっている。


 明日の早い段階で、ニキータが93へ。ウヅキ、Zenon、バーミリヲンも92になれるだろう。

 僕(94)とレイシン(93)、石丸(93)の3人はもうしばらく掛かる見込みだ。レイドボスを倒せれば、3人ともレベルアップできそうな感じだが、ドラゴントゥースから得られる経験点だと、ここから先はどうしても時間が掛かってしまう。これはEXPポッドをケチっている影響もある。そー太が100本ばかり売り払ったため、節約することになっている。



ジン:

「…………」


 食後、珍しくぼんやりとしているジンに様子を見ながら声をかける。


シュウト:

「あの、質問したいことがあるんですが?」

ジン:

「ん? ああ。場所を変えようか。……石丸先生、ちと頼めるかい?」

石丸:

「明かりっスね」

ジン:

「歩こうか」


 男3人で夜の散歩を気取ろうとしたところ、ユフィリアが付いて来てしまった。そうなると、当然ニキータも一緒だ。レイシンを除いた第1パーティーでセーフティーゾーンから出て、ふわりふわりと歩いていく。モンスターが出ないか気が気ではない。


ジン:

「んで? 何を訊きたいのかね、ワトスン君? 」

シュウト:

「あ、はい。どうして、彼らには『ゆる』を教えないのかな、と」

ユフィリア:

「どういうこと?」

ニキータ:

「ゆるを教えれば、今日のレベル上げは不要だったかも」

ジン:

「それなー、むつかしい問題だな。……いわゆる交渉には2つの側面、要素がある。『ロマン』と『そろばん』だな」

石丸:

「そうっスね」

ジン:

「どちらの要素が欠けても、あんまり良い交渉にはならない。俺なんかはそろばん系の人だが、それは元から理想主義だからだ。理想を実現させるために、現実の手法を用いる。現実的理想主義者って奴だ」

シュウト:

「なるほど……」

ジン:

「逆に、現実主義者が目的のためにデカい理想を掲げるケースもある。円卓会議なんてまさにそのケースだろうな。レイネシア姫の演説は、そろばんを投げ捨てたロマンの固まりだったろ」

シュウト:

「そう言われると、身近なところにけっこうあるもんですね」

ジン:

「うむ。そんで、ゆるを教えない理由だがな。誤解を恐れずに言うのなら、ゆるに『金銭的な価値はない』からだ」

ユフィリア:

「価値がないの?」

ジン:

「いやいや。価値はあるけど、金銭的な価値としては扱いにくいんだよ。そろばんを弾けない場合、ロマン扱いになることが結構あってなー」

ニキータ:

「その場合、うさんくさいものになるってことですよね?」

ジン:

「そっそ。ゆるをやるとこんなに良いことがありますよ!とかって宣伝文句が出てきて、ゆるをやった関東在住のSさん(男性・21歳)の驚きのコメントとかってのを並べるのがひとつのパターンになってくる」

シュウト:

「肩こりがなくなって、つかれにくくなりました」

ユフィリア:

「すごーい!」

ジン:

「って感じだ。たとえば、メジャーのベテラン選手で年俸が20億あるんだけど、もう引退間際。続けられても1年か2年が精一杯、みたいなケースがあったとするだろ? この場合はゆるをやれば選手としての寿命を5~6年延長しつつ、成績も横ばいぐらいにはもっていけるかもしれないわけだ。これなら100億ぐらいの価値を生み出せる計算になる」

ニキータ:

「……そう考えると、もの凄いですね」

ジン:

「だろ? 一方でもう少し若い、日本の選手で年俸が1億切るぐらいだとすると、ゆるをやれば、なん億かプラスして稼げるようになる可能性もある。この2人を比べた場合、ゆるの価値は幾らになると思う?」

シュウト:

「えっと……」


 どう計算していいのかすら分からない。


ジン:

「さらに例題を付け加えよう。仕事をやってて、妙にくたびれてしまい、どうしても会社に行きたくない。このまま休んでいたら、クビになってしまう。そんな人間にも効き目があったとする。彼もしくは彼女は、辞めずに働けるようになるかもしれない。まぁ、辞めた方がその人のためって可能性はあるけども」


 さらにややこしいことに。もうお手上げだった。5年で統一なりするなら、クビにならずに5~6年働いて得られる収入はいくらぐらいだろう。しかし、単位が違いすぎる。


ジン:

「な? 計算できないんだよ。なぜならば、ゆるに価値があるワケじゃないからだよ。ゆるをやった人に価値があるんだ」

石丸:

「知識ではなく、スキルだからっスね」

ジン:

「そういう言い方もできるな。情報・知識としてのゆるにはそこまで価値、値段は付けられない。そして実際にスキルとしてゆるをやらなきゃ本当の意味や価値はわかりっこない」

ユフィリア:

「んーと。お金の価値がないと、どうして教えられないの? お金を貰えないから?」

ジン:

「価値はないけどやってみませんか?なんて言えるハズがない。でもメリットを提示するとうさん臭いだけだ。

 ゆるは金銭的なコストはゼロだけど、本当は膨大な、莫大なコストが掛かるんだよ。本当の本当には、社会全体でやらないといけないからだ。

 普通、スキルというものは、『それを使える人』を雇うなり、スキル保有者の作った製品を購入するなりして、『代替する』ことに意味があるんだ。社会の全員がピアノを弾けなくてもいいだろ? でも、ゆるは自分でやらなきゃならない」

シュウト:

「結局、他人がゆるんでたって意味がないから、ですよね」

ニキータ:

「だったら尚更、教えるべきでは?」

ジン:

「それは悪手だし、手順としても間違っている。『教えてください』と頼まれて教えるのが本来の筋だ。良かれと思って押し付けるのは、相手の価値観を否定しているのと変わらない。言ってしまえば、『バカと言うヤツがバカ』の論理なんだよ」

シュウト:

「バカ、ですか? 最後の部分だけよく分からなかったんですけども?」

ジン:

「全体を俯瞰して見れば、『社会が間違っている』んだよ。原因はそっちにある。だから、ゆるを知らない彼らは悪くない。なのに、お前は間違っている、なんて教えてどうなる? 社会からすれば、俺の方が間違っているんだよ。しかも教えたら、彼らを社会的な正しさから外れた存在にしてしまう。今は全体の正しさと、個人の正しさが一致しているんだよ。結果的に、それが『あんまり有効ではない』だけなんだ」

ユフィリア:

「それ、私たちはむしろ間違ってるってこと?」

ジン:

「そうだよ、知らなかった?」

ユフィリア:

「うーん、もうちょっと早く教えて欲しかったかも??」

ジン:

「ハハッ。天才だの化け物だの、間違っている以外の何物でもないだろ」

石丸:

「社会からすればイレギュラーな存在っスね」

ニキータ:

「まぁ、そういう意味なら……」

シュウト:

「むしろ積極的に間違って行きたいというか」

ジン:

「社会の間違いを証明しないと、『正しいこと』にならない。しかも金銭的な価値もない。交渉方向として『頼まれて』すらいない。……マジで教えようがないんだよ。だから……」

ユフィリア:

「だから?」

ジン:

「だから、『相手の望み』をかなえることで、自分達の目的を達成することにしたワケだ」

シュウト:

「つまり、レベルアップですね?」

ジン:

「そういうこと。俺たちは成り行きで適当にレベルが上がればそれで十分だ。その内、自然と100まで行ける。でも連中はそうはいかない。高レベルのレイド参加は貴重な機会だからな。可能ならこのゾーンで95まで上げ切って、そこからレイドボスの経験点を足して、96とか、97とかにしたいと思ってるだろう」

シュウト:

「ゲーマーだったらそう考えますよね(苦笑)」


 なんだか自分がゲーマーじゃなくなったような他人事感覚だった。

 レベルを上げたいだけなら、このゾーンで2週間も粘ればなんとでもなるのだ。しかし、レベルへの興味はかなり薄れている。上がれば上がったで嬉しい、という程度だった。


ジン:

「今回の俺たちの望みは、レイドの達成だから、別に連中がゆるをやる『必要』は、ない」

ユフィリア:

「そっかー。うん。そうだねぇ」


 ユフィリアもなんとなく納得したらしい。


ユフィリア:

「じゃあ、社会の間違いはナントカできないの?」

ジン:

「それは俺じゃのうて『社会さん』にきいてください。……というか『社会が間違ってる!』なんて言ったら、それこそビョウキ扱いされるぞ?」

ユフィリア:

「そうなの?」

ジン:

「そうさ。心が病んでる人がいるぅ~って思われて終わりだよ。なんか疲れてるの?とかダチに心配されたりしてね。キツイもんがあるぞ」

ニキータ:

「経験談ですか?」

ジン:

「かもね。……まず社会の何が、どう間違っているかだ。『がんばれば、がんばるほど、巧くいく』ということだな。がんばるの質・量が誰よりも勝っていれば、成功するもんだと思ってやがる」

シュウト:

「でも、がんばらないとダメですよね?」

ジン:

「がんばるのは単なる前提なんだよ。みんながんばってる。そんなんだから、巧く行くかどうかは運の問題になってしまうんだよ。これらの原因は、『隠しパラメーター』の存在に気が付いていないせいだ」

ユフィリア:

「ゆるでしょ?」

ジン:

「そう。いわば、『ゆるみ度』こそ、決定的(クリティカル)要素(ファクター)なのだ。

 いいか?フツーの人々は、どれだけ努力したか、がんばったかを競っている」

シュウト:

「では、僕らは?」

ジン:

「がんばるを前提としつつ、どれだけゆるんでいるかという『ゆるみ度の高さ』を競うのだ!!」どどん!

ユフィリア:

「おおーっ!」ぱちぱちぱちぱち!

ニキータ:

「はい」

シュウト:

「ですよね」

石丸:

「…………」

ジン:

「反応、薄っす。今、時代を100年ぐらい突破してみせたのに。あーあ、しょぼい感じになっちゃったよ」

シュウト:

「100年、ですか?(苦笑)」


 さすがにそれはないだろうと思ってしまった。


ジン:

「今、大げさとか大口とか思っただろ?」

シュウト:

「ちょっとですけど、はい」

石丸:

「いや、もしかするとこれは……」

ジン:

「本当に『決定的な要素』なんだぜ。ストレスみたいな現代病は花粉症にも似ていてな。ゆるみ度で緩和しきれない分が直ダメになってんだよ。本来、嫌なことを言われたりしても、嫌なだけでストレスでは無かったんだ。それがゆるみ度の減少が蔓延した結果、直接ダメージをこうむる人間が増えてしまったのさ」

ニキータ:

「直接ダメージっていうのは?」

ジン:

「肉体への硬直ダメージだよ。心と体は同じものの表現の違いだ。ストレスを『感じる』ようになってしまうと、体に硬直が発生する。そして結構な数の人間が死を選ぶことになる」

石丸:

「ゆるみ度が高ければ、ストレスを感じないということっスか?」

ジン:

「そもそもゆるみ度が高いと、ストレスがどんな感じなのか『分からない』、というべきかな。

 河合隼雄が『がんばれって言うな』と言い始めて30年とか経過したけど、『がんばらないでください』ではなく、『ゆるんでください』なんだよ。この転換にあと20年どころか、100年はかかるだろう。『ゆるみ度』といったパラメーターを設定すれば、一気に時代を飛び越えることができる。ちから、すばやさ、たいりょく、ゆるみ度、だよ」


 もしかすると、もしかするのか。またなのか。トンでもない話なのではないか? 自分が理解できていない『だけ』?


ジン:

「ガンパレみたいな感じで、行動するのにゆるみ度が必要なシミュレーションゲームがあると考えてみな?」

シュウト:

「シミュレーションゲームですか?」

ジン:

「上手にゆるみ度を回復しながら社会生活するゲームってことだな」

シュウト:

「それは、遊んだりすれば回復するんですよね?」

ジン:

「そうだ。しかし、下手するとこれはイジメでゆるみ度を回復するクソゲーにもなりうる。ひとりをからかって、みんなで笑うのがパターンになると、いつもイジられるヤツのゆるみ度だけが下がるからだ。イジリとイジメは、別の言葉のようで、本当は同じだからだ」

ニキータ:

「最悪ですね」

ユフィリア:

「それって、おもしろいの?」

ジン:

「やり方によってはね。友人とつるんだり、恋愛も自由自在だよ。ただ、相手のゆるみ度を把握しておかないとだけど。みんなゆるみ度に支配されているから、ゆるみ度を高めあえば巧く行きやすい」

ユフィリア:

「なんでもできるの?」

ジン:

「いいや。行動にはゆるみ度が必要だ。最大HPみたいな、『最大ゆるみ値』がゆるみ度の蓄積幅を決めている。これ、下手なプレイングだと減少する仕組みがあるんだよ。ゆるみ度が減っていくと、行動選択の幅が狭まっていくから、最終的には部屋に引きこもってしまう可能性もある。パソコンやスマホをいじってるだけなら、ゆるみ度はそんなに要らないからな」

シュウト:

「それって、もしかして……?」

ジン:

「リアル人生ゲームだよ。現実の俺たちの場合、『ゆるみ度』は表示されていない。さて、本題はここからだ。この時、ゆるはどうなると思う?」

ユフィリア:

「どう?」

石丸:

「ゆるみ度の回復魔法になるっス」

ジン:

「正解だ。そしてゆるを続けると、最大ゆるみ値を増やすことができるようになってる。能力上限はゆるみ度がネックになっていて、ゆる無しのプレイはかなり難易度が高い」

シュウト:

「でも、ゆるがあったら、ぬるゲーですよね?」


 暇をみつけたら『ゆるをやる』とコマンドを入れればいい。そんなゲームは簡単になりすぎて、バランスが悪い気がするぐらいだ。もしかすると、本当に『そう』なのかもしれない。


ジン:

「ルールも明示されてない理不尽なゲームで『がんばる』に取り殺されるもよし、ゆるとゆるみ度を駆使して自由度を満喫するもよし、だよ」

ニキータ:

「……少なくとも、異世界ファンタジーしている私たちは、取り殺されている余裕は無さそうですね」

ユフィリア:

「やっぱり、教えてあげたほうがいいと思うな」

ジン:

「それは、ダメだ」

ユフィリア:

「どうして?」

ジン:

「言葉ではなく、態度で教えるんだ。『秘密を知っている』なんて顔をしてはいけないよ。自分が秘密を知らないと思えば、相手は傷ついてしまう。みんなは悪くないんだ。社会が悪い。俺たちは『見えない空気』とだけ戦わないと。みんなは空気に操られているだけなんだし」

ユフィリア:

「じゃあ、悪い社会と戦えばいいんだ?」

シュウト:

「それには、僕らもたくさんゆるまないと」

ユフィリア:

「そっか!」

ジン:

「少しずつだけど、良い方向、好ましい方向、正しい方向に動き続けているんだよ。この時代の我々は勝てないかもしれない。でも、人類が存続する限り、いつか我々が勝つだろう」

ニキータ:

「それは、ロマンですね」


 空を見上げていたジンが、なにか諦めたようだった。……いや、きっと竜翼人をまっている間、サービスでいろいろ話していただけなのだ。


ジン:

「そうとも言う。さ、話は終わりだ。明日もレベル上げするぞ。連中、ゆる無しの人生ハードモードなんだから、俺たちが助けてやらないと死んじまうぞ。ゆみる度を意識して、しっかりゆるんでおけ」

ユフィリア:

「はーい!」


 


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