141 カトレヤの紋所 / 209 見学
『やぁ、アクア。久しぶり』
「そうね。4日ぶりかもしれないわね」
非表示の念話相手からの一方的な通信。1週間ぐらい間があくことは珍しくもなかったが、相手が久しぶりというのだから、久しぶりなのだろうと思う。今回は若いが癖のある声だった。日本の声優に似ている。好きな声だ。
昼食の為にセブンヒルの街中を歩いている途中だったので、脇にそれて人通りのない場所へ。
「何か事件? それとも仕事?」
『いいや、ただちょっと雑談でもしようかと思ってね』
「のんきなものね」
『そうさ。時間は幾らでもある』
「それだと貴方は、不老不死か何かということになりそうね?」
『おっと、いけない。君は鋭いから、言葉には気を付けないとね』
相手は余裕たっぷりで、くつくつと満足そうな笑い声をあげた。今のは特に重要な情報という訳でもないのだろう。喋っても害はないというだけ。これまでは警戒させるだけと考え、この手の指摘を避けていた。でも、むしろ相手は刺激を欲している気がしている。ほんの少しずつだが、口が軽くなって感じていた。狙い目は声が若い時だろうか? そんな法則が当てはまる相手とも思えないが。
「それで? どんな雑談をお望みかしら。なるべくなら話題はそちらから提供して欲しいものね」
『大したことじゃないよ。どうやら君たちも、《彼ら》に気が付き始めたみたいだから』
「彼ら? ……レオンが取り憑かれていたような?」
『いや、アレは別物だよ』
「フムン。……で、貴方とその、《彼ら》というのはどんな関係?」
『そうだね。外から見たら、利用しあっているように見えるかもしれない。でも、僕が一方的に利用している関係、かな? 向こうは逆だと思っているか、もしくは、僕に気が付いていないかも』
「敵ではないのね?」
『邪魔だと思うことはあるよ。彼らにはエレガンスがない。存在の自己矛盾性を理解できるだけの知性がないんだ。彼等の望むもの、〈共感子〉を集めるだけなら、むしろ持続的な社会を形成する方がずっと合理的なはずさ』
この会話の目的は、『エンパシオム』なる単語を伝えることなのだろう。持続的な社会を望まず、エレガンスも知能もない相手は、間違いなくエネミーにしかならない。
何が目的かと考えれば、『白の聖女』にこの話題を振っておけということだろうと思い至る。
「ところで、まだ名前を聞いていなかったわ」
『《彼ら》の名は〈典災〉。君たちとは別の意味で世界への脅威だよ。本来の意味合いでね』
「あら、私が知りたかったのは『貴方の名前』なのだけれど?」
『ふふふ。……君と、君の嘘を愛しているよ、アクア』
私は念話相手の名前を知らないが、相手は私の名前を知っていると言いたいのだろう。極めて性格が悪い。
『それじゃ、……いや、忘れるところだった』
「わざとらしい」
『何か言ったかい?』
「いいえ、何も」
『君のお気に入りが、君にナイショでお楽しみだよ』
「私のお気に入り? ショパンかしら。それともモーツァルト?」
『君の天然ボケとは。長く生きてみるものだね』
「……私から言質を取りたければ、もう少し工夫が必要よ」
『なんでもお見通しとは。おそれいったよ』
相手は古アルヴの生き残りか何かだろうと仮説を立てていたが、もう少し先の存在の気がしてきた。
「どちらにしても、他人のお楽しみを奪って悦ぶ趣味はないわ」
『君はそうでも、周りはどうだろうね』
「それは、どういう意味?」
『僕は君に命令することはしない、という意味さ』
言外に行けというのは分かったが、いまいち分からない言い方だった。
自分以外でジン達のところへ行きたい……?
(あ~……。そういえばいたわね、そんなのも)
情けない顔をした南米のゴザルの顔が浮かんだ。エビチリを食べさせなかったあの時以来か。(もしかして、恨んでいる?)と思いつつ、どうでもいいかと思い直す。
たまには連れていってやろうかと思う。しかし、まさかと思うのだけど、『苦戦している』のだろうか? それを口に出して訊くべきかで迷う。あの男が苦戦している、もしくはこれから『苦戦する』? ……有り得ないだろうとは思ったが、いつも苦戦しているような気もする。たいてい自業自得だが。どちらにせよ、苦戦はしても負けはしない男だ。
それでも有り得るとすれば、仲間が弱くて足を引っ張られている、ぐらいのものだろう。助けてやって貸しを作るのは悪くない。
『ふふふ。とても良い表情だね』
「いちいち悪趣味ね」
念話のはずが、こちらをモニターしていたようだ。油断した。
『それは意見の分かれるところだと思うな。……じゃあ、また』
「……ありがとう」
『どういたしまして』
◆
英命:
「このギルドは、なぜ〈カトレヤ〉という名前なのですか?」
英命の授業らしくない授業は、そんな問いかけから始まっていた。
葵:
「その話はちょい長くなるんだけど、いる?」
英命:
「できれば、お願いします」
葵:
「んとね、『水戸黄門』の主人公っていうか、ヒーロー?ってさぁ、あの印籠だと思うわけよ」
大槻:
「なるほど、意味が分からない」
『流石、葵さん』と僕は思った。このちんぷんかんぷんな感じが持ち味であろう。
咲空:
「印籠が、ですか?」
葵:
「そっそ。黄門様は、言っちゃえば、タダのジジイな訳っしょ。だけど、あの印籠を出して、ヒカエオローって言うと、水戸の副将軍になるってスンポーよ。あれは、タダのジジイ+印籠=水戸の副将軍ってことだからね。むしろ主役は印籠と言っても過言ではないわけ」
シュウト:
「そう言われれば、そうかもしれませんけど(苦笑)」
かなり苦しい言い草ではないか?と思わないでもない。
葵:
「いやいやいや、もうちょっと考えてみ? 水戸っていえば納豆でおなじみの茨城だよ? 茨城県内ぐらいなら話はまだ分かる。だけど、もう関係ないところまで漫遊しに行ってたりするじゃん。なのに、ヒカエオローでハハーッになっちゃうのよ。分かる?」
ジン:
「おい、ギルドの名前はどうなった?」
葵:
「ザッケローニ。こっからがイイトコロなんだから、邪魔をするでない!ヒカエオロー!」
ジン:
「ザッケローニはこっちの台詞だ、この、あんぽんタン麺!」
英命:
「まぁ、まぁ。……続けてください」ニコニコ
英命は止める気がなさそうだった。どうするつもりなのやら。
葵:
「印籠っていうのは、昔の薬箱なわけ。だから、印籠自体には大したパワーはないの。でも、アレを落としたら大変なことになるよね。そういう話もあったんじゃなかったっけかな? ともかく、印籠の力の源は、表面に描かれた御紋なわけ。アレがあれば、あたしも御三家の人間だと思われるかもしれないよね」
ジン:
「江戸時代の、徳川幕府だったらな」
そー太:
「だけど、ギルマスじゃ信じて貰えないんじゃないの?」
葵:
「そうなんだよ!そこだよ!『暴れん坊将軍』は、実はあんまり信じて貰えないの。顔を見たことがある、とかって話になっても、『ええい、であえであえ!』で殺陣のシーンになっちゃう。だから、比べちゃうと、水戸のご老公の方が、偉そうに見えるんだわ」
石丸:
「『暴れん坊将軍』は8代将軍、徳川吉宗がモデルっス」
葵:
「黄門様ってば、将軍様より立場が下だからね。ここ、重要。テストに出るよ!」
星奈:
「ふぉおお!」
シュウト:
「いや、出ないからね、星奈?」
星奈:
「……?」
なんだか、よく分かっていないような顔をしていた。不安である。
葵:
「これが黄門様だと、殺陣シーンで助さん格さんが活躍してから、印籠を出すの。そして『ハハーッ』で土下座キメて、まあるく治めちゃうワケ。その徳川家の後光を表現するのが、印籠に描かれた『葵の御紋』ってことよ!」
ニキータ:
「やっと少し、繋がりましたね(苦笑)」
りえ:
「『葵の御紋』ってことは、葵さんの名前の?」
葵:
「そ。『葵』は、花の名前。だから最初は、水戸黄門の印籠的な名前にしようかと思ったんだよね」
静:
「ははぁ」
何か巧いこと言ったつもりらしい静に誰もツッコミを入れず、ガックリとうなだれた。
咲空:
「なんで葵の花にしなかったんですか? バラとかじゃなくて、カトレヤになった理由って?」
葵:
「簡単にいうとね、葵の花って地味というか。知名度低すぎるんだもん。もはや『美人の名前』って意味ぐらいしか残っていないっしょ」
自分の名前だから美人の名前だと言いたいらしい。流石である。
葵:
「だったらバラの方がいいよね。バラが一番人気なのは分かるよ。でも調べてみると、なんか、バラとユリと、もう一つでトリオらしくてね。バラだけだと不完全だったのね」
石丸:
「バラ、ユリ、スミレっスね。それぞれ美しさ、威厳、誠実さを表現すると言われるっス」
葵:
「さっすが、いしくん。それそれ、そんなヤツ! ……カトレヤは、『西洋蘭の女王』と言われててね。見た目もゴージャスだし、花言葉みたいなのも『成熟した女性』を表しているの。つまり、あたしにぴったりの名前ってこと!」
シュウト:
「女王の花、だったんですか」
葵:
「ずいぶん端折ったけど、そんな感じだぁね」
ロリ形態の葵が言っても、成熟などは感じられなかったが、いろいろ考えて決めていたことは分かった。
ユフィリア:
「……あのね、画家ギルドでエンブレムみたいなのが作れるんだって」
ニキータ:
「じゃあ、カトレヤの花をモチーフに?」
ユフィリア:
「作りたいなって。どうかな? ……ジンさんはどう思う?」
ジン:
「俺? ……俺は、ほら、ギルメンじゃないからどっちでも。でも、もうちっと強そうな方がよくね?」
シュウト:
「ドラゴン戦に特化した、戦闘ギルドですしね……」
まり:
「『カトレヤ』なのにドラゴンですか?」
静:
「ドラゴンのエンブレムだと、『ドラゴン騎士団』っぽくなるよ?」
雷市:
「だけど、『お花の騎士団』みたいなのはちょっと……」
ギルドネームの話から、エンブレムのデザインを考える流れに。男の子にも配慮したデザインにしたいということになった。
『CATTLEYA』の綴りを入れる以外のことが、なかなか決まっていかない。最初からあるものを受け入れるのと、これから出来てくるものが納得いかないのだと、問題の性質が違うのかもしれない。
名護っしゅ:
「ちょっと待て、落ち着けおまえら」
エルンスト:
「ドラゴンか、カトレヤの花かで意見が別れているようだな。しかし、両方を一緒にするのはおかしい、と」
りえ:
「議長! 分かりやすく、カトレヤの花で統一すべきだと思いますっ!」
汰輔:
「生産ギルドならそれでもいいかもしんないけど。議長! 戦闘ギルドで弱そうなのはイヤです!」
エルンスト:
「おい、オレが議長なのか?」
名護っしゅ:
「まぁ、ぴったりな気がするわな」
エルンスト=議長というイメージが強く、納得いくところだった。ジンや葵は強権発動を控え、ニヤニヤしながら静観している。
英命:
「では、モチーフを追加してみては? あまりゴチャゴチャするのは好ましくありませんが、ドラゴンとカトレヤの橋渡しをするものを探してみるのはどうでしょう?」
先生ポジションの英命が、議論の流れを変える。
りえ:
「花→○○→ドラゴンってこと?」
まり:
「花→宝石→ドラゴンとか?」
静:
「花から宝石は分かるけど。宝石からドラゴンにならないじゃん」
雷市:
「花→剣→ドラゴン!」
汰輔:
「花→城→ドラゴン!」
そー太:
「連想になってねぇし!」
マコト:
「花→ミツバチ→ドラゴン?」
りえ:
「まだマシっちゃマシだけど、蜂からもうひとつぐらいいるよね」
目についたものを片っ端から言いまくる別ゲームが始まる。赤音のパパイヤ発言がウケたため、一気にお笑い方向へシフト。最初の宝石やミツバチがまだ良かったことが判明した。
ユフィリア:
「花→ウサギ→ドラゴン!」
ジン:
「もうウサギって言いたいだけじゃねーか」
ニキータ:
「…………」
だが、それでもまだいい方なのだ。ニキータはたぶん、花→お風呂→ドラゴンと言いたいのを堪えている。ウサギならまだデザインしてもどうにかなる類だ。しかし、温泉マークとドラゴンになったら、温泉ドラゴンなギルドとして認知されるに違いない。
サイ:
「……妖精?」
ぽつりと呟いたサイに注目が集まる。
りえ:
「それだぁあ~!」
静:
「花→妖精→ドラゴンか」
リディア:
「ファンタジーのモチーフ、その2大巨頭を贅沢に?」
まり:
「まぁ、天使を加えるよりか、妖精だよね?」ちらり
静:
「反論の余地がないっていうか?」ちらり
ユフィリア:
「……?」
それでも自分たちでデザインするところまでは行かず、画家ギルドにアイデアを持ち込む方向で決まった。
◆
星奈:
「おでかけ、ですか」
英命:
「はい。今日は、オープン前の店舗の見学に行きましょう」
咲空:
「お勉強しなくていいんですか?」
英命:
「見学も立派な勉強ですよ。後で感想をききますから、しっかり見学しましょう」
咲空&星奈:
「わかりました!」
午後は〈209〉の見学へと向かうことになった。唐突なのは、エルムがねじ込んだ案件だからだ。マスコミ向け広報なので、アキバ通信のスタッフが行けば済むけれど、「ご一緒に如何ですか?」という話に乗った形である。
葵:
「よし、行くぞジンぷー!」
ジン:
「何で俺が? 女向けデパートだろ?」
葵:
「オープン前だ。男も女もあるまい」
ジン:
「だから、なんで?」←興味がない
ユフィリア:
「星奈たちも見学に行くんだよ。ジンさん行かなくていいの? お留守番?」
ジン:
「にゃんこ先生、だと……?」
なんだかんだ大所帯で押し掛けることに。
〈209〉のビルは外から見た限りでは3階建て。それぞれのフロア面積が広い、ひらべったいタイプだ。
静:
「フーゥ、なんかドキドキするかも」
まり:
「オープン前に見学できるなんてね」
そんなタイミングでエルムが現れる。案内も彼がするようだ。
エルム:
「おまたせ致しました。アキバ通信の関係者の皆さんですね?」ニコッ
ジン:
「悪いな、大勢で押し掛けちまって」
エルム:
「いえいえ。気が付いたことがあれば、おっしゃってください。可能な限り対応しますので」
ジン:
「なるほど。少しは協力しろってか?」
エルム:
「そうとも言います(笑)」
フランソワ万里子:
「〈えんたーなう!〉のフランソワです。よろしくお願いしま~す」
エルム:
「お世話になっております。今回の件、ねじ込んでしまって申し訳ありません」
フランソワ万里子:
「いえいえ。こういった話題提供はありがたいですから~」
2人ともビジネス風のやりとりをしていた。アキバ通信のページにねじ込んで宣伝に利用するのだという。
エルム:
「え~と、あともう1人は~?」
周りをキョロキョロ見回しているエルムにつられて、僕もキョロキョロと周囲を(アテもなく)見回してしまう。思いがけず、不審者を発見。吹き出しそうになるのを堪える。そして次の展開を想像して恐ろしくなっていた。
シュウト:
「ま、まさか……?」ガクガクブルブル
エルム:
「ああ、そちらにおいででしたか!」
ユーノ:
「……ど、どうも」
隠れてこちらを窺っていたユーノが、仕方なさそうに出てきた。警戒していたのは間違いない。僕らを、というか、間違いなくジンを警戒していたのだろう。
シュウト:
(ど、ど、ど、どうして呼んだんですか!?)
エルム:
(えっ? マスコミ対応ですので、まとめて処理してしまおうかと。何かマズかったですか?)
シュウト:
(〈アキバ新聞〉はジンさんが……、あっ!)
ジン:
「よう、久しぶりだなボクっ娘~ぉ」ニヤリ
ユーノ:
「でたな! あの後、たいへんだったんだぞ! この悪魔っ!」
ジン:
「何が? どう大変だって? ほれ、聞かせておくれよ」
ユーノ:
「ぐぬぬっ」
ジン:
「どうした? 言葉に出して言ってくんないと、分からないのぁ~?」
ユーノ:
「くっ、くっそ~う」
ジン:
「えーっと、あの時に付けたアダ名なんだったっけ? あれ、思い出せないなー?」
ユーノ:
「あ、あんな目にあわせといて、覚えないだとぉ!?」
ジン:
「ああ、思い出した。そうそう『ハナザーさん』だったな。どうだった、みんな何て言ってた?」
ユーノ:
「うがーっ!!」
ジン:
「そうかそうか。人気者になれて良かったな? 感謝しろよ」 (満足)
ユーノ:
「いじられ倒されただけだぁ!」
ジン:
「ブァッハッハッハ!」
ジンの方が何枚も上手らしく、おもちゃにされるユーノだった。どうしよう、フォローすべき?とか悩んでいる間に、ユフィリアが先に動いていた。
ユフィリア:
「もう、ジンさん!女の子イジメちゃダメっ! ……あの、こんにちはぁ」にこー
シュウト:
(えーっと……)
なんというか、友達が欲しそうな顔している。またいつもの病気のようだ。あっちもこっちも節操がない。
ユーノ:
「はっ! あなたはもしや、ユフィリアさんでは!? ……あの、ファッションショー拝見しました。この後でお時間いただけませんか? すこーし、インタビューなんかをお願いしても?」
しかし、ファッションショーの話題になるのも、もう何回目なのだろう? ユフィリア本人だと気付かれるたび、ファッションショーのことを繰り返し質問されたりしていた。しかも、いつもニコニコと笑顔で対応するのだから、頭が下がる。全くイヤな顔ひとつしないのだ。精神抵抗が僕なんかより遙かに高いような気がする。
フランソワ万里子:
「はいはい、ごめんなさいよー。ユフィちゃんはウチが独占インタビューするんで、遠慮してくださいねぇ?」
ユーノ:
「独占だって!? な、何者だっ!」
シュウト:
(何者って……)
いつの時代の言葉遣いだか。テンパるとそういうところがあるよなぁ、などと思う。いつもながら面白い人だ。
エルム:
「それでは、そろそろ中をご案内しま~す!」
面倒くさくなる前にエルムが中断させてしまった。(もう面倒臭くなっている気がしないでもないけど) エルムはこうした『ざっくりとした正解』を出すのが得意そうで、なんとも羨ましい。そういう能力が僕も欲しい。しかもけっこう切実に。
エルム:
「まだ準備中なのですが」
既視感を感じるのは、ここの中だけまだ天秤祭の雰囲気を残しているからだろう。そこかしこで働いている〈冒険者〉がいる。
ジン:
「ふーん。似たような店舗同士で並べてんのな?」
シュウト:
「いわれてみると、そんな感じですね」
作りかけの店舗も多いが、看板や並べかけの商品をみると、似たような品ぞろえの店舗を隣接して配置しているようだ。
葵:
「フフン。ヘイト煽りまくりだ?」
エルム:
「いえいえ、近年のスタイルを真似ているだけですよ。こうした配置で相乗効果が生まれるので。商品を比べつつ購入できて便利ですしね」
大手と比べられたら萎縮してしまいそうだけれど、比較しつつ、補完できればチャンスも生まれるのかもしれない。
ジン:
「動線はどうしてんだ?」
咲空:
「動線って何ですか?」
英命:
「人の流れや動きの事ですね。大まかには、買い物するお客さんが動くルートを事前に想定しながら、こうした売場を便利に、利用しやすくする意味を持たせます」
エルム:
「理想は、行きと帰りで別のルートを通る大きくてなだらかな螺旋階段のような形状です。しかし廃墟を利用する都合上、残念ながら、階段の位置は決められていまして。エスカレーターも使えませんしね。ただ、奥の方に目玉となる店舗を配置していますね」
葵:
「基本通りだね」
りえ:
「はい! どうして奥にするんですか? 入り口付近にあった方が便利だと思うんですけど?」
ニキータ:
「入り口で用事を済ませたら、奥まで行かずに帰ってしまうでしょ? それだと、他店舗のチャンスを奪ってしまうから」
静:
「そういわれると、なるほどって思いますね」
ジン:
「人間がモノを買う場合、『計画的に欲しいものを買う』か、『衝動的に欲しくなったものを買う』か、この2つのパターンのどちらかだ。だから、商売人は衝動買いを誘発させるように、アレコレといやらしい罠を仕掛けてくる。誘惑するは悪魔にあり、ってね」
ジンは重火力でもって制圧射撃を敢行。エルムを追いつめる。
エルム:
「なんて人聞きの悪い(笑) 今や、国民総商人時代ですよ? こんなものは、ビジネスマンの必須スキルみたいなものです。それに、必要なものしか買わない生活などは、豊かさや潤いとは無縁ですからね。感情への働きかけは、いわば充実や幸せへと至るナビゲーションですよ」
軽やかに回避したところからの、鮮やかな反撃だった。
そー太:
「先生、今のって、どっちが正しいの?」
英命:
「どちらの言い分にも一理あるように思います。貴方はどう思いますか?」
そー太:
「え? そうだなぁ。だいたいジンさんの言うことって信用できないから、エルムって人の方かな?」
ジン:
「おい」
大槻:
「意見の内容ではなく、好き嫌いで決めたんじゃないか?」
そー太:
「ちょっとはそういう部分もあるかもだけど」
そー太のそんな台詞に笑顔になるエルムだった。
エルム:
「商売人は情報と信用が大事ですからね」←得意げ
ジン:
「お前に信用があったんじゃなくて、俺に無かっただけだろ」
葵:
「おう、自覚あったのけ、ジンぷー?」
ジン:
「うっせー。あー、うっせー」
そんな会話をしながら、ゆっくりと先に進んでいく。
りえ:
「なんか買えるかな?と思ったけど、まだ商品が並んでなかったかぁ」
まり:
「オープン前だし、しょうがないよ」
サイ:
「店舗設営も追い込みだから、きっと相手にされないと思う」
静:
「買えなくても、売れ筋ぐらいチェックしかったかも」
ざっくりと見回しつつ、ジンが口を開いた。
ジン:
「……しかしオープンしたとしても、これじゃ服の屋台だろ。……なぁ、これってテナント料どうなってんの?」
エルム:
「半ば公共事業ですので、今のところ無料です」
ジン:
「ふーん。そんなこと言っておいて、展示・陳列用のディスプレイだの、棚だのを売るつもりなんだろ?」
エルム:
「ははは。ご明察の通りです。〈海洋機構〉ば多めに出資していますので、ある程度は回収したいところでして。出店の初期費用は抑えて、皆さんのやりやすい状態を整えることを優先しています。
あとの事は〈209〉全体を軌道に乗せてからで間に合いますので」
ユーノ:
「ええと、出店する店舗やギルドの公募があったとは聞いていません。ここの選択や採用基準みたいなものはあったんですか?」
エルム:
「いえいえ。〈天秤祭〉で出店していたり、ファッションショーに出演していた方達に直接、声をかけさせて頂きました」
ユーノの質問を聞いてみると、エルムは意外と働いていたらしい。
エルム:
「では、上のフロアに移動しましょう」
階段を登る途中、咲空が立ち止まる。階段途中の高い位置から、建物の奥を眺めていた。作りかけの店舗も多く、雑多な光景という方が近いだろう。
咲空:
「ここ全部に、お洋服が並ぶんですね?」
シュウト:
「そうだね。……そう考えると凄いね」
エルム:
「現実世界の日本でなら『誰もが見たことのある景色』なのですが」
だから価値がない、というのは違うだろう。
現実世界ではありふれた光景でしかなくなっていたとしても、それは忘れられてしまっただけで、もともと凄いことのはずだ。人間の営みと、そこから漫然と享受している恩恵などを遠く異世界の地で思う。
咲空:
「……」
星奈:
「……」
咲空と星奈は、手をつないでいた。きっと、想像の翼を広げているのだろう。色とりどりの洋服がいっぱいに広がっている光景を見ているのかもしれない。……それは数日後に現実となるものだ。
ジン:
「いいか? 次のフロアにいくぞ」
咲空&星奈:
「……はい!」
◆
ようやく3階まで上がり、アクセサリーなどを見て回った。これらの小物類は貴金属や宝石が使われているものばかりではない。髪留めにも様々な種類があるものだ。この世界であれば、貴金属よりも魔法効果を持つものの方が価値が高くなり易い、といった特殊な事情もある。
宝石類の展示をみると裸でそのまま飾ってあった。少し不用心な感じもするが、この世界だと展示物の盗難を防ぐのは簡単だ。設定で移動不可などにしておけばいいからだ。盗難防止用のガラスのショーケースなどは、技術的にまだ難しいこともあるだろうから、これは幸いだ。透明の薄い板を作る技術が確立されているかどうかは分からない。もし可能だったとしても、それは宝石よりずっと価値がある代物かもしれない。
りえ:
「隊長、どこいくんですか?」ニヨニヨ
シュウト:
「いや、だってそこは……」
まり:
「そこは、何です?」ニヨニヨ
女性用の下着の場所に近づくと、シュウトが自然と距離を空けようとしていた。それに目敏く気付き、りえがからかう。
〈209〉の下着売場は3階に配置されている。入り口から遠いのは、日常的に使う消耗品の需要の大きさからなのか、もしくは男性の目から遠ざける目的からなのか。
静:
「私も、『シュウトさん』に選んで欲しいな」
普段は『隊長』と呼んでいるのに、こういう場合にさりげなく名前で呼んでいる辺り、静もノリノリだ。
シュウト:
「……な、何を?」
一番ダメな返しをするシュウト。もう、わざとやっているんじゃないか?と思うぐらいの獲物っぷり。呆れるしかない。逆に考えると、モテる人間は無意識に 最適解(イジられるルート)を選んでいるのかもしれない。
静:
「もぅ~。わかっててそういうこと言うんですね。えっち」テレテレ
シュウト:
「…………」
ここぞとばかりに踏みにじる。顔を赤くするシュウト。おもちゃとしての彼は、手頃な充足感を彼女たちに与えるに違いない。
エルム:
「なるほど、素晴らしい」
ジン:
「もげろ!爆発しろ!地球圏から飛んでいけ!そのまま帰ってくんな!」
ユーノ:
「へー、普段こうなんだー。ふーん」
フランソワ万里子:
「さすがイケメン。モテるなぁー」
イジられ倒すシュウトをみていても仕方がないので、周りを見回す。
ニキータ:
「あれ、これって……」
下着売場に近い店舗で、なんだか見たことのあるものを発見。緑色の下着みたいな短いアレやコレやだった。既視感を越えるレベルで見覚えが。むしろ着たことすらあるような? 看板も見つかった。
手書きの看板らしきものには、一文字ずつ色を変えた『なないろバンガロー』の文字が踊っている。
ユフィリア:
「このお店ってもしかして?」
ニキータ:
「……よね?」
なんて事だろう。この事態を冷静に考えると、けっこう恐ろしいことになっているのだが、努めて考えないようにした。(結果、無駄だったけども)
もっぴー:
「あの、こんにちは?」
ユフィリア:
「もっぴー!」
相手は〈天秤祭〉のファッションショーでお世話になった、というか、お世話をしたというべき相手、〈なないろバンガロー〉の、もっぴーだった。
ユフィリア:
「じゃあ、出店することになったんだ?」
もっぴー:
「はい。といっても、お二人のおかげです」
ニキータ:
「それって、どういう?」
もっぴー:
「ええ。あの後で、突然、爆発的に売れちゃって(笑)」
ユフィリア:
「すごーい。よかったねぇ!」
誰が? 何のために? いつ着るの?と内心では思ったが、納得もしていた。いわゆる『ユフィリア効果』だろう。その内、学会か何かで存在が立証されるに違いない。
もっぴー:
「あの、新作あるんですよ。見ていってください」
ユフィリア:
「うん! ありがとー」
イヤな予感しかしなかったが、ユフィリアにそういう雰囲気や空気が伝わることは期待できない。いつもの通り、流れに身をゆだねる。
もっぴー:
「これです!」
ニキータ:
「えっと……」
ドコが新作なのかすら分からなかった。水のないところで着る水着か何かだろうか。 (……大丈夫か、私?)
もっぴー:
「これ凄いんですよ。防御力が結構あるんです。けど、柔らかいので着心地はバッチリです!」
ユフィリア:
「ほんとだー」
いや、『ほんとだー』じゃないからね? というか、防御力って……?
もっぴー:
「売れたのは良かったんですけど、なんだか下着みたいな扱いになっちゃいまして。それが、そのまま女の子向けの『下着型追加装甲』ってことに。あ、でも、鎧や装飾品とは『みなされない』ので、安心です!」
何が安心なのか分からなかった。いや、たしかに、言っていることはそれなりに意義があるのは分かる。追加装甲は大変有用なんだろう。デザインがアレでも、鎧の下に着るなら問題ないのかもしれない。
否、問題は大ありだ。やはりそうなった。『下着みたいな扱い』……。
ニキータ:
「…………」がっくり
ユフィリア:
「どうしたの? 大丈夫?」
ニキータ:
「あんまり大丈夫じゃないかも」
ユフィリア:
「熱かなにか?」
つまり『水着っぽい』格好でファッションショーに出演したつもりが、『下着だった』だったことにされたのだ。オープンした〈209〉にお客さんが買い物にくれば、下着売場に隣接する〈なないろバンガロー〉に気付くだろう。そしてそのまま『下着を売っている店』だと思うことになる。
エルムの店舗配置は、私(たち)にとっては裏目になってしまった。まさか下着でファッションショーに出た黒歴史が後から生み出されるだなんて……。
エルム:
「ここが一番奥ですね。〈ロデリック商会〉の新規ブランド、〈ピクシーワークス〉です」
リディア:
「わ、綺麗なドレスがいっぱい」
咲空:
「ステキですぅ……」
りえ:
「でも、……お高いんでしょう?」←ゲスい顔で
まり:
「うわ、エグっ」
静:
「あー。値札みたくなかった~」
〈ピクシーワークス〉は高級ドレスブランドだ。今日の夜会ブームに便乗した形である。
領主会議に出席した〈円卓会議〉の代表者たちが、夜会に招かれたのが切っ掛けと言われている。以降、アキバにも晩餐会を真似るムーブメントが生まれた。あこがれもあったのだろう。パーティーに参加する女性達は、みな1着ぐらいはドレスを購入することに。防具ではないため、既存品のドレスはそこまで高くなかったことも一因として考えられる。資金に余裕のある剛の者ともなると、毎回違うドレスで夜会に参加することもある。女の見栄や競争心にクリティカルしたのだ。
さらに素晴らしい品を求める声を受けて、花乃音達がドレスブランドの立ち上げたと耳にしている。
ジン:
「ユフィが着たドレスって展示されたりしないのか?」
ユフィリア:
「どうかなぁ? 花乃音ならわかるかも」
花乃音:
「それが、けっこう悩みどころなんですよね。ウチって手作りの一点モノばっかなんで、システム的な盗難対策が限定的になっちゃうっていうか。ユフィの着たヤツなんてお値段的にイッちゃってるんで、あんまベタベタ触らせたくないってのもあるんで」
ジン:
「だが宣伝にはなるだろ。というか、元をとるには宣伝に使わないと」
花乃音:
「ですね。見たいって要望は多いだろうし。困っちゃいますよねぇ」
ユフィリア:
「花乃音!?」
花乃音:
「や!」
那岐:
「花乃音、またサボリか? とっとと働け!」
花乃音:
「さー! いえす さー!」
いつの間にか並んで立っていた花乃音と立ち話をしていたら、即座に那岐に怒られてしまっていた。
ここがゴール地点なので、外に出るだけとなる。エルムの広報と関係するフランソワと別れ、私達は〈209〉を後にした。
静:
「面白かったね、目移りしちゃいそう」
まり:
「早くオープンするといいね」
りえ:
「あのあの、ジンさん」
ジン:
「あ? なんだ」
するするとジンの隣にくっつき、猫なで声を発する。
りえ:
「いろいろ欲しいものがあるんで、お小遣いください!」
ジン:
「ばーか。自分で稼げよ」
静:
「えーっ? どうやって?」
ここで反論したのは、りえではなく静だった。気持ちは分からないでもない。お金を稼ぐのは大変だ。
ジン:
「フッ。そろそろ訓練ばっかで飽きたろ」
りえ:
「それって……?」
まり:
「もしかして……?」
ジン:
「そうだ。外で遊んでこい」
静:
「実戦、……やるんだ」
急におとなしくなったが、この子たちはへこたれたりはしないだろう。きっと、大丈夫に違いない。
りえ:
「よーしっ、欲しいもののタメにがんばっちゃおうかなっ!」
ジン:
「その意気だ。ブラのパット買うためだ、がんばれ」
りえ:
「だから、盛ってないってば!」
オチに使われてむくれるりえ。周りにも笑われて、それでもいいか!と元気に歩いていた。エールを送るような気持ちでその背中を見つめた。
◆
シュウト:
(ああ、もう!)
ここのところ、毎朝タクトにイライラさせられていた。今日はレイドの日なので、早く頭を切り替えなければならない。
Zenon・バーミリヲンの2人は既に2階でくつろいでいる。彼らをあまり長く待たせたくはない。
僕は忘れ物のチェックを済ませ、自室から階下へと降りていった。
ジン:
「準備はいいか?」
シュウト:
「大丈夫です」
レイシン:
「ごめん、もうちょっと待って~」
のんびりとしたレイシンの声で待機時間がのんびりしたものに変わる。
Zenon:
「最近、この日が楽しみでよぉ」
シュウト:
「分かります」
流石に絶対安全とはいかないが、ジンがいるので無謀さや理不尽さは感じない。挑戦するストレスも小さい気がしていた。それでいて、あれこれを工夫しながらなので、上達している感じがある。
バーミリヲン:
「今日はいよいよ3体目のボス、ビートホーフェンとかいうのだったな?」
石丸:
「炎爪竜ビートホーフェンっスね」
Zenon:
「演奏と炎爪を掛けてんだよな? あと、ベートーヴェンだっけ?」
葵:
「……だね」
顔を見せに来たらしい葵に会釈する。
Zenon:
「で、勝てるんだよな?」
葵:
「いやぁ、どうだろうね」
Zenon:
「ちょっと待ってくれ、またかよ!? アンタの予言とか気持ち悪いぐらい当たりすぎてんだぞ、大丈夫とか言ってくれよ!」
葵:
「にゃははは。そんなお愛想いってたら、的中率が下がんじゃん」
バーミリヲン:
「違いない」
そうして笑っているところにスタークとクリスティーヌが現れる。
スターク:
「おはよー。みんな早いね?」
ジン:
「おまえが遅いんだろ。部屋に引きこもってんのか?」
スターク:
「だって、エクソシストは外を歩くなっていうから。……大体、日本に来てアニメもマンガもゲームもネットすらないだなんて、みんなどうやって引きこもってるの?」
シュウト:
「引きこもってないんだけどね」
ジン:
「アニメだのに関しては、完全に同意だがな」
クリスティーヌ:
「それで、今は何の話を?」
葵:
「今回のレイドの趨勢について。先行き不透明ってヤツだから、忠告しようかと思って」
Zenon:
「またヤバイってことか? 勘弁してくれよ」
そんなタイミングでレイシン達が用意を終えて出てきた。厨房周りでの作業だったので、居残り組の食事か、僕らの冒険先での食事の準備だったらしい。
レイシン:
「おまたせ」
ユフィリア:
「用意できたよっ!」
ニキータ:
「もう出られます」
ジン:
「お疲れ。……んで、忠告って?」
葵:
「うむ。展開的にはそろそろ変化があるんじゃないかと思ってね」
ジン:
「……なるほどな。そりゃそうか」
シュウト:
「いや、あの。せめて分かるようにお願いしたいんですが?」
電波かテレパシーでやりとりするのは勘弁して頂きたい。
葵:
「簡単にいうと、まず『クエストを受注してない』ってことだよ」
Zenon:
「ああ!」
バーミリヲン:
「そうらしいな」
ユフィリア:
「うーんと、どういうこと?」
石丸:
「今のところ、目的も分からずただレイドボスと戦っている状態っスね」
葵:
「誰からも依頼されていないってことは、導入を無視したか、シナリオの裏ルートに入ったかしてるんだと思う。〈大災害〉以後の冒険でどこまでゲームのシナリオが有効かってのは、まだまだわからんちんだけどね」
モンスターが押し出されて大移動したり、ゴブリンが死ぬほど出てきたりするぐらいだから、何が起こっても不思議ではなくなっている。たまには都合良く楽勝でもいいのではなかろうか。
ジン:
「〈竜翼人〉の連中がちょこっと出てきたっきりだ。レイドボスとの戦闘も邪魔しにこねぇな」
ニキータ:
「ドラゴンと竜翼人は仲間じゃないってことかしら?」
シュウト:
「どちらにしても、彼らに邪魔されたらボスどころじゃなくなるわけだから……」
少し考えただけでも、不安要素に目を瞑っていただけなのが分かってくる。
スターク:
「レイドボスの配置も歪んだ五芒星なんでしょ? 何かの儀式とかじゃない?」
ジン:
「5体敵がいて、それを離して配置したら、自動的に五芒星になるんじゃねーの?」
シュウト:
「とりあえず儀式かなんかだと考えてみましょうよ」
葵:
「……だね。この場合の方向性は2つだよ。何かを復活させようとして儀式を行っている、もしくは、わざわざ封印しているものを破壊しているか。どちらにせよもう3体目だし、起承転結だと『転』に入るかも」
レイシン:
「中盤から後半戦に突入?」
ジン:
「ラスボスがいるなら、まだ半分も来てないわけだが、そうなるな」
それぞれに神妙な顔付きに変わる。ここからが本番になるのだろう。気を引き締めて掛からなければならない。
俯き気味の葵が、重々しく口を開いた。
葵:
「ごめん。あたしが一緒に行ければ……」
責任を感じて、落ちこんでいる風の、葵。なんて言えば、どう言葉を掛ければいいのかわからなかった。
Zenon:
「そりゃ、来てくれたら心強いだろうけどさ」
レイシン:
「…………」
ジンとレイシンが何かの意志疎通を図っていた。たぶん、ジンに任せるとかの意味があるのだろう。
ジン:
「やれやれ。思い違いも甚だしいな。お前が来たらどうなるって? ……どうにもなんねぇよ」
葵:
「…………」
歯を食いしばり、怒りのまなざしでジンを睨みつける葵。
ジン:
「ここにいる誰かと入れ替わりにお前が入って、それで突然、戦力が何倍かになったりすると思ってんのか? 」
ユフィリア:
「ジンさん、そんな言い方……」
葵:
「確かに、ありえないね」
シュウト:
「ですけど」
なんとか、葵のために反論できないかと試みるのだが、どういえばいいのか、わからなかった。
ジン:
「アクアが入ったって、この人数じゃ2倍も行かないだろ。もし本当に困るんだったら、素直に人数を入れるだけのことだ」
アクアは、その存在も能力も驚異的だ。しかし、あの超威力の永続式援護歌にしても、バフはバフでしかない。人数が少ないと活かしきれない側面が残るはずだ。人数が多ければ多いほど、たとえばレギオンレイドのような大規模戦闘でこそ、真価が発揮されるものだろう。
ジンの存在が極めて効果的なのは、常に狙われ続けるメインタンクだからなのだ。
シュウト:
「僕らは、正直、戦闘ではそこまで困ってません」
ユフィリア:
「……シュウト?」
ジン:
「…………」
ジンが沈黙する。たぶん『許可』だろう。少なくとも、僕はそう感じた。
シュウト:
「〈大規模戦闘〉って、戦闘だけじゃないですよね。進行管理があって、現状把握して、仲間の精神状態だってモニターしなきゃいけない。シナリオを予想して、観察して、ギミック見抜いて、作戦を立てて、間違ってたらそれにひとつひとつ対処して。いえ、本当はもっと前の段階から始まってます。情報を集めて、クエスト見つけて、装備更新したり、補修したり、消耗品を揃えるだけでも一苦労です。
〈大災害〉になってからは、食事の準備も手間だし、もっと『旅』をしなきゃダメになりました。そうやって突き詰めていって、連携訓練も当然やって。戦闘なんて、最後のほんのちょっとだけです。だから、……なんというか。戦闘なら、僕らだけでなんとかなります」
言ってしまった。まとまらないまま、思ってることを言おうとした。言葉は膨れ上がった。内心では、穴のあいた風船みたいに心の空気が抜けていく。強気なのか、弱気なのか分からない。でも言うべきことを見つけた。
シュウト:
「だから、……本当にすみませんでした」ぺこり
ジン:
「ん? なんだそれ?」
葵:
「んーと、なんでそこで謝んの?」
シュウト:
「葵さんが居てくれて、本当に、心強かったんです。だから、自分で考えたりする前に、『とりあえず念話』してました」
ウヅキ:
「それは、耳が痛いな」
どこから現れたのか、いつからいたのか、ウヅキが、そしてレイドメンバーのみんなが同意していた。
スターク:
「そうだよね。やっぱりアオイは、とっくに仲間だったんだよ。僕らが気が付いていなかっただけで、最初っから『13人目のレイドメンバー』だったんだ」
ユフィリア:
「そっか!」
ニキータ:
「そうよね」
葵:
「みんな……!」
シュウト:
「葵さん!」
ジン:
「おいおい。……なにこの空気? 綺麗にまとめました的な展開とか、ありえなくない?」
ユフィリア:
「ジンさん!?」がびーん
ジン:
「俺、この手のクサイ展開とか耐えられないんだけど。キモッ!」
葵:
「ぶっ。アハハハハハハ!!」
吹き出して笑っている葵は、いつもジンと喧嘩している『我らのギルマス』その人だった。
石丸:
「そろそろ移動しないと間に合わなくなるっス」
スターク:
「ごちゃごちゃ言ってても、ね!」
Zenon:
「いよっし、出かけようぜ!」
ジン:
「……出るぞ」
葵:
「おう、行ってこい!」
咲空と星奈に見送られながら、アキバを出立。シブヤへの道を急いだ。
ユフィリア:
「ねぇ、ジンさん」
ジン:
「どうした?」
ユフィリア:
「なんとかならないかな」
ジン:
「……葵のことか」
ユフィリア:
「うん」
ユフィリアは以前から気にしていたようだ。もし、葵が〈施療神官〉のままだったとしたら、ユフィリアはたぶんここに居なかっただろう。その辺りの微妙な機微があるのかもしれない。
レイシン:
「本当はね、前から考えているんだよ」
ニキータ:
「そうだったんですか?」
レイシン:
「魔法の水晶球みたいなものがあれば、ギルドホームに居たままで参加できるかもしれない、とかね」
ジン:
「〈大地人〉は使っているらしいんだがな。アイツのサブ職は〈占い師〉だし、扱える可能性はある」
ユフィリア:
「それじゃあ」
石丸:
「まだ実現に至っていないっス」
シュウト:
「何か、問題があるんですね?」
ジン:
「100キロ以上離れた場所にいる俺たちを、ピンポイントで捉えるのが大変なんだ。こっち側でも使えば、通信的なことはできるかもしれないが、戦闘中にそんなことはやってられないしな。位置的にこっちと紐付けができるような代物、逆からいえば、あちこちを自由に見られないような限定的な機能の品が欲しいわけだ」
シュウト:
「多機能が邪魔するんですね……」
相変わらず突き抜けている。思考した結果、低機能なものが欲しいと聞かされると
石丸:
「もしくは、召喚生物と視界を共有できれば、使い魔だけを連れていけばいいことになるっス」
Zenon:
「おお、それでいいじゃねーか!」
シュウト:
「レベルが問題、ですね」
ジン:
「それと時間の拘束もな。ちょっと覗き見るってワケにはいかなくなるからな。体の世話だって必要になるし、範囲攻撃に巻き込まれたらそこまでだ。少なくとも29までレベル上げとけとは言ってるんだがな」
バーミリヲン:
「巧くいかないものだな」
さまざまな事情があるのだから、最善の形を模索していかなければならないだろう。
ユフィリア:
「でも、きっとなんとかなるよ!」
ジン:
「ああ。……そうだといいな」
ユフィリアの頭にふれながら、そう応えたジンだった。