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139  小犬のワルツ

 

シュウト:

「これで大丈夫ですね」

ジン:

「黒板だけだがな」


 お昼を食べて、黒板を3枚ばかり購入。エルムが珍しく忙しいというので、値切り交渉担当の石丸も一緒だ。

 黒板といってもほとんどは小さなサイズで、主に店先の看板や、ちょっとした伝言板で使うものばかり。大きめのサイズを探して店員に尋ねると、ちょうど良いものが裏から出てきた。保管されていたのか、10秒で作ったかは分からない。作れるならその場で作った方が、ほかのものと素材を融通できるし、場所を取らないでいいのかもしれない。(ただ、材料のままだと逆にかさばる可能性も?)

 チョークも無事に購入。白・青・赤・黄色の4色だ。ヴァリエーションが豊かに感じる。そんな風に買い揃えていると、だんだんと『授業をする雰囲気』になって感じる。


 帰りの道すがら、黒板以外になにが必要かという話題に。


ジン:

「何を教えるかってのもあるし、どうにもテキストが無いんだよなー」

シュウト:

「教える相手の年齢がバラバラってのもありますね」

ジン:

「どっちにしろ、勉強っぽい勉強なんかさせたって寝るだけだかんな」

ニキータ:

「『経験者は語る』ですか?」

ジン:

「否定はしないよ」

ユフィリア:

「ジンさんって勉強できる人?」

ジン:

「暗記が苦手なんで、優等生とはいかなかったよ」

シュウト:

「そうですか」

ジン:

「ユフィは?」

ユフィリア:

「暗記は得意だよ!」えっへん

シュウト:

「じゃあ、ジンさんと逆だ」

ユフィリア:

「……どういう意味で?」にっこり

シュウト:

「特に、含むところはございません」


 そんな会話をしながらギルドホームへの帰り道を歩いていく。


ユフィリア:

「テキストって、どうすればいいかな?」

ジン:

「いやぁ、作るしかないだろ~」

石丸:

「そうっスね」

ジン:

「出版ギルドはおさえてある。あとは作る気さえあれば、好きな本を作れるってもんだ」

ニキータ:

「でも、私たちで何を教えられるかって話ですよね」

ジン:

「得意分野で言いたいこととかでもいいぞ。ファッションとかメイクとか」

ニキータ:

「得意分野……」


 何故だかゆるんだ笑顔に。そんなニキータさんが日本の名湯100選とかを考えてそうな気がして仕方がない。


シュウト:

「ジンさんだったらどうするんですか?」

ジン:

「んー、真っ先に『五輪の書』を蘇らせたいところだが。……行けるか?」

石丸:

「大丈夫っス」

シュウト:

「……もしかして一字一句まで覚えているんですか?」

石丸:

「文章ではなく、ページをそのまま記憶しているっス」

ジン:

「写真記憶だな。じゃ、頭の中でもう一度読めるって感じか」

石丸:

「しかし読み比べをしていないので、岩波版ではなく、ちくま文芸文庫版っスが」

ジン:

「かめへんかめへん。どうせ読み解きなんて誰にもできないんだから」

シュウト:

「……あの、前から気になってたんですが、どうしてそんなことが出来るんですか?」


 一瞬で自分に注目が集まる。なぜ見られているのか微妙に分からない。


ジン:

「バカかお前。そーいうことを訊くな、このウンコたれが!」

石丸:

「別に構わないっス」

ジン:

「あ、そうなん? ……じゃあ、もしかしなくても、サヴァン?」


シュウト:

「ごめん、サヴァンって、何だっけ?」←小声で

ニキータ:

「それは、その……」

石丸:

「サヴァン症候群。知的障害者や自閉症の患者が、数学などの分野で特殊な才能を発揮することっス。サヴァンの意味は『賢人』。代表例は、映画『レインマン』っスね」


 もしかしなくても、かなり微妙な話題に土足で踏み込んでいたらしい。ジンの態度で、あえて質問していなかったのが分かる。土下座で謝罪レベルのポカの可能性、特大。


シュウト:

「あ、あ、あの、ウンコたれですみません(滝汗)」

石丸:

「大丈夫っス。一応、違うと診断されているっス」

ジン:

「マジ参るよなぁ。『僕は常識人です』みたいな顔しといて、このテイタラク。マジ参るよなぁ~」←ジト目

ユフィリア:

「そんなに追い打ちしたら可哀想だよ?」

ジン:

「いやいや、コイツの問題点がストレートに現れてんだって。今頃になって質問したの何でだと思う? 空気を読んでたからじゃないんだぜ? 今まで興味がなかったんだよなぁ? それにしたって、もう11月だっつー」

シュウト:

「あぐっ、うぐっ……(冷汗)」

ユフィリア:

「もぅ~。泣いちゃうから、そこまで!」

ジン:

「わーった、わーった。チッ、命拾いしたな」


 ジンに猛省を促される。自分のことで精一杯、みたいな言い訳が毎度毎度 通じるはずもなく。反省。


ジン:

「でもサヴァンじゃねーんだったら、どうなってんだ?」

石丸:

「幼少期からの高度能力開発実験に参加……」

ジン:

「ちょ!ちょ!ちょ!ちょ!ちょ! ……ちょっと待ってオ兄サン?」

石丸:

「……していたっス」


ジン:

「…………」

シュウト:

「…………」

ニキータ:

「…………」ゴクリ

ユフィリア:

「……?」


 これは何て言うのだろう。ゲームだったら『やみのまりょくがぞうだいしている!』とか?


ジン:

「ワリ、それ、どこぞの国家機関が関連してんの? もしかして何かの陰謀に巻き込まれたとかのヤヴァい感じのヤツ?」

石丸:

「……特には。民間の学習プログラムのハズっスが」

ニキータ:

「それは、天才を育てる感じの?」

石丸:

「そうっスね。情報処理に関しては、〈冒険者〉になって能力が増強されているっス。記憶から自然な範囲の欠損もなくなっているっス。これには〈妖術師〉の特性も関係している可能性があるっス」


シュウト:

「(ジンさん。僕たち、このままだと)」

ジン:

「(ああ、かなりマズイことになりそうな気がする)」

ユフィリア:

「(えっ、そうなの? そうなの?)」


 バッドエンド回避を最優先。

 そうして僕たちは、考えるのを、止めた…………。


ジン:

「かゆ、うま。……何はともあれ、石丸の事は内密で頼むぞ」

ユフィリア:

「なんで? 自慢したらダメなの?」

ジン:

「絶対にダメ。知識ってのは怖いんだ。利用の仕方によっては、俺なんて比較にならないぐらいの、巨大な問題になる。奪い合いになるのは目に見えてる」

シュウト:

「それは、ダメですね」

ジン:

「ま、そんなことになったら。……それ相応の行動にでるけど」


 仲間を強引に奪われでもしたなら、全力で暴れるつもりのご様子。これは絶対にダメだろう。


ジン:

「だからここに居るのは、ちょっと物知りなドワーフの魔法使いだ。分かったな?」

ニキータ:

「分かりました」

ユフィリア:

「残念だなぁ」


シュウト:

「……もしかして、最初からですか? 石丸さんを護るつもりで?」

ジン:

「まぁな。俺が気付いたのは途中からだが、葵のヤツは『そのつもり』だったらしいぞ? アイツ、どこまで本気かわからんから、後付けのテケトー発言の可能性も高いが」

石丸:

「そうだったんスか」


 お金も知識もある人(たとえばロデ研のロデリックなど)には究極的な人材ということになるのかもしれない。原子力爆弾、毒ガス、生物兵器といった、いわゆるABC兵器※などを作るのに必要な知識を持っているとすれば、途方もない可能性を秘めていることになるのかもしれない。


※作者注:現在ではABC兵器、CBR兵器、NBC兵器と言われ、どれでも特に間違いではない。

CBR兵器=化学(chemical)・生物(biological)・放射能(radioactive)

NBC兵器のNは核(nuclear)

ABC兵器のAは原子(atomic)


シュウト:

(うわぁ、見方が変わっちゃったなぁ)


 本人は人畜無害っぽい性格なだけに、不思議な気がした。たぶん質問の仕方が下手だと使いこなせないのだろう。知識がないと知識を引き出せない気がする。しかし、仲間を利用することへの倫理観みたいなものもありそうだし、腐らせておくには勿体ないという側面もありそうだし、なかなか微妙な話題かもしれない。


石丸:

「五輪の書はどうすればいいっスか?」

ジン:

「一字一句まで正確なのはさすがにマズいよなぁ。とりあえず原本は俺が確保するとして、その後で『新訳・五輪の書』とかアレンジ版を作って、売ろうか」

ユフィリア:

「テキストの話はどうするの? それをテキストにするとか?」

ジン:

「どうすっか? ……いや、俺たちで悩むのはバカらしいな。英命に考えさせよう、そうしよう」

シュウト:

「その辺りも石丸さん頼みってことですよね」

石丸:

「任せて欲しいっス」


 任せていいのだろうか?とか思うのだが、本人はやる気のご様子。コントロールはちゃんとしておかなければならないと思うと、世の中って難しいなぁ、と思ってしまう。こういう悩みって、ウチのギルドだけなのだろうか。特殊条件が多すぎる気がしてならない。


ジン:

「シュウト、いつまでもボケてんじゃねぇ。行くぞ?」

シュウト:

「はい!」







咲空:

「うわ、黒板ですね!」

シュウト:

「チョークもあるからね」

咲空:

「ちょっと書いてみてもいいですか?」

シュウト:

「いいよ」


 小学校や中学校の頃、なんとなく黒板に書いてみたくなるような気持ちになったのを思い出す。チョークが勿体なくて、先生に怒れられるかも?などと余計な心配をして、あんまり書くことが出来なかったが。咲空が色付きチョークで描く絵をみながら、そんなことを思い出した。


葵:

「んじゃ、黒板は終わり、と」

ジン:

「あとは何だ?」

葵:

「画家ギルド探して、血抜き訓練の引率を探すぐらいかな。……ついでだ。血抜きの引率も画家ギルドにしてもらおっか」

ジン:

「そんな訳にいくかっての。……おっ、にゃんこ先生」


星奈:

「こくばん、ですか」


 にゃんこ先生ならぬ星奈が、黒板に描かれた猫の絵を見つめた。


咲空:

「どうですか? 星奈の似顔絵です」

シュウト:

「良く描けてると思うけど、……ただの猫の絵、だよね?」

咲空:

「星奈はどう?」

星奈:

「さくらちゃんは、絵がとっても上手です!」

ジン:

「よし、星奈も書いてみるか?」

星奈:

「はい!」

咲空:

「……ところで、どうして黒板を買ったんですか?」

シュウト:

「授業のためだよ。先生に来てもらうことになったから、みんなの勉強を見てもらおうと思って」

星奈:

「べんきょう、ですか」


 チョークをもって黒板に何か書こうとしていた星奈だったが、勉強のことを耳にして振り返ると、瞳からじんわりと涙が。


ジン:

「プフッ。星奈は勉強が嫌いか?」

星奈:

「(こくり)にがてです」

ジン:

「苦手か、そっかー。得意科目とか、好きな授業はあんのか?」

星奈:

「体育と、音楽です」

ジン:

「いいね。星奈はアクティブだな」

星奈:

「あくてぃぶ です」こくり

ジン:

「俺は音楽の授業のとき、口パクして歌わないヤツが大嫌いだった。恥ずかしいとか面倒臭いとか、何様だっつーの。しゃらくせぇって話だ」

星奈:

「ちゃんと歌わないと、ダメです」こくこく

ジン:

「そうこなきゃな」

星奈:

「そうこなきゃ、です」


咲空:

「お勉強ってなんだか久しぶりで。誰が教えてくれるんですか? ジンさんですか?」

シュウト:

「英命さんなんだけど、分かるかな?」

咲空:

「病院で会った、着物の人ですよね。優しそうな」

シュウト:

「そうだよ。塾の先生をしているんだって」

咲空:

「それじゃあ、教えるのも上手そうですね。……そうだ。たいへん! 今から出かけてきてもいいですか?」

シュウト:

「いいけど、どうかした?」

咲空:

「ノートとか、鉛筆とか揃えなくちゃ! 星奈もいこっ!」

星奈:

「ま、まって、さくらちゃーん」


 2人ともメイド服のままで飛び出して行ってしまった。護衛するべきかと思ったけれど、アキバの中ならそう奇抜な格好という程でもない。大丈夫だろうと思う。

 入れ違いにそー太やりえ達が入ってくる。


りえ:

「おー、黒板じゃないですか。何に使うんですか?」

ジン:

「勉強に使う」

りえ:

「大人の勉強すか?」

そー太:

「どうしてそうなるんだよ」

ジン:

「ふふん。大人の勉強なら俺が教えてやろう。『本物の巨乳なのか、ただ寄せて上げてるだけかを見分ける方法』について!」

りえ:

「マジですか? そんな方法が?!」

まり:

「その知識ってドコに需要があるんです?」

ジン:

「男には需要があるんだよ!」

名護っしゅ:

「そうだぞ! すっごい大事なんだぞ」

サイ:

「名護さんまで……」

静:

「また おっぱいの話してるー」

大槻:

「やれやれ」


 本当にやれやれだな、と思う。


ジン:

「ホントの巨乳さんは、こう、谷間の割れ目が

( I )字

 になるんです。それに対して寄せて上げてとか偽乳の場合、

( Y )字

 になりやすいのですね! 特に谷間のデルタゾーンに化粧品で軽くシャドウ入れるなどして、胸を強調するテクがあるので注意が必要だぞゾ!」

名護っしゅ:

「あのデルタは危険地帯だな。視線が吸い込まれていくんだ。くっそっ。命がいくつあっても足りやしない」


 買ってきたばかりの黒板がさっそく獣欲に汚されていく。なんという、カオス。


りえ:

「ホントっすか? ……ちょっと見して?」

まり:

「ちょっ、自分の見ればいいじゃん!?」


 まりの服の胸元を指で引っ張り、上からのぞき込む。雷市などはうらやましそうにボカンと口が開き、鼻の下が伸びている。


りえ:

「マジだった。まりのはI字すね。あたしのは……?」

まり:

「報告すんな! あと、自分のを先に見ろってば!」

りえ:

「ちょいY気味? やっぱ嘘じゃん」

ジン:

「……おまえ、キャラ作成時に盛った?」

りえ:

「も、盛ってない! 盛ってたら、まりよか大きく作るし!」

葵:

「うーむ、こりは怪しいですな?」←煽り

静:

「逆にそれじゃないの~? まりよりちょっとだけ小さくなるように盛ったんでしょ~?」

りえ:

「キサマ、静の癖に生意気だ!」

静:

「乳の大きさで上下決めようとすんなや!」

雷市:

「本当かどうか、これは確認しないと」

汰輔:

「りえ、頼む! ちょっとだけみせてくれ!」

りえ:

「えーっ? どうしよっかなー?」

リディア:

「バカじゃないの? あんたらバカなんじゃないの?!」

雷市:

「お願いします、りえ様」

汰輔:

「谷間だけ、チラッと谷間を見るだけ!」

静:

「てめーら、プライドはないのか!」

そー太:

「って、りえの胸なんかみてうれしいのかよ?」困惑

マコト:

「アハハハ(苦笑)」

雷市:

「嬉しい!」

りえ:

「『なんか』とはなんだ!」

汰輔:

「むしろ知り合いのだと興奮するっ」

サイ:

「…………」←呆れてものもいえない

りえ:

「なーんて、本当に見せるわけないじゃん。ばっかでー」

雷市:

「ひでぇ!」

汰輔:

「りえなら、りえなら、もしかして? とか思ったのにぃ!」

名護っしゅ:

「てゆーか、天秤祭の前まで胸元開いたTシャツ着てたんだがな」


 残暑が後を引かず、めっきり涼しくなっていた。夏の衣装では時節に合わなくなっている。『冬がやってくる』という確かな手応え。現実世界にいたころは、いつの間にか季節が変わっていたものだけれど、こちらでは準備して『待ちかまえるべきもの』に変わっている。


エルンスト:

「そういう訳だ。夏まで辛抱しろ」

雷市:

「はやく夏になんないかなー?」

汰輔:

「露出度が足りないよな」


 無駄に元気というか、元気だけは一流というか。


大槻:

「まったく。冬もこれからだってのに」

ジン:

「秋も始まりの頃の、ちょっと重ね着を始めたとこが色っぺーのになぁ」

名護っしゅ:

「わかる!」

葵:

「どうせ冬のモコモコもカワイイとか言うんだろ?」

ジン:

「バレたか」


 大人には大人で四季折々の楽しみ方があるご様子。なんだかなー。なんなんだろうなー。


りえ:

「はいはい!ジンさん!」

ジン:

「なんだ盛り乳」

りえ:

「盛ってない! ……あたし達としては、ニキータさんのが見たいです。その知識、検証すべきだって思うんです!」

まり:

「あたし『達』ってなに? そんな恐ろしいことを考えるの、あんただけだって!」

汰輔:

「いや、オレ達もみたい」

りえ:

「男はすっこんでろ! ……ジンさん、是非とも、なにとぞ!」

ジン:

「バカ、俺が知るかよ。そんなん、一緒に風呂でも入ればいいだろ」


 こうしてニキータの受難が始まるらしいのだが、それはまた別の話。







ユフィリア:

「ショーンペイル、ってだぁれ?」

ジン:

「ショーンとかペイルとかいう音楽家なんているのか?」

石丸:

「居るにしても、楽聖といえないっス」


 僕たちは樹角竜ショーンペイルと様子見で一戦まじえ、無事に撤退してきた所だった。

 ショーンペイルを見つけるまでが大変だった。もはや夕刻が近い。ゴーシャバッハのように雨のステージといった分かりやすさがなかったためだ。五行でいえば『木』に相当することから、森の中を探してようやく発見できた。

 ドラゴンというが、今回のボス連中は竜言語魔法を多用する種族らしく、攻撃が複雑で対処が難しい。レイドボスはどれも強いのは仕方ないのだが、ドラゴンの力押しとは違うというか。


Zenon:

「大縄跳びがああも続くんじゃ、まともにダメージを与えられないぞ」

バーミリヲン:

「まずは敵の情報を分析し、確定させるところからだろう」


 前回の勝利が劇的だったこともあってか、少しばかり味をしめた部分はあった。大規模戦闘で苦難の末に『勝利の予感』をモノにすると、ハマってしまうのだ。幻想級装備や幻想級の素材入手など、余録も大きいが、それ以上に戦う喜びでいっぱいになり、勝てたら最高の気分で、それはそれは自分と仲間たちとを自慢したくなる。喜びを共有する喜びがある。勝ちたいのだ。


ジン:

「Minute って1分・2分の『分』だろ?」

ニキータ:

「ぐるぐる回ってましたね。時計を表現しているのかしら?」

シュウト:

「英語じゃないとか?」

ユフィリア:

「みぬーと、ってこと?」

ニキータ:

「もうひとつの、エー、ディー、アイ、イー、ユーは?」


 これらは敵ボスの必殺攻撃の名称の話だった。ドラゴンが聞き取れるように発音してくれるわけではないので、(名前などと同じように)表示される内容を見て情報を収集している。


石丸:

「アデュー(adieu)はフランス語っス。意味は『さらば・さようなら』っスね」

Zenon:

「じゃあ、ミニットのフランス語は?」

ジン:

「さすがにフランス語は非対応だろ?」

石丸:

「料理用語にはミニュートがあるっス。『さっと焼いたり、揚げたりしたもの』のことっスが、やはり『分』の意味を持っているっス」

バーミリヲン:

「料理用語では仕方ないな」

ユフィリア:

「うーん。ショーンペイン、ショーンペイン、ショーンペイン」

シュウト:

「ショーンペイ『ル』だろ」

ユフィリア:

「間違えちゃった」

リディア:

「ちょっと待って。ショーペンだとしたら、もしかしてショパンのこととか?」

シュウト:

「でも、文字が入れ替わってるんじゃ?」


 ショーンペイルをショパンにするのは無理があるような気がする。


バーミリヲン:

「だが、モルヅァートはモーツァルトのことだろう?」

レイシン:

「なら、文字の入れ替えはオーケーかな?」

ジン:

「どうだ、石丸?」

石丸:

「Minitu walz で『小犬のワルツ』と言うっスね」

ニキータ:

「なら、adieuは『別れの曲』ね?」

Zenon:

「ならショパンだな? ショパンだって分かったら勝てんだよな?」

スターク:

「そうかなぁ? そんな簡単な話じゃないと思うけどなぁ」

シュウト:

「とりあえず、葵さんに報告します」


 みな、味をしめているのだ。期待のまなざしを受けつつ念話する。


葵:

『あー、ショパンかぁ。うん。それで合ってると思うよ』

シュウト:

「そうですか、良かった」

葵:

『良かった、か。それはどうかなぁ?』

シュウト:

「……というと?」


 なんだろう。スタークと反応が近い。


葵:

『ここでショパンなんでしょ? エグいとこ来たねぇ。ジンぷーが本気を出さないと勝てないかも。もしかすると一番つらいボスかも。 ……いいよ、あたしが話すから』


 念話を切られてしまった。ジンが本気を出さないと勝てないというくだりが気に掛かる。


ジン:

「あんだよ? ……ああ? ……ああ、……ああ、……あ゛?」


 念話が終了したようだ。


シュウト:

「どうでしたか?」

ジン:

「どうも何もないけど」

シュウト:

「ですが、葵さんが言うには、ジンさんが本気を出さないと勝てないだろうって……」


 それほど危険な相手、ということに。いや、そもそも全てのレイドボスはジンの力抜きで倒すのは難しい。


ジン:

「まぁ、そんなこと言ってたけど。金が木に克つ関係だから、物理戦闘力で押し切らなきゃならないんだと。ショパンは多様な魔法戦闘で来るだろうから、バッステの対処とかで、ハーフレイドじゃ間に合わないとかなんとか言ってたな」

ユフィリア:

「ショパンってそんなに凄いの?」

ニキータ:

「ピアノの詩人。有名な曲も多いし、超絶技巧が要求されるのかも……」

Zenon:

「つまり、大縄跳びも超絶技巧でやんなきゃならないってか?」


 『大縄跳び』とは、レイドでの多人数同時連携の俗称だ。


ウヅキ:

「アンタが本気を出せば勝てるんだろ?」

ジン:

「まーな。当然だね」

ウヅキ:

「今回は空を飛びっぱなしじゃねーし、力押しでいいなら、なんとでもなんだろ。 ……前回だって、本当はアンタなら勝てたんじゃないのか?」

ジン:

「いやぁ、それはどうかなぁ~?」

スターク:

「だって、レイドのコンビネーションを身につけるには、レイドをやるしかないもんね? 常識でしょ」


 あっけらかんと言い放ったのはスタークだった。〈スイス衛兵隊〉でならそれは常識かもしれない。しかし、それはそれで別の問題があるような気が。


ジン:

「そういう側面はあるけども」

クリスティーヌ:

「うむ」

Zenon:

「マジか! つまり、前のは手ぇ抜いてたってのか? あんた、マジでどんだけ強ぇえんだよ!」


 やはり手抜きで戦っていたこと自体が問題になった。仲間なら尚のことだろう。しかし、僕は僕で手抜きに気が付いていなかったのだ。今から考えれば、そういう空気を出していたのに。その目の前で、葵に頼って念話していたことになる。つくづく、周りが見えていない。


ジン:

「別にいつも独りで勝てる訳じゃないって。回復は必要だし、時短に火力だって欲しい。リディアの加入でMPの心配が消えたのはクリティカルだった。……みんな分かってるだろ? 力押しじゃ勝てない相手がいることぐらい」

バーミリヲン:

「仕組みを見抜くには、戦闘条件を変化させる必要だってある」

シュウト:

「総ダメージを人数分散させて防がなきゃならないケースも、たぶんありますよね」

ジン:

「それはハーフレイドじゃ防げないヤツだな。……どうすっかなー?」


Zenon:

「そもそも、なんでハーフなんかでやってんだよ?」

バーミリヲン:

「練度の問題だろう」

ジン:

「それもあんだけど、コストの節約が主な理由だ。6人でレイドこなせば、儲けが4倍になる。ハーフレイドだと2倍まで落ちる。この世界はランニングコスト掛かりすぎのバランスだからな」

Zenon:

「儲けが4倍でも負担は10倍だろうが。あんたの強さをこの目で見てなきゃ、正気を疑ったろうな」

バーミリヲン:

「単体の強敵なら6人でも行けた。……だからドラゴンを?」

ジン:

「大当たり」

ウヅキ:

「そこまで計算してんのか。だからあのビルか。……ハッ!」


ユフィリア:

「んーと、どういうこと?」

ニキータ:

「……さぁ?」


 僕らからすれば、それは普通のことだ。知識があって、努力があって、毎日の鍛錬と訓練とを続けて、実戦を繰り返して、そうやって積み上げてきた『当たり前』でしかない。チート級の強さだろうと、チートなどではないからだ。運や偶然が作用しているにしても、突然に降って沸いたものなんかではない。


リディア:

「私は、レイドを続けたい。レイドボスと戦いたい。だから、お願いします。一緒に戦ってください」

Zenon:

「ああ。……だよな」


 仲間割れっぽい雰囲気にリディアが反応して語り始めてしまった。彼女の不安を実のところあまり理解していなかったのかもしれない。


リディア:

「私は役立たずで、居場所なんてなくて」

スターク:

「いやいや、リディアさんは有能だと思うな。むしろウチのギルドに入ってもらってもいいぐらいだと思うよ?」

リディア:

「そんなことない。でも、ここの人達が居てもいいって言ってくれて(涙)」


ジン:

「あーあ。みろ! お前らが余計なことグチグチ言うから、トラウマモード入ってんじゃねーか」

バーミリヲン:

「すまない。大丈夫だ。俺たちは仕事を投げ出すことはしない」

ウヅキ:

「リディア、悪かった。……つーか、このガキも何者なんだよ!」

クリスティーヌ:

「口を慎め〈暗殺者〉。スターク様は〈スイス衛兵隊〉のギルドマスターだぞ!」

ウヅキ:

「その〈スイスなんちゃら〉とか、〈エクソシスト〉とか、何も聞いてねーんだよ!」

スターク:

「だよねー」

シュウト:

「ですよねー」


 言ってもいーい?みたいなやりとりを無言でジンとしてから、おもむろに。


スターク:

「改めまして、西欧サーバーから来ました〈スイス衛兵隊〉のスタークでっす。どうぞよろしく~!」

クリスティーヌ:

「同じく、スターク様の護衛、クリスティーヌだ。よろしく頼む」

ウヅキ:

「はぁ?!」

リディア:

「西欧サーバー?」

ジン:

「そういうことだから。……じゃ、ボス戦いこっか」そそくさ

ユフィリア:

「うん!」

Zenon:

「『そういうこと』、じゃねーだろ!」

バーミリヲン:

「よろしく頼む」

Zenon:

「お前まで、受け流してんじゃねーよ!」

バーミリヲン:

「西欧サーバーから来たんだろう?」

スターク:

「うん。そうだよ」

バーミリヲン:

「西欧サーバーだから〈エクソシスト〉なのだな。納得だ」

Zenon:

「いや、だから、どうやって来たんだって話だろ!」

スターク:

「そりゃあ、もう〈妖精の輪〉で?」

バーミリヲン:

「そうか、大変だったな」

スターク:

「そうでもないんだけど(笑)」

Zenon:

「はぁ。わかった。もういい。全部、こんな調子かよ?」

ジン:

「そうなー。だいたい、本当のことなんて本当に知りたいのか? 誰にも話せない秘密を抱えるだけだぞ」

ウヅキ:

「いや、違うね。……アタシらを信じろって言ってんだ」

ジン:

「そういうお前らは、俺を信じてんのかよ?」

ウヅキ:

「いいや、全く」

ジン:

「なら、まず俺に、お前らを信じさせてみせろ」

ウヅキ:

「それで? アンタはどうするんだ」

ジン:

「俺か? 俺は『俺を信じる必要がない』ってことを教えてやろう」


 確かに、疑う必要はない。強いという事に関して、一点の曇りすら感じない。なので問題は、この人が味方かどうか?ということに尽きるのだ。そして、ジンが味方かどうかは、自分がどういう立場を選ぶかで決まることなのだ。ジンの側に考えを変えてもらおうというのが、甘い考えなのだから。







 樹角竜ショーンペイルとの決戦が始まった。敵は樹木のようにうねって捻られたような角を持つ巨大なドラゴン。唸るような叫び声で魔法を次々と発動してくる強敵だ。様子見の戦闘では巨体に似合わず動きも軽やか。木を表しているのに、火は効果がない。周囲の木々をトレントに変えてくる危険性もある。油断ならない相手だった。


 ……だが、この戦闘は短時間で終わることになった。

 それは敵の状態異常系の必殺技を受けた時のことだった。


石丸:

「『マズルカ』、広範囲の状態異常攻撃っス」

シュウト:

「待避、急いで!」

スターク:

「ダメだ、間に合わない」

クリスティーヌ:

「クッ、この敵は、テンポが早すぎるっ」


 葵の指摘通り。敵の攻撃への対処が後手に回る。人数が少ない影響もあるが、そもそもの難易度が高い。正攻法を見つけるには時間が、見つけても今度は連携訓練に時間が掛かりそうな相手だった。


 敵が魔法の光を放つ。逃げきれず、パーティーの半分が巻き込まれると思った時……。


ジン:

「うおおおおおおおお!!」


 ジンが気合いの雄叫びだけで、敵の魔法を打ち消してしまっていた。

 発動させていた破眼で状況を看破する。


シュウト:

「〈ウォークライ〉?……いや、今のは『カウンターシャウト』!」


 戦士職、特に〈守護戦士〉はタウンティングにシャウト系の特技(〈アンカーハウル〉など)を使う。シャウトの特性である『全身からの魔力放出』を利用して、敵の攻撃を相殺してしまったらしい。


ジン:

つかんだ(、、、、)


 盾を捨て、〈天雷〉のスタンを当てて敵の必殺攻撃を妨害するジン。または『カウンターシャウト』で範囲状態異常を相殺していく。

 敵の必殺技〈華麗なる大円舞〉に至っては、〈竜破斬〉で相手の突撃攻撃を止めてみせることもしていた。その際、樹角をヘシ折ってしまったほど。


 複数の分身を生み出す〈幻想即興曲〉は奥の手らしく、全ての分身体を破壊しなければならなかった。全員で手分けして分身体を倒し、苦戦する前に倒し切る展開へ。


ウヅキ:

「ウオラァ! トドメだぁ!!」


 とっておきの〈限界加速同調〉(アクセルシンクロ)から、必殺技の連撃を叩き込むウヅキ。〈アサシネイト〉の終了モーションを利用して、そのまま〈エクスターミネイション〉。新技『アクセルインパクト』だった。


ウヅキ:

「チッ、しぶとい!」

ジン:

「ごっつぁん」


 〈竜破斬〉ジ・エンド。胸部を貫ぬき、樹角竜ショーンペイルを打倒。

ややあっけないほどに、否、あっけなく、戦いは終わった。


スターク:

「ほらぁ、角を折っちゃうからだよ。今回は幻想級装備が出なかったじゃん!」

ジン:

「んなこと言われたってしょうがねぇだろ! ジグザグに突撃されて、ひかれて死んでも良かったってのかよ?」

スターク:

「そうは言わないけど、だって幻想級だよ?」

シュウト:

「勝ったんだし、いいじゃないか」

ユフィリア:

「そうそう。勝ったんだから」


 ニコニコのユフィリアに押し切られてスタークが押し黙る。「まぁ、勝ったしね」などとつぶやいていた。


石丸:

「ところで、あの技は?」

ジン:

「おう、理論の正しさが証明されたな」

シュウト:

「『カウンターシャウト』のことですよね?」

ジン:

「そうだ。名前もそれでいいや」←考えるのが面倒臭い人

クリスティーヌ:

「あの技は、一体?」

ジン:

「敵の攻撃を利用してんだよ。こっちが放出する魔力を、敵の攻撃で圧縮させれば、威力を何倍にも引き上げることができる。〈妖術師〉の〈クローズバースト〉と原理的には同じだな」


 防御限定の対抗技ということになりそうだが、その威力は凄まじいばかり。圧縮によって威力を数倍になった魔力放出で敵の攻撃を相殺。驚異の新技だった。最初こそ〈ウォークライ〉だったが、次からはより再使用規制の短い〈アンカーハウル〉でも成功させていた。魔力を圧縮するには神業のごときシビアなタイミングが要求されるだろうに、連続でビシバシ決めてしまうのだから並外れていた。


 普通に考えれば、防御特技などを使うべきタイミングに、捨て身でタウンティングしていることになる。これはかなり気付きにくいハズだ。巧ければ巧いほど、たどり着くことができない技だろう。気付いたとしても、狙って成功させるのは難しいだろう。

 今後はダメージを与える魔法攻撃に対して、どこまでダメージを相殺できるのか検証する予定だ。


バーミリヲン:

「やはり、凄まじいな」

Zenon:

「……ああ。役に立っているのか不安になってくるぜ」


 幻想級の素材を複数ゲット。口伝の巻物はやっぱり無し。

 次は、炎爪竜ビートホーフェン。……つまりベートーベンだ。居場所は判明している。戦いはまた準備を整えてから行うことになった。

 

 


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