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138  無線管理 ・ 有線管理

 

ジン:

「極論・暴論レベルで言おう。戦闘のコツってのは、相手より一瞬早く間合いや攻撃態勢に入ることだ。ほとんどこれが全てと言ってもいい」


 タクトに指導することに決めて、その翌朝。今は全体練習の面倒をジンが見ている。タクトとリコも約束の時間前に来ていて見学していた。


ジン:

「よほどモーションの短い技でもない限り、後出しして先に当てることは出来ない。先に技を出した側は、たいてい、相手の攻撃を潰しつつダメージを与えることができる。つまり双方が技を出す瞬間、……ここに攻防の駆け引きが集約されてくる」


 実は戦闘の具体論などはほとんど習っていないので、私たちにも新鮮だったりする。誰よりも食い入るようにして聞いているシュウトの姿などは、苦笑いを誘われてしまう。とっくにそのレベルは終わっているはずなのだから。

 ジンの言おうとしていること、言わないでいることがなんとなく分かる。相手よりも一瞬早く入るための方法をこそ、私たちは先に習っていたからだ。フルクラムシフトやカカトダッシュのような技術が本当は必要になるのだろう。

 今しているような話は、そういった技術なしでの話だった。


ジン:

「先に入られてしまった場合、素直に防御するのがセオリーだ。相打ちを狙うのとか、返し技の選択もあるだろうが、相打ちに見合うメリットの有無、技術的な難易度や失敗した時のデメリットなどがあるからな。特技の場合は使いどころの選択でもあって、結局は安定しない。では、なぜ防御すべきなのか? ……シュウト」

シュウト:

「はい。反撃の体勢を整えるため、です」

ジン:

「OK。……〈大災害〉以後、アクション性が飛躍的に増したことで格闘ゲームに近い概念を導入できるようになった。ガードストップ、ヒットストップ、ヒットバック、ノックバックなどだ。よし、レイ」


 レイシンを前に呼んだ。ジンが自ら演じるようだ。


ジン:

「相手からの攻撃をガード。この時の硬直時間がガードストップだ。技後硬直の時間と、ガードストップの時間を比較すれば、ガードストップの方が短いから、反撃しやすくなる」


 ガードの演技から、反撃で剣を当てるフリまで。


ジン:

「次。こうして斬りかかるが、先に殴られたとする。ちょっと仰け反って、ステップインを邪魔されたり、続く攻撃の威力を殺されたりする。これがヒットストップだ」

タクト:

「ヒットストップ……」


 レイシンに殴られて仰け反った演技を終えた。

 〈フローティング・スタンス〉を起動。ノックバックしやすくするためだろう。


ジン:

「次。相手の攻撃を喰らって吹っ飛ぶ。ヒットバックだ。……この辺に頼む」


 蹴りを胸の鎧で受け止めて、ずるずると下がってみせる。


ジン:

「最後がノックバックだ。ガードしていても吹っ飛ばされる。このことから、ヒットバックもノックバックのひとつに分類される。……強めに」


 盾を構えているジンに対して、レイシンはダッシュからの〈ワイバーン・キック〉。ずるずると後退するジン。


ジン:

「これで一通りだな。……この中でも特に重要なのがヒットストップだ。どの程度ヒットストップするのかを素早く計算しながら戦う必要がある。敵の体格やレベル、ランク、攻撃の威力、防御との相対的な状態なんかが関係してくる。こっちの技後硬直に当たった場合とか、カウンター喰らったりとかでもいちいち状況は変わる。ゲームだからじゃないぞ、『リアル』だからだ。

 逆にこっちの攻撃で、相手がどの程度ヒットストップするのか素早く判断できれば、攻撃を継続するべきかどうか、反撃されるリスクがどのくらいか、なんかが自然と分かるようになる。

 ヒットストップを制することは、戦闘を制することに繋がる。しかし、これは戦闘経験を積んで、身をもって学ぶしかないだろう」

大槻:

「つまり、ダメージ値が表示されなくなったから?」

ジン:

「その通りだ」


 ダメージ値が表示されている場合、たとえば石丸であれば、ヒットストップの時間を瞬時に計算することが可能かもしれない。

 今でも自分がヒットストップする時間であれば、自分のHP値から判断できるかもしれない。だが、攻撃をしかけた場合はその手が使えない。ダメージは大まかな割合しか分からないからだ。

 計算速度が遅い私たちは、HPを詳しく見ている時間がなかなか取れないこともある。敵から視線を外すことはなるべく避けなければならない。従って、戦闘経験でなんとなく分かるようになるまで、繰り返し確かめなければならない。ただ、戦闘時の痛覚緩和があるため、ダメージの大きさを痛みで判断するのはかなり難しい。


ジン:

「攻撃を当てるたび、もしくは、ダメージを受けるたび、ヒットストップがどのくらいかを予想しながら戦うことだ。大・中・小ぐらいの分類でいい。これは上達のネックになりやすい部分だから、自覚的に訓練しておくこと」


 実際のところ、ヒットストップはシステム的な保証がない。大きめのヒットストップは、行動阻害(インタラプト)に相当するのだが、それもボス級に効果がないことが大半だ。逆に特技にインタラプトの追加効果があれば威力が弱くてもお構いなしだったりする。戦士職のスタンス系特技にはヒットストップの効果を無くしてしまうものもある。AFSでの戦闘では動きが少ないため、ヒットストップを狙うのが難しい、などの事情もあった。タイミングが合わなければ、交互に殴り合っているだけのことになってしまう。

 一方で相手の攻撃でこちらがヒットストップしないと読めれば、攻撃を受けてもその直後に強引な攻めを展開させることが出来る。逆に弱い攻撃でも何度も連続してヒットしてしまうと、ヒットストップ的な硬直が起こり、相手の攻撃チャンスになってしまう。


ジン:

「それと後衛もサボるなよ? 特に回復職は、タンク役のヒットストップを予想する訓練をするんだ」

スターク:

「なるほど~」

まり:

「分かりました」

りえ:

「うーっ、本格的~!」

ジン:

「当たり前だ。いいか、前の連中が今どうなってるのか、見た目で判断するんだ。何をやってるのか理解できてないと、ヘイトコントロールも、回復も、出力コントロールも、みんな後手後手だぞ!」

静&りえ:

「わっかりました!」

ジン:

「本当にわかってんのかよ……。次は連続技、コンビネーションについて触れよう。モーション入力の練習はしてんだろうな?」

そー太:

「ばっちり! もう5つ目だぜ」

朱雀:

「当然だろ、そのぐらい」

ジン:

「『一瞬、早く』に話を戻すと、つまり連続攻撃が『より滑らか』に繋げられることが絶対条件になる。強いプレイヤー、巧いプレイヤーは、ひとつの技から、次の技への繋ぎが短くて早い。まさに『一瞬 早く』攻撃を繰り出してくる。これを『技の繋ぎ』という。……この技の繋ぎには3種類あるんだが、分かるか?」

そー太:

「えっと?」

スターク:

「何? なんのこと?」

クリスティーヌ:

「それはアイコン入力と、モーション入力のことだな?」

ジン:

「当たりだ。……じゃ3つ目は?」

雷市:

「それ以外にないよな?」

マコト:

「うん。なんだろう?」

ジン:

「出ないか。 シュウトは?」

シュウト:

「たぶんですけど、ダッシュとかポジショニングなんかの『移動』だと思います」

ジン:

「……お前、よく出たな?」

シュウト:

「その、『体験的な』知識です」


 つまり、いつもやられていることを言ってみた、という事だろう。シュウトの苦労が偲ばれる。


汰輔:

「でも、早く特技を出した方がよくないですか?」

ジン:

「今日のテーマは『一瞬、早く』だ。一瞬であれ早く踏み込めば、相手が攻撃を躊躇する可能性が高まる。こちらの攻めが継続できれば、実際のところ特技を必ず出さなきゃならない訳じゃない、ということだ。

 先にアイコン入力とモーション入力の件を片づけよう。……クリスティーヌ、指導できるか?」

クリスティーヌ:

「いいでしょう、私が解説を」


 クリスティーヌが前に進み出た。〈スイス衛兵隊〉でどんな事を教えているのか知るのも、ジンの目的なのだろう。


クリスティーヌ:

「この世界での戦闘では、モーション入力を行うことが絶対的なアドバンテージとなる。しかし、これには幾つかのデメリットもある」

そー太:

「デメリット……?」

クリスティーヌ:

「まずモーション入力のメリットからだ。特技の『発動から終了』までの行程が10あるとする。アイコンからの入力では、発動は0から順に行われる。一方、モーション入力の場合、一部のモーションを既に行っていることで、2~3行程分を短縮することができる。このため、高回転、且つ、高速での戦闘が可能になる」

静:

「そーだったんだ」

まり:

「分かりやすい」

クリスティーヌ:

「しかし、この短縮がデメリットを作る。ひとつには命中率の低下だ」

シュウト:

「いわゆる自動追尾性能の低下ですね?」

クリスティーヌ:

「そうだ。2~3行程分を先に行ってしまっているため、敵が目の前にいなければ空振りしてしまう。

 その他にも攻撃が連続し、高回転になることで、特技の再使用規制時間の管理が難しくなることや、戦闘時のMP管理の問題も表面化しやすくなる。調子にのって特技を使いすぎてしまうのだ。……このぐらいでいいか?」

ジン:

「十分だ。すばらしい」

スターク:

「いい揺れだったよね」


 自尊心が満たされたのか、満足そうにジンに場所を譲るクリスティーヌだった。


ジン:

「……今のの続きだが、モーション入力では『姿勢』が重要な意味を持ってくる」

エルンスト:

「フム」

サイ:

「姿勢……?」

ジン:

「つまり、強いヤツってのは連続攻撃をバババババッとやってくるわけだろ? それを実現するには、姿勢が大事になるんだ。ひとつ目の技が終わった時に姿勢が崩れていなければ、次のモーション入力へと素早く繋げられる。逆に姿勢が崩れてたら、姿勢を整えてから、モーション入力しなきゃならなくなる。だから必然的に遅くなるわけだ。目の前に敵がいないのもパターン的には同じだ。向き直ってから、技を入力しなきゃならない。だからワンテンポ遅れる。……逆からいうと、こういった性質を利用してディフェンスに活用する」

朱雀:

「それが、ポジショニング?」

ジン:

「そういうこと。敵に『向き直り』を強いることができれば、こちらの攻撃チャンスを増やせる。強引な攻撃を仕掛けて来ても外れやすいし、攻撃がこっちの芯を捉えにくくなる」

ユフィリア:

「んーと、レイシンさんのポジショニングは分かったけど、ジンさんがよくやってるダッシュはどういう意味?」

ジン:

「それはもっと簡単だ。モーション入力の最大の弱点は何だ? モーション入力をさせなきゃいい。特技を発動させる前に邪魔するぞ!ってプレッシャーを掛けたり、実際に邪魔したりできる」

ユフィリア:

「そっか」

ジン:

「少々荒っぽい、強引な戦法だけどな」

シュウト:

「『一瞬、早く』踏み込むことで、それらの選択肢を使えるようになる訳ですね」

そー太:

「ん? てことは、敢えてアイコンから入力すりゃいいのか?」

静:

「どういうこと?」

朱雀:

「アイコン入力は脳内で行うから邪魔できない。姿勢が崩れている場合や、向き直りが必要な状況ならアイコンで入力する方が、結果的に素早い対処が可能かもしれない」

りえ:

「なるほどね」

ジン:

「それが正解になる場合もあるだろう。そこは読み合いだな。モンスターは読み合いに付き合ってくれないから、なるべく強い選択肢をぶつければいい」

そー太:

「うっス!」

タクト:

「…………」


ジン:

「んじゃ、そろそろ実技だな。今日は姿勢が崩れている状況からアイコン入力をしてみよう。寝たり、座ったり、尻餅状態、ジャンプ中、落下中なんかで条件が違ってくる。……後衛はどうすっか?」

レイシン:

「評価係でもいいんじゃない?」


 モーション入力することで、アイコン・リストには余裕が生まれる。そうすると普段は使わない特技でもアイコンに加えられるようになる。遊びながらそれらを試していくことで、多様な状況への対応力を育む。それがジンの狙いだろう。

 そして嬉嬉(きき)としてアイコン入力しているシュウトのところへ言って一言。


ジン:

「なぁ~んでお前が一番楽しそうなんだよ」

シュウト:

「え、いや、でも、こういうのって楽しいじゃないですか」

ジン:

「よし、じゃあ俺に見せてみろ」

シュウト:

「はい。 では、ゼロ発進加速の落下中に、アイコン入力します」

ジン:

「ほう、面白いじゃねーか。ちょっと早めに入力してみ?」

シュウト:

「行きます。……フッ!」

ジン:

「どわっ!?」


 落下しようとした瞬間、もの凄い速度でジンの首を落としに行ったシュウトだった。不意打ちだったろうに、それすら仰け反って避けている。


赤音:

「おお、マトリックス回避」

スターク:

「アハハ(苦笑) 今のも避けるんだ?」

クリスティーヌ:

「〈スイス衛兵隊〉でも今のは……」


ジン:

「こンの クソガキャア! なにアサシネイト仕込んでんだ!」

シュウト:

「すみません。押しやすい位置に登録してたんで、つい」

ジン:

「『つい』じゃねぇ! 死ね! くぬっ! 死ね!」

シュウト:

「ぎゃあああ(笑)」


 蹴られて踏まれてボコボコにされるシュウト。それを助けるべく、みんなでジンを抑えにいくのだが、結局は死ぬ寸前まで止められなかった。倒れたシュウトから白い煙が立ち上る。

 今のは流石にわざとやったのだろう。これでも当たらないだろうという確信と、でもちょっと当たって欲しいという願望と。こんなので当たってしまったら困るくせに、でも当てたいのだ。回避したのはジンの優しさかもしれない。


静:

「回復~♪」

シュウト:

「ありがとう、静」

静:

「役得~♪」

ジン:

「ケッ、とっとと面倒みて回れ!」

シュウト:

「は、はい!」


 蹴飛ばされたみたいに飛んでいくシュウトだった。


ウヅキ:

「アンタも大変そーだなぁ?」

ジン:

「そう思うんだったら、手伝ってもいいんだぞ?」

ウヅキ:

「ヘッ、やなこった」

ジン:

「やれやれだぜ……」



 また、そー太のところでは別の戦いが始まろうとしていた。



そー太:

「タクトさん、モーション入力って分かってる?」

タクト:

「舐めるなよ。オレは天秤祭で凄いものを発見したんだ!」

汰輔:

「凄いもの?」

雷市:

「どんなの?」

タクト:

「これだ!」バーン!

そー太:

「アキバ、通信?」


 タクトのいう凄いものとはアキバ通信のことらしい。アレは天秤祭でようやく発売したばかり。買ってまだ数日だろうに、読み込んでいる風のくたびれた感じが出ていた。

 ……なんだろう、頭痛がしてきた。


そー太:

「なんだよ、この雑誌!? モーション入力について書いてある!」

マコト:

「えーっ!?」

雷市:

「マジ!?」

タクト:

「アキバは凄いな。何しろ、こんな本まで売ってるんだからな!」

リコ:

「寝る前とか、ずうっと読んでるもんね。同じところを何回も」


 呆れている口調のリコだった。タクトもシュウトに負けず、子供っぽさ全開である。そしてもう1人の子供が、大人げない行動に出る。


朱雀:

「…………」パサッ


 魔法の鞄から汗を拭くためにタオルを取りだそうとした拍子に、『偶然』アキバ通信を落とした朱雀。……なんてわざとらしい。

 汰輔が目敏く発見したため、朱雀の目論見通りの展開へ。


汰輔:

「朱雀のそれも、アキバ通信じゃん」

朱雀:

「ああ、落としてしまったようだ」

そー太:

「おい、なんでお前がそれ持ってんだよ!」


 それは私が渡したから、なのだが……。


朱雀:

「なんだ、アキバ通信もしらないのか。遅れてるな」

そー太:

「なんだと!」


 朱雀は鼻で笑うとそー太を小馬鹿にしていた。しょっちゅう絡んでくるそー太とは段々と意地の張り合いみたいになって来ている。2人とも高校生だろうに、完全に子供だ。


シュウト:

「ホラ、喧嘩するな。練習練習!」

雷市:

「はぁい」


 改めて様々な入力条件への対応・非対応を調べて、みんなで報告しあう。20人近い人数でああでもない、こうでもないと言い合っていると、ウケ狙いに走ったものも含めて、色々なアイデアが集まってくる。

 運動・動作の最適化現象を利用した悪路走破性だったり、空中でも使用可能な特技で空中コンボなど、どこかで使えそうな特技がいろいろある。


ジン:

「こんなもんか?」

シュウト:

「ですね」

ジン:

「じゃあ、今日の全体練は終わりだ。解散!」

全員:

「ありがとうございました!」


 練習を終えてウキウキと帰っていく中、ジンはタクトの元へ。


ジン:

「待たせたな。んじゃ、やろうか」

タクト:

「…………ああ」

そー太:

「ちょっと待てよ。 タクトさんにだけ教えるのとか、ズルくね?」

ジン:

「なんだ、俺がシュウトに教えてると分かった途端、手のひら返すのか?」ニヤニヤ


 ジンのこういうところは、かなりの悪人だと思う。


そー太:

「そういうんじゃねーけどさ。……アレだよ、オレは隊長の弟子だから、なんていうか」

ジン:

「孫弟子?」

そー太:

「そう、そんなやつ」

シュウト:

「そー太……」

ジン:

「残念だが、シュウトは俺の弟子じゃない」

そー太:

「……そうなの?」

シュウト:

「(こくり)」


 これは今度はシュウトが可哀想になる番だった。


ジン:

「俺はやさしーから、親切で教えてやってるだけ。まだ弟子候補ってところだな」

シュウト:

「ちなみになんですが、正式な弟子になるにはどうしたら?」

ジン:

「オーバーライドの修得ですが何か?」

シュウト:

「えっ!? フリーライドじゃないんですか?」

ジン:

「バカ言うな。『俺の弟子』なんだから、最低でオーバーライドだろ」

シュウト:

「うあああああ」

そー太:

「えっ? なに? どうしたの隊長?」


 頭を抱えるシュウト。残酷な一撃だった。ほとんど死刑宣告と変わらない。後天的に『天才になれ』と言われたのと同じだ。アクアと同じ水準にたどり着けるか?と考えただけでもゾッとする。

 ジンの言った通り、誰もが最強や天才になりたいと思っている訳じゃない。夢から現実に変化した時、具体的に目標として見据えた時、自分の本当の本心が顔を出す。

 

ジン:

「なんだ、諦めるのか?」

シュウト:

「……いえ、やりますよ。もちろん。そのぐらいは必要ですよね」

ジン:

「そうだ。それでいい」

そー太:

「よくわかんないけど、ともかく俺にも教えてよ」

ジン:

「無理だなぁ。もう人数オーバーしてんだよ。有線式で教えられるのは目や手が届く範囲まで。俺だと5~6人がせいぜい。1人増やすのもやっとだな」

シュウト:

「その有線式というのは?」

ジン:

「『いつやるか? 今でしょ!』の林先生が言ったことでな。人数管理には有線式と無線式とがあるそうな。小人数なら有線式の管理法でいい。だが1クラスとかある程度以上の人数をまとめてって事になると、無線式の管理をしなければならない。やり方を変えなきゃダメなんだ」

ニキータ:

「さっきの全体練習は無線式ですね?」

ジン:

「そうそう。だが、そもそも『教える技術』なんか知らんよ。教員免許すら持ってないんだぞ?」

そー太:

「オレがその有線式とかで隊長と一緒に教わるには、どうすればいいわけ?」

ジン:

「誰かを実力で追い出すとかだが、……まぁ、止めておけ」

そー太:

「どうしてさ?」

ジン:

「進み方が違うと苦しい思いをするぞ。俺やシュウトなんかは、お前らと組む時は実力をセーブしてるが、それじゃお前はイライラするはずだ。パーティプレイを成立させるためには、1人が強くても意味がない。周りの友人と一緒に強くなる方がいい」

そー太:

「なんか納得いかないんだけど。だったらみんなも一緒に教えてよ」

ジン:

「お前の納得は必要ないんだが、……そー太」

そー太:

「なに?」

ジン:

「お前はそんなに悪いプレイヤーじゃない。攻撃につんのめることがあるのは難点だが、周囲が見えて連携ができる。サイの方が完成度が高く感じるが、それは自己完結しているだ。連携は苦手なはず。周りが合わせてくれるのに期待しているんだ。すると、サイはメインタンクにして集中させといて、お前をサブタンクにして周りに気を配らせる使い方をしたくなる。……だろ?」

シュウト:

「……はい」

ジン:

「この辺りがお前の不満の理由だと思うが、違うか?」

そー太:

「なんで、そんなことまで分かるんだよ!」

ジン:

「年齢もあるが、まぁ、実力ってヤツだ。……今日 教えたことをできるようにしておけ。一段抜かしで成長できると思うな。わかったか」

そー太:

「……うん」

ジン:

「よし、行け」

タクト:

「なんか、ごめんな!」


 タクトの謝罪に、手を挙げ、笑顔で応えるそー太だった。立ち去ったところで今度はシュウトが謝った。


シュウト:

「すみません、僕がフォローすべきでした」

ジン:

「今のは、俺を試したかったんだろう。気にするな」


 タクトの訓練を始める前に、本格的に場所移動をすることに。アキバの近くでは誰が見ているか分からない。ミニマップが使えるジンには見ている人数ぐらいは把握できるかもしれないが。

 






 場所を変え、タクトを加えて練習を再会することに。

 正直にいって、僕は迷惑な話だと思っていた。


ジン:

「んじゃ、始めるぞ」

ユフィリア:

「うん。がんばろっ!」

タクト:

「ちょっと待ってくれ。オレの実力を確かめなくていいのか?」

ジン:

「もう分かってるからいい。見るべきところなんてない」

タクト:

「…………ッ!」

シュウト:

(流石に、それは反発させるだけじゃないのかな?)


 そう思ったけれど、事実なのでどうにも言いようがない。立ち方、歩き方。僕でも苦戦しないだろう。

 だいたい、現代日本人で見るべきところのある人なんてほとんどいないのだ。一部の武術家や、一流のスポーツマンじゃなければ、一緒だと言いたいのは、付き合いの長さで分かる。


ジン:

「逆に訊いてやろう。俺はどのくらいの強さだ? 遠慮するな、本音で言っていいんだぞ」

タクト:

「威張ってるだけの、口先野郎だろ」

ジン:

「フン。じゃあ、お前はそれより下ってことだ。もういいか?」

タクト:

「くそっ。……それで、どうするんだ?」

ジン:

「手っ取り早く強くして、さっさとお別れする」

ユフィリア:

「目一杯だよ、目一杯!」

ジン:

「分かってるって。単にコイツの目一杯なんざたかが知れてるって話で」

ユフィリア:

「……ジンさん」

ジン:

「はい、すいません。ちゃんとやりまーす」


 その立場の弱さに、こちらがため息をつきたくなってくる。


ジン:

「使っている装備を見せろ。本番用だぞ」


 〈武闘家〉のタクトは、大型手甲ではなく、パンチ用グローブを使っていた。打撃攻撃力では手甲に劣るが、戦闘時の対応力ではグローブも悪くない。道具を使ったりするのに便利だし、相手の服を掴んだりするのに向いている。


ジン:

「フム、パンチ系だな。……ボクシングや空手の経験は?」

タクト:

「特にない」

ジン:

「そりゃ重畳。……いいか、拳打を中心とした〈武闘家〉の強さは、どうしても攻撃時間に比例しがちだ。パンチは避けにくい。しかし、一発KOが無いから、当て続けてHPを削らなきゃならない。戦闘で勝つには、より長く自分のターンを続けることが肝心だ」

リコ:

「それはそう、よね?」

タクト:

「ああ……」

ジン:

「従って、如何に早く自分のターンにするか?という技術が重要になってくる」

シュウト:

「割り込み、ですか?」

ジン:

「そ。基本の防御技として、『内受け』と『外受け』を学んでもらおう。……シュウト」

シュウト:

「はい!」


 小走りでジンのところへ。実演係なのはありがたい。


ジン:

「内受けは、腕を外→内に動かして防御。……シュウト、攻撃して来い、横薙ぎ以外。」


 あえてフェイントを入れてから、上からの斬り下ろし。鎧だけの素手だが、まったく問題なさそうに受けで防がれた。


ジン:

「次、外受け。逆に内→外に腕を動かして防御。……シュウト、フック気味の攻撃」


 オーダー通りのフック系の攻撃。こちらもあっさりと受け止められる。


ジン:

「この基本動作を最適化していく」

リコ:

「最適化?」 

ジン:

「内受けは片軸(へんじく)受けに、外受けは中軸受けにする」

ユフィリア:

「片軸ってなぁに?」

ジン:

「片側の軸を使うことだよ。どちらかの足に体重を乗せてやる。左腕で内受けする場合、体重は左足に。こちらの顔面などの中心を狙ってくる攻撃を内受けしつつ、片軸に乗る」


 受けと避けを同時に行っている。


ジン:

「同時にパンチ」


 内受けで左片軸、右腕でパンチ。カウンターの技法だった。

 初歩の鍛錬としては異様なハイレベル。


ジン:

「外受けは中心軸で行う。体重は移動させずに、外受け、もしくは上段受けをする。……シュウト、袈裟に斬りかかってこい」


 無防備な姿勢のジンに斬りかかっていく。一瞬の踏み込みから、こちらの手首付近を上段受け。


ジン:

「で、これも同時にパンチ」


 寸止めパンチがピタリと止まった。


ジン:

「逆をやってみれば、合理的かどうかが分かるだろう。片軸で外受けとパンチをしてみよう。シュウト、ゆっくりでいいからやってみろ」

シュウト:

「はい」


 ジンがゆっくりとしたパンチを出す。右外受けで、左足に体重を移動させるが、これだと左パンチが出しにくい。


ニキータ:

「パンチが出せませんね」

ジン:

「そうだな。次は中軸で内受けな」


 ジンのゆっくりパンチを左腕で内受けする。中軸受けなので、流した攻撃がそのまま右肩に当たりそうになる。右腕のパンチは出しやすいが、体重が乗らないし、受けと同時にするとダメージを受けてしまいそうだ。


シュウト:

「できなくは無いんですが、効果的な動きじゃありませんね……」

ジン:

「更に左右への動きを追加していこう」

タクト:

「ちょっと待ってくれ。なんだかゴチャゴチャしてきた。ちゃんと効果があるのか確かめてみたい」

ジン:

「まぁ、別にいいけど。じゃあ、レイ、頼む」

レイシン:

「了解」


 手甲を装備したレイシンがタクトと手合わせすることに。

 特技を使って猛烈に攻め立てるタクトだったが、その勢いが続いたのは最初の猛攻まで。一度レイシンのターンになってからは、ずっとレイシンのターンのままだった。タクトが攻撃する番になっても、片軸受けと外軸受けであっさりとレイシンのターンに戻ってしまう。タクトの攻撃時間は極端に短いまま終わった。レイシンの近接戦闘能力の高さは圧倒的だった。


タクト:

「そんなバカな……」

リコ:

「タクト」


 ごく初歩的な基本技術でもそれが正しい水準で修得できていれば、相手を一方的に封じて倒せることを証明してしまった。特技をどう使えばいいのか?というレベルにいるタクトでは、カルチャーショックが大きいだろう。もはや、どう動けば勝てるか?というレベルですら対処できないのだ。体がどういう状態にならなければいけないか?という水準での鍛錬をしているので、何が起こったのかまともに認識すらできないだろう。


ジン:

「そんじゃ、練習するぞ。真面目にやれよ」

タクト:

「待ってくれ。こんなの無理だ」

ジン:

「……はぁ?」

タクト:

「時間が掛かりすぎる。もっと、必殺技みたいなのは無いのか?」

ジン:

「はぁ……」

リコ:

「タクト? どうしたの?」

ジン:

「必殺技ねぇ。はいはい、いいですよー」


 ジンの視線には光はすっかりなくなっていた。無価値なものに何を言っても無駄だと諦めている。他人事だとして笑えなかった。身を切られるような痛みに襲われる。


シュウト:

(僕も、こうだった。僕も……)


ジン:

「必殺技かぁ。じゃあ、『究極のパンチ』なんてどうだ?」

 

 

片軸・中軸受けは格闘マガジンKの5号(1998年、アスペクト発刊)からです。

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