137 小さなお願い / 解決編
ユフィリア:
「たっくん まだお風呂かな?」
葵:
「まだ早いかな。けど、もうすぐ夕飯じゃん」
ユフィリア:
「タイミング悪いかな? うん、先にレイシンさんを手伝ってくる!」
葵:
「いてら~。あ、そうだった。……ユフィちゃんってさ、髪を伸ばしたのって高校から?」
ユフィリア:
「ううん。中学校に入ってからだよ。どうして?」
葵:
「いやいや、なんでもないよーん」
ドアを開けて、ユフィリアが退出。
部屋の中には、葵、石丸、私の3人が残された。
葵:
「よいせっ、と」
ぴょこんと椅子から降り、すたすたとジンのソファ前へ移動していく。何をするつもりなのか見守っていると、光の精霊を召喚している。スポットライトの様に、光が葵を照らす。
そして、こちらに向けて話を始めた。
葵:
「ん~、んっふっふっ。はい、いかがでしたでしょうか~?」
ニキータ:
「葵さん……?」
石丸:
「何がっスか?」
葵:
「既にお気付きの方もおられると思いますが~、今回の事件の謎は~、わたくし、全て解けてしまいました~。ん~ふっふっふっ」
ニキータ:
「謎?」
石丸:
「……古畑任三郎のマネっスか?」(あまり似てないらしい)
葵:
「どこに謎があったのか、お分かりになりましたでしょうか~? そしてその答えとは? ヒントを差し上げたいと思います~ぅ。『2回以上』」
ニキータ:
「2回……?」
何のことだかさっぱりだ。
葵:
「それでは、解決編でお会いしましょう。葵でした~。……なんちゃって!」
石丸:
「視聴者への挑戦、もしくは異化と呼ばれるものっスね」
葵:
「まぁ、そんな感じ?」
ニキータ:
「……というか、謎なんてあったんですか?」
葵:
「それは少なくともCMあけじゃないとマズいっしょ」
ニキータ:
「CMなんて、ないですから」
葵:
「にゃははは! いしくんってこういうのは?」
石丸:
「残念っスが」
葵:
「そっかー。まぁ、ジンぷーにも分かんないだろうしね」にやり
ニキータ:
「ジンさんにも分からないんですか?」
葵:
「ジンぷーはね、鋭いから一瞬でパッとわかっちゃうんだよ。雑多な情報の中から必要なものを取り出したりとかね。殺気とかの感知をするから、そのへんの応用でしょ。アクアちゃんもそういうトコは似てるよね。2人とも頭が良さそうに見えるけど、実はあんまり頭は使ってない。感覚的なんだよ。まぁ、そう言うと怒られるだろうけど」
ニキータ:
「分かる気がします」
答えを直接的に導き出しているような、それを敢えて分解して説明しているような雰囲気は何度も見聞きして知っていた。その意味だとユフィリアも同じで、頭はあまり使っていないタイプだろう。
葵:
「あたしなんかはひたすら地味に考え続けるだけだね。だからスピードじゃ勝負にならないなぁ。でも、感覚だけじゃ分からないものもあるからね」
ニキータ:
「分からない、もの……」
葵:
「これでも〈カトレヤ〉の情報部門の長なのだよ。まぁ、あたし1人だけどな。 にゃはははは!」
先日のレイドでの件は記憶に新しい。葵もまた『向こう側』の人物だ。
ニキータ:
「そろそろ、CMはあけたと思います」
葵:
「……んじゃ、どこから説明しようかな?」
( 〈解決編〉へとつづく )
◆
ニキータ:
「これでよし」
1階フロアの噴水で顔を洗い、手鏡で確認する。ダメージなどの痕跡が残らないのは、こういう時はありがたい。泣いたことが分かってしまうと、説明するのが面倒だ。
2階に上がると夕食の準備がちゃくちゃくと進んでいた。タクトとリコの席も用意されているので、夕飯を食べさせるつもりだろう。
私も自分の席へ。そうして座ったところで、ジン達が上の階から現れた。
ジン:
「ん……」
タクトとリコがまだ居ることに気を悪くしたのだろう。怒鳴りつけようとしているところにユフィリアが飛んでいった。
ユフィリア:
「ジンさん、こっちに来て」
ジン:
「なんだよ、どうしてあいつ等がまだここに居るんだ! おい、さっさと……」
レイシン:
「はっはっは」
ジン:
「……レイ?」
レイシンが両手に料理を運んでいた。
ジン用にセットしたらしき特別席に、ごちそうが次々と並べられていく。ビーフシチュー、ロールキャベツ、オムライスといった洋食の定番品。チャーハン、麻婆豆腐、エビチリ、焼き餃子といった中華風メニュー。カルボナーラ、アクアパッツァ、黄金焼き《ピカタ》、チーズをたっぷりと乗せたピザ、などなど。
ジン:
「ちょっ、なんだよ、この料理?」
レイシン:
「うん、今日は特別にね」
ジン:
「おいおい、別に誕生日とかじゃねーぞ? なんの理由……」
ハッと気が付くと、振り返ってタクトとリコの方を見て、もう一度、レイシンに向き直った。
ジン:
「まさか、この料理で俺を誤魔化そうってことか?」
レイシン:
「はっはっは」
ジン:
「こんな物量作戦で! つ、釣られないクマーー!!」
レイシン:
「はい、ダメ押しね」
右手にはジンの愛する豚肉ハンバーグを大きなサイズで。左手には、レイシンの必殺料理、バランスの極地、チキン南蛮。
ジン:
「ぐうう」
ジンの葛藤が絶望的な深みを帯びる。〈カトレヤ〉の厨房には絶対的な権力者がいる。食事時間帯におけるレイシンは、無敵の王様だった。
ジンは、あっさり折れた。
ジン:
「……俺は見なかった。うん。今は目の前のごちそうのことしか考えられそうにない。他のことは後で考えよう。そうしよう」
ユフィリア:
「やったね! ありがとう、レイシンさん!」
レイシン:
「はっはっは」
シュウト:
「レイシンさん、無敵すぎる……」
厨房の王様は、最強の戦士を相手に華麗なる勝利を収めた。
静:
「ジンさんばっかりずるいなぁ!」
雷市:
「うまそー」
りえ:
「そんなに食ったらデブるよ!」
ジン:
「……食べたきゃこっちに来てもいいんだぜ? だが、『どうなるか』は考えておけよ?」
そろって押し黙る。タクトとリコに配慮する程度には道理を弁えていたようだ。
タクト:
「なんか、ごめんな?」
そー太:
「いや、いいっていいって」
マコト:
「また機会があるよね」
これだとジンが恨みを買っただけの気が。本人は気にしないのだろうけれど。
ジン:
「……?」もぐもぐ
星奈:
「……」じーっ
ジン:
「…………、一緒に食うか?」
星奈:
「!」
ジン:
「フム。咲空も、こっちに来い」
咲空:
「え、いいんですか?」
ジン:
「たまにはな」
流石に独りでは食べきれないからだろう。咲空と星奈を座らせて、一緒に食事するつもりのようだ。
ジン:
「おまえらは毎日ちゃんとやってるし、今回は病気で大変だったからな。食え食え」
星奈:
「ありがとー、ございます!」
咲空:
「いただきます!」
咲空と星奈ががんばっていることには、やはり誰も異論などない。
ジン:
「で、苦手なもんとかあんのか?」
咲空:
「私は、レバーとか」
ジン:
「レバーじゃ仕方ないな。安全で美味しいレバーを入手するのは、現実世界だと逆に大変だし」
咲空:
「星奈はピーマンが苦手だよね」
ジン:
「ほぉ。あるな、肉詰め」
ピーマンの肉詰めに手を伸ばすジン。
ジン:
「ハンバーグも良いけど、肉詰めもね」
星奈:
「ピーマン、ですか」
ジン:
「嫌いなものは無理して食わなくていいぞ。……うんま!」
咲空:
「あ。ほんとに、おいしー」
星奈:
「!?」
恒例の星奈いじめだろう。いじめるというほどでもないのだが、たっぷりからかったりして遊ぶことが良くある。リアクションが可愛いので、かまいたくなるのだろう。
ジン:
「まってろ、ぜーんぶ食っちゃうからな。んー、デリシャス!」
咲空:
「じゃあ、私も!」
星奈:
「はう……」
箸先をふるわせながら、ゆっくりとピーマンの肉詰めを取ろうとしている星奈。内心で(がんばれ!)と思ってしまう。ジンの術中そのままだ。星奈はがんばった。つまみ上げ、今度はにらみ合いが始まった。
ジン:
「なんだ、食ってみんのか? 苦手ならホントに食わなくていいんだぞ? 俺も苦手なもんはわざわざ食わないし」
星奈:
「ふうぅ……」
ジン:
「ピーマンが苦手でも、こうして肉詰めにすれば食えるヤツも多いんだがな。ピーマンのみずみずしさが肉汁を受け止めて、パワーアップさせるんだ」
星奈:
「ぱわーあっぷ、ですか?」
ちょっと泣きそうな星奈が愛らしい。
ジン:
「嫌なら止めとけ。……それでも食べるつもりなら、口の中でピーマンを探すんじゃないぞ。苦手を確認しなくていい。肉汁を味わうつもりでな?」
星奈:
「はくっ(もくもく)……?」
タメずに口に入れた。緊張の瞬間だ。
星奈:
「にくじゅー、おいしい、です!」
咲空:
「星奈、良かった! 食べられたね」
ジン:
「食えたか、良かったな。じゃ、後は俺が……」
星奈:
「!?」
ジンが皿を引っ張ろうとすると、星奈が掴んで止めた。
ジン:
「……なんだよ?」
星奈:
「美味しい、です」
ジン:
「ピーマン苦手なんだろ? もう食わなくていいってば」
星奈:
「美味しい、です!」
ジン:
「レイの料理は、ウメェに決まってんだろ」
そうして皿の奪い合いを演じていると、咲空が漁夫の利を得た。つかみ合っている皿からあっさりとつまみ上げる。
咲空:
「私、もらいますね?」
星奈:
「!?」
ジン:
「咲空、お前は今から『回鍋肉ちゃん』だ!」
咲空:
「ホイコーロウ!?」
赤音:
「クックドゥのCMネタ」
そー太:
「なにやってんだよ、まったく」
そんなグダグダを演りながらも、大量のごちそうを完食。3人ともおなかを膨らませて、床に倒れ込んだ。
ジン:
「ダメだ、もう食えない」
星奈:
「まん、ぷく、です」ぽんぽこりーん
咲空:
「食べ過ぎちゃいました」うっぷ
レイシン:
「じゃあ、デザートはもう要らない? 残念だなぁ」
ジン:
「くっ……」ぐぐぐっ
葵:
「おおっ、傷つき倒れた聖闘士達が、再び小宇宙を燃やし、立ち上がろうとしている。……あれは、エイトセンシズ?」
シュウト:
「……ただの食い意地なんじゃ?」
その後『別腹の呪文』を唱えて、デザートまで完食したとか。タクトのことなど綺麗さっぱり忘れ去り、ごちそうをこれでもかと満喫するジン達なのであった。
◆
ユフィリア:
「たっくん」
タクト:
「ゆきちゃん……」
食事を終えて、そろそろおいとましようと思っていたところで呼び止められる。ジンに「さっさと出て行け」と言われ、実際にそのつもりでいたのだが、気が付けばずいぶんと長居してしまった。それは彼女と話をするチャンスを待っていた部分もあるのだろうし、出て行ってやらないのがアイツへの反撃になる意味もあったからだろう。
タクト:
「晩メシ、ありがとう。とても美味しかったよ」
ユフィリア:
「でしょ? レイシンさんの料理はとっても美味しいんだよ!」
自分が誉められたみたいに喜ぶ彼女をみて、やっぱり変わっていないと思う。できればすぐにでも告白して、もう一度やり直したかった。しかし、最初の勢いはもうなくなっていた。
振り返るとリコが渋い顔をしてこっちを見ていた。『話をする時間はあげるけど、余計なことはしないでよね?』といった顔だ。リコはポーカーフェイスが巧いつもりらしいが、考えていることは筒抜けだ。本当はきっぱりとしたいいヤツなのだ。
食堂で話すのはアレなので、外に出ることに。銀葉の大樹へ近づいていく。
ユフィリア:
「ね、これまでどうしてたの?」
そこからは様々な話をした。北海道に引っ越したこと、部活の話、地元の大学に入ったこと、大学での生活、就職は東京でしたいと思っていたこと。
タクト:
「本当は、東京の大学が良かったんだけど、家の事情とかいろいろあって」
ユフィリア:
「そっかあ。こっちに来てからはどうだったの?」
タクト:
「ススキノではPKの集団がのさばってて……」
異世界に来てからの話は、あまり気が進まなかった。ずっとリコと一緒だったし、リコを守ることがここで自分のすべきこと、使命のすべてだと思っていた。
タクト:
「〈D.D.D〉の救出隊と一緒にアキバまで来たんだ。そー太たちとは、その救出隊で一緒でね。いろいろ話したりしてたんだ」
ユフィリア:
「それで知り合いなんだね」
タクト:
「あの頃は、荒れてた。あいつらと話せて良かったって思ってる」
ユフィリア:
「うん」
タクト:
「ゆきちゃんは? どうだったの?」
ユフィリア:
「私は、ずっとニナがそばに居てくれたから」
タクト:
「そうだったんだ。良い人だね」
ユフィリア:
「うん。一番、大事な人だよ」
はにかむような笑顔に吸い込まれそうになる。しかし、聞いておかなければならない話があった。
タクト:
「あの、ジンってヤツなんだけど」
ユフィリア:
「ジンさん?」
タクト:
「どんなヤツ?」
ユフィリア:
「ジンさんはね、とってもイジワルで、イジメっこで、口が悪くて、すぐ乱暴して、ぜんぜん優しくないんだよ!」
タクト:
「あれっ、嫌いなの?」
勢い良く飛び出してきた悪口に驚く。彼女は人の悪口をいうタイプではないとばかり思っていた。
ユフィリア:
「別に、そんなことないけど……」
タクト:
「でも、イジワルなんだよね?」
ユフィリア:
「そう。しかも嘘つきなの。『なんでも好きに言え』っていったから、私が『ぷっぷくぷー』って言ったら怒るんだよ! ひどいんだよ」
不満が溜まっているようで、ぷりぷり怒っている。もしかしたらチャンスなのかもしれない。
タクト:
「じゃあ、アイツと付き合っては……?」
ユフィリア:
「うーうん。付き合ってないよ」
タクト:
「そうなんだ……!」
希望が見えてきた気がした。これは今すぐ告白するべきかもしれない。そう思ったのもつかの間、すぐにその希望は地に落ちてしまった。
タクト:
「大変そうだね?」
ユフィリア:
「そう。すぐにえっちなことしようとするの! デートの目的はセックスとか平気でいうんだよ? 何かあるとすぐ『部屋にこい』っていうし、中出しする、とか、妊娠させる、って何回言われたかわかんない。でも、子供がたくさんなのは嫌なんだって。変だよね?」
タクト:
「そ、そうなんだ?」
――これには流石にタクトも引いた。好きとか、告白したい、デートできたらいいのに、付き合って欲しい、と思っているタクトからすると、いきなりセックスだの、妊娠だの、子供だの、と話していたからだ。妊娠などは結婚した先の話だとばかり思っていた。東京の女の子はずいぶん進んでいるのだな、と思ってしまう。しかも先日耳にした黒い噂とリンクすることで現実味を帯びてくる始末。信じたいと強く願ってしまうのは、つまり信じ切れないからだった。
タクト:
「それって、好きなんじゃないの?」
ユフィリア:
「んー、わかんない」
タクト:
「悪口を言ってる時、すごく活き活きしてたよ?」
ユフィリア:
「そうかな? でも、ジンさんはたっくんに悪いことしたし、このぐらい言ってもいいんだよ!うん、大丈夫」
タクト:
「そうだよね。嘘つきな上に、すぐ乱暴する悪党で、イジメをするような最悪の性格してて、すぐにイヤらしいことをする最低の人間、だしね」
ユフィリア:
「でも時々は優しいし、良いところもちょっとはあるんだよ?」
タクト:
(これは、やばいな……)
――それ完全に惚れてるだろ、と思ったタクトだったが、慌てて打ち消した。ヤクザ紛いの最低男に引っかかって、深みにハマっているようだ。どうにか助けてあげられないだろうか?などと考えている。
タクト:
「あの、さ」
ユフィリア:
「なぁに?」
振り向いた彼女の美しさに打ちのめされる。月の光が包み込み、神秘的なヴェールが彼女の内に女神をみせた。好きだと言おうとした言葉が、ノドから出てくるのを拒絶する。この美しい人に断られたら、もしかして死んでしまうのかもしれない。
ボクは自分自身に裏切られた。出てきた言葉は、言いたくなかった内容だった。
タクト:
「強く、なりたいんだ」
ユフィリア:
「……」
タクト:
「この世界は、強さが全てとは言わないけど、やっぱり大きな意味をもっている。ちょっと移動するのも、ちょっと採取にいくのでも、モンスターと戦闘できなきゃ危険だ。ススキノの連中みたいに、襲ってくるプレイヤーから身を護るには、やっぱり力が要る」
ユフィリア:
「うん」
タクト:
「ススキノの、デミクァスや〈ブリガンティア〉は、数人の〈冒険者〉に負けて、解散した。オレたちには出来なかったことをあっさりやってのけた連中が、いる……!」
ユフィリア:
「そうなんだ」
リコを言い訳にした自分。隠れて過ごした日々。何度も握りしめた拳。返り討ちにあった過去。全てと決別したくてアキバへとやってきた。ススキノから逃げたのではないと言い聞かせて、今日まで無為に過ごしてしまった。
タクト:
「ゆきちゃん。誰か強い人を紹介してくれないかな?」
ユフィリア:
「いいけど。……どのくらい強くなりたいの?」
タクト:
「もちろん、目一杯」
せめて、リコを助けられる程度には。いいや、ユフィリアの前に立っても、恥ずかしくない男になりたい。
ユフィリア:
「うん、わかった。……いこっ!」
手を握って走り始めてしまった。顔が火照る。女の子に手を引かれて、なんだか情けないような気分。でも力強くて、負けていられないなと思う。
ひっぱって行かれた先には、あの男がいた。
ジン:
「おい、何しに来た?」
ユフィリア:
「紹介するね? こちらはジンさんです」
ジン:
「どうも、ジンです。よろしく~。……じゃねーだろ! 何を考えてんだ、何を!」
タクト:
「あの、どういうつもり?」
ユフィリア:
「ジンさんが、私の知ってる一番強い人だよ」
タクト:
「もっと有名なギルドあるよね?〈D.D.D〉とか〈黒剣騎士団〉とか」
ユフィリア:
「うん。知ってる。〈西風の旅団〉も、他のギルドも」
ジン:
「こっちは話が見えないんスけどー。なんだって?」
ユフィリア:
「たっくん、この『タクト』が強くなりたいんだって」
ジン:
「だから?」
ユフィリア:
「ジンさんなら、強くできるでしょ?」
ジン:
「だから、どうして俺が? わざわざこんなの強くせにゃならんの? おい、お前も何とか言ったらどうだ。イヤだろ、テメーだって」
流石に利害が一致するとは思っていなかった。
タクト:
「イヤはイヤだけど。ゆきちゃん、本気なのか?」
ユフィリア:
「私は、ここでは『ユフィリア』だよ。ユフィでいいからね」
タクト:
「……ユフィ、本気?」
ユフィリア:
「タクトこそ、本当に強くなりたいんでしょ?」
ジン:
「あのー、俺を巻き込まないでもらいたいんだけど?」
ユフィリア:
「タクトは私の恩人なの。ジンさんは助けてくれるよね?」
ジン:
「やだって言ったらどうすんの? つか、イヤなんですけど」
決意の瞳。嫌な予感がして、ボクは自分の全てを後悔しくなっていた。
ユフィリア:
「あの時、ジンさんは言いました。『お前は、俺のものだ』って」
ジン:
「…………うん」
ユフィリア:
「私のお願い、叶えてくれるよね?」
その時に叫んだのは、別の男だった。
シュウト:
「なに考えてんだ! それは魔法の言葉だぞ? こんなことに使って良いわけがない! 運命だって左右できるのに!」
ユフィリア:
「私は、タクトから運命をもらったよ。だから、ここで返すの!」
タクト:
「さっきから恩人って何なんだよ! 運命ってどういうこと? わかんないよ! やめてよ、ゆきちゃん!」
ユフィリア:
「お願い、ジンさん」
甘くささやくような愛の言葉。致命的だった。決定的に間違ってしまった。
ジン:
「あー、うん。分かった。やってやんよ。……いや、是非、やらせていただきたいと思います」
ユフィリア:
「ありがとジンさん! 大好き!」
盛大なため息。嫌々の渋々を、吐き出してしまうかのように。
そしてジンは、弱いボクと向き合った。
ジン:
「……んで、どのぐらい強くなりてーんだ?」
それは巨大な壁のようでもあり、猶予期間の終了でもあった。ボクは運命からは逃げられない。それがボクにとって一番知りたくない『本当の願い』だった。
◆
( 時間を戻して〈解決編〉 )
葵:
「ジンぷーは男だから、どうしてもユフィちゃんの経験人数とかを気にしちゃうんだよね」
ニキータ:
「そういうものですか?」
葵:
「まぁ、どうしようもないっしょ。そういう風に考えると、ユフィちゃんってキスに抵抗がないよね」
ニキータ:
「そうかもしれません……」
葵:
「サファギン戦の事も聞いてるよ。もしかして一目惚れ?とか思ってたんだけど、こないだのジンぷー飲酒事件で印象が変わったよね。あの後も平気そうにしてたから、まずキスぐらいなら抵抗ないんだろうな、って」
ニキータ:
「ああ……」
もっとはっきり『体をまさぐられても平気』といえばいいのではないか。
葵:
「それってフツーに考えたら変でしょ。よほど経験が豊富とか、海外の文化で育ってるとかじゃないと。キスは挨拶、みたいな?」
ニキータ:
「少なくとも両親は日本の方でした。クオーターかどうかまでは、ちょっと」
葵:
「まぁ、そうだろうね。……ユフィちゃんって、何人ぐらいと付き合ってた? 3年とか友人やってれば、さすがに聞いてるっしょ? 誰にも言わないから、教えて?」
隠すメリットとデメリット。今はデメリットが大きいと判断する。ここで間違うと、綱渡りが厳しくなっていくばかりだ。味方にする人を選ぶなら、葵かもしれない。内容的にジンには話しにくいものだし。
ニキータ:
「……30人以上、みたいです」
葵:
「わお。そりゃ言えねーわ(笑) ……でも、これで繋がるでしょ。タクトくんが言ってた事とね。ユフィちゃんが『誰とも付き合おうとしてない』って」
ニキータ:
「あ……」
誰とも付き合おうとしていない。つまり、それが変だと思う条件とは何か?ということだ。つまり、かなり頻繁に男性と付き合っていたのに、それをきっぱりと止めたという意味になる。私は30人以上と知っていたから、この言葉に違和感を覚えなかったのだ。
葵:
「高1までで、30人だと頻繁にとっかえひっかえしなきゃだね。と、まぁ、普通ならここで終わりだね。……フフン、この話は別の結末が隠されている!」
ニキータ:
「そう、なんですか?」
それは正直、かなり意外だった。
葵:
「この話は、あたしの予想でしかないけども、たぶん80点、低くても60点ぐらい行ってると思う。
で、さっそく話は逸れるんだけども。ユフィちゃんが大学2年、君は社会人1年か2年目。となると君たちに接点は見あたらない。友人というには年が離れているしね。それから特に君、ニナちゃんの評判は主に女性からの方が高い。捌き方を分かってる感じ。これを先に予想しちゃえば、君は『女子校の王子様』って感じかな?」
ニキータ:
「……」
葵:
「沈黙は図星ってことでいいよね。ズボラじゃないから、偏差値高めで、品のいいお嬢様学校でしょ? そしてたぶん、ユフィちゃんも同じ女子校のハズ。君たちの場合、物理的に距離が近くないと出会わないし、その後も続かなかったと思う」
ニキータ:
「はい」
見抜かれていたことに恐ろしくなる。千里眼能力者。いや、フィクションに出てくる名探偵の推理力に近い。ジンやアクアとは、たしかに別種の異能だろう。
石丸:
「どうして女子校だと予想できたんスか?」
葵:
「あたしがあの子の親だったら、絶対、女子校に入れるからだよ」
ニキータ:
「親なら……」
そういう視点もあったのだ。年齢で視点が変わっていくということだろうか。
葵:
「ユフィちゃんが女子校だとすると、タクト君との出会いはドコ?ってことになるよね。タクト君は、女子校の生徒に自分から近づくタイプとは思えない。軽薄な女ったらしじゃないっしょ。一途は硬派に近いから」
石丸:
「中学ではないっスか? ユフィさんは中学校の修学旅行の話で、共学らしい発言をしていたっス」
それは覚えている。サファギン戦の前日、レイニートレントと戦った後での、テントの中での会話だ。
葵:
「うん。少なくともそうなるよね。だけど、あたしはタクト君は彼氏じゃないだろうと、最初は思ったの」
ニキータ:
「なぜですか?」
言われてみれば、ユフィリアは一度も、元彼とか彼氏だとかは言わなかった。大事な人、恩人、とだけ。
葵:
「どう考えても、ユフィちゃんの闇はもっと深いからだよ。あのコの、『友人を求める姿勢』は、あたし達からしたら病気でしょ。でも、真剣なんだよね。もちろんレズでもない」
ニキータ:
「はい」
レズではないのは本当だ。本当にただ友人を求めている。かなりの寂しがり屋だろうと思っていた。
葵:
「次。タクト君が言ったように、結婚を申し込んで、フラれて、でもユフィちゃんからしたら恩人。これも変でしょ。まるで分かんない」
ニキータ:
「そう言われると、違和感が強くなってきました」
葵:
「高1でタクト君と別れて、高2でニナちゃんと出会った。中学校時代は男をとっかえひっかえ? それじゃ辻褄があわない。闇はドコ? ……つまり、何か勘違いしているんだよ。では、間違っていたのは何か?」
石丸:
「何かが2回以上ということっスね」
ニキータ:
「それ、何の数だったんですか?」
葵:
「フフン。……『引っ越しの回数』だよ」
ニキータ:
「そうか!」
つまり、タクトの引っ越しを1回だと決めつけたため、勝手な思いこみで話を作ってしまっていたのだ。それだと話がまったく違ってくる。
葵:
「引っ越しをする子って、親の仕事の都合だからね。何度も転校を繰り返す場合もあるよ。タクトくんもそうなんじゃないかな? ここが分かれば、後は芋蔓式になる」
ニキータ:
「つまり、結婚の申し込みっていうのは……」
葵:
「そう、いわゆる『子供の頃の約束』だろうね」
ニキータ:
「そう言われてみると、再開した時、ユフィが彼の顔を咄嗟に分からなかったのも説明が付く……」
石丸:
「知っていたのは子供の頃の顔だったからっスね」
しかし、それだけでは分からない部分もある。
ニキータ:
「それじゃ、『恩人』って何なんですか?」
葵:
「正確なところはわからない。けど、タクト君のプロポーズの言葉は分かるっしょ」
ニキータ:
「えっ、……そうなんですか?」
石丸:
「まだ30人以上という条件が残っているっス」
葵:
「そうだね。つまり、小学生のユフィちゃんは、複数の男の子たちと同時に付き合っていたんだよ。付き合ってたって言えるのか分かんないけど、たぶんキスはしてたんだろうね。面白半分の子もいたんじゃないかな? タクト君はそれが嫌で、あの子を独占しようとした」
つまり、他のヤツとは付き合わないで欲しい、などの言葉をプロポーズに添えたのだ。
葵:
「それが切っ掛けで、あの子は全員と別れた。『誰も好きじゃなかった』ことに気が付いた、って辺りじゃないかな?」
ニキータ:
「1人を断って、全員を断った」
わかる気がした。学習したといえばいいのか。あの子の性格だと『誰も断らなかった(れなかった)』ために、どんどん増えていったような気がする。ともかく、ユフィリアはタクトの行動に恩を感じる結果になったのだ。……いいや、もっと言えば、今のユフィリアがいるのはタクトのおかげなのかもしれない。それなら確かに『大切な人』であり、『恩人』だ。
葵:
「だけど、付き合ってた男子全員と別れたらどうなるかにゃ?」
ニキータ:
「イジメ、……ですか?」
葵:
「それに近い状況だろうにー。でも、イジメは無かったと思うよ。心がひねくれてないもん。あの子はジンぷーみたく、スネたり、世の中を恨んだりしていない」
ニキータ:
「ジンさんって、そうなんですか?」
葵:
「そらそーよ。アラフォーのおっさんがモテなきゃ、世間が悪いって話にもなるって(笑)」
そちらはそちらで面白そうな脱線話だったが、話は元の流れに戻った。
葵:
「あの子は男の子たち全員と別れた。けど、気が付けば女の子の友達も1人もいなかった」
石丸:
「孤独っスね」
葵:
「モテればモテるほど、同性からは避けられてしまう。最初の内は、彼氏なんていないっていえば優しくしてもらえたと思うよ。それでも自然とモテちゃうから、下手に取り繕うと逆効果になる。たぶん、話しかければ普通に話してもらえたんじゃないかな? でも親しい友人はできなかった。遠慮されたか何か。家に帰るのはいつも独り。休日は遊ぶ相手もいない、とか、そんな生活が中学校の3年間続いた」
ニキータ:
「そんな、まさか、そんなことって……」
葵:
「親のススメもあったろうけど、本人も望んで女子校へ入ったんだと思う。それでも親しい友人はできないまま、最初の1年は空しく終わってしまった。諦められないまま、ジッと耐えて待ち続け、そして出会うわけだ」
ニキータ:
「それ……」
葵:
「そう。君だよ、ニナちゃん。ユフィちゃんは、君と出会った。そしてまさに今、青春をやり直しているんだね」
ニキータ:
「ああ、ああっ!」
ヒザが震えて、力が入らない。こみ上げてくる感情に胸が熱く、締め付けられる。もう耐えられなかった。
葵が手を広げて、頷いた。
葵:
「泣いてもいいんだよ。おいで」
葵にすがりついて、むせび泣いた。小さな体とは思えないほど、大きな優しさに包まれて。爆発した感情が落ち着くまで、ずっと頭を撫でて貰っていた。『大人でなければならない』という責任感を下ろして、感情のままに、子供に戻って思い切り泣いた。〈大災害〉からこっち、出すことの出来ない、許されない感情を表に出すことができた。
嗚咽が小さくなるのを待って、ゆっくりと慰めの言葉をかけてもらった。
葵:
「怖ったね。つらかったね。よしよし」
ニキータ:
「ユフィが、ユフィのことが……」
葵:
「うん。嫌いになりたくなかったんだよねぇ。だから、本当のことは聞かなかったんだよね」
ニキータ:
「はい、はい……。うううう」
30人以上と聞いてしまった後では、本当のことは聞けなかった。ユフィリアのことを信じられなくなるのが怖かった。だけど、信じてあげられなかったことが悲しい。後悔している。ちゃんと信じてあげれば良かったのだ。もっと早くに。自分の目でみたあの子だけが、本当なのだと分かっていたはずなのに。でも私は、私自身のことを信じていない。あの子を信じられるかどうか、自分に自信がなかった。自分は大したことがないと分かっていた。
葵:
「大丈夫。まだ手遅れなんかじゃないよ」
その言葉に救われた気がした。もう一度、私は泣いた。ため込んだ感情をすっかり吐き出してしまうまで。
葵:
「……すっきりした?」
ニキータ:
「はい。取り乱してしまって、すみませんでした」
葵:
「いやいや、たまにはそういうのも可愛いもんだよ。感情をため込むと、グレードアップするからね。もっと傷つくし、周りも巻き込んじゃうぐらい大きくなるから。ときどき、吐き出すのも大事だよ」
ニキータ:
「わかりました」
葵:
「うむっ!」
この人には一生かかっても敵わないのだろう。心の底からそう思った。それは心地よい諦めだった。
石丸:
「ひとつ質問してもいいっスか?」
葵:
「むっ、なにかね?」
石丸:
「2回以上引っ越ししていたとして、どうして小学生時代になるんスか?」
ニキータ:
「ユフィが髪を伸ばしていたから、ですね?」
葵:
「その通り。説明してごらん」
ニキータ:
「リコが髪型をショートカットにしてるのは、たぶんタクトくんの好みだからです。そしてそのタクトくんは、ユフィの髪型を見て、ショートが好みだと言った」
石丸:
「しかし、それはリコさんに確認していないのでは? 髪型は個人の自由に属するもので、確証はないと思うっス」
葵:
「そこはホレ、髪が長いか短いかは勝ち負けの話だからね。イイ女っつーか、負けず嫌いは髪が長いもんなのよ。長きゃ良いってもんでもないんだけど。リコちゃんが短いのは、あたしには違和感だなぁ。ほら、ニナちゃんだって、ユフィちゃんだって、けっこう長いでしょ?」
ニキータ:
「……まぁ、そういうこともあるというか」
石丸:
「そうっスか」
葵:
「髪が長いのって邪魔だし、手入れが大変で、ともかく手間なんよ。だから長い髪は、なんだかんだ言っても女のステータスだね」
石丸:
「『マウンティング』っスか」
葵:
「そそ。そんな感じ」
ニキータ:
「あの子、タクトくんの好みを聞いて、バッサリいったんですね」
葵:
「気合い入ってるよね。確かに面白いかも」
本筋の話は終了した。推論に過ぎないとはいえ、とても、とても大事な内容だった。ユフィリアを甘やかして、優しくしたい気分だった。
ニキータ:
「……これから、どうなるんでしょう?」
葵:
「いやぁ、ユフィちゃんは考えてること読めないかんなー。傾向とかしかわかんないね」
ニキータ:
「周りを巻き込んで、よく分からないことになるのがパターンですね」
葵:
「それで行くと、タクトくんとリコちゃんを仲間にするのかな? だけど、ジンぷーをどうやって説得するかだよね。今回はヘソ曲げてっから、よっぽどのことがないときびしーやね」
ニキータ:
「よっぽど……」
結論的には、その『よっぽど』をあっさりとやってしまうのだが、この時の私たちにはそこまでは分からなかった。




