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136  ブスの日


 戦闘モードを発動させたため、私にもかろうじて状況を見てとることができた。瞬間移動も同然の動きで、ユフィリアに抱きついたタクトを引き剥がす。ほとんど同時にタクトの顔面にジンの靴底がメリ込んでいた。ユフィリアすら制止の言葉を挟めないほど一瞬の出来事だった。吹っ飛ぶタクト。その頭をどうやったか足の間に吸い込むと、ジンは一気に頭上へと掲げ上げていた。


ユフィリア:

「ジンさん!?」


 プロレス的な技で脳天から地面に叩きつける。土の上だが、鈍い音が響いた。


石丸:

「スプラッシュマウンテンっス」


 石丸の機械的な解説を聞き流す。思考が追いつかない。早すぎて、速すぎて、迷いがなさ過ぎて。タクトの頭から血らしき液体がスプラッシュしている。

 微妙に遅れて衛兵機構が反応し、テレポートで現れつつある。だが、すでにジンは高々とジャンプした後だ。ダウンへの追撃。両膝がタクトの腹部を深々とエグった。


タクト:

「ぐはぁ!!?」

リコ:

「タクト!? いやぁあああ」


 まだ生きているのが不思議なレベルの攻撃を受け、悶絶。リコという仲間らしき女の子が震えながら悲鳴を上げた。

 この程度の攻撃で気絶したのは、戦闘モードの発動が遅れたためだろう。遅くとも、蹴られた段階で発動できたはずだ。それが出来なかったのだから、戦闘経験が圧倒的に足りていない。人間は身を守るために意識を遮断する機能がある。それが気絶だ。


衛兵:

「……コレヨリ排除スル」


 到着後の攻撃継続によって、衛兵が捕縛モードから排除(殺戮)モードへと移行。大剣を構えた2体の衛兵が、ジンに襲いかかる。

 

ジン:

「フンッ!」


 鎧を身につけていないジンは、気合い一発でオーバーライドを発動、衛兵の攻撃を自然な拍子ですり抜けてみせた。衛兵のヘルメットをそれぞれ掴み、頭と頭を打ち付ける。鎧のひしゃげる独特の音。順に、スローモーション、早送り、ストップモーション。

 3体めの攻撃を受け流し、密着から敵のヘルメットの顔を掴む。そのまま重心から綺麗に回転させ、敵の後頭部を地面に叩きつけていた。


 次々と現れる衛兵を、4体、5体と続けざまに無力化していく。するとまとめて3体の衛兵が現れた。ユフィリアが回復させていた気絶中のタクトを掴み上げ、盾に使うべく突き出した。3体の攻撃がそれぞれタクトに傷を負わせた。


ジン:

「おいおい、違反してないヤツに攻撃しちゃダメだろ」


 自分がやったのにも関わらず、平気で責任をなすり付ける。

 同時に、背後からの転移攻撃を目で追えない速度で躱していた。ジンを狙った大剣の切っ先は、その場に残されたタクトに少し刺ささった。そんなことにはまるでお構いなしで、衛兵のわき腹に手を当てると、ゼロ距離からの打撃技(発勁)で吹き飛ばしてしまった。飛ばされた先で新たに転移して現れた衛兵とぶつかり、巻き込んで派手に転倒させている。続く一瞬で、ジンは人のいない路地へと飛び込んでいった。


ユフィリア:

「ジンさんのバカぁ!」

リコ:

「あの人、ルールの境界を調べながら戦ってるの?」


 だから反則みたいなことも平気でやるのだろう。ついでにリコという子の回転の早さにも舌を巻く。


 ジンは路地に入って人目を避けたのではなかった。狭さを利用して攻撃方向や人数を限定し、大剣を使いにくくさせるのが目的のようだ。囲まれてしまっても平気ということだろう。ついでだが、タクトを回復できるように場所を変えた意味も、たぶんあるハズだ。

 敵の突き技を躱すと、同士討ちを誘発させつつ滑らかに動き続ける。


ニキータ:

(すごい……)


 死をパートナーにして、生を舞い続けるジン。そんな姿に、ドキドキしながら見入ってしまう。止めるべきかもしれないし、逃げるべきかもしれない。なのに、もう少しだけ見ていたいと思ってしまう。

 最強の戦士の戦いとは、最高の芸術であり、美しさそのものだった。突拍子もないと思えた動きが、直後に合理性へと変わり、連続する。


 加速、減速、攻撃、防御の全てが滑らかな一つの流れの中で行われていた。投げ技、関節技、密着打撃、体当たり、壁を使って、地面に叩きつけて、衛兵に同士討ちさせて、いた。特技を使わないことで淀み(停止)がない。もはや、速いのか、ゆっくりなのか、わからない。衛兵の攻撃は外れるところを狙っているように見える。

 武術に詳しくない私からすれば、ジンはブラックボックスそのものだった。現代人の私ですらそうなのだから、衛兵たちのロジックではジンを捉えることは不可能だろう。〈大地人〉である彼らには、ジンの武術的な動きが予想できない。根本的なところでロジックに違いがありすぎる。強引な攻撃を当てようと躍起になり、大振りのラフな攻撃に終始していて、連携も巧くいっていない。


 増えていく衛兵たちを相手に、いつ終わるともしれない舞踏は続く。それはジンが手加減をしていて、衛兵を殺してしまわないからだった。こうなると、ジンがどこかで失敗することでしか、終わらない雰囲気になってくる。

 だからだろう。……微かな疑念が生まれた。衛兵たちも『本当に勝てるのか?』と疑う気持ちになるのは自然であり、当然であり、必然だった。そして『それ』を見逃すジンではない。ドラゴンストリームがここしかないようなタイミングで吹き荒れる。衛兵の鎧には効き目がなくても、中の〈大地人〉はそうもいかない。

 全てを圧倒して、言葉を繰り出す。


ジン:

「どうした、もう終わりか?」


 言葉までもが巨大だった。すでに40体近い衛兵が、ジリジリと後退していく。


ジン:

「お前ら、本当は楽しんでいるんじゃないか? 不死身の〈冒険者〉を殺せることに、優越を感じているんだろう」


 ジンはゆっくりと言葉に悪意を込め、衛兵たちに突きつけていく。エコーでも掛かっているみたいに、重く響く声だった。


ジン:

「憂さ晴らしでもしているつもりか? 〈衛兵〉だから〈冒険者〉を殺していい? 何故だ? どうして大人しく殺されてやらなきゃならない。そんな理由はあるものか。そっちがそのつもりなら、こっちにだって考えがあるぞ。……覚悟はいいか、〈大地人〉!」


 それは根本的な問いであり、気付きだった。そもそもゲームというフィルターを取っ払ったのが〈大災害〉である。そうして取っ払った目で見れば、単に〈大地人〉が〈冒険者〉を殺しているだけのことでしかないのだろう。

 復讐する気なら簡単だった。〈冒険者〉は、それこそ衛兵の手が届かない街の外にでも連れて行けば〈大地人〉を好きなだけ殺すことができる。

 決して『殺せない』のではない、『殺さない』のだ。それが真の自由意思なのだ。……まるで自分の脳みそから、蓋か何かがはずれて飛んでいってしまった気がした。


 1体の衛兵の姿がブレた気がした。まるでテレビの画像が歪むように。

 別の1体が頭を押さえてうずくまり、うめき声と獣の声を混ぜたような叫びをまき散らした。


ジン:

「なに……」

リコ:

「衛兵が?」

石丸:

「バグっスか?」


ユフィリア:

「ニナ!!」


 ジンの姿を見ようと、路地に近づき過ぎたのかもしれない。一体の衛兵が、私に向けて武器を振り下ろそうとしている。しかし、まるで動けなかった。頭の中では鐘の音のようなものがくわんくわんと何度も鳴り響いていた。

 突風のように割って入ったジンが、青く輝く手刀で衛兵の攻撃を弾き返していた。大剣は地面に落ち、小さな何かがパラパラと落ちた。切断された衛兵の指である。


ジン:

「今のは何だ? ……オイ!!!」


 涙が次から次へと流れていく。怖かったからでも、助けてもらって嬉しかったからでもない。何というか、目に詰まっていた余計なものが落ちたみたいだった。強烈なインパクトで揺さぶられたためだろう。涙に透けて、ジンの怒気が、そのオーラが見える。世界の有り様が、私の中で変わった。

 衛兵たちの動きは完全に止まっている。システム的に何かあり得ないことが起こっているようでもある。


ジン:

「んで、……テメェは何者だ?」

?:

「供贄一族の窓口を務めております、菫星と申します」


 いつの間にか背後に現れた青年は、落ち着いた声でジンの問いに答えた。ジンは油断せずに警戒を続けたまま、軽口のような、クレームのようなことを言った。


ジン:

「責任者か? ちょうどいい。お前んトコの衛兵ってどうなってんだよ。違反してない人間を平気で傷つけたりしていいと思ってんのか? 衛兵同士で攻撃しあったりして品がねぇなぁ。おまけに無関係なヤツに突然切りかかったりしてるし。こんな暴挙が許されるとか思ってんの? なぁ?」

菫星:

「申し訳ありません。少々、手違いがあったようです」

ジン:

「手違いだぁ? 事と次第によっちゃあ、タダじゃ済まさねぇぞ?」


 ドスの利いた声で因縁をつけながら、厳しく睨みつけるジン。

 菫星がさっと手を振ると、衛兵たちが消え去った。バグったから回収しに来たように見えたが、果たして?


菫星:

「ジン様のお噂は、かねがね承っております」

ジン:

「へぇ、かねがねってなぁ、どんな感じだい?」


 お前のことを知っているぞ、とプレッシャーを掛けてくる菫星。


菫星:

「折りに触れ、ずいぶんとお強い方とか」

ジン:

「フン。お前らの考える『強さ』とは違うモンだと思うけどな」

菫星:

「我々で相手を務めるのは、どうやら難しいようです」

ジン:

「だったらどうする?」


 ジンはこのやり取りを楽しんでいるように見える。


菫星:

「いえ。ただ、あまりこういうことが無いように、お願いしたいのです」

ジン:

「心配すんな〈大地人〉にゃ手は出さねーよ。……そっちが手を出してこなきゃ、だけど」

菫星:

「合意に達したようで、なによりです。それでは失礼いたします」


 立ち去ろうと振り向いたその背中に声をかけるジン。


ジン:

「ああ、そういえばさぁ。ミナミってどうなってんの、アレ」

菫星:

「ミナミといえば、ここよりも西の街のことですね」

ジン:

「それだよ。あっれ、聞いてないかな? 向こうは、なぁんで言いなりになっちゃってんの? 衛兵さん」

菫星:

「…………」

ジン:

「て、ことは仮にだ。お前さんと『話をつけ』たら、同じことができちゃうってことか? なぁ、あくまでも『仮の話』だけど、そこのところどうなの?」にっこー

菫星:

「それは……。お答え致しかねます」

ジン:

「そーなんだぁ? 別にいいケドそれでも。だったらさぁ、今後とも『仲良く』しようぜぇ、菫、星、クン?」


 近づいた肩越しから、耳元でダメ押しするジンだった。

 菫星は無言で一礼すると、転移せずに歩いて去った。その姿が見えなくなるまで見送り、ジンはようやくオーバーライドを解いた。


ジン:

「怖かったか?」

ニキータ:

「いえ、平気です」

ジン:

「そうか」

ニキータ:

「今の、……脅してしまっていいんですか?」

ジン:

「ん。力を背景とした交渉をする気なら、負ける前じゃなきゃ意味がない。的外れなことをすれば、痛い目にあうものだ」


 こうして結局、衛兵すら正面からねじ伏せてしまった。しかも手加減して殺さないままで。

 ジンは何かの壁を、またひとつ乗り越えたのだろう。人の領域からも、遠ざかったのかもしれない。


ジン:

「買い物は中止だ。人が集まってくる前に逃げるぞ」

ニキータ:

「はい」

石丸:

「了解っス」

ユフィリア:

「…………」


 ごきげんナナメのユフィリアにはとりあえず触れず、リコに話しかける。


ジン:

「事情を聞かせてもらうぞ?」

リコ:

「私だって、何がなんだかわからない、けど!」


 素早く詠唱開始。リコは〈召喚術師〉だ。従者召喚であろう。


リコ:

「〈従者召喚:鋼鉄蜘蛛〉(スティールスパイダー)!」

ジン:

「ん?」

ニキータ:

「えっ、と」


 呼び出されて現れたのは、巨大な蜘蛛だった。……それを呼び出してどうする気なのだろう?


ニキータ:

「それって……」

リコ:

「さ、乗って!」


 いや、そうじゃなく。あんまり蜘蛛に乗ってみたいとか、思わないのですけど?


リコ:

「イダさんを見た目で判断しないで。すっごい役に立つし、素直ないいこなんだから!」

ジン:

「イダさん、ねぇ。……そもそも乗れるのか?」

リコ:

「パワーは十分。ただ、スペースが狭いから6人ぐらいが精一杯なの」

ジン:

「ふぅん」

石丸:

「失礼するっス」

ニキータ:

「……それじゃあ」


 胴体というのか、乗れる部分は毛が生えてフサフサしている。その毛がかなり硬かった。身の毛がよだつような、ぞわっとした感覚に襲われる。さっきよりもよほど泣いてしまいそうだ。


リコ:

「イダさん、お願い! ……しっかり掴まってて」

ニキータ:

「キャッ!」


 狭い路地の、ビルの外壁を垂直に登っていく。動きが蜘蛛のものらしく、カサカサッ、カサカサッ、という独特のリズムだった。掴まる場所にしても、硬い毛の部分しかない。引っ張っても頑丈でビクともしないのはありがたかった。

 だが、誰かに見られたら大変な気がする。街中にモンスターが現れたと思われて、退治されたりしないのかが心配だ。矢とか魔法とかが飛んで来ても不思議じゃない。

 

リコ:

「どっちに行きますか?」

ジン:

「銀葉の大樹へ向かってくれ」

ニキータ:

「もしかして……?」


 もしかしなくても、近くのビルにびゅーっと糸を吹きつけている。


ジン:

「マジかよ、スゲェ!」


 予想の通りにダイブ。スウィング軌道で移動。怖いは怖い。けれど、楽しいが上回った。絶叫マシンは嫌いではない(安全ならだけど)。

 本当だったら、こういうのはユフィリアが一番に楽しんでいるはずだ。大人しくしているということは、やはり久しぶりのお怒りだんまりモードだろう。こんな楽しいのを我慢しているだなんて、もったいない。

 振り子運動の頂点付近でパワーが途切れたら、近くのビル壁にソフトに接地。衝撃も小さいし、糸を飛ばしてビルにくっついているので落ちたりしないという。またカサカサ、カサカサと動いて、ダイブ。あっという間に大樹のところにたどり着いてしまった。


ジン:

「なるほど、応用が利きそうだ」

リコ:

「そうでしょう?」

石丸:

「しかし〈ファンタズマルライド〉は一人乗りでは?」

リコ:

「〈ファンタズマルライド〉は、ゲーム時代に召喚生物に乗るためのギミックでしょ。乗るためのサイズと頑丈さ、動くためのパワーがあれば大丈夫。あとは荷物運びといっしょね!」

ジン:

「確かに、荷物の安全に配慮する気はなさそうだったな」

石丸:

「……そうっスか」


 珍しく、石丸が絶句している気がした。たぶんあり得ないような挙動だったのだろう。


ジン:

「そんで? どうなってんだよ」

ユフィリア:

「……」

ジン:

「なにムクレてんだ。説明しないのか?」

ユフィリア:

「……」

ジン:

「わかった、あっちの男に訊くからいい。1、2本、手足をちょん切れば起きるだろ」

リコ:

「ちょっと!?」

ユフィリア:

「……」ぷくー

ジン:

「クックック。まるでフグだな」


 怒りで顔を赤くしたユフィリアがほっぺを膨らませた。文句を言いたいけど、言えなくて困っているのだろう。別に喋ればいいだけなのだが、ジンに逆手を取られてしまっている。


ニキータ:

「とりあえず、ギルドの中へ」

ジン:

「こいつらを中に入れたくないんだが……。まぁ、いい。そこだ」







 気絶状態のタクトを2階に運び入れ、葵たちを呼んで集まったところで話が始まった。静やりえ達は遠慮しているのか、出かけたのか、姿は見えなかった。たぶん出かけたのだろう。


葵:

「んじゃ、このコが彼氏だって名乗ったんだね?」

ニキータ:

「でも、ユフィに彼氏はいないわ」

リコ:

「タクトは高校2年の春に引っ越してきたんだけど、前に住んでた所に好きな子がいるって言ってて」

葵:

「ユフィちゃんと同い年だよね?」

ニキータ:

「私と知り合う、ちょっと前ぐらいってことかしら?」

ジン:

「…………」

ユフィリア:

「…………」


 ユフィリア本人が話せば早いのだが、だんまり中なので、口をきくまでしばらく掛かりそうだった。


レイシン:

「とりあえず、起こそっか」

葵:

「お願い、だーりん」


 背中に膝を当て、肩を引いて気付けするレイシン。肺に空気が入ると、タクトがハッと目を醒ました。


リコ:

「タクト!」

タクト:

「はぁ、はぁ、…………。ここは?」

葵:

「あたし達のギルドだ!」


 しばらく状況が分かるまで待つことにする。


葵:

「で、どういうことなの? 君はユフィちゃんの何なのさ?」

タクト:

「それは、彼女に聞いてくれ。…………ただ、俺は別れたいと思っていなかった」

葵:

「でもユフィちゃんには付き合っているって認識は無かった。だったら」

石丸:

「元彼っスね」


シュウト:

「……元彼?」


 戻ってきたシュウトが入ってきた。事情は後で説明することにして、続きを促す。


タクト:

「だけど! あれから直ぐに引っ越すことになっちまったし、あの後から、誰とも付き合おうとしてないって聞いてて。もしかしたら俺のせいかもって……」

リコ:

「その時、何があったの?」

ユフィリア:

「…………」


 そろそろ黙ったままでは済まされないのだが、ユフィリアにしても切っ掛けが必要かもしれない。


タクト:

「結婚を、申し込んだ」


リコ:

「けっ!?」

葵:

「けっ!」

シュウト:

「けっ?」

ニキータ:

「けっ、婚?」


 高校1年の冬に結婚を申し込んだとすると、少しばかり気が早いような気がしないでもない。いや、ユフィリアならそういう話があること自体はおかしくないかもしれない。けれど、だからといって(法律はともかく)、OKできる年齢とも思えない。


タクト:

「やっぱり、少し早すぎたって思うけど……」


 これは、ちょっとダンマリでは無理だろう。


ニキータ:

「ユフィ、意地を張らないの。今は、ちゃんと話をしなさい」

ユフィリア:

「…………。たっくん、ごめんね?」

タクト:

「いや、いいんだ。また会えて、今は凄く嬉しいよ」

ユフィリア:

「私も」


リコ:

「あああああ……」

葵:

「コレは、どうすんべか?」

レイシン:

「うーん、難しいねぇ」←なるようになるとしか思っていない

シュウト:

「…………」


 なぜかむっつりと押し黙っているシュウト。ジンもつまらなさそうに壁の方を見ていた。男性にとっては、あまり楽しい話題ではないかもしれない。


葵:

「とりあえず、積もる話もあんだろうし……」

レイシン:

「ご飯、食べていく?」

咲空:

「お風呂ならもう入れますよ?」

星奈:

「……」←にゃーん

ジン:

「構ってんじゃねーよ。もう用は済んだろ。さっさと出て行け」

タクト:

「ああ、言われなくてもそうさせて貰うさ!」

葵:

「ヘイヘイ、ジンぷー焦ってるぅ。きゃほ☆」

ジン:

「うっせぇ!」

ユフィリア:

「ジンさんはちょっと黙ってて!……ごめんなさい」

タクト:

「いや、大丈夫」


 ずいぶんとジンに不利な展開である。どうにかするべきかどうかも微妙なところだった。

 ここで立ち上がったのは、リコだ。ズンズンと歩いていくと、おもむろにユフィリアの腕を掴んだ。


リコ:

「話があるから、一緒に来て」

タクト:

「リコ?! 何する気だ」

リコ:

「私たち、お風呂に入ってくるから! また後でね」

タクト:

「あ、ああ……」


 気合い一発で押し切ったリコだった。お風呂と言われると反論などはしにくいようだ。


ニキータ:

「じゃあ、私も一緒に」

葵:

「いってらっさーい」によによ


 大丈夫だとは思うが、お風呂でつかみ合いの喧嘩なんかにならないように、見ておかなければならない。







 なんだか分からないが、とりあえずお風呂で女同士の会話をする気らしい。長湯することになりそうだったので咲空に連絡し、お風呂の温度があまり高くならないように頼んでおいた。階段を登り、最上階の9階へ。


リコ:

「なんて広いお風呂!」

ニキータ:

「素晴らしいでしょう?」


 9階はお風呂専用のスペースになっている。男女で別れていて、広々とした脱衣所がある。脱衣所にはトイレも洗面台も完備している。浴室もそこそこの広さがあるのが自慢だ。浴室の後ろにはボイラー室が隠されていて、火の精霊で水を温める仕組みになっている。水は、すぐ上の屋上であるため、設置されている水槽タンクからたっぷりと供給される仕組みだ。


 〈カトレヤ〉の屋上水槽タンクは、最新式の『噴水一体型』だった。1階エントランスにあるものより小さなサイズの噴水が機構として組み込まれている。〈海洋機構〉と〈ロデリック商会〉の共同開発品だった。(ジンさんがエルムさんに指示して、無理矢理に作らせたとか)これがなかなかの優れモノで、常に水を供給・蓄積してくれる。しかも深夜などで水をあまり使わない時刻には、あまった水が自動的に噴水の受け皿部分に戻る仕組みだ。水は『どこか』へと消え、タンクが破裂して壊れることがない。水が循環するため、いつもキレイに保たれるのもポイントだ。おかげで咲空が頻繁に水を供給しないでも良くなっていた。

 ただ、お風呂などで大量に水を使うには、小型噴水の供給能力だけではどうしても足りなくなる。やはり水の精霊を待機させておくことが必要だった。


 こうしたお風呂ひとつにしても2人以上の〈召喚術師〉が欠かせず、かなり贅沢な代物ということになる。贅沢とはお金の話ではなく、人と手間が掛かっているという意味なのだ。


 こうしてみると、シブヤのホームで使っていたタル風呂も風情があり、素晴らしかった。たまにあれに浸かりたい気分になる。ただ、湯の温度が冷めやすいことが難点だった。その点で、今度の浴室はさらに素晴らしいものに仕上がっていた。

 私のこだわりは湯量にある。肩から足先までをしっかりと温めることができる深さと、手足を伸ばして浸かることのできる開放感。浴槽の広さは湯量と同義だ。湯量があれば、温度がいきなり高くなることも、いきなり低くなることもなくなる。浴槽を広く・深くした場合の問題は、やはり水と熱である。水の体積による重量の問題は、念を入れて8階の天井を補強して貰っていた。そして水の量が増えると、今度はお湯を温めるのに時間が掛かってしまう。それはボイラー室を……。


リコ:

「貴方が、お風呂のこと大っ好きなのは分かったわ」

ニキータ:

「……そう?」


 顔が火照って感じる。どうも浴室の温度が少し高いのかもしれない。


リコ:

「でも、本当にいいお湯~」

ニキータ:

「でしょう?」←嬉しい

ユフィリア:

「きもちい~、ね~?」



 ……………………



リコ:

「ちがうわ! そうじゃない!」

ユフィリア:

「ちがうの?」

リコ:

「お風呂に入りに来たんじゃない! ……あなた、タクトのことをどう思ってるの?」

ニキータ:

「そういうアナタはどう思ってるのかしら? 人に質問する前に、自分から言いなさい」

リコ:

「……好き。大好きよ!」

ユフィリア:

「きゃあ! そうなんだ~?」

ニキータ:

「じゃあ、付き合って……?」

リコ:

「……ない。でも、私がこれからもずっと彼を支えていくんだから!」

ユフィリア:

「きっと大丈夫だよ!」

リコ:

「ありがとぅ……。じゃなっくってぇ! あなたはどうなの?」

ユフィリア:

「私……?」

リコ:

「そうよ。どうなの?タクトのこと、どう思ったの?」

ユフィリア:

「んーと、『わー、知ってる人がいたぁ!』って感じ?」

ニキータ:

「そうよね~」


 このちょっとズレた感じは『私の知っているユフィ』だった。


リコ:

「……あなた、空気読めないって言われるでしょ?」

ユフィリア:

「ちょっと。でも、そんなことないんだよ?」←こぶしを握って

リコ:

「いいえ、読めてないわ」

ユフィリア:

「そんなぁ(涙)」

リコ:

「いいわ。あなたはタクトのことを何とも思っていないわけね?」

ユフィリア:

「んー、でも、たっくんは私にとっても大事な人だよ?」

リコ:

「ちょっと! 言ってることが違う。どっちなのよ!」

ニキータ:

「……どういう意味の大事な人? ずっとそばに居て欲しい人?」

ユフィリア:

「えっと。 んー、恩人、かなぁ?」


 見事に噛み合わない。リコは自分のペースを見失いかけている。怒るテンションを維持しにくいのだろう。


リコ:

「予想外だわ。まさかこんなのが私の生涯最大の敵だなんて……」

ユフィリア:

「私って、敵なの? やだなぁ」

リコ:

「タクトが好きだって言ったんだから、あなたは私の敵。 敵よ!」

ニキータ:

「アナタも大変ねぇ~」ほっこり


 お風呂が気持ちよくて、だんだんどうでも良くなってきた。


リコ:

「確かに、あなたは私よりちょっとだけ美人だけど、……結構かな? かなり? 大分? この『顔だけ超人!』」

ユフィリア:

「顔だけ超人!?」

リコ:

「少なくとも、胸のサイズは私の勝ちね」

ユフィリア:

「おっぱいならここにあるよ?」ばいん

ニキータ:

「それは私のでしょ」


 リコはじっと自分の胸をみて、「本物?」と呟いた。肯定するために軽く頷く。キャラ作成の時にバカ正直に実際のサイズを入力した自分を何度呪ったか分からない。ゲームの中でぐらい小さくしておけば良かった。


リコ:

「……そっちのお姉さんには勝てないけど、あなたに勝てばいいのよ」

ユフィリア:

「うん。参りました」

リコ:

「簡単に負けを認めるのは、余裕があるからでしょ。上から目線ね」

ユフィリア:

「そうかな~? そんなことないと思うな~?」


 まぁ、そんなことは(ユフィに限って)なさそうだけども。


リコ:

「まぁ、いいわ。ところであのジンって人のことだけど」

ユフィリア:

「…………」ぷくー


 まだ不機嫌が直っていなかったらしい。ほっぺが膨らんで可愛い。


リコ:

「あなた、思ったより、けっこうブスね」

ユフィリア:

「……どうしてそういうこと言うの?」

リコ:

「確かに、あのジンって人はタクトを攻撃したわ。私にも許せない気持ちはある。けど、私はあなたがハグした方がイヤだった。あなたは私の敵。だから、私はあなたには同情しない。むしろジンって人に同情するの」

ユフィリア:

「そうなの?」

リコ:

「そう。ジンって人はあなたを守ろうとした。その結果、衛兵に襲われることも覚悟していたはずでしょ。なのに、あなたは怒った。ブスよ」

ユフィリア:

「でも、たっくんに悪いことしたよ!」

リコ:

「それを怒っていいのは私でしょ。あなたは好きじゃないんだから、怒る権利はない!」


 さすがにそれは暴論だろうとは思ったが、どうするつもりなのか興味深い。彼女には何か別の狙いがあるはずだ。


リコ:

「タクトもね、私に同じことをしてくれたの」

ユフィリア:

「同じこと?」

リコ:

「私たちは〈大災害〉でススキノに取り残されたの。それで何日かした後、頭がおかしくなった連中に襲われたの。それも街中でね」

ユフィリア:

「……どうなったの?」

リコ:

「タクトが逃がしてくれたわ。死を覚悟で戦ってくれてね。やっぱり衛兵とも戦いになってたし。タクトを残していくのはイヤだったし、彼が死んでしまうのは怖かった。けど、おかげで私は暴漢に捕まらないで済んだ。タクトは命を捨てても、私を守ってくれたの。あのジンって人みたいに衛兵に勝てるわけじゃないのにね。でも、負けるって分かってても戦ってくれたんだから、それは彼に勇気があるってことだわ。……私はタクトが生きて戻ってくれて凄く嬉しかったし、彼の勇敢さにとても感謝してる。今も大切な思い出なの」

ユフィリア:

「素敵……」

リコ:

「でも、あなたはフグみたいに膨れて怒ってるじゃない。ブスよ。確かに、タクトは暴漢じゃないわ。けど、本当の暴漢にあなたが襲われてたら、あのジンって人は同じようにするハズでしょ。暴漢からあなたを救うためなら、衛兵とも戦ってくれる人なのよ。それなのに、どうしてそんなに冷たくしていられるの?」

ユフィリア:

「だって、ジンさんは……」


 そう。ジンは強いから衛兵にも勝ててしまう。死ぬなんて覚悟はしなくても済むのだろう。でも、弱かったとしても、たぶん同じように戦ってくれた気がする。私が斬られそうになれば助けてくれて、本気で怒って、怒鳴ってくれたように。守られているという確かな感触がある。

 今回は相手がタクトだったから、ユフィリアは怒った。でも、たとえば姿を見せなくなった丸王が相手だったら、ユフィリアは果たして怒れただろうか?


ユフィリア:

「たっくんは大事な人なの。だから、ジンさんにも優しくして欲しかった。そうしたら衛兵だって来なかったでしょ。戦わなくても良かったはずだもん」

リコ:

「責任の一端はあなたにもあるんじゃないの? タクトはあなたが好きだって思っていた。でもあなたは違った。あの時、ハグを受け入れなければ、あのジンさんだって攻撃しなかったはずよ!」

ユフィリア:

「そう、なの、かな」

リコ:

「いいえ、見方を変えましょう。あなたにハグしたタクトが何もかも全て悪いんだわ。あなたは被害者で、何も悪くない。だから、タクトはジンさんに殴られても仕方ないのよ。それなのに、何であなたが文句を言うの?」

ユフィリア:

「なんでだろ?」


 なんと、リコはジンとユフィリアの喧嘩を仲裁しようとしているのだ。ジンを擁護するのには、当然、別の狙いがある。つまり、自分がタクトと上手くいくために『必要だから』こうしているのだろう。


ニキータ:

(面白い子……)


リコ:

「ひとつはあなたがタクトを好きだから、彼のために怒った可能性ね。でもあなたにとってタクトが恩人であって、好きなわけじゃない。だから、この帰納法的な推理は間違っていることになるわ」

ユフィリア:

「……うん」

リコ:

「だったらあなたのプライドの問題ね。久しぶりにあったタクトにあなたは良いところを見せたかった。それなのにジンさんが邪魔をした。あなたのメンツはボロボロ。それが許せなかったから、ふくれっ面して怒っているのよ。……本当にブスね」

ユフィリア:

「そうなのかな」


 そして、ようやく本題へと入っていった。


リコ:

「あなたは、いま同情心からタクトに優しくしようとしている。ジンさんがやったことを申し訳なく思っていて、だからジンさんの代わりに、タクトに優しくしようとしている。ちがう?」

ユフィリア:

「うん、そうかも」

リコ:

「好きでもないのに、そういうことされると、すっごく迷惑! タクトだってきっと勘違いする。タクトは、私がフォローするわ。お願い、出しゃばってこないで。あなたはジンって人に文句を言ってればいいの。私たちの邪魔をしないで!」

ユフィリア:

「う、うん。ごめんね?」


 なるほど。タクトに償いの意味で優しくするのを阻止するための、お風呂なのだ。


リコ:

「わかって貰えて嬉しいわ。私たち、巧くやれそうね?」

ユフィリア:

「そうかな?」←ちょっと嬉しそう


 得意げに狐の耳がピコピコと動いていた。

 ユフィリア相手にブスを連呼した分、すこしお灸を据えてやろうかしら?と思わなくもないが、ここは特別に黙っておくことにした。ここで無駄にこじらせると禍根を残すことになりかねない。ジンに関わる話は慎重であるべきだ。なにしろアキバひとつぐらい壊滅させかねない人なのだから。リコへの報復は別の機会に譲ることにしよう。


 形の良いヒップから、お湯に濡れてガリガリになった尻尾が何本も伸びていた。数えると8本ある。狐尾族の尻尾は霊格によって数が増えるという話だ。5本もあれば多い方らしいので、8本もあれば破格だ。普通に考えたら、プレイ時間やランキング、レイドなどと関係がありそうなものだが……?


ニキータ:

「その尻尾ってどうしたの?」

リコ:

「これ?〈大災害〉でこっちに来たら、いつのまにか増えてて。普段はしまっておくんだけど、お風呂に入った時ぐらい洗わなきゃと思って。数が多いと、本当に面倒なんだけど。でもタクトは尻尾が好きだって言ってたから、多くなって良かったって思ってるの!」

ニキータ:

「そう……」







タクト:

「リコ!」

そー太:

「リコさん! オレだよ!」

リコ:

「あれっ、君って……」

マコト:

「こんにちは」

雷市:

「偶然だね」

汰輔:

「あれからどうしてたの?」


 お風呂から戻ってみると、タクトの周りにそー太達が集まっていた。リコとは知り合いのようだ。そのままリコも交えて歓談してしまう。


静:

「なんていうか」

りえ:

「腹立たしいような?」

まり:

「美男美女だしねぇ……」

静:

「タクトさんって、隊長と同じぐらいのイケメンだよね?」

りえ:

「うむ。隊長のが微妙に勝ってるけどな!」

静:

「隊長はやさしーからね!」

りえ:

「だが、リコさんはなかなかのおっぱいだわ~」

まり:

「おっぱいって、このオッサン女子」

りえ:

「まぁ、まりさんの方が大きいですヨ。そんな不安にならんでも」

まり:

「なるか! ったく」


 どこまで事情を耳にしているのか、あまり分かってなさそうな会話をしていた。複雑なことになっているので、教えても面倒なことになるだけだろう。

 そー太達がタクトを連れて仲良くお風呂へ行ったので、リコだけが残されてしまった。手持ちぶさただろう彼女のところに、今度は静やりえが話かけている。


 夕飯までの時間にどうするべきかと考えてみる。タクトと話そうにもお風呂へ行ってしまったばかりだ。そうなると、半地下に降りて行ったであろうジンの側と、先に話を済ますべきかもしれない。


ニキータ:

「ユフィ、ちょっとジンさんと話してみない?」

ユフィリア:

「……うん」


 そうしてオールドメンズ・ルームに入っていくと、ジン達は別の話をしていたようだった。


葵:

「フム。こっちでしてた話は後で教えるとして、……そっちはお風呂でどうだった?」

ニキータ:

「面白い子でした。ある意味で」

シュウト:

「面白いの?」


 嫌そうな顔をしているシュウト。その脇で始まろうとしていた。


ユフィリア:

「ジンさん」

ジン:

「フグが俺に何か用かよ?」

ユフィリア:

「あのね、たっくんに意地悪しないで欲しいの」

ジン:

「なんで俺が?」

ユフィリア:

「私の大事な……、恩人だから。迷惑かけたくないの、お願い」

葵:

「へぇ、恩人なんだ?」


 元彼じゃなくて?というニュアンスだったが、解説すると話を遮ってしまう。私はこっちの話を優先した。


ジン:

「あのなぁ、俺には関係ねーだろ。お前が好きにするんなら、おれも好きにするだけだぞ。文句があるなら先に筋を通せ」


 ジンのいう筋というのは、過去の話からすれば、たぶん彼女になれとかそういう話のハズだ。つまり滅茶苦茶な要求をしていることになる。


ユフィリア:

「関係ないんだったら、殴ったりしないで。 やりすぎだよ。意地悪するのもダメだからね」

ジン:

「ケッ。抱きつかれて迷惑そうな顔してた癖に」

ユフィリア:

「ちょっと困っただけだもん!」

ジン:

「じゃあ、キスされんのも黙って見てろってことか!? ふざけんなよ」

ユフィリア:

「……キス?」


 そういうことだったのか。これで事情が一変してしまった。ジンの側にも言い分があったのだ。そこまでは想像が及んでいなかった。単にユフィリアが抱きつかれたのが嫌で、それでタクトを半殺しにしたのだとばかり……。


ジン:

「もういい。やりすぎて悪かったな」

ユフィリア:

「……う、うん」


 投げやりに口先だけで謝ると、そのまま出て行った。今度はジンが怒る番らしい。


ユフィリア:

「ね、キスしようとしてた?」

ニキータ:

「どうかしら。でもジンさんには私達には分からないものがわかるし、可能性は高いわね。……だけど、タクトくんも思いとどまった可能性はあると思だろうし」

ユフィリア:

「うーん……」


 タクトがキスするのを思い止まるかどうか。仮に、それを確認するには、キスされるのを黙って見ていなければならないのだとしたらどうか?それなら私も、ジンの下した判断は間違っていないと思う。いろいろやりすぎてはいるけれど。

 一方で、タクトが本当にユフィリアにキスしようとしたのか、本当のところは私たちには分からない。少なくとも、私にはそうした兆候は見えなかった。でも少なくともジンはそう思ったのだろうし、もしくは、ジンが後から思いついた言い訳の可能性だってあるかもしれない。この件をタクトに確認すればいいのかもしれないが、『そんなつもりは無かった』と言われてしまえば、今度はそれが嘘かどうかも考えなければならなくなる。それではキリがない。

 結果、ユフィリアはキスされていないという事実だけが残った事になる。


シュウト:

「何やってるんだよ、いちいちジンさん怒らせて!」


 イライラした様子のシュウトも部屋を出ていった。シュウトはジンの味方なのだろうけれど、反応が少し偏って感じる。


葵:

「……シュウ君はあれだ。ユミカちゃんとの事を思い出すよね。たぶんジンぷーも後悔したんだろうねぇ。ちょい、人の傷口エグッてるって自覚しよっか?」

ユフィリア:

「ごめんなさい」

ニキータ:

「でも、これはユフィが悪い訳じゃないですよ!?」

葵:

「ハハハ。『誰が悪い』なんて、白黒つくことばっかりじゃないって」


 人生で既に何かを諦めてしまったような、少し乾いた笑いだった。普段は幸せそうに見えても、みんないろいろな気持ちを抱えている。それは私もそうなのだ。幸せも不幸も、ごちゃ混ぜにして生きていくしかないのだから。


ユフィリア:

「……マスター、どうすればいいですか?」

葵:

「あたしには、わからない。占い師としてのあたしは、ただ相手の考えを肯定するだけさね。自分はどうしたいのか、分かってる?」

ユフィリア:

「ううん」

葵:

「なら話しておいで、タクトくんと。ジンぷーは、大丈夫だから」

ユフィリア:

「はい」


 それは『たとえどんな結果になっても』という意味だろう。


葵:

「それと、あたしのことはこれから女主人(ミストレス)と呼ぶよーに!」

ユフィリア:

「わかりました、ミストレス!」

葵:

「うむっ」


 

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