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014  異世界のかたち

 

 ――シブヤから幾つかのゾーンを通り、もうすぐアキバというところまで2人は歩いて来ていた。シュウトとニキータである。


 大地を踏みしめるリズムが心地好く揃っている。そういう所に私は喜びを感じていた。それは自分が〈吟遊詩人〉だからなのだろうか、と考えてみる。二人の間に会話は無かったのだが、私はそんな風だったのであまり気にしていなかった。自然の中にいて、耳をすませば、そこには音楽があった。

 話題に困ったらしきシュウトは、先日ジンに怒られたことを少し話し始めたのだが、自分が愚痴っていたのに気が付き、気まずそうに謝っていた。私はくつくつと笑った。


ニキータ:

「ジンさんってフザケ半分だったり、マジメだったりコロコロ変わるものね?」

シュウト:

「ずっとマジメでいてくれればいいのに」

ニキータ:

「それじゃ、息が詰まっちゃうでしょ」

シュウト:

「フザケっぱなしでいる方がいいってこと?」

ニキータ:

「大事なところでちゃんとしてれば、いいんじゃない?」

シュウト:

「……それは、そうかもしれないけど」


 腕組みして唸っていたシュウトは、ジンに「腕組みはするな」と言われていたのを思い出したらしく、急いで組んでいた腕を腰にあてがった。そういう律儀な部分は、この青年を好ましいものにしている。

 唐突に、呟くような言葉で問いかける。


シュウト:

「ああいうのも“自分化”してるってことなんだろうか?」

ニキータ:

「そうかもね……」


 自分が怒られた原因を、そんな風に表現してみたのだろう。


ニキータ:

(『自分化の反対』って、何?)


 物語などでよく引用される、とある哲学者の有名な一文を思い出す。細部の記憶は定かではないが『自分も化物にならないように気をつけろ』といった内容のはずだ。ジンならば、これになんと答えるのか……?


シュウト:

「参ったなぁ。また教えてくださいとかって、凄く言いにくい」

ニキータ:

「そんなに怒ってはないみたいだし、さっさと謝っちゃえばいいのよ」

シュウト:

「そう言われても……」

ニキータ:

「グジグジしない。そういう時は、気分転換でもしなさい」


 ――同じ行動をしても上手く行く時と、上手く行かない時とがある。男性はすぐに『解決策を求める』と言っては、今までの方法を無闇に変えたがるものだが、女性は解決策の模索に汲々することが少なく、成功するかどうかはその日の運やコンディション、もっと言えば『気分の違い』に影響されていると考える。

 焦って方法を変えなくても、気分が変われば、やり方が自然に変化して上手く行くことも多い。


ニキータ:

「ユフィは『ジンさんはいつも正しい、シュウトはいつも間違ってる』って言うわね」

シュウト:

「なんだか、贔屓の引き倒しみたいだけど……」

ニキータ:

「続きがあって、『だから気にしなくてもいいでしょ』って」

シュウト:

「相変わらず意味がわからない」

ニキータ:

「ウフフ、羨ましいのよ。……なんて言えばいいのかな? 自分が一番正しかったら、他人に教わる人はいないんじゃない? みんな、知らなかったり、間違ってるから、人から学ぶのでしょ?」

シュウト:

「正しいことを最初から知っていたら、教わる必要はなくなるわけだからね」

ニキータ:

「今はまだ知らないことがあるんだから、間違うのだって当然だし、気にしても仕方ないんじゃない?」

シュウト:

「やっぱりヘンな理屈だなぁ」


 迷惑そうに聞いていたけれど、少し元気になっている印象を受けた。今はこれでいいだろうと思う。


ニキータ:

「今の、ユフィリアって何が羨ましいのかな? 実際、怒られてばっかりなんだけど……」

シュウト:

「え? あー……」


 言ってしまっても良いのかを考え、言いよどむ。ユフィリアにだって人一倍誇り高い部分がある。普段は『そのポイント』に引っ掛からないだけなのだ。本人がシュウトに見せていない表情を、伝聞とはいえ、教えてしまって良いものだろうか? ……しかし、こんな風に悩む事自体が『問題』なのであって、私が彼女を裏切る気持ちなど、欠片も、毛頭も、芥子粒ほどにも無い。

 ユフィリアは、シュウトをそれとなく励ます役を、自分に回したという感触が前提にあったからだ。後は匙加減の問題である。


ニキータ:

「そうね、怒られたい女の子もそれなりに多いみたいな所もあるかもしれないでしょう? ……女の子って、『出来て当たり前』とか言われるものだし」

シュウト:

「そういうものかな……?」


 ――シュウトがイメージできる『女性』とは、真っ先に母親や妹のことになる。更に『女の子』と区切られたのなら、それはほとんどイコールで妹に当てはめて考えることになる。シュウトにとって自分の妹のイメージは極端でもあって、『むしろ何も出来ないのが当たり前だったような?』などと考えてしまう。


ニキータ:

「そうよ。……私だって勉強なんて出来て当然とかって言われてたもの。ユフィぐらい可愛いなら、余計に大変だったでしょうね」

シュウト:

「そういえば、料理も普通にできるって言ってたっけ」

ニキータ:

「かなり良いトコの女子大にも通ってるしね」

シュウト:

「へぇ~、でもどっちかといえば、ニキータの方が何でも出来そうな感じがするけど」

ニキータ:

「アリガト」


 誉め言葉に軽い礼を言って、受け流しておく。


 ――これは頻出パターンであり、「そんなことはない」と否定するのが一般的な流れだった。しかし、それで話の流れ切る事をニキータは好まなかった。話の流れで言った誉め言葉でしかないので、相手は本気で言っているとは限らない。それを真に受けて否定すると、相手の言葉を『本気だったこと』にしてしまう。その上で否定することになるため、拒否感が強まり、会話がブツ切りになり易い。こうして軽く受け流してしまえば、どうでもいい言葉の一つのまま終わりにできる。


ニキータ:

「ともかく、シュウトは目を掛けられてるんだから、がんばらなきゃ」

シュウト:

「そんなに怒られたいんだったら代わるって言っといてよ」

ニキータ:

「自分じゃ言えない?」

シュウト:

「それは、勘弁してほしいかな」

ニキータ:

「ボヤボヤしてると、ユフィに追い抜かれるわよ? ……この世界だと、男女に性能の差なんてないんだから」


 虚を突かれ、ビックリな顔をしたシュウトは、真剣な様子で頷いた。


 現実であれば、男女には肉体的に差がある。格闘技などで同程度の鍛錬をした場合、女性の勝ち目はほとんど無いだろう。戦うことに関しては単純に不利であり、劣っている。それを『性差』といったキレイな言葉で誤魔化してしまうのでは、結局のところは逆に性差別の助長に繋がってしまうだけだ。……たとえば、男女に性能差などないのだから、男性と同じ能力を発揮しろ、などと逆手を取られかねない。


 しかし、この異世界ではその様な違いは存在しないはずだった。クラスごとの特徴の違いはあっても、レベルが等しければ数値上は平等で、同等だ。それならば、ジンがシュウトを重点的に鍛えるべき根拠はどこにあるのか。仮に『男性だから』だとしたら、根拠などなくなる。単に、数日早くシュウトがギルドに加わったことが理由になっているのかもしれない。

 特に理由がないとすれば、今のシュウトは特権的な立場にあぐらをかき、不満を垂れ流しているだけになってしまう。もしも他に立候補者が現れたとしたら、自分が重点的に鍛えられるべき『その資格』があることを示し、常に示し続けなければならなくなるだろう。

 ……愚痴ることができるのは、甘く、幸せなことなのだ。



 ――神妙な顔をしているシュウトを見て、意外と『心に刻めるタイプ』なのかもしれない、とニキータは考えていた。

 そうこうしている間にアキバに到着している。街中まで入り、礼を言って別れた。

 二キータは随分と会話を楽しんでいたのだが、活気のある街を行くうちに、そんな自分の感情を自覚せずに済ませてしまっていた。





 ――カーテン代わりの布が風を受け止めきれずに波打ち、たびたび生まれる隙間から初夏の日差しが我先にと差し込む。様々な雑音が遠くから聞こえ、その音の意味の無さが心地好い静寂を感じさせた。床や家具に使われている木材の香気と生活の雑多な臭い、安物ソファのくたびれた感触……。そこにもうひとつ、嗅ぎ慣れない甘く爽やかな香りが漂い、何なのか確かめたい欲求をゆるく刺激し続けていた。

 ジンが昼寝から目覚めると、ユフィリアが肩にもたれ掛かって寝ていた。彼女の匂いだったか、と腑に落ちる。


ジン:

「……またか。おい、ユフィリア? ユフィ?」

ユフィリア:

「(すぅー、すぅー)」

ジン:

「どうすんだよ、これ? 動けねーんだけど?」

ユフィリア:

「…………」

ジン:

「…………」


葵:

「そこ、寝てる女の子にイタズラしないっ!」


 ――そ~っと手を伸ばしたジンに鋭く警告を飛ばす葵。


ジン:

「人聞きの悪いこと言うんじゃねーよ。寝てる女の子にする(、、)イタズラってのは、揉んだり吸ったり舐めたりの事だと法律で決められてんだぞ。俺のはちょっと頭ナデようとしただけじゃねーか」

葵:

「どこの法律よ。じゃあ、ナデるのは何なわけ?」

ジン:

「そりゃあ……可愛がり、とか?」

葵:

「なぁる。イジメでしたか」

ジン:

「相撲部屋かっ。……なんかちょっと、その、ウチの猫どうしてっかなーと思ってさ」

葵:

「ああ、猫肌が恋しくなったわけだ?」

ジン:

「猫、肌? ……まぁ、そういうことになるのか」

葵:

「……で、人肌に癒しを求めてみた、と」

ジン:

「性格悪いぞ、お前。……昔からだけど」

葵:

「ひとのこと言えんの?」

ジン:

「もちろん、言えない」


 ――にかっと笑い合うジンと葵だった。お互いの性格の良い所もロクでもないところも、承知している。


葵:

「それにしても可愛い子だよねぇ」

ジン:

「そうな」

葵:

「こんな子に懐かれちゃって、ジンぷーにも遅咲きの春が来たんじゃないの?」

ジン:

「馬鹿言え、どうせ父親が恋しいとかのオチだろ」

葵:

「そんなのわかんないじゃん」

ジン:

「フッ、だいたいな、若い女の子ってのはなんかしらんけど、人をペタペタ触るのが好きなんだよ。そんなんでイチイチ誤解してられるかっつの」


 ――愛され慣れてる人間のセリフに、葵がゲンナリする。


葵:

「(まぁ、たしかにアンタは『好かれる』けど『モテない』んだよねぇ~)」

ジン:

「……あん?」

葵:

「だけど、ここまで可愛い子は中々いないよ。……昔のあたしぐらいのレベルだぁね」

ジン:

「持ち上げてるのか下げてるのかよくわからんね」

葵:

「逃すとトンでもなくデカいぞぉ?」

ジン:

「まぁ、逃げる前からデカいだろうなぁ」


(えへへ)


葵:

「あれだよね、あたしを逃がした時もトンでもなくデカかったっしょ?」

ジン:

「…………あー、まぁ、そうだな。とんでもなくデカかったよ。これ以上ないぐらいの大物だった。いやぁ、失敗したー!」


(…………?)


葵:

「そうだろ、そうだろ。ウムウム。ふぁっはっはっは!」

レイシン:

「ハァ~、しょうがないなぁー。……何が食べたいの?」


(ぁ、レイシンさん?)


ジン:

「そ~ぉ? なんか悪いなァ、じゃあ豚肉ハンバーグとかお願いしちゃおっかなぁ?」


(うんうん。簡単だよね、ハンバーグって)


レイシン:

「シシ肉は豚とはちょっと違うみたいだけど、なんとかやってみるよ。明日の夜ね?」

葵:

「そういえばさぁ、シュウトくんはどうなのよ?」

ジン:

「アイツかぁ、頭は悪くなさそーなんだけどなぁ」

レイシン:

「やっぱり無理なの?」

葵:

「ふみ? なんかあったん?」

ジン:

「いや、思ったより早く性格のバカさが露呈したっつーか」

葵:

「へぇ~」

レイシン:

「はっはっは」

ジン:

「まぁ、諦めるのは最後でもいいんだし、もうちょい様子見かな」

レイシン:

「そういうとこ、教えたりするのに向いてるよね」

葵:

「ジンぷーがぁ? えーっ? 無い無い」

ジン:

「うっせ。……性格が硬いのが早く出てきてるわけだし、そこが壊れたら、案外、中はデレっと柔らかいかもしれん」

葵:

「なにそれ? ツンデレ?」

レイシン:

「その硬いところが壊れて、そのまま壊れっぱなしになったらどうするの?」

ジン:

「…………」

葵:

「…………」

レイシン:

「…………」


 ――気まずい沈黙を忘れようとしたのか、ジンが呼びかける。


ジン:

「起きてんだろ、ユフィリア?……さぁ、さっさと起きて、群れへおかえり」


 ――目をぱちりと開けると、悪びれる様子も無く、マイペースに身体をほぐしにかかるユフィリアだった。


ユフィリア:

「にゅーん!(伸びっ)、よく寝たぁ~。…………んーと、ニナは?」

レイシン:

「さっきアキバ行くって言ってたけど」

ユフィリア:

「それって、1人ですか?」

葵:

「まっさっか。行きはシュウ君を付けといたよん」

ユフィリア:

「じゃあ向こうでずっと一緒?」

葵:

「いやいやデートじゃないんだから。何かアキバで人と会うから遅くなるって言ってた様な? シュウ君は先に帰ってくると思うけど。……どうかしたの?」

ユフィリア:

「…………もしかして、どうかしちゃうかも?」





 ――ニキータは大手ギルドに在籍している友人と久しぶりに会える、というのでウキウキとしていた。相手は〈大災害〉の後は忙しくなってしまった様で、先日の飲み会にも顔を出していない。

 早めに到着したため、待ち合わせの時間までアキバの街を観て回る。急な話だったので、寝ていたユフィリアには何も言って来なかった。おわびでもないが、お土産を見繕うぐらいのことをしてもいいだろう、と考えていた。そこに、まっすぐ近付いて来た男と目があった。


丸王:

「よ~う、ニキータ」

ニキータ:

丸王(マルオウ)…………」


 浮かれていた気分が反転する。最悪だった。嫌悪感を隠さずに表情に出す。そういうことには鋭い男だったが、平気そうに近付き、そのまま不快な距離にまで入ってくる。これがコイツの手なのだ。弱気を見せればつけ上がるタイプなので、自分から下がることはしない。どこか獣の、脂のような臭いがした。


 ――丸王は尊大な態度の勘違い男なのだが、実際には小心者のサドだった。そんな相手を王などとは呼びたくないから、周囲の人間は「マルオ」(もう少しバカにする場合は「サルオ」)と呼ぶこともある。こうした理由ではあったが、親しみとは逆の理由で名前を覚えやすい。外見的には猿顔の魅力的な顔立ちをしており、精気(性欲)を発しているので人混みにいても目立つようなところがある。

 このタイプは小心者ゆえに人の顔色を窺うのが巧く、人の弱みに付け込むのが趣味になっている。弱そうな相手を見つけては、自分の想いを果たすという厄介な相手だった。弱い人間は自分よりも弱い者に容赦しないことがしばしばある。彼の欲求の強さは不満が理由であり、不満はその生来的な弱さが理由であろう。その性格から立場が大きく向上することはなく、結果、不満も尽きないのだから、欲求だけが深くなる。


丸王:

「今日はユフィリアはどうしたんだ?」


 答えたくなくて黙っていると、畳み掛けるように言葉を浴びせてきた。


丸王:

「なんだ、聞こえてないのか? ククク」

ニキータ:

「ユフィは、今はいない」

丸王:

「どうやらお前にも教えてないことがあるようだぞ?」

ニキータ:

「……どういうこと?」


 ――丸王は言葉を散らしながら、ニキータの弱みになりそうなキーワードを探していた。時には意味の分からない言葉で不安を煽ることもする。他人を操る快感を覚えた人間は、自分のことを賢いと錯覚する。だが、元が愚鈍な人間はやはり愚鈍でしかない。実は逆なのだ。『愚鈍だから』人が嫌がることであっても、同じことをしつこく続けることができる。


丸王:

「おい、一緒にこいよ? 向こうで話そうぜ?」

ニキータ:

「お断りよ。アンタに話はない」


 ――それでもニキータはかなり上手くやっていた。対等以上に渡り合っている。街中なこともあって、相手はそう強気に出られないのが分かっているのだ。衛兵がいるので暴力沙汰にはならない。いざとなれば大声でも出して人の目を集めればいい。しかし、ニキータはなるべく穏便にコトを済ませようとしていた。それが裏目に出てしまった。


丸王:

「何だ、その態度は? ……半妖精がどうなってもいいのか?」


 ――そのセリフは丸王としても切り札に近い。ニキータに揺さぶりが効かなかったので、使わなければならない所まで来ていたのだ。


ニキータ:

「アンタには無理よ、出来っこないわ」


 ――男は、女の微妙な変化を見逃さなかった。言葉とは裏腹に、ニキータは揺らいだ。


ニキータ:

(大丈夫よ、今はジンさんがいるのだし。手出しできるはずがない……)


 あの砂浜で一瞬だけ垣間見た圧倒的な戦闘力。そして先日の強行軍で見せた爆発的な気の奔流……。


ニキータ:

(でも私は、もう、ユフィを守らなくても、いい……?)


 ――そこは絶対に避けなければならないニキータの弱点であった。

 ユフィリアは彼女の支えだ。ニキータは彼女を守らなければならない。本当は2人はお互いを『守って』いた。しかし、二キータはユフィリアが『支え』だとは認めていても、自分が一方的に彼女を守っているものだと考えている。ユフィリアを守るという一念が、彼女に心の鎧を纏わせていた。それがもう守らなくてもいいとなると、彼女が立ち上がるための支えがなくなってしまう。


 武器は装備して来ているが、今日は戦闘装束ではない。友人に会うためにリラックスできる街着だ。急にそのことが気になり、初夏なのになぜか肌寒く感じてしまうニキータだった。


丸王:

「どうした、なんだか震えてるじゃないか?」


 左手を掴まれる。反射的に引き抜こうとしたが、男は離さなかった。触れられた部分の肌におぞ気が震う。男の顔に汚い笑みが浮かぶ。まるでモンスターのよう。


 ――野獣。それはニキータにとって『異世界の象徴』である。

 「異世界をナメるな」とジンは言った。彼女はそこには真剣に同意していた。ニキータは、恐ろしかった。この異世界がどうしようもなく怖かった。泣いても誰も守ってくれないから、男の格好をして戦うしかなかったほどに。無理をするしかなかったのである。平気なのだと信じるのは、絶対に無理だった。怖いのである。誰でもいいので守って欲しがっていた。



 怖い。おそろしい。もう嫌だ。誰か、助けて!

 ……もしかして『あの人』なら、自分を守ってくれないだろうか?


 異世界に来た頃の戦闘を思い出す。キャラ性能からサポートがメインだったが、みながリアルな戦闘に不慣れなこともあって、後衛の自分も敵から攻撃されることがよくあった。一度は灰色狼に腕を噛まれたこともあった。これまで生きてきて一度も聞いた事がない様な、動物が本気になって襲ってくる唸り声。それを至近距離で聞いた。狙われた喉の変わりに左腕を差し出したのだ。牙を立てられ、皮膚が裂け、唾液に混じって血が流れ出す。痛みもさほどではないし、HPも殆ど減らない。これでは死ぬことはないから大丈夫なのだと『頭では』分かっていた。


 ……でもそんな風に、頭で考えるように、簡単には思えなかった。簡単に死ねないのならば、この苦しみは死ぬまでの間、ゆっくりと、いつまでも続くのだと『分かって』しまった。いいや、違う。死ぬことすら拒絶されている。みな軽く笑いながら「やっちゃった」「失敗した」と笑顔で大神殿から戻ってくるではないか。

 灰色狼のおなかに何度も武器を突き立てて、殺した。思い切り熱い血を浴び、それが自分の肌の上でスッと冷めていった。……現実に、犬や猫に同じ事が出来る人がいたら、それは間違いなく気が狂っている人だろう。


 どう考えても、この世界は私を狂わせようとしている。どんなに強がっても、自分はただの女でしかないことを思い知らされる。



 ――むき出しのセカイが襲ってくるキョウフ。耳を塞いでも聴こえ続ける羽虫の音のよう。ホクロの様な黒いシミが増え続け、それが身体の隅々にまで広がって、いつか自分を真っ暗になるまで塗りつぶしてしまうのだろう。



ニキータ:

(……!)


 頭の中で鈴の音が鳴った。念話のコール。約束の相手であれば立ち去る口実に使えると期待した。迎えに来てもらうのでもいい。安堵とともに相手の名前を確認すると、それは間の悪いことにユフィリアからだった。この男の前で念話に出るわけにはいかない。そのまま放置してコールが切れるのを待つ。余程の急用なのか、ユフィリアからの呼び出しは止まらなかった。いつまでも止まらない鈴の音が不吉の知らせに変わっていく。


丸王:

「お前、ユフィリアと一緒にいて迷惑してるんじゃないのか? 本当は、アイツが邪魔なんだろう?」

ニキータ:

「そんなワケないでしょ!」


 ――丸王は『強い反応』を引き出すワードを見つけて、舌なめずりをした。次はどういう理由で邪魔なのかを探るつもりだった。女が2人いて、完全に仲良しなんてことは在り得ない。大抵、どちらかが何かの不満を抱えているものだ。大抵は恋愛絡みかなにか……そうして見当をつけてゆく。


ニキータ:

(ユフィリアが迷惑? そんなワケ無い)


 自分が戦いで傷付いても、彼女は笑顔で癒してくれた。自分は傷付かない妖精の笑顔で。それは私自身が望んでしていること。絶対に、彼女が負担であってはならない。もしも負担だというのならばジンに押し付けてしまえばいい。いや、それはダメだ、絶対に。


 念話の呼び出しがまだ続いている。諦めの悪さに少しイライラする。……お願いだから、今は放っておいて。私は、あなたを守らなきゃならないの!


ニキータ:

(ユフィリアが邪魔? そんなワケが無い)


 最後に見たジンと一緒にソファで寝ている姿が浮かぶ。違う。わたしはジンのことが好きなわけではない。ただ、このセカイが恐いだけ。もしこの身を捧げたら、あの人に守って貰えるかもしれないでしょう? でもダメ。ユフィリアがいる。彼女はジンが気になっていると言っていた。これまでにも色々な男性を『気になる』と言っていた。それでも、誰よりも大切なユフィ。……だけど、そうしたら『誰が』『わたしを』『守って』くれるのだろう? この狂気に染められた美しくも卑しい世界から……。


 ――恫喝する丸王の姿が、怒声を放つジンの姿と重なる。丸王までもが強い存在だと錯覚し始めていた。ニキータは怒鳴られるのが苦手だ。恐いのだ。ユフィリアみたいに怒られることなんて望んではいない。


丸王:

「お前が俺のところにくれば、ユフィリアは見逃してやる」

ニキータ:

「イヤよ!」

丸王:

「なら、どうする? アイツを見捨てて自分だけ助かりたいか? それともお前が犠牲になってアイツを助けるのか?」


 くだらない、論外だ。嫌に決まっている。でもそれだとユフィリアが狙われてしまう。彼女はどうしても守らなければならない。誰も見ていないところで彼女が襲われるかもしれない。


ニキータ:

(どうすればいいのだろう。私が居なくなってもユフィはジンが守ってくれる。でもダメだ、あの子は私が守らなければダメなのだ。(まだ念話が続いている)私の責任だもの。彼女は負担なんかではない。(念話がうるさい)彼女を守らなければ。でも、私には何の力もない(念話がしつこい)私が犠牲になれば、ユフィリアには手を出さないといっている。それならこの弱い私でも彼女の役に立つことができるのかもしれない。あの子を守ることができるのかもしれない)



 そうすれば、自分の存在にも少しは意味が……




?:

「…………ウチのメンバーになんの御用でしょうか?」

丸王:

「なんなんだ、テメェは?」



 いつの間にか、そこにシュウトが立っていた。





 新しい自作矢(ver.2)を模索するための素材を購入し、ちょっとした買い食いを楽しんでからアキバを出たところで、ジンから念話が掛かってきた。ニキータを探して守れと言う。そんな無茶な、と思いながらかなりの速度で街中を走った。念話にも出ないというので、本当に危険が迫っているのかもしれない。しかし、1人で1人を探そうとすれば、アキバはそんなに狭い街ではない。

 道を曲がろうとして〈猫人族〉の軽戦士と〈森呪遣い〉のカップルを避けるため、偶然に飛び込んだ路地の先でニキータを見つけることが出来た。男に絡まれているようで、腕を掴まれていた。毅然とした態度に見えたが、助勢しておくべきだろう。こういう役目は苦手だと自覚しつつも、何て言おうかと台詞を考える。そうして、間に身体を割り込ませるようにする。相手の方が少し背が高い。下から睨む形になった。


シュウト:

「とりあえず、その手は離してくれ」

丸王:

「ナイト気取りか? あぁ?」


 睨み返してくる相手と気合の綱引きになった。

 咄嗟にジンの真似をして、気を高めてみせる。隠れて少しずつ練習していたものだ。爆流のようだったジンと比べれば、まだまだ小川のせせらぎみたいなものだったが、今は少しでも威圧する必要がある。たとえこれが威嚇にはならなくても、特技発動を狙っていると勘違いしてくれたらありがたい。


丸王:

「この野郎……ッ」


 シュウトの思惑通りに反応し、パッと2、3歩下がっていた。



 ――援軍が来たことで、へたり込みそうになるニキータ。しかし、どこか弱々しい援軍でもあった。シュウトはモンスターとの戦闘では平均を大きく上回る有能な戦士だが、通常の人間関係では引っ込み思案のゲーム族男子に過ぎない。ニキータは内股にギュッと力を入れるて立った。彼女からみたシュウトは、自分と同じ『怒られる側』の人間だった。たったそれだけのことがニキータに力を与える。自分が彼を守らなければならないという思いが彼女を奮い立たせる。


 同時に、ニキータの瞳に力が戻ったのを見て取り、丸王は失敗を悟った。(全てはこの空気を読めない生っちろい小僧のせいだ)と怒りに荒れ狂う。顔をよく見れば、〈シルバーソード〉でそこそこ有名なプレイヤーだったが、今は聞いたこともないギルドタグになっている。ギルドからあぶれたか何かだろう。それならば恐ろしくはない、と踏んだ。

 ……だが、遠巻きに見物しようとするギャラリーが増え始めたのを見て取っていた。2人では恋人同士の痴話喧嘩かもしれないが、3人の男女となれば祭りだ。これでは丸王にしても分が悪いと判断する他にない。


丸王:

「〈カトレヤ〉のシュウト、覚えたぜ?」

シュウト:

「…………」

丸王:

「じゃあな、ニキータ。いつでも、お前が来るのを待ってるからな?」

ニキータ:

「…………」


 ――丸王は素早く雑踏の中に消えていった。


 僕はかなりホッとしていた。暴力沙汰になれば衛兵が来てくれるのだが、チンピラのような連中は街中の暴力に慣れている。何をしてくるのか予想できない『危うい雰囲気』も纏っていた。街の外でなら同じ〈暗殺者〉であるから、そうそう負けるつもりは無いが、多人数で嵩に懸かってくる、ぐらいのことはしてくるかもしれない。油断したいとは思わなかった。



ニキータ:

「ちょっと待ってて? ……もしもし、ユフィ?」

 

 そういうとニキータは念話を始めてしまった。「大丈夫?」「怪我はない?」などのお約束のセリフを言おうとしていたのだが、唇の先で泡になって消えた。先手を取られてしまった形である。


 しかし、連絡がとれずに心配していたらしきユフィリアが長話を始めた様子で、いつまで待っても念話が終わらなかった。ニキータも苦笑いしながら片手を顔の前に立てて「ゴメンネ」のポーズをしてくる。

 女性のピンチを救うという『白馬の王子』的な活躍をした気がしたのに、締まらない事この上ないではないか。何かを期待していた訳ではないのだが、やっぱり現実はこんなものか、と思った。


 念話が終わるまでたっぷり10分近くも待たされ、所在なく周囲を警戒してみたりした。ニキータを守れと言われているし、実際に事件があったのだから、ここで油断して立ち去る訳にもいかない。


ニキータ:

「ゴメン、おまたせ。……さっきのは、その、来てくれて、アリガト」

シュウト:

「ああ、……うん」


 念話が終わってから「ありがとう」などと言われても、とっくにタイミングを逃してしまっている。改まって言われると、その現実感の無さでしっくりと来なかった。


 ――言う方も言われる方も、どうにも気恥ずかしいやり取りになってしまっていた。





 ――その日、シュウト達は日本最大規模の街の商業地区にやって来ていた。美しい白亜の宮殿をその象徴とする街、マイハマ。大手の戦闘ギルドが戦闘訓練を行う関係で、シュウトや石丸、ユフィリア、ニキータは、既に幾度か訪れたことがある。物珍しそうにキョロキョロしていたのはジンの方だった。


 前回は、戦闘訓練と称してフィールドゾーンを旅したにも関わらず、めぼしいモンスターが出現しなかった。そのため今回からは、ゲームと同じようにクエストをこなして行くことに決まる。まずはイベントの種類も豊富なマイハマでクエストを探す。慣れてきたら段々と難易度を高めていく方針である。

 『しかし』というべきか、『やはり』というべきか、彼らは初手から躓いていた。



ジン:

「うーん、こいつは不味いな」

ユフィリア:

「たくさん仕事が残ってること?」

ジン:

「それもあるけどな。……シュウト、他に何か気付くことは?」

シュウト:

「えっと……」

石丸:

「アキバやこのマイハマ近辺の(クエスト)は終わっているものが多いっスね」

ジン:

「おっ、いいねぇ」

シュウト:

「そうか、傾向があるんですね?」


 ――クエストはストーリー開始の起点になるものなので、ある意味ではあらゆる場所から始まることになる。クエストの案内所や窓口のような場所に一括で集められ、そこで選べれば確かに便利ではあるのだが、ゲーマーに『お遣い』などと呼ばれるルーティンな作業になり易くなってしまう。

 伝説級の長編クエストなどでは開始ポイントすら秘密であることがしばしばで、ネットの攻略情報に載らないことも珍しくない。


 現在の〈大地人〉が、通りがかったタイミングでたまたまモンスターに襲われていた、のような都合の良い『ゲームの計算通り』に動くわけではないと思われる。それでも旅なれた〈冒険者〉であれば、そのパターンからクエストの開始ポイントがなんとなく分かることも多い。


 シュウト達はとりあえず酒場でも受けられる『お遣い』に近いクエストを確認しているところであった。現状は、その殆どが未達成であり、そもそも手付かずの状態で残されている。より正確に言えば、面倒そうなものばかりが残されていた。……大手ギルドは高レベル帯のクエストや欲しい素材など『自らの事情』で優先的にクエストを選び、それ以外の中小ギルドなどパーティプレイヤー達がマイハマまで足を延ばす理由は、短期間で稼げるクエストなどを優先的に行うためだ。結果的に場所が少し遠かったり、あまり報酬が期待できないもの、6人パーティではシンドイ作業などが軒並み口をそろえてお待ちかねの状態で放置されていたのだ。


 半月前の〈円卓会議〉の結成により、アキバの街は活気付き始めたばかり。改めて、この異世界での戦闘訓練を始めた小規模ギルドも多い。現在は過渡期であり、シュウト達はその混乱を目の当たりにしているのに過ぎない。彼らにしても、ここに来るまで状況を知らないでいたのだ。偉そうに非難できる謂れなどありはしなかった。


ジン:

「シュウト、後で時間を見付けて〈円卓会議〉に報告しておいてくれ」

シュウト:

「それって……」

ジン:

「おてまみ書けっての。面倒でも、やれ。何事も経験」

シュウト:

「……了解、です」


 すぐにこうして、雑用ばかり押し付けてくるから困る。少しは、強くなるための秘訣とか、心得とかを教えて欲しい。


ジン:

「しっかし、大手ギルドに仕事の割り振りだのを取り付けるにしても、直ぐできるわけじゃないだろう。その間、俺達は俺達の出来ることをする」


 そういってジンは貼り付けてあったクエストのメモを何枚か引っぺがした。ここのシステムは、登録する際に名前を書き込むタイプなのでマナー違反だったが、誰もやらないのが分かっているので、問題はないだろう。


ジン:

「さ、これをやるぞ」


 そう言いながら数枚のクエスト書を渡してくる。


シュウト:

「えと、今日はどれをやるんですか?」

ジン:

「だから、これ」

シュウト:

(このパターンは……)


 だんだんとジンのパターンを掴み始めている。それが成長なのかどうか、あまりよく分からない。ダメ人間になりそうな気もする。


シュウト:

「つまり、全部やりたいんですね?」

ジン:

「おっ、だいぶ分かって来たみたいだな。木っ端クエストなんだ、1日に3つ、4つこなさなきゃ話にならないだろ?」


 そうして6人で座れるテーブルを掲示板の近くに移動させた。石丸に地図を開かせ、ニキータに軽食と飲み物、チップの支払いを指示したジンだった。


ジン:

「さ、計画を練れ」


 いつもの無茶振りである。


シュウト:

「いや、練れって言われても……」

ジン:

「お前ならどうやるんだ?」

シュウト:

「えっと、順番とかルートを決めればいいんですよね?」

ジン:

「そうそう、その調子だ」


 石丸を相手に『ああでもない』『こうでもない』と議論を始めた。20分ほど経過しても何も決まらず、うつらうつらしていたジンが重い腰を上げる。


ジン:

「お前、何日連続でクエストするつもりなんだよ?」

シュウト:

「え? いや、そうですけど……」

ジン:

「始めと終わりを決めるんだ。毎日ギルドに帰還で終了にしろ。そうしたら1日3~4件になるだろ? 移動手段に帰還呪文を組み込むのを忘れるな。それと、馬の連続召喚時間もだ。俺達のは8時間可能だが、ランクが違えば何時間だとかがあるだろ?」

シュウト:

「ま、待って下さい、メモします」

ジン:

「それから、クエストがどうのとかよりも、〈大地人〉の命が優先だかんな」

シュウト:

「……分かりました」



 ――シュウトがこうして作業を再開した頃、本日分の仕事を終えて早々と戻ってきたギルドが現れ始める。終了報告を兼ねて、この場所で昼飯にするのである。

 何やら机で作業しているシュウト達を横目で見て、その中のひとりに気が付く。


冒険者A:

「お、ユフィリアじゃん」

冒険者B:

「えっ、『半妖精』が来てるの?」


 ――話し掛けたい様子で、近付いて行く。



冒険者A:

「ユフィリアだよな?」

ユフィリア:

「あれっ、久しぶりだねー!」

冒険者A:

「それって、何やってんだ?」

ユフィリア:

「えー? クエスト地点までのルート決めとか?」


冒険者B:

「へーぇ………あっ」

ユフィリア:

「なに?」

冒険者B:

「うん。そこのゾーンなんだけど……」


 ――こうして始まっていた。彼女が切っ掛けだった。ユフィリアに『ちょっと良い所を見せたい』と思った1人が起点となり、次第に数名が会話に参加する。ジンの態度に倣い、『シュウトにコレコレを教える』という形で盛り上がっていた。

 ユフィリアは気を利かせ、遠くで羨ましそうにしている者たちにも参加するように促す。最終的に数人がテーブルに身を寄せ合い、地図とクエストを交互に睨む様にしながら、あっちでもない、こっちでもないと議論し、熱が加わっていく。パーティのメンバーまで合わせれば、酒場にいる人数は30人を越えていた。



 みんな気の良い連中で、知ってることは何でも話したし、面白いアイデアがあれば検証しようということになった。冒険が好きで、この世界が好きで、それぞれがそれぞれの形で善良だった。彼らは確かにこの世界を共に生きる仲間だった。


 ジンがレイシンに何事かを頼む。するとレイシンは、近くにいた召喚術師に声をかけ、酒場の厨房を借に行った。しばらくすると、手早く料理を一品こしらえて戻ってくる。それに合わせてニキータが全員分の飲み物を手配していく。

 レイシンが作って来た料理は、揚げ物だった。それは非常にトンカツに酷似していた。


冒険者C:

「トンカツか、うめぇ!」

冒険者D:

「今日はラッキーだったな」


 我先にお代わりを取って行き、あっという間に全てなくなってしまう。


ジン:

「なぁ、これって何の肉?」

レイシン:

「そりゃ、この間のイノシシの肉だけど?」

ジン:

「それって、今日の俺のハンバーグになるはずじゃ……? 残してあるんだよな? な?!」

レイシン:

「……また獲りに行けばいいじゃん」

ジン:

「マジかよ~……。神は死んだ」

レイシン:

「はっはっは」


 ハンバーグの有無で神の生死は決定されるらしい。


 数日分のプランを立て終え、出立になる。今日はこれから二ヶ所回ってこなければならない。幾つかのパーティが、もうひとつぐらいクエストをやっていこうといい始めていた。見栄かもしれないし、矜持かもしれない。なんでも良いのだろう。


ジン:

「みんな、ありがとう。出発する!」


 酒場から出るとき、フロアに居た全員がこちらを見ていた。激を飛ばす者や手を振る者、笑顔を見せる者や、頷く者、それぞれの形で激励してくれた。半分ぐらいはユフィリアに何か言っていただけだったが、僕は『何か凄い日になったな』と思っていた。


 ――いつも楽しそうにしているユフィリアが、今日は嬉しそうにしていた。大切な何かをそっと閉じ込めようとしているようだ。本当に美しい瞬間を見たのだと、シュウトは思った。人の姿をした妖精はシュウトの手の届かないところをすり抜けてジンの腕に抱きつく。


ジン:

「おい、歩きにくいって。……まさか、人気者様が俺に敵をプレゼントしようって魂胆か?」



 ――そして、邪険に扱われていた。

 


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