135 北の国から / 典災の情報
男A:
「アキバ1の美人といやぁ、そりゃレイネシア姫だろ。オレは夕餐会にも出たんだ、間違いない」
男B:
「そういや、なんかトラブったらしいな?」
男C:
「マリエールさんだから、絶対マリエールさんだから」
男A:
「大したことはない。ただ、あのシロエってのはいけ好かないヤツだな。ネチネチしてて……」
――大衆食堂という風情の、広めの店内。タクトとリコは向き合って食事していた。離れた席のどうでもいい会話が聞こえてしまう。身体性能の問題なのか、むこうの話し声が大きいだけかは、微妙なあたり。
この男と女は北海道のプレイヤータウン、ススキノからやってきた。救援隊と別れてからは、あてもないその日暮らしを続けている。タクトが〈D.D.D〉に入るのを渋ったためで、そうなると必然的に知り合いなどはいなくなってしまった。
何かに備えて貯金は崩したくない。だから、お金を得るために戦闘に出かけるのが日課になった。暮らしに不安がないといえば嘘になる。それでも惚れた弱みもあって、リコは2人切りの生活を満喫していた。貧乏暮らしはフォークソングの世界でもある。お金を節約とかいう名目で接近しまくっていた。体をなすりつけてもいいのだ。2人で一部屋(ベッドは別)だなんて、同棲生活そのものだ。役得、役得と、リコ自身も意外と図太い自分に驚いている。
タクト:
「どうした?」
リコ:
「ううん。何でもない」(みとれてただけ~)
タクト:
「ほら、ホッペに付いてるぞ」←取ってパクッと
リコ:
「あっ。もぅ、恥ずかしいよ~(照)」
タクト:
「今更なに言ってんだ。こんなのしょっちゅうだろ」(しょっちゅうホッペに米粒つけてるだろ、のつもり)
リコ:
「う、うん。そうだよね」(しょっちゅうパクッてやってもらってるよね、のつもり)
タクト:
「ここのメシ、けっこう旨いな」
リコ:
「うん!」(……やっぱり好き! しあわせ~)
――ノロケたかったが、手頃な相手がいない。今のところ、リコの不満はそのぐらいだった。
……というのは巨大な嘘である。リコは、深刻な不満を抱えていた。腹立たしいので、普段はそのことを考えないように努めている。彼女は高校時代に告白済みである。その後も何度か告白したり迫ってみたり(!?)したのだが、タクトは『好きな人がいる』の一点張りで交際をOKしてくれなかったのである。『手を出してよ、手を!』と内心では叫んでいる。彼女は、ゴム越しだろうと妊娠してみせると決めていた。どうやって妊娠するつもりかはともかく、そのぐらい本気だ。普通にドン引きされてもおかしくない。否、ドン引きされない方がどうかしていた。
タクトは外見もイケメンだが、(リコからすれば)中身もイケメンで、勉強もできるし、スポーツはもっとできた。
タクトはもうちょっと背が欲しかったと嘆くこともあるが、リコとは釣り合いがとれているので十分だ。決して背が低いというわけでもない。178センチもあれば十分だろう。どうして190センチが理想とか言っているのかリコには意味が分からないし、分かりたくもなかった。だって190センチもあったら、立ったままちゅーできないではないか、うんぬん。でも、そんなところも魅力的だと思っていた。2秒で意見を翻し、自分のために屈んでくれたらオッケーとか思っていたりする。完全に盲目である。
彼女は出会ってすぐにこれが自分の運命だと思った。たとえ違っていても運命の方を変える覚悟である。邪魔するなら神だろうと殺す気でいた。年頃の乙女、恐るべし。いいや、『年頃』『乙女』としてカテゴライズするべきではないだろう。リコ、恐るべし。
リコは、(ここまでの説明から分かるように)ストーカーだ。それもタチの悪いストーカーであり、ぴったりくる表現としてはストーカーになる(しつこい)。ただ、タクトが甘やかした部分がとんでもなく大きい。「困ったヤツだ、仕方ないな」と許してしまうので、もはや本人公認のストーカーだった。「ダメだこいつら」「どうしてこうなった」はクラスメイトの弁である。
本人公認のストーカー、リコはというと、モテないと言えばモテないが、それはタクト以外に興味がないのが理由だった。スペックだけなら周囲を圧倒していたりする。ショートカット系の可愛い美人で、健康的なスタイルの持ち主だ。勉強をやらせれば全国模試で二桁上位レベル(タクトに教えるため)。家事スキル全般を修得済み(もちろん花嫁修業)。……リコの生涯最大の敵(タクトが好きと言っている女)との決戦に向けて、ちゃくちゃくと準備を整えていた。
〈エルダーテイル〉はプライベートタイムをより長く共有するために誘った仕掛けのひとつだった。これで異世界に来てしまったのはさすがに想定外であり、どうしようかと思ったのだが、予想を遙かに上回る結果オーライとなった。男の子の本能が全開となったタクトは、リコを守ろうとがんばってくれたのだった。無頼の集団〈ブリガンティア〉に狙われたりもしたけれど、アキバまでくれば大丈夫だろう。
食べている途中で動きが止まっているタクトに気が付く。
リコ:
「ねぇ、最近よく考え事してるね?」
タクト:
「……そう、かな」
リコ:
「天秤祭でしょ、何があったの……?」
タクト:
「うん……」
男B:
「……だが、やっぱり『半妖精』だよ」
男C:
「マリエールさんだって。みんなおっぱい小さすぎだって」
男A:
「ファッションショー、行ったのか?」
男B:
「行った。メッ!って。メッ!」デレッデレ
男C:
「天秤祭のマリエールさんが優勝だろ」
男A:
「だけど、……あの子、とんでもない男好きって噂だぜ?」
男C:
「そうなの?」
男B:
「それは美人かどうかには関係ないだろ」
男A:
「一緒のギルドに入ったヤツが言ってたけど、男を作ってベタベタしてたってよ。また別の他のヤツが言うには、誰とでも寝てるって」
男C:
「どうせそいつはヤってないんだろ?」
タクト:
「嘘だ!! 彼女は、そんな子じゃない!!」
我慢できない風に立ち上がったタクトは、店中に響き渡る大声でどなりつけていた。
リコ:
「ちょっと、……どうしたの?」
男C:
「なんだよ、びっくりしたなぁ、もう~」
男A:
「……なに? アンタも惚れた口?」
タクト:
「違う! お前らと一緒にするな!」
リコ:
「タクト!? ねぇ、タクトってば! もうやめなよ!」
男A:
「って、お前にあの女の何が分かるんだよ?」
タクト:
「分かるさ。俺は……」
男B:
「てか、あんた誰?」
タクト:
「俺は、……俺は! あの子のカレシだ!!」
――リコを含めたその場の全員が度肝を抜かれていた。うな重だと思ってフタを開けたら、たこ焼き丼だったような。まるで『意味』や『理解』から取り残されてしまう。
リコ:
「どう、なってるの……?」
――こうして、彼らの運命は幕を開けた。
◆
ボダレルブリッジでの激闘を終え、星奈達を迎えに戻った〈ロカの施療院〉から、アキバのギルドホールに帰って来た。帰りは〈帰還呪文〉なので一瞬である。遅い昼食を取って、ようやく一息つける。……はずだったが、食事の準備ができるまでの間、ジンと葵がえんえんと文句を言い続けた。標的は〈円卓会議〉。今回の敵の情報が得られなかったことで、2人とも激怒していた。いわく、「説明責任を果たさなければ文句を言われるのは当然のこと」。「使い物にならない」「あの秘密主義は高2病」「ガキが権力に酔ってるだけ」「お荷物会議」、エトセトラ、エトセトラ。
仕方なく、僕がアイザックに直接、教えて貰ってくることにした。〈黒剣騎士団〉がんばってたし、と思っての行動だ。
いや、頑張るのなんてこのレベルだと当たり前のことでしかない。がんばってさえいれば、何しても許されるのなら世話はいらないのだ。終わったクエストの情報を秘匿しなければならない何か『正当な理由』があればいいが、なければ本当に『お砂場のゴッコ遊び』でしかない。
個人的に〈円卓会議〉の肩を持たなければならない理由は、僕にはなかった。
『まだ、ゲームをやってるつもりなのかな?』とかなり辛辣なことを思いはじめている。内心では、かなりジン達の意見に傾いてしまっていた。いけない、いけないと思いつつ、警備隊の詰め所へ。
〈黒剣騎士団〉はだいたい詰め所にいるか、ギルドホームか、訓練やらで街の外に出ているかだ。とりあえず詰め所をのぞいて、居なかったら誰かに念話して調べようと思っていた。
黒剣騎士団員:
「話は終わりっ! 帰った帰った」
ユーノ:
「ちょっと! 乱暴にしないで! エッチ!」
黒剣騎士団員:
「うぉ、人聞きの悪いこと言わないでよ!?」
ユーノ:
「えへへ。ね、もうちょっとだけ教えて? お願い!こんなんじゃ記事書けないでしょ?」
黒剣騎士団員:
「しつこいなぁ、もう終わりにしてってば~」
シュウト:
(ええっと……)
見覚えのある敏腕記者さんが何か食い下がっているではありませんか。面白いからしばらくみてようか?とか思ったり。(ここで会うのかー、なるほどなー)と成り行きの不思議さを味わう。
彼女、なんと団員の隙間から強引に突破を試みた。が、つまみ出されて、ポイっと捨てられた。まるっきり猫扱いだ。その後で悪態を吐く姿などは、ザコ臭のする小悪党だ。なんというポンコツっぷり。やはり面白い人である。
ユーノ:
「くっそー。覚えてろよ!…………あ。」
シュウト:
(あ、気が付いた)
ユーノ:
「……(フイ)」
なんと、こちらに気付かなかったことにしようとしている。自然な感じで顔の向きを変えたつもりらしいけど、全くの不自然ですから。
ユーノ:
「チェッ、出直すとしよう。うん、そうしよーっと」そそくさ
独り言がわざとらしい。完全に、僕に聞こえるように言っている。立ち去るという合図なので、とりあえず引き留めておく。
シュウト:
「やぁ、久しぶりだね」
ユーノ:
「えぇ? やだぁ、シュウトくーん。どうしたの、こんなところでー? わー、ぐーぜんだねぇ~」
シュウト:
「すっごい、ワザとらしいんだけど?」
ユーノ:
「えーっ、何がぁ? どのへんがー?」
シュウト:
「全部でしょ。というか、気付いてないフリして逃げようとしたよね?」
ユーノ:
「えー? なんのこと? ボク、ぜんぜんわかんないなー。アハハハハ!」
シュウト:
「でも、顔がすっごい赤いけど」
ユーノ:
「な、ななななな。そんなことないってば!」
2歩ばかり跳び下がると、まるで洗顔ケア中に美容液を浸透させているみたいに、両手でホホのラインを覆い隠す。顔が赤くなったとして、隠すのそこかな?と思ったが、どうでもいいので言わないでおく。ユーノも慌てたせいか、白々しいセリフじゃなくなっていた。
シュウト:
(参ったな、謝るチャンスを逃したかも……?)
デートの約束をすっぽかしたのをちゃんと謝りたかったのだけど、このままだと逃げられてしまう。今は話を続けなければならない。機会を見つけて、ちゃんと謝ろうと思った。
シュウト:
「取材、断られたんでしょ?」
ユーノ:
「……うん。今朝からの、病気の騒動のこと。敵モンスターの情報とか調べてこいって言われたんだけどね」
シュウト:
(えっと、どうしようかな?)
言いたい言葉、言うべき言葉が幾つも浮かんでは消えた。今の自分に出来ることってなんだろう。……少しばかり格好付けてみたい気分。僕は黙って詰め所に向かった。
シュウト:
「こんにちは。アイザックさんって、もう戻ってます?」
黒剣騎士団員:
「はい、大将ならいますよ。……あ、先程はどうも」ぺこり
シュウト:
「訊きたいことがあるんですけど、いいですか?」にっこり
黒剣騎士団員:
「は、はい。たぶん、大丈夫……だと思います」
振り返ってユーノに口パクで尋ねた。『一緒にくる?』 彼女は誘いに飛びついてきた。
ユーノ:
「ありがと!」
シュウト:
「邪魔しないでよ?」
ユーノ:
「しないよ、しないしない!」
いささか不安な気持ちにならなくもない。
黒剣騎士団員:
「あっ、またぁ!」
ユーノ:
「べーっ」
舌を出して『反撃』しているのを見て、苦笑いしてしまう。しかし、僕の腕にしっかりと巻き付いて離れない構えだ。困った顔をした団員に会釈しておく。
そのまま奥の部屋へ。本命の、目を閉じているアイザックに話しかける。
シュウト:
「お疲れさまです、アイザックさん」
アイザック:
「……ん? よぅ、お前さんか。どうした?」
シュウト:
「今回の敵について、訊きにきました」
アイザック:
「またその話か。……それはだなぁ」
目が泳いでいる。話しにくそうにしているところをみると、何やら事情がありそうだった。
シュウト:
「口止めか、何かですか?」
アイザック:
「まぁ、そんなトコだ。ワリィな」
シュウト:
「…………」
さて、どうしたものか。このまま引き下がるべきだろうか。いや、それだとジン達は納得しないし、ここまで来た意味もない。
ユーノ:
「話せない何かの事情があるって、まだ事件は継続中なんですか?」
アイザック:
「チッ。いや、そうじゃねぇ。あの事件は終わった」
ユーノ:
「だったら、また別の事件が起こるってこと?」
アイザック:
「……あのな? こっちも夜中に叩き起こされて、今まで休めてねぇんだ。眠いんだから、そのぐらいにしやがれ!」
シュウト:
(確かに、疲れてるよね(苦笑))
意外にも(……は、失礼か?)鋭い質問を飛ばすユーノ。しかし、そんな彼女を怒鳴りつけて、あっさり黙らせてしまうアイザックだった。女の子に声を荒げるのはどうかと思ったけれども、彼がやると漢気だな、という気分になるから不思議だ。
だからと言って、簡単に引き下がる訳にも行かない。こういう時にはどうするべきだろうか。
シュウト:
(ジンさんなら、どうする……?)
自分のななめ後ろにジンが立っているイメージ。
ジンのイメージ:
(……この手の、一見、何も考えてなさそうでいて、本当に何も考えてないバカ共に通じる言語は、ひとつだ)
シュウト:
(『実力』……ですね?)
ジンのイメージ:
(そうだ。『格下』とかってナメられたら終わりだぞ、シュウト)
シュウト:
(分かりました……!)
どんなに正しい言葉を持っていてもダメなのだ。相手は言葉を聞く前にシャッターを降ろしてしまう。『何を話すか』ではなく、『誰が話すか』が問題だ。
今にも舟をこぎそうなアイザックを見る。眠いのは可哀想だ。少し『起こして』あげよう。
シュウト:
(コイツ、何回殺せるかな?)
1回、2回、と数えていく。効果はテキメン、すぐに虎が目を醒ます。
アイザック:
「オモシレェ……」
自分が獰猛な獣たちの巣穴にいることを自覚する。以前ならとっくに萎縮していたに違いない。しかし、意外とこの程度の修羅場で怯むことはなかった。なんてことなく感じる。なにしろ僕の日常はもっとハードだ。
周囲の雑魚を無視し、目の前の獲物を狩ることに意識を集中する。対多数戦闘の『基本』と『到達点』は同じ。多人数とは戦わないこと。マルチタスク厳禁。
話す気がないのなら『殺すまでだ』、と思い定める。相手は曖昧な演技やフリが通じる相手ではない。本当に殺す。下手な動きをする前に、〈ソード・オブ・ペインブラック〉は持たせない。
シュウト:
(第一、僕はお前らを助けるために来たんだ! もし、ここにジンさんがいたらどうなってることか!……今頃、全滅してたぞ〈黒剣騎士団〉!!)
アイザック:
「……おい、レザリック」
押し切ったとは言えなかったが、押し切られることも無かった。どうにかなった気がする。
出番を待っていたかのように、副官のレザリックが出てきた。
最後にちょこっとジンの威を借りてしまったけれど、そこら辺はOKってことにしておく。アウェイで、多人数に囲まれている状況にしては、がんばった方だと思う。
事情が飲み込めず、ユーノは不思議そうな顔をしていた。殺気とか気合いのやり取りをしてたのは分からなかったようだ。戦闘になってたら彼女を巻き込んでいたなーと思い直す。まったく失念していた。反省。
レザリック:
「はいはい。すみませんね、ウチのアイザックくんは……」
アイザック:
「テメェ、『くん』付けてんじゃねぇ!」
レザリック:
「口止めされてるので、『ぺらぺら喋る俺、カッコ悪い』とか思っているだけなんですよ。むしろ話したいタイプなんです」
シュウト:
「あ、そうなんですか?」
レザリック:
「ええ。自分では話せないので、代わりに教えてやってくれって」
ユーノ:
「……もしかしなくても、ツンデレ?」
アイザック:
「チィッ」
誤魔化すように顔をそらすアイザック。少し、ホホが赤らんでいる気がしないでもない。シャイな兄貴って噂は本当だったか。
レザリック:
「本題の前に。……貴方はともかく、そちらのお嬢さんが一緒だと、少々、複雑なことになるのですが?」
ちらりとユーノの表情を確認する。疑われて傷ついた風には見えなかった。平然と受け止めて見える。
シュウト:
「いえ、彼女は信用できます。不必要なことを口外することはありません。信じられないのは〈アキバ新聞〉の編集部でしょう」
レザリックの方はアイザックの顔を伺っていた。
アイザック:
「……好きにしろ」
レザリック:
「情報源が我々だというのは、秘密にしてください」
ユーノ:
「それは、必ず!」コクコク
しがみついていた腕を放し、素早くメモをとる準備をするユーノだった。
レザリック:
「今回の黒幕、敵の名前は『シスラウ』、〈疫病のシスラウ〉と言うそうです」
アイザック:
「俺たちは姿までは見ちゃいねぇ」
レザリック:
「ええ。このぐらいのサイズの、妖精のような姿で、チョウチョ人間だったそうです」
『このぐらい』というのは、30センチぐらいだろうか。
シュウト:
「じゃあ、毒の鱗粉ってことですか」
蝶というよりは蛾じゃないのか?と思ってしまう。毒蛾妖精をイメージする。
レザリック:
「……問題はここからです。どうも人の言葉を話したとかで」
シュウト:
「知性のある、敵」
アイザック:
「今度のは偶然じゃねぇ。アキバを狙ってやがった」
アキバを害する意思をもつ知的存在。それを『モンスター』という概念で括れるのかどうか。
レザリック:
「そして、典災と名乗ったようです。4時の典災、と」
シュウト:
「4時? 時間の4時ですか?」
レザリック:
「たぶん、そうなのでしょうね」
シュウト:
(ということは、5時、6時、7、8……)
12時までを指折り数えてみる。これからまだ8体の敵が出てきそうな雰囲気だった。
レザリック:
「貴方も、あと8体は出てきそうだぞと思いましたよね?」
シュウト:
「え、ええ」
レザリック:
「そのことが問題なのです。情報が不足しているのに、安易に情報を公開することは、無意味な憶測を呼び、思わぬ被害を招くことも」
アイザック:
「フン」
つまらないとばかりの態度のアイザック、典災についてメモするかで迷っているユーノ。相手の気持ちが分からないではないが、自分の正直な気持ちは別だった。
シュウト:
「……だから、秘密にしようとしたんですか?」
レザリック:
「ええ、まあそうなりますね」
沸き起こってきたのは、苛立ちや怒りだった。
シュウト:
「つまり、『未知の敵』に出会っても、僕らは情報なしで戦えってことですよね。協力する気なんてないんだ。こうして訊きにこなかったら、黙ったまま秘密にしてたんだから」
レザリック:
「それは……」
シュウト:
「だいたい〈黒剣騎士団〉なら、戦闘における情報の重要性を分かっていない訳がない」
アイザック:
「当たり前だな」
シュウト:
「情報なしで戦えば勝率は大きく下がる。負けるし、殺される。〈冒険者〉は殺されても死なないんだから『別にいいだろ』ってことでしょ。〈円卓会議〉は、僕らが死んでも別にどうでもいいんですね」
努気をはらんだ声に、警備詰め所が静かになる。そうしてみると、秘密にしていること自体を秘密にしなければ意味がない気がする。一般にも被害が出ている状態で、どうして隠し立てしようとしたのか。
ここまでレザリックに話を任せていたアイザックが動く。
アイザック:
「違うな。少なくとも俺は違うし、〈黒剣騎士団〉も違う。俺たちは、どうでもいいだなんて思っちゃいねぇ!」
リーダーの熱い想いを感じて、顔を上げる〈黒剣騎士団〉のメンバーたち。アイザックは決めるべきところは決めるリーダーだった。
レザリック:
「やはり、敵に襲われる恐怖を感じながら、日々の生活を送るのは難しいのではないかと思います」
言っていることは分かるのだ。ただ、それは在り来たりの、安易な考えが根っこにあるのではないか?と思ってしまう。
シュウト:
「ウチのギルドの人が、たまに冗談めかして言うんです。『ラスボスがいりゃ楽なのにな』って」
アイザック:
「ああ、だろうな」
シュウト:
「敵が居るのって、もしかして、良いことなんじゃありませんか?」
ユーノ:
「良いこと、なの?」
シュウト:
「毎日、やらなきゃいけないことはたくさんあるけど、でも大事なことはしていない気がする。敵がいないんだ。戦うべき相手が分からないし、どうすれば現実世界に帰れるのかも分からない。……だったら、敵がいるんだって分かった方が、ずっといいのかも」
ユーノ:
「でも、典災って本当に敵なの?」
アイザック:
「シスラウは問答無用で攻撃してきたじゃねぇか」
レザリック:
「決めつけてしまうことの危険性はあるでしょうね」
シュウト:
「本当に味方になる場合だってあるかもしれないけど、味方だってフリをして騙そうとしてくるかもしれない」
新しい敵の情報と知性ある敵の恐ろしさ。秘密主義に傾いて住民を疎かにしつつある〈円卓会議〉。すっきりしない気分のまま、詰め所を後にする。
アイザック:
「おい、お前のギルドのヤツに言っとけ」
シュウト:
「なんでしょう?」
アイザック:
「もしラスボスを見つけたら、俺たち〈黒剣騎士団〉がいただくってな!」
脳味噌まで筋肉だなと思った。けれど、シンプルで、強くて、だから悪くない。
シュウト:
「僕らだって、譲りませんよ!」
凄みがあるのに、子供のような笑顔。後味の悪さが消えて、スッキリとした気分になっていた。
シュウト:
(それとこれとは話が別、だろうけど……)
今後も〈円卓会議〉が情報を秘匿するようなら、選べる方法は限られてくる。どこかのギルドを議席から追い出してでも、自分たちが〈円卓会議〉の席に座るか、もしくは〈円卓会議〉に頼らないでも済むように、情報力や情報機関を持つかだろう。
シュウト:
(ああ、葵さんのやろうとしてる事って、そうか……)
アキバ通信やシブヤ互助組合はそのための活動だった。〈カトレヤ〉の年輩者は、みな何歩も先を進んでいる。頼もしくもあるけれど、追いつけるのか不安にさせられるばかりだ。
ユーノ:
「シュウトくん?」
シュウト:
「ごめん」
考え事をしていて、ユーノを放置してしまっていた。なんというか、気にならない人だった。
ユーノ:
「いいの。今日は、ありがと」
シュウト:
「こちらこそ。勉強になりました。さすが敏腕記者」
ユーノ:
「えーっ? そういうこと言う~?」
シュウト:
「なんで? 鋭い質問をビシバシ飛ばしてたから」
ユーノ:
「そんなことない。……むしろ、門前払いだったもん。キミこそ、どうやったの?」
シュウト:
「どうっていうか、単に現場にいたんだよ。〈黒剣騎士団〉のフォローしてて、シスラウは見られなかったから」
ユーノ:
「あ、それでか!なるほどね。それじゃしょうがないね」
シュウト:
「しょうがない、って?」
ユーノ:
「だからぁ、……ボクが女だから話してくれないのかな、って」
シュウト:
「あー」
女性差別的なアレか、とは思ったけれど、慰めていいのかよく分からなかった。〈黒剣騎士団〉が女性差別しているのかも分からない。
どちらかといえば、女性は優遇されている気がするし、でも守ろうと思えば事件から遠ざけようとしてすることはあり得ることだ。
シュウト:
(〈円卓会議〉が情報を隠すのも同じか。守ろうとして遠ざける……)
ユーノ:
「じゃ、ボクはここで!」
シュウト:
「あっ、ちょっと待って」
ユーノ:
「また、ね!」
走って行ってしまうユーノの背中をみながら、痒くもない頭をガリゴリと掻いた。『またね』と言っているのだから、仲直りできたような気もする。なんとなく、『謝って欲しくなかったのかな?』という気がした。
後日、〈アキバ・クロニクル〉にシスラウのことが掲載されたが、それは小さな記事にとどまった。典災のことや、知性を持つことなどには触れていない。不明な点が多いと〆られた記事は、ユーノが配慮した結果だろう。何日かすれば、たぶん誰も覚えていないのではないか。
これで良かったのだろうとは思えなかった。
◆
ユフィリア:
「マスター?」
葵:
「あのね、ちょっと確認しときたいことがあるんだけど?」
ニキータ:
「なんでしょう?」
ジンが居なくなったタイミングを明らかに見計らっていた。聞かれてはマズいことらしく、声が抑えられている。
葵:
「ユフィちゃんって、彼氏とかいるの?」
ユフィリア:
「うーうん」ふるふる
葵:
「現実世界でも?」
ユフィリア:
「付き合ってる人でしょ?」
ニキータ:
「いないわよね?」
ユフィリア:
「うん」
現実世界でも数年の付き合いだが、彼氏を作ろうとしていないことは知っていた。何故なのかは教えてもらっていないが、何となく分かってはいる。暗黙の了解として、そのことには触れないようにしている。友情の根幹に関わる問題だからだ。
葵:
「うーん。なんぞ、噂だとユフィちゃんの彼氏だって言ってるコがいるらしくってね。思い込みが激しいだけかもしれないんだけど」
ニキータ:
「……対処するにしても、一応の確認ですね」
葵:
「そっそ」
少し前に増員した人達を追い出しているので、評判が悪くなっているのは予想していたことだ。噂話には尾鰭がつくものだろう。天秤祭で目立つことをしているので、こういったトラブルが起こっても不思議とは思わない。
ジンがトイレから戻ってきたので、秘密の話は終わりになった。
ジン:
「買い物に行きたいんだが、ちょっと頼めるか」
石丸:
「もちろんっス」
ユフィリア:
「ねぇねぇ、何を買うの?」
秘密の話を感じさせないためなのか、ジンの話に乗っていくユフィリアだった。……いや、完全に普段通りなだけか。
ジン:
「授業が始まる前に、黒板を見に行く」
ユフィリア:
「私も!」
シュウトが出かけた後、そんな事情で外へ。
ちょっとした伝言などに小さな黒板が使われているケースもあるので、実際に見に行こうという話だった。ホワイトボードとマーカーも作れそうなものだが、さすがに現代という気がして、世界観が崩れて感じる気がする。
ユフィリア:
「がらがら~って動かせる大きさのってあるかな?」
ニキータ:
「2枚ぐらいあれば十分授業ができそうね」
ジン:
「オールドメンズ・ルームにも1枚あると便利だなー」
手を広げて1枚のサイズを表現しているユフィリア。学校の教室にある取り付け式では大きすぎるので、移動できるものが程良いサイズだろう。
タクト:
「ゆきちゃ~ーん!!」
ユフィリア:
「ん?」
赤い髪の男の子が叫びながら走って近づいてきた。その後ろから女の子も追いかけてくる。
ニキータ:
(もしかして、例の?)
ジン:
「んーと、どういうこと?」
ニキータ:
「……さぁ?」
誤魔化す意味があるかどうか分からなかったが、どっちにしても何が起こっているのか分からなかった。
タクト:
「ゆきちゃん、俺だよ。タクトだ」
ユフィリア:
「えと、ごめんなさい……」
タクト:
「君なんだろ? 俺だよ。俺なんだよ!」
リコ:
「タクト! 一体どうしたの?! その子、だれ?」
ショートカットの子が息を切らせて追いついて来た。女の子と一緒だと思うと、ただの変質者だとは考えにくくなる。ユフィリアの本名からすれば、あり得る呼び名なのも気になってくる。
タクトと呼ばれた青年は、ユフィリアの肩を触っている。止めに入るかどうかのギリギリのところだった。もしかすると、本当に知り合いなのか、どうか。
ユフィリア:
「…………もしかして、たっくん?」
タクト:
「そうだ。そうだよ?」
優しさが瞳から滲み出す。気付いてしまった。彼はかなりの美形だ。タイプこそ違うが、シュウト並みかもしれない。どちらが上かは趣味の問題になるだろう。
ユフィリア:
「うっそー! すっごい偶然だねっ!」
タクト:
「俺も信じられないよ。こんなところで逢えただなんて!!」
ユフィリア:
「きゃっ!?」
感情が爆発したみたいに、彼女を抱きしめる。驚いたユフィリアが固まるが、抵抗はしなかった。
直後、空気が破裂したみたいな突風が巻き起こった。タクトをユフィリアから引き剥がすと、ジンはその顔面に足をめり込ませたところだった。