134 ボダレルブリッジ防衛戦
ニキータ:
「本日より再開することになりました。どうぞ、よろしくお願いします」
まり&リディア:
「よろしくお願いします」
客A:
「待ってたぞぉ!」
客B:
「ありがたい、本当にありがたい」
ユフィリアの希望で早朝の味噌汁&オニギリの売店を再開することになった。『夜明けの黄金味噌汁』の看板が少し誇らしい。
ドラゴン戦の都合から毎日の開店は難しいこともあって、少し悩むことになった。結局、常連客と相談して『なるべく開店』の方向で決まった。
不定期の休みなので日程は事前に連絡し、その代わりに1日の提供数は増やすことにしていた。このためか再開初日にも関わらず、既に100人以上が並んでいる。どうもこれまでは、私たちの迷惑にならないようにと、ローテーションを勝手に決めていたらしい。毎日の提供数を増やせば、週に1度か2度休んでも、あんまり変わらないと言っていた。
ただ、人数が増えれば、待ち時間も増えてしまう。早朝から並んでくれるのはありがたいが、彼らの待ち時間はあまり増やしたくない。味噌汁はともかく、おにぎりを握るユフィリアが1人なのがネックだった。『彼女の』おにぎりが目当てだろうこともあって、単純に人数を増やしにくい。それでもかなりのスピードで次々と出来上がっていくのだが、やはり人数が多いので間に合わなくなってしまう。お味噌汁を受け取るとそれを飲みながら、おにぎり待ちの列に並び直すという形に自然と収まっていた。待ち時間で和やかな談笑が行われ、みんなニコニコとしている。どうにか大丈夫かもしれないと思い始めていた。
まり:
「〈大地人〉の人も混じってましたね」
ニキータ:
「そうね」
味噌汁を配り終え、こちらにやって来た まりがそんなことを言った。列があったから並んでみたのか、噂を耳にしたのか、緊張した面もちの〈大地人〉が数人混じっている。提供数を増やしたためか、常連客の拒絶ムードは見られずに安堵する。『お客様に助けられている』という気持ちを強くした。
早朝の〈盗剣士〉:
「ん、どうしたお嬢ちゃん?」
星奈:
「…………」
星奈が常連さんの服を握っていた。仲が良いのだろうぐらいに思っていたのだが、ふらりと揺れた気がした。
早朝の〈盗剣士〉:
「なんだ、具合、悪いのか? ……誰か、来てくれ!!」
まりと顔を見合わせ、星奈の所に急ぐ。すぐに人が集まりだしていた。
汗をかいた星奈がぐったりとして息を荒くしている。
常連客C:
「病気か?」
常連客D:
「俺に任せろ。〈キュアブルーム〉…………なっ!?」
状態異常を回復させるキュア系の魔法が効果を示したと思ったら、再びステータス異常が復活した。通常ではない挙動に周囲の常連客も驚きの声をあげている。
早朝の〈盗剣士〉:
「『疫毒』……? なんだこのバッドステータス」
ハッと気が付き、マズい状況なのを悟る。
ニキータ:
「すみません、離れてください! みなさんにも感染する可能性があります!」
常連客E:
「そんなの気にするかよ!」
力強く頷く常連さんたちを頼もしく思いつつも、困ってしまう。食べ物を扱っていて、お客様に病気をうつしてしまう訳にはいかない。その表情を読み取ったのか、助け船を入れてくれた。
早朝の〈盗剣士〉:
「いや、俺たちが感染すると迷惑になってしまう。みんな、少し下がろう」
咲空:
「……星奈ちゃん、星奈!?」
ジン、葵、ウヅキに連絡を入れる。りえが常連客から情報を集めて、何か知っている人がいないか探していた。
ウヅキ:
「星奈!」
ジン:
「おう、おはよーさん」
葵:
「んで、どうなってんの?」
ニキータ:
「お客様に情報提供をお願いしました」
常連客F:
「ども。なんか昨日の夕方ぐらいから、あのバッステになるヤツらが出始めて、〈円卓〉が動いているらしいぜ。友人の話じゃ、ロカの病院に患者集めてるとか?」
葵:
「あんがと、助かる」
常連客F:
「いいって、いいって(照)」
葵:
「あたしは情報を集めっから」
ジン:
「おう。……みんな済まない、再開初日からトラブルになっちまった!」
ユフィリア:
「ごめんなさいでした!」ぺこり
多くの常連客がその場に居残っていたので、ジンがアナウンスを始めた。できることは特にないけれど、立ち去るのもどうか?という状況なのだろう。星奈はマスコット的な意味でも人気がある。きちんと区切りを付けなければならない。
早朝の〈盗剣士〉:
「それで、大丈夫そうなのか?」
ジン:
「まだわからん。〈円卓会議〉も動いているそうだ。新種のイベントか、敵かって辺りだろう。星奈も苦しんじゃいるが、すぐにどうこうってこともなさそうだ。対応はこっちでやるんで、とりあえず仕事に戻ってくれ。 ……これが終わったら、サービスさせてもらうよ」
ニキータ:
「皆さんも、気を付けてください」
何か分かったら、情報共有するということで話がまとまり、どうにか解散になっていた。
◆
静:
「どうしよ、どうしよ、どうしよ?」
ニキータ:
「……少し落ち着きなさい」
朱雀:
「何が起こっているんですか?」
ニキータ:
「わからない。葵さんが調べているから、少し待ちましょう」
出来ることが何かあればいいが、何もないのでどうしても焦ってしまう。今はとりあえずヒーラー数人でキュアを連発している状況だった。ほんの数秒だが快癒する時間があるのだ。静もさっきまで参加していたが、MP切れでする事がなくなって騒いでしまっている。
葵:
「〈円卓会議〉が用意した馬車が出るって。もう頼んであるから、星奈を乗せて〈ロカの施療院〉に連れてって」
シュウト:
「わかりました」
葵は情報収集のために居残り。スタークも行こうとしたが、クリスティーヌがダメと言ってきかず、留守番に。彼らを除いたギルド全員で一緒に出かけた。邪魔になりそうだったので「留守番してろ」とジンは言ったが、誰も耳を貸さなかった。
咲空が馬車に乗り込み、星奈の側で面倒をみる役に。他のメンバーは徒歩で馬車の護衛を兼任する。〈ロカの施療院〉は現実でいう築地付近にある。〈エターナルアイスの古宮廷〉よりも少し近いぐらいだ。移動には〈メトロポル環状陸上橋〉を移動するのが手っ取り早い。
馬車の御者:
「いやいや、〈円卓会議〉から下の道を行くように言われているんですって」
ジン:
「ちゃんと護衛してやるから心配すんな」
馬車の御者:
「それ、無事じゃ済まないフラグだろ?」
ユフィリア:
「大丈夫だから、お願いします!」
馬車の御者:
「え、じゃ、まぁ、はい」
ユフィリアのお願いというか魅力というかが決め手となり、陸上橋を行くことに。珍しく現れた〈全自動掃除奇兵〉との戦闘を軽くこなしつつ、先に進む。
このまま約1時間半の道のりが何事もなく終わりそうだと思った時のことだった。
そー太:
「なんで巨人族が高速の上に?!」
見晴らしの良い首都高の上なので、遠くからでも巨人族の姿が良く見える。
シュウト:
「この場所……、〈ボダレルの原野〉から来てるのか?」
ジン:
「フム、倒すのは別にいいんだが」
朱雀:
「何か問題でも?」
ジン:
「あの毒々しい色がな。どうも今回の件に関係してそうな気がする」
大槻:
「……〈ボダレルの原野〉にあんな色の巨人族がいるなんて、聞いたことがない」
ジン:
「シュウト、風向きに注意しろ。なるべく遠隔攻撃で仕留めるんだ!」
シュウト:
「分かりました!」
赤音の召還した風の精霊で風向きをコントロールしつつ、魔法使いが足止めしたところで遠隔攻撃を行う。馬車には星奈以外にも疫毒の被害者が乗っているし、その被害者を心配する人達も一緒だ。シュウトはリスクの高い選択はせず、確実な指揮に徹した。
ジン:
「Add 8」
ニキータ:
「Add 8体!」
まり:
「まだ増えるの?」ゾクッ
馬車の御者:
「やっぱりぃ、やっぱりぃ!」
シュウト:
「石丸さん、お願いします!」
石丸:
「了解っス」
石丸が固定砲台として全力の魔法攻撃を始める。それに倣い、りえが、汰輔が続けて砲台と化した。強引極まりない攻撃で敵を吹き飛ばし、薙払い、殲滅する。私もマエストロエコーを発動させて火力貢献を忘れない。圧倒的な火力の前に敵の命は瞬く間に散っていった。シュウトの弓矢が最後に残った巨人を貫く。終了までそれほど時間は掛からなかった。
そー太:
「ちぇっ、オレの出番が無かったな」
朱雀:
「接近を許さず完封。危なげのない指揮だ」
そー太:
「んなことわーってらい」
新橋方面へ移動を続ける。これ以後、〈ロカの施療院〉までは特に問題は起こらなかった。
◆
――〈ロカの施療院〉。
フェインリー院長:
「また〈冒険者〉かい。まったくだらしないね。ホラ、奥の部屋に連れていきな!」
院長のフォル=オズ=フェインリーは、まるでウヅキみたいに痩せた女性だった。皮膚に現れた紋様は彼女が法儀族であることを示している。乱暴な言葉遣いだが、自ら出迎えに来ているところを見ると、患者の心配ができる人物なのだろう。あれでも発破をかけているつもりかもしれない。
星奈を抱えたウヅキが軽く会釈した。院長は星奈に触れて様子をみると、声を掛けていた。
フェインリー院長:
「小さな体でよくがんばったな。もう大丈夫だ」
気丈な女性だと思う。患者が奥へ入った途端、弱々しいため息を吐いた。
ジン:
「治療のアテはあるのか?」
フェインリー院長:
「ない。あたしたちには検討もつかないよ」
ジン:
「中に入らせてもらうぞ」
フェインリー院長:
「ああ。……待ちな、アンタラはダメだ」
そー太:
「なんでだよ、ちょっとぐらいいいだろ!」
フェインリー院長:
「元気が余ってるなら、少しは手伝いな!」
隔離のために広い部屋を解放し、患者を雑魚寝させていた。ざっと数えても30人近い。葵から聞いていた被害者数は更新されているようだ。
英命:
「こちらに寝かせてください。それと、熱冷ましの薬です。飲ませていただけますか?」
ウヅキ:
「分かった」
ノーブルな雰囲気を持つ男性、英命が星奈の看病を指示していた。法儀族なのはフェインリー院長と同じだ。〈神祇官〉の90レベルなので〈冒険者〉が手伝っているのだろう。
フェインリー院長:
「……悪いな、『先生』。手伝わせちまって」
英命:
「いえ、私にできることであれば、手伝わせてもらいます」
ジン:
「……アイツ、何モンだ?」
フェインリー院長:
「ああして手伝ってくれる〈冒険者〉だ。たまにいるのさ」
ジン:
「ふうん」
男性に興味を示さないジンだが、英命に何かを感じたのかもしれない。
話題の彼がふいにこちらへやってきた。
英命:
「失礼ですが」
ジン:
「何か?」
英命:
「皆さんは90レベルを越えておられるようです。どうかキュアを試して頂けませんか?」
ジン:
「スマンが、俺たちも身内がやられてここに来ている。とっくに試してる」
英命:
「……そうでしたか」
キュアはレベルによって解除できるバッドステータスが決まる。90レベルでは解毒できなくても、もしかしたら91レベルならば、と考えたのかもしれない。〈ノウアスフィアの開墾〉で発生した新たなイベントなら、91以上のレベルがあれば、と。
ユフィリア:
「力になれなくて、ごめんなさい」
英命:
「いえ、無理を言って申し訳ありません」
英命は小さな女の子のところへ行き、額の汗を拭ってやっていた。〈大地人〉の少女、名はライム。レベルが低いため、HP量にしても、体力にしても厳しいのだろう。焦る気持ちを押さえ込み、自分に出来ることをしているようだ。
シュウト:
「……ジンさん、ロデ研の人達から話を聞いてきました」
ジン:
「おう、聞かせてくれ」
要約すると、感染経路がコルヌ川周辺に集中していること、〈黒剣騎士団〉による〈ボダレルの原野〉への強行偵察が行われつつあること、など。ほとんど何も分かっていないに等しい。
ジン:
「……咲空!」
ジンが誰よりも早く咲空の異常を感知したが、誰も手の届かない位置にいた。倒れる寸前でふわりと受け止めた手は、英命のものだった。
英命:
「どうやら、この子も発症したようです」
ウヅキ:
「……咲空もか!?」
たぶん星奈と一緒に川に遊びに行くか何かしていたのだろう。
シュウト:
「僕らは、どうしますか?」
レイシン:
「原因を根絶するつもりなら、強行偵察への参加だよね」
ユフィリア:
「ジンさん……」
何かを訴えるようなユフィリアの視線に、ジンが仕方なく、なにか譲ったように見えた。
ジン:
「ユフィ、試してみろ」
ユフィリア:
「うん!」
フェインリー院長:
「アンタたち、何する気だい?」
ジン:
「なに、大したことじゃない」
英命:
「どうされるのです……?」
ライムのそばに膝を着いたユフィリアは、一息つくと、『氷の女王』を発現させた。時すら凍り付かせんとする美貌。そうっとライムの額に触れて、概念凍結を試している。
ニキータ:
「どうですか?」
英命:
「これは、ステータスの明滅が途切れ、いえ、ゆっくりになったようです。……また元に戻ってしまいました。一体、何をしたのです?」
ジン:
「どうだ、行けそうか?」
ユフィリア:
「ジンさんが力を借してくれれば、たぶん」
フェインリー院長:
「なんだって!?」
大部屋の真ん中に移動すると、ジンはユフィリアを後ろから抱きしめた。胸が痛いような感覚に襲われる。ユフィリアを守りたいと思う気持ちからなのか、自分の気持ちのためか、判別は付けられなかった。
シュウト:
「クッ!」
腕で何かを遮っているシュウト。何か、見えない光でもあって、眩しそうにしている風に見える。彼に見えているものが私には分からない。
急激に室内の温度が、否、温度を感じる感覚が麻痺したような気がした。
英命:
「これは、何なんだ……。一体、どうやって……?」
室内の患者全員が、〈疫毒〉によるステータスの明滅を鈍化させていた。快癒させることはできないが、苦しみを柔らげることは可能らしい。
たぶん膨大な量を誇るジンのエネルギーを、概念凍結のパワーに転換して放射しているのだろう。ジンはともかく、ユフィリアは大丈夫なのか心配になる。きっとあの子はがんばってしまうに違いないのだから。
咲空:
「きれい」
星奈:
「うん……」
熱でうなされていた星奈も目を覚ましたようだ。
フェインリー院長:
「これなら。……よし、他の患者もここに連れてこよう」
ウヅキ:
「院長先生。咲空と星奈を頼めるか?」
フェインリー院長:
「もちろんだ。だけど、どうしてまた?」
ウヅキ:
「決まってるだろ、元凶を叩きに行く。……星奈、咲空。姉ちゃんが絶対、治してやるからな?」
星奈:
「うん」
咲空:
「がんばって……」
気圧される。透明で清廉な、しかし殺気のようなものを発するウヅキ。怖いのに、怖くなかった。怖くないのに、怖かった。
シュウト:
「ジンさんとユフィは、……ここから動けないんですね?」
ジン:
「ああ、しばらくここにいるしかなさそうだ。お前らだけで行け」
フェインリー院長:
「『先生』、アンタもだ。ここは任せるんだ。……アンタにはアンタのやるべきことがあるはずだ」
ふわりと立ち上がった英命は、滑るような歩みで近づくと、私たちの前で一礼した。
英命:
「若輩者ですが、どうか私をお連れください。……『あの方』の代わり、とは申しませんが、お力添えをさせて頂きたく」
ちらりとユフィリアの方を見ながら、そう言った英命だった。先生と呼ばれるこの人が、ユフィリアの居ない穴を埋めようというのか。好意を受けるべきかで悩んだシュウトだったが、ジンが頷くのを見た。『連れて行け』という合図だ。これで決まった。ジンには私たちには見えないものが見えている。
シュウト:
「よろしくお願いします」
英命:
「ありがとうございます」
◆
結論から言うと、〈ボダレルの原野〉へと向かう強行偵察は、ほぼ時間との戦いになっていた。〈黒剣騎士団〉に協力していた戦闘系パーティが次々と脱落していく中、私たちは最前線に到達できないと認めなければならなかったのだ。時間にして2時間は出遅れている。しかも疫毒の回りが速まったため、前線の崩壊が先か、元凶を見つけて倒すのが先か、という状態だった。
ついには〈黒剣騎士団〉の脱落が始まり、疫毒患者の輸送すら困難な状況になっていた。
黒剣騎士団員:
「俺のことは放っておいてくれて構わねぇ、ギルマスを、仲間を助けてくれ。頼む!」
シュウトは患者の輸送を諦め、戦闘の続行を選択した。目指すは〈ボダレルの原野〉へと通じる〈ボダレルブリッジ〉という遺跡だ。
ジンの代わりにメインタンクに志願したそー太が最初に疫毒にかかり脱落。つづけてサイが、そして〈武士〉のマコトまでも脱落していった。これは本命のレイシンを温存するためでもあって、非情な選択と言わなければならない。既に決死隊と化している〈黒剣〉が、いつまで保つか分からなかった。戦力を温存しつつ、可能な限りの速度で追いかけて行く。
ニキータ:
(たぶん、この戦いに2度目はない……)
疫毒に犯されれば、リトライを挑むことはできなくなるだろう。被害を最小限にするには、ここで勝つしかない。たとえ負けたとしても、ジンとユフィリアがまだ残っている。
数度に渡る激戦の後、私たちはたどり着いた。陸上橋の上から〈ボダレルブリッジ〉が見え、付近には数十体の巨人族がひしめき合っていた。全滅を危惧していた〈黒剣騎士団〉は、橋の幅を利用して包囲されるのを避けつつ、まだ戦闘を続けていた。
静:
「間に合った~!」
エルンスト:
「さすがにしぶとい連中だな」
ウヅキ:
「〈黒剣〉の連中、なんであんなところで戦ってるんだ?」
英命:
「川の色を見てください。酷く汚染されているようです」
りえ:
「ドクドクしい~」
シュウト:
「ああ、やはり〈黒剣騎士団〉の何人かが倒れてます。回復させないところからみると、たぶん疫毒ですね」
大槻:
「……思うに。巨人の追撃をくい止めている間に、別働隊が元凶を叩く作戦だろう」
前からは巨人族が、後退しようにも後ろには疫毒が待っている。
〈黒剣騎士団〉の位置取りは〈ボダレルブリッジ〉に群がる巨人族を橋の向こうへ行かせないことを目的としている。巨人族を背後から挟撃する形で参戦するべく、陸上橋から降り、原野を駆ける。毒を含んだ『もや』が掛かって感じる。
こうして『ボダレルブリッジ防衛戦』が始まった。
シュウト:
「ここが正念場だ! 〈黒剣〉は助けたい。けど、全部こっちに来られても困る! 雑にならないようにヘイト管理に注意だっ!」
レイシン:
「はっはっは」
ウヅキ:
「了解だ」ニヤリ
気合いが入るどころか、正直過ぎて、少し和んだ。巨人が全部こっちに来たら困る。全力で困る。ジンが居ないのだから、決して無理してはならない。絶対に禁物である。
英命:
「よい指揮官ですね。みなから慕われておいでだ」
静:
「とーぜんっ」
りえ:
「あたしたちの隊長だもんね!」
英命:
「フフフ。……では、私から参りましょう。〈防人の加護〉!」
8秒間、障壁を作る能力を強化する自己バフだ。英命は両手に何も持たない〈セイント・スタイル〉。装備スロットルを空けてしまうことで、ステータス強化の機会を失ってしまうが、特にこのスタイルはヘイトを集めにくくなる効果が高いとされている。
英命:
「〈直列励起・オーバードライブ〉!」
シュウト:
「なっ!?」
法儀族の体には入れ墨のようなものが刻まれている。この紋様は魔力回路の一種だといわれており、紋様を活性化(励起)させることで、さまざまな効果を生み出すことができるという。……英命は『直列励起』なる技術で、強烈無比な魔力を生成させていた。
懐から小さな紙のようなものを取り出すと、戦場にふさわしくない優雅さで舞う。手に持っていた紙が吹雪のように散った。
――後に知るところによれば、『白のヒトカタ』という障壁強化用の霊符であった。
英命:
「〈護法の障壁〉!」
流れるような演舞は更に続く。詠唱無しでの魔法行使〈神楽舞〉のはずだ。
英命:
「〈鈴音の障壁〉!」
キッチリと〈防人の加護〉の時間内(8秒)に収めてしまった。レイシンに掛けられた〈鈴音の障壁〉が、ダメージ遮断障壁を厚く塗り固め、いっそう堅牢にさせる。
汰輔:
「ちょっ、直列? そんなこと出来るの?」←法儀族
雷市:
「こんなブ厚い障壁、見たことない」←神祇官
まり:
「スゴ過ぎる……」
どのぐらいの実力なのか、どれだけ凄いことをしたのか、私にはてんで分からなかった。周囲の態度からすればかなりの高等技術だと思われる。
リディア:
「……おじさん、何者?」
英命:
「ただの〈神祇官〉ですよ」
まり、雷市が〈鈴音の障壁〉で更にレイシンの障壁を厚くしてゆく。獣化してフリーライドとなったレイシンは、毒化したらしき巨人の攻撃を躱し、避け続ける。まったく当たる気配がないため、回復役のする事がなくなってしまった。〈物忌み〉(パシフィケーション)でレイシンのヘイトを程々に下げなければならないほどだ。
ウヅキ:
「片づけるぞぉ!」
巨人族とはいえ、レベル差がある。敵に即死効果のある攻撃を決めれば、次々とトドメを刺していくことも可能だった。そうして数を減らしていると、数体の巨人族がこちらに鋭く反応を示した。……やはり難しい綱渡りになりそうだ。
シュウト:
「クラウドコントロール、頼めるか?」
リディア:
「もちろん!」
10体を超えて撃破を重ね、丁寧に戦線を構築することで安定して数を減らせていた。しかし、状況がそれを許さなかった。〈黒剣騎士団〉サイドに異常アリ。救援を送る余裕はあっても、通っていく場所も道もない。
手をこまねいて迷っている時間的余裕などなかった。立て直すために必要な時間は、被害度が大きくなるほど加速度的に増加する。今すぐ、行動を起こさなければならない。
シュウト:
「無理してでもこっちに引きつけるしかないのか……?」
ニキータ:
「でも囲まれたら」
ここまでの強行軍でタンク役を消耗してしまっている。サブタンクがいない状況で囲まれたら、そのまま全滅の危機だ。〈黒剣騎士団〉と共倒れになる可能性がとても高い。
英命:
「私があちらに行きましょう。一瞬でいいので、敵を引きつけてください」
シュウト:
「大丈夫、ですか?」
英命:
「お任せを」にこり
複雑な作戦を立てる時間は無かった。レイシンと併走することで、攻撃を引きつけ、最後の数mを〈神祇官〉の特技で移動することで決まった。
名護っしゅ:
「行くぞ、俺たちは露払いだ!」
朱雀:
「了解!」
名護っしゅが〈アサシネイト〉で1体の巨人をほふると、レイシンを追いかけて英命が走った。一瞬で追い抜いたウヅキが、前方の敵を〈エクスターミネイション〉で葬る。朱雀が技アリの〈ブラッディピアッシング〉で敵の動きを止めた。
弓で後方から支援していたシュウトだったが、近接武器に持ち替えた瞬間、黒い弾丸となって飛び出して行った。突き動かされるように、私もその後を追った。
敵陣深く切り込み、英命の走行ルートを作るべく敵陣を引き裂いていく。
彼を狙ったらしき攻撃を、レイシンがポジショニングだけで肩代わりしてみせた。障壁が反応し、その耐久値を減らす。だが、それだけだった。ウヅキとシュウトがほとんど同時に〈アサシネイト〉で2体の巨人を蹴散らした時、英命は誰の支援も届かない場所まで走っていた。彼だけを狙う攻撃が、乱れ飛ぶ。自身に掛けられた障壁があると言えど、数秒と持たないはずだ。
ふわりと、梅の香りがした。
〈飛び梅の術〉を発動させた英命は、見事、〈黒剣騎士団〉との合流を果たし、そのまま強力な障壁を展開させていた。こうして戦列の建て直しに貢献したのだった。
敵の渦中に取り残された私たちだったが、朱雀が使い損ねた〈ダンスマカブル〉を残していた。これのおかげで、脱出に邪魔な1体を倒し、スムーズに脱出を成功させた。息を整える時間も惜しみつつ、乱れたヘイト順を建て直すのを急ぐ。
切り札になる必殺特技を消費してしまった関係上、DPSに多少影響が出たものの、堅実なゲームメイクで敵の数を着実に減らす作業に戻る。
終焉は唐突だった。
毒々しい色をした巨人が動かなくなった。それで、終わりだった。
英命と〈黒剣騎士団〉の戦士がこちらに歩いてくる。やはりというべきか、黒剣アイザックその人だった。
アイザック:
「よぉ、助かったぜ」
シュウト:
「いえ、間に合って良かったです」
アイザック:
「今回のはヤバかったが、どうにかなるもんだ。先生も、ありがとうよ」
英命:
「私は、何もしていません」
アイザック:
「〈疫毒〉が消えたってことは、『連中』がボスかなんかを倒したんだろう。俺はアッチの様子を見に行く」
シュウト:
「はい。僕らは、ロカの施療院に戻ります」
アイザック:
「じゃあな。……さっきの話、考えといてくれ」
ニキータ:
「何の話?」
シュウト:
「さぁ?」
英命:
「いえ、私がちょっとスカウトされただけです。……アイザックさんも本気では無いですよ。さ、戻りましょう」
アイザックがふざけて勧誘したとは思えない。この人は、知る人ぞ知る実力者なのだろう。その証拠に、アイザックまでもが『先生』と呼んでいたではないか。
シュウト:
「……お疲れさまです。こちらは終わったみたいなんですが。 ……そうですか! 良かった。じゃあ、これからそっちに戻ります。……はい、はい」
シュウトがジンに念話したのだろう。会話内容から察するに、ロカの施療院でも〈疫毒〉の効果は失効したようだ。 どんな敵だったのか気にならないはずもなかったが、大事なのは星奈と咲空だろう。早く元気になった顔がみたい。ウヅキは尚更だろう。
シュウト:
「準備は出来てる? 落とし物の確認は? ……じゃあ、一度、ロカの施療院まで戻ります」
そー太、サイ、マコトは帰還呪文を使っていなかったらしく、治ったという報告が来ていた。仕方なかったとはいえ、置き去りにしてしまっている。戻り道でなるべく早くピックアップしたい。
こうして『ボダレルブリッジ攻防戦』は幕を閉じた。
◆
〈メトロポル環状陸上橋〉を降り、〈ロカの施療院〉へ至る道路で手を振っている星奈達の姿が見えた。ダッシュしたウヅキが2人を抱きしめている。その横から、逆に1人の女の子がこちらに向かって走ってきた。あのライムという子だ。
ライム:
「せんせ~」
英命:
「ああ、病み上がりでそんなに走っては」
ライム:
「せんせ~、オレ、治ったよ!」
みんな:
(オレ……?)
男の子なのだろうかと思わず見直してみたが、年齢が年齢なので確信がもてない。女の子の格好をした男の子の可能性が……?
ユフィリア:
「ニナ! お疲れさまー!」
にこにこのユフィリアに続いて、咲空と星奈から出迎えの歓迎を受ける。頭を撫でて、元気になったことを確認する。シュウトに順番を譲ったら、暇そうにしているジンが目の前にいた。
ニキータ:
「あの、お疲れさまでした」
ジン:
「…………めっちゃ暇だった(はぁあ)」
〈疫毒〉が消えるまでの間、ずっとユフィリアを後ろから抱きしめていたはずだ。そこら辺に苛立ちを感じないでもなかったけれど、ジンにしてみれば戦っている方が楽だったのだろう、と分かってしまった。
ジン:
「ホント、ユフィで良かったというか、なんというか」ぐってり
ユフィリア以外の誰か、エルンスト辺りを1時間ばかり抱きしめてジッとしているだなんて、苦痛すぎて投げ出してしまうかもしれない。ユフィリアだから、その辺りの不快感や不愉快さは無かったのだろう。それだけでも過ぎた幸運というべきなのだ。
ジン:
「んじゃ、かえんべ」
英命:
「おまちください。今度のことは、なんとお礼を言えばいいか……」
ジン:
「いらんいらん。言葉じゃハラは膨れねーよ」ひらひら
バッサリだった。英命の言葉を無駄として切り捨ててしまう。ジンは感謝の言葉に意味を求める人ではない。もしも英命が言葉だけで済まそうとしていたのなら、二度と行き合うことは無かったろう。名人は名人を知るという。非凡は非凡を知るのかもしれない。
英命:
「失礼を致しました。無礼をお許しください。……子供の命を救っていただきました。お礼を、させてください」
ジン:
「……ほう、捨てたもんじゃねぇな。まだ日本にも常識の分かるヤツが居たのか」
振り返ったジンの瞳には光があった。つまらないものを見る目ではなくなっている。短いやりとりだったが、まるで重い石を飲み込んだみたいになった。
ジンと比べて、また英命と比べて、自分の価値の無さが悲しい。
自分がもし同じ立場だったらどうしただろう。英命のように切り返せたとは思えない。大切な人を助けて貰って、お礼もロクに言わせてもらえずに「ああ、よかった」「良い人がいて助かった」と思って終わりにしてしまっただろう。せいぜい、タダで助けて貰って『お得だった』と思うぐらいだ。お礼をする程度の『覚悟』すら、持ち合わせていない。だから、大切なもの、大切な人の価値を貶めていることにすら、気付かずにすませてしまう。たまらない気持ちになる。
お金では買えないものがある、などと口で言ってみたところで、実際にしている行動はどうなのか。さもしいだけじゃないのか。
ジン:
「ひとつ聞かせてくれ。あんた、何で『先生』って呼ばれてんだ?」
英命:
「ええと、小さな塾で教えているからです」
ジン:
「そりゃあいい! できたらウチのガキ共に勉強を教えてやってくれないか?」
英命:
「それは、構いませんが……」
ジン:
「有り難い。あの馬鹿ども、異世界だからって勉強しなくていいみたいに思ってやがる。是非頼まれてほしい。こちらには報酬を払う準備がある」
英命:
「いえいえ、御代はけっこうです」
ジン:
「ダメだ。プロなら金を受け取るべきだ」
隣のシュウトが話しかけてきた。
シュウト:
「てっきり『仲間になれ』って言うのかと思った」
ニキータ:
「正直に言えば、私も」
まったく同じことを考えていた。アイザックがスカウトしていたぐらいだし、取られてしまう前に仲間に引き入れたいと思ってしまった。英命本人もそういう話になると予想していたのではないだろうか。
シュウト:
「戦っているところを見てないからかな?」
ニキータ:
「ちょっと戦闘よりに思考が偏っているのかも。そもそも『戦いの技術』で選んでいるのかしら?」
シュウト:
「たぶん、違う。ジンさんに教えられる人はほぼいないし、どうせやり方なんて変えちゃうから完成品も必要ない」
ニキータ:
「じゃあ、才能や素質?」
シュウト:
「むしろ性格の善し悪しとか?」
ニキータ:
「それなら」
シュウト:
「やっぱり」
ニキータ&シュウト:
「「おもしろそうかどうか」」
ニキータ:
「よね……」
シュウト:
「だよね……」
結果的に才能がある人の方が面白いということもあるのだろう。エルムなどは好例だったが、そうしてみると、別にギルドに引き入れているわけではなかったりした。
ニキータ:
(あ、自由でいいのかも……)
そんな風に『分かった』気がした。もう少し、肩の力を抜いてみようかな?という思い付きは新鮮で、楽しくなってしまう。からだをくり抜かれたら穴が空いて『からっぽ』になるかもしれない。けれど、『風通しは良くなるよね?』というような。
シュウト:
「……どうかした?」
ニキータ:
「いいえ、別に」
Hello world.
空を見上げると、ほんの少し世界を小さく感じた気がした。