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133  重性世界

 

 翼水竜ゴーシャバッハを打倒した僕たちは、その後も探索を続行した。次のレイドボスに挑む前に、多少なりとも情報収集すべきだろうという軽い気持ちからだ。その結果、金牙竜モルヅァートと、炎爪竜ビートホーフェンを発見したところでタイムアップになる。


 この2体は名前と居場所の確認だけで戦闘は後回しにした。ここまでに得られた情報から、『五行思想』、『竜の体の部位』、『楽聖の名前モジリ』の組み合せなのが分かった。 ……ということは、次に挑むべきなのは『木の竜』ということになる。

 五行(木火土金水)は、相克(相剋、そうこく)と相生そうじょうの考え方がある。たとえば土は水を濁したり、吸い取ったり、せき止めることから、土は水に勝つ(土剋水)として相克に。一方で、土から金属が掘り出される、生まれる(土生金)と考え、相生の関係になるのだ。


 翼水竜ゴーシャバッハは水のレイドボス。水生木という相生の関係から、水のレイドボスを打倒したことで『木のレイドボスの弱体化』が予想される。仮にボスの攻略順が決められていた場合、それを無視すると難易度の急上昇、酷い時は攻略不能になる。


ジン:

「まさか、こんなことで続けられなくなるとは」

レイシン:

「考えてみれば、そうだよね」

Zenon:

「大漁だろ、大漁!」

バーミリヲン:

「カバンに入らないなら、手で運ぶ方法もあるが?」

リディア:

「どこかに荷物を隠しておく?」

シュウト:

「……いえ、戻ることにします」


 結局、12人の荷物がいっぱいになったので帰ることにしたのだった。

 ユフィリアの新装備〈竜鳥羽の重盾〉がさっそく威力を発揮した。戦闘ギルドでメインタンクが使うレベルの幻想級盾を、〈施療神官〉の彼女が装備したことになるのだ。このため〈シールドパクト〉、〈ホーリーシールド〉、〈イセリアルチャント〉が、日本サーバー最高峰の威力に跳ね上がった。〈ホーリーシールド〉の威力は笑えるほどで、盾を右手に持つべきじゃないかと議論になったぐらいだ(定番のお約束会話だ)。それよりも何よりも、〈シールドパクト〉によるダメージ減少が劇的だった。ドラゴントゥースウォーリアーにせよ、ドラゴンにせよ、物理ダメージをかなり目減りさせた。これがヒールワークにも好循環となって、戦闘が目に見えて楽になってしまう。

 ……その結果、戦利品がいっぱいになるのも早まった、ということだった。


ジン:

「リディア」

リディア:

「な、何ですか?」


 おっかなびっくりでかしこまるリディア。強烈なジンの強さを間近にすれば、態度だって変わろうというものだ。


ジン:

「お前、……本当にウチのギルドにいるつもりか?」

リディア:

「ふ、ふぇえ」(半泣き)

ジン:

「何で泣きそうになってんだよ」

ユフィリア:

「ジンさんがイジワルだからでしょ。……大丈夫?」

ジン:

「いやいやいや(焦)、だって、なぁ?」

シュウト:

「逆の意味ですよね」


 リディアはマナコントローラーのビルドからイヴルアイにコンバートしたらしく、魔力供給も得意だった。フリーザーの役割もキチンとこなせるし、実力的に申し分なかった。ジンが言いたいことはとても良く分かる。つまりは、期待していたのよりもずっと有能な人材だったからだ。しかもサブ職はまさかの〈武具職人〉。

 大規模戦闘では、攻略も大規模化しやすい。長時間化すれば、当然、装備を補修したりする必要が出てくる。しかし、異世界となったことで移動には時間も手間もかかる。本拠地アキバとレイドゾーンを往復するのは大変だ。武器を研いだり、防具を補修したりを自分たちで行う方が絶対的に効率は良くなる。……リディアの選択は、完全にレイドに特化した構築なのだ。どうして引く手数多(あまた)とならないのか分からない。


 また、ビルドだけの問題ではないだろう。いくら後衛だといっても、ドラゴンやレイドボスとの戦闘をやっているのだ。必死についてこようとする気持ちの強さがなければ務まらない。もはや〈カトレヤ〉に必要な人材だとみんなで思い始めていた。


シュウト:

「〈武具職人〉だけでも凄いスキルなのに」

リディア:

「補修向けに特化しちゃったから(武器防具を創るための)レシピ持ってなくて、お金あんまり稼げないし」

Zenon:

「まぁ、そこらで戦うだけなら、補修は街でやればいいもんな」

ジン:

「……」

シュウト:

「……」


 あらゆる意味で、レイドを行わなければ、無用の長物なのだろう。

 僕たちの気分を石丸風に表現すれば、掘り出し物を不当に底値で手に入れた罪悪感、が近い。贋作だと思って買ったが、鑑定したら本物の国宝級でした、みたいな。


ジン:

「こっちはお前が良けりゃ構わない。これからは、戦力として計算に入れちまうからな。簡単に抜けられると思うなよ?」

リディア:

「よ、よろしくお願いします!」


 リディアは深々と頭を下げた後で、やっぱりというか、泣いた。ユフィリアが怒ったので、ジンは帰還呪文で逃げた。


シュウト:

「じゃあ、僕らも戻りましょう(苦笑)」


 暗い夜道を、アキバに向けて戻ることに。

 木陰が途切れたところで月を見上げて、良い夜だな、と思った。







 思いがけず、新しい世界への扉が開くことになった。


葵:

「なぁ、ジンぷー」

ジン:

「どうした?」

葵:

「進垂線の練習はじめてもう3週間だけど、ぜんぜん上達しないのは何でだ? キサマの教え方が悪いせいじゃねーんか?」

ジン:

「む。それはな……」

ユフィリア:

「私ね、この間ちょっとだけ出来たよ!」

シュウト:

「えっ?」


 始まりました。天才様オンパレード? ナウオンステージ?


ジン:

「ほぅ。よし、やってみせるが良い」

ユフィリア:

「いくよ!」


 意気揚々とやってみせるユフィリア。堂々としたものだった。が。


ジン:

「……んー? ぜんぜんダメだな。 ホラ、上軸ズレた。下軸の位置が違ってる。一度止まれ、落ち着けって」

ユフィリア:

「え~? 出来たと思ったのに、なんで?」

葵:

「やっぱテメェの教え方が悪いんやろがい!」


 結局、ブチ切れ葵金剛になる展開に。何かがいろいろと逆巻く。いい加減、終わらないので間に入ることに。


ジン:

「うっせ、あーうっせ!」

葵:

「ざっけんな、コラ!」

シュウト:

「ちょっと、もうそのぐらいにしてください! 時間の無駄ですし。もう練習しましょうよ」

ジン:

「チッ」

葵:

「ケッ、シュウ君の分際で生意気な」

シュウト:

「アハハハ、ハ」


 本日の怒気はレベルお高めのご様子。……正直、逃げたい。


ジン:

「あー、くっそ。面倒くさくなった。本当は一個ずつやらないとダメなんだが、まとめて進めちまうか。難しくて泣け。自分たちの無能をかみしめやがれ!」

葵:

「上等だよ! かかってこいやぁ!」

シュウト:

「ええええ」

ユフィリア:

「やーん。 難しいのヤダー!」

ジン:

「やかましい。ウラ、やんぞ?」


 本日は厄日で確定(涙)。


ジン:

「進垂線の練習は、実のところフリーのレベルが相当高くないと難しい。たとえば、開側芯がないと厳しいものがある。お前らは上達がロックされているのに近いが、それでもあえてやらせていたのには訳がある」

葵:

「ほーん。理由は?」

ジン:

「2つだ。ひとつ、地4玉が使えるようにするため。ふたつ、『できない』を味あわせるため」

葵:

「……なん、だと?」

シュウト:

「えっ、と」


 いじめですか?と言おうかとも思ったけれど、やっぱり止めた。


ニキータ:

「『できない』方がいいってことですか?」

ジン:

「『時には』、な。鍛錬が順調であればあるほど、精神に掛けられたロックが強固になる。『もうこれ以上、強くならなくていいや』っていう、満足感? みたいなものがやる気を失わせるからだ」

ニキータ:

「ああ……」

葵:

「ははぁん。そういうこと。あたしは最近から始めたからズレてる訳か」

ジン:

「だから、部分的に不満を蓄積させてたわけだ。進垂線が上達しない分、他のが上達しやすくなるからな。

 やる気ってのは基本的に『上達した時』にしか生まれない。自分は上達すると分かっている時だけ、やる気を前借りできるからだ。結果、上達し、努力は継続される。

 一方で目的というものもある。世の中、すべてが思い通りにいくなんてことはあり得ない。だから『不満を避け』ようとすると、目的をすり替えて『小さく』しようとする。小さな目的が達成され、『満たされた』と勘違いすると、そこでモチベーションが消える」

レイシン:

「上達し終わるんだね」

ジン:

「そういうこった。……それと、ある種の愚鈍さを有効に利用したい。いつまでもこの練習をやっていたいな、とか。この練習をやっていれば、たぶん上達できる『はずだ』みたいな。みんな、得意なことだけをやっていたいんだよな」

シュウト:

「うぐっ」


 痛い痛い痛い。エグられてる、エグられてます。


ジン:

「『ゆる』だったら、いつまででもやってていいけどさ。……さて、もうひとつの理由については実際に経験してもらおうか」

シュウト:

「分かりました」


 室内で少し散らばってポジションを決める。


ジン:

「最初は、しゃがむだけの訓練だ。肩幅に足を開いたら、ハの字に開く」


 指示通りに、開いて、開いた。


ジン:

「足を開いて~、しゃがむ。……シュウト、やれ」

シュウト:

「はい」


 とりあえず、しゃがんでみた。


ジン:

「遅い。もう一回。足を開いて~、しゃがむ」


 なるべく速くしゃがむようにする。


ジン:

「ぜんぜん遅い。足を開いて~、しゃがむ」

シュウト:

「フッ!」シュバッ


 今度は可能な限りの速度でしゃがんでみた。


ジン:

「まだまだ。もう一回、足を開いて~」

葵:

「おい、ジンぷー」

ジン:

「んだよ?」

葵:

「その『足を開いて~』ってのは要ンのケ?」

ジン:

「……はぁ~(ため息)。現実世界で1回、こっち来てから1回だ」

ユフィリア:

「なにが?」

ジン:

「足を開かないで、そのままかなりのスピードでしゃがんだ。自分のヒザでアゴを強打した」

シュウト:

「それは……」

ニキータ:

「ご愁傷様です……」


 あんまり笑える空気じゃなかったのもあり、笑えなかった。


ジン:

「これは、ただ速くしゃがむだけの訓練だが、ぶっちゃけ、死ぬ可能性がそれなりにある。ベロを噛み千切ったり、歯が欠けたり、アゴを骨折したり、首の捻挫、頸椎の骨折からの神経系へのダメージコンボ、脳震盪、脳挫傷、脳溢血……」

葵:

「すまん、シャレじゃねーわ。わーった、続けて」

ジン:

「足を開いて~……」


 しばらく、『足を開いて』、しゃがむ、の訓練を続けた。


ジン:

「遅っせ。……なんというか、お前らセンスないのな?」

葵:

「やかましゃあ!」

ユフィリア:

「じゃあ、お手本は?」

ジン:

「……はいほい。えっと、こう、陸にあがったタコとかイカみたいにズルッとするだろ?」

シュウト:

「はぁ」

ジン:

「頭から糸でひっぱり上げられるみたいに、つーっと。手足は力が抜けてダバダバなまんま~」


 つーっと天井から釣り上げられたみたいに立った。


ジン:

「で、この釣ってる糸をハサミでぷちんと切ると、一気に……」

ユフィリア:

「ぷちん!」


 突然、ストン!と落ちていた。見ているだけなのに反応が間に合わない。最短距離を最速の、まったく無駄のない動きで。タメもリキみも何もない。これなら確かに遅いと言われるはずだった。僕はしゃがむのもロクにできないレベルだと知った。


葵:

「わお、今、重力が見えたぜ」

ジン:

「コラ、まだ説明の途中だったろ」

ユフィリア:

「ごめんね、もう一回いい?」

ジン:

「ま、いいだろう。よく見とけよ? つーっと釣り上げられて……」

ユフィリア:

「……」

シュウト:

「……」

葵:

「……」


 …………。


ジン:

「って、今度は切らねーのかよ!」

ユフィリア:

「あはははは!」



 問題は次からだった。



ジン:

「よし、次。リアレバーによるゼロ発進加速。いわゆる武術の真髄的なアレだな。落下加速を、前方推進力に変換するヤツな」


 いわゆる、『ジンさんの爆発的な突進』のことだ。本当の1拍子運動。まさに(素人のイメージするところの)武術の真髄の動きだ。


シュウト:

「それを、今から練習するんですか?」

ジン:

「そうだ。どうだ、嬉しいか?」

シュウト:

「それは、もう、もちろんです!」(パァ~)


 今日は、最高の日だ。厄日とか言ってゴメンナサイでした!


ジン:

「さて、足裏の意識操作はさんざん練習させたから、ある程度は出来るはずだが、この段階では……。おっとっと、とりあえずやってもらうことにしようか」

葵:

「ん?」

シュウト:

「それって……」


 何かいま、失敗フラグが立った気が……。


ジン:

「内くるぶしの真下に体重を落として、重心落下点、落下線。だら~っと立つ。続けて、カカトよりに体重を残しつつ、拇指球で体を支えるようにする。支持線を、拇指球に」


 言われた通り、僅かに体を傾け、拇指球に体重を掛けた状態で待機。


ジン:

「ここからは一瞬だ。拇指球にある支持線を消して、ぽっかり無くしてしまう。体重は支えを失って拇指球に落下する。つまり、さっきやったみたいにしゃがめばいい。最初はゆっくりでいいぞ。…………拇指球に、落下!」


 速いスピードでなんて、とてもしゃがめなかった。ヒザを曲げて崩れ落ちるのが精一杯。


ジン:

「バスケやサッカーで1対1になった時に、ディフェンスを一瞬で抜き去るには、どんだけ深く体を沈められるか、傾倒度を高くできるか?という話になる。重心線と支持線をズラしてギャップを大きくするんだ」


 再びしゃがもうとしてみるものの、グダグダ状態から変化なし。


ジン:

「宮本武蔵先生は言いました。『つま先は少し浮かせて、カカトを強く踏むようにすべし』……カカトメイン、拇指球、落下!」


 ただ、繰り返す。慣れが上達に変わるのを期待して。


ジン:

「ヒザを曲げたら、カカトが効かなくなるぞ。少しずつヒザを伸ばしていこう。……実戦の場合、3拍子にするわけにゃいかない。ただ、一瞬で落下だけをする。カカト以外の力は全部抜いて、落下だけだ。結果、自然と前に進む。これだな」


 前に進もうとするのではなく、『自然と前に進む』のらしい。


ジン:

「……そろそろ本番といこうか?」にっこり


 悪魔の微笑みだ。絶対できないのを分かってて言っている。


ジン:

「あれあれ~、俺の言ってることって、むつかしい? ただしゃがむだけだよな?」

ユフィリア:

「う~。……じゃあ私がやる!」

ニキータ:

「ユフィ!?」

シュウト:

「おおっ」


 ヒロインから女勇者にクラスチェンジする気だ。ここばかりは健闘を心から祈っておくことにする。敵は強大すぎるラスボス(ジンさん)。共闘もアリかもしれない。


ジン:

「あれだろ、失敗したらイジワル!とか言えばいいと思ってんだろ?」

ユフィリア:

「そんなこと、あるよ?」きゅぴーん☆


 『それが何か?』と申しております。なんだか無敵感あるなぁ。


ジン:

「……リアクティブヒール掛けとけ、な?」

ユフィリア:

「うん」


 そして素直だ。憎めないほどに心がストレート。自分はフォークかチェンジアップかもしれない。


ジン:

「だら~っと立って、ゆるめる。怖いから体が固まる。硬くなるからうまく行かない。ゆるめれば、うまくいく」

ユフィリア:

「だら~」

ジン:

「中心軸を意識して。重心落下線はカカトよりに、支持線は拇指球に。カカトを意識して、前モモやヒザ、スネの力は完全に抜いてやる。きも~ちよ~く。つま先を軽く浮かせつつ、ずるんと、落下!」



 ビターン。 ……リアクティブヒールがポッと輝く。



ユフィリア:

「ジンさんのイジワル!」(がばっと

ジン:

「はいはい」

二キータ:

「ユフィ、大丈夫?」


 ニキータの『かわいそかわいそ、いい子いい子』タイムが終了し、次なる犠牲者の番に。悲劇は、巡る。


ジン:

「次、シュウト」

シュウト:

「はい……」


 デスヨネー。予想してましたとも。


ジン:

「お前の場合、実は簡単だ。〈羽毛落身〉(フェザーフォール)を発動させりゃいい」

シュウト:

「…………はい?」

葵:

「ああ、なる。あれってたぶん受動発動っしょ? 発動条件は落下速度かなんかの」

シュウト:

「ええ、はぁ。……えっ?」


 それって、発動に失敗したら死ぬような速度で地面とキスすることになるので、は……?


ジン:

「さ、いってみよう」

葵:

「勇気を見せろ、シュウ君」

ユフィリア:

「シュウトならきっとできる!」

シュウト:

(ええっと……)


 みんな120%本気だ。どうしてこんな展開に? だけども、ドラゴンと戦うより怖いのは何なのだろう。落下に対する恐怖感っていうのは、もう本能的なものなのかも。


シュウト:

「よしっ!」


 破眼を発動。怖がって中途半端になるよりも、思いっきり行った方が〈フェザーフォール〉の発動確率は高くなる。それで落下速度が緩和されれば、ダメージを小さくできる。……論理的には。


シュウト:

(……怖いものは、怖い!)


 破眼による『なんとなく巧く行きそうな予感』みたいなものがまるでない。しかたなく、無事に済むという期待を捨てる。〈冒険者〉のHPをあてにして、やるだけやってみる……しかない。


ジン:

「準備いいか~? ……カカト、拇指球、……落下!」

シュウト:

「うおっ!」


 体を地面に叩きつけるような速度で、思いっきり行った。空気が重くなるような、落下速度の緩和を感じ……



 どんがらがっしゃ~ん



シュウト:

「あいたたたた」

ジン:

「……まぁまぁ、か」


 ぶっ飛んでアチコチぶつけたりしたのだが、思ったより被害は少なかった。痛む体を起こしつつ(ジンさんの声が遠いなぁ)なんて思っていた。


葵:

「てかこれ、室内でやる練習じゃねーじゃん」

ジン:

「まーな(笑)」


シュウト:

「……あれっ?」


 振り返ると、みんなから5m以上離れている。いつの間にか、『移動していた』らしい。……もしかして、ちょっとだけ成功?



 無理ということでジンが納得したため、無難な練習に切り替わる。

 ちょっと落下して、前方力の発生を確認する。少しだけ前に移動すれば成功というものだ。

 これなら怖くはない。が……


ジン:

「これだと実戦で使えるレベルには遠く及ばない。やんないよりマシってぐらいかな」


 ……とのこと。


ジン:

「自由落下による下向きベクトルの運動エネルギーを、前方移動力に転換したい。その為には、リアレバー、つまりカカトを使えるようにする必要がある。内くるぶし直下の地3番から、カカトの先端にあたる地4番までの距離をどこまで開発できるか? それがリアレバーの完成度になる。L字足なんて論外だからな」


 足が逆Yの字になっていなければならない。そのための進垂線の鍛錬だったという。普段からカカトを意識しているので、少しは使えるようになって来ていると思う(思いたい)。


ユフィリア:

「でも、巧くいったシュウトでも、ドカーンってなったよ?」

ジン:

「巧くいったったって、ほんのちょっとだけだぞ。そもそも継ぎ足が間に合う可能性ゼロだったし」

シュウト:

(えっ?)

ジン:

「中心軸が前提で、開側芯が出来てこないとこれは無理。開側芯を作るには、先に『重性世界』の訓練を始めねーと」

シュウト:

「重性世界……」

ユフィリア:

「うーん、さっきから言ってる開側芯(かいそくしん)ってなぁに?」

ジン:

「股関節の、足の付け根に関する意識。極意のことだ。次は開側芯について話そう」







ジン:

「通常、人の形を絵で表現しようとする場合、胴体が大きめの箱になって、細長い棒とか箱が腕や足になる。デキの悪いロボット形状だな」


 腰と足の絵をサラサラっと描く。3つの四角でもそれとなく分かる。


ジン:

「つまり、下半身における初歩的なイメージでは、足と腰とはこの横線のラインで区切られていることになるわけだ(図1)」

葵:

「初歩的には、そうかもに」

ジン:

「しかしだ。実際の人体は、足はVラインで分かれている。(図2)」

ユフィリア:

「Vゾーン!」


挿絵(By みてみん)

 海より深い意味を持つというVゾーン体操。浅瀬よりは意味がありそうな気がしてきた。


ジン:

「実際の人体は、こうしてVラインで切れて、つながっている(図3)」

ユフィリア:

「ずいぶん足が長くなったね?」

ジン:

「そうだな。どっちかっつーと、膝から下が伸びてくれると嬉しいんだがな。……んで、足の付け根の関節部分を『転ぶ子ども』と書いて、『転子(てんし)』と呼びます。左右のVラインの、真ん中。そこからちょっと外側にズレたポイントにある。……ここから大腿骨が真っ直ぐ伸びて行きます。大腿骨は、だいたいこの辺っと(図3)」

ユフィリア:

「転子ってなんだか目みたい。ねぇ、このメガネみたいな丸いのって、なに?」

ジン:

「これが開側芯だ。転子を中心とした球状の意識。そのクオリティは無、もしくは空。何もないことで『動きの邪魔をしない』という極意だ。これがあるだけで劇的に変わる。変質する。もっとも極意らしい極意と言われているひとつだな」

ニキータ:

「それはどんな効果があるんですか?」

ジン:

「んー、わかりにくいから先に『逆の説明』をさせてくれ。股関節にロクに意識がない場合、……まぁ、現在の人類の大半だけど、は、Vラインで切れているのに、『切れていないつもり』なわけだ」

シュウト:

「えっ、でも『実際には』切れているんですよね?」

ジン:

「人体構造的には切れているけど、意識構造上は切れてな~い。だから、切れている風には使え、」

ユフィリア:

「な~い」

ジン:

「すると、不可思議なことが起こります。意識構造、まぁプログラムと言い換えようか。脳内の運動プログラムでは、こっちの図(図1)、実際の体は、こっち(図2)。すると、こうなる」さらさら

葵:

「うわっ」

ユフィリア:

「なんか、ヤダ」


 出されたものは、Vラインから足のラインまでが黒く塗りつぶされていた(図4)

挿絵(By みてみん)


ジン:

「使えなきゃ切れてないのと同じだ。こうして、使えない部分を拘束してしまう。足の付け根、転子も拘束に巻き込まれる。これが、普通の人間の股関節の構造だな(図4)……おめでとう。お前らも例外なんかじゃない」

葵:

「マジでか!?」

ユフィリア:

「ヤ~」

ジン:

「開側芯に対して、閉じているから閉側芯(へいそくしん)。こうして股関節を、足の上部筋肉とその周辺でもってがっちり囲んで拘束している。『だから』、人体は完全な二足歩行が可能になっているとも言える。ついでに大腿骨の外側にも拘束が増えていくことになる。そっちは拘束外腿といいます。ガッチガチに固まって、硬くなる」

ユフィリア:

「う~」

ニキータ:

「開側芯を作ることで、不完全二足歩行になってしまうけれど、股関節から足を『正しく使えるようになる』って感じですね」

ジン:

「だいたいそんな感じ。大腿骨だけに、だいたいね」ドヤ~ン


 続けて片足のモモ上げを命じられる。


ジン:

「シュウト、その足あげた状態でVラインをこすってみな?」

シュウト:

「えっ……?」


 モモを上げた状態だと、足と腰の区切れめがVラインなのが良く分かる。こすると、足を動かした状態で、脳にインプットされる。僕の潜在意識であの図(図1)のように、足ラインが横に区切られているのがなんとなくわかる気がした。Vラインをさわると異物感があるのだ。


葵:

「ちげぇ。ぜんぜん、ちげぇ」

ユフィリア:

「うん。足を上げてた方がわかりやすいねっ」

ニキータ:

「確実に、ここで切らないと」

ジン:

「そういうこと。歩きながらラインの上の方をこすったりするだけでも違うね。ポケットに手を突っ込んで軽くさわったりとか……」

葵:

「それ、変質者と間違われないための方法じゃん(笑)」

ジン:

「うっせ。この閉じてる側芯の影響で、人間の足って、ちゃんと接続されてなかったりする。それと、足がすこ~し斜め前にくっついてたりするんだわ」

シュウト:

「足が、斜め前に、ですか……?」

ジン:

「それだと不安定な姿勢だもんだから、腰をポコっと前に出すんだよ。ほれ、ニキータみたいに」

ニキータ:

「……えっ?」


 みんなでニキータを観察するのだが、指摘されて始めて、腰が少し前に出ているのが分かった。それなら僕も同じだと思う。


ニキータ:

「開側芯は、どうやって練習すればいいんですか?」

ジン:

「どうもこうも、力を抜くだけだぞ。きちんと場所を意識して、癖になるぐらいまで、何回も、何百回も、何千回も、ずうっと、脱力を繰り返す。……でもまぁ、簡単なやり方もあるかな。上から負荷をかけるのとか。肩を軽く押すんだけど、俺がやってやんよ。ニキータ、前からと後ろからと、どっちがいい?」

ニキータ:

「私ですか? それは、あの……」

ジン:

「最初は俺がやる方がいい。どっちにする?」

ニキータ:

「前、いえ、やっぱり後ろからで」

ジン:

「はいほい」


 ニキータが後ろを向くと、ジンは両腕を伸ばし、手首付近を彼女の肩に乗せた。


ジン:

「力で押すと、運動ベクトルの感知から筋肉が反発力を、なかば反射的に発生させてしまう。それを避けつつ、真下に向けて相手の肩に重みをかけていく。……つまり脱力して重みをかける」

ユフィリア:

「重い?」

ニキータ:

「それなりに。でも、つらくはないから」

ジン:

「こうして圧する場合、肩の関節を中心とした回転運動になり易いから注意すること。んで、構造的にはこれで腰は自由になり易い。転子と開側芯の位置を確かめつつ、脱力してみろ」

ニキータ:

「はい」

葵:

「なぜに、重みかけて自由なん?」

ジン:

「そりゃ、挟まれりゃ固定されんだから、力を抜いても動かないだろ」

葵:

「そりゃそっか」

ジン:

「腰の役割は多重化している。大まかには『立つための構造体』と、『土台』だな。

 立つための構造ってのは、積み木に近い。なかったら崩れるパーツとしての腰だな。言ってしまえば、ただあるだけでいい。ポジションが悪いと崩れるのも積み木と同じだ。ポジションの悪さを筋力でカバーしてしまうから注意だ。

 もうひとつは土台として。まず床や地面が土台になっている。さらに腰も土台として使うことで『二重土台』になっている。地面と足で腰を支えて、腰で上半身を支えているわけだ。だいたい固定土台式から脱出できないままだな」

シュウト:

「開側芯があれば、腰を固定土台にしなくて済むんですか?」

ジン:

「んー、固定の反対は動くこと。揺動土台だ。だけど、足が自由になって腰が揺れ動いたらどうなる?」

葵:

「バランスが怪しくなるね。まともに立っていられなくなるんじゃない?」

ジン:

「Exactly だから別の仕組みが必要になる」

ニキータ:

「あの、そろそろ」

ジン:

「おっと、すまん。……んじゃ交代だ。レイ、半分頼む」

レイシン:

「了解」

ジン:

「おいロリチビ。俺がやってやっから、ありがたく思えよ」

葵:

「んだよ、だーりんにやってもらおうと思ったのに~」


 レイシンの腕で上から押さえられると、身体に力が入り過ぎているのが良く分かる。ただ積み木であればいいのに、もっと『土台になろうとしてしまっている』というか。


ジン:

「こういうのは、いきなり二重構造にしてしまうのがいい。開側芯のコアとして、転子をセットするんだ。100%に対して5%の達成じゃ意味がないけど、500%に対して20%の完成度なら割がいい。身体意識は潜在意識の構造だから、大胆な攻めの姿勢も必要だ」


 〆に参加者を募り(結局は全員でやるのだけど)Vゾーン体操をやった。10回目で高く飛び上がってビシッ!と決めると、少し恥ずかしさも和らぎ、ちょっぴりだけどいい気分だったりした。







ジン:

「で今日の最後。『重性世界』もやるぞ。特盛り出血大サービス」

葵:

「どんどんぱふぱふ~♪」

シュウト:

「どういうものなんですか?」

ジン:

「まぁ、力を抜く『だけ』なんだが、やろうと思えば大仰に説明することもできる」

ユフィリア:

「簡単なのがいいと思うなっ」

ジン:

「じゃ、難しくすっか」

ユフィリア:

「いーじーわーるぅ~」


 怨念がユフィリアを幽鬼に変え、……ない。


ジン:

「全部、君のためを思ってのことだ。ホントダヨ?」

ニキータ:

「嘘ばっかりね」

葵:

「真実は闇に覆われてしまっているのであった。完!」

ジン:

「フッ。知性とは、忘却という名の白い闇を打ち払う正義の剣なのデス」

ユフィリア:

「……ちょっと、かっこいいかも」

ニキータ:

「だまされちゃダメよ?」

ジン:

「心のキレイな女の子が発した率直な感想を、ドス黒く塗りつぶそうとしているのは誰かな?」

シュウト:

「……それはともかく、重性世界とは?」

ジン:

「えーっと、『拘束された世界』、『フリーの世界』に続いて、とりあえず『世界』とか名付けときゃいいだろって感じの……」

葵:

「うおい!」

ジン:

「冗談だ。この場合の世界ってのは、状況に区切りをつけるためだな。それ以前とそれ以後とではまったく別種のリアルが展開される。αは決してβにならない!」

石丸:

「その場合、重性世界の逆は何っスか?」

ジン:

「パワー世界、パワー主義世界かな。……算数は平気か?」

ユフィリア:

「大学生です」

ジン:

「あ、そ」


 あんまり自信ないのだが、カッコ悪いので黙っておいた。


ジン:

「力 × スピード = 力 × (距離/時間)=(仕事/時間)=パワー(仕事率)になっている。 ……つまりパワーってのは力と速度のかけ算ってことだ。

 パワーが定量である時、力とスピードは反比例の関係になる。力が強ければスピードは遅く、スピードが遅ければ力は強くなるってね。ここからSTR優先型か、AGI優先型かといった議論が生まれているな」

シュウト:

「それって、結局はどっちがいいんですか?」

ジン:

「……いや、脱線が過ぎるだろ」

葵:

「いいじゃん、別に」

ジン:

「んじゃ、まぁ。 HPが同じ値だとした場合、パワー型が2回、スピード型が6回当てたら相手が死ぬとするよな。

 攻撃回数が同じ場合、スピード型が勝つには、6回命中までの間に、1回しか攻撃を受けてはいけないことになる。……石丸、パワー型の命中率が幾つならいい?」

石丸:

「16.6%以下っス」

ジン:

「従って、スピード型に要求される回避率は」

石丸:

「83.7%以上っス」

ジン:

「逆から見て、パワー型が勝つためには、スピード型から6回目の攻撃を喰らってからじゃ遅い。同時タイミングでも相打ちになるから、5回までの間に2回ヒットさせなきゃならない。必要な命中率は?」

石丸:

「40%っス」

ジン:

「従って、スピード型の回避率が60%じゃ負けるってことだ」

シュウト:

「6回目の攻撃を先に当てるとしても、回避率70%無いと不安ですね」

ジン:

「今のは攻撃回数が同じって条件だったからな。パワー型が1回攻撃する間に、2回攻撃できるとかって条件が変われば、結果も変わるわけだ」

ニキータ:

「結局、条件次第よね」

シュウト:

「まぁ、ね。でも速度型は思ったより回避率が必要みたいだ」

ジン:

「ちなみに現実ではAGI型が有利だと言われている。刃物で頸動脈みたいな弱点をちょんと切ればいいから、威力が絶対条件化しないためだ。銃も速度特化の武器だな。針と同じように運動量を集中させて貫通力を高めている。見てからじゃ避けられないほど速いってのも大きい。

 んで、この世界だとHP量があるから、単純なAGI有利かどうかはビルド・戦術で変わる。ゲーム時代は回避率が低かったからパワー型が有利だったけど、この〈大災害〉でアクション性が高まった。速度型の有利さが随分と増した、というか、速度型の不利がだいぶ薄まった、というべきかね」

シュウト:

「なるほど……」

レイシン:

「元々のダメージ出力に加えて、速度とアクション性を利用した回避率アップで〈暗殺者〉の有利が高まったんだよね」

シュウト:

「えと、なんだかすみません(汗)」

ジン:

「じゃあ続きを、……って何だったっけ?」

石丸:

「パワー = 力 × スピード、パワーが一定なら力とスピードが反比例するというところまでっス」

ジン:

「じゃあ、次。力積、つまり力をかけ続けるほど、パワーは増大することになるんだよ。人間の動力は主に筋肉。だから筋収縮しきるまでの時間幅で、より時間を掛けた方がパワーが増す、と考えるわけだ。これをレギュラームーブメントと言います。普通の動き方って意味だな」

葵:

「そんで? 重性世界だとどうなるのさ」

ジン:

「より時間を掛けないほど、パワーが増える」

ユフィリア:

「……意味わかる?」

ニキータ:

「ぜんぜん」

葵:

「さっぱり」

ジン:

「運動量=質量×速度。質量を人体、もしくは剣みたいな武器だとすると、その運動量はただ速度に比例することになる。ここで位置などの、『一定のエネルギー』を持っているとするだろ? そうすると『時間を掛ければ掛けるほど』、時間あたりに使われるエネルギー量の割合が減るから、運動量が低下することになる」

石丸:

「分かるぶんには分かるっスが」

ジン:

「まぁ、信じられるかどうかは別の話だろうな。フリーの世界に入って、ゆる体操もやって、脱力だってしているけど、それが直接的に実力に影響してくるのは、これまたずいぶんと先の話になるんだ。みんなそれなりに脱力してるから、最初の内は大差がないっつーか」

レイシン:

「そうなんだよねー(苦笑)」

ジン:

「パワー世界の逆を『脱力世界』と考えてしまうと、これは随分と不利なことになる。ただちょこっと力を抜いて勝てるのならだっれも苦労しない。

 だから概念的に脱力の先にあるもの……『重性世界』の配置が必要なんだ。筋力の代わりに威力の元になるのが、質量と重量を合わせた『質重量体』であり、その操作法だな」

ユフィリア:

「なんか凄そう」

ジン:

「これをドラゴンボールで喩えると、高G環境下での修行に相当するね。ベジータ戦の前とか、ナメック星行く途中とか。アレは単なる重力筋トレだったけど、本来は合・合理的な身体操作の訓練なのだ」

葵:

「Go!Go!」

ジン:

「うるせぇ。重性世界からすると、フツーの人たちの『合理性の無さ』は悲惨なレベルだね。……お前らのことだぞ」

ユフィリア:

(ごう)(ごう)! 」

ジン:

「そうだな。ユフィは可愛いな」

ユフィリア:

「うふふふ」にっこにこ

葵:

「なんだキサマ、ロリ差別か? 人権問題だぞ」

ジン:

「(無視)からだ使いの合理性だけど、天才だと多少マシにはなってくるが、ぶっちゃけ大したこたぁーない。大天才でようやく土下座して謝罪レベルだな。どっちにしても我々は訓練対象にして、自覚的に取り組まないとどうにもならないのはおんなじだな」

シュウト:

「その、わかりやすいイメージ的な説明をお願いしたいんですが……?」

ジン:

「今から説明する。威力面においては、『伸長性収縮』と『分散加速』だな。

 まず重みの意識を感じるには、『筋紡錘(きんぼうすい)』を活性化しなきゃならん。しかし、ギュッと力を入れた状態だと、筋紡錘は働かないのが特徴でな。『脱力した時に』、重みを感じる仕組みになっている。逆から言えば、重みを感じれば、そこは筋肉ってことだ」

ユフィリア:

「脱力すればいいの?」

ジン:

「だいたい、そう。次に、脱力して重みを感じるぐらいになると、組織分化を起こし易くなる。重みを感じた体は、パーツごとにバラバラになりやすい。この状態で運動すると、パーツごとに速度的な『ズレ』が発生するようになる。ヌンチャクみたいな多節棍を振り回すと、手元が最初に動いて、先端部は一番最後に遅れて動くだろ? ムチとも同じだ。あんな感じ」

葵:

「ふむ、それで?」

ジン:

「組織分化+ズレによって、引っ張りと引っ張られが出来る。それが筋肉の伸長性収縮を生む。これもムチの動きのことだ。パーツごとに分散したまま加速すると、先端の速度でムチの原理が働くようになるわけだ」

シュウト:

「ムチの動きを利用するんですか?」

ジン:

「ムチはイメージしない方がいいんだけど、原理的なイメージはそんな感じ。プロゴルファーのタイガー・ウッズのスウィングとかが分かり易いね。テイクバックしてから、まず腰がクッと先に回転する。腰の回転運動で胸、肩、腕と順に引っ張られ、ドンドン加速しながら、最後にクラブヘッドが出てきて、ゴルフボールを捉えるわけだ。つまりゴム的な体をしている訳だよ。

 普通のゴルフ経験者ぐらいだと、体がゴム状になっていないから、こうした伸長性収縮や分散加速は使えない。引っ張りと引っ張られが生まれないのに、形だけ、フォームだけ真似したって、威力に直結しないからな」

葵:

「……それは、いわゆるワンピース的な?」

ジン:

「分かり易いイメージとしては、そうだな。あと、野球のピッチャーが投げる時も、腕がしなってムチみたいになってるだろ。だけども、武術的にはあんな遅い動きは許されない」

ユフィリア:

「そうなの?」

ジン:

「そうだ。野球のピッチャーの腕の振りなんて、武術からすればテレフォンパンチみたいなもんだ。タイガーのスウィングを剣に例えたら、1回振り終わるまでに何回死ぬか分からんて。……ムチをイメージする場合、終末速度、先端速度以外は終わってる。使えない動きだから、使いどころが限定されるわけだ。武術では伸長性収縮と分散加速を、相手が気付かないほど短く、一瞬の攻防の中で運用できなきゃならない」

シュウト:

「それは、どうすれば?」

ジン:

「脱力すれば重くなる。重くなれば脱力している。この関係から、袖や裾がながーい服を着ている感じで、ずるずると手足を引きずるような重さを感じるようにする。重みの意識がコントローラーになって、自動的に伸長性収縮や分散加速が発生する。ムチのイメージだと、コントローラーにはならない。もし仮にムチの動きが成立したとしたら、それは『必ず』重みが効いているからなんだ。逆はありえない」

ユフィリア:

「どうして逆はありえないの?」

葵:

「ふーむ。レギュラームーブメントでもムチのイメージは作れるけど、ゴム体にはならないってことかな?」

ユフィリア:

「そっか」

ジン:

「『イメージ』とは、あくまでも表層の視覚的なものだからな。逆に身体意識は精神と身体に作用する潜在的な構造をもつ。イメージだと体自体が変わらないんだよ」

シュウト:

「あの、質問なんですが」

ジン:

「うむ。言ってみれ」

シュウト:

「武器にしろ、体にしろ、質量とかは変化しませんよね? でも、ジンさんの重撃ってやたら重く感じるんですけど。……重さって変化するんですか?」

ジン:

「ナイス質問だ。どっちだと思う?」ニマァ

ニキータ:

「魔法の力でも使わないと、重くは……ならないですよね?」

シュウト:

「でも、気の力とかもあるから」

ジン:

「はっはっは。主観的に重くなるだけで、客観的には重くなっていないんだよ。だがしかし、結果は主観に従って重くなるんだ」

葵:

「つまり客観的には重くなってないんだよな?」

ジン:

「そうとも言えるし、そうじゃないかもしれない(笑)」

葵:

「どっちなんだよ!」

ジン:

「めっちゃ重くなるってことさ」キリッ

シュウト:

「やっぱり重くなるんですね……」


 実は重くないとか言っても、あれだけ重く感じるのだから、重いのと変わらないとも言える。


ジン:

「……戦ってて、剣と剣が打ち合わさるとするよな? レギュラームーブメントだと過去の運動量を伝達していることで、力の発揮は一瞬だ。ところが重性が活性化していると、組織分化と伸長性収縮、分散加速の関係で、運動量が掛かり続けるんだよ。一瞬は弾き返したと思っても、力が掛かり続けることで押し込まれる。そこで慌てて、押し返すためにパワーの種類を『伝達系』から『直接系』に変えなきゃならなくなる」

ニキータ:

「ということは、伝達系のまま、直接系の効果があるんですね?」

ジン:

「そ。相手は直接系で押されていると勘違いしやすいんだ。だから(、、、)『重』ければ、『力が強い』と感じる風になり易い。当然、レギュラーの伝達系で同じことはできない。フォームの問題じゃなくて、体の仕組みが違うからだ」

シュウト:

「なるほど……」

ジン:

「一瞬の筋力発揮だと、運動的に『叩く』に近づく。斬るには、一瞬の中にズルッとした成分が必要なんだ」

ユフィリア:

「ズバッ!っとだね」

ジン:

「そうそう。……重みが強くなっていくと、筋紡錘が機能して、重力を感知する能力が高くなる。そして組織分化で体がバラバラになる。脱力して重くなったバラバラをどうにかするために、中心軸が強化される。脱力しながら立つには、『統一性の覇王』である中心軸を使うしかないんだ。無駄な力を使えば、脱力も重性も崩れるからな。最小の力で立てるようにならないと、重性は強くなっていかない。そして重性の負荷によって中心軸は鍛えられる。この状況を『緩・重・垂』という。緩むと、重くなって、垂直に垂れる」

ユフィリア:

緩重垂(かんじゅうすい)だね。うん、覚えた!」


葵:

「今日の内容を纏めると、重性世界で中心軸を強化し、中心軸で開側芯を成立させる。そうすると、できるわけだな?」

ジン:

「そう中国武術として語られる2つの究極技だな。まぁ、あんまり有名じゃないだけで、日本でもやっていたんだけどな。『大地の力』とか呼ばれる筋力に頼らない運動と、瞬間移動みたいな歩法とだな」

シュウト:

「両方とも『重み』が鍵になっていたんですね……」



 更に高い山が追加された。もう十分と思う暇も隙もないほどだ。何も持っていない空っぽの自分だけがくっきりと浮かぶ。いつの日か、強くなれるのだろうか?


ジン:

「うし、理論・理屈は終わりだ。もうちっと練習すっぞ!」

シュウト:

「はい!」


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