132 天使のささやき
――雨の中、敵レイドボス〈翼水竜ゴーシャバッハ〉を発見。
ジン:
「おい、少し下がれ。敵の感知圏内に踏み込んでる」
敵までまだ数十メートルある。何を感じてそう思ったのか不明すぎた。どんな超感覚があるのやらだ。
ゴーシャバッハの周囲は水たまりのように見える。ところどころ地面がでているし、水の上を歩いていない限りは、水深はほぼないだろう。所々、深い場所がある可能性に留意しなければならない程度か。
Zenon:
「水竜か、水属性ってことだな?」
バーミリヲン:
「水だから火炎が効くとは限らないがな」
シュウト:
「電撃の場合もありますね」
鱗をもつサファギンなどの魚人や、ヒレを持つ水棲生物は電撃に弱い傾向がある。
リディア:
「そもそも、ドラゴンって遠距離攻撃全般が通らないイメージだけど」
ジン:
「そりゃもう、モンハンでガンナーが無双したせいだな」
シュウト:
「なんて迷惑な……」
余所のゲームの話はともかく、ドラゴン戦では近接武器での攻撃をメインにするしかない。とはいえ安易に近寄れば死ぬのだが、それはこの際おいておこう。
ニキータ:
「あの、翼水竜なのに翼が……」
ユフィリア:
「そういえば、見えないね?」
シュウト:
「どういうことなんでしょう?」
スターク:
「案外、空を飛ばなかったりして(笑)」
クリスティーヌ:
「戦ってみれば分かるのでは?」
リディア:
「雑!」
レイシン:
「はっはっは」
ジン:
「どう思う?」
レイシン:
「こういう時、考える人は別に居たからねー」
ジン:
「葵か。居るとやかましいのに、居ないと不便とか、迷惑極まりないな」
レイシン:
「はっはっは」
シュウト:
「葵さんが参謀役だったんですか?」
ジン:
「参謀ってガラかよ。あんなの好き勝手に喋り散らしてただけだ」
レイシン:
「でもそれで助かったりしてね」
ジン:
「そんなのの繰り返しだったぜ、もう大昔の話だがな。……とりあえず、トライすんぞ!」
Zenon:
「おう!」
障壁や支援魔法を掛けて準備完了。
フェイスガードを下げ、オーバーライドしたジンに続いて突撃。〈アンカーハウル〉が決まった直後、ゴーシャバッハの咆哮が返礼として返って来た。範囲異常攻撃に浮き足立つ。続けてジンの〈ウォークライ〉でBSを解除。ここから本番だ。
Zenon:
「硬ってぇ!」
クリスティーヌ:
「出し惜しみはしない。〈オープニングギャンビット〉!」
リディア:
「こっちもよ!〈ソーンバインドホステージ〉!」
ウヅキ:
「追撃は任せな! 〈サドンインパクト〉!」
両手剣による〈グリムリーパー・スタイル〉のため、追撃の起動はウヅキに任せた方がダメージの通りは高くなる。
シュウト:
「そろそろ必殺技が来る頃です。全員でモーションを確認。アタッカー、回避用意!」
バーミリヲン:
「了解だ」
予測通りだった。翼水竜ゴーシャバッハが身を起こすと、胸に宝石のようなものが見えた。それが内側からキラリと光りを放つ。
ジン:
「来るぞ、下がれ!」
敵の位置を確定させるため、ジンだけは前線に残り続ける。念のため、敵の20m圏内から退避。ブレスに備えていつでも動けるようにしておく。
レイシン:
「ウッ!!」
いきなり目の前が白くなり、光のように弾けた。唐突に現れた大量の水が爆発するようなエフェクト。20mよりも後退していたのに、それでもレイシンが巻き込まれる。フィールドレイドだけあって、範囲攻撃の距離が広い。想像以上だった。
ウヅキ:
「チクショウ、25メーターはあったぞ!」
スターク:
「ジン、レイシン被弾!」
ニキータ:
「大丈夫ですか?」
レイシン:
「なんとか。あっちは?」
ユフィリア:
「ジンさん!」
軽く盾を掲げて無事を知らせてくるジンだった。無傷とはいかないが、まだHPに余裕はある。レイシンの側も〈武闘家〉の強靱さで耐えていた。2人ともずぶ濡れだ。
シュウト:
「大丈夫。立て直しつつ、攻撃続行!」
石丸:
「魔法攻撃〈大海のクラヴィーア〉っスね」
Zenon:
「メチャ強ぇえ、強ぇえけど」
ウヅキ:
「ああ、行ける!」
水属性魔法攻撃〈大海のクラヴィーア〉だけでレイシンのHPは10000点近く吹き飛んでいるのだが、ジンが常軌を逸して強いこと、当初の予想よりも連携が巧く行っていることで、初見でも勝てそうな予感があった。
しかし、どこか物足りない気分になる。明らかに90レベルオーバーのゾーンで、レイドボスがこんなものなのか?という『あっけなさ』というのだろうか。ジンが強いから当然の結果なのかもしれないが。
シュウト:
(いや、まだ油断するべきじゃない)
HP量に応じて、何か特殊行動をしてくる可能性は高い。戦況が劇的に変わる可能性だって残っているのだ。
ジン:
「例のが来るぞ!」
1分と待たずに〈大海のクラヴィーア〉が放たれる。効果範囲からしっかりと出て、回避。
石丸:
「約48秒、 モーション開始から3秒で発動っス」
シュウト:
「了解です、ありがとうございます!」
順調に戦闘を続行。気分が晴れやかになってくる。これなら勝てると思い始めていた。
スターク:
「待って、雨が止んでる! なんか、晴れてるよ!?」
気分が晴れやかに感じたのは、天候の影響だったらしい。
ゴーシャバッハは、鳥のような白い翼を広げ、ゆったりと飛行状態へと移行した。スタークの予想が当たった。天候操作能力があるらしい。
ジン:
「めんどくせぇ、閃光玉で叩き落とせ!」
Zenon:
「無茶いうなよ!」
ユフィリア:
「〈アージェントシャイン〉!」
ユフィリアの光の魔法がゴーシャバッハを包み込んだが、それだけだった。
ユフィリア:
「ダメみたいだよ?」
ジン:
「デスヨネー」
スターク:
「というか、降りてくる気配がないんだけど……?」
シュウト:
「……えっ?」
冗談ノリで済んだのはここまでだった。
直後、『マニフィカト』なる特殊行動を発動。ゴーシャバッハが光輝く。どうなるのか?と思ったが、直ぐにダメージは来なかった。逆にこういう攻撃の方が不安にさせられるものだ。
シュウト:
「全員のバッドステータス確認!」
ユフィリア:
「……羽根?」
見渡す限りの空間にばらまかれた、大量の羽根が舞っている。
ジン:
「イテッ。 ……これってまさか」
ニキータ:
「〈イセリアルチャント〉?」
〈イセリアルチャント〉とは〈施療神官〉の必殺特技で、舞い散る羽毛に触れると味方は回復、敵にはダメージという効果がある。巨体のゴーシャバッハには相当数の羽毛が触れているらしく、メキメキと回復が重なっていく。逆に僕らには1秒あたり1~2枚がどうしても触れてしまう。一枚あたりのダメージは500点程度でも、積み重なるとシャレにならない。効果が10秒以上続くため、効果時間中のダメージは最低でも5000点、平均ダメージだと8000点に及ぶ。魔法攻撃職のHPだと死ぬ危険すらある技だ。
スターク:
「うはぁ、僕とは相性が悪いなぁ~」
数秒で全員に掛かっていた障壁が消し飛んだ。確かにリアクティブヒールやリジェネの方が相性の良い攻撃かもしれない。
何よりも問題は、相手が降りて来ない点だった。マニフィカト発動から光っている間、オートアタックは停止するものの、飛行状態でのゴーシャバッハのオートアタックは羽根の撃ち下ろし攻撃。一向に降りてくる気配がない。いくらジンが無敵とはいっても、剣が届かなければどうにもできないだろう。
そして30秒が少し経過した頃、またもやマニフィカトが繰り出され、一面の羽毛畑になってしまう。
リディア:
「これ、マズい。ヒーラーのMPが消し飛んじゃう!」
ジン:
「とりあえず攻撃しろ!」
だが、マニフィカト発動後の光ってる時間は魔法を完全に反射した。その間もメキメキと回復していくゴーシャバッハ。羽毛ダメージの回復でヒーラーのMPが消えていく。良くない流れだった。
リディアの〈エリクシール〉〈マナトランス〉で回復力を支えつつ、ニキータの援護歌〈慈母のアンセム〉まで重ねて戦列を維持。
ゴーシャバッハのHPゲージは満タンになったが、それでも降りてこないのが判明した。
スターク:
「これ勝てないよ、もう撤退しない?」
シュウト:
「まだだ。地面に降ろす条件を見つけないと、何回やっても勝てない」
リディア:
「〈イセリアルチャント〉みたいな技を使うなら、逆の精神属性ダメージで。……〈ブレインバイス〉!」
光輝属性の反対は精神属性攻撃になる。リディアはそのことを言っているのだろう。空中にホバリングしたままのゴーシャバッハの真下に、瞳を模した魔法陣が生まれた。黒い光の柱が伸びて敵を包む。
石丸:
「ブレスモーション!」
ニキータ:
「回避! 散開!!」
コンパクトなモーションから生まれた突風が真っ直ぐに戦場を吹き抜ける。一瞬遅れて、『バババババ!!』と連続する破砕音。空気が引き裂かれ、氷の槍が立ち上り、直後に砕けて消えた。
クリスティーヌ:
「ギルマス!」
スターク:
「た、助かった。助かったよ~(涙)」
逃げ遅れたスタークの直前までブレスが伸びて、しかし、届かなかった。〈ブレインバイス〉の攻撃範囲を縮小する効果のお陰かもしれない。
今度のは『G』というシンプルな名前の攻撃だった。たまたま誰にも当たらなかったため威力は分からなかったが、見るからに即死級の威力がありそうな代物。しかも、避ける間もないほど発生が早い。阻止は難しいだろう。
シュウト:
「こうなったら、総当たりで確認します!」
Zenon:
「よっしゃあ!」
バーミリヲン:
「それしかない」
近接武器が届かない程度の高さに滑空しているため、弓に持ち替えてあらゆる攻撃を試してみることに。レイシンやクリスティーヌは飛び上がってダメージを与え始めた。マニフィカトの羽毛が舞う中、いつ終わるともしれない攻防が続いた。
幸い〈G〉の再使用は2分以上。ジグザグ軌道に薙払ってきたりもしたが、どうにか避けられなくもない。
長時間化した戦闘の中で、どうにかゴーシャバッハのモード切り替えに成功。精根を使い果たして、「やっと」だ。再び降り始めた雨に癒される気分すらあった。
レイシン:
「add! ドラゴントゥース2体」
ジンの仕草だけで状況を察したのだろう。レイシンは敵の追加を知らせる声を放っていた。遠隔攻撃でロクにダメージを与えていないゴーシャバッハに加えて、追加のレイドモブまで登場と来ている。心が折れるのに十分なダメ押しだ。
シュウト:
「一端、引きます!」
ニキータ:
「撤収! 撤退!!」
さすがに誰も文句を言わず、一目散にセーフティゾーン目指して走り始めていた。
◇
Zenon:
「強ぇえ、強ぇえよ!」
スターク:
「勝てそうで、まるで勝てない。良いレイドボスだねぇ。まぁ、みんな死ななかったし、いい感じじゃない?」
シュウト:
「ジンさんがいなかったら、あっさり全滅してたけどね」
ジン:
「ま、俺1人が強くても、やはりレイドボスには勝てない。いい教訓になったな」うんうん
考えてみれば、直接攻撃系の技をほとんど使ってこない相手だったが、ジンの壁はやはり厚くて高かった。凄まじいまでの安心感。とりあえず今は、これを前提にさせてもらおう。形振りかまわず攻略しなければならない。
スターク:
「明らかに回復力足りてないよ、ヒーラー増やそうよ。というか、24人で戦うべきだと思うなぁ」
ウヅキ:
「そういう問題か? あの飛行モードを短くしないと話にならないだろ」
ユフィリア:
「みんな、ごめんね……」
敗退した責任を感じたらしく、しょんぼりした感じのユフィリアが謝罪してきた。いや、どう考えてもアナタの責任じゃないですから。
ニキータ:
「ちょっと……!」ギラン
スターク:
「ボ、ボクが悪いの!?」
ユフィリアを悲しませた罪でスタークが裁かれつつある。クリスティーヌもギルマスの蛮行(?)を謝罪し、許しを請う風の態度である。いや、それはなんのプレイですか。
ジン:
「んで? おちゃらけはいいとして、どうすんだよ。先にメシか?」
シュウト:
「どうすればいいと思いますか?」
レイシン:
「さぁ? どうだろう」
一介の戦士に戻った途端、考えるのを止めてくつろいでいたりするのだから困る。確かに、レイドなら僕の方が経験しているとか言った過去を忘れた訳じゃありませんよ? でも、ちょっとは助けてくれてもいいと思うんです……。
と本人に向かって言えず、仕方なく最後の手を使うことにした。出し惜しみしている余裕なんてない。
シュウト:
「あ、お疲れさまです」
ジン:
「てめっ、誰に念話して……」
口に人差し指をあてて、静かにしてくださいのジェスチャーをする。
葵:
『ほいほい、どったの、シュウくん?』
シュウト:
「予定通りにレイドボスとやりあってみたんですが、ちょっと強かったので、ご相談を……」
葵:
『はっは~ん、ふっふ~ん、へっへ~ん、ほっほぉ~ん(笑)』
ひっひ~んが無いとは思ったけれど、もの凄く嬉しそうだ。
シュウト:
「……あの~?」
ジン:
「あんだよ」
シュウト:
「ジンさんに伝言です。『あたしが居ないとダメとか、ジンぷーなっさけ……』」
ジン:
「うっせーんだ、ゴラァ!!!!!」
超至近距離からの怒鳴り攻撃だった。完全にキスされたかと思うほどの間合いで、たぶん念話中の葵にもジンの声が聞こえたはずである。
葵:
『あっはははっ、いーっひっひっひ。ぐふひひひひ。やべーっ、超たのしい! ぎゃはははははは!!!』
のたうち回っている。明らかに、念話の向こうでハラを抱えての大爆笑である。楽しそうで良かった。何よりです。
葵:
『ひーっ、ひーっ。……了解、あたしの出番だね。ともかく話してみ?』
シュウト:
「ええっと……」
一通り説明する。途中、笑いすぎたのだろう。涙を流して、鼻水をかんでいる音が聞こえてきた。さもありなん。女性を捨ててる気がしないでもないが、その辺りは無視することにした。
葵:
『なるほどね。だいたい分かったよ』
シュウト:
「これだけで、何か分かるんですか?」
葵:
『ま、ね。いくつか確認したいことがあるんで、いしくんに質問してよ』
シュウト:
「は、はい。……あの、石丸さん」
石丸:
「なんスか?」
シュウト:
「クラヴィーアって何のことですか?」
石丸:
「鍵盤などの意味っスが、ピアノのことだと思うっス」
シュウト:
「ピアノ……じゃ、マニフィカトは?」
石丸:
「賛美するの意味のラテン語っス。賛美歌のようなものっスね」
シュウト:
「もう一つ、読みがジーじゃないとしたら『誰』ですか?」
石丸:
「ゲー。そのままバッハっス」
ウヅキ:
「バッハぁ?」
ニキータ:
「『音楽の父』の?」
石丸:
「そうっス」けろっと
ジン:
「あー『G線上のアリア』ってことか? いや、だとしても、それが分かっても勝てっか?」
葵:
『ふふん。モチーフが分かったら、この先の攻撃とか展開も想像が付くってもんよ。まぁ、モーツァルトとベートーベンは堅いんじゃないかなぁ』
ちょっと付いて行けないレベルの展開予測能力だったりした。えっ、千里眼持ちとか?
葵:
『さてと。問題は飛行モードの時のマニフィカト、敵の〈イセリアルチャント〉がなんで使えるのか?ということだね。バッハがモチーフだからってことは、属性変化までは起こしていないことになるでしょ』
シュウト:
「なるほど」
飛行モードでは光輝属性とか回復モードに変身したものだと思っていたのだが、それは間違いだろうと言いたいらしい。
葵:
『鳥みたいな真っ白な翼。しかも雨が降ってる時には翼を折り畳んでいた。つまり、雨で濡れると困るからじゃない? それと敵の弱点属性は邪毒だと思う』
シュウト:
「……なぜ邪毒なんですか?」
葵:
『おいおい、基本じゃん。五行で水の相克は土。土に相当する属性攻撃は邪毒っしょ。火炎も電撃も効かないなら、邪毒で攻めてみないと。従って、相手の飛行モードをたたき落とすには、水で羽根を濡らすか、邪毒でバッドステータスにするか、その両方ってことだと思うよ。この場で考えられる範囲での仮説だけどね♪』
結論的には、ほかのボスも五行相克で、モチーフは楽聖だろうとのこと。あまりのことに放心状態のバッドステータスになった気分だった。以前、『葵のことを舐めるな』と言われた意味がようやく分かった。
葵:
『ほぼ確実に〈イセリアルチャント〉を強化する装備品が出るだろうね。ほんじゃ、がんばって~』
シュウト:
「……あの、試しにちょっとだけ、飛行モードを落としに行きたいんですけど、いいですか?」
◇
Zenon:
「ホントに降りやがった!」
ユフィリア:
「すごーい! 葵さん、すごーい!」
1度目のマニフィカトによる呪文反射タイムが終わった直後、冷気系ダメージを与えてみた。どうも邪毒耐性が下がるらしく、邪毒を加えてみると小雨が降り始めて、ゆったりと降りてきた。2度目のマニフィカト前に、飛行モードを終わらせたのは快挙だと言える。
レイシン:
「add、2体」
シュウト:
「リディア、1体の足止め、頼む」
リディア:
「任せて!」
シュウト:
「レイシンさん、もう一体を引きつけてください。大海のクラヴィーアの範囲外へ!」
定期的にリポップする敵をボスの必殺攻撃に巻き込みつつ、ダメージを積み重ねていく。ダメージを与えていると、たびたび飛行モードにチェンジするが、もはや対策は分かった。しかも、邪毒に犯された状態だとリディアの〈ブラックアウト〉が効くことも判明した。当然、殺すことはできないが、地面に墜落して、起きあがるのに少し時間がかかるようだ。
回復持ちの敵の例に漏れず、体力は少な目だろう。それでもレイドボスのHPとは途轍もない量を誇るものだった。普段倒しているドラゴン達が可愛く思えるほどに。
ここで、リディアの加入が僕たちの戦術を一変させることになる。
ユフィリア:
「やっぱりMP足りないかも?」
スターク:
「きっついね!」
ウヅキ:
「……リディア、やるぞ!」
リディア:
「頃合いね。〈カルマドライブ〉!」
ジン:
「俺も混ぜろ」
ウヅキが背後から攻撃した場合のクリティカル率は実に8割を超える。ついでにジンのブースト〈竜破斬〉は全部がクリティカルとして判定されるため、2人のMPは爆発的に回復していくことになった。MPの大半を残していたジンが先に、後からウヅキのMPがマックスまで戻る。
リディア:
「行くわよ! 〈マナチャネリング〉!」
ジン、ウヅキ、レイシン、ユフィリア、スターク、リディアの6人のMPが共有され、再配分されていく。
ウヅキ:
「なんだこりゃ?」
スターク:
「体が、光ってる!」
シュウト:
「一体、どういう? ……わかった」
ジン以外のメンバーがキラキラと光り始める。だが〈マナチャネリング〉にそんな機能はない。従って、光っていないジンに理由がある。ではジンにどんな原因があるのか。圧縮魔力である。オーバーライドで2倍かそれ以上の魔力を圧縮して使っているはずだ。それが〈マナチャネリング〉で共有された結果、起こった現象と考えられる。これも破眼による看破の力が働いたらしかった。
シュウト:
「それはジンさんの圧縮魔力です。最初に高威力技を使って!」
ウヅキ:
「そういうことか!」
ジン:
「あー、なるほどな。俺は関係ないのか」しょぼーん
ニキータ:
「それなら、ここは、これ!〈バトルコンダクト〉!」
Zenon:
「来たぞ、フルボッコタイムだ!!」
圧縮魔力の供給という裏技が開発されたことで、戦術の幅が広がった。しばらく使わないままでいると、圧縮分が解凍(?)されるらしいことも判明した。ジンが供給した魔力部分だけ倍にできるらしい。
勢いにのる僕たちは、ゴーシャバッハの攻撃に確実に対処しつつも、どんどんDPSを上げていった。
やがて、レイドボスは白い羽根をまき散らして爆散した。ところがその白い羽根の一部が、集まって凝固していく。あまりみたことのないエフェクトだった。
Zenon:
「おい、俺たち勝ったのか?」
スターク:
「勝ったね。……むしろ楽勝の部類?」
レイシン:
「強いのは強かったけどね」
ジン:
「だな。さて、報酬は?」
シュウト:
「ああ、はい」
――戦いは、終わった。
第1パーティは、みんなレベルアップした。ジンとユフィリアがレベル91に。ニキータが92。レイシンと石丸は93に。僕は94である。
第2パーティは、ウヅキとZenon、バーミリヲンの3人が91レベルに到達している。これは以前にもドラゴン戦に参加経験があるからだろう。
Zenon:
「よっしゃあ、レベルアップだぜ! 俺も91レベルになれるとはな!」
バーミリヲン:
「そうだな」
ジン:
「うー、口伝の巻物、口伝の巻物」がさごそ
レイシン:
「さっきのこれ見よがしのアイテムって何だったの?」
シュウト:
「盾、みたいですね」
『竜鳥羽の重盾』。美しいヒーターシールドだった。ゴーシャバッハの美しい羽根、いわゆるドラゴンの鱗羽根を重ねて作った形状をしている。しかも幻想級だ。防御も耐性も、ステータス上昇も申し分ない逸品。手にとって更に驚く。圧倒的に軽かったからだ。もはや盾とは思えないほどに。
〈カトレヤ〉として始めて手に入れた幻想級装備。どうするべきかは決まっていた。
シュウト:
「ジンさん、これを」
ジン:
「うむ。……うおっ、軽っ!?」
2秒ほど悩んでいたジンだった。だが――。
ジン:
「ユフィ。パス」
あっさりとユフィリアに向けて盾を投げた。というか、紙飛行機のように飛んで行った。受け止めたユフィリアもあまりの軽さに驚いたほどだ。
ユフィリア:
「これ、凄く綺麗な盾だね?」
ジン:
「だろ? おまえが使っていいぞ」
ユフィリア:
「なんで? ダメだよ!」
シュウト:
「あの、僕もちょっと。メイン盾のジンさんが使うべきなんじゃありませんか?」
特にこれは幻想級の盾なのだ。持つべき人が持つべきものだろう。
ジン:
「いや。俺を強化しても、戦力アップとしては効率悪いし。それにあの盾、〈イセリアルチャント〉を強化する効果があるんじゃないのか?」
シュウト:
「そういえば……」
葵にも同じことを言われたのを思い出した。確かに、そうかもしれない。だとすると、〈施療神官〉が使う方がいいことになる。
ユフィリア:
「ホントに、いいの?」
ジン:
「おう。俺はアイロンシールドは好かん」
ユフィリア:
「んー? アイロンシールドって?」
ジン:
「ヒーターシールドのヒーターって『あっためシールド』って意味なんだぜ。元々、アイロンの形してっからヒーターシールドといいます」
シュウト:
「……そう、なん、ですか?(汗)」
石丸:
「そうっスね。ヒーターシールドの呼び名は、アイロンが登場した後のものっス。もう少しサイズが大きいものはカイトシールドと呼ばれるっス」
ジン:
「カイトシールドは空にあげる凧のことだな。日本のヒーターシールドは、その盾みたいに細くなくて、もっと野球のホームベースみたいな横に広がった形をしているものも多いがね」
ユフィリア:
「そうなんだ?」
ジン:
「本当はカイトシールドか、タワーシールドを使いたいんだが、形がマチマチでな。結局、重心が一定になるラウンドシールド使いになってもうた」
シュウト:
「円形だから中心に重心がくる訳ですね……」
なんともジンらしい理由というか。
ジン:
「ダッシュする時に盾を正面に構えていると、風圧が邪魔になる。大きすぎても扱いにくいんだよ。確かに軽いのは魅力的だが、俺は盾で殴ることも多いから、そこまで軽い盾は使いにくく感じる」
ユフィリア:
「……いいの? ホントに? だって幻想級だよ?」
ジン:
「さっ、装備して見せてくれ」
装備すれば、それはユフィリアにアイテムロックされる。
おずおずとそれまで使っていた盾を外し、左手に装備した。
ニキータ:
「うん。よく似合ってる!」
レイシン:
「ぴったりだよ」
ウヅキ:
「まぁまぁだな」
ユフィリア:
「シュウト、ジンさん、ありがと。大事にするね!」
シュウト:
「僕は、うん。良いと思うよ」
ジン:
「大事にしないでいいから、使い潰せ」
ユフィリア:
「分かりました!」
むん、と気合いを入れて構えたユフィリアだったけれど、一瞬後には嬉しさからだろう笑顔がこぼれていた。やはり嬉しかったのだろう。そういう顔をされた方が、こちらとしても嬉しい。
スターク:
「これで〈シールドパクト〉の威力がアップするね」
ジン:
「たぶん2倍近いだろうな。メインタンクのユフィは守れるし、一度に何度も美味しい」
出会った頃(レベル78)からずっと使っていた盾なので、幻想級を持たせたらそういうことにもなるだろう。回復力も上がるだろうし、表面的にも裏事情的にも、これが正しい選択かもしれない。
ジン:
「てゆーか、口伝の巻物ってヤツがなかったんだけど……」
シュウト:
「やっぱり無いんじゃありませんか?」
ジン:
「うぁー、なんのためのレイドボス戦だよ、ったく」
こういう所はブレないなぁ、なんて思ったりした。
半泣きのジンのところに、主役のお姫様がからかいにやってきた。
ユフィリア:
「ホントのホントは、羨ましいんでしょ?」によによ
ジン:
「ホントのホントは、……台風の時に裏返る傘を思い出してな。なんか吹っ飛びそうじゃね?」
ユフィリア:
「なんでそういうこと言うの? ジンさんの意地悪! いじめっ子!」ぷくーっ
ジン:
「わははは。好きなコに意地悪したい年頃でな。つかそれ、魔法で防御するタイプだろ。重盾って表現からすると衛兵の鎧に近いかもな?」
ユフィリア:
「……そうなの?」
ジン:
「いくらドラゴンの素材だからって、そんな軽い盾で防御力なんかあるわけないし。試してみようぜ?」
実験と言って、盾を構えるユフィリアに向けてジンが石を投げた。しかも、かなり強めに。横から見ていたらジンの言うとおり、多重障壁の力で盾に当たる前に石は弾かれて落ちていた。
クリスティーヌ:
「とても良い盾ですね。おめでとう」
ユフィリア:
「ありがと!」
スターク:
「……んと、この後どうするの? 中ボス倒したし、とりあえず帰る?」
ジン:
「とりあえず、メシだな」
準備に時間を掛けたとはいえ、今日1日としては出来過ぎともいえる成果だった。とりあえず、食事の支度ができる場所を目指すことにして、僕たちは移動を始めた。