131 がんばらない
シュウト:
「ここに来れば会えるかと思いまして」
イケメン店員:
「そっか。……悪いけど、ここんトコ来てないよ」ニコッ
トイレから戻ると、シュウト君が店に来ていた。気まずくて、とっさに身振り手振りで『いないって言って!』と頼んでしまう。彼は残念そうな顔をして去っていった。
ユーノ:
「ごめんね、ありがと」
イケメン店員:
「どうした、喧嘩した?」
ユーノ:
「そうじゃないけど。そんな感じ、なのかな」
一度、念話を無視してしまうと、踏ん切りが付かなくなった。何度か彼から念話があったけれど、出るのが怖くなったのかも。
ユーノ:
「探すなら、ちゃんと探せってゆーの」
イケメン店員:
「隠れといてよく言う。ホントは、探しに来てもらって嬉しいんだろ」
ユーノ:
「別に、そんなことないし」
イケメン定員:
「素直じゃないねぇ。……あんまカッコ付けてると、長続きしないぞ」
ユーノ:
「うるさいなぁ、もうあっちいってよ! しっ、しっ!」
イケメン店員:
「あっ、そういうこという? もうかばってやんねーぞ」
ユーノ:
(だって……)
カッコイイのだから仕方がない。ここの店員もイケメンかもしれないけど、ぜんぜん違う。女の子に優しくできて、手慣れている。空気が読めて、気が利く。でもそれは表面のメッキだ。メッキを好きになるのは恋に恋している子供だけ。
彼は銀色の剣だ。不器用で、女の子に優しく出来ないけど、慣れている人よりずっと好感が持てる。メッキでうまく隠せていないけれど、彼が隠そうとしているものは、触れるものを切り裂く美しい刃だ。
最初にインタビューした時からそう。自分がすべきことをしている、真っ直ぐな、直向きな感じがいいなと思ったのだ。
……たぶん、そのせいで約束をすっぽかされたのだろう。そう分かっていても、怒りは別腹なのだ。女の子との約束は守ってほしい。
ユーノ:
(でも、探しに来たもんね。そろそろ許してあげようかな……?)
しかし、念話すら通じない場所にいた、というのが、少しばかり気になっていた。天秤祭に興味がなかったのだろうか。それとも何か急ぎの用事だったのか。
ユーノ:
「うーん、なんなんだろ?」
イケメン店員:
「お待ちどう、って独り言かよ。寂しそうだねぇ。やっぱ帰さない方が良かったな」
ユーノ:
「うっさいな! 放っておいてよ」
イケメン店員:
「君の心配なんてするか。俺は、店の売上げの心配をしてんの」
ユーノ:
「はい、分かりました、どうもすみませんでした。ささ、どうぞお仕事にお戻りください」
イケメン店員:
「つれないね」
◆
半地下のオールドメンズルームにて練習が始まる。秘密特訓なので、前回と同じ7人しかいない。立ち入りも葵の権限で禁止している。
ジン:
「では、ゆるをやります」
葵:
「よっしゃあ、かかってこいやぁ!」
シュウト:
「よろしくお願いします!」
ジン:
「ってか、なんでそんな気合い入ってんの?」
なぜか引いている。ドン引きっぽいのだが、何故だろう。
葵:
「天才になる鍛錬だっつったじゃんか」
シュウト:
「真面目にやらないとダメかなって」
ユフィリア:
「うんうん」
僕はちょっと別の事情で練習に集中したい気分だった。ユーノと連絡が取れない。本格的に怒らせてしまっているらしい。あの日からもう何日か経過しているのに、念話にも出てくれなかった。試しに探しに行ってみたけれど、そもそも住んでいる場所などは知らないし、やはりというかダメだった。自分はダメな人間だな、と悲しく思う。
ジン:
「なんか、大事なことを教え損ねているような気がすんなぁ。……いいか? 『がんばれば、がんばるほど、上達する』のであれば、それは既存の運動理論と違わないんだよ」
葵:
「むう?」
シュウト:
「えっと?」
ジン:
「漢字で頑張ると書いたら『頑を張る』だろ? 『頑張ったら、ゆるむ』だなんて、頭がおかしいだろ。がんばれば、がんばるほど、疲れるのです。努力すればするほど、嫌になんの。我慢すればするほど、心が折れます。以上、終わり」
ニキータ:
「つまり、努力しないで、努力するんですか?」
ジン:
「だから、努力しないの。ゆるませんだよ。……わかった。地球を7周半ほど譲ろう。秒当たり最大の譲歩だ。最初のステップは『がんばらない ゆる』とする」
頑張るとか努力とかが嫌いというのは、これまでに何度も聞かされていたため、そこまで抵抗感は無い。けれど、本格的に『努力してはいけない』と言われるのは始めてかもしれない。
葵:
「だけどさー、がんばらないでどうやんの?」
ジン:
「そんなの、楽にやるに決まってんだろ。より小さな運動負荷でゆるめりゃいい」
ユフィリア:
「じゃあ、横になってもいいの?」
ジン:
「もちろん。あるよ、寝ゆる」
葵:
「あんのか!?」
レイシン:
「あるねぇ」
ジン:
「天才の努力って教えたろ、寝たまま足をコゾコゾするやつ。あれだって寝ゆるの一種だぞ」
ユフィリア:
「そっかー」
シュウト:
「でも、あれって、けっこう疲れますよね?」
ジン:
「疲れるね。でも効果は凄まじい。……とりあえず、寝ゆるをやるか。俺、苦手なんだよなー」
それぞれ毛布を床にひいて、その上で転がった。
ジン:
「横になったな? じゃあ、膝をたてて90度に曲げて、楽にする」
葵:
「そんで?」
ジン:
「弱い力で腰を床に擦り付ける。左右に、モゾモゾといいながら。はい、もぞもぞ、もぞもぞ」
ユフィリア:
「えっ、どうやるの?」
みんなで起きあがってジンの姿を見て、再び床に戻っていく。
ジン:
「自分で声を出しながら、もぞもぞ、もぞもぞ。水槽の金魚がゆ~ったりと泳いでいる感覚で、もぞもぞ、も~ぞ~も~ぞ~」
ユフィリア:
「もぞもぞ、もぞもぞ」
シュウト:
「もぞもぞ、もぞもぞ」
ニキータ:
「もぞもぞ、もぞもぞ」
しばらくモゾモゾとやっていた。そうして何分か経った頃だった。
ユフィリア:
「ジンさん? ……ねぇ、さっきからジンさんが喋ってないよ?」
レイシン:
「うん。とっくに寝てるね」
葵:
「なにぃ!? テメェ、起きろやジンぷー!」
イビキがないので気が付かなかった。『苦手』ってそういうことらしい。
ジン:
「……あー、どのくらい寝てた?」
レイシン:
「4~5分かな?」
葵:
「なに寝てんだ、コラ? お?」
ジン:
「だから苦手だって言ったろ。……というか、こんな気持ちいいこと5分もやってて、何で寝てないんの? バカ?」
葵:
「あんだとぅ!?」
とりあえず、寝てしまわないように立って指導することにしたようだ。
ジン:
「じゃあ、もっかい。もぞもぞ~」
葵:
「……あのさぁ、言葉が重要ってんなら、なんでモゾモゾなん? もっと柔らかい言葉の方がよくない? とろとろとか」
ジン:
「ん、良いセンスだな。そうだな~。じゃあ、ジッとしてみ?」
葵:
「ほいよ」
30秒ぐらいジッとそのまま横になったまま待つ。
ジン:
「そのまま動くなよ? 立ったり、歩いたり、走ったりするのに比べると、横になってジッとしているのは随分と楽だろ? 負荷でいえば、100点満点で5点程度だ」
葵:
「5点もあるか?」
ジン:
「ジッとしているのが本当に楽なら、『わざわざ』寝返りをうったり、ベットで『マンガを読み』つつ、『足がプラプラ』と動いているのはおかしいことになる。……結論を言えば、人間はジッとしているのが苦手なんだよ。これは座ってる時の方が分かりやすい。ただジッと座っていると、結構なストレスを感じる」
ユフィリア:
「うん、分かる」
ジン:
「腰の負荷って観点で見ても、座っているより立っている方が楽だって話があってな。座っている負荷が40点か45点、立っている負荷は、まぁ、レベルにもよるけど30点付近とかね」
葵:
「読めた。……4点以下ってことか」
ジン:
「正解。じゃあ、そろそろいいぞ。モゾモゾしてみな? ただし、ジッとしているよりも楽になるように。よわ~いちからで。かる~く、かる~く、だ」
シュウト:
「ええっ?」
これが難しかった。5点以下の運動負荷では、体が動かない。動かすのに5点以上の力が必要になってしまう。
ジン:
「先ほどの質問の答えが分かったかな? ……体の中心、もしくは背骨から『動きが生まれる感覚』を探るんだよ。よわ~いちからで、声に出しながら~」
シュウト:
「もぞもぞ」
ジン:
「楽に~、楽に~、一瞬だけなら5点を超えてもいい。けれど、全体でみたら、ジッと寝ているよりも楽になるように~」
追求が深くなっていく。どうにかモゾモゾ動かないか?という試行錯誤がモゾモゾという声を忘れさせる。
ジン:
「シュウト、声を出せ。……いいか、アメーバ状の最初期の生命体でも、その動きは『モゾモゾ』してたハズだ。原初の動きを思い出せ、取り戻すのだ」
何か分かり掛けているようなもどかしさが続いた。しかし、掴めない。体の中心付近からの動きがモゾモゾになるのは分かった。むずがゆいような『その感覚』を、形にしたいと願うほどに、もぞもぞが正しい言語選択だったと思い知る。
ジン:
「んだば、終わり~。立ってやんぞ~」
シュウト:
「あ~、もうちょっとだと思ったのに」
ジン:
「フフン。……続けるぞ? ちから抜いて、でれ~んと立って~」
ユフィリア:
「でれ~ん」
ジン:
「みんな、学校や仕事から帰ってきて疲れてます。ぶっちゃけ、体操するのに立つのすらおっくうです。むしろ体操なんてしたくありません。それがまぁ、普通のレベルだ。定時で帰れるヤツばっかじゃないし、部活とか残業とかあるかもしれないし」
葵:
「うむ」
レイシン:
「だよね」
ジン:
「一秒でも長く休んでいたいって感じだな。ソファにどっかぁ~座り込んでテケトーでもいい。寝ゆるでも何でも良いんだ。弱い力で、体をゆすっていきまーす。はい、がーんーばーらーなー、い~。がーんーばーらーなー、い~」
シュウト:
「いや、それって……?」
ジン:
「もっと力を抜く。がんばっているトコロを探して、力を抜いていく。はい、がーんーばーらーなー、い~」
ユフィリア:
「がんばっちゃ、ダメなの?」
ジン:
「ダメ。がんばってるところにちゃんと感謝のお礼を言いましょう。 ……がんばってくれてありがと。今は休んでいいからね。はい、がーんーばーらーなー、い~」
葵:
「がーんーばーらーなー、い~」
がんばらないように、がんばらなければならない。
ジン:
「もっとゆれは小さく。がんばってゆすろうとすんな! 力が抜ければ、ゆれは自然と大きくなる。心の力を抜くんだ。リラックスすることで、交感神経を休ませ、副交感神経のスイッチを入れていく」
ユフィリア:
「がーんーばーらーなー、い~」
シュウト:
「がーんーばーらーなー、い~」
楽に運動するのを徹底すると、気分が変わってくるものだった。なかなか難しいが、自然と楽しくなってくる。体を動かす喜びみたいなものがある。
ジン:
「よーし、立ったままジッとして。……いいぞ。では、『ただ立つ』よりも楽になるように。小さくゆすって、ゆられて、ゆるんで。……はい、だら~ん、の、でれ~ん、の、どろろ~ん」
ユフィリア:
「ウフフフフフ」
『立ち方』そのものを更に楽にしつつ、弛めるための出力を小さくする練習に。
ジン:
「楽に立つためには、最小の力で立つのを意識する。内くるぶしの真下に体重を落として。足首、膝、股間と、しゃがまないギリギリまで力を抜いていく。がんばらないように、がんばらないように~」
更に次のステップに移行。
ジン:
「じゃあ、第2ステップ。今度は、『ゆるませる ゆる』だ。とろ体操ちゃうねん、ゆる体操やねん」
ユフィリア:
「どう違うの?」
ニキータ:
「さぁ?」
ジン:
「このステップでは『ゆるむ』という感覚をつかんでもらいます。まず、手をグーに握って、ぎゅー」
ユフィリア:
「ぎゅー」
ジン:
「ほい、力を抜いて、ほわっ」
葵:
「ほわっ」
握った拳をすこし開いたら、少し楽になる。
ジン:
「これだとただ開いただけだから、そこからさらにふんわりさせたいんだよ。ぎゅーっと細胞が圧迫されてるんだよ。こう、ぎゅーってな?」
葵:
「ふむ」
ユフィリア:
「うん!」
ジンは両手で自分の顔を挟み、潰して変顔している。細胞の圧迫感を表現しているらしい。
ジン:
「手を離したら、ほわっとする。さらに、ふんわりさせます。デヘヘ~」
崩れるような柔らかい笑顔。デレっとした顔をしている。
ユフィリア:
「うふふふ」
ジン:
「デレっと笑ってみ。細胞を笑顔にする前に、自分が笑えなきゃ、だ。こう、福田綾乃がモノマネする長澤まさみのように」
葵:
「うへへ、へ、へ、へ」
ジン:
「下品に笑うなよ」
しばらくみんなでデレっと笑ったり、ふんにゃり笑ったりを見せ合いっこした。特にユフィリアのふんにゃり笑顔は、とろけ感がハンパじゃない。
ジン:
「よーし、ジッとしているよりも楽になるように~。ゆすって~、ゆれて~、ゆるんで、笑顔、 デレ~」
ユフィリア:
「ウフフフフ」
ジン:
「体を締め付けているものを取り除くんだ。このレベルだと主に筋肉が拘束の元凶になる。他にも、変に圧力が掛かっている部分がなくなるように」
シュウト:
(筋肉が、拘束の元凶……)
当たり前と言われれば当たり前なのだが、ハッキリ指摘されるまで気が付いていなかったりした。体を締め付けているものは、自分の筋肉なのだ。
ジン:
「焦るな。じっくり時間をかけるんだ。ここは時間をかける価値がある。きもちよ~く、ゆすって~、ゆすって~、ゆれて~、ゆれて~、ゆるんで~、デレ~」
やがて終わりになった時、体がふっくらと膨らんでいる気がした。もしかするとコレがゆるんでいる状態なのかもしれない。以前に手がパンパンに膨らんだ感覚があったのを思い出していた。
ユフィリア:
「あ~、気持ち良かった~!」
いつもより楽しそうで、ずっと笑っていたユフィリアに質問してみる。何かヒントになるものがあれば、という気持ちが大きい。
どこかしらキラキラ感がアップしている気がするのだ。光自体を強く感じるわけではないのに、なんというのか、キラキラの粒子が細かくて滑らかな気がする。
シュウト:
「なんか、機嫌良さそうだね?」
ユフィリア:
「うん。いつもよりむつかしくなかったし!」
ニキータ:
「理論部分は少なかったものね」
シュウト:
「実践の難しさは、いつも以上の気がするんだけど」
ユフィリア:
「いつもこうならいいのに~」
ジン:
「そんな訳にいくか」
ユフィリア:
「もっと優しくしてくれてもいいと思うなっ」
ジン:
「これ以上? 妊娠するぞ」
ユフィリア:
「えっち」
葵:
「スケベ」
ニキータ:
「変態」
女性陣もなかなかのコンビネーションだと思う。
ジン:
「フッ……。ユフィ」
ユフィリア:
「なに?」
ジン:
「細胞の気持ちよさを感じたか?」
ユフィリア:
「うん!」
不思議なやりとりだなぁ、と思いつつ、聞くとはなしに聞いていた。
葵:
「……細胞の? 細胞が気持ちよくなったのを、感じるかどうかってこと?」
ジン:
「そうだ」
石丸:
「主体は細胞ということっスね」
ユフィリア:
「えっ、何かヘンだったかな?」
ジン:
「いいや、ユフィはあってるぞ」
どうも取り組みのレベルが違っている。僕のやっていたことは、自分が気持ちよくなるかどうか。彼女がやっていたことは、細胞が気持ちよくなって、それを感じるかどうか。改めてその天才性に目がくらむ思いだった。
少し前の自分だったら、それ以前に、相手がユフィリアでなかったら、『あ~、気持ちいい!』なんて言っていたら、『バカは単純でいいな』とか思って見下していたかもしれない。
シュウト:
(ジンさんの言っていた通りだ。理屈が分かったらゆるむのか? ……全然、違う)
もっと頑張らなきゃ!と思ったが、「頑張ったらダメ」だと言われてしまっていた。『努力するだけ』で何もかも叶うほど甘くないのだろう。努力禁止で難易度は更に高くなって感じる。難しくなっている分だけ、前に進んでいると思いたい。
シュウト:
(でも、僕には呼吸法がある……)
細胞のことなら、細胞呼吸法がある。呼吸法なら少しばかり自信をもっても良いかもしれない。意識して『自分の武器』で戦わないと、生まれながらの天才には太刀打ちできない。
ユフィリア:
「あのね、お願いがあるの」
ジン:
「うん、言うだけ言ってみな」
ユフィリア:
「朝のお味噌汁とおにぎり屋さん、続けてもいい?」
ジン:
「え?」
葵:
「なんでまた?」
ユフィリア:
「天秤祭までと思ってたけど、続けて欲しいって言われてるの」
ジン:
「俺はいいけど、11月は忙しいぞ?」
ユフィリア:
「そうなの?」
ジン:
「ああ。あのフィールドレイドっぽいのを11月中に終わらせる」
シュウト:
「じゃあ、いよいよですね」
ジン:
「うむ。あそこらのフィールドゾーンはほぼ調べ終わった。これから本格的に中ボスと戦ったりするぞ。さすがに、日帰りしてたらとても終わらないだろう」
ユフィリア:
「んと、どうして11月中なの?」
ジン:
「3ヶ月が一区切りになってる可能性があるのが一つ。でも一番の理由は、本格的に寒くなる前に終わらせないと、無理ゲーになるからだ」
ニキータ:
「……雪、ですね」
雪上戦闘は、ゲームでなら雰囲気だけの問題だが、実際に戦うとなれば話が違ってくる。足を取られたり、移動速度が厳しく制限されたりすれば戦闘の難易度は簡単に数倍化してしまう。
◆
スターク:
「これで全員?」
Zenon:
「よろしく頼む!」
バーミリヲン:
「世話になる」
〈海洋機構〉の2人が来てメンバーが揃った。2人とも装備を一新している。
ウヅキ:
「随分とめかし込んでンなァ」
シュウト:
「見たことのない装備品ですね」
バーミリヲン:
「〈海洋機構〉の試作品を優先的に回して貰った」
Zenon:
「エルムのお陰だ。元になった装備より性能アップしているらしいが、最後は腕だからな」
ジン:
「わかってんならいい。……いくぞ」
葵:
「いってら!」
ジン、レイシン、僕、ユフィリア、ニキータ、石丸といったいつものメンバーが第1パーティーに。〈武士〉のZenon、〈暗殺者〉のバーミリヲンとウヅキ、〈盗剣士〉のクリスティーヌ、〈神祇官〉の代替職〈エクソシスト〉でスターク、そして〈付与術師〉のリディアで第2パーティー。急造の、しかもハーフレイド。このメンバーで攻略に向かうことに。
リディア、スターク、クリスティーヌの3人はドラゴン戦自体が初参加。だが、恐ろしいことにジンは直ぐにでも中ボスと戦う気でいた。
スターク:
「ねぇ、回復2枚で平気なの?」
ジン:
「当たらなければどうということはない」
スターク:
「それ知ってる。死亡フラグだよね」
当たらずとも遠からずだと思う。
慣れとは怖いもので、ちょっとキャンプに出かけるぐらいの緊張感の無さでシブヤへと移動し、時間通りにジャンプして『楽しげに』レイドゾーンに到着していた。
リディア:
「ここが目的のゾーン?」
ジン:
「そうだ」
シュウト:
「そろそろ支援魔法をお願いします」
リディア:
「ちょっと待ってて……」
なにやら装備品を取り出して頭に装着しているリディアだった。
シュウト:
「えと、確か、『イヴルアイ』のビルドですよね?」
ジン:
「ん?」←よく分かっていない
Zenon:
「おいおい『イヴルアイ』って、頭に装備するとダメなんだろ?」
どうやらZenonはツッコミ側の人間らしい。勝手に親近感を覚える。
バーミリヲン:
「ふむ、第三の眼を模した形状だな。サークレットというよりはティアラか?」
リディア:
「これは〈心眼のカチューシャ〉。イヴルアイ用の頭部装飾品。もともとイヴルアイにするつもり無かったんだけど、たまたまこんなの手に入っちゃったから、仕方なく……」
シュウト:
「仕方なく、なの?」
カチューシャの名の通りで、宝冠のようなものを頭部にセットすると、そこからティアドロップ形状の宝石が垂れ下がって、額の位置にくるようになっている。バーミリヲンのいうように『第三の眼』、且つ、心眼というネームからすると、イヴルアイの得意とする精神攻撃系デバフの効果が強化されるのだろう。
石丸:
「〈心眼のカチューシャ〉なら耳にしたことがあるっス。ヤマトサーバーでの保持者は……」
リディア:
「たぶん、私だけかな」
ジン:
「ほう、強いのか?」
リディア:
「使わないともったいないぐらいには」
石丸:
「低確率ランダムドロップで、幻想級よりもむしろ入手困難と言われている秘宝級アクセサリーっス。出ない時は10年掛かっても出ないそうっスね」
ジン:
「マジか。すげぇな」
リディア:
「たまたまだってば」
レイドに勝てば手に入る幻想級装備のような入手困難な代物とは別に、こうしたランダムドロップでしか手には入らない部類の装備品も存在する。それらは1%とか0.1%程度のレベルではなく、1/100000の確率とも、1/1000000の確率とも言われている。
こうしたランダム性を持たせることで、完全に思い通りにはならないようにデザインされているらしい。リディアのように、別のビルドに変更する切っ掛けとして働く場合もあるのだろう。
〈エルダー・テイル〉を長くプレイしていれば、こうしたレアドロップと出会う確率は決して低くはない。ただ、それが思い通りの品になることが滅多にないだけだ。たとえば、レベル帯や職業別に『テンプレ装備』と呼ばれる組み合わせは存在しているが、レアドロップはそうした画一的な正解を崩す効果もあり、ゲームに多様性を与えていた。
持っていないアイテムよりも、手に入ったアイテムを活用するべきなのだ。そうして、やがてレイドや幻想級に手を伸ばすのが望ましいプレイだと言われている。
さまざまな色の〈ドラゴントゥース・ウォリアー〉と戦いながら、ドラゴンとの遭遇戦をこなし、ジンに対する態度が変わりつつ、3時間ばかりが経過。
初参加メンバーも、後衛の2人はどうにかなっているようだ。クリスティーヌはさすがに〈スイス衛兵隊〉だけあって、動きに淀みがない。
石丸:
「この先が予想地点っス」
ジン:
「雨だな。……後にするか?」
石丸:
「前に通りがかった時にも、ここで雨が降ってきて引き返しているっス」
スターク:
「それじゃ、雨の中で戦わないとだね」
ジン:
「さて、取りあえず戦ってみてヤバそうなら撤退するのもアリだが、逃げられるとは限らないからな。できる準備は今の内にしておこう」
シュウト:
「分かりました」
ジン:
「中ボスだとは思うが、いわゆるレイドボスとの戦闘は、異世界に来てから始めてだ」
ユフィリア:
「楽しみだねっ」
ニキータ:
「ちょっと怖いわ(苦笑)」
シュウト:
「『ちょっと』なんだ?」
負けたくないという気持ちでプレッシャーが増している気がしないでもない。ジンがいて負けるとしたら、それは僕らの責任だ。
ジン:
「戦いに集中するため、俺は一介の戦士に戻る」
石丸:
「ダイの大冒険っスね」
Zenon:
「ヒュンケルの名ゼリフだな」
ジン:
「んじゃ、後は任せたぞ。シュウト」
シュウト:
「…………えっ?」
予想外のことに反応が遅れた。みんながこっちを見ていて気後れしてしまう。
ジン:
「何ボケてんだ、お前が指揮すんだよ」
シュウト:
「いや、あの、僕ですか?」
ジン:
「あのなぁ、俺が指揮できない理由はわかってんだろ」
シュウト:
「それは、……はい」
ジンが全力時に本気で声を出すと、僕たちは思考が吹き飛んだり、動きが止まったりしてしまうからだ。咄嗟に「避けろ!」と言ったセリフで石みたいに硬直していたら逆効果でしかない。声を出す時にはパワーダウンさせなければならず、かなり面倒だと言っていた。このことからドラゴン戦を始めたぐらいの時期、ジンはほとんど喋らなかったぐらいだ。力に差がありすぎることで起こるデメリットである。
ジン:
「今から開始だ。好きにやれ」
シュウト:
「えと、じゃあ、よろしくお願いします」
Zenon:
「おう!」
ユフィリア:
「うん!」
ウヅキ:
「アンタの好きにやんな」
リディア:
「が、がんばって」
案外、好意的に受け入れてもらえた気がする。
どうしようかと思ったけれど、作戦会議から始めることにした。
シュウト:
「ジンさんがミニマップを使えるので、先行偵察は省きます。それと、雨のエリアということから、水属性の敵だと考えられます」
バーミリヲン:
「川があるのかもな」
Zenon:
「弱点属性は火か、雷かってのもありそうだぜ。そもそもドラゴンなのか?」
スターク:
「どうだろう。ま、中ボスっていっても、2種類ぐらいの必殺技と、何かギミックがあるんじゃない?」
シュウト:
「そうだね。必殺技の時間計測は、石丸さん、お願いします」
石丸:
「了解っス」
ジン:
「この雨で地面が濡れて、滑りやすくなっている。斜面だと尚更だな。なるべく平面とか、逆に適当にゴツゴツしている方が戦い易いかもしれない」
シュウト:
「はい。誘導できたら戦いやすいポイントへ誘導しましょう」
ジン:
「それから、雨が目に入ってくると、咄嗟に目を瞑ってしまいやすい。敵がドラゴンだとしたら、飛ぶかどうかも問題になるな」
ニキータ:
「敵の形を見てから判断、ですね」
スターク:
「んー、ここだけ雨が降ってるのっておかしいよ。天候操作ができるのかも」
Zenon:
「今は関係ねぇが、他のボスは火とか雷とかの属性持ちかもな」
こうして戦闘時にやりたいことなどを打ち合わせしてから、雨のエリアへと進入することになった。