130 連携訓練
――『幽霊ビル』改め『精霊ビル』2階、ギルド〈カトレヤ〉食事ホール。〈えんたーなう!〉のメンバーを集め、アキバ通信 第2号の打ち合わせが始まっていた。
サイ:
「粗茶ですが」ぺこり
サイがお茶を給仕してくれる。エルム以外には、ユフィリアがお茶を出すことはしないらしい。この辺りに格式というか、格差みたいなものが見え隠れしている。
実際のところ、〈えんたーなう!〉の人たちと何をやっているのか、サイ達は知らないのだろう。ジンも葵も説明する気はなさそうだ。
ろろろ:
「あのコ、カワイイ」
イラストレーターという女性が紙にササッとデッサンを始めた。サイをモデルにしているのだが、かなりかわいらしい感じにデフォルメが利いていた。
フランソワ万里子:
「あの、あのあのあの」
葵:
「どした? ちょっと落ち着こっか」
フランソワ万里子:
「だだだだって、ここが〈カトレヤ〉ってことは、居るんですよね?」
ジン:
「誰が?」
フランソワ万里子:
「ゆ、ゆゆゆ」
豆腐屋ボーイ:
「(ため息)フランソワは『半妖精』ユフィリアさんのファンらしくてな」
ジン:
「ああ。……ワリ、ちっと来てくれ」←念話ちう
フランソワ万里子:
「まーまーまーまーまー! 心の準備が!!」
ユフィリア:
「なぁに、ジンさん?」ぴょこっ
フランソワ万里子:
「きゃー!!!」ガタッ
ジン:
「うっせーなぁ、もう」
挨拶したユフィリアの両手をがっしりと握り、『ファンです』と宣言するフランソワだった。もういろいろとダメな気がする。
それに対してユフィリアは落ち着いたものだった。ファンだと初めて言われた訳ではないらしく、軽く受け入れて挨拶を済ませてしまっていた。アイドルやモデルをやってもいないのにファンがいたなんて、僕から見れば異次元の生命体である。
フランソワ万里子:
「編集長! 天秤祭のファッションショーについて、インタビュー記事を掲載したいんですが!」
浜島:
「お、おう」
ユフィリア:
「ジンさん、いいかな?」
ジン:
「お前が良けりゃ、頼むよ」
ユフィリア:
「うん。頼まれました」
フランソワ万里子:
「きゃー!!!」
ジン:
「うるせぇっつーの!」
豆腐屋ボーイ:
「……というか、任せて平気なのか?」
フランソワ万里子:
「やり遂げます。何があろうと成し遂げてみせます!」
葵:
「ただのインタビューで何を成し遂げようって?(苦笑)」
ただのミーハーだった。
エルムから受け取った1号の感想を元に、次の号での改善点を列挙していく。基本ラインは初心者育成とフィードバック・ループの構築が目的で、『知識』と『情報』との割合を探っていくことになる。(大まかには知識がロングスパンなもの、変わりにくい内容の知識。情報がショートスパンなもの、時事的なものや変化しやすい知識を指す)
〈シブヤ互助組合〉関連の問い合わせは残念ながら無かったので、そっちは時間が掛かりそうだと話していた。
血抜きの事も言ってあるので、2号は旅の準備について触れたいらしい。ド忘れを避けるためのチェック項目を用意するとか。
葵:
「〈生産者ギルド連絡会〉に問い合わせて、お役立ちアイテムなんかの情報を掲載するのもいいかもね」
ジン:
「まぁ、宣伝媒体として認知されて、売り込みがくるまではそんな感じになるかな」
豆腐屋ボーイ:
「さっきの血抜きのレクチャーなんだが、初心者育成ってことになれば、〈円卓会議〉から援助を受けられるかもな」
フランソワ万里子:
「貰えるものは貰いましょう!」
葵:
「おーい、ちょっと前の意地みたいなものはどこいったー?」
フランソワ万里子:
「インタビュー記事はすべてに優先されます!」
葵:
「ダメだこりゃ」
ジン:
「おわっちゅう」
天秤祭も終わったばかりなのだが、熱気にあふれているというか、なんだろう。やる気とか勢いが凄い。元気を貰っている気分になる。
浜島:
「前にも頼んでいたんだが、シュウトくんにもインタビューを頼んでも?」
ジン:
「ああ、好きに使ってくれ」
シュウト:
「『僕には』選択権とかはないんですね?」
ジン:
「たりめーよ」
シュウト:
「いいんですけど、レベル94になってからの方がいいんじゃありませんか?」
バカタール納豆:
「トップを維持して貰えたら、いつでも使えるネタになるんですけどね」
浜島:
「取りあえず何回か出てもらうためにも、最初の一回という形にしたい。レベルは印刷行程に間に合ったら、一言付け加えよう。その方がリアルタイム感が出るしな」
葵:
「あるある」
ジン:
「……んー、俺も連載もとうかな」
バカタール納豆:
「いいんじゃないですか?」
葵:
「知名度の問題があるから、普通にやっても面白くないっしょ」
ジン:
「だな。んー、そうだな。……丸文字っぽいの書けるヤツいる?」
ガスコン聖矢:
「ん、得意だ」
男の人なのに?とは思ったが、誰もツッコミを入れない。僕の感覚がおかしいのかと不安になった。
ジン:
「さっき茶を持ってこさせた女の子のイラストがあったろ。あれをちょっとアレンジして、女先生ってのでどうだ?」
ろろろ:
「いいですね! 決めポーズとかも作りましょっか。どんなのがいいかなぁ?」
ジン:
「鎧はシンプルでたのむ。……キャラネームだけど、萌え系の名前でなんかないか?」
豆腐屋ボーイ:
「こういう時は安直に、萌田ぐらいにしておくといい」
ジン:
「おっ、それいいじゃん」
葵:
「やっぱ鬼教官じゃないとね。萌えと鬼のギャップっていうの?」
浜島:
「ふむ、連載のタイトルはどうなる?」
ジン:
「えーっと、ゆるふわ愛され、守護戦士、ぐらいかな?」
バカタール納豆:
「『萌田教官の、ゆるふわ愛され守護戦士』」
ガスコン聖矢:
「なのだぞ!」びしっ
ろろろ:
「……できた!」
シュウト:
「早っ!?」
ろろろ:
「どうかな?」
葵:
「いいじゃん」
ジン:
「あー、すまん。目はもうちょいぐるぐる感が欲しいんだけど?」
ろろろ:
「(ささっ)こんな感じ?」
素早く瞳を二重丸にした。5分掛かっていないアイデアなのに、形になっている気がする。
豆腐屋ボーイ:
「……いけるんじゃないか?」
浜島:
「うむ。悪くない」
ジン:
「後で内容の打ち合わせもしよう」
トントン表紙で企画が決まっていった。こうしてジンの連載が始まることになった。
結論を言ってしまえば、萌田教官はジン本人よりも遙かに高い知名度を得ることになる。
フランソワ万里子:
「葵おねーさまー?」
葵:
「んー、猫ナデ声がキショイねぇ」
フランソワ万里子:
「実は、ちょっと欲しいモノがあるんですぅー」
葵:
「キャラがブレブレだなぁ、……何さ?」
フランソワ万里子:
「〈アトリエ・あるまじろ〉の『虹硝子のインク瓶』っていうのがあって~」
ろろろ:
「欲しい! それすっごい欲しい!」
ジン:
「……なにそれ?」
シュウト:
「さぁ?」
フランソワ万里子:
「それが、インクの色を変えられるアイテムらしくて」てへっ
葵:
「それで虹硝子か。ほーん、そんな高いん?」
ろろろ:
「少数生産品です。天秤祭で見に行ったら品切れでした!」
浜島:
「そのインク瓶があったら、今回の表紙はイケそうだな?」
バカタール納豆:
「表紙ってどうするんです?」
浜島:
「インタビューあるし、ユフィリアさんのイラストでいこうかと」
フランソワ万里子:
「いいですね!」
ろろろ:
「無理です!」
葵:
「ん?」
ジン:
「えーっと?」
みずしま孝:
「じゃあ、俺が描く?」
フランソワ万里子:
「却下!」
みずしま孝:
「……何気にひどくない?」
ガスコン聖矢:
「どうした、ろろろ」
ろろろ:
「無理ですよ! あの美しさを絵にする自信がありません!」
豆腐屋ボーイ:
「ああ、そういうことか」
バカタール納豆:
「写真があれば良かったんですけどねぇ~」
ジン:
「それさ、アトリエなんとかってギルドがあんだろ?」
葵:
「画家ギルドだもんね。ついでに探してみよっか、絵の上手い子。って言ったら失礼かにゃ?」
ろろろ:
「ごめんなさい。可愛い感じになら描けるんですけど、それだと無個性になっちゃうんで」
葵:
「いいっていいって」
こうしてアキバ唯一の画家ギルド、〈アトリエ・あるまじろ〉に行くことになった。だが連絡を取る方法が無かったため、時間が掛かることになった。知り合いの人物がなかなか見つからなかったためだ。
◆
クリスティーヌ:
「口ほどにもないようですね」ぶるん
朱雀:
「また負けた……」
ジン:
「んー、眼福眼福」
スターク:
「シャルのは大きいもんねぇ」うんうん
胸部装甲ごと揺れる豊満なバストをみて目を細めているジン。
シャルというのはクリスティーヌの愛称である。自己紹介によれば、本名はシャルロット=クリスティーヌ・バローと言うらしい。バロー家と言っていたので、良いところのお嬢さんなのかもしれない。でも『軍隊経験がある』とも言っていたので、バロー家の格式がどのぐらいなのかはよく分からなかった。お金持ちは軍隊に行かないような気がするのだけれど、その辺りがどうなっているのやら日本人にはさっぱり分からない。
スタークはかなりの大金持ちの息子になるらしい。(ジンさんに言わせるとドラ息子だ)こちらは自己紹介では家のことは適当に伏せていた。
今、クリスティーヌは戦闘訓練で若手の指導を買って出てくれている。朱雀の次にそー太が挑んでいるが、一方的な展開になってきていた。
そー太:
「負っけたぁ~」
クリスティーヌ:
「こんなものでしょうか。しかし、戦闘ギルドという割に手応えがありませんね」
ジン:
「なんだ『揉んで欲しい』のか? よし、まかせとけ!」
ユフィリア:
「ジンさんはダメっ。めっ!」
『いっちょ、揉んでやろうか?』などといえば、手合わせや訓練を示す言葉だが、確実にもう一つの意味の方だろう。バストに目が眩んでいるのが丸わかりだ。
ジン:
「んだよー、ちょっとぐらい楽しんだっていいだろ?」
ユフィリア:
「女の子イジメたら可哀想」
ジン:
「そんなこと言わないでさー。いいじゃないの~?」
赤音:
「ダメよ~、ダメダメ」
何年か前の流行ネタだったらしい、赤音が拾ったのでどうにか理解できた。
ジン:
「ちぇ~っ。……シュウト。一応、ギルドのメンツ守っとくか?」
シュウト:
「えっと、じゃあ、はい」
クリスティーヌ:
「フフフ、相手になりましょう」ドヤ顔
さすがに〈スイス衛兵隊〉のメンバーだけに、ノーダメとは行かなった。速度や威力を前面に押し出したゴリ押し系がサマになっている。
ここだけの話、あの胸が邪魔で懐に潜り込めなかったりした。相手の背が高いこともあり、少しかがむと目の前に来てしまう。大ボリュームの大迫力でやりにくい。なんというか、卑怯な装備の気がする。
仕方ないので、回り込みながら無駄撃ちを誘い、背後を取るようなトリッキーな動きを混ぜて翻弄する戦法に切り替えた。
レベル差があるので少し有利だった気もするけれど、無難に勝利をおさめた。
ジン:
「じゃあ、勝者の権利だ。じっくり揉んどけ」
クリスティーヌ:
「へっ!?」
シュウト:
「ぼ、僕がそんなことする訳ないじゃないですか!」
ジン:
「フン。そういう強がりはな、歳を喰ってから後悔することになるんだぞ。 世間にゃ若い頃にしか出来ないムチャってのがあるんだ!」
シュウト:
「よく分からないですけど、大人しく後悔するからいいです!」
ジン:
「ちぇ~。爆乳もみ込まれて、半泣きで顔真っ赤にしてるトコみたかったのになぁ」
スターク:
「うーん、残念だねっ」
クリスティーヌ:
「ギルマス!?」
スターク:
「あはは、冗談だよ、冗談」
続けてスタークの提案で、攻めと守りに分かれての連携訓練だ。
武器攻撃職と魔法攻撃職とが攻撃側として組み、戦士職と回復職の守りを突破する、というものだ。
守りはヒールワークだけの訓練に思えたが、ヒール一辺倒ではヘイトが破綻し、戦士職が突破されてしまう。適宜攻撃をしながら、ヘイト管理も行わなければならない。
攻撃側は追加ルールを盛り込むなどすれば難易度を高めることができるし、連携によって出来ること・出来ないことの確認がし易い。
メインタンク役でまずそー太が、続けてサイに変わって訓練する。大体慣れて来たところで、本番となった。
ジン:
「そろそろ『お手本』と行こうか」
ユフィリア:
「ウフフフ」
まるでダンスでも踊るみたいに、ユフィリアの手を取って前へ。
ウヅキ:
「よぅ、アタシも混ぜろよ」
ジン:
「いいだろう。攻めは、シュウト、ニキータ、石丸、それからウヅキと、爆乳……じゃなくって、クリスティーヌも入れ」
シュウト:
「まさか?」
守りはジンとユフィリアの2人でやるつもりだろうか。いや、本気を出せば余裕すらあるのは分かっている。けれど、それはそれでどうなんだろう。(訓練として成立しないですよ?)
レイシン:
「バランスが悪いから、こっちに入るね」
スターク:
「じゃ、ボクもこっち」
ジン:
「チェッ、そんじゃ手加減すっか」
シュウト&ニキータ:
(ホッ)
これで5対4。
ジン&レイシンのコンビネーションは脅威だった。
こちらはウヅキ・クリスティーヌ共にアタッカーとして一流どころ。ニキータはサポートも攻撃もこなせるし、石丸の腕も折り紙付きだ。
シュウト:
(なんとか行けそうな気が……)
ジン:
「(にやり)」
シュウト:
(思い違いでした。本当に申し訳ありませんでした(涙))
スタートの合図と同時に、視線切りの踏み込み速度から〈アンカーハウル〉を決めてくるジン。慣れていないウヅキ・クリスティーヌが一瞬で混乱する。視覚で目標を見失い、発見するより先に肉体がヘイトに捕らわれる感覚。通常、それは不意打ちでなるものだ。
ここまでは予測通り。その僕の所には、当然のようにフォローが飛んでくる。
レイシン:
「ハアッ!」
シュウト:
「オオッ!」
◇
サイ:
(……やっぱり)
開始1秒目から、既に目で追えないような速度で始まっていた。
私たちは度肝を抜かれ、目が離せなくなる。
これまで戦っているのを見た中では、シュウト隊長が一番強い人だった。今日戦ったクリスティーヌにも勝っているのだ。ウヅキという人の実力は知らないけれど、シュウト隊長とクリスティーヌとがいれば、この場で一番強い組み合わせになるはずだった。当然、圧勝するものだと思っている。
だが、結果は違った。優勢なのは隊長達ではない。私たちは考えたくなかったのかもしれない。〈カトレヤ〉で1番強いのは誰なのか?ということを。私はなんとなく『そうなんじゃないか』と思っていた。けれど、隊長が1番強くあって欲しいとも思っていた。
サイ:
(だって、シュウト隊長ってジンさんには、ううん、レイシンさんにだって頭が上がらない人だし)
それがただ年齢だけの問題ではなかったと、ぼんやりと理解することになった。
――戦闘はジン達が逆に攻めていた。肝心のシュウトは、レイシンが押さえに掛かっている。近接でのレイシンのアドバンテージは動かない。しかも戦闘目的の違いから、下がっても追いかけない。このためシュウトはやりにくい戦いを強いられていた。ジンのヘイトコントロールが作用しており、レイシンから離れたらジンを狙う強制力が働く。ジンを狙って矢を射ろうとすれば、逆にレイシンに隙を突かれてしまう。……どちらにしてもレイシンを遊ばせておくわけにもいかなかった。ウヅキやクリスティーヌが背後から襲われれば挟み撃ちにされるからだ。
ウヅキとクリスティーヌの動きは素晴らしく、両者ともに甲乙つけがたい実力の持ち主である。それでもジンは、そのウヅキ・クリスティーヌの猛攻を難なく捌いてみせた。真の問題は『違和感がない』ことだろう。2人掛かりで攻めているのに、観戦しているサイ達にはそれが凄いこととは感じない。あたかも当然かのように、自然な出来事だと感じてしまっている。ニキータ・石丸のアタックを加えても、たとえダメージを受けてすら、ジンは一切、慌てる素振りを見せなかった。
サイ:
(魔法攻撃も回避してるってこと!?)
――実際のところ、石丸はジンにダメージを与えていたが、何割かは回避されたり、スタークの障壁で防がれている。範囲攻撃魔法を使おうとすると、ウヅキ・クリスティーヌが巻き込まれるようにジンは動いていた。味方を巻き込まないようにしている石丸の思惑を利用するためだ。また、時々は魔法の誘導追尾を振り切る速度でポジション変更を行い、揺さぶりを掛けている。動き回る敵に対しての魔法は、ゲーム時代よりも当てにくい。
これらはレイドボス向けの訓練でもあった。レイドボスのオートアタックには、回避不能のものもある(電撃など)。可能な限りダメージは抑えつつ、ヒーラーのユフィリアに仕事を任せていた。
ジン:
「まり、エルンスト。シュウトの側に入れ!回復が済んだら続けるぞ!」
リディア:
「私も!」
◇
リディアの加入で戦況が一変した。〈付与術師〉に対する不慣れもあるが、単純にリディアが『強い』と評価するべきだろう。その影響力はDPSの上昇だけに止まらない。デバフの投射などでジン達の動きを制限しようとしていく。それを躱す手間が増えるだけでも違っていた。一流、超一流の戦闘では、ほんの一瞬のタイミングのズレが致命的な結果にも、最高の結果にもなりうる。
ウヅキ:
「よし、イケる!」
シュウト:
「まだです。焦らないで!」
ジン:
「ユフィ、頼むぞ」
ユフィリア:
「うん、任せて!」
今やユフィリアは立派に〈カトレヤ〉の秘密兵器だった。微笑んで見える柔らかな表情が、引き締まるような冷たい美へと変わる。
シュウト:
「……来る!『氷の女王』だ」
クリスティーヌ:
「何ですか、それは?」
ウヅキ:
「アレは、『気を付けよう』がねぇ!」
発動させたままの破眼が、ユフィリアの『神域』発動を捉える。超速度化したスペルキャスト能力。しかし、彼女の動きは逆にゆっくりに感じるほどだった。
リディア:
「嘘!?」
リディアの魔法〈アストラル・ヒュプノ〉がジンに直撃する。この魔法が命中すれば、強制的な睡眠によって崩れ落ちるはずだった。ジンも最優先で回避しなければならない。しかし、当たるのに任せていた。
実のところ、眠りの魔法はジンの弱点でもある。他の状態異常であれば、抵抗力に任せて強引に無力化してしまうことも多い。だが『眠り』だけは我慢できないらしい。本人によれば『むしろ寝たい』と言っていた。
今回の結果は『タイムラグ無し』の快癒が答えだった。睡眠が作用した直後にユフィリアが治してしまったのだ。それはもはや『相殺』に近い現象だった。『同時』ではダメなはずなので、『一瞬後』のハズだが、人間の認識力では同時としか思えないほど近似したタイミング。このため、戦闘に影響が起こらない。〈リアクティブキュア〉ではこんな速度はあり得ないのだ。
反応支援としてもはや人を超えた神の領域。反応・回復の能力が極まりつつある。
――神速はその速度が故に、間違いを嫌う。間違いは神速と相容れない。神速は、やがてそれ自体が間違いを排除するようになっていく。その先に『神速の領域』は存在する。
ユフィリア:
「〈バグスライト〉!」
突如、謎の〈バグスライト〉が戦闘から離れた地点に定点設置される。昼間に使う意味などない魔法だが、そのことで逆に隙を作り、レイシンから攻撃を受けてしまった。
そして正確極まりない〈リターニングハンマー〉が、クリスティーヌの右肩を打ち抜く。飛来したユフィリアのメイスが特技を無駄撃ちさせてから、彼女の元に戻っていった。
シュウト:
(マズい!)
『勝てない』と分かってしまったクリスティーヌの心が折れかかっていた。味方として使われれば、敵の攻撃を相殺・回復してくれるものだが、敵として使われると、何をやっても無駄という気分になるものらしい。
目線で瞬間的に意志疎通を成立させ、ニキータが前線に飛び込む。
ニキータ:
「フッ!」
素晴らしい踏み込み速度で肉薄すると、撃ち抜くような突きを放った。会心の一撃を、しかしジンは笑いながら捌いてしまう。
雷市:
「なんて鋭い!」
朱雀:
「ニキータさんまで、あんなスピードで動けるのか」
ウヅキ・クリスティーヌがどうにか立て直したところでニキータはフォローに回った。〈吟遊詩人〉ながら、攻撃でも前線を張れるほどの実力がある。
シュウト:
(こっちも!)
まりの障壁を使ってレイシンの打撃を敢えて受けて見せる。砕け散る障壁を惜しみつつ、脱力しながらの踏み込み。
シュウト:
「〈ステルスブレイド〉!」
レイシン:
「やるっ!」
早度攻撃〈ステルスブレイド〉影断ち。躱しきれないレイシンにダメージを加え、敢えてその場で踏みとどまった。ヒットしたので、アウェイしなければレイシンの間合いになってしまう。この『踏みとどまる』という選択がここで仕掛けた駆け引きだった。ここまでアウェイ繰り返ししていたので、『流れ』が出来ている。勝てないまでも、ここが勝負ドコロだった。
レイシン:
「クッ」
こちらが踏みとどまったことで、逆にレイシンが下がる。戦闘勘ゆえの行動だろう。つまらない仕掛けなので、何度も使えるものではない。更に追撃すると見せかけつつ、〈ガストステップ〉で逆サイドへ跳んだ。
消える移動砲台のスタイルで剣を矢に持ち替え、弓につがえようとする。最後に集中攻撃でジンに一撃を加えて、ヒヤっとさせたかった。
シュウト:
(なっ!?)
呆けていたつもりはなかった。ウヅキ達を振り切り、眼前に現れたジンが、もはや剣を振り下ろす寸前だった。
ジン:
「よーし、こんなもんだろう」
振り下ろされた剣が3センチ手前で停止し、終了が宣言された。
高鳴る動悸のまま、何処で失敗したのかを考えていた。――ふと、自分から長く延びる影が、ジンに被さっているのが目に入る。
シュウト:
(背後に、バグスライトの光?!)
おそるおそる振り返ると、可愛らしい召喚生物がふよふよと浮かんでいた。ユフィリアが定点設置したものだ。……つまり、〈ガストステップ〉で移動した時、バグスライトの光を遮ってしまっていたらしい。その合図で僕の行動が察知された、ということのようだ。
布石だとしたら何手先を読んだのだ?と考え、恐ろしくなる。
シュウト:
(いや。たぶん、違う)
無意味だと思考の中で切り捨てた要素が、たまたま相手の都合がいい形で働いたのだろう。単なる注意不足だし、もっと僕の行動パターンが読まれたということかもしれない。
これは後で相談しようと思いつつ、みんなのところへ。
ジン:
「うん、そこそこいい練習になったな」
シュウト:
「そう思います。攻撃魔法との連携は再確認しないとですね」
石丸:
「もっと命中精度を高めるのが課題っス」
ジン:
「ドラゴンには当てられても、小さくて素早く動く敵もいるだろうしな」
ユフィリア:
「そっか。そうだね」
ジン:
「でも、ユフィは満点だったぞ」
ユフィリア:
「本当? えへ、嬉しいな」
ニキータ:
「本当よ。まるで隙がなかったもの」
レイシン:
「ニキータさんも良かったよ。あの切り込みは見事だった」
ニキータ:
「ありがとうございます」
ジン:
「ま、俺とレイが組むんじゃ強すぎたかもな。次は組み合わせを変えてやろう。じゃあ、今日はここまで」
シュウト:
「ありがとうございました」
ジンを相手していたウヅキも、クリスティーヌもへばっている。昼食の時間が近いので、ギルドの全体練習はお開きになった。
◇
ジン:
「前にも言ったろ。行動が最適解だからだ」
シュウト:
「あっ」
ユフィリアの〈バグスライト〉に絡んだ先読みの問題を相談すると、あっさりと問題点を指摘された。昼食待ちの時間に手持ちぶさたなので話に付き合ってもらうことができたのだ。
ジン:
「無駄を切り捨て、結果的にランダム性がなくなれば、論理的に動きますと宣言してるようなものだ。ユフィからすればタマタマだろうけど、あの能力からすりゃ、カモだぞ」
シュウト:
「……気を付けます」
ジン:
「『より論理的』で勝つためには、相手よりも速い、相手よりも強いといったステータス依存に成りやすい」
シュウト:
「はい」
ジン:
「『無意味な行動』を取れば、相手に強くプレッシャーを掛けられない。余計な行動をすることになる。……でも〈暗殺者〉として考えたらどうなる?」
シュウト:
「無視されやすくなれば、……盲点を突きやすくなります」
ジン:
「そうだ。固定された戦力として数えられなくなるが、〈暗殺者〉として本来の仕事はやりやすくなる」
シュウト:
「なるほど、レイドボス相手には向いていませんね」
ジン:
「……。まぁ、そうかもな」ひらひら
手をひらひらさせて会話終了となった。
口ごもったのを見て、まだ何か続きがあるのだろうと読めた。でも言わなかった。それは何故だろう?と歩きながら考える。
シュウト:
(……対人戦術ってことかな?)
ステータス依存しないで済むということは、『弱くても勝てる』という意味になるはずだ。ステータス依存を『戦士の考え方』とすれば、暗殺者の、もっと言えば『人殺しの考え方』であれば、弱くても勝てるという意味になる。正面戦闘を避けるのだ。
モンスターは本来、プログラムされた行動という論理性を持つ。それ故に勝利という『答えへの筋道』はそれほどたくさんのルートがあるわけではない。レイドのように人数が増えるほど、個々の動きは誤差となり、統計学的な平均へと収斂されてしまうからだ。
シュウト:
(なにか利用できないかな?)
戦士達の論理的な行動を、ある意味『非論理的』に邪魔すればいいとなる。背後からの不意打ちなどを含めた暗殺を非論理的と呼ぶのだとすると、自分はむしろ暗殺される側な気がした。これはレイダーの限界の話になるのだろう。
同時に、敵のスタイルを利用した『消える移動砲台』は、非論理性を加えたスタイルだと思い至る。
だったら自分でも積極的に利用すればいい!と飛びつこうとして、ジンが口ごもった理由に気が付いた。
シュウト:
(そうか。奇策に頼ると、今度は王道的な強さが得られない。だからか。ジンさんは僕よりも僕のことを考えてくれているんだ……)
バランスの問題かもしれない。では、自分の考える正常な割合はどれくらいだろう。しばらく考えて9対1ぐらいに落ち着いた。論理性9、非論理性1以下。相手の予想を裏切る可能性が、ゼロであってはならない。
シュウト:
(結局、強い相手には足掻くことになるんだもんなァ)
どこか腑に落ちる感覚があり、自分の中で『準備ができたな』と思った。
時系列的には、ここで準備が出来たと感じて、最終試練へと続きます。