SP 最終試練
僕たちはシブヤのホームへとやってきていた。〈カトレヤ〉のメインメンバー、ジン、葵、レイシン、石丸、ニキータ、ユフィリア、そして僕という7人だけが、いた。この準備は全て、僕のためのようなものだった。
少し前までここで生活していたハズなのに、10月下旬の寒さが、廃墟のような閑散とした空気となって寂しさや哀愁を誘っている。
ジン:
「改めて、今日はシュウトの最終試練を行おうと思う」
葵:
「見届けてやるぜ、シュウ君!」
シュウト:
「よろしくお願いします」
ユフィリア:
「がんばろっ、シュウト!」
ジン:
「……ハハハ。ガンバってどうにかなれば苦労はしない訳だが」
シュウト:
「そう、なん、ですか?」
えらく不安を煽られている。内容が分からないのでどうにも準備もできやしなかった。
ジン:
「これから行う内容そのものは、簡単といえば簡単だ。そこは問題じゃない。試練ってのは、もっと根本的、且つ、本質的なものだ」
シュウト:
「はい。たとえそれでも、それがどんなものでも、絶対に突破してみせます!」
強く言い切ってみた。少しでも自己バフになればとの思いもある。
ジン:
「よし。では、M*~から始まる目的を記述しよう」
石丸:
「……Aの魔法陣っスか?」
ジン:
「うむ、これはただの冗談だ。
え~、今日はこれから『ゆる体操』というものをやってもらいます。その中でも基礎ゆると呼ばれるものをやっから。そんでもって、まず『ゆるに三法あり』といいまして」
シュウト:
「ゆる体操……?」
もちろん、聞いたことはない。
ジン:
「フリップは面倒なのであきらめました。三法、つまり3つのゆるとは、それぞれ『ほゆる』『ぞゆる』『きゆる』といいます。並列系なので、どれから行ってもだいじょび。簡単にいえば、身体をやわらか~く、ゆるめるための方法論なんだな。
ではクイズ形式でいきませう。『ほゆる』『ぞゆる』『きゆる』とはそれぞれなんぞや? はい、どうやるものでしょうか。ヒントを出すと~、アフリカとかにいるやつだね。『ぞ』とかはけっこう分かり易いかもしれない」
シュウト:
「えっ? アフリカ???」
ますますさっぱり意味不明である。『いる』ってことは生き物?
ユフィリア:
「ぞ?……ぞうさん?」
ジン:
「おおっ、正解だ!」
シュウト:
「ぐっ」
こうしたことは毎度のことではあるのだが、さすがに今回は自分の最終試練だというのに、またしても正解を出すのはユフィリアだったというていたらくだ。
ジン:
「はい、じゃあ、でっかいぞうさんをイメージして~。踏みしめる。どしん、どしん、どしん、どしん」
ユフィリア:
「どしん、どしん」
シュウト:
「????」
石丸:
「どしん、どしん」
ジン:
「腕でなが~い鼻を作って~。ぶら~ん、ぶら~ん、ぶら~ん、ぶら~ん
ニキータ:
「ぶら~ん、ぶら~ん」
ジン:
「はい、ぱお~~ん!!」
ユフィリア:
「ぱおーん!」
シュウト:
「ぱ、ぱお~ん!!」
変な汗が出てきた。けっして良い運動になっているからではない。屈辱系? 精神攻撃系? たしかにこれなら挫折しかねないというのも納得である。だけど、中国とかに猿とかの動物の真似をしたりする拳法だってあるらしいではないか。象の拳法が無いと僕には言い切れない。象は強そうだし。なにより、真面目にやらないと試練で失格になるかもしれない。
ジン:
「でっかい耳をぱたぱた~、ぱたぱた~。はい、ぱおーん!」
ユフィリア:
「ぱおーん!」
楽しそうなユフィリアと、意外と真面目にやっているニキータ。半笑いで見ている葵などを見ながら、一緒になって「ぱおーん!」と叫ぶ。シブヤのホームで、本当に良かった。疑問を持たない顔つきの石丸や、爽やかな笑顔のレイシンなど、周りの人の性格の良さで助かって感じる。このギルドは本当に人に恵まれた。
ジン:
「よーし、とりあえず『ぞゆる』はこんなもんでいいだろう。じゃあ、次」
シュウト:
「はい! 『きゆる』は、キリンだと思います!」
ジン:
「おっ、やる気をみせたなシュウト。正解だ。『きゆる』はキリンのゆるです」
シュウト:
(よしっっ!)
ユフィリアへの対抗心もあるが、なにしろ自分の最終試練。ただやらされている感じのままやっている訳には行かない。誰よりも積極的にならなければ!
ジン:
「ところでキリンの鳴き声を知っているかな?」
シュウト:
「え゛っ!?」
そんなの聞いたこともない。考えたことも、必要になるシチュエーションが人生においてない。
ユフィリア:
「んー、わかんない」
ニキータ:
「知りません」
葵:
「答えは?」
ジン:
「俺も耳にしたこたぁ~ないか諸説あるらしく、くぅーんと犬みたいな感じでなくって説と、羊みたいにめぇ~って感じの説とがあるね。ここでは羊説をとります。『めぇ~』を濁音で。もう藤原竜也ばりの濁音で、サンハイ♪」
みんな:
「め゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛~」
ジン:
「……巧いな。もう一回」
みんな:
「め゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛~」
ジン:
「キリンさんのように首を伸ばして~、伸ばして~、伸ばして~。はい、高いところにある葉っぱを食べます。ラクダみたいな感じでクチャクチャ食べます。アゴを右、左、くちゃ、くちゃ、右、左、くちゃ、くちゃ。首を伸ばしつつ、鳴き声!」
みんな:
「め゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛~」
ジン:
「もっと首を伸ばして~」
なんだか使ったことのない筋肉が動いている気がする。それに首を伸ばすのは中心軸の鍛錬なのかもしれない。
こうしてしばらくキリンごっこが続いた。
ジン:
「よーし、オッケー。では、最後の『ほゆる』だな」
ユフィリア:
「ほの付く動物ってなんだろ?」
ニキータ:
「ほ、ほ……?」
シュウト:
「ほ?」
ユフィリア:
「ねーねー、いしくん?」
ジン:
「コラ、石丸検索禁止。まぁ、ちょっとヒント。動物の頭文字ではない。とあるアクションだ。ゾウ、キリンときたら、あとひとつ、一番有名なアレだよ」
ニキータ:
「……ライオン?」
シュウト:
「えっ? ほって何?」
ユフィリア:
「うーん、がおーってこと?」
ジン:
「当たりだ。『ほえる』を転じて、『ほゆる』となす。いつも朝の四つん這いでは虎だが、今回は百獣の王ライオンになったつもりで~」
ユフィリア:
「がおー!!」
ジン:
「もっと虎との違いをだして。四つん這いで王者の風格!」
普段からゆる体操というものの要素を取り入れた練習をしていたのだろう。妙な納得感があった。あの、おふざけっぽさにも意味があったようだ。
時間をかけてライオンらしさを探ってゆく。百獣の王になりきるぐらいの真剣さでほえた。もう必死である。
ジン:
「うーし、こんなもんだろう。では、拍手!」
ユフィリア:
「わーい!」
パチパチと7人の拍手が重なった。笑顔もほころぼうというものだ。なんとか試練を乗り切ることができたらしい。少しばかり拍子抜けだったが、ただの脅しだったのかもしれない。
シュウト:
「これで、合格ってことですよね?」
ジン:
「何が?」
シュウト:
「ですから、最後の試練です」
ジン:
「……あ! わるいわるい。今やったのは、ほとんど嘘というか、冗談だから」けろりん
シュウト:
「……???」
嘘、冗談? なにを言っているのかさっぱり分からない。
ジン:
「じゃあ、あったまったところで、本物のゆるを伝授していこうか」
シュウト:
「ちょーーっとまってください! 嘘とか、冗談とかってなんなんですかー!!(怒) 今やったのは何だったんですか!!!」
ジン:
「うむ。著作権対策だ」
葵:
「まぁ、分かってたけどね。著作権って何さ?」
シュウト:
「って、分かってたんですか?」
石丸:
「ジンさんは最初に目的を記述し、冗談だと言っていたっス」
シュウト:
「えっ? はっ? あれっ?」
そう言われると、何か言っていた気もする。いや、しかし、そういう問題ではない。
ジン:
「著作権って重要じゃん。最初にうそっこの動物ゆるをやれば、あとは自由に教えていいよって約束があるんだよ。ゆる体操ってば、ちゃんと教えたりお金を取るつもりなら資格が必要なんだぜ? 俺、その資格もってないし」
シュウト:
「ていうか、そういう問題じゃないですよね?! 異世界に来てまで著作権を気にする必要なんてあるんですか?」
ジン:
「まぁ、そう言われるとそうなんだけど(笑) だって、おもしろいじゃん」
葵:
「ぷふーっ! シュウ君、必死(笑)」
シュウト:
「なんなんですか! 最後の試練っていうから真面目にやってたのに!」
ジン:
「まぁ、真面目さを小馬鹿にして笑うクズになるつもりはないけど。……しかし、だ。シュウトよ、真面目なだけではたどり着けないとしたら、どうするつもりなんだ?」
シュウト:
「えっ? それは……」
難しいことだ。けれど、僕は強くなると決めていた。
シュウト:
「自分に可能な限りで、対処します」
葵:
「おっ」
ジン:
「悪くない答えだ。 いいか?身体と心はコインの表と裏みたいな関係だ。同じものの見え方の違いだよ。一面だけを鍛えていれば、必ず限界がくる。身体をゆるめるだけじゃダメなんだよ。心をゆるめなければ、身体はゆるまらない。身体をゆるめなければ、心はゆるまらない。真剣なことはすばらしいことだが、まじめでありながら、ゆるんでいなければならない。真面目なだけの心は、究極の鍛錬にとっては邪魔になる」
シュウト:
「それはつまり、心のフリーってことですね?」
ジン:
「うむ。ここから先の領域では、明確にルールが変化する。しかし、今は先にゆるをやってしまおう。今なら心も体もあたたまっているだろう? きちんとしたメカニズムや試練の話は、後でちゃんと教えるからな」
シュウト:
「わかりました」
ユフィリア:
「うん!」
葵:
「しゃーない。シュウ君の花道だ。あたしもやってやんよ!」
準備ができたところで、ジンが語り始めた。
ジン:
「では、『ゆる』をはじめよう。『ゆるに三法あり』、だ。『ほゆる』『ぞゆる』『きゆる』までは同じ。これは身体を3つの部分、層に分けることを言う。『ほゆる』とは、骨のほ。『きゆる』は筋肉のき。『ぞゆる』は、内蔵・臓器のぞ、だ」
葵:
「内蔵だからって『なゆる』じゃないわけね」
シュウト:
「骨、筋肉、内蔵……」
ユフィリア:
「えっと、骨って柔らかくなるの?」
ジン:
「いくら硬いつっても、骨だって生きている。だが、本当にグニャグニャになったら困るし、そういう風に柔らかくはならないな。でも関節部分はつるつるだったりするし、骨膜みたいなのもあるし、椎間板みたいなクッションもある。骨の中には髄液が入ってたり、いろいろだぞ」
ユフィリア:
「そっか。硬いだけかと思った」
ジン:
「割合的には『ほゆる』を多めにやる。普通は筋肉を柔らかくしたいだろうけど、そっちは軽くやるぐらいでいい」
葵:
「ほぅ……」
疑問もあったが、とりあえず先に進むように黙っていることにする。
ジン:
「では、よろしくお願いします」ぺこり
ユフィリア:
「おねがいしまーす!」
シュウト:
「よろしくお願いします」
ここまでは肩すかしをくらいまくったが、再スタートである。
ジン:
「『ほゆる』の最初は手から。骨を意識して、柔らかくなるように、さわって~、さすって~、ほぐして~、ぷらぷらとゆすって~、ゆるめて~」
なんのことはない、『手の内』の練習でやっている内容に近い。というか、そのままだ。
ジン:
「ちなみに昔は頭からスタートしてたんだ。手からになったのは俺の影響もあってな。これはちょっと自慢」
ユフィリア:
「ふぅ~ん」
ジン:
「手の内の練習でも話したように、脳内での手の領域の広さがあるからな。ともかく手からゆるめていこう。さすって骨を意識して~ ぷらぷら~。骨がプリンよりも柔らかい、とろ~んとしたクリームとかミルクとかになったみたいに~」
指の一本一本、中指骨、手根骨と丁寧にゆるめていく。
ジン:
「次は前腕。肘から小指側に流れている骨がしゃっ骨といって、割合太めだな。親指側についているのがとう骨。この2本を意識しながら、しゃぶるようにバラバラに。間にある筋肉とは剥離させるつもりで~」
まわしたり、ひねったり、緩急をつけつつ、ゆるめていく。
ジン:
「では肘から上、上腕だな。腕を全体的に動かしながら、その気持ちよさが全身に響いて伝わっていくように~。じょわ~ん、と。気持ちよく、じょわ~ん」
上腕だからじょわ~んといいたいらしい。こうしたくだらない言葉遊びは必要なのだろうか?と考えつつ続ける。
ジン:
「軽く肩を回して~、うし。ここで無責任力をアップさせるぞ。肩をギューっと持ち上げてぇ、脱力してドサー。もう一回。あらゆる重荷、責任を肩に感じて、それをギュ~っと持ち上げて、一気に」
ユフィリア:
「どさーっ!」
ジン:
「いいぞ! もっと無責任に! ……世界最強とかね、誰にも負けらんないプレッシャーとか、速く現実世界に帰還しなきゃとか。はい、ギューっと来て! ドサーっ!!!」
シュウト:
「それをドサーってしちゃっていいんですか!?」
ジン:
「うるさいな、お前もいろいろ捨てちまえよ」
半ばヤケになりつつもドサーっとしてしまった。何をドサーっとしたかは最高機密だ。かなり無責任力がアップした気がする(気のせいだろうけど)。
ジン:
「では本来のスタート地点、頭蓋骨な。指先でとんとんする。強さはつんつんぐらいだな」
両手の指先で頭蓋骨を軽くつつくようにする。改めて頭蓋骨の存在を意識する。知識としては当然、知ってはいるけれど、頭を何かにぶつけたりしない限り、あまり頭蓋骨を意識することはない(帽子もかぶらないし)。
ジン:
「脳が入ってるから、あんまり激しく動かさないようにな。頭蓋骨を柔らかくしていこう。くりーむ、みるく。くりーむ、みるく。くりーむ、みるくでと~ろとろ。くりーむ、みるく。……」
また手でとんとんしつつ、下顎から顔のほうへ移動。
ジン:
「下顎をとんとんして~、上顎も意識しつつ、頬骨なんかの顔の骨もとんとんしよう。ゆがみを直して、小顔にする感じでな。はい、ゆすって~、ゆれて~、ゆられて~、ゆるんで~。くり~むのように~、みるくのように~。だんだん、とろとろに~」
さすがにそんな簡単に小顔になったりはしないだろうけれど。続けて首の骨に移動。
ジン:
「頸椎は首の骨で7つある。しかし、上から下の尾てい骨までがつながっているため、背骨、脊椎の一部でもある。一つ一つを意識しながらゆるめていこう。軽くさわりながら、ゆすって~。やわらか~く、丁寧に~」
ジンが全員の周囲を巡回して、首の付け根といわれる大椎に触れて回った。
ジン:
「大椎周辺は動きにくく、拘束が強く掛かっている。
もともと頭っていうのは、尻尾の上下逆バージョンなわけで、尻尾の先に頭蓋骨みたいなデカいのがくくりつけられているようなもの、な訳だ。もしも尻尾みたいに自由に動くとすると、頭を支えられなくて、真っ直ぐに立つこともできなくなってしまう。ウナギみたいなツルツルのものを想像してみ? 背骨がそんな状態だと、クネクネしすぎて立てないだろ?」
葵:
「立てないのはわかるけど、じゃあ、どうなってるわけ?」
ジン:
「上下2カ所をぎゅっと締めてるんだ。上が大椎で、下が仙骨になる。特に大椎は赤ちゃんでいう『首の座り』を作っている部分なんだ」
ニキータ:
「上が首の座りだとすると、下の方は?」
ジン:
「もちろん、腰の座りだよ。赤ちゃんは生まれてすぐの頃はまともに座れないんだよ」
ユフィリア:
「うん! ずるずる~ってなっちゃうよね」
その分、コリやすく、固まり易いらしい。背骨が生きているウナギみたいなつるつるのウネウネだと想像するのは難しいが、とりあえず『そういうもの』だと思っておけと言われる。
脊椎のひとつひとつを確認しながら、尾てい骨までゆるめていく。ゆるめるといっても、動かそうと努力するのがせいぜいだったが。
ジン:
「じゃあ、上まで戻って。鎖骨から~。鎖骨のゆるは、さーこっつだ!」
シュウト:
「えっ?」
疑問を感じたのを表してみたが、軽くスルーされた。なんだかツッコんではいけない雰囲気のような。
ジン:
「んじゃま、肋骨だな。お約束だからやっておこうか。肋骨は、ロコツに動かして~」
ユフィリア:
「うんうん」
ジン:
「ほい、うんにゃ~ら、ぐんにゃ~ら、ばんら、ばらん」
葵&ユフィリア:
「ウーハッハァ!」
シュウト:
「……やっぱり、そうなんですね?」
ゆる体操を、僕は、僕らは知っていた。部分的にせよ、先にやり始めていたらしい。
ジン:
「そうな。やり始めたころのお前の嫌そうな顔ときたら」
シュウト:
「うぐっ、…………すみません」
ジン:
「まぁ、しょうがねぇよ。 ぶっちゃけ、格好いい努力でたどり着けるところなんて、たかが知れてんだもん(苦笑)」
シュウト:
(!!)
脳天に衝撃が走った。会話の流れの中で軽く出ただけだが、明らかに核心を衝いたセリフだった。これはひとつの真理なのだろうと思う。
人にみられて恥ずかしくないような、スマートな努力なんかで、何者かになろう、なれるだなんて、おこがましいにもほどがある。そんな努力でもがんばれば人並みの『そこそこ』にならば成れるかもしれない。『恥ずかしいんなら、そこそこで満足しとけよ』と言われている気がした。
何だってやってみせる!と思っていたはずなのに、結局は格好良くないと嫌だと思ってるらしい。みっともないほどの覚悟のなさに情けなくなる……のだが、うんにゃら、ぐんにゃらとか言ってる所でそうそう落ち込めるものでもなく、中途半端にがっくりとするのがせいぜいだった。
ジン:
「アバラは前、脇、後ろとあるからな。触れるところは触りながらだ。特に後ろは肩胛骨の下にもアバラがあるから注意するように。はい、あ~ばらばら、あ~ばらばら、あ~とろとろ、あ~とろとろ」
ここはクッションになるらしいので一所懸命にゆすっておく。
ジン:
「じゃあ、骨盤の出っ張りをかるくトントン叩いて、響かせます。痛くないように~。とーん、とーん、とーん、とーん。反対も~。とーん、とーん……」
トントンと繰り返し、痛くないように叩いて響かせる。腰の中に力が伝達していくかのよう。
ジン:
「次。Vラインというのがあってだな。いわゆるコマネチ!っていうギャグでさするのと同じラインなんだけども。ハイレグ水着のラインというかね」
ユフィリア:
「このへんでしょ?」
ジン:
「ここを手刀で擦っていく。だけど、女子にはけっして強要はしません」
ユフィリア:
「なんで?」
ジン:
「なんか女性社員に机に乗って、コマネチをやれって命令した会社の上司がいたらしくてな。裁判でセクハラに認定されたんだって」
葵:
「うはぁ~(笑) キッツ、えっぐ」
ジン:
「笑えねえっつーの。じゃあ男性陣はカカトをくっつけて、足先は開いて立つ。膝を軽く曲げて、コマネチ的に擦り上げつつ、ピン!と伸ばします。『Vゾーン!』」
びしぃ!とポーズを決めたジン。これをやらされるのかぁ~と思いつつも、僕は覚悟を決めた。
ジン:
「では『Vゾーン!』を10回。10回目でジャンプするからなっ。楽しい楽しいVゾーン体操。はい、『Vゾーン!』『Vゾーン!』『Vゾーン!』『Vゾーン!』……」
途中からユフィリア(とニキータ)も参加して、謎の『Vゾーン!』を繰り返す。
ジン:
「ラスト!『Vゾーーン!』」
びよ~んと天井付近までジャンプし、しゅたっと着地を決めた。
ジン:
「拍手!」
わー!と拍手した。拍手することで、恥ずかしさ・気まずさを乗り越え、共感や一体感をはぐくんだような気がしないでもない。やっぱり仲間に恵まれたな、と思う(本日2回目)。
シュウト:
「あの、これって意味あるんですか?」
ジン:
「海より深いぐらいには、意味があるね」
シュウト:
「それなら、まぁ……」
その海が浅瀬でないことを祈るばかりだ。なんという試練だろう。折れそうな心を必死でつなぎ止める。僕は、ここで負けるわけにはいかないのだ。
ジン:
「次。大腿骨はぁ、だいたいこの辺で~す」
手刀で縦に、太股の真ん中付近を擦りつつ、オヤジギャグを繰り出すジン。イラッとしないといえば嘘になるだろう。
お馴染みのひ骨、けい骨をやって、足首、足の中までを順番にゆるめて行った。
ジン:
「じゃあ、内蔵のゆるです。ぞ~ゆ~る~。ゆるゆるゆる~」
まず全身をくねらせる。そして上から順番に。
ジン:
「頭蓋骨の中、脳を、ぞ~ゆ~る~」
ゆったりと、または小刻みにゆすって、ゆさぶって、ゆるめていく。
ジン:
「右脳と~、左脳と~、それをつなげる『脳りょう』と~、小脳は場所がわかんないかな? ……では、鼻の中から食道や気管をゆるめて~、ノドのゆる~。声帯も、ゆ~る~」
呼吸することで位置を確認しながらゆるめていく。
ジン:
「そのまま鼻から息をたっぷり吸い込んで~。次の肺はぁ、ハイ! ここで~す」(得意げ)
だんだんとコメントする事がなくなって来た。
ジン:
「脳に匹敵する重要器官、心臓を、ゆ~る~。とろとろ、ふわふわ、ぴかぴかの新品に取り替えるつもりで~。ひたすらゆすって~、ゆれて~、ゆるんで~。心臓のゆるは~、よ~くやらんと~、死んぞう~?」
あまりにもくだらない。
ジン:
「胃の位置をさすりながら~、肝臓の位置をさすりながら~。胃と、肝臓。胃と、肝臓。ちゃ~んとゆるをやらんと、イカンゾウ!」
ニキータ:
「プッ」
とうとうギルド1の笑い上戸、ニキータさんが笑いを漏らしてしまった。あまりにもしつこいので堪えきれなかったのかもしれない。みたことか、ジンのドヤ顔が『にやりん』と光り輝いている。
シュウト:
(クッ、こんなので笑ってなるものか!)
変な対抗意識を燃やしつつ、続行。
ジン:
「大腸、小腸は、『ちょう』ゆるめて~。そして女性のみなさん、お待たせいたしました! ここは大急ぎでやらないとね。子宮のゆるは~」
葵:
「まさか、大至急ってか?」
ジン:
「先にゆーなよー」ぶーぶー
残念すぎる。葵もあきれたような、くたびれたような脱力感があった。これもゆるの効果なのか?
ジン:
「足の血管、神経、りんぱ~。……では、ぞゆるは終わり。次はかる~く筋肉のゆるをやっていこう」
2/3が終わった。もう少し耐えれば、この下らないオヤジギャグ地獄からも解放されるはずだ。
ジン:
「では頭のゆるから~。あらゆる場所に筋肉が付いてるから、ゆすって~、ゆるめて~。目の中にも筋肉があるんだぞ~。ベロも忘れないように~。女性は表情筋も丁寧にやろうね~」
ぶるんぶるんと顔をゆすってゆるめていく。
ジン:
「脱力で重みを感じるように~。首~」
肩、腕、胸、腹、腰、足と筋肉のゆる。ここは本当に軽くすませて終わった。筋肉のゆる『きゆる』は、ふわふわやもちもち、弾力を感じるように、とのこと。
ジン:
「では、全身の『ぜゆる』」
全身を1分ぐらいゆるめて、終了。
ジン:
「はい、お疲れさまでした~」
ユフィリア:
「わーい、気持ちよかった!」
なんとなく爽やかさんしているユフィリアがいた。まぁ、悪くはないのではないだろうか。
ジン:
「うーん、久しぶりにこんな硬いゆるをやったなー。基本も大事かな~」
シュウト:
「硬かったんですか?」
ジン:
「そりゃ、俺の実力を構成するのにこんな程度じゃ、どうにもならんよ(笑)」
葵:
「ちょっとやってみせろや、ジンぷー」
ジン:
「そうだな。じゃあ、ちょっとサービスして、俺の普段の練習の一部を見せよう。その名も『特技ゆる』だ。〈フローティング・スタンス〉!」
ユフィリア:
「ずるい!!」
葵:
「汚ったな!」
シュウト:
「ああ、そうか……」
使えるものは何でも使うのだろう。自分の特技で使えるものって何かあったかな?と考える。
ジン:
「わははは! うるせーな、いくぞ」
破眼発動。どうするのか、どう『なる』のかを、じっくりと観察。
大きな波と小さな波が生まれ、それに乗るように、重なるように、ゆらめき、ゆるめていく。あっと言う間に波が何十の何重にもなって、わからなくなっていた。破眼では追いつかない。認識できないことしか、認識できなかった。
シュウト:
(これは、なんなんだろう?)
とろけて溶け合っていた。何と? 空間? 世界? わからない。
鍛錬という方向性ではなかった。体を鍛えているようには見えない。でも、鍛錬効果があるのは分かる。濃密な何か。時間か空間か、肉体か、意識か。濃密で濃密で、濃密だった。
〈フローティング・スタンス〉を起動させたジンは、身をゆだねてふらふらしながら立っていた。『立っている!』しかし、立っているとは『何』だろう。わからない。そう、僕は知らなかったのだ。それすら分かっていなかった。ふわふわのふらふらだ。水が立っている。否、水ほど硬くない。でも綿菓子のように軽くもない。
とてつもなく心地よさそうで、気持ち良さそうだった。法悦の像をイメージさせる陶酔感。エクスタシーにも近いような気がする。しかし、快感ではないはずだ。快適感。1つの快適感をトリガーにして、連鎖的に波及的に広がり、つながり、まとまり、うねり、たかまり……。ゆるみあい、とろけあい、とけあい、もつれつつ、もたれつつ。
言葉ではとても捉えきれなかった。
ジン:
「……とまぁ、こんな感じだな。 ご感想は?」
言葉などあるはずもない。全てがあった。全てを見せられたと思った。人間の認識が、あまりにも安易で安っぽいのが分かっただけだった。表面の言葉になるものしか、知らないし、理解してないし、見えてすらいない。
ユフィリア:
「すっごく、気持ちよさそうだった!」
ジン:
「ま、ここまでやれるようになるのは、ちょっち大変かもだけどな」
葵:
「『ちょっち』のわけなかろう!」
レイシン:
「そうだねぇ。はっはっは」
ジン:
「ではメカニズムの解説をしておこうか」
シュウト:
「あの、その前に、僕の試練はどうなったんでしょうか?」
ジン:
「もちろん、忘れちゃいないさ」
葵:
「あはは。ちょっと前までのシュウ君だったら、こんなのできなかったっしょ」
シュウト:
「たぶん、難しかったと思います。お恥ずかしい限りです……」
ジン:
「うむ。それもあったから部分的に進めてきた訳で、今回のが全容っぽいのは分かるな?」
シュウト:
「それは、はい」
ジン:
「先に試練に関して結果を言えば、俺は合否を決めたりしない。お前が自分で決めることなんだ。合格だと思えば合格だよ。というのも、『ゆる』は、鍛錬の継続性そのものを破壊しかねないメソッドだからだ」
シュウト:
「えっ?」
葵:
「そうなの? なんで?」
ユフィリア:
「それって訓練するのが嫌になっちゃう、ってこと?」
ジン:
「そんな感じかな。『ゆる』は、全身開発と全脳活性化を目的として作られているメソッドだ。現状、世界で唯一『後天的に天才を作る方法論』といっていい。より正確には『その一部』というべきだが」
葵:
「いや、普通に凄いじゃん」
シュウト:
「ですよね? だとすると、何が問題なんですか?」
ジン:
「えー? だからぁ、……人間って、別にそんな『天才』だの『最強』だのになりたいって思ってないんだよね。なまじっか効果があるもんだから、別に天才だとかに成りたくない人には迷惑っていうか?」
シュウト:
「はぁ???」
ニキータ:
「……私、それ分かります」
葵:
「ええええ???」
葵と2人して『どゆこと?』と疑問符を顔に張り付けて混乱してしまう。ということは、ニキータはあんまり強くなりたいとは思っていない、ということなのだろうか。いや、そうかもしれないけど、そうなのだろうか?
ユフィリア:
「うん。私も一番になりたいってあんまり思ってないかも」
レイシン:
「うん、それが普通だよね」
石丸:
「自分は、どちらでもいいっス」
葵:
「ああ、うん。だーりんならそういうカモだわ」
シュウト:
「それって、つまり、……どういうことなんですか?」
ジン:
「いや、解説しろって言われても。そういうものだとしか言いようがないし。まぁ、アレだよ。学校の勉強をしたくない子はしたくないっつーか。全員が全員、優等生になりたい人ではないわけで」
葵:
「勉強だったら、あたしもどっちかと言えば、そうだ」
シュウト:
「それは、僕もです」
ジン:
「勉強して、良い大学入って、公務員もしくは一流企業に入りた~い、という人はたくさんいるけど、そういうのはどうでもいい!って人はどうしてもいるもんなんだ。だからまぁ、みんな経験したいドラマが違うんだろうと思うんだよね。一人一人は違う人間だ、人生の生き方が独特というか。ある程度まで似通った目的を持っている子を集めることは可能だけどな。たとえば開成だのの進学校だとか、東大、京大みたいな?」
ユフィリア:
「うん」
葵:
「それと、戦闘ギルドとかね」
シュウト:
「ああ……」
ジン:
「ある程度なら人格を矯正する方法もあるにはある。一度ブッ壊して、軍隊みたく型にはめて再教育とか。でも、そういう方法をやったとして、相手を『本当の意味』で最強を目指す人間に作り替えられるのか? というと微妙だよ。そんな人間ばっかりじゃはた迷惑な気もするしさ。何より俺は教育が専門じゃないから、可能かどうかもよく分からん」
人を目的に合わせるのは大変だから、目的が同じ人を集めるようにすればいい、ということになるのだろう。
葵:
「うーん。道徳的・倫理的な問題を無視しても、巧くいくかどうか分からないんじゃ、あんまり手を出したくはないね」
ジン:
「だよな? 実際、脅しちゃうのは簡単なんだ。天才になりたきゃ『ゆる』をやれ、みたいな。でもそういうのは脅しが有効な人にしか効果がないもんでさ」
ニキータ:
「別に天才にならなくてもいいです、と言われれば……」
ジン:
「そう、脅しにはならない。
『支える思考』の話はしたっけ? 『もっと強くなりたいなぁ』と思う人は、支える思考としては『自分は強くない』と考えていて、『強くなりたい』と言いつつ、『強くない』を増幅させているんだ。何故かといえば、『強くなれないなぁ』とか『どうしたらいいんだろう?』と悩んだり、苦しんだりのドラマを味わっているからだよ。それを経験したがっているんだ。それを邪魔しちゃえば、迷惑がられるものなんだ」
ニキータ:
「そこで『ゆる』を教えてあげたら、どうなりますか?」
ジン:
「さぁ? ともかく信じないとか、飛びつくけどやっぱりやらなくなったりとか、いろいろだよ。効果がないと決めつけてバカにするぐらいならまだマシだな。下手すると恨まれたりするから」
レオンの態度にジンが失望するのを見て、僕は強くなると『決めた』のだ。だから、言葉の上ではともかく、今はもう『強くなりたい』とは思っていない。絶対、確実に、強くなるだけ。問題はその方法と時間、到達点でしかない。
もしかしたら、ローマに行ったのは『このため』だったのかもしれない。
葵:
「じゃあ、シュウ君の試練って?」
ジン:
「本当に強くなりたいと思っているのかどうか、鍛錬を継続するかどうか、本人が選び続けられるかどうか、ということだな。内容が上がっていくと、俺が命令して、強制して、最強に『ならせる』ことはできなくなっていく。人に命令されて最強なんておかしな話だろ。まぁ、『そこそこ』なら強くしてやれるから、心配しなくていい」
シュウト:
「そこそこ、ですか……」
とても意味の深い『そこそこ』なのだろうと思う。
ジン:
「人並みよりは十分に強い、けど、バケモノというほどではない、とかだな。強くなるとかなんてどうでもいいって人の方が、素直に訓練を続けられるかもしれないぐらいだ」
シュウト:
「だいたい分かりました。……今すぐに嫌気がさしたりする訳じゃないですよね?」
ジン:
「そりゃあ、ね。……じゃあ、続けてメカニズムについて話していこう」
シュウト:
「お願いします」
とりあえず試練はパスした(?)ようだ。まだ分からないが、先のことを今から心配する意味もないだろう。それに何となく大丈夫な気もする。もしかしたら、僕は幸運なのかもしれない。
ジン:
「基本的には、さっきも触れたように全身開発と全脳活性とが両輪になっていて、そこをフィードバック・ループさせている。復習になるけど、硬くなってしまった体というのは、体が硬直して動かせなくなっている。これは脳とのリンクが断たれている状態で、老化現象と呼ばれるものだ」
葵:
「体を動かしてやれば、その刺激でニューロンなんかが活性化して、脳とのリンクが回復するわけだね?」
ジン:
「そういうこと。こうした一番ダメな状態を『硬縮』と呼ぶ。介護関係の用語だ。年寄りが寝たきりになるのは、物理的に『動けない』からだ。脳からの指令が届かないんだから、筋肉の問題ですらない。長期的な視点では、筋肉の萎縮は脳の萎縮とリンクしているが、バラバラの話でもあるんだよ。筋肉を使わなくなることによって脳が萎縮し、脳が機能しなくなることで筋肉を使えなくなり、使わないことでやせ細り、という悪循環だな」
ユフィリア:
「悪循環の逆をやればいいってこと?」
ジン:
「そっそ。単純といえば単純な話なんだが、あんまりそういう風に考える人はいないんだ。筋肉は死ぬまで筋肉としてあり続けるんだけど、脳は縮小をはじめてしまうと、もう回復できないように変質してしまうと言われている。リハビリテーションの方が少し先に進んでいて、ある程度までは機能を回復できると言われるようになって来ているよ。
逆に最強を目指している人の場合、ニューロン自体はつながっている。けれど、それは専門のよく使う筋肉に偏っている。だから経験的に言われるように、違う種目のトレーニングをすることで別の刺激を加えてバランスをとったり、飽きによるモチベーションの低下を避けたり、なんてことも行われている。
これは映画『ロッキー』のシリーズで同じことをやっていたから有名なんだが、最近はテレビ映画でロッキーをやらなくなっちまったから知らないかもなー」
シュウト:
「そういう話もあるんですね」
ジン:
「というか、さっきから筋肉の話しかしてないわけだが」
シュウト:
「そういえば」
ニキータ:
「確かに」
ジン:
「ゆる体操を骨、内蔵、筋肉という3つのレイヤーに分けただろ? コレなんかは武蔵の剣の原理でもあるんだ。メインの動力たる筋肉のレイヤーに対して気の感知をかけているから、骨で動き出しを作ってやると、ロクに反応できなくなる。スポーツは筋肉でやるものだが、武術は骨を使うんだ。合気道なんかは内蔵が重要と言われているけどね」
シュウト:
「なる、ほど……」
なんとなく凄そうなのは伝わってくるが、自分が内容を把握できてないように感じてしまう。
ジン:
「……こうして『骨の意識』といえば簡単そうに聞こえるかもワカランが、それを鍛える方法というと、もう絶無という感じだな。通常、骨の意識を鍛えるという発想自体がない。発想がないからトレーニングの方法もない。結果、個々の才能の問題になってしまう。天才は骨の意識を鍛えられた、もしくは骨の意識を鍛え得たものが天才と呼ばれた、とかそんな感じになるはずだ」
ユフィリア:
「骨を鍛える方法ってこと?」
ジン:
「骨の意識な。で昔はどうしていたか?というと、まず言葉を使っていた。『武術の真髄』なんて言葉があるだろ? これも骨の意識を高める装置のひとつなんだ。骨を割って中に入っている組織を髄と呼ぶ。これを転じて本質といった意味として使う」
レイシン:
「武術の真髄って、奥まった本質とかって意味だからね」
シュウト:
「なるほど。体の中というか奥にあるからですね?」
ジン:
「今はがんばったりをバカにする風潮があるし、下手に厳しくしたらブラックとかって言われてしまうよな。そんな影響もあって、努力を『本気』や『真剣』といった言葉でしか、表現しなくなっている。もっと本気の場合、昔は『身を削る』などと表現していたのさ。さらに本気度が高くなってくると、骨という言葉を使うようになっていく。骨身を惜しまず、とか、骨を砕く、粉にする、とか。それらは『骨の意識』があったから生まれた言葉なんだ」
石丸:
「粉骨砕身っスね」
シュウト:
「では、骨の意識を高めるために、骨って言葉を駆使していたんですか?」
ジン:
「そうだ。卵が先か、鶏が先かって話だけど、確実に『骨の意識』の方が先だ。骨の意識があるから、骨って言葉を使いたくなるんだろう。そして骨に関わる言葉を使うことで、骨への意識を高めるようにしていた訳だ」
ユフィリア:
「どんな言葉があるの?」
石丸:
「そうっスね。骨折り損、骨を惜しむ、骨をひろう、骨を埋める、骨組み、気骨、骨抜き」
ジン:
「巧くやるテクニックの『コツ』も『骨』と書くんだ。そうして骨を駆使しておいてからの、『骨休め』だな。……今年いっぱいがんばったら、どっか温泉でも探して骨休めしようか?」
ユフィリア:
「うん! 行きたい! ねっ、ニナ?」
ニキータ:
「ええ。素晴らしいでしょうね」
葵:
「んじゃ、ギルドのみんなで温泉いくべか!」
骨を意識すると、それは体の芯に近い部分にあって、芯からがんばるという感じや、芯から疲れを抜くというイメージが深まって感じる。『骨休め』はしたいけれど、僕はまだまだ芯から努力したとは言えない、とも思った。
ジン:
「ところで、まだ話の途中なのだが?」
葵:
「ここで終わればキレイにまとまったじゃんか!」
ジン:
「そうなんだが、すまん、話の組立て間違えたわ」
ユフィリア:
「もう、ジンさんってば、しょうがないんだから~」
ジン:
「すんません……って、なんで俺が謝らねばならんの?!」
シュウト:
「まぁまぁまぁ、ともかく続きをお願いします」
ジン:
「なんか釈然としないんだが、まぁ、いい」
「うおぉっほん」と仕切り直して続きである。
ジン:
「今の骨みたいな言葉を使うものを『身言葉』という。身体をイメージさせ、その部位の意識を高める言語系なんだ。親が子に『手をあげる』と言えばひっぱたくことを意味するだろ? 他にも目利きとか、耳が遠い、口が悪い、腰を据えてかかる、身にしみる……という感じだな。大半は死語になっているが、日本語の奥行きを作っているものと言える」
葵:
「あれっしょ? 『耳をすませば』と言えば、リア充のイチャラブに撃沈、みたいな」
ジン:
「ええい、そういうネタはやめろ!」(シャア風)
石丸:
「楽器職人っスね」
ニキータ:
「なんというか、自然と使っている時がありますね」
シュウト:
「でも、もう死語になってるんですか?」
ジン:
「ああ。今はもう少し科学的な言語系の支配が強いな。ゆるでいえば、柔らかく動かすことが必要なんだが、『単に動かせばいい』と勘違いしている者がいる」
シュウト:
「はい」
ジン:
「この場合の『動かす』という言葉は、意味が狭く、その動作だけを指定・示唆する用語になっている。これはより科学的ということになるだろう。たとえば、『柔らかく』+『動かす』という形になれば、より正確に伝達できるようになる、と考えられるからだ。柔らかく、とか柔らかなといった形容詞だったり副詞みたいなものが、動作の質性・『クオリティ』を表現している」
シュウト:
「クオリティは、やっぱり重要なんですか?」
ジン:
「武におけるクオリティの重要性は論をまたない。武蔵の水の身体や動き、忍者などで最高度とされる『空』もクオリティのひとつだ。水→雲→空の順に高度化する」
シュウト:
「へぇ~」
ユフィリア:
「それ、ジンさんってどうなの?」
ジン:
「ん? 俺は水の状態が使える。そこから瞬間的に雲が出せる程度だな」
シュウト:
「水から雲ですか」
ジン:
「忍者の霧隠ナンタラの『霧』も、水に近い雲の性質をもったクオリティだな。これが〈ガストステップ〉の元ネタだろう。〈冒険者〉は特技ではクオリティを使っているんだよ」
葵:
「へぇ~っ!? そうなんだ?」
ジン:
「ゆるませて疑似流体化した人体は、まるで水のようになる。そのまま高速で動くと、水が瞬間的に蒸発して雲みたいなクオリティになる。その先まで行って、雲すら残らなければ空の動き、かもな?」
シュウト:
「……凄いですね」
ジン:
「だから、骨をクリームやミルクのようにとろとろにゆるませるんだ。意味が分かるかな?」
葵:
「深っっけぇぇええええ!!」
ジン:
「『真のガストステップ』を発動させてみるのも面白いかもな。水の先に霧の動きがある。まずは水を目指してみることだな」
シュウト:
「(こくり)わかりました」
ジン:
「ゆるの仕組みの重要な部分が、ループ構造にある。これを『ゆすり、ゆるめ、ゆるむ』という。ニューロン活性うんぬんの話はさっきしたから割愛するけど、ゆるんだことによって、さらにゆすり易くなるわけだな。ここに隠れたポイントがあって、拡大再生産できない場合、劣化コピーになるんだよ」
ユフィリア:
「ん?」
シュウト:
「えっ?」
石丸:
「そうっスね」
葵:
「……あー、そういうことか。それっどうなってんの?」
ユフィリア:
「ねぇ、今のってどういうこと?」
石丸:
「行動の結果が、元の値より大きくなるという意味っス」
ニキータ:
「あー、はいはい」
ユフィリア:
「えっ? わかんないよ?」
ジン:
「分かりにくいか。つまり、ローコスト・ハイリターンなんだよ。ちょっと動かしたとして、『少ししかゆるまない』、『動かした分だけゆるむ』、『動かした以上にゆるむ』という3つの結果があるとしたら……」
ユフィリア:
「いっぱいゆるむんでしょ? でも、なんで?」
ジン:
「『ゆる』だからだよ。ゆれるからだ。ゆれるからだがあるからだ。仮想現実的な世界では、ボタンを押せばそれに対応した結果が現れる。それ以上は発生しない。ここで実体としての体を与え、物理エンジンを走らせたような場を設定すると、ボタンを押した以上のことが出来事として起こるようになるわけだ」
シュウト:
「具体的な例をお願いしたいんですが?」
ジン:
「手を挙げて、力をぱっと抜くと、下に落ちる。腕を持ち上げるまでは脳で入力しているが、腕が落ちるのは重力などの作用によるものだ。同様に、『ゆれ』によって入力以上の動作が発生する。従って、体を動かした、という事実以上の結果が、脳にフィードバックされることになる。体側からの入力が、脳に刺激として出力されるんだよ。ゆえに、フィードバック・ループだ」
葵:
「『脳が、体を動かす』では、脳が入力、体が出力。
逆に『体から、脳へ』向かう刺激があって、その場合は体で入力、脳で出力だね」
ユフィリア:
「身体から、入力されるの?」
ジン:
「たとえば人にマッサージかなんかしてもらったら、自分では身体を動かしていない。けど、身体を触られたことによる刺激が脳に届くことになるだろ? 入出力の関係は逆転できるんだ。どっちからも入力・出力が可能なんだよ。これを連結させるんだ」
ニキータ:
「だとすると、『柔らかく』動かすことが大事になってきますね?」
ジン:
「そうそう。分かってきたかな?」
ユフィリア:
「んーと、どうして?」
シュウト:
「硬く動かした刺激が脳に届くのと比べたら、柔らかく動かした刺激の方がいいから」
ユフィリア:
「そっか。じゃあ、柔らかく動かした方がお得なんだね?」
葵:
「スーパーおトク!」
ジン:
「かぶっただけ……。じゃなくって。えっと、何を言おうとしてたんだけっ?」
葵:
「しらんわ」
ジン:
「お前がよけいなことを! ……あ、思い出した」
シュウト:
「忙しいですね」
ジン:
「やかましい。俺だって大変なんだぞ?」
葵:
「いいから続きマダー?」
ジン:
「テメェ、後で覚えてろよ。修正してやる!」(カミーユ風)
レイシン:
「はっはっは」
シュウト:
(これがバランスというやつか……)
レイシンがプレッシャーとも仲裁ともつかぬ笑いで場を収めていた。葵はレイシンのフォローを計算してツッコミをいれている気がしないでもない。ジンの立場は微妙だ。
ジン:
「えっと、つまり効果を高めるためには、ゆすり以外の、ゆれ、ゆられ、を意識する必要が出てくる」
ユフィリア:
「ゆす……何?」
ジン:
「能動動作の『ゆすり』に対して、受動動作としての『ゆられ』があるんだよ。そんでもって中間状態を定義すると『ゆれ』があることになる」
ニキータ:
「順に、ゆすり←→ゆれ←→ゆられ……ですね」
ゆすり(能動)←→ゆれ(中間)←→ゆられ(受動)である。
ジン:
「じゃ、やってみよう。まず、能動的に『ゆする』。前後に身体をやわらか~く、くねくね~」
体幹部を前後にくねくねさせるようにゆする。波打つような、ウェーブのような。
ジン:
「次は中間体の『ゆれ』だ。力を抜いて、止まらない程度にそのままゆれを維持する」
これは分かり易い。止まらない程度にゆれを維持、言葉のままだ。
ジン:
「じゃあ、最後に『ゆられ』だな。これは後ろからヒザカックンされたみたいに、ちょっとカクッとヒザをぬいてみな?」
シュウト:
「えっと……?」
ゆれの状態からカクッと崩れる。
シュウト:
「うわっ、と!」
一気に転びそうに、もしくは吹っ飛びそうになったので停止。唐突の激しい運動に少しばかり感動を覚えた。
ユフィリア:
「今のでいいの?」
ジン:
「オーケーだ。これは内的運動量を不一致にさせてることになる。通常、運動が得意な人はバランスを取るのが巧い。イコールで内的な運動量を一致させるのが巧いってことだ。逆に不一致にさせれば、当然、破綻する。バランスは崩れ、倒れる、立っていられなくなる。
運動ってのは、身体を動かす事だろ? だから、受動的な動作はやっちゃいるが、意識的には鍛えていないんだ。努力をしようと思えば思うほど、努力すればするほど盲点化しやすい。運動が得意でバランスが取れると、崩れなくなって、崩れる動きを掴めなくなってしまう。
こうした受動的な動作を、全身のあらゆる部位で鍛錬していくんだ」
葵:
「……やべぇ、なんだこりゃ?」
ジン:
「運動としてではなく、トレーニング理論での『パラダイムシフト』だよ。あんまり認識されていない、概念もあったりなかったりで、重要だと思われていない、でも天才にはできて、鍵になってたりする。なのにトレーニング理論もトレーニング方法もないってのが、もうパターンなんだ」
ユフィリア:
「パラダイム? 何か、凄そう」
ニキータ:
「その時代の考え方が変わってしまうことね」
ジン:
「今は2018年だから、ゆるは発表からすでに20年近く経ってる。世間では受け入れる気配はないやね。専門の連中は知ってても黙ってるか、そもそも理解できてないかだ。常識を大きく覆してしまっているから、仕方ないっていえば仕方ないのかもしれないけど」
シュウト:
「メカニズムを聞いているだけだと、むしろ常識的な気がするんですが?」
ジン:
「いやぁ、どうかな。トレーニングとして考えた場合、負荷が小さすぎるからな。『本当にこんなんで上達できんのか?!』みたいなのとか」
シュウト:
「ああ、確かに……」
ジン:
「先に受動的な動作の話を終わらせてしまうけど、武蔵は歩法に関して『強く踏むように』と書き残している。踏むとはなんだろう。能動動作だった場合、『蹴る』の方が相応しいんだよ。踏むというのは、この場合、受動的な動作を意味している。じゃあ、試しに地面を強く踏んでみよう。真っ直ぐに立って!」
シュウト:
「うっ」
ユフィリア:
「むむむ」
『気を付け』に近い直立の状態で踏むと言われても、踏むことが出来ない。言ってしまえば『踏み終わっている』が近い。
ジン:
「ハハハ。むずいだろ? つま先に力を入れたり、ヒザに力いれたりして、グッとかガッとかやりたいよな?」
ニキータ:
「ダメなんですよね」
ジン:
「もちろんダメ。……シュウト、マックスに近い高速状態で、地面を蹴っているか?」
シュウト:
「いいえ、無理です。蹴っていたら間に合わなくて、転んでしまいます」
ジン:
「そう。『踏むしかない』んだ。じゃあ強く踏むのをやってみよう。
はい、頭の重さを感じて~、肩、腕の重さを感じて~、肋骨の中の重さを感じて~、骨盤の重さを感じて~。太股、ヒザ、ふくらはぎ、全身の重さを、内くるぶしの下に落として~。もう一度頭から順に~」
力を抜きながら、重さを真下に集めるようにしていく。
ジン:
「ほら、踏んだ分、地面から反発力が戻って来て、身体が浮いちまってるぞ。もっと深~い場所を踏むんだ。地面反力を発生させないように、ふか~く。ズドーンと、ふか~くふか~く、踏んで~踏んで~。もっと強く~。……よ~し、ま、いいだろ」
たったコレだけのシンプルなことが、どこまでも難しい。ロクに立つことすら出来ない。出来やしない。
ジン:
「曲げる・伸ばす、という筋肉の性質は変えられない。曲げないと伸ばせない。伸びてないと曲げられない。厳密にいえば収縮と伸展だな。
キックで動き出しを作ろうと思えば、必然的に筋肉の『この』性質が遅さの原因になる。当然、曲げてから伸ばそうとする。構えで曲げてる状態を作って誤魔化そうと必死になってしまう。こうした話を頭では理解できていても、結局は、能動運動の中毒に掛かっているから、何のかんのと理屈を付けて、新しい話を否定せずにはいられない。常識と違うとか、なんとかかんとか」
シュウト:
「でもそれは、しょうがないんじゃないかな?って思うんですよ」
葵:
「おっ、経験者が語ってるねぇ」にしし
ジン:
「そうそう、真っ当な人間はいない。真っ当な常識なんてものもない。みんな歪んでいるんだよ。不完全なまま、完全なつもりで生きていくのさ。マトモな話を聞かされても、それまでの自分の考え方を肯定する方が大事だよな。そうやって自分の不完全さを強固に硬くしていくわけですよ」
葵:
「そうしないと生きていけないんだよね(涙)」
あまりにも分が悪いので、話題を変えるようにもっていくことにする。
シュウト:
「ところで、あのくだらないダジャレは必要なんですか?」
ジン:
「えっ?」
シュウト:
「えっ?」
ジン:
「おまえ、ここまで何を聞いていたわけ?」
シュウト:
「メカニズムというか、そういうのは凄く大事そうなのは分かったんですが、ダジャレは特に意味がなさそうだなって……?」
ジン:
「逆だよ、シュウト。『ゆる』にメカニズムなんて要らないんだよ。どんなに頭が良くて、仕組みが理解できたとしても、『ゆるんで、とろける』という感覚がわかんなきゃ、まるで意味がない。価値なんかない。分かったことにならない。……実際、本式じゃこうした詳細なメカニズムの解説なんかしてないんだぞ」
シュウト:
「解説、しないんですか……?」
ジン:
「解説したら、ゆるむのか?」
レイシン:
「分かったつもりになるのと、分かることの間には、大きな谷があるんだよね」
ジン:
「溝は深いね。今回のこの試練は本質的だぞ。分かりたいだけの人間には越えられない。ましてや、あの高尚なギャグで笑えないヤツになんぞ……!」
シュウト:
「凄くいいお話でしたけど、絶対、おちょくり入ってますよね?」
ジン:
「まぁ、そうなんだけど。でも、あのギャグの数々も15年以上の年季が入った伝統と格式のベタなんだぜ? それをやらないだなんて、それこそお前、どうかしてるゼ!」
葵:
「顔、ボッコボコやん」
某お笑い芸人のネタなのは分かるのだが、ここで追求の手をゆるめることはしない。
シュウト:
「ですから、必要ですか?」
ジン:
「必要だよ! 必要にきまってんじゃん!」
シュウト:
「あんなオヤジギャグが?」
ジン:
「オヤジギャグだからいいんじゃん!」
石丸:
「耳が悪くなってくると、そうしたオヤジギャグを好む傾向になると言われているっス」
ジン:
「ちょっ、まっ! なんか俺だけ中年で耳が悪くなってる~みたいに聞こえるかも知んないけど、お前らだって歳取ればオヤジギャグが好きになるんだからな! 江戸時代とかのダジャレ好きとか知らないだろ!?」
ニキータ:
「まだ若いですから」にっこり
葵:
「ぐはぁっ!?」
残虐だった。葵に範囲ダメージが行くのを、たぶん分かっててやっている。
ジン:
「言葉は意識に作用する力がある。言葉にも意識があるんだ。本物の『言霊』というやつだな。ただ柔らかそうに動かすのと、口に出して『とろとろ』と言いながら動かすのでは、結果が変わってくる。そして、意識を高めたかったら、言葉を重ねて使うようになる。精神と肉体とはコインの裏表。くだらないものは悪いものと決めつけてかかるお前のその思考の枠組みこそが、実力の無さの現れだね!」
シュウト:
「口先で誤魔化されている感じがするんですけど?」
ジン:
「たとえばこうだよ。骨のゆるだけに、コツコツとやっていこう」
レイシン:
「それがコツだよね」
葵:
「骨だけにね」
ジン&レイシン&葵:
「「わっはっはっは」」
何がおかしいのかさっぱり分からないが、そういうものなら仕方がないのかもしれない。……あれ、なんか洗脳っぽくないか?
ジン:
「じゃあまとめるか。
ゆるは、フラダンスやカーヴィダンスみたいに運動方向は決められていない。パターンが決められていると、全身・全脳開発としては不完全になるからだ。あらゆるベクトルに、あらゆる速度、あらゆる角度、ひねりなどを加えることができる。それは本人の想像の及ぶ限り、無限に鍛錬できることを意味する」
シュウト:
「やる人によって効果に差がでそうですね」
ジン:
「そしてどこまでも細分化することが可能だ。細胞、分子、素粒子でのゆるに挑戦するのもいいだろう。こうした細分化と同時に、ゆるんだ動作によって再統合化を促進させるようにデザインされている。波打つことで、周囲の組織を巻き込むんだ。ダイナミックリラクゼーションという」
レイシン:
「一部分が柔らかくなれば、全体にもいい影響が生まれるんだよ」
ジン:
「道具も使わなくてオーケーだし、運動負荷が低いのでローコストだ。その射程は極限レベルに達する。ガキから死にかけのジジババまで対応。コミュニケーションが可能で、どこかしら身体が動けば、誰にでも出来る。
更にベースとなる健康状態から美容、準備運動、疲労回復、身体調整、上達鍛錬とあらゆるレベルでプラスに作用する。別に天才になりたくないそこなアナタは、そこそこでやればいい。それでもそれなりの効果はあるからな」
ニキータ:
「それは、ありがたいですね」
ジン:
「フリーの扉を開くことで、鍛錬のルールは変更される。そこは『努力の無限階段』、スパイラルフローが待っている。
運動負荷を高め続ける方法論だと、最後は死ぬしかない。死ぬほどの努力、死ぬほどの負荷の先には、当然、死が待っている。死んでしまうから運動負荷が高められない。これが鍛錬の限界だ。年齢によってもその負荷限界値は変動するしな」
ユフィリア:
「うーんと、フリーになるとどうなるの?」
ジン:
「高次運動、つまり訓練対象が意識になる。物質の性質、『物性』による限界から解放されて、自由になる。意識を高める訓練を行う段階に至るんだよ。だから鍛錬の限界は失われ、どこまでも鍛えることができるようになる。それが無限の壁、スパイラルフローだ。運動負荷の方法論ではどうしていいか途方に暮れて終わるだろう。上っても登ってもキリがないからな」
シュウト:
「それは、どうすればいいんですか?」
ジン:
「無限の階段を駆け上がるには、実は運動負荷を下げなければならない。さらにもっと、『運動すればするほど、楽になっていく構造』が必要なんだ。無限階段には、無限鍛錬が答えだ」
ユフィリア:
「それが、ゆる?」
ジンは答えず、ただ微笑んでみせた。それはどんな答えよりも雄弁だった。
※注意:ゆる、ゆる体操は、運動科学研究所の登録商標です。
約束なので動物ゆるを先にやっています。メカニズムは私の解釈が混じってますが、大きく外れることはないでしょう。本当はむしろもっと細かく書かないとダメって方向かと。
・単なる宣伝として絶賛だけしても物語としてアレなので、肩透かし系の最終試練としました。天才になりたい人ばっかりじゃないよね。
・ログホラとの関係がちょっと薄いのでSPとしてあります。
・問題があれば削除の方向で対応します。