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128  後の祭り、祭りの後

 

ユフィリア:

「ねぇ、あれは?」


 天秤際も最終日。私達は『のみの市』へ来ていた。シュウト隊長がいないことに不満たらたらの静とりえだったが、市に来るとその手の愚痴りは鳴りをひそめていた。ただし、物欲に負けたからではない。


静:

「は、速い」

りえ:

「どーして、あんなに歩くの速いの? あの2人」


 ニキータ、ユフィリアの2人と一緒だったからだ。ごく普通に歩いているように見えるのだが、ぐんぐんと差を付けられてしまう。もう半ばマラソンめいた状況というよりはインターバルトレーニングだった。このため、静やりえはあまり楽しめていなかった。

 どう見ても慌てている風でもないし、歩き方も綺麗だ。それでいて、するすると先へ歩いていってしまう。ただ美人というだけではなく、行動力の点も圧倒的なのだ。


ユフィリア:

「はやくはやく~」

ニキータ:

「さ、行くわよ?」にこっ

静:

(うひぃ~)

りえ:

(ぎゃぴー)


 何割かはワザとそうしているような気もしたのだけれど、隊長の不在で文句をいう暇がなくなったのは良いことに思えた。


サイ:

(でも、本当のところ隊長は……?)


 祭の途中で抜け出してまで、どうしても行かなければならない用事とはなんだったのだろう。


まり:

「ほら、遅れちゃうよ、サイ?」

サイ:

「(こくり)」


 再びインターバルトレーニングに集中することにした。






 

 喧噪、喧噪、喧噪。

 

アクア:

(勝者の居ない酒宴か)


 料理だけが置かれた席を見て、そんなことを思う。

 白の聖女救出に成功したその夜。今は勝利の祝宴の最中だ。騒がしいのは仕方がないことにしても、そんなものに甘んじる気はない。大雑把なノイズキャンセルを発生させ、自分の周囲に弱い静けさを作り出しておく。数デシベル下げるだけでも、不快感は大きく減少するからだ。


アクア:

「乾杯」


 空席に向けて軽く持ち上げたグラスから、ほんの数滴、舌の先が湿る程度を口に含む。

 アルコールは脳を焼くとも、ノドを焼くとも言われる。血管の拡張効果は、全身へ波及する時間差によって圧力の違いを作り、血管を損傷するなどと言われている。とはいえ〈冒険者〉の体でそこまで気にするのも馬鹿げた話だった。モンスターとの戦いで怪我したり死んだりすることに比べれば、デメリットなど無いにも等しい。……そう分かっていても、プロ意識であったり、自らの信条を歪めるだけの価値がアルコールにあるか?といえば、あるハズなどない。


ヴィルヘルム:

「隣に座っても? もし独りを楽しんでいるなら……」

アクア:

「いいえ。構わないわ」


 椅子に腰掛けた男に、野卑なところは無かった。飾るところはないが、上質な文明人の振る舞い。それでいて必要になれば、必要な分だけ凶暴にも野蛮にもなれる。それがヴィルヘルムだった。本当に強い人間ほどパターンに当てはまることはなく、それぞれが独特なスタイルを持つに至る。


ヴィルヘルム:

「彼が切り札だと言った意味が分かったよ」

アクア:

「そう?」

ヴィルヘルム:

「底が見えないほど強い。だが、それが理由ではないな」

アクア:

「そうね」

ヴィルヘルム:

「魅せられてしまうのだろう? 彼の力があれば、どんな敵でも勝てるかもしれない。しかし、それが依存心に変わるかどうかは、僅かなバランスが決めている」

アクア:

「……かも、しれないわね」


 空席をみる。寂しいような、でも高揚するような気持ち。誇らしげに自慢したいような、それを認めたくないような気もある。混沌としたその感情を、そのまま受け入れるだけだ。


ギヴァ:

「だが、シュウト君は依存しているようには見えなかった」

ラトリ:

「それに、ヤバイのはアクアちゃんも同じだもんね」

ヴィルヘルム:

「もう酔ってるのか? MVP」

ギヴァ:

「だらしないMVPだからな」

ラトリ:

「まだイケけますよ? イケるけど、みんな飲めっていうもんだから~」

アクア:

「残念ね。ギブアップするMVPなんて見たくなかったかも」

ラトリ:

「まだギブしてないよ~」

アクア:

「欲情したの? MVP」


 酔って後ろから抱きついてくるが、無視する。ギヴァが引き剥がし、椅子に座らせた。耐えられず、テーブルに突っ伏すラトリ。200人近い〈スイス衛兵隊〉で飲み会をやっているのだから、既に相当な量を飲まされているのだろう。今回の戦いのMVPはラトリが選ばれていた。


ヴィルヘルム:

「しかし、ソロでアレだけの強さとなると。ジン君は本当に知っているのだろうか……」

アクア:

「何を?」

ラトリ:

「そりゃ、決まってるでしょ」

ギヴァ:

「本物のレイドの熱さを」


 ヴィルヘルムも、ギヴァも、酔って潰れそうなラトリですら、目つきが変わる。身体の芯からレイダーなのだ。それはこの私も同じ。彼らの感覚は告げていた。『ジンにはまだ知らない領域がある』と。

 自分たちだけが真のレイダーだと思っている傲慢な彼らへの意地悪な気持ちと、少しばかりジンの仲間の名誉の為に、自分らしくもなく見栄を張ることにした。


アクア:

「彼らは特別よ。シュウトを見たでしょう? ただの6人パーティなんかじゃないわ。彼のオマケでは終わらない。実力の無さを恥じることになるのは、きっと貴方たちの側ね」


 シュウト達はただ守られているだけの存在ではなくなりつつある。最強を自分たちで守ろうと決意するほどに。個々人の才能という肥沃な土壌に、知識という水分と、善意という光が与えられ、力強く育って来ている。


ラトリ:

「そいつは、会ってみたいな」

ギヴァ:

「同感だ」

ヴィルヘルム:

「ああ。それに今回の借りを是非とも返したいものだな。叶うならば、じっくりと腰を据えて懸かる本物のレイドで」


 彼らにとっては幻想級のアイテムを手に入れることはオマケに過ぎない。良いレイドをすることが目的であり、報酬なのだ。


ギャン:

「なんだ、次のレイドの話か?」

ギリアム:

「俺にも聞かせろ」

シグムント:

「腕が鳴るな」

アクア:

「ちょっと! まずはセブンヒルを落ち着かせてからよ」 


 軽く笑う隊員たちだった。


ギャン:

「いや、そっちは問題ない」

シグムント:

「そうだな」

アクア:

「ちょっと、何を根拠に?」

ギヴァ:

「うむ。なんといおうか」

ヴィルヘルム:

「ああ。言ってしまえば、我々は……」

ラトリ:

「レイドに比べたら、ビジネスの方が簡単だと思ってるんだ」


 宴はその後も続き、ついには空が白み始めたのだった。







シュウト:

「んん…………っ」


 明るさを感じて目を覚ます。少しばかり寝過ごした感じがしないでもない。日課のランニング(兼〈消失〉の練習)に行く時間はあるのだろうか?と思う。とりあえず、さつき嬢に念話をしなければならないと考えていた。


シュウト:

(んーと、何を話そう? …………あれっ?)


 寝ぼけた状態でフレンドリストを開くものの、知り合いの大半が不通状態。念のために調べたさつき嬢の名前も、不通を示す暗い色だった。


 きょろきょろと周囲を見回す。だんだんと頭が働き始める。見たことのない室内。となりのベッドではジンが寝ている。相変わらず寝息などが聞こえないほど静かで、居るのに気が付かなかった。

 体を起こし、窓のカーテンを全開に。光が目に優しくない。2秒程で網膜か何かが光に順応する。……窓の外には見たことのない街並みが広がっていた。


シュウト:

「そういえば」


 ローマに来ていたのだった。昨日の激しい戦いの様子が少しばかり再生される。恐ろしい数の〈冒険者〉の軍隊、衛兵鎧を駆使する最強の敵。

 開きっぱなしになっていたフレンドリストを閉じようとして、『その名前』を見付け、おののく。


シュウト:

(……やばい、何かヤバいぞ!?)


 顔を真っ赤にして『ユーノってゆーのぉ!』と叫んだ時の顔を思い出していた。彼女の名誉のために付け加えると、可愛らしいお嬢さんだと思う。ちょっとお間抜けさんだったとしても、だ。


シュウト:

「しまっ……。待ち合わせしてたんじゃ!?」(ゾッ)


 正直、今が何時なのか分からない。日本との時差を考えなければならないが、慌てていて計算ができない。謝りたくても、念話が不通では連絡手段すらない。冷静にならなければと思うのだが、……どうすればいいのだろう。


シュウト:

「ジンさん、起きてください、ジンさん!」

ジン:

「うにゅ? ……もうメシか?」

シュウト:

「そうです、ゴハンです。だから起きてください」


 緊急事態で嘘を付いたが、のんびりしたジンはのそのそと動きが遅い。


ジン:

「あれー? なんでお前が俺の部屋にいんの? 扉のロックは?」

シュウト:

「ここローマですよ、早く思い出してください」

ジン:

「ローマぁ?」



 ……ぽくぽくぽく、ちーん。



ジン:

「おおっ、そうだった。 もう朝なのか?」

シュウト:

「というか、かなり明るいような……?」


 改めて窓から外を見る。夜があけたばかりの早朝といった雰囲気はではない。朝の7時か8時ではないだろうか。今すぐに戻ったとしたら、アキバは何時だろう?


ジン:

「けっこう、寝たなー」(うーん!)


 伸びをして、「あばばばば」とアクビらしきものをしている。


ジン:

「じゃっ、メシにすんべ」

シュウト:

「それより、天秤祭でちょっと用事があって、早く帰りたいんですが」

ジン:

「うん? …………俺を『メシ』っつって起こしたよな?」

シュウト:

「あ、いえ、それは、その……」

ジン:

「朝メシ……」


 お腹を空かせた最強戦士様が、朝ご飯がないと知ってションボリするの図である。『何をやってるんだ、僕は』とチラリと考えもしたが、今はともかく帰らなければならない。


シュウト:

「約束を忘れてて、ちょっと早く帰りたいんです。謝るにもここからじゃ念話さえ通じなくて……」

ジン:

「そんなの俺に言うなよ。アクアに連絡しろ」

シュウト:

「そ、そうですね」


 さっそく念話をかけてみることに。


シュウト:

「あ、アクアさん!」

アクア:

『いま寝たばっかりなの。眠いんだから後にして(切断)』


 寝起きのイライラ感で拒絶された。


ジン:

「どうだった?」

シュウト:

「ちょっと……、ダメそうです。いま寝たばかりだとかで」

ジン:

「そうか。とりあえず、メシだな」

シュウト:

(うわぁ、どうしよう。どうしようもないけど……)


 昨日のお昼過ぎ、14時ごろのファッションショーの会場から西欧サーバーにジャンプし、そこから6時間の準備ののちに決戦を挑んだ。レオンと戦ったのはアキバの時間で言えば20時を過ぎた頃だろう。しかし、西欧サーバーでは12時を過ぎたぐらい。その時差は約8時間。


 戦後処理で慌ただしくする〈スイス衛兵隊〉やアクアに見放され、特にすべきことも無く、地理にも疎くて出かけられもせず、強制的に待機させられた。入った宿でモソモソと食事をし(僕らには夕飯だけど時間的にはお昼ごはん)、あとはひたすら時間をつぶしていた。セブンヒルの時間で夕方から〈スイス衛兵隊〉が飲み会を始めたが、アキバ時間でいえば深夜というより既に朝方というべき午前4時頃のスタートである。さすがにグロッキーで寝るしか無かった。


 そして、今や帰る手段をも失った。仕方ないので(朝食を求めて)階下へと降りてみることにした。







スターク:

「おはようございます」にこにこ


 〈スイス衛兵隊〉のスタークという青年がこちらに気付き、笑顔で挨拶してくる。クラスは〈エクソシスト〉で90レベル。〈神祇官〉に相当するクラスのはずだ(この辺はあまり自信がない)。


ジン:

「うす」

シュウト:

「おはようございます。あの、他のみなさんは?」

スターク:

「すみません。朝まで飲み会をしていたようなので(苦笑)」


 やはり、そんなことだろうと思った。この分だとアクアが起きてくるのは昼頃になってしまうだろう。帰ったらアキバは夜の時刻か。


ジン:

「お前、飲み会はどうした?」

スターク:

「僕は最初だけ。すぐに眠くなっちゃって」

シュウト:

「そうなんだ」

ジン:

「んで、我々は朝食をごしょもーなのだが?」


 我々ではなく、『ジンさんが』だと思うのだが、余計なことは言わないでおく。


スターク:

「そうですか。えーっと、……そうだ! 一緒に朝市に行きませんか?」

ジン:

「おっ、いいねぇ」


 スラっとしている青年、スタークだったが、打ち解けてくると性格は少し幼く感じた。〈スイス衛兵隊〉にだって未成年のメンバーがいない訳でもないのだろう。けれど、身長は自分と変わらなかった。あまり子供には見えない。いや、外国人は平均身長が高いかもしれないので、これでも少年なのかもしれないが、などと考えていた。


ジン:

「……なんだ、参加してなかったのか」

スターク:

「はい。ヴィルヘルムにダメって言われて。それで、どうだったんですか?」

ジン:

「どうって言われても、なぁ?」

シュウト:

「ハハハ(苦笑)」

スターク:

「でも、ジンが日本から来た『切り札』なんでしょ?」

ジン:

「まぁ、そういう噂もあるね」

スターク:

「噂なの?」

シュウト:

「ハハハ(苦笑)」


 適当に話を流そうとするジンに苦笑いする。察するに、男の子に優しくする気分じゃないらしい。案内だけさせて、後はお茶を濁す気かもしれない。(僕も似たようなことをやられたことがある)


 朝市で新鮮そうな食材を眺めつつ、食材ではハラの足しにならないので、おみやげとしてを購入したり、果物を食べたりした。屋台でつつくのもそこそこにして、朝食が食べられそうな店を探すことになる。パンとか、パスタとかをご所望のジンだったけれど、スタークもオススメの店とかが分からないという。そんなバカな、と思いもしたが、〈スイス衛兵隊〉はスイスと名前に入ってるぐらいなので、そういうものかもしれないと考え直した。適当に見つけた店の外のテーブルで食べることになった。


ジン:

「もしかして、コーヒーがあるんか?」

スターク:

「あるよ」

ジン:

「ひっさしぶりだなぁ。ここはひとつ、豆を買って帰ろう。豆を」

シュウト:

「それはいいかもしませんね」


 お詫びでコーヒー豆、と一瞬考えてみた。しかし、どこで手に入れたかを説明できない。というより、むしろコーヒー豆を入手していたために約束をすっぽかしたと思われてしまいそうだ。


スターク:

「日本ってコーヒー手に入らないんだ?」

ジン:

「まぁな。俺らが住んでる辺りにはない。お茶の文化圏ってのもあるかもしれないけどな。もっとずっと南の島とかまで行けばあるのかもしれんけど」

スターク:

「ふぅん」


 少し量が多めの朝食をいただく。大味かと思いきや、そうでもなかった。パンなどの小麦食品はこちらが本場ということかもしれない。味の良さに満足する。

 意外だったのは、コーヒーに砂糖を入れたら値段が5倍になったことだ。アキバでも砂糖は貴重品だが、こちらのプレミア感はアキバの比ではなかった。お金に糸目を付けなかったため、カフェオレの華やかな味わいを楽しむことができた。


ジン:

「ふぃ~。まんぞくしたな」

シュウト:

「ジンさん、質問してもいいですか?」

ジン:

「満腹だし、サービスしてやってもいいぞ」

シュウト:

「ですか。あの、レオンを倒した時の技って?」

ジン:

「『天雷(てんらい)』だな。お前の〈消失〉(ロスト)と同じだよ。俺の分類では『完全特技』だな」

スターク:

「ジン、完全特技って何?」

ジン:

「え? んー、どう説明したもんかな。……〈冒険者〉が特技を使うと、こう、光とか炎とかがバーっとなったりするだろ? ああいう魔法的な現象を、システムのアシスト無しで発生させる技のことだ」

スターク:

「そんなことできるの?」

ジン:

「まぁ、なんとか。システムのアシストが受けられないから、100%発動できるわけじゃない。その代わり、再使用規制や技後硬直がない」

シュウト:

「システムアシストによるメリット/デメリットのない、完全に新しい特技ってことですしね」

ジン:

「だな。分かってる範囲で〈天雷〉の発動条件は2つ。ほぼ垂直の軌道と、その速度だ。速すぎるから最初からガードしていない限りガード不能。同時か追撃かわからんが雷撃のおまけ付き。ビリビリで相手の動きを止める。1、2秒ぐらいかな?」

シュウト:

「えっと、両手剣専用なのでは?」

ジン:

「いや、片手でも技としては発動できる。単に速度的な問題だ」

シュウト:

「ということは?」

ジン:

「ちょっとでも遅いと発動しない。オーバーライド状態でボッコボコ棒使って、1度だけ片手でも成功してる。そのまま2度目に挑戦して200回ぐらい素振りして諦めた。成功率は1%未満だな。ここまで失敗してると〈荒神〉に覚えさせることもできない」

シュウト:

「うわぁ……」


 間違いなく最速の剣技だろう。〈守護戦士〉だけなのか、他の戦士職でも使えるのかどうか?などの疑問はあるが、どちらにしてもジン以外には発動できないだろう。


シュウト:

「凄い技ですね」

ジン:

「そうなんだけどさ~、さっちんに続いてレオンで2人目だぜ? 0コンマ数秒の隙を突いて来やがんのな」

シュウト:

「隙、ですか?」

ジン:

「やっぱ、こう、ゲーマー侮りがたし、といったところか~。これは弱点として認めなきゃならんだろうな~。〈竜破斬〉は2拍子の攻撃だ。光ってから、斬る。光ってから、斬る。光ってから、斬る」

シュウト:

「なるほど……」

スターク:

「?」


 〈竜破斬〉は特に低威力技特有のシンプルさが利点になっている。派手なエフェクトが無いことで発動も早いし、威力が低いので余計な硬直時間もない。

 アサシネイトも発生は早い。だがトドメを刺した場合には派手な演出が入ようになっている。それに比べ再使用までの間隔が短い〈竜破斬〉は、剣をただ光らせるだけ。それでも、攻撃しながら『光らせること』は出来ないのだろう。光れば〈竜破斬〉が来ると相手には分かってしまう。実際には命中までコンマ数秒なのだが、そこを狙うことが可能だったということだろう。

 自分でも応用できないか?と考えてみる。〈竜破斬〉が来るのを読めたとしても、こちらの攻撃チャンスになる訳ではない。なにしろ相打ちには死が待っている。となると、本命は〈ガストステップ〉による回避だろう。青く光った瞬間に反応できれば、攻撃を避けることができるかもしれない。一撃死の問題なので、これはかなりありがたい。

 ……問題は、ジンがカウンター型の剣士という点にある。見ていると、敵の攻撃に併せてカウンターの〈竜破斬〉を発動させていることも多いのだ。この場合、こちらが動き始めているため、どうにもできないことになる。特技攻撃中にキャンセルして緊急回避、とはなかなか行かない。

 

ジン:

「レオンとの読み合いが〈竜破斬〉を封じる展開だったから、奥の手で〈天雷〉を出した訳だ。ノックバックを避けるためにスタンスを変更して、そこからだ。間合いに入った瞬間に打ち込みたかったけど、念を入れて甘く入って来なかった。しゃーない、プロレスですよ」

スターク:

「プロレス?」

シュウト:

「相手の一番強い技を敢えて受けてから、反撃して勝つ」

スターク:

「ふぅん」

シュウト:

「ジンさんにプロレスさせるって、強かったですね」

ジン:

「思ったより楽しめたな」


 だけど、自分としてはそんな楽しいだけではなかった。現実を直視しなければならない。


シュウト:

〈消失〉(ロスト)なんですが」

ジン:

「うん?」

シュウト:

「テレポート攻撃が通じないのなら、やっぱり簡単には通用しないですよね……」

ジン:

「うん」

スターク:

「? ……?」

ジン:

「まぁ。テレポートは、移動先を選べるっぽい代わりに、復帰時間も一瞬後って決まってるんだよ。〈消失〉は、復帰タイミングを自分で決めることができるだろ。その辺りをうまいことなんか利用するんだな」

シュウト:

「はい……」

ジン:

「ちな、俺のブースト〈竜破斬〉は、認識できるものはたいてい斬ることができる。だから、〈消失〉を発動しただけだと、もしかしたら当てることができるかもしれない」

シュウト:

「そうなんですか?」


 以前の実験の際〈オーラセイバー〉で試したと言っていたのはそのためなのだろう。


ジン:

「うむ。ニュートラルライン呼吸法は、ぶっちゃけ俺も練習している。俺の知覚から完全に消えるには、俺よりも高いレベルで、この呼吸をやらなきゃならない。しかも戦闘中の激しい運動をしながらだ。ハッキリ言えば、俺の認知から完全に消え失せるより手前で、技としては成立してしまうだろう」

シュウト:

「え゛っ!? ……てゆうか、練習してるんですか?」

ジン:

「そらそうよ。そんな簡単に負けてたまるかっつーの」

シュウト:

「なんかズルくないですか?」

ジン:

「どこが。あのな、呼吸法の才能って『特別の中の特別』なんだぞ? お前が完成したとき、俺が間に合うかどうかは神のみぞ知る世界なんだからな。完封されて一方的に叩きのめされてたまるかっ!」

シュウト:

「完成……」

ジン:

「1秒間に2回以上、理想的には5回〈消失〉と復帰を繰り返せるようになれば、全部の攻撃を消えて回避、そこから復帰して攻撃、になるだろ? いや、MP消費がどのくらいか知らんけど、ラッシュを掛けるならそのぐらいできた方がいい」

シュウト:

「あ、はい」


 完成というのイメージのハードルが、自分が考えていたものより随分と高かった。しかし、顔に出す訳にはいかないのでポーカーフェイス。


ジン:

「俺とお前の戦いは、実際そんな長引くことはないだろう。互いにオーバーライドし、お前も5倍程度までブーストさせたアサシネイトでもあれば、俺を一撃死させることか可能だ。その後はどっちの技が優れているか?って話と、駆け引きよ。こんな辺りが俺の第一段予想だね」

シュウト:

「じゃあ、僕は復帰時間をズラして、〈竜破斬〉の発動が間に合わないタイミングで〈アサシネイト〉を入れるってことですね」

ジン:

「そ。んで、マジでヤバかったらドラゴンストリームで全部ロハにして、叩き斬って俺が勝つ、と。わっはっはっ」

シュウト:

「ありそうすぎる(苦笑) というか、ドラゴンストリームって防ぐ方法ないんですか?」

ジン:

「ほとんどメタ攻撃だし。同クラスの意識能力で相殺させて、後は堪えるぐらいだろう。意識がある/ないのレベルに働きかけるものだから、可能性があるとすれば……」

シュウト:

「なんでしょう?」

ジン:

「あくまで可能性の話だけど、〈消失〉(ロスト)を極限レベルで使って、完全に消失できたとしたら、回避できるかも」

シュウト:

「おおっ」

ジン:

「でも、世界と同化したところから戻って来られる保証は、たぶん……」

スターク:

「ないんだ?」

シュウト:

「ああ~っ、……って、えっ? それってかなりマズくないですか?」

ジン:

「うん、マズいね」

シュウト:

「戻って来られなかったら、僕はどうなるんですか?」

ジン:

「さぁ? まず『僕』ではなくなるだろうな。あの技は非実体化ですらない。消失現象だろ。あっこまで強力な技だと、当然のリスクだな」

シュウト:

「でも、そこまでやらなければジンさんには勝てない……」

ジン:

「たぶんな。俺の見てないトコで深い〈消失〉(ロスト)はやるなよ。量子論的に考えても、自分っていう観測者が消えると危険度がダンチだ」

シュウト:

「気を付けます」

ジン:

「そう心配するな。その場にいたら、俺が引き戻してやる」

シュウト:

「はい」


 〈消失〉の結果として、僕自身の意識までぼんやりと薄らいできたら危険ということだろう。僕の意識が消えたとしたら、観測者が消えてしまう。そうなったら他の誰かに観測して貰えない限り、消え去ったままになってしまう。死んでいないのだから、復活も望めない。そうなると後はもう、MPを消費し切った時に自動的に戻ってこれることを祈るばかりだ。


シュウト:

「今日は大サービスですね」

ジン:

「ああ、機嫌がいいから~と言いたいところだが、テンションが高いんだろうな。今回は、良い経験になった」

シュウト:

「ですね」


 変則的だったが〈スイス衛兵隊〉との大規模戦闘やレオンとの戦いは宝石よりも貴重で価値のあるものだった。


ジン:

「シュウト。……お前は、全てを知った上で挑んでくるがいい」

シュウト:

「……はい」


 全てを理解した上で、可能な限りの準備をして、この人に挑もうと思う。


シュウト:

「ですが、もっと強くなりたいです」

ジン:

「なら、そうだなぁ。……『最後の試練』に挑むか?」

シュウト:

「もう『最後』なんですか?」


 進行状況からして、最後というのはいくらなんでも不自然に思える。山脈でいえば(ふもと)から少し進んだかどうかという程度だろう。


ジン:

「うん。俺が試練を課すのはたぶん、これが最初で最後だね」

スターク:

「もしかして、パワーアップ・イベント?」

ジン:

「そんな都合の良いものなんぞ、ある訳ないだろ(苦笑)」

シュウト:

「ですよね。……でも、やりますよ。どんな試練だろうと突破してみせます」

ジン:

「うーん、じゃあ、アキバに戻ったらな」


 盛り上がるこちらと比較して、ジンの温度が低い。口ごもるような言いにくさのような、何か困った表情に見える。


シュウト:

「なにか様子が変ですけど、そんなマズいことなんですか?」

ジン:

「いやぁ、なんていうの? お前が挫折しなきゃいいなぁ、って」

シュウト:

「はい……?」


 もはや嫌な予感しかしない。


シュウト:

(何をやらされるんだろう?)


 自分が挫折しかねないツラい内容とはなんなのだろう。予測不能だ。

 不安な気持ちで、遠くの空に暗雲が立ちこめるようだった。


ジン:

「いい天気だし、適当にぶらつくか」


 しかし、ローマの空は快晴だった。







スターク:

「パンテオンが大神殿なんだよ」

ジン:

「ここはもう来た」

シュウト:

「レオンはどこに行ったんですかね?」

ジン:

「まぁ、想像は付くけどな」

シュウト:

「そうですか?」

スターク:

「…………」


 セナトリオ宮から涙目になりつつ、やっとたどり着いた時にはレオンは既に消えていた。あの赤い衛兵鎧だけを残して。〈スイス衛兵隊〉の戦死者が復活してまだここにたむろしていたので、ラトリに勝った事を直接報告したのだった。


スターク:

「トレヴィの泉だけど、この裏の建物がギルド会館だよ」

シュウト:

「テレビで見たことあります」

ジン:

「へぇ、ギルド会館になってんのか」

スターク:

「中に入ってみる?」

ジン:

「別にいいや」


 少し歩いて次のポイントへ。


スターク:

「スパーニャ広場は有名だから知ってるでしょ?」

ジン:

「いや?」

シュウト:

「えっと?」

スターク:

「あれっ、知らないかな?」


 10月も半ばだというのに、ジェラートの屋台がある。例によって例のごとくジンが購入。僕はパスした。


スターク:

「せっかくだから階段で食べようよ」

ジン:

「せっかくって?」

スターク:

「有名な映画があって、ここでジェラートを食べたんだよ」

ジン:

「『ローマの休日』だろ? ん? てことはスペイン広場か!」


 スペインをスパーニャと呼んだだけで分からなくなる不思議。階段の下には舟の形をした噴水があっておもしろい。



 その後もアクアが目覚めるまでということで、スタークの案内で色々と見て回ることになった。楽しいことは楽しいのだが、ジンは飽きるのも速く、聖天使城やバチカンの大聖堂を見たら、後はもうダルそうになっていた。なんとか歴史地区が世界遺産になったとか言われても、それがどうしたという気分だったりするらしい。

 僕は真実の口が少し嬉しかったりした。それでもゲーム世界の中なので、土産話にするにしても微妙な話題になりそうだったが。


ジン:

「案内してくれるのは有り難いが、どうもな」

スターク:

「つまんないかな?」

ジン:

「なんか足りないんだよなぁ。……女っ気? つーか、エロス?」

シュウト:

「ぶっちゃけ過ぎですよ!」

スターク:

「そっか。じゃあ、アレはどうかな?」


 最後というので歩き回った先にあったのは教会だった。ローマには教会の建物(廃墟だけど)が異様に多いのでそのこと自体はなんとも思わないが、エロスと言われて教会に来たということに少し意外性があった。


ジン:

「ああん? おもしろいんだろうなー?」

スターク:

「教養の問題かもね」

ジン:

「けっ、生意気!」


 教会の中へ。やはり装飾が美しい。奥の中央が目当てのものだ。女性が横たわり、子供がそばに立っている像に見える。


ジン:

「うおっ、法悦(ほうえつ)か!」

スターク:

「聖テレジアの法悦。ローマといえばベルニーニ、ベルニーニといえばエロスでしょ」

シュウト:

「あの、法悦ってなんですか?」

ジン:

「宗教的な恍惚、陶酔。いわゆるエクスタシーだな」

シュウト:

「えすく……?」


 その語句を全ていうのはためらわれた。いわゆる『イった』とかイかないと言われる状態じゃないのだろうか。


スターク:

「夢の中で神の愛を受けとったんだっけ?」

ジン:

「俺も詳しくはないな。夢の中で天使と出会ったんだろ。手にもってるのが炎の槍とかで」


 槍というよりも、矢に見える。


スターク:

「待って、フレーバーテキストがあるよ」


 『私は黄金の槍を手にする天使の姿を見た。穂先が燃えているように見えるその槍は、私の胸元を狙っていた。次の瞬間、槍は私の身体を貫いていた。天使が槍を引き抜いた時、私は激しい炎――神の大いなる愛――に包まれていた。苦痛はこの上もなく、うめき声をもらすほどだった。苦痛は耐え難かったが、それ以上に甘美さが上回っていた。やめて欲しいとは思わなかった。私の魂は神で満たされた。』


シュウト:

「えっと……」


 そこはかとなく、エロい。


ジン:

「まぁ、なんというか。『寝てる間にレイプされたんじゃね?』とか言いたくなる内容だよな」

スターク:

「あはははは!」

ジン:

「いやはや、石像だの彫刻だのは日本じゃミケランジェロぐらいしか聞かないが、ベルニーニも肌の質感がいいね。洋服も繊細だ」

シュウト:

「すべて石で出来てるんですよね?」

スターク:

「もちろん」

ジン:

「日本の萌えフィギュアなんかもこういった彫刻が原点なんだがな」

シュウト:

「それとこれを比較するべきではないんじゃ?」


 さすがに、芸術に失礼という気がしてしまう。


ジン:

「バカを言うな。本質的には材質だのの違いに過ぎないんだぞ。大理石を加工する難易度と引き替えに、すそ野が広がったと見るべきだろう」

スターク:

「日本のフィギュアって、小さいからたくさんコレクションしても邪魔にならないのがいいよね」

ジン:

「フィギュア集めてんのか? ん? つか、どんなデケー家に住んでるんだ、おまえ?」


 そんな話をしながら、ローマ観光を終えた。






ヴィルヘルム:

「こちらでしたか、ギルマス」

スターク:

「やぁ、ヴィルヘルム!お疲れさま」

ヴィルヘルム:

「今日はどちらに?」

スターク:

「うん、ジン達にセブンヒルを案内してきたよ」

ヴィルヘルム:

「どうでしたか?」

スターク:

「楽しかった。そうだ! 僕、ちょっと出かけてくるね?」

ヴィルヘルム:

「はぁ、どちらへ?」

スターク:

「んー、ふっふ。今回のことでアクアにも貸しが出来たし、ね?」

ヴィルヘルム:

「……まさか、日本へ? でしたら護衛を付けさせてください」

スターク:

「えーっ、大仰なのは嫌だよ?」







ヴィオラート:

「ラトリさん♪」

ラトリ:

「ヴィオラート様、今日もたいへん麗しい」

ヴィオラート:

「その呼び方はよしてください。寂しくなってしまいます」

ラトリ:

「ボクも是非とも止めたいと思っていました。でも対外的に名前で呼ぶのは、ちょっとね。親密な空気っていうの?」

ヴィオラート:

「ウフフ」

ラトリ:

「やばい、カワイイなぁ~」

ヴィオラート:

「ありがとうございます。……あの、お願いがあるんですけど」

ラトリ:

「私にできることなら、なんだって叶えてみせましょう」

ヴィオラート:

「そんな凄いことじゃないんです。……あの人達ともう一度、お話できませんか?」

ラトリ:

「あの人たち?」

ヴィオラート:

「あの、レオンを倒した……」

ラトリ:

「ああ。ジンやシュウトのことですか? 残念ですが、つい先程……」

ヴィオラート:

「ええーっ!? もう帰ってしまわれたのですか?」がっくり







シュウト:

「もうまっくらですねぇ(苦笑)」


 何回も考えたことだが、改めて言い訳をどうしよう?などと思ってしまう。仕方のない猶予期間が終わってしまった焦りとも安堵ともつかないような落ち着かなさがあった。


ジン:

「つーか、どうしてお前も一緒なんだよ」

スターク:

「僕たち、仲良しだもんね?」

ジン:

「勝手なこと言ってんじゃねーぞ、クソガキ」

クリスティーヌ:

「失礼な言い方は止めなさい」

ジン:

「はぁ? 立場をわきまえるのはテメーだっつー。揉むぞ? しだくぞ? 泣かせんぞ?」

シュウト:

「まさか、スタークがギルマスだったとは……」

スターク:

「もうちょっと隠しておきたかったんだけど、バレちゃったね」

アクア:

「じゃあ、私は帰るわ。しばらくローマを拠点にするから」

スターク:

「ありがと! またねっ」


 帰ろうとしているところで、アクアの方から呼び止められる。


アクア:

「ジン」

ジン:

「ん?」


 アクアがジンを名前で呼ぶのは珍しいと思ってしまう。いつも『貴方(あなた)』とか呼びかけていた気がする。


アクア:

「今回は、その……」

ジン:

「はいほい。そろそろ報酬を期待してっかんな。俺はタダ働きはしない主義だ」

アクア:

「考えておく。……何なら身体で払いましょうか?」

ジン:

「いやぁ(笑) お前を脱がしても。なぁ?」

シュウト:

「僕に振らないでください」

アクア:

「バカね、仕事をすると言ってるのよ。……というか、脱いだら凄いわよ?」


 そこでその対抗心はどうなのかという気がする。


スターク:

「わぁ、それは楽しみだなぁ!」

クリスティーヌ:

「ギルマス……」


 ニコニコして悪気のなさそうなスタークに毒気を抜かれてお開きになった。アクアはそのまま〈妖精の輪〉で戻っていった。


スターク:

「それじゃあ、お世話になりまーす」

ジン:

「はぁ? ウチにくるつもりなのか?」

スターク:

「僕たち、仲良しだもん、いいよね?」

シュウト:

「(ジンさん、スタークのメインクラスを見てください。エクソシストを街に放置するのはマズいですから)」


 スタークはエクソシスト、クリスティーヌはスワッシュバックラーだった。クリスティーヌはともかく、スタークは奇異の目で見られるのを避けられそうにない。


ジン:

「チッ、宿賃は払えよ?」


 こうして一日ぶりにアキバへと戻ってきたのだった。







 ――ギルドへと戻ってきたシュウト達。スターク、クリスティーヌの紹介などを2階でしているところだった。シュウトに甘えようとする静やりえが騒いでいる。


ユフィリア:

「ねぇ、ジンさんは?」

シュウト:

「あれっ? 一緒に戻ってきたから、まだ下かな?」


 ――盛り上がりを余所に、抜け出して階下へと降りていくユフィリア。

 ジンは1階の噴水のところにいた。鎧を脱いで後始末しているところだった。


ユフィリア:

「ジンさん」

ジン:

「おう、ただいま」


 ――ドボンと軽く水に浸し、それらをタオルで拭きとっていく。装備品は自動修復がかかる影響で、自動洗浄の機能も持つ。だが、気分的には洗ったりしたくなるものだった。汗ということもあるが、戦闘では自分(他人)の血が付くこともある。自動洗浄を助けることで、修復力を損耗させないといった意味や、道具が手に馴染む感覚の問題であったりとさまざまだ。


ジン:

「なんか、用か?」

ユフィリア:

「うーうん」


 ――横に座ったので、頭を撫でていた。


ジン:

「どうだった、ステージ?」

ユフィリア:

「うん。上手くできたと思う。みんな喜んでくれたよ」

ジン:

「そうか。俺も、見たおきたかったな」

ユフィリア:

「ジンさんは?」

ジン:

「俺? んー、まぁ、楽勝だったかな」


 ――多分に嘘が含まれているのだが、『こういう時には、少し強がるのが男子として正常』などの意味のないコダワリがジンにはあった。


ユフィリア:

「フフフフ」

ジン:

「なんだよ?」

ユフィリア:

「ニナがね、絶対、強がりをいうけど、本当は苦労してるよねって」

ジン:

「ちぇっ、ちょっとは良いカッコさせろっての」

ユフィリア:

「そうなの?」

ジン:

「そうさ。…………?」


 ――無言になったユフィリアの方に顔を向けたジンは、彼女の顔が近づいてくるのをぼんやりと見つめていた。『顔、近っ』ぐらいに思っていた。


ジン:

(えっ、嘘だろ。キスすんの? えっ、もう距離がないんですけど。口が当たっちゃうよ? あれっ、えっ、マジなの? えっ、俺は避けないぞ? いいの? マジで? あっ、あーっ!!?)


 ――自動で回避しようとする身体を極大の自制心(?)で押しとどめた。静と動、宇宙レベルの激突を内部で展開させるジン。唇が触れた瞬間から時間加速し、一瞬を限界まで細分化しようとする。1秒を何倍にも引き延ばし、実際に何秒キスしていたのか分からなくさせた。


ジン:

(しまっ、何秒キスしてた?)


 ……っていうか、キスしている秒数で意味合いが変化するんじゃ? やってもうた。クロックアップとか全力で大人げないことするからこういうことに、ってそんな場合やないねん。違うねん。節子、そことちゃう!(どこの言葉? 何弁?)


ジン:

「えっとー、今の、何?」

ユフィリア:

「がんばったから、ご褒美?」


 ――捕まえようとするジンの腕から、するりと逃れるように立ち上がるユフィリア。

 

ジン:

「べ、べつにぃ~。そんな苦労とかしてないし」

ユフィリア:

「……ウフフ」


 ――少し間があって、微笑んだ。煌めく瞳は謎めいた深淵を秘めたまま、軽やかに消えた。全てに現実感はなかった。


ジン:

「やっべ」


 (つーか、今、キスしたよな? した、はず。うーん。……女からされるとクルなぁ。うっわー、抱きしめたい。メチャクチャにしてぇ)



 ――そのまま後ろに倒れて、噴水に落下したジンだった。

 どういう仕組みになっているのか、ジンの質量が加わっても水があふれることはなかった。口から空気の玉がボコボコと浮かぶ。


 ジンは、しばらくそうして沈んだままになっていた。

 


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