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013  ガールズトーク

 

丸王:

「おい、ユフィリア!」

ユフィリア:

「……丸っち? 久しぶりだね」


丸王:

「元気そうじゃないか。逢えなくて寂しかったぜ。……お前もだろ?」

ユフィリア:

「ふーん、私は楽しくやってたから、ぜーんぜん寂しくなかったけど?」

丸王:

「相変わらずキツいな。でもそれってホントは俺に惚れてるからだろ? 心を開いてるから、俺には何だって言えるんだ」

ユフィリア:

「相変わらず面白い人だよね」

丸王:

「だろ?……なぁ、何度でも言うぜ。俺の女になれよ。そうすりゃ、今よりずうっと楽しくなる」

ユフィリア:

「それ、丸っちは楽しくても、私は楽しくないんでしょ?」

丸王:

「バカだな、一緒に楽しむ(、、、)に決まってるだろ、ユフィ」


ユフィリア:

「……丸っちじゃ無理だと思う」

丸王:

「ナンだと?」

ユフィリア:

「私、これでもそれなりにモテるんだけどな。強引に誰かさんの女にしようとしたら、周りが敵だらけになっちゃうんじゃない?」

丸王:

「…………」

ユフィリア:

「じゃあね。もう声かけなくて大丈夫だよ」


丸王:

「…………ところでよぉ、お前の“王子様”は最近どうしてんだ?」

ユフィリア:

「…………」

丸王:

「お前が相手してくんないんじゃ、寂しくってたまらない。ニキータに構って貰わなきゃだよなぁ?」


ユフィリア:

「ニナに……」

丸王:

「ハァ?」

ユフィリア:

「ニナに手を出したら、絶対に許さない……」

丸王:

「お~、コエー。……仰せの通りに、半妖精さま? クハハハハ」





 アキバに到着するなり、ジンはさっさといなくなった。残りのメンバーと一緒にギルド会館へと向かった。結局は石丸、ニキータ、ユフィリアの3人も、自分と一緒にギルド〈カトレヤ〉のギルドメンバーに登録した。ギルド無所属なのは、これでジンだけ。万一を考えて、客分のままでいるつもりらしい。


ニキータ:

「これ全部がEXPポット?」

ユフィリア:

「私も使ってないのが5個ぐらいあるけど」

レイシン:

「そうだね、5個ぐらいずつ持っていくといいよ。強い敵と戦う前に飲めば効率がいいからね」


 150個以上のEXPポットが置いてあったが、これでもまだ全部ではないとレイシンは言う。加えて金貨18万枚。リメイク前の葵の資産全部と、これまでのレイシンの稼ぎがコツコツと蓄えられたものという。これがギルドメンバーに共有されるかと思うと、信頼しすぎなんじゃないかと思ってしまう。もしも現実(リアル)だとしたら、どちらも持ち逃げされかねない。しかし、この世界でそこまでして欲しいものはあるか?と考えると、自分には思いつかなかったりする。



 ここからは個人行動の時間だ。

 作成したリストの買い物は、ニキータと石丸が率先して引き受けてくれた。特に石丸は『オズの魔法使い』をイメージさせる『緑色の丸眼鏡』を手にしていた。始めは何事かと思ったのだが、緑の眼鏡を掛けるとつぶらな瞳が隠され、怪しい商人ドワーフっぽくなるではないか。本人も目を隠すと交渉で有利になると言っていた。


 この間に自分は水着を探しに行き、一緒に矢と、その材料を仕入れに行かなければならない。

 無難な色の男性用水着を見つけて安堵し、続いて矢を買い求める。その後は、炉を使って魔法の矢の作成もしなければならない。作業自体はメニュー作成なので全てあわせても2分もあれば終わるだろう。時間が残っていたら、自作矢を更に増やしてもいい。時間、時間、時間、と追い立てられていた。ニキータが仕事を部分的に引き受けてくれなかったら、とてもじゃないが間に合わなかっただろう。昼夜が逆転したせいで、寝不足気味でもあった。


 昼飯を兼ねて『カンダ用水』の近くにある『一膳屋』という食堂で集合になっている。ここが例の場所で、レイシンが個人行動中に訪れて魚醤を渡し、情報交換をしていた。今のメインは焼き魚定食だったが、レイシンの料理とも違う和風のテイストがなんとも嬉しい。


 ジンは海で失くしたブロードバスタードソードを買い直し、盾や鎧の修復を済ませ、またもや金欠だと嘆いていた。どうやら金巡りが悪いのがこの人の弱点らしいぞと心のメモ帳に書き加えておく。


ジン:

「どうかしたか?」

ユフィリア:

「なんでも。ちょっと考え事してただけ」


 ジンが、大人しい様子のユフィリアに声を掛けていた。

 やかましいぐらいに元気な彼女からすれば態度がおかしい気もする。ジンは周りが見えているのか、ユフィリアだけを見ているのか微妙な人でもあって、深く考えたりはしなかった。





 アキバを出てからは強行軍になった。

 馬は使わずに歩きで西進し、1時間に10分ずつの休憩を挟む。最初は楽過ぎると思っていたのだが、やはりというべきか、甘かった。今回の強行軍はモンスターが出ようが何をしようが10分休憩を貫き、夜の10時頃までこれが続けられた。簡単な晩飯をすませてやっと今日は終わりかと思ったら、更に進軍するという。夜が明けようかと云う頃に4時間程度の睡眠を許され、泥のように眠った。


 多摩川沿いに青梅付近まで移動し、そこからは段々と本格的な山歩きになっていった。山を登ったり降りたりしている内に、今が何処なのかを考える気力もなくしていった。本当に目的地に向かっているとは思えなかったのもある。しかし、今回一番辛そうなのはユフィリアだった。自分からすれば、たった10レベル程度の違いでしかないが、そのレベル差による僅かな能力差は、彼女を疲労に追い込んでいった。ジンは仕方なく馬を呼び出し、2時間ほど背に乗せることにした。ユフィリアは馬の背でうつらうつらしていた。


 一方のジンはというと、山だと眠くもならずに元気らしい。精霊力が強い場所だと身体が楽なのだとか。「現実(リアル)だと出不精なんだけど、こっちじゃアウトドア派かな」と笑っていた。周りからすれば単に迷惑な話である。


ジン:

「ダメだなぁ、ドラゴン見付からないなぁ~」


 精神的な疲労でツッコむ気にならないため、会話も続かない。


ジン:

「むむっ、生命体反応が3、いや4。シュウト、あそこら辺を見てくれ!」

シュウト:

「えっと、たぶん戦闘イノシシです」

ジン:

「よし!最優先目標『とんかつ』を確認っ、いくぞ!」


 そういって一人で飛び出して行った。追い付いたときには1体を仕留めており、残りは追い散らした後だった。巨体なので全部は食べきれないからだと言う。空かさずレイシンが剥ぎ取りに掛かる。


ジン:

「やっぱりさ、豚肉のハンバーグが一番美味しいと思うんだよ」

シュウト:

「はぁ、そうですか」

ジン:

「醤油で頂くのがマイベスト……って、へたばってんなぁ」

シュウト:

「……ジンさんが元気すぎるのでは?」


 1時間の食事休憩のたびにみんなで横になって少しでも睡眠をとろうとしていた。元気なのはジン、レイシン、石丸のベテラン組ばかりだ。

 戦士職はもともと体力が並外れている。石丸は装備品が軽いことと、ドワーフの頑健さによるものかもしれない。山歩きは慣れの問題が大きいと言っていた。


 戦闘訓練だと言っていたので、自分としては期するものがあったのだが、特にそれらしい素振りもない。唯一、ユフィリアにだけ課題が出されていた。


ジン:

「回復呪文を使う場合、距離感が問題なんだ」

ユフィリア:

「距離感?」

ジン:

「そうだ。良いヒーラーは、常に味方を呪文の届く範囲に入れておく。もっと良いヒーラーは呪文投射距離ギリギリを使って回復する」


シュウト:

(なるほど、時間の次は距離ですか…………)


ジン:

「最良のヒーラーは、呪文投射距離の外から回復する」

ユフィリア:

「えっ!? そんなことできるの?」

ジン:

「まぁ、お遊びの一種なんだけどな。呪文詠唱前は魔法の範囲外にいて、詠唱中に回復されるヤツがその範囲に入ればいいわけだ。それが連携ってもんだろ? ……言うのは簡単だけど、実際の戦闘中に毎回成功させるのは至難だろうな。敵・味方の行動予測が5秒前後で必要になってくるらしい」


シュウト:

「……そんなこと可能なんですか?」


 思わず口を挟んでしまった。


ジン:

「可能なんじゃねーの? ……葵は普通にやってたからなぁ」

レイシン:

「無理矢理やらせたんじゃなかったっけ?」

ジン:

「そうだったか……?」


 レイシンのツッコミを見る限りでは事実の様だ。なんとなく葵も大変だったのかもしれないなぁ、とその苦労を想った。


 念のため、真面目に戦闘がどう変化するかを考えてみた。〈大規模戦闘〉(レイド)の場合に、リーダーが回復職だったりすると、自分が動いて前線メンバーの回復をすることはある。冷静になってそういう風に考えれば無茶な事は言っていない。ヒーラー自身が範囲内まで移動することは意外と良くあることになる。


 ここで無茶に聞えたのは、ヒーラーが動くのではなくて、回復される側が移動するからだろう。これは遊動型の連携を使うジン達ならなんの問題もなくなる。移動しながら戦うのが常だからだ。


 ヒーラーが呪文投射距離の外にいることにどんなメリットがあるだろう。

 僕はしばらくこの問いを考え続けた。結論は、敵の呪文投射距離などの攻撃範囲の外にいられる、であった。それは飛躍的に安全度が高まることを意味していた。〈エルダー・テイル〉の戦闘がゲームとしてデザインされたという点からすれば、呪文投射距離などの『枠組み』には一定の意味がある。その『枠組み』を外すのだから、何がしかの要素が無制限になることを意味するのだろう。

 ではデメリットはどうか? 一つには回復呪文が間に合わなくなる危険がある。もう一つは戦列が間延びすることだろうか。そこでもう一つのアイデアが予測できたのだが、まだ胸にしまっておくことにした。


 少なくとも呪文投射距離ギリギリで回復することを覚えれば、ユフィリアの回復職としての技術が高まるのは間違いない。王道的な成長路線だった。



 そんなこともありつつ、2日目も終了した。目的地が近いらしく、6時間ほどの睡眠時間を与えられ、翌朝にはかなり元気になっていた。

 3日目になってもジンの態度は特に変わることがない。ヤキモキしていた自分は、思い切って尋ねてみることにした。


シュウト:

「ジンさん、あの、そろそろ教えて欲しいんですが?」

ジン:

「ん? ……何を?」

シュウト:

「その、強くなる方法ってヤツです」

ジン:

「…………ああ、強くなりたいんか?」

シュウト:

「そりゃ、まぁ」


 自分以外のメンバーも興味のある話だった。


ジン:

「えっと、じゃあ、どうしよっか?」

シュウト:

「えっ、何も考えてないんですか!?」

ジン:

「……んー、シュウトがこんなに元気だとは予想して無かったからなぁ」

シュウト:

「はい?」


 それを聞いて何人かが僕から目を逸らした。自分自身には身に覚えがない。


ジン:

「まぁ、いいや。それじゃあ、とりあえず気を高めてみせてくれ」

シュウト:

「キ?」

ジン:

「気だよ。よくあるだろ、ドラゴンボールとか聖闘士星矢とか、北斗の拳とかで」

石丸:

「かなり古めのチョイスっスね」

ジン:

「さ、オラにオメェの気の力をみせてくれ!」

シュウト:

「あんまり似てないです。……じゃなくって、どうやればいいんですか、それ?」

ジン:

「えっ?」

シュウト:

「えっ?」

ジン:

「…………」

シュウト:

「…………」


 微妙な雰囲気の空気のまま、沈黙が続いた。


ジン:

「どうしよう、今時の若者って気の高め方も知らないみたいなんだけど?」

レイシン:

「こっちに泣き付かれても、ねぇ?」


 レイシンは軽くスルーしてのけた。


ジン:

「じゃあ、石丸」

石丸:

「うっス」

ジン:

「魔力を高めてみせてやってくれ」

石丸:

「りょ、了解っス」


 そのまましばらく「うむむ」と唸っていたのだが、「呪文使うみたいな感じでやればいいんだよ」とジンがアドバイスしていた。


ジン:

「そうそう、そんな感じ」


 確かに呪文などの特技使用直前の力の流れを感じることが出来る。


石丸:

「〈フリジット・ウィンドゥ〉」


 石丸の範囲攻撃呪文が吹き荒れた。


レイシン:

「…………」

シュウト:

「…………あの、冷たいんですけど?」

石丸:

「申し訳ないっス、つい……」

ジン:

「まぁ、今みたいな感じだな」


 氷の彫像と化したのは自分とレイシンだけだった。ジンはちゃっかり発動直前に回避している。


ジン:

「さ、やってみろ。ハンター×ハンターとか、魔法先生ネギま!みたいな感じでな!」

石丸:

「少し新しくなったっスね」

シュウト:

「…………」

ジン:

「ん? どした?『はぁぁぁぁぁ!』とか『おおおお!』とか声に出してもいいんだぞ?」

シュウト:

「…………」

ジン:

「なんなんだよ? やってみろってば」

シュウト:

「あの。……これ、けっこう恥ずかしくないですか?」

ジン:

「はぁ?」


 石丸の〈フリジット・ウィンドゥ〉に倍する冷たい風がビュービューと吹き荒れる。夏でもこの辺りは氷点下を下回ることが珍しくないというからそのせい、……なわけがない。


ジン:

「ゆとり小僧……。テメェ、根本的なところで異世界ナメてんだろ?」


 低く抑えられた怒声に、冗談半分の空気が一瞬で消し飛んだ。僕は血が下がって内臓まで冷たくなるのを感じていた。


ジン:

「巨人だの魔獣だのがうろついてる『本物の異世界』なんだぞ? 今まで散々魔法だのの恩恵に(あずか)っておいて、たかが気を高めるのが恥ずかしいだぁ? 冗談も大概にしろよ」

シュウト:

「……すみません」


ジン:

「どうせ、何で怒られてるのかもロクに分からないんだろ? ……お前のその『恥ずかしさ』や『照れ』が周囲の人間に感染するんだよ。お前だけ強くなれないんならそれでもいいが、周りの人間まで恥ずかしくなっちまったら、練習する前からダメになんだろうが」

シュウト:

「…………」

ジン:

「お前はまだ自分のことしか考えてない。だがな、お前の言葉や態度はお前の内と外でこの世界を創り出してるんだ。決して、お前だけのものじゃない。お前の認識は、お前の世界を作る。それは他者にも影響するんだ」


 イライラした感じで数歩はなれるジン。


ジン:

「よく見とけ!」


 そう言って、力を解放した。瞬間的に石丸の〈フリジット・ウィンドゥ〉の数十倍、100倍以上の『力の爆流』が叩き付けられ、思わず尻餅をついてしまう。


シュウト:

「うわっ!?」

ユフィリア:

「キャッ!」


 ジンの見せた力は、自分が作り出した『他者への影響』を軽く上書きするだけの威力があった。


ジン:

「まぁ、ゆっくりでもいい。よく考えとけよ? …………よし、出発しよう!」


 ジンは怒りの矛先を収めたように、軽く笑いかけると、自分を許すようにそう声を掛けていた。





 しばらく僕は落ち込んだままでいたが、ジンが変わらぬ調子でこき使うため、恥ずかしい気持ちも残っていたが、心のバランスが次第に回復していった。

 「今回の旅は特に強い敵と遭遇しなかったなー」「ですね」と話していたところで、〈氷雪悪鬼〉の集団と出くわして戦闘になった。


 敵のレベルは60付近、数は散らばっていたものの、総数では40体を上回っていた。6人パーティには少し厳しい辺りだが、ここでジンの力に頼るのもどうか、というところ。


 汚名返上すべく、自作矢を用いて一体、また一体と敵を射落としていった。小分けにして敵をおびき寄せるのだが、同時に優先的に狙われもしてしまう。慌てずに移動を繰り返し、敵が直列するように誘導していく。タイミングよく石丸が貫通型の雷撃魔法を使い、まとめて十数体に痛撃を浴びせる。後は一方的な展開になった。それなりに時間は掛かったものの、敵のレベル帯を考えれば、比較的楽に勝利することが出来た。



シュウト:

「……で、どうして温泉なわけですか?」

ジン:

「だから、レクリエーションだって」

シュウト:

「じゃあどうして温泉がレクリエーションなんですか?」

ジン:

「いいだろ、別に? ……おーい、ニキータ! シュウトが温泉じゃレクリエーションにならないってよ?」


 笑顔のこめかみに青筋がビキビキっと浮き上がる。喧嘩を売ってはいけない相手かどうかぐらい、自分にも分かる。


シュウト:

「…………スミマセン。僕が一方的に間違ってました」

ジン:

「だよな」うんうん


 自分からすれば、水着で混浴というあからさまに浅ましいプランに頭痛がするものの、喜んでいる人(主にニキータさん)がいるからいいか、と納得することにした(殺気も尋常じゃないし……)。


 男性陣が先に入り、女性陣の入場をどきどき・わくわくの心境にて待つことしばし、奇跡の混浴タイムが始まった。


 まず元気そうに入って来たのは、エメラルドグリーンのビキニを着たユフィリアだった。胸元はリボンがあしらわれ、デザイン的にも可愛らしいと言って良いと思う。全体的にほっそりしたシルエットなのだが、背中から足に続くラインが完璧な美しさを表現していた。胸は小振りだが形の良さが伺える(実際、このサイズを好む男性は意外と多いらしい)。伊達や酔狂で“半妖精”と呼ばれているわけではないようだ。


 続いてニキータが恥ずかしそうに胸元を隠しながら入って来ると、男性陣に戦慄が疾走(はし)った。


ジン:

(ま、まさか。……隠れ巨乳、だと!?)


 黒のビキニに収まっているような、いないような。その豊満なバストにどうしても目が釘付けになってしまう。戦闘コスチュームによる男装化が解かれ、素の美人おねいさんっぷりを隠すものが無いとこうなるらしい。流れる赤い髪、扇情的な黒の水着、高く持ち上がったヒップ、大きく盛り上がった胸、なによりも恥じらいという最高の調味料によって極上の仕上がりであった。


ジン:

「おーい、こっちこっち!」


 ジンがまるで平気そうな声で女性2人を呼び寄せる。僕は『ちょっと待ってくれ!』と叫びそうになるのを、なんとかこらえ切った。


 ニキータがどきどきしながらゆっくりと湯に浸かる。そして、ほぅ、と溜息をひとつ、


ニキータ:

「あぁ、しあわせ……」

 

 ……と言った。



 みんなで幸せだった。





マダム菜穂美:

「ニーキー! 来てくれてありがと~う。お元気?」

ニキータ:

「はい。お招き、ありがとうございます」

マダム菜穂美:

「あら! ギルドに入ったのね?」

ニキータ:

「ええ、色々ありまして。小さいところなんですけど」

マダム菜穂美

「……でも〈カトレヤ〉って、“あの”?」

ニキータ:

「ご存知なんですか? シブヤの小さなギルドですけど」

マダム菜穂美:

「そう……。では、葵お姉様にお伝えしてくださる? 菜穂美はまだ忘れておりません、と」

ニキータ:

「……わかり、ました」

マダム菜穂美:

「お願いね?……じゃあ、楽しんでいって?」



 ――温泉から帰還した翌日、二キータとユフィリアは再びアキバを訪れていた。目的はマダム菜穂美(ナオミ)が主催する飲み会に出席するためである。


 “マダム” 菜穂美(ナオミ)

 戦闘ギルド〈ホネスティ〉の名物召喚術師で、年齢的にはニキータとそれほど離れているわけでもないのだが、もともと女性としてはかなりの低音だったため、そのオネエ口調と合わせてゲーム時代から既に「マダム」と呼ばれていた。帰国子女という話で、英語を話す時は更に低音で話すという。酒焼けも少し入っている。


 数年前から菜穂美の主催する飲み会が、大手ギルドに在籍する女性達の横の繋がりのひとつとして機能するようになっていた。菜穂美本人は単に飲み会だと言っているが、開催を告知する念話で誰かが〈マダム's サロン〉と名付け、それが半ば正式名称である。

 毎月2回行われ、〈大災害〉直後の混乱で一度は中止になったものの、異世界になってもめげずに復活し、今回が(〈大災害〉後では)4度目の開催になる。


 男達の戦場を鮮やかに彩る華たちにとっては、今夜こそが「女達の主戦場(パーティナイト)」である。



 ……とはいえ、私にしてもこの様な場がそれほど得意という訳でもなかった。いつも普通にこなして終わればホッとする口である。要するに、恋バナなどのガールズトークをするための女性の集まりだった。当然、あること無いことが噂として話題にもなる。自分の立場を高めるため、他の子の悪い噂を流すことなどは日常茶飯事でもあったから、イヤだからといって来ないだけでは不利になっていくばかり。男性のやり口とは違い、周到で回りくどく、陰惨でもある。

 それでも娯楽が少ないこの世界では、ガス抜きのための必要悪なのだ。参加者個々人が上手に利用できるかどうかという問題だろう。


 〈大災害〉後は、誰がどんな顔をしているのか?といった格付けに関わる問題に始まり、そもそも周囲のログイン状況による人間関係の唐突にして大規模な変化とがあり、どうしても足場固めに時間が必要だった。今では牽制し合うだけの時間は終わり、現在のトレンドとして『異世界での恋愛』が早くもメインになっていた。


 つまり、最初にこちらで異性と付き合った子は英雄(ヒロイン)になったのだ。みんなが集まって来て話を聞きたがった。それを羨ましいと思う子も沢山いた。それまでに異性のパートナーが現実(リアル)でいたのではインパクトにはならない。あくまでもこちらで新しいパートナーと『そういう関係』になった子が話題の中心(ヒロイン)になった。話題が旬である内にと、さっそく後に続くものが現れる。2週間もあれば女の子が恋をするのには十分だった。

 そして次は「どんな人と付き合うか?」という事が話の中心になって来ている。……もう丸っきり現実と変わりがなかった。


 アキバという世界は狭い。誰も彼もが美形になっていることもあって、逆に『目立つ男性』を探すのは難しいことだった。大手のギルドマスター級で言えば、〈D.D.D〉のクラスティや〈西風の旅団〉のソウジロウ等に人気が集中している。〈円卓会議〉が結成されたことで、今やクラスティは王の立場にいる。厳密には王ではないのだが、女性だけの場所において『厳密な理解』などは野暮なものとして遠ざけられてしまう。本人は白皙の美青年でもあることだし、戦闘時とのギャップを畏れる子が居るのと同時に、そのギャップに強く惹かれる子も多かった。暴力がセックスを連想させるためだろう。


 一方で剣聖ソウジロウはアイドル的な人物でもあり、気軽に愛することの出来る対象だった。彼は誰かの独占物とは成りにくい。それが逆に『自分がカレ独占したらどうなるか?』といった妄想を加速させるのだった。恋に恋する女の子を無制限に引き付ける『灯り』なのだ。彼に近付くほどに本気になってしまう女の子も多かったが、親衛隊のような自治が形成されつつある。……それで状況が改善しているとは、誰も思っていなかったのではあるが。


 そしてもっと普通の立場でもいいから隠れた美少年を、と望む声があり、それらを発掘する話の流れで最初の方に名前が挙がる一人に、『銀剣のシュウト』が含まれていた。


うらら:

「聞いたよニキ姉~、汚いよぉ~」

ニキータ:

「どうして?」

うらら:

「シュウトくんと組んだんでしょ?」


 〈黒剣騎士団〉の体育会系女子うららは耳が早かった。面白そうな話題だと思ったのか、さっそく周囲の何人かが集まって来る。


ニキータ:

「もう、違うから」

うらら、

「でもシュウトくんと同じギルドでしょ?」

ニキータ:

「まぁ、それはそうだけど」


参加女子A:

「え? 姉さん〈シルバーソード〉に入るの?」

参加女子B:

「違うって、シュウトくんのチィムでしょ」

参加女子C:

「やっぱシュウト君に誘われてOKしたんじゃん」

参加女子A:

「スゴーイ」

ニキータ:

「ちょっと色々あってね。だけどそういうんじゃないよ」

参加女子C:

「じゃあ、まさかユフィリアがシュウト狙い?」

参加女子B:

「ギャー」

参加女子A:

「終わった~」


 久しぶりの甘いものを見付けて、マイペースにモグモグやっていたユフィリアに視線が集まる。


ユフィリア:

「ん?」


 実の所、この場において彼女は場違いなほどの脅威だった。


亜矢:

「ユフィリアって、シュウトのコトどう思ってるの?」


 〈第8商店街〉の亜矢がユフィリアに突っ掛かっていく。彼女はここの常連メンバーで、仕切っているつもりになっている処があった。自身も勝気な美人なのだが、どこか他者に勝とうとし過ぎるきらいがあり、コンプレックスが見え隠れしていた。どうにもユフィリアを意識しすぎている。

 他の女の子達も遠巻きに聞き耳を立てていた。シュウトの事もあるが、亜矢とのやり取りは喧嘩めいているので、楽しんでいるところがあった。


ユフィリア:

「どうって?」

亜矢:

「だから、どう思ってるかよ!」

ユフィリア:

「んー、べつに~ぃ。わたし、他に気になってる人がいるし」


 ユフィリアの『気になってる人』は私もこれまでに何人も聞いていた。しかし、告白させるだけさせて付き合ってはいない。彼女からアプローチすることはまず無く、男性が勝手に寄ってくるだけ。……こういう質問をされた時の方便なのかもしれない。


亜矢:

「そ、そう。じゃあその気になってる人ってのはどんなヤツよ?」

ユフィリア:

「えへへ~、超つよい人だよ?」


 頭が痛くなりつつあった。せめて余計なことは喋らないで欲しい。


亜矢:

「クラスティ? アイザック? まさか、ソウジロウなの?」

ユフィリア:

「ううん、もっと強いんだよ」


 更に頭が痛くなって来た。

 この世界での強さを表現するものは、主に幻想級アイテムの所持数によって決められている。従って、ほぼ何処かのギルドマスターとイコールで考えて良かった。ついでに大手のギルドマスターよりも強い人物は彼女達の世界観では存在していない。


亜矢:

「はぁ? あんた馬鹿じゃないの? 他所の街の男? まさか衛兵とか〈古来種〉だなんて言わないわよね? そんなヤツどこに居るのよ?」

ユフィリア:

「違うもん、ジ……むぅ」


 睨みつけ、口の前に人差し指を立ててNGのサインを出しておいた。でユフィリアは気が付き、とりあえず黙った。

 周囲の女の子達は、大抵ユフィリアが〈エルダー・テイル〉のことを良く分かっていないと思い、勝った気分になれば去っていった。そこしか(、、、、)勝てる部分が無いからだ。ひとつ勝てればさっさと勝ち逃げする。


 男性は胸の大きさや髪の長さ等で女性を判断しがちだが、女性の目から見るとユフィリアは完全に別格の存在だった。美的な観点において、完成度や到達点の次元が違う。それは混乱していた〈大災害〉から僅か1ヶ月、実際には2週間程で“半妖精”という二つ名で呼ばれるに至っていることからも分かる。目には見えない『何か』が違っている。このサロンに集まっている美人達の中でも、群を抜いた存在感を放っていた。



 ユフィリアが〈D.D.D〉のユミカを捕まえて話を始めていた。ユミカはユフィリアのお気に入りだ。

 彼女はモンスターが大好きで、その話をネタに男の子と話をすることから『モンスター娘』『モンスター博士』などと呼ばれていた。がんばり屋さんで、黒髪のボブカットが奥手で清純そうなタイプに見えて、どうして大胆なところもある。先日こちらの世界で付き合った彼氏と別れたばかりだと言っていた。たぶん彼氏が乱暴に扱ったのだろう。


 ユフィリアは天才的なまでに話題の中心になるのが上手かった。話を聞いてくれる人をいち早く見つけると、感情をたっぷりと込めて、その独特な話術で『自分がその時にどう思ったのか』を話していった。彼女が話すと、些細な冒険でも新鮮な感動がある。そして時々専門的なことを私にになんだっけ?と尋ねるのだ。例えば「この間戦った木のお化けってなんだっけ?」と尋ねてくると、私が「レイニー・トレントでしょ」と答える。……このやり取りが加わることで、彼女の話には上手い具合に客観性や信憑性が加えられている。演出として私が楽器を演奏を付け加えることもある。


ユミカ:

「それじゃあ、『雨の森』と戦って勝ったんですね! ユフィリアさん達って凄いです!」


 そうやって面白そうな話をしていく内に、彼女の周りには人が集まってくるのだった。しかし、それが許せない子はどうしても何人かは現れてしまう。


 ――そもそも、この手の女子会が馬鹿らしくて、逃げてしまう女の子だって少なくはない。ゲームをする女子の全てがそうだとは言わないが、ここに来ている大半が『にわかリア充』でもある。ある意味ではリベンジの場なのだ。この世界に来て『綺麗な姿』になれたのに、リアルでの上下関係を持ち込まれたら、気に入らないのは当然だろう。

 ニキータにしてもある程度まで気持ちは一緒だった。本当の勝ち組とは、本当に好きになれる相手と結ばれて一生を穏やかに生きていくことだと彼女は思っている。それなのに恋バナの話題作りのためにどうでもいい相手ととりあえず付き合うのは違うと感じていた。


 女性は弱い部分のある生き物で、自分の人生を豊かにするかどうかをパートナーとなる男性に委ねてしまい易い。彼氏がいなければ、毎日は平凡で退屈な日常の繰り返しになると知っている。旅行に行ったり、高い服やカバンを身に付けたり、頻繁に髪型を変えたりするのは、その行為の大半が『自分が話題の中心になりたいから』である。男性のパートナーがいなければ話題を失ってしまうのだ。女性同士の会話でどうしても低く見られてしまう。可哀想だと思われてしまう。自分でも卑屈になってしまう。だから、彼氏と付き合う必要がある。恋は幸せの必要条件なのだった。


花乃音:

「じゃあ、丸王と付き合うの?」

亜矢:

「冗談じゃない。体目当ての男なんてゴメンだわ!」


 亜矢が〈ロデリック商会〉の花乃音(カノン)に向かって、丸王に情熱的に口説かれたことを迷惑そうに話すのを聞いていた。あれは自慢しているのだろう。自分では付き合いたくはないが、口説かれるのは嬉しかった、自分は男に認められている、といった所だろう。そして近くにいたユミカに向かって「付き合ってみたら? 貴方なら合うかもしれないわよ?」などと無責任なことを言っていた。これを真に受けたら「冗談だった、真に受ける方が悪いのよ」と言うのに決まっていた。


  丸王(マルオウ)とはここでしばしば話題になる猿顔の美形〈暗殺者〉(アサシン)で、小さなギルドのマスターをやっていた。昔の言い方で『肉食系男子』のタイプで、〈エルダー・テイル〉(このゲーム)をナンパの場所か何かと勘違いしていた。実際には〈大災害〉の後で上限レベルの強さに勘違いした小心者である。


 私達も〈大災害〉の後で一度だけ、一緒に冒険に出たことがあった。ユフィリアを口説くのに熱心で、あまりにしつこいため、途中で帰還(リタイア)していた。


 ユフィリアの方を見ると、先の温泉の話をしていた。天然の露天風呂だったとか、景色がとても綺麗だったとか、外で肌寒いとか、お湯が熱くて気持ちよかったとか、水着で男子と混浴したとか、男子が私の胸ばっかり見てて不潔だったとかの話だ。聞いていた何人かの女子が「いいな~」と声を上げた。……いろいろと言いたい事もあるが、あのレクリエーションは悪くなかった。



 ――ニキータはユフィリアとペアバディを組んでいる。これは基本的なスタイルの一つだろう。女子の3人組は1人が会話からあぶれてしまう。

 ニキータが戦闘服で男装を意図しているのも、元々はただの趣味だったが、今では別の意味が与えられていた。ユフィリアを守るためであり、自分を守るためだった。これをケイトリンに言わせると、ユフィリアが誰かと付き合わないのは、ニキータよりも『上の男』がいないからだ、ということになる。

 ケイトリンは少しニキータに()があるらしく、ニキータ達の利益になる発言をするところがあった。それを感謝していると伝えると、少し調子に乗って迫ってきたので、ニキータは距離をおくようにしていた。


 ユフィリアがユミカに向かって「今度シュウトを紹介してあげるよ!」と請け負っていた。確かユミカはシュウトが気になっていると言っていたっけ?と思いながら、ニキータは苦笑いする。


 パーティの夜は()けて行く。彼女達の熱狂はアキバの夜を彩る華やかな光を放ち続けていた。

 

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