127 トリコロール! / 頂上決戦
ジン:
「なぁ、ホントこの道であってんの?」
アクア:
「合ってるわよ。そんなに不安ならヴィルヘルム達と一緒に行けば良かったじゃないの」
城門付近で〈スイス衛兵隊〉が来るのを待っていた人々(いわゆる賭に勝った人)から離れて、街中を目指して移動。門のような小さなアーチみたいなものをくぐると、左右の壁が高い『切り通し』みたいな場所を歩くことになった。人の気配がなく、寂しいところだ。
シュウト:
「でも、アクアさんは把握してるんですよね?」
アクア:
「……この街は特別に大きいのよ」
ジン:
「えっ?」
シュウト:
「えっ?」
アクア:
「うるさいわね。貴方のミニマップで把握すればいいでしょ」
ジン:
「実際、大雑把な方向は追跡してっけど、『何処の角を曲がる』とかまで分かるものじゃないんだが」
シュウト:
「頭の中でマップが表示される訳じゃないんですよね?」
ジン:
「解像度みたいなのを上げれば、そこそこ分かるようにはなるんだが、それやると疲れるしなー」
歩きながらだが、現在休憩中の人に疲れることをやってくれと言う訳にも行かない。それにしても人通りがない。左右の壁は低くなり、家の壁に変わって来ていたが、道なりにまっすぐ歩くのは変わらなかった。代わり映えがなさ過ぎて、完全に飽きて来たころ、ようやく街の様子が変わって来た。
アクア:
「ここは真っ直ぐで良いはずよ」
ガラガラだけど、かなり太い道を進む。道路の左右には樹木が植えられ、並木通り的な様子になっていた。この世界の樹木はアチコチに勝手に生えているものなので、こうした並木道は『人の手が入っている』ことを示している。つまり『そういう設定』だったのだろう。
シュウト:
「広いですね。右側とかって公園なんでしょうか?」
ジン:
「やばい、飽きてきた……」
アクア:
「もう少しだから我慢なさい」
ジン:
「てゆーか、これ、ホントに一人じゃたどり着けなかった気が」
シュウト:
「ははは。広いですもんね」
ひたすら真っ直ぐ進むと、同じぐらい太い道路で丁字のようになっている。このぐらいから人が段々と増えてきた。右方向に曲がりつつ、馬車などが来ないタイミングで道路を横断。
ジン:
「今、どのへーん? 後、どのくらーい?」
アクア:
「走りたいわけね?」
ジン:
「まっ、さっ、かっ」
アクア:
「フン。そろそろオノボリさんが喜びそうな場所に出るわよ」
シュウト:
「アレって、有名な?」
ジン:
「ん?」
左手にはパリにありそうな凱旋門っぽいものの小さなバージョンがあり、右手にはたぶん円形闘技場らしきものがあった。
ジン:
「……このちっちゃい凱旋門って何?」
アクア:
「本当に何も知らないのね。コンスタンティヌスの凱旋門じゃない。パリのエトワール凱旋門のモデルになったと言われてるものよ」
ジン:
「こいつがオリジナルなわけか」
シュウト:
「こっちのって、コロッセオですよね?」
アクア:
「そうね。ゲームのイベントに使うために修復されているわ」
シュウト:
「なんか、イメージだともっとこう、でっかいイメージだったんですけど」
アクア:
「作られた当時の年代や技術からすれば、十分でしょ」
コロッセオと凱旋門の間を抜けて、左へ。道の両側が赤茶色をした壁なっていて、アーチがあしらわれた城壁みたいな場所を真っ直ぐに歩いていく。遠くの方に白い建物が見えた。左側のガランとしている場所を「フォノ・ロマーノよ」と教わったが、実際のところ、それが何かよく分からなかった。
ジン:
「おっ、なんぞ凝った建物が増えて来たな」
アクア:
「もうすぐヴェネチア広場。目的地はもうすぐよ」
遠くから見えていた白い建物は、いくつもの石像であしらわれた宮殿のような建物だった。
シュウト:
「この中にレオンがいるんですか?」
アクア:
「いいえ、もう少し先ね」
ジン:
「この白くてデカいのはなんて名前?」
アクア:
「さぁ? ローマ人の名前はみんな似たり寄ったりだから覚えていないわ」
ジン:
「あっ、そう……」
ヴェネチア広場というやたら広い広場に近づかないような形で、白い宮殿に張り付くみたいにぐるっとカーブ。その先に階段が見えた。
アクア:
「あの右の階段よ」
角度がきつめの階段の奥に、もう少し緩やかな角度の階段があった。その先に見えているのが、レオンの待つセナトリオ宮(ローマ市庁舎)らしい。階段の下には大勢の〈冒険者〉がいたが、特に騒がれることもない。僕らが何者か分からないためだろう。
ジン:
「ほ。」
階段を登っていくと、広場の中央には騎馬の像が、床には曲線で作られた紋様が描かれていた。何か花のような図形というのだろうか。
数人の〈冒険者〉がこちらを見て何か話しているが、無視した。
アクア:
「この騎馬像は、コンスタンティヌス帝と勘違いされたおかげで生き残ったもの、のレプリカを、データ上で再現したものね」
ジン:
「ややこしいな」
シュウト:
「コンスタンティヌスって、さっきの凱旋門もですよね?」
アクア:
「そう。それまで迫害してきたキリスト教をコンスタンティヌス帝が認め、共存する道を選んだの。ローマは良くも悪くもキリスト教の影響下におかれることになったわ」
ジン:
「いわゆる暗黒時代の始まりだな」
シュウト:
「……そうなんですか?」
ジン:
「ルネッサンスぐらい知ってるだろ? 古代ローマの文明はチート級だ。同じ紀元前を日本で考えたら、邪馬台国よりも前の弥生時代とかだ。比較にも勝負にもならない。
そのチート級の文明が失われるわけだよ。ゲルマン民族、いわゆる『蛮族の侵入』が原因とされるが、だいたいキリスト教を国教と認めなければならなくなった辺りからおかしくなっていく。
当時のキリスト教は狭量で野蛮だったから『蛮族が原因』なのは正しいとも言えるけどな。自分達の考えと違うものは何でも破壊しようとして、実際に破壊したんだ。政治権力と結びつき、気に入らない相手は背教者にしたてて排除した。古代ローマの文化・文明はこうして断絶し、ルネッサンスまで途切れることになった」
――暗黒時代とは中世ヨーロッパを形容する時に使われる。
395年にローマ帝国は東西に2分された。東のビザンティン帝国が約1000年存続したのに対し、西ローマ帝国はゲルマン人の傭兵オケアドルによって476年に滅亡する。ローマも再三略奪が繰り返され、古代ローマ文化は没落した。……こうした蛮族の侵略や、教会、領主などの圧迫によって文化の発達がさまたげられた中世期を『暗黒時代』と呼ぶ。
14~16世紀のルネサンスにイスラムから影響を受けることになるのだが、これはコンスタンティノープルに残された古代ローマの文化を逆輸入する形でもあった。(コンスタンティノープルはコンスタンティヌス帝がローマの首都にしている。ビザンティウム→コンスタンティノープル→イスタンブル)
またルネサンス運動は16世紀にアルプスを越え、フランス、ドイツ、ネーデルランド、イギリスへと広まり、独自のルネサンス文化を生むことになった。結果的に聖書研究を通じて信仰の内容を問いかけ、宗教改革へと繋がっていくことになる。こうして中世ヨーロッパは次の時代(近世)へと移行することになる。
(なお、現在はルネサンスを過大評価する側面が見直され、中世ヨーロッパ独自の文化発展を無視しているとされる)
ジン:
「ロスした時間は膨大で、失われた知識がどのくらいなのかは誰にも分からない。まさに暗黒時代だな。可能なら、もっと早い段階でキリスト教徒を殲滅してしまうべきだったろう」
アクア:
「でも、それは出来なかった。……歴史にifはないわ。変えられるのは、今から先の未来だけよ」
ジン:
「……だな」
シュウト:
「ですね」
数歩先に進んだアクアが、振り返り、手を差し伸べる。
アクア:
「行きましょう。この先の運命を、変えに」
ジン:
「ふーっ。俺にゃ、神は殺せそうにないが、それでもまぁ、運命と戦うぐらいはしてみようかね」
◆
巨大な両手剣が、途轍もない速度、途轍もない威力で繰り出される。全力で防御するものの、たまらず吹き飛ばされてしまった。
ヴィルヘルム:
「グアッ!」
自分が殴られた隙に、背後から仲間が〈アサシネイト〉を叩き込む。だが、命中したにも関わらす、ダメージは殆ど通らなかった。それを見ていたギャンが思わす絶望の声を漏らす。
ギャン:
「硬すぎる!」
仲間の〈暗殺者〉が、続けてギャンも吹き飛ばされて壁に激突した。
多重魔法障壁。〈冒険者〉の攻撃特技の大半を無力化してしまうほど強力な防御機構。それは〈動力甲冑〉だけがもつ持つ特別な力だった。
レオン:
「……ややあっけないが、こんなものかな?」
戦闘直後だというのに、涼しげな声で男は勝利を確認していた。
セナトリオ宮の中には護衛は居なかった。レオン1人きり。そのまま戦闘に突入したものの、無惨に蹴散らされた。〈冒険者〉を遙かに越える膂力、圧倒的な防御力。19人もの仲間達が、手も足も出なかった。
ヴィルヘルム:
(どちらが強い……!?)
ジンとレオン、どちらが強いのか判断が付かない。しかし、自分はアクアに、そしてジンに賭けたのだ。勝利を疑うことなど許されない。
レオン:
「ヴィルヘルム、偉大なるリーダーよ。貴方の負けだ」
ヴィルヘルム:
「フッ、確かに俺では貴様には勝てない。だが、まだ我々が負けた訳ではないぞ」
レオン:
「無駄だ。どう足掻こうと結果は変わらない」
ヴィルヘルム:
「無駄?……それはどうかな?」ニヤリ
涼しげな顔と無関係なように大剣を持つ腕が上がっていく。
剣に狂気が滲むのが不思議と見える気がした。レオン本人は、どちらかといえば焦って見える。体が自分の言うことを利かないような態度に、どこか納得してもいた。静かに、剣が振り下ろされるのを待つ。たとえここで殺されても平気だ。最後まで見届けたかったが、死んでいった仲間達のことを考えれば、それも贅沢というものだろう。
アクア:
「待ちなさい! そこまでよ」
レオンの腕が止まった。
やってきた3人の姿を見て、安堵の気持ちを覚えていた。
◆
アクア:
「あらあら、レオンと戦って負けたみたいね」
セナトリオ宮に入った途端にそう呟くアクアだった。戦闘状況が聞こえているのだろう。
ジン:
「ふーん。数で押してくるつもりはないようだな」
まもなく戦場に到達。20人近い〈スイス衛兵隊〉の人たちは倒されてしまっているらしい。レオンらしき赤い鎧を着た戦士が、両手剣を振り上げているのを見て、アクアが軽く声を放った。
アクア:
「待ちなさい! そこまでよ」
膨れ上がった殺意が、しぼんでいくのが分かる。殺されようとしていたのはヴィルヘルムのようだ。危ないタイミングでどうやら間に合ったらしい。
レオン:
「レベル93……?」
めざとく僕のレベルに気が付いたレオンがつぶやく。正直、またかと思った。
レオン:
「一体、どういうつもりだ?」
アクア:
「援軍を連れて来たのよ。貴方に勝てる最強の〈守護戦士〉を、日本からね」
レオン:
「なるほど、そういうことか。……〈ノウアスフィアの開墾〉は既に始まっていたのだな」
何がおかしかったのか、笑い出すレオン。
ずい、と前に出るジン。
ジン:
「ふーん。なんだかんだしぶといのな?」
生き残った〈スイス衛兵隊〉の隊員たちが、ギクッとして顔やら視線やらを逸らす。死んだフリをしているのがバレたからだろう。
レオン:
「貴様が最強の男?」
ジン:
「そうなるな。とっとと始めないか?」
レオン:
「ほう。焦る理由が何かあるのかな」
ジン:
「いや、別にねーんだけど。俺、苦手なんだよねぇ。前口上とか、そういうの?」
ズラリ、とブロードバスタードソードを引き抜いた。油断なく構えつつヴィルヘルムから離れ、位置を変えていくレオン。
これは見逃したくないと考えて、破眼を発動させた。両者の気や魔力が高まって行く。先に動いたのはジンで、いつものように無造作に近づいていった。高まる緊張感が一瞬で弾けた。
刹那、ぶつかり合う2人。
ジン:
「うん。……まぁ、こんなもんかな」
つまらなさそうに吐き捨てるジン。傾き、そのまま崩れ落ちるレオン。
シュウト:
(終わっ、た……?)
あまりにもあっさりとした決着に、実感がわかない。これで最強の〈守護戦士〉を決める戦いが、もう終わってしまったらしい。
ジン:
「終わり終わり、んじゃ、帰ーるべ」
ヴィルヘルム:
「まだだ」
アクア:
「まだよ」
シュウト:
「えっ?」
ジン:
「……んー?」
魔法の光に包まれたレオンの体が自動的に蘇生していく。体力までもが全回復していく。
シュウト:
「もう一回、倒せなければならないんですね?」
ヴィルヘルム:
「いや、残り11回のはずだ」
ジン:
「その設定って、あのゲームの『十二の試練』みたいだな」
アクア:
「それが元ネタでしょうね」
シュウト:
「11回って、そんなのどうやって……?」
自動的に復活させる魔法のアイテムは存在するが、使い切りであることが大前提だ。それ専用の装備で組んだとしても、1~2回復活するのが限度だろうし、体力の全回復だなんてあまりにも強力過ぎる。
アクア:
「白の聖女よ。彼女が作ったんでしょうね」
ジン:
「は? 作った?」
再び襲ってきたレオンの刃を避け、反撃を叩き込む。しかし、ジンの攻撃によるダメージはほぼ無かった。展開された複数の障壁によって阻まれている。
シュウト:
「た、多重魔法障壁! ……あれって!?」
アクア:
「そう。レオンのヘビープレートメイル『赤き皇帝』は、衛兵の〈動力甲冑〉を改装したものよ」
ジン:
「それも『作った』ってか? トンだ聖女様だ、なァッ!!」
〈竜破斬〉は非属性性攻撃。防御も同じく非属性で行わなければならない。通常の物理障壁・魔法障壁で防ぐことはできないのだ。実質的な絶対攻撃であり、HP量で耐える以外にない。最初からジンはここまで考えて自分の能力を構築している。本人からすれば『当然ね』と言うだろう。
また死んだレオンは、すぐさま魔法の光に包まれて復活を始めた。
ジン:
「えーっ、あと10回もやんの?」
面倒そうにしつつも、3回目、4回目、5回目までも同様に倒してしまった。
レオン:
「フフフフ、フハハハハハ!」
ジン:
「……気ぃ、狂ったか?」
レオン:
「ああ、楽しいぞ。ようやく現実になったのだからな!」
ジン:
「現実だぁ? なんのこっちゃ」
大きく振りかぶったレオンが飛んだ。大振りの攻撃が当たるハズもなく、カウンターを入れるべく動いたジン。
ジン:
「!」
唐突にしゃがんでの回避。頭上を通過する大剣。『背後の』レオンに素早く反撃していた。通常攻撃なので『空中の相手』を少し飛ばしたが、それだけだった。
レオンはジンの背後に『唐突に現れた』ように見えた。
ヴィルヘルム:
「なっ?!」
シュウト:
「今のは……」
アクア:
「テレポート攻撃!」
衛兵機構の持つ特殊技『瞬間転移』を攻撃に応用したものだった。振りかぶり、大剣を振っている途中で転移。場所・向きを変えて転移先に現れ、そのまま恐ろしい速度で振り抜いてくる。
レオン:
「正解だ。……これで少しは楽しめるだろう?」
ジン:
「そうだといいがね」
ミニマップや魔力探知などの複合探知により、テレポートの先読みができるらしいジンは、初見から回避に成功していた。しかし、〈竜破斬〉をテレポートで回避される可能性から、攻撃が後手に回る。躱されてしまうと、再ブーストまで2秒強の時間が掛かるので慎重になるのだろう。
嵐のようなテレポート攻撃を10度に渡り、回避に徹することで凌ぐ。そして再度のテレポート攻撃にカウンターを合わせて6回目の打倒。段々とこの攻撃に慣れて行き、早いタイミングで倒せるようになっていった。驚異的な成長速度。ジンだから簡単そうにやってしまっているだけで、テレポート攻撃を一度でも回避するのは至難を越えた難易度だろう。
レオン:
「バカな、バカな……」
ジン:
「まぁ、少しは楽しめたかな。……おい、残り何回だ?」
シュウト:
「10回目なので、復活できるのが2回で、あと3回倒せば終わりです」
ジン:
「だってさ、どうする?」
歯を噛みしめたレオンは、作戦を変えて来た。
レオン:
「俺をここで倒せばどうなるか、貴様に分かっているのか?」
レオンは一転して、交渉を始めた。
タイマン戦闘では圧倒的な無敵を誇るジンだったが、それ以外は本人が言うには『普通の能力』しかないという。それでも僕とでは比較にならないのだが、相手は天才と噂のレオンである。どう展開するのか、少しばかり不安になったのが正直なところだった。
ジン:
「いや、さっぱりだね。どうなるのか教えてくれるかい?」
レオン:
「西欧サーバーだけではない。周辺サーバーも巻き込んだ大きな災厄になるだろう」
ジン:
「へぇ~、大きく出たじゃないか。後学のためになりそうだ。是非、聞かせてくれ」
レオン:
「結論を急ごう。まず我々は、深刻な食糧難に見舞われることになる」
シュウト:
「そう、なんですか?」
アクア:
「…………」
アクアは黙ったままだった。肯定も、否定もしない。
レオン:
「これまで魔物の活動によって〈大地人〉はその数を増やせずに来た。ゲームであった時ならば、その数は一定に保たれていたのだろうが、今回の『異世界大移動』によってゲームが現実化してしまっている。〈大地人〉の数を保証する仕組みは失われてしまった」
ジン:
「そこまでは分かっている」
レオン:
「ならば、次だ。食料難の直接的な原因は我々だ。我々〈冒険者〉は『異世界難民』なのだ」
シュウト:
「異世界難民……」
ジン:
「確かに難民かもな。んで、食糧難はどうして起こる?」
レオン:
「待て、まず日本はどうなっている? 料理人のサブ職を持つものが、手作りで料理をしているのか?」
シュウト:
「新しい料理法なら、日本でも発見されています」
レオン:
「それは〈大地人〉にも広がっているのではないか?」
シュウト:
「ええ、それが何か?」
アクア:
「そうか。そういうことね」
ジン:
「……ああ、盲点だった」
レオン:
「同じ人数の維持に掛かる食料は、たぶん3倍近くに膨れ上がっているはずだ。その原因は、〈冒険者〉が毎食、食事を取るようになったこととと……」
アクア:
「手料理式ではメニュー作成よりも、更に多くの食材を使用すること。腐るようになったことで保存が利かなくなったのに加えて、さらにゴミが出るのも問題になってくる……」
レオン:
「その通りだ。料理店などではメニューに合わせて材料を用意するが、機会損失を避けるため、余分に食材を用意する。当然、売れ残った料理や食材は捨ててしまう」
ヴィルヘルム:
「動植物など、リポップするものを食材に利用すれば、状況は緩和できる。しかし、逆にリポップまでの時間が設定されていることで、時間辺りに採取可能な全数も限定されるだろう」
レオン:
「さすが話が早い。……この世界のリソースを使えば、本来、深刻な食糧難は十分に回避できるはずだ。しかし、〈冒険者〉は自分の生活圏から出て行くことを恐れている」
アクア:
「モンスターによる閾値が〈冒険者〉の行動までも制限しているわけね」
レオン:
「すると、どうなる?」
ジン:
「普通に考えれば、貧乏人がツケを払わされるだろうな、つまり〈大地人〉の底辺から飢え始めることになるだろう」
シュウト:
「だったら、〈冒険者〉が農業などを始めればいいのでは?」
レオン:
「それもひとつの正解だろう。農業でも漁業でもいい。そうすれば我々は食料難を回避できるかもしれない。……だが、どうやって? 君は農業をやってくれるのかな?」
シュウト:
「えっ? ……たぶん、やりませんね」
アクア:
「それぞれの国のプレイヤータウンが、一つの都市国家になり、その周辺の範囲で『最小限の活動』を行う。……それだけでは足りなくなるのね?」
レオン:
「そうだ。今はまだいい。だが、今年の収穫で次の収穫時期まで持つと思うか? 5月からここまではどうにかなったが、これから先はもっと厳しくなるだろう。しかも、農業をやれと各地の都市国家に強制することは出来ない。放置すれば早晩、悪影響は出始める。〈大地人〉との争いになるかもしれないし、〈大地人〉を使っての戦争になるかもしれない」
ジン:
「んで? お前がやろうとした解決策は?」
レオン:
「都市国家に戦争を仕掛け、征服する」
シュウト:
「そんなっ!?」
レオン:
「不思議かな? しかし、これがもっと効率の良い方法だ」
アクア:
「戦争のような巨大消費が、効率がいいですって?」
レオン:
「巨大消費だろうと、関係ない。〈冒険者〉は死なないのだから、誰も殺さずに済む。自分の殻に閉じこもった連中を叩き起こすにはこれしかない。これは白の聖女にはできない。させられない。ゆえに、私がやらなければならない」
広げた手のひらを、強く握りしめるレオン。その態度にジンがため息を漏らした。
ジン:
「一見すると残念なアイデアだが、一理あるのは分かった」
ヴィルヘルム:
「そうだな……」
シュウト:
「ちょっと、ジンさん!? ヴィルヘルムさんも何を言ってるんですか!」
ジン:
「植民地化するんだろ? 食料を巻き上げて、都合のいい労働力を確保する。う~ん、ブラックブラック」
ヴィルヘルム:
「奴隷だな。そうやって〈冒険者〉を効率の良い労働力に変えるわけだ」
レオン:
「フッ。全体への奉仕者さ。奴隷とは人聞きが悪い」
シュウト:
「戦争を仕掛けて、他のプレイヤーを奴隷にするって言うんですか?」
レオン:
「そうだ。この問題の本質は〈大地人〉を下に見て、自分たちの労働力にすればいいという認識にある。だが、〈大地人〉は我々の奴隷ではないし、そうするべきでもない」
相手の言っていることの正しさに気が付いてしまう。働こうとしない大勢のプレイヤー達。その原因が〈大地人〉を見下す意識にある可能性を、自分の中で否定できなかった。
シュウト:
「でも、だからってそんなことが許されるはずが……。〈大地人〉を奴隷にできないなら、〈冒険者〉を奴隷にすればいいってことでしょう?」
レオン:
「日本人は黙ってて貰おう。これは、西欧人の問題だ」
ジン:
「それもそうだな。……じゃあ話は終わりだな。さっさと続きをやろうぜ」
シュウト:
「はぁ!?」
アクア:
「プッ、くふふふふ」
ヴィルヘルム:
「やれやれ……」
唐突に対話の時間を終わらせようとするジンに仰天してしまう。
レオン:
「この話を聞いて、まだ私を倒そうというのか?」
ジン:
「それとこれは別の話だからなぁ」
レオン:
「私を倒した後はどうなる? セブンヒルに集まった5万人を超えるプレイヤー達をどうやって食べていかせるつもりだ!」
ジン:
「ハァ? 日本人だから黙っててやるんだろーが。テメーの都合なんぞ知ったことか!……偉そうにしてんじゃねぇぞ。命乞いしたきゃ、土下座しやがれ。お前、負けを認めんのか、どうすんだ?」
断固たる殺意。交渉不能であることを明確に示していた。最早、融通が利かないのは一目瞭然だった。
レオン:
「ハッタリだ。 貴様に私を殺すことなど……」
ジン:
「……あーあー、つまんねーよなー」
レオン:
「なんだと?」
ジン:
「別にこの戦いで勝ったからって、お前の正しさを否定できる訳ないだろ。考え抜いたお前の意見に対して、思い付きで反論する意味があるのか?
第一、この戦いはあくまでも『どっちが強いか』ってのを決めるためのモンだったのに」
レオン:
「だが結局、私が負ければ……」
ジン:
「それだよ、それ。お前は戦士をやめて政治屋になっちまってる。……最強を決めるどころか、衛兵の鎧なんか着て街中に引きこもって『俺は無敵だ』なんてふんぞり返って。もう情けないったら……。自分の技をどうして信じなかった?」
レオンは、ジンを失望させていた。本当に傷ついたのは、むしろジンの側だったかもしれない。強くなりすぎた戦士の、孤独。……僕はまるで分かっていなかった。強くなって、浮かれて良い気分で。そんなのはとっくに終わっているのだ。ただ、もう、早く現実世界に帰りたいだけの……。
シュウト:
(僕が。僕がもっと、もっと強く)
気が狂いそうだった。内なるケモノが可愛く思えるほどに。この時、ようやく『強くなりたい』という願望を捨てた。あやふやな可能性も、言い訳も要らない。『強くなる』のは前提で、後はどれだけ早く、どれだけ強くなれるかが問題なだけ。
パン。
乾いた安っぽい音がして、ジンがゆっくりと背中から倒れていった。〈フローティング・スタンス〉の能力で、空気のクッションにふんわりと包まれてから、軽く地面に落ちる。
シュウト:
「…………銃?」
日本では見ることのできないその武器に、思考が停止した。現実世界の武器だからかもしれない。
倒れたジンに近づき、弾丸が無くなるまで撃ち続けるレオン。
レオン:
「フ、フフフフ。勝った……!」
顔の右半分だけが歪んだような笑い。どこか狂気めいた笑いと憔悴した表情に何も言えずに立ちすくんでしまう。ヴィルヘルムもアクアも、無言だった。
レオン:
「ひひひ。ヒャハハハ!」
狂ったような笑い声が、宮殿内に響き渡る。
ジン:
「……それが最後の切り札ってか?」
何事も無かったかのように、ムクリと体を起こすジン。額に受けた傷から血が一筋。でもそれだけだった。
レオン:
「な、なぜだ!?」
ジン:
「(ため息)そんなん対策してないとか思ってんのかよ? せめてバズーカとか、ミサイルとかをもってこいっつーの」
〈竜血の加護〉だろう。HPゲージに意識を飛ばすと、ジンはほとんどダメージを受けていなかった。身を起こすと、狼狽えるレオンに有無を言わさずに〈竜破斬〉を打ち込む。
復活可能数が減って、残り1回。2回倒せば完全な勝利。
ジン:
「お出ましか」
11回目の復活直後から、レオンにまとわりつく影のようなものが現れていた。それは右半身を覆い、本人の意識を乗っ取ろうとして見えた。
アクア:
「あれが、『悪意』……?」
ヴィルヘルム:
「全員、起きあがれ、待避しろ!」
レオンが片腕でメチャクチャに振り回す大剣は宮殿を内側から破壊しようとしていた。ジンは問題なく躱し続け、〈スイス衛兵隊〉の生き残りの脱出時間を作ろうとしていた。壁にめり込んだり、手足が無かったりするので時間が掛かっている。
ジン:
「……なぁ、倒しちまっていいか?」
アクア:
「なんとか悪意だけを倒せないの?」
ジン:
「しらねーよ、やったことないから分からん」
アクアと話している間にレオンが消えた。手に持っていた大剣が床にガランガランと音を立てて転がり落ちた。こちらも衛兵の大剣を改装して作ったらしい。見事な代物だった。
シュウト:
「テレポート、ですよね?」
ジン:
「あっ。逃がした?」
アクア:
「どうかしら……」
その答えは直ぐに出た。再テレポートで現れたレオンは、どこから持ってきたのか、石で出来た柱のようなものを振り下ろして来たからだ。人の胴回りほどの太さがありつつ、長さも5メートルを超えている。
シュウト:
「うわっ!」
アクア:
「ちょっと!」
ジン:
「……危ねーから下がってろ」
振り回すたびに建物を破壊し、柱自体が短くなっていく。壊れた柱の欠片が当たっても、そこそこダメージになりそうな気がする。装備可能レベルなんてもう関係なくなったらしい。
ジンがくたびれたみたいに、ダランと剣をおろす。ここぞとばかりに振りかぶるレオン。
シュウト:
(武蔵の剣!)
振り下ろされる柱と位置を交換するみたいに交差。〈竜破斬〉の青い輝きが、右半身の黒い影を切り裂いていた。柱を落とし、その場に崩れ落ちるレオン。
アクア:
「……どう?」
ジン:
「わからん。一緒に殺しちまった」
大丈夫だと思いたかったが、ともかくレオンの全身は光り始め、最後の復活を遂げつつあった。その顔は解放されたのか、すこやかに見えた。
アクア:
「レオン?」
レオン:
「ああ。……これで、最後か」
ジン:
「だっけな」
レオン:
「本当は、お前のことを知っていたよ」
そういうと、鎧の下から何かの道具を取り外し、捨てた。近くに滑って来たので手にしてみる。それは小さな時計を元にしたアイテムだった。文字盤の数字の代わりに宝玉らしきものが組み込まれている。どうやらレオンの復活に関係していたアイテムらしい。すべての宝玉は既に力を失っていた。案外、簡単な仕組みで作られているもののようだ。
レオン:
「だから、怖くて仕方がなかった。俺の力は偽物だと分かっていたからだろうな。『本物』がいつか現れて、偽物の俺を殺しにくるかもしれない。今日、それが現実になったわけだが……」
再び、大剣を拾い上げる。それをジンも見守っていた。
アクア:
「さっきの悪意はどこで? 何か心当たりはないの?」
レオン:
「さぁ、な。こっちの世界に来てから、一度だけ死んだことがある。その時かもしれん。……その復活アイテムも、私が死んだと聞いた聖女がわざわざ作ったものだ」
ヴィルヘルム:
「死んだ時に、悪意に取り憑かれた?」
レオン:
「たぶんだがな。その時ぐらいからか、『本物』が来るのを恐れた私は、外側に力を求めるようになった。今なら分かる。完全に押さえ込んでいたと思っていたが、ホンの少しだが影響を受けていたようだ……」
そうして、大剣を構えたレオンの姿に、改めて驚異を感じていた。
地に足の付いた姿、滲み出る意思力。
シュウト:
「強い……っ!」
トータルの戦力では、悪意に取り憑かれていた先ほどまでの方が上かもしれない。それでも、僕には今の、素のレオンの方が怖かった。
レオン:
「済まない。遅くなった」
ジン:
「……いいさ」
純化された闘志が、ぶつかり合って高まりあう。
レオン:
「『赤き暴風』レオン、参る!」
ジン:
「『神殺し』のジン。受けて立とう」
頂点を決める戦いが始まった。先程までの大振りなテレポート攻撃は鳴りを潜めている。繊細、且つ、大胆な発想力。堅実でいてアグレッシブな戦術でジンと渡り合うレオン。極端に短いテレポートを駆使し始め、間合いに入り込んだり、攻撃を躱すのに使って来ていた。
多重魔法障壁を持つ鎧『赤き皇帝』のため、ジンはどこかで〈竜破斬〉を当てるしかなく、レオンは最優先でそれを封じようとしてくる。
更に、そのパワーが凄まじい。先程の柱での攻撃は『悪意』だけのものではなかったようだ。レオンのオーバーライド能力は、パワーに特化されているようだ。腕力のみならず、脚力までもが異常だった。斬りかかったジンの側が、簡単に弾かれてよろめくほどの膂力。1拍子でこそないものの、驚異的な飛び込み速度を実現する脚力。ここにテレポートが加わり、戦術を構築する冷徹な頭脳が足されて統合されていた。実力が分厚い。
ジンの喜びが分かる。人の身で、ここまれやれる者がいたとは。まるでドラゴンと良い戦いをしている時のような雰囲気になってきた。
レオン:
「もっとだ。もっと先を見せてくれ!」
ジン:
「いいだろう」
フェイスガードを下ろし、オーバーライドを発動。レオンが全身の力をこめた斬撃を、片手剣でいとも容易く弾き返して、体ごと吹き飛ばす。
レオン:
「おお! おおっ!」
状況は再度逆転し、またもやレオンを寄せ付けなくなっていた。果敢に挑み続けるレオン。喜色を浮かべ、戦いにのめり込むと意思力が更に上がっていく。
超戦士同士の戦いはクライマックスへと向かう。
ジンが盾を捨て、ブロードバスタードソードを両手で持ち、上段に構える戦法に出た。
レオン:
「勝負!」
ジン:
「…………」
レオンのサブ職は〈狂戦士〉なのだろう。狂化して攻撃力を最大に高めると、最後の攻撃に打って出た。左に飛んだと思うと、右から現れ、ジンに向かって突撃。そのまま再テレポート。数度のテレポートを繰り返し、フィニッシュ・タイミングを探る。
瞬間、ジンの振り向きが遅れた。あるいは、それも誘いだったのかもしれない。
レオン:
「〈オンスロート〉!!!」
〈狂戦士〉の繰り出す最大の技を、特に『バーサーカー・オンスロート』と呼ぶ。まさに『赤き暴風』。その猛攻をジンはその身に浴び続けた。ガリガリと削られていくHP。負けて死ぬのではないかという恐怖に叫び声があがる。
アクア:
「ジン!」
ヴィルヘルム:
「ジン君!」
だが、僕は声を上げなかった。唯一の勝者は決まっている。こんなところで負けるはずがないと確信していた。
〈オンスロート〉終了直後、反撃をテレポートで回避しようとするレオンを、天からの雷が打ちのめした。
いつの間にか剣を振り下ろしていたジン。超々速度攻撃だった。見えたのは多重魔法障壁が発動したエフェクトの残響のみ。レオンに大したダメージはないのだろう。しかし、僅かに動きが止まる。電撃による痺れかなにか。ジンには十分すぎる時間だった。
ジン:
「〈竜破斬〉!」
ついに決着の一撃が炸裂し、背後へと斬り抜けたジンの僅かな技後硬直が解けると同時に、レオンが膝から崩れ落ちた。〈エルダー・テイル〉の世界において、敗者に弁はない。
……戦いは、終わった。
レオンのオンスロートは約4割のダメージを与えていた。ジンのHPから計算すると5000点に少し届かない程度。オーバーライド×〈竜血の加護〉の場合、以前の実験ではアサシネイトのダメージが2800点。あの時点から色々と強化されているので厳密な数字は分からないが、基本ダメージで15000点は確実に超えているだろう。感覚的には20000点を超えていた気がする。通常の〈冒険者〉であれば即死級の威力だ。
正気に戻った最後のレオンは、本当に強かった。ジンと最強を競うに足る戦士だったと思う。
ジン:
「んじゃ、借りは返したぞ。たっぷり利子を付けてな!」
アクア:
「そうね。……助かったわ。貴方がいなければ、この戦いに勝つことは出来なかった」
ヴィルヘルム:
「俺からも言わせて欲しい。ありがとう。君たちに出会えて、本当に幸運だ。仲間たちにも勝利で報いることが出来た。本当に感謝している」
がっちりと握手してからハグするジンとヴィルヘルムだった。少し照れつつ、僕も握手とハグに応じる。
ジン:
「まぁ、お前らは『勝って終わり』とは行かないだろうけどな」
アクア:
「そうね……」
ヴィルヘルム:
「その話は、また後にしよう。今は勝利を確実なものにしなければ」
〈スイス衛兵隊〉の勝利を内外に知らしめ、肝心の白の聖女を救出するのだろう。慌ただしく動き始めたヴィルヘルムを見送る。
シュウト:
「僕らはどうしますか?」
ジン:
「レオンがどうなったかだよな」
死んだレオンは七色の光になって消えた。しばらくすれば大神殿に転送されての復活になるだろう。
アクアも行ってしまったため、僕らはやることもなく、セナトリオ宮を出る方向に、何となく歩いて行った。
ジン:
「でも、アレだな。外に出ても大神殿がどこにあるのか分からんしな?」
シュウト:
「そう考えると、ダメダメですね……」
もうアキバに戻ってもいいような気がするのだが、アクアが居なければとてもではないが帰れる距離じゃない。
入り口付近で外に出るべきか悩んでまごついていると、てけてけと走ってくる音が聞こえた。〈施療神官〉の女の人だった。
マリー:
「あー、あー、あのー?」
ジン:
「ん? どうかした?」
マリー:
「えっとー、そう。白の聖女様がお礼を言いたいそうなのでー、ちょっと待っててほしい」
シュウト:
「はぁ。分かりました」
マリーというなんとなく侍女っぽい服装の女性は、コミュニケーションがあまり得意ではない感じだった。
少し待っていると、ドレス姿の女性がこちらに小走りで、ドレスを引きずりながら近づいてきた。時間が掛かったのはドレスのためだろう。
シュウト:
「えっ、ユフィリア?」
ジン:
「違うだろ。でも、スッゲ、びっじーん! やっぱ、聖女って呼ばれるだけのことはあるな~」
ユフィリアと同じく、『天上の美』を持つ美女に言葉もなかった。正しく聖女。完璧な美しさだった。内面から光り輝く魅力はユフィリアに似ていて勘違いしてしまったほどだ。
優雅に一礼すると、感謝の言葉を述べた。
ヴィオラート:
「この度は、わたくしどもをお救いくださいまして……」
ジン:
「いいっていいって。キニスンナ」
ハイエンドな素材に加え、化粧にドレス、立ち振る舞い、礼儀作法と、この辺りはレイネシア姫に近い要素までも備えていた。この方向の美しさでは頂点に君臨しているだろうと確信する。
白の聖女ヴィオラートの言葉を途中で遮ったジンは、口を少し開いたままぼんやりしていたマリーの前に立っていた。手をおでこのところにもっていく。
ずびしっ。
マリー:
「&%W##%Y$%))(&#$&#$%"&%"'!?!?!?!?!」
ヴィオラート:
「ええええええ!!???」
超威力のデコピンを額に食らい、悶絶して言葉にならない言葉で絶叫するマリー。ヴィオラートは全力の疑問符を浮かべていた。
ジン:
「ハンっ。替え玉に礼を言わせようって根性が気にくわんのだよ」
シュウト:
「じゃあ、本物は……」
ジン:
「ああ。意識量がぜんぜん違う。間違えようがねーぜ」
ヴィオラート:
「あ、あの、申し訳ございません……」
困ったように謝罪するヴィオラートだった。聖女としてのバリアみたいなものが弱くなると、普通の女の子の顔が覗く。……それでも果てしなく美人なので気後れしてしまうのだ。スタイルからして凄まじいのに、ドレスの胸元も開きすぎていて、肌が網膜に焼き付きそうな鮮やかさだったりするのだから、本当に勘弁して頂きたい。
ジン:
「いいさ。色々事情があるんだろ? お前さんも、がんばりな」ぽんぽん
その後、すったもんだしつつ大神殿に向かうのだが、そこで再会したラトリに聞くと、レオンは既に鎧を脱ぎ捨てて、立ち去った後だった。




