125 天秤祭 / 選ばれる世界
泣いていた女の子――〈なないろバンガロー〉のもっぴー ――を連れて彼女の楽屋へ。少人数のギルドらしい。待機していた2人の女の子が無言で頭を下げてくる。
ニキータ:
「急ぎましょう」
もっぴー:
「あの、ウチの作るのって、こういった服なんですけど……」
全体的に緑色の布地の、なんと表現するべきなのか。サバイバルとかアウトドアな感じでありつつも、露出度が微妙にお高いというのか、布面積が小さいというか。そんな服を手に取ってみる。
ニキータ:
(上は袖無しで、ヘソ出ししかないの……? 下はホットパンツかミニスカートしかない感じ……?)
どうも何かの鬼門だった気がしてならない。需要がどこにあるのか見えにくい服ばかりだ。もしかするとボンテージか何かに分類されるのかもしれない。
ユフィリア:
「コレにコレを合わせればいいかな?」
ニキータ:
「ちょっと待って。こっちの方がラインが……」
着替えて確認する時間はないので、広げて並べての検討に入る。この手の状況に限って発動される女子特有の超スピードだった。
花乃音:
「ちょっと、まったー!」
花乃音がやってきたのは分かったが、半ばスルーして検討を続ける。
花乃音:
「くぉらー! うちの順番もすぐだってのにー! なーんで勝手に出ちゃおうとしてるのかなー!?」
ユフィリア:
「そっちにもちゃんと出るから。ごめんね、花乃音?」
花乃音:
「か、可愛く謝っても騙されないんだゾ!」
ユフィリア:
「ウフフ。花乃音って可愛い。 ……ねぇ、これとかどうかな?」
花乃音:
「えっ? それだったらこっちじゃない? …………ってちがー!!」
完全にテンパっているなーと思いつつ、ちょっと試着したい組み合わせができてきた。
那岐:
「落ち着け、花乃音」
花乃音:
「那岐さん! ユフィがー! ユフィがー!(半泣き)」
いつの間にかやってきていたらしい那岐が、楽屋の入り口のところに立っていた。……楽屋の中は服を広げているため、足の踏み場がないからだろう。
那岐:
「状況が状況だし、出番を後に回してもらってきた」
花乃音:
「ウチって、もともと最後の方でしたよね?」
那岐:
「だから、ラストを飾ることになった」にひん
展開を利用して、自分たちに有利な状況をちゃくちゃくと積み上げていっている。エグい雰囲気がひしひしと感じられる。誰に似ているのか分かった。葵に近いのだ。
那岐:
「ここの服はウチとは真逆に近いから、ユフィが出ても影響はない。むしろプラスに働くかもだ。プロデュース的に言えば、この手のアクシデントは『良いストーリー』になりそうだし。……ニキータ、そっちじゃない。ユフィの右手のヤツにしな」
ユフィリア:
「えっ、コレ?」
那岐:
「表に出るのなら、覚悟を決めな」
胸元がばっくりと開いて強調されている。見せつける系統の、水着と大差ないようなものを出される。
ニキータ:
「……仕方ないわね」
那岐:
「ユフィはホットパンツだ。足の長さが分かるヤツ。花乃音! 高めのヒール持ってきな!」
花乃音:
「あいあいさー!」ダッシュ
試着を始めたところで、後から頭を押さえつけられた。
那岐:
「オラ! た・に・ま・つ・く・れ!」
――毎日のように『寄せて・上げて』の逆をやっているニキータだったが、那岐が手を突っ込んできて、本来のあるべき形状にされてしまっていた。……なだらかな丘陵だったものが、そそり立つ山脈へと姿を変える。
那岐:
「これでよしっ。いってこい!」
ユフィリア:
「まだ怖い?」
もっぴー:
「……(こくり)」
ユフィリア:
「先に行くから、後からくるんだよ?」
那岐:
「こいつらはこっちで叩き出すから、心配するな」
ユフィリア:
「那岐さん、花乃音、ありがと!」
花乃音:
「ユフィのばかー!」
ニキータ:
「いってきます」
那岐:
「花乃音、お前もだ。ひと仕事してこい!」
花乃音:
「あ、あいあいさー……」
女司会者:
「おまたせしましたー! 次は〈なないろバンガロー〉です!」
中断していたようで、会場はザワメいていた。舞台袖から司会者が声を張り上げるのが聞こえる。
ユフィリア:
「……」
ユフィリアの瞳が煌めいて、『行こう!』のメッセージとなった。
◆
りえ:
「くっそ、あのジジイ!」ぐぬぬっ
静:
「言いたい放題、言いやがってぇぇぇ!」くぅうう
サイ:
「少し、落ち着いた方がいい」
ギルドの仲間達で応援に駆けつけたのだが、〈大地人〉の商人らしき2人組が、ああでもないこうでもないと悪口を言っていた。周囲にも、ショーに出ている本人も聞こえるように声を出すものだから、そろそろ我慢の限界に達しようとしていた。
まり:
「あんま、良くない流れだね」
サイ:
「このままだと、ユフィさんも悪口を言われるかな?」
そうなると、今度は暴れないで済むのか?ということを思ってしまう。
葵:
「ふむ。……そろそろ身の程を知るべき時間かな?」
レイシン:
「はっはっは」
サラリと怖いことを言うギルドマスターだった。
ふとっちょ商人:
「次の子羊はまだですかな?」
ガリガリ商人:
「もしや、怖じ気づいたのでは?」
ふとっちょ商人:
「おお!〈冒険者〉ともあろうものがなんと情けない。ふぁっはっはっは」
ガリガリ商人:
「まったくですな。カッカッカッ」
今にも、りえが攻撃魔法を叩き込みそうだったため、まりと2人で左右から腕を絡めて押さえつける。
女司会者:
「おまたせしましたー! 次は〈なないろバンガロー〉です!…………あっ」
女性の司会者が次の順番の人をコールしたと思った時だった。さっと現れた可憐な子が、司会者を追い抜いてその前に立っていた。
花乃音:
「どうもー!」
どよめく会場。何がどうなったのかと思ったが、一部から熱狂的な応援が送られていた。「知らないのかよ、ロデ研のかのんちゃんだろ!」とのこと。そしてロデ研らしき人たちから「花乃音!」「花乃音!」「花乃音!」と花乃音コールが飛んだ。
ガリガリ商人:
「なんと!?」
ふとっちょ商人:
「むう、一体なにごとであるか……?」
花乃音:
「やーやー、ありがとう、ありがとう。……今しがた、ちょっとトラブルがあったみたいだけど~、みんな盛り上がってるぅ?」
肯定の言葉が会場中から聞こえてくる。司会を乗っ取ってしまったのを会場も理解したようだ。
ステージの両側に対してしきりに手を振って応えていく花乃音。
会場の男性:
「花乃音ちゃん、可愛いよー!!」
花乃音:
「ありがとー! ……それでね?」
ピタリとザワメキが止んだ。花乃音の次の言葉を待つためだ。スピーカーが無いため、騒いでいると声が聞こえなくなってしまう。
花乃音:
「あたしも、まぁ、そこそこ可愛いとは思うんだけど~(照)」
笑いがほとばしる。あまりイヤミにならない範囲の自己肯定だ。
花乃音:
「でも! あたしぐらいで驚いてたらぁ~、目が潰れちゃうぞー!!」
合いの手の様に炸裂する咆哮。会場はどんどんヒートアップして行った。
花乃音:
「いくぜ!〈なないろバンガロー〉に最強の助っ人! アキバ女子代表! 生きる幻想級!! ホントはウチに呼んだ助っ人(涙)」
舞台袖からさっと現れる人影。会場中が息を呑んだ。「嘘?」「マジかよ?」「嘘だろう……?」など悲痛にも思える感想が先に来るほどだった。
歓声が爆発するまでに、その人はランウェイを半分程も歩いてしまっていた。
りえ:
「うぎゃー! ユフィさんだー!!!」
まり:
「……ロデ研のに出るハズだよね?」
花乃音:
「『半妖精』ユフィリア! 〈なないろバンガロー〉の服にて登場!!」
光り輝く足を惜しげもなく晒して歩いて来ると、ランウェイの先端で動きを止めた。そしてジッとして動かない。そのことで、会場は更に高まって行った。M・Jばりのもったいぶりだった。
花乃音:
「まだだよー。今日は特別なの。……ウフフ。みんな、綺麗なおねーさんは好きですか?」
会場:
「大好きー!!」
「大好きだー!!」
「好きに決まってるだろー!!」
花乃音:
「正直に言って、こんなイベントに出る人じゃないの。私もすっごい好き。知ってる人はこんにちは、知らない人は初めまして! お願いしまーす!」
舞台袖からもう一人。格好良く歩いてくる特上の美女に、会場はリアクションに困った。
静:
「ひぃぃ! ニキータさんだよ!! どうすんの? これどうなんの?!」
サイ:
「わかんない、けど」
途轍もないことだけは、分かる。
「アレは誰だ?」という問い合わせが飛び交う。知っている人が自慢げに答えるのが聞こえてくる。『半妖精の相方』だと。『あの人も綺麗なんだぜ』と。
花乃音:
「これが、最高峰の景色だー!!」
2人が並んでポーズを作ると、それまでの数倍の怒号が轟いた。
普段の優しげな笑顔はなく、攻撃的な美を前面に出して魅せつけていた。
りえ:
「ああああ。ニキータさんが全力おっぱいなのに! せめて何か、携帯のでいいからカメラがあればー!!」←右往左往
葵:
「フッ、勝ったな」ギラリ
牙を見せて笑う冷酷なギルマスの言葉に、現実へと引き戻される。忘れていたが、本当の勝負はここからだった。否、既に勝敗は決しているのかもしれなかった。
葵:
「オるぁ! そこのガリ太コンビぃ! どーした? なんかいってみろやー!!」
ふとっちょ商人:
「ぐぬぅ、ぬぬぬぬ」
ガリガリ商人:
「ほわわわ」
葵の煽りとその意味に会場が気が付く。我が意を得たりという熱が生まれた。
まり:
「そりゃ、文句付けにくいランキングなら、ぶっちぎりの2人だもん」
会場中が一体と化し、勝ちの気配が濃厚になっていく。天秤祭のファッションショーは中盤にして山場を迎えていた。
◆
ユフィリアが悪口を言われ、悲しむのが我慢ならなかった。それで一緒に出て来てしまったのだが、場違い感が凄いことになっていた。恥ずかしいのでさっさと引っ込みたいのだが、ユフィリアが動かないのに、私だけ下がる訳にはいかない。
悪口を言っていたらしき〈大地人〉の商人達は、葵が煽って追いつめようとしていた。会場がそれに併せて盛り上がってきた。流石だった。これなら任せてしまうべきだろう。
会場の男性A:
「オラ、どうした? 『もっと美人はおらんのか?』とか、言ってたよなぁ?」
会場の男性B:
「お望み通りの美人だろ。なんか言うことはねーのかよ?」
ふとっちょ商人:
「ぐっ、こんなのは趣旨と違っておる。美人が服を来ているだけではないか!」
会場の男性C:
「さっきと言ってることが真逆じゃねーかよ!」
会場中から失笑され、ふとっちょ商人の顔が真っ赤になる。
ガリガリ商人:
「た、確かに美しいが、ああ胸が小さくては洋服の形に影響があろう」
ユフィリア:
「おっぱいならここにあるよ?」むにん
後ろに回ったユフィリアが、こともあろうに私のバストを挟み付けていた。
会場:
「「うおおおおおお!!!」」
ふとっちょ商人:
「こ、こ、こんなものは違う!これでは美人を競っているだけではないか!」
ガリガリ商人:
「そ、そうだ。服の良さを引き立てるのが本来の趣旨のハズ!」
葵:
「はぁ? 何が本来の趣旨だ! さっきまであの子は可愛くないとかさんざん言ってただろうが!」
会場:
「そうだー!」
「バカにしてんじゃねー!」
「矛盾してんぞー!」
ブーイングが加熱する中、ユフィリアが商人コンビの方に向き直って動いていた。
ユフィリア:
「みんながんばってるんだから、悪口とか言っちゃダメなんだよ!」
ふとっちょ商人:
「そ、そんなの我々の自由ではないか!」
ガリガリ商人:
「そうである!」
右手の人差し指を立てるユフィリア。ずももも、と高まる緊張感。コブシごと前に突き出しながら言い放った。
ユフィリア:
「メッ!」ズッキュウウウウン
恐ろしい精神攻撃だった気がしないでもないが、私は何も見ていないし、気が付かなかったことに決める。会場の怒りムードをほとんど吹き飛ばし、半ばほど萌え色に染まっていたとしても、関知するところではない。悪口商人コンビの理性や平常心がどうなったかは、推して知るべし、であろう。
――その時、ふとっちょとガリガリの2人組に対し、密かに接近する複数の影があった。
ソウジロウ:
「それじゃあ、悪い子にはそろそろ退場してもらいましょうネ!」
後方からソウジロウが登場していた。その隙に、親衛隊らしき女の子は悪口商人をがっちり確保。抵抗もむなしく『お帰りはあちら!』されてしまう2人組だった。
会場の女性:
「ソウジロウよ!」
「うそ、ヤダ!」
「ソウ様ぁ~、キャー!」
美味しいところをさらっていく達人の登場に、会場内は色めき立った。黄色い悲鳴と桃色の歓声が交差している。
そんな彼、ソウジロウは、にこにこしながらステージの方に近づいてくる。
ソウジロウ:
「みなさん、不愉快な思いをされたことでしょう。ごめんなさい。でも、もう大丈夫ですよ!」にっこり
爽やか癒しオーラが、ささくれ立った会場の雰囲気を穏やかに丸めていく。
ソウジロウ:
「こんにちは、ユフィさん」
ユフィリア:
「こんにちは、ソウ様」
――会場は異様な雰囲気となっていた。
誰もが認める最高峰の美人・ユフィリアと、アキバ随一のモテ男・ソウジロウの接近遭遇戦である。先程までの悪口商人を相手にするよりも、遙かに見応えのあるバトルだ。どうなるか興味津々な者達もいれば、お願いだから近づかないで!とハラハラドキドキの者もいる。
ニキータ:
(私は、どうなるか分かってるんだけどね)
ソウジロウ:
「遅くなってごめんなさい。もう、こういうことは無いようにしますね」
ソウジロウはピンチに現れ、女性の気持ちに手をさしのべるようにする。半ば、自動的なのだろう。その女性への気遣いは、下心の無い本心からのものだ。
ソウジロウを見ている女の子達の視線が潤んでいくのが分かる。
一方のユフィリアは、体がまっぷたつに割れて、ガバッと魂がむき出しになったかのようにして、笑った。
ユフィリア:
「ありがとう!」
本心からの女性へ気遣いに嬉しくなったのだろう。だから、ソウジロウを相手にするとこうした笑顔を時折、見せることがある。ユフィリアの魂からの笑顔に、さしものソウジロウも顔を赤くしていた。
――ユフィリア vs ソウジロウ。勝ったのはユフィリアだった。
しかし、さすがのモテ男。赤くなって照れたその姿が、そのまま女の子達にはご褒美になった。負けて、尚、女性を引き寄せるのがソウジロウである。勝ち負けにほとんど意味などはない。
ニキータ:
(大変よね……)
西風の子が心の底から心配そうにしているのを見てしまう。
ユフィリアがソウジロウに惹かれることは、ほぼあり得ないことだが、その逆はありうる。それは私たちが〈西風の旅団〉に入らなかった真の理由でもある。
現実世界にいた頃のユフィリアは、某有名グループのアイドルや、ブレイク直前の若手イケメン俳優、金持ちの御曹司、女ったらしとして有名な遊び人、その後プロになったスポーツ選手など、同年代に限らず、大人にも口説かれていて、そのすべてを袖にしていた。天然ジゴロらしきソウジロウの魅力も効果がないのは、男性の魅力に慣れているためなのだ。そもそもモテなかった時期がないようなのだ。
ソウジロウ:
「お騒がせしました! それでは皆さん、ショーを続けてくださーい!」
手を振りながら、颯爽と去っていくソウジロウ。もう少し見ていたい、という気分にさせられるのは流石だった。
女司会者:
「それでは、そろそろ続けたいと思いまーす!」
那岐:
「そら、いけー!」
那岐に押し出され、〈なないろバンガロー〉のもっぴーと楽屋にいた友達の2人がランウェイに飛び出してきた。それぞれ自分たちの作った服を着ている。
ノリの良くなった会場から、「可愛いぞー!」の声が飛び出した。自分たちの所までくるのを待って、手をつなぎ、一緒に手を掲げる。みんな笑顔だった。自分たちも、観客たちも。
拍手と歓声がシャワーのよう。まぶしいような気持ちになって、目を細めてしまう。夢のようだった。まるでおとぎ話の世界。ふわふわになって飛んでいってしまいそう。
舞台袖に戻り、やり遂げたことにホッと胸をなで下ろす。夢からは覚めたようだが、まだまだ現実に戻ったとは言えない。
ユフィリア:
「お疲れさま!」
ニキータ:
「お疲れさま」
那岐:
「みんな良かったぞ!」
もっぴー:
「あ、あ、ありがとうございました!」
もう一度、みんなで笑い合う。これで良かったのだ。無茶をして、本当に、良かった。
花乃音:
「まだ帰っちゃダメー!! ユフィは、最後にもう一回出番があるからねー! まだ終わってないからねー!! お願いだから、ロデ研もみてってー!!」
ユフィリア:
「花乃音、一生懸命で可愛いね」
ニキータ:
「ええ。フフフ」
ユフィリア:
「アハハハハハ」
なんだか面白くなって笑ってしまう。しばらくステージで花乃音は叫び続けていた。
マリエール:
「みんな、ありがとうな~」
ユフィリア:
「ううん。オッケーだよ!」
マリエール:
「今度はウチらの番や。みんな!もっと盛り上げてこー!!」
舞台裏も再び盛り上がっていた。あわただしく次の出番の人たちが舞台袖で洋服のチェックをし始める。
那岐:
「ユフィ、楽屋へ行くぞ。こっちの準備をするぞ」
ニキータ:
「私はギルドのみんなの所に戻るから。……がんばってね!」
ユフィリア:
「わかった。また後でね!」
◆
まり:
「ニキータさん!」
りえ:
「すっごく、綺麗でしたよ!」
ニキータ:
「ありがとう」
葵:
「グッジョブ!」
ニキータ:
「どうも」
その後、盛り上がりつ〈第8商店街〉と〈海洋機構〉までの出番が終わった。最後のロデ研の順番になる。
静:
「いよいよですね!」
サイ:
「楽しみです」
ニキータ:
「ええ、楽しみね」
星奈:
「ユフィさん、ユフィさん!」
那岐は何か仕掛けてくるはずだ。それも含めて、ユフィリアに必要な全ては揃っていると思う。女司会者がロデ研の番を告げるために出てきた。
女司会者:
「おまたせいたしました。それでは皆さん、お待ちかね! おっ!?」
唐突に会場が暗くなる。闇の精霊が召喚されたようだ。続けて静かに音楽の演奏が始まった。霧のような、煙のようなものがステージ上に立ちこめる。光の精霊がスポットライトのように舞台を照らし、……そこにユフィリアが現れた。
ぎくり、となる。
妖精の姿を模したドレスを、妖精のような彼女が身につけている。ゆったりと歩いてくるユフィリア。場内は声もあがらずに、静寂の中にあった。深い海の底を歩いているみたいだった。
静かな感動が共有されていた。
――那岐は雰囲気作りに徹底的にこだわってみせた。反則技だろう音楽まで使い、照明もコントロールしている。しかし、それだけで感動できるというものではない。ドレスは一級品だし、ユフィリアも常識を逸脱した美人だ。化粧もきちんと施されている。だが顔は遠くの観客から見えるわけでもない。だからこその雰囲気作りでもある。
では、観客は何を見たのだろう。……答えは『歩き方』だった。
〈冒険者〉はその全員が戦闘存在であり、高度な運動能力を備えてもいる。だから『なんとなく』分かった。自分が何を見ているかにも気が付いていないし、『アレは歩き方が違う』と指摘できる人物など皆無である。真似などは絶対に不可能だが、それが極めて高度なことが無意識に分かるのだ。
ドレスの重さを利用した『進垂線』の動き。精妙にして幽玄。スカートの中の足捌きがどうなっているのか分かる者は一人もいない。そうした至高の美を体現するユフィリアだったが、本人はただひたすら『ドレスが綺麗に見えるように』と願ってしたことだった。自分を空っぽにし、ドレスのために在る。悪口商人に言われたことを素直に受け止め、今度は自分を殺して、その身を世界に捧げていた。
こうして世界は選ばれた。選ばれた世界は即座にユフィリアを選び返す
。世界はユフィリアであり、ユフィリアは世界だった。渾然一体の中に神聖が漂い、神秘が垣間見える。尊きものに触れた観客は、自然と涙を流していた。
……伝説のステージは、いつの間にか静かに終わっていた。しばらくの間、終わったことに誰も気が付かないほどだった。
◆
花乃音:
「お疲れさま、ユフィ~!」
那岐:
「お疲れだったな」
ユフィリア:
「花乃音! 那岐さんも! 来てくれてありがとう」
那岐:
「いや、こちらこそ。ステージに上がってくれて助かった。感謝しているよ」
丁寧に頭を下げる那岐に恐縮する。たぶん礼を言うために来てくれたのだろう。
ささやかな打ち上げは、私たちのギルドで行われることになった。夕方からレイシンのスペシャリテを振る舞う食事会を開催することになっていたからだ。
花乃音:
「えっへっへ~。あの後、レイネシア姫に挨拶して来ちゃった」
ユフィリア:
「そうなの? 凄いね!」
ユフィリアのステージは、その後しばらくして行われた『レイネシア姫と直接挨拶できるイベント』に話題を持って行かれた形だった。一瞬の夢のようでもあり、あまりにも現実感が薄かったこともあるかもしれない。那岐の演出にしても、ロデ研だけやりすぎたという批判もあったらしい。
那岐は平気そうな顔をしていて『勝ち負けがあるわけじゃあるまいし、フィナーレをふさわしく飾っただけ』と言っていた。やったもの勝ちを押し通してしまって、批判はスルーして放置の構えである。
トモコ:
「ユフィ!」
花乃音:
「トモコさん? あれま、ここで会うとは思わなかった」
ユフィリア:
「トモコさん、いらっしゃい。エルムさんもこんばんは!」
エルム:
「お邪魔します。ステージ拝見しましたよ。素晴らしかった」
トモコ:
「うん。すぅ~ごかったねぇー!」
ユフィリア:
「えへ。ありがと!」
花乃音とトモコが来たことで、華やかさのレベルが上がる。
ニキータ:
「失礼します。当店のメニューはひとつだけとなっております。それと、アルコール類も提供しておりません」
エルム:
「ニキータさんもお疲れさまでした。とっても魅力的でしたよ?」
ニキータ:
「どうも。……本当は、恥ずかしかったんですけどね」
エルム:
「ありがたく、目に焼き付けさせてもらいました」
トモコ:
「言い方がヤラしい!」
エルム:
「はっはっは。……申し訳ありません」にっこり
軽いセクハラもこなすようだ。どうにも私では手に負えそうにない。
ニキータ:
「ところで、良いお茶が入ったんですけど、いかがですか?」
エルム:
「もちろん、いだきます」
そうして冷やし焙じ茶を振る舞う。ジンが購入したものだったが、レイシンの判断で提供することにしていた(無断で)
ギルドの入り口では咲空と星奈が待っていて、話しかけられたら中に案内することになっていた。エルム達以外の客は、ほとんど朝の味噌汁屋の常連だ。呼び込みしていないので、他の客はいない。
しかも、数人が部屋の隅の方で念話を掛けていた。「大丈夫、本当にやっている」「話しかけたら入れてもらえるから」「急げ、始まってるぞ」などなど。
常連組は緊張した雰囲気で寡黙だった。正装のつもりなのか、珍妙な格好の人もいたが、顔見知りなこともあって、給仕しながら話しかけたりしておいた。メンバーは入れ替わるものの、毎朝のように名前で呼んでいることもあって、こちらにも親しみがある。以前、ギルドを引っかき回したユフィリアファンクラブの人たちとは比べものにならない。本当の意味でアキバの街とその生活を支えてくれている、素晴らしい人たちだった。
エルム:
「ところで、ジンさんとシュウトくんの姿が見えませんが?」
ニキータ:
「ジンさん達は出かけています。世界を救うために、海外サーバーへ。ちょうど今頃、戦っているかもしれません」
眠いとか疲れたとか言っているジンの姿が容易に想像できてしまう。シュウトが困ったような笑顔でツッコミを入れている姿もだ。
エルム:
「フフフフ。ドラゴンと戦ったせいか、気の利いたジョークだと思えなくなりました。きっと、本当のことなのでしょう?」
ニキータ:
「…………」
私は答えずに、ただ微笑んでみせた。彼にはそれで伝わるだろう。
祭りの夜である。天秤祭の喧騒は朝まで続くだろう。もしかしたら、明日の朝まで続くかもしれない。アキバはまだまだ眠らない。食事会が終われば、ここに集まっている人たちも、もう一騒ぎしにいくはずだ。
窓から外を眺めているユフィリアをみつけた。隣に立って、頭を撫でておくことにする。
ニキータ:
「戻ってこないわね」
ユフィリア:
「うん。……きっと、がんばってるよね」
ニキータ:
「ジンさんなら、苦戦しても『楽勝だった』っていいそう」
ユフィリア:
「そうだね」
ニキータ:
「ええ」
アクアが呼びに来たのだから、楽勝とは行くまい。単なる緊急事態なら、もう戻っててもおかしくないからだ。だから、厳しい戦いに呼ばれたのだろうと分かる。
ニキータ:
「ユフィはがんばったんだから、今度はジンさんの番ね」
ユフィリア:
「ウフフフ」
落ち込んだ顔をしていれば心配していることになるわけでもないし、笑顔でいたら心配していなかったことにもならない。だから、なるべく笑顔でいようと思う。無理をした痛々しい笑顔であっても、笑顔でいることを大事にするべきではないだろうか。
身を預けてくるユフィリアに、私ももたれ掛かるようにして互いに支え合いながら、窓の外の明かりを飽きもせずに見続けていた。