124 トリコロール! / 神殺し
シュウト:
「ここは?」
アクアに連れられ、〈妖精の輪〉からジャンプ。どこかの森の中に出たようだ。周囲は明るいものの、気温などが違っている。
結局、ジンとアクア、自分の3人だけで来ることになってしまった。
アクア:
「西欧サーバー。まだ朝の6時ぐらいのハズよ」
ジン:
「んで? 仕事内容だのはいつ説明すんだ、コノヤロウ?」
アクア:
「キャンプに移動して、今回のパートナーを紹介してからよ」
〈妖精の輪〉から少しの場所にキャンプは存在していた。キャンプというだけあって、大所帯であった。
ジン:
「パートナーって言うから、もっと少ないのかと思ったら、150? 200人近いぞ」
アクア:
「あの大型テントね」
西洋サーバーのプレイヤー達だろう、こちらをジロジロと見ている。見られている。
ギャン:
「レベル93だと?」
シグムント:
「なんだって?」
アクアは無視していた。ようやくレベル90にたどり着いたばかりのジンは、ただニヤニヤしているのみ。僕だけが注目されていることに理不尽なものを感じる。説明などが面倒そうだ。
アクア:
「ここよ、入りなさい」
テントの入り口を広げて中に入るように促される。
地図の広がった雑多なテーブル、数人の〈冒険者〉がいて、熱気が籠もっていた。朝とは思えない緊迫した雰囲気だ。
アクア:
「『切り札』を連れてきたわよ?」
ヴィルヘルム:
「そうか、君達が……」
アクア:
「紹介するわ、〈スイス衛兵隊〉よ。西欧サーバー最強の戦闘ギルド。レギオンレイドも普通にこなすわ」
ヴィルヘルム:
「今は、最強とは言えないがね」
アクア:
「こっちは日本サーバーから、ジンとシュウト」
ジン:
「よろしく」
シュウト:
「よろしくお願いします」
ヴィルヘルム:
「俺は責任者のヴィルヘルムだ、よろしく頼む。レベル93か、凄いな君は」
シュウト:
「いえ、僕は……」
自分が切り札ではないことなど、心の底から理解している。少しどころではなく焦る。早く助けて、アクアさん!と目で訴えてみた。
アクア:
「もう少し見ててもいいのだけど、切り札はこっちの男よ」
ジン:
「あーあ、言っちまいやんの。コイツの焦ってる顔とか笑えたのに」
シュウト:
「イジメは良くないと思います」
遠慮せずに憮然とした顔を作っておく。演技もいくらか入っていた。
ヴィルヘルム:
「失礼。……アクア、彼は何者だ? 仲間になんて説明すればいい? 日本人というならサムライか? ニンジャか? 見たところ〈守護戦士〉のようだが?」
アクア:
「マーシャルアーツのスペシャリストなのは事実だけど、確かにそれだけじゃインパクトが足りないわね……」
ジン:
「なんの話をしている?」
ヴィルヘルム:
「すまない。君が、ジン君が我々の切り札なのだと、仲間を納得させなければならない。これは作戦の性質上、必須になる」
アクア:
「そうね、……『神殺し』ということにしましょう」
ヴィルヘルム:
「なるほど、そのぐらい言う方がいいかもしれない」
ジン:
「ちょっと待て。神なんて殺したことねーぞ? てか、そもそも殺せる『もの』じゃないぞ!」
アクア:
「いいのよ、そんなことは。今はインパクト重視よ。気になるんだったら、本当に倒せるようなればいいでしょう?」
ジン:
「メチャクチャいってんじゃねーよ!」
シュウト:
「神殺しですか? じゃあ『神殺しのジン』ですね!」にやにや
ジン:
「なにニヤニヤしてんだ。テメー、ブッとばすぞ?」
シュウト:
「その内、神竜とかも倒せるようになりましょう!」
さっきイジメられた仕返しの意味もあるが、『竜殺しのジン』よりも、らしいという気がしていた。
ラトリ:
「あー、もりあがってるトコ悪いんだけど、そっちの神殺し君はどのくらい強いのかな?」
〈妖術師〉のラトリというプレイヤーだ。
アクア:
「物理戦闘でなら、間違いなく最強ね」
シュウト:
「レイドランク2ぐらいの野良ドラゴンを、ほぼソロで倒し切るのを何度も見たことがあります」
アクア:
「それって、レイド3のベヒモスとどっちが強いのかしら?」
シュウト:
「あの時は、アクアさんも一緒だったじゃないですか」
ジン:
「……なんでお前らそんな嬉しそうなの?」
アクア:
「説明しているだけよ」しれっ
シュウト:
「なんかさめてますね」きょとん
ジン:
「過去の栄光なんざ、どうでもいいっつーの。ホント、感覚再現の思考パターンだよなー」
ラトリ:
「ははは。メチャクチャ強そーなのだけは、何となくわかった、かな?」
ギヴァ:
「では、簡単に概要を説明するぅ」
ジン:
「それを待ってた」
シュウト:
「お願いします」
真面目・実直・堅実をかけ算した雰囲気を持つ彼、ギヴァのクラスは〈パラディン〉だ。日本サーバーで言えば〈武士〉に相当するもののはずである。
語尾が延びる感じはどうも訛りかなにかを表現しているようだ。もちろん、彼らは日本語を話してはいないので、自動翻訳機能が作用している。
ギヴァ:
「我々はぁ、セブンヒル、現実世界で言うローマに、戦いを挑むことになったー」
ヴィルヘルム:
「敵の総数は約1万」
ジン:
「ぐえっ」
シュウト:
「い、1万!?」
ギヴァ:
「敵軍の守りを突破しぃ、街中へ突入ぅ。七丘のひとつ、現実でいうローマ市庁舎に相当する宮殿内でぇ、『赤き皇帝』レオンと対峙。これを下し! 『白の聖女』を奪還する。以上だ」ふんす
ジン:
「……」
シュウト:
「……」
アクア:
「やれるわね?」
異様だった。しかし現実感がない。ゼロ戦で特攻して死ねとか言われてる話を小耳に挟んだぐらいの距離感だった。
ジン:
「何が何なんだ? ツッコミどころが多すぎて、訳が分からない」
シュウト:
「敵軍が1万とか、レオンでしたっけ? 敵の居場所が最初から決まっている風なのも、何か変というか?」
ジン:
「だから、今回の目的は、その『白の聖女』とやらの奪還でいいんだよな?」
アクア:
「いいえ、それでは足りないのよ」
ジン:
「はぁ……、何がどう足りないんだ?」
ヴィルヘルム:
「簡単に言うと、我々は『正面決戦』を挑んだんだ。城壁の外の敵軍を突破し、待ちかまえるレオンを倒さなければならない。これらに勝てば、白の聖女を取り返すことができる」
ジン:
「えっ?」
シュウト:
「えっ?」
ヴィルヘルム:
「こんな事に巻き込んでしまい、本当にすまないと思っている……」
ジン:
「ちょっと待て。とても正気とは思えない。もうちょっとマシな作戦を立案しろよ……なんで? どうしてこうなった?」
ヴィルヘルム:
「……」じーっ
ラトリ:
「……」じーっ
ギヴァ:
「……」じーっ
アクア:
「なによ? 私は巧くやったでしょう?」
どうやらアクアが原因らしい。
ラトリ:
「あー、なんていうの? このお嬢ちゃんがマイクパフォーマンスした時に……」
ジン:
「調子に乗った訳か?」
アクア:
「失礼ね。雰囲気を読んだと言って欲しいわ」しれっと
シュウト:
「その、正面決戦しなきゃならない理由、というのは?」
アクア:
「簡単にいえば、〈冒険者〉は死なないからよ」
ヴィルヘルム:
「圧倒的に不利な我々が、相手にゲームを仕掛け、かなり有利な条件に引きずり込んだ、という方が正確ではあるんだが(苦笑)」
ジン:
「……続けてくれ」
ヴィルヘルム:
「〈冒険者〉は死なない。従って、暗殺などの手法で政治転覆をはかることが出来ない。レオンは白の聖女をどういう方法でかは分からないが、監禁し、時間をかけることでそれを行った。レオンの『人気』が、白の聖女が必ずしも必要ではないと思わせてしまっている」
ラトリ:
「僕らには同じ手を使うことはできない」
ヴィルヘルム:
「昨日レオンが人々の前で皇帝宣言を行った際、これに異議を唱えて勝負を挑むことにした」
アクア:
「そうよ。私たちに力があることを、ローマの全てに示さなければならない」
ジン:
「ノリで王様を決めようってことか?」
ヴィルヘルム:
「そうなる」
ラトリ:
「でも結局『そんなもの』なんじゃないの? 圧倒的少数で圧倒的不利を覆すぐらいしないと、レオンを引きずり落とすことはできない」
アクア:
「そして、貴方の仕事はそのレオンを倒すことよ」
シュウト:
「でも、……そこまでたどり着けるんですか?」
ヴィルヘルム:
「確約はできないが、全力を尽くす。我々に、力を貸して欲しい」
ヴィルヘルムという人の魅力みたいなものが作用しているのが分かる。力を尽くして手伝いたい気持ちになっていた。どうせ死ぬならみんなで死のう!といったお祭り的展開のようだ。天秤祭の続きをこっちでもやることになろうとは。
ジン:
「……んで? 俺が戦わなきゃならないのは? 何でなんだぜ?」
アクア:
「レオンも、オーバーライドの使い手だからよ」
シュウト:
「まさか……!?」
ギヴァ:
「なんの話をしている?」
ラトリ:
「そのオーバーナントカって、初めて聞くんだけど?」
ヴィルヘルム:
「俺も詳しくは知らない。部分的に能力を増幅できる能力のことのようだが……」
アクア:
「私は音を。レオンはたぶん……」
ジン:
「ストップだ。そこから先の情報は要らない。『お楽しみ』を奪うなよ」
シュウト:
「聞かなくていいんですか?」
アクア:
「そうよ、今回のコレは、絶対に負けられない戦いなのよ?」
ジン:
「負けられないなら正面から挑んでんじゃねーっつー。大体、お前達から聞けるような情報なんざ、役に立つかっての」
表面的な情報は、やはり表面的なものでしかない。対人戦で必要になる勝ちに繋がる要素がどこなのか?といったものは相対的な問題でもあるし、徹底的な攻防の中でしか見えてこないという部分もあるだろう。
ギヴァ:
「もういいか?」
アクア:
「ええ」
ギヴァ:
「戦闘開始は正午だ。正味、6時間無い」
ジン:
「うげぇ、そんなにあるんだったらユフィのステージ見てからでも良かったじゃねーか」
アクア:
「バカなことを言わないで。6時間でもまるで足りないっていうのに」
シュウト:
「そうなんですか?」
アクア:
「これからすぐ作戦会議よ。細かい打ち合わせしてリハーサルの通し練習、フィードバックしてもう一度練習。食事や休憩、その後で本番。……時間なんか幾らあっても足りないぐらいよ」
ジン:
「あー、大所帯って大変だねー」
シュウト:
「ですねー」
まずこのメンバーで作戦会議が始まった。大勢と話し合う前に叩き台を作るという。少人数の方がここは時間短縮できるらしい。
戦う敵を如何に減らすか?という問題から。
ヴィルヘルム:
「地図を見てくれ。セブンヒル周辺の樹木は全て伐採されていて、400~500m先まで見晴らしのいい平野になっている」
シュウト:
「そこまでしているんですか?!」
アクア:
「そうよ。どこから攻めるとしても、500m先から丸見えってことね」
ラトリ:
「まぁ、東西南北に各2つずつって感じで複数の城門があるから、どこから攻めてもいいんだけどね~」
ヴィルヘルム:
「理屈として考えれば、四方に敵軍が分散するため、2500の敵を突破すれば城門へたどり着けることになる。だが、ベースとなる守備隊と、移動する遊軍の組み合わせで来るだろう」
ギヴァ:
「陽動作戦はどうする? 少しでも数を減らさなければ」
ジン:
「あー、その前に。内部にスパイがいる可能性は?」
怒鳴られたりするかと思ったが、静かになっただけだった。
ヴィルヘルム:
「……否定はできない。残念だが」
ラトリ:
「今は流石にいないと思うけどねぇ~。盗聴はされているかもしれないし?」
ジン:
「なら、陽動作戦は諦めるか、直前まで確定させない方がいいだろうな。読まれて人を集められたら、それこそ、そこで終わりだ」
ヴィルヘルム:
「そうなるだろう」
戦闘手順を確認するベースを作っていく。
アクア:
「魔法使いは移動しながら呪文を唱えることはできないわ。従って、配置の100m圏内に入ったところで魔法攻撃が始まることになるでしょう」
ヴィルヘルム:
「〈召喚術師〉の射程は200mだな。100m地点に召喚生物を配置して」
ラトリ:
「エレメンタルボルトで、ズドン!」
ジン:
「1000人、2000人の内、どのくらいが魔法使いだろうな?」
アクア:
「〈付与術師〉を省いて考えても、30%近い数値でしょうね」
ジン:
「500人とかの魔法が連打される中、城門まで接近するのか。気が遠くなるな」
シュウト:
「弓による攻撃もあるんじゃありませんか?」
ラトリ:
「スナイパービルドの〈暗殺者〉から、アサシネイトの矢が飛んでくる方もぞっとしないねぇ~」
ヴィルヘルム:
「怖いのは分かるが、まずは包囲されないようにすることだ。足止めされたらこちらの負けだ」
アクア:
「500mの移動時間は、全速なら約1分、戦闘速度だと2分から2分半といったところかしら?」
ギヴァ:
「範囲魔法の餌食にならないよう、素早く乱戦に持ち込んでしまうべきだろう」
目標からの逆算も考えておく必要がある。
ヴィルヘルム:
「この段階では、城門の中にジン君を送り届けるのが目的になる」
ラトリ:
「そのためには生き残って貰わなきゃね。ダイジョブ?」
ジン:
「いやぁ~、どうだろーなー? 死んでたら蘇生頼むわー(苦笑)」
ギヴァ:
「城門は、どうするぅ?」
アクア:
「打ち破るしかないわね」
ラトリ:
「じゃあ、城門を破壊するメンバーも追加ってことだ。こりゃ面倒だな」
ジン:
「重要なのは戦後処理だろ。勝った後、負けた後のことも考えておくべきだな」
アクア:
「負けた後のことは考えないわ。負けたら、終わりよ」
ジン:
「……てか、なんでそこまで思い詰めてやがる? 前にちろっと聞いた時にゃ、上手くいってそうだったじゃねーかよ。天才なんだろ? そのレオンとかいうヤツ」
アクア:
「レオンは、……敵の影響下にある可能性が高いの」
ギヴァ:
「なんだと!?」
ラトリ:
「ちょっとちょっと、聞いてないよ~?」
ヴィルヘルム:
「……その情報は何処から?」
アクア:
「ソースは明かせない。でも確度は高いと思ってもらっていい」
ジン:
「例のヤツか。 『敵』と、ハッキリ言ったのか?」
アクア:
「いいえ、もっと曖昧なニュアンスだったと思う。悪意がどう、とか」
ジン:
「悪意ねぇ。やれやれ、面白くなってきたじゃねーか」
アクア:
「私は、この世界を見て来たから知っている。世界は、……少なくとも西側の世界はセブンヒルを中心にしなければ未来なんてない。絶対に、この流れを止める訳にはいかないの。いいえ、止めさせるものですか……!」
別世界の話のように聞き流してしまっている自分がいた。お祭りなんてやっているアキバが平和だというのは否定しないが、他の地域がそこまで悲惨というのもあまりピンとこない。僕は世界のことをあまりにも知らなかった。
ラトリ:
「あー、負けるつもりはないんだけど、死んだ場合はどうすんの?」
ヴィルヘルム:
「ジン君以外は放置するしかないだろう。作戦の全体時間を考えれば、蘇生させるのに足を止めている余裕はない。大神殿で復活したら、大人しく投降することにしよう」
シュウト:
「ローマ、えっとセブンヒルの中に『死に戻り』するんですよね? だったら……」
ヴィルヘルム:
「それは無しだ。それを言うなら、帰還呪文を使えばセブンヒルの中にほぼ全員が入れることになってしまう。大衆はズルをして勝っても認めてはくれないだろう」
ジン:
「一応の確認なんだが、市街区での戦闘は無いと考えていいんだな?」
ラトリ:
「〈衛兵〉がいるから、戦闘になっても排除されると思うけど」
ギヴァ:
「だが〈衛兵〉に殺されるのを覚悟で仕掛けてこないとも言い切れない」
ヴィルヘルム:
「この場合、我々の切り札がジン君だということは、相手には分からないだろう。狙われるとしたら運が悪かったか、君以外に生き残りがほとんどいなかったかのどちらかのはずだ」
ジン:
「あー、なるほどね」
アクア:
「勝った場合なんだけど、旗を掲げましょう」
ギヴァ:
「なんの旗だ?」
アクア:
「赤き皇帝の赤以外の色ね。白の聖女の白だと万が一、降参とでも思われたら面倒になるから、赤と白以外がいいわ」
ヴィルヘルム:
「なら、〈スイス衛兵隊〉のシンボルカラーにしよう。マントをそのまま旗の代わりに使ってもいい」
一通り、議論の叩き台が出来たところでテントの外へ。仲間を集めて、ざっくりとした情報伝達。この時に僕らも紹介されることになった。それが済むと、関係者を集めての細かな打ち合わせ。全体練習してからフィードバックを上げさせる方針だ。
打ち合わせが始まろうとしていて、極めてスムーズかと思ったが、流石にそうは行かなかった。
ギャン:
「ちょっと待ってくれ。結局、俺たちはその男のために死ねってことじゃないのか? 仲間でもないのに、そいつにそんな資格があるのか?」
ジン:
「そりゃそーだ。俺もそう思うわ~(苦笑)」
シュウト:
「ちょっと、ジンさん!?」
ヴィルヘルム:
「……すまない、説得するのでちょっと待っててくれないか?」
慌てた様子もなく、こちらにフォローを入れてくれる。ヴィルヘルムの説得を聞くために人だかりが出来ていた。
ジン:
「説得なんて時間の無駄だろうに。コイツらが知りたいのは俺の強さだろう?」
シュウト:
「でも、相手の顔は立てないとですよ?」
ヴィルヘルム達の説得で一応は納得した風の空気に変わったが、作戦が作戦でもあって、ピリピリする所まではどうにもならない。
ジン:
「ムフフ」
シュウト:
「……やる気ですよね?」
ジン:
「何が? ボクチンは至って普通のつもりなんだけど?」
シュウト:
「絶対、嘘ですよ」
細かな打ち合わせをするべく、ヴィルヘルム達が立ち去ったところで、文句を言っていた男、ギャンがこちらにやってきた。どうなるかと思ったら、相手は大人だった。
ギャン:
「すまなかったな。本番ではよろしく頼む」
ジン:
「無理すんなよ。今の内に、チョロっと遊ぼうぜ?」
ギャン:
「へぇ、……話が分かるね」
ジン:
「納得するまで付き合ってやるよ」
強烈な暴力の気配。周辺に残っていた十数人が一斉に殺気立つ。最強ギルドを名乗るだけあって、一人一人のプレイヤースキルが高そうだった。もしかすると全員がアキバで言う大手のギルドマスタークラスかもしれない。非装備状態でこれだ。完全武装したらどうなるのだろう。
シュウト:
(2人ぐらいなら倒せるかな?)
そんなことを計算してしまっていた。僕も嫌いではない。
ジン:
「フッ」
笑いながらジンが軽く殺気を放った途端、ギャンを始めとした全員が急激に跳び下がっていた。綺麗に測ったかのように、15mぐらいの距離で並んでいる。ジンの間合いは極めて広いのだ。15mの範囲内に入れば自分が殺されると分かったのだとすると、素晴らしい練度の高さが伺える。
ヴィルへルム:
「そこまでだ! やめろ! 終わりだ!」
呼びに行った気配は無かったので、見ていた人間が念話したのだろう。出てきたヴィルヘルムが怒鳴りながら、しかしゆっくりと歩いて近づいてくる。ジンはつまらなさそうな顔していた。
ジン:
「ちぇー」
ヴィルヘルム:
「わかったろう? 負けを認めろ」
ギャン:
「何故だ? まだ戦ってもいないんだぞ? やってみなければ分からないだろう」
ヴィルヘルム:
「何人で戦って勝つつもりなんだ!? やるなら一人ずつ決闘しろ!!」
ギャン:
「ぐっ」
――この問題の背後に隠れているのは、東洋の武術のルールの訳のわからなさであり、神秘性である。
ギャン達は負けないため、殺されないために『一時的に下がっただけ』なのだが、東洋の武術ルールでは下がった時点で負けとする暗黙のルールが存在する。ヴィルヘルムの言うことは東洋の武術的常識を分かった上での発言であり、日本人には違和感がない。しかし、それが西欧人にそのままで理解される訳ではなかった。ここでは『負けてもいない内に、負けたことにされた』という風に受け止められてしまっている。このルールの違い、その訳のわからなさに西欧人が魅力を感じることもあるが、不理解の原因でもある。
アクア:
「いいじゃない、そのままやらせましょう。……思い知ればいいんだわ。『神殺し』の力、その身で味わいなさい!」
アクアはどこまでも苛烈な女性だった。
ヴィルヘルム:
「……分かった。そこまで言うのなら、いいだろう。ただし! 蘇生が間に合う人数までだ! ヒーラーを全員、集めてこい!!」
全員が見守る中、模擬戦の準備が進められていった。これでは確かに6時間では足りない気がして来た。
ジン:
「なんだ、戦らないのかよ? 隊長さん」
ヴィルヘルム:
「ここで観させてもらうさ。君が本当にレオンに勝てるのかどうかを知りたい」
ジン:
「ふーん。そう?」
厳選された24人を相手にした模擬戦だ。フルレイドを相手に戦うことになる。状況的にジンの手助けはできそうにない。勝つのは分かっていたが、何がどうなるのか興味深かった。相手はレイドボスすら倒してのける強者たち。その装備も超一流と来ている。
ギャン:
「準備はいいか? そろそろやろう」
ジン:
「こっちもいいぞ」
ヴィルヘルム:
「よし、……合図を!」
てっきりオーバーライドの状態で始めるのかと思ったのに、そうはしないつもりのようだ。戦闘後にオーバーライドにシフトする時間が果たしてあるのだろうか?
ギヴァ:
「始めえぇい!」
消えた。合図と同時にジン姿を見失う。直後、相手のメインタンクが死んだ。これはイコールで既存戦術の崩壊を意味する。次善対処が間に合うことはなかった。事実確認の段階から先に進まないのだ。ジンはヘイトに束縛されない状態で、好き勝手に相手を選んで殺し続けていく。
シュウト:
「えっ、毎秒の〈竜破斬〉!?」
開始8秒で8人が死んだ。12秒で12人が死ぬハイペースである。立て直しをはかるため、第3パーティーの盾役がタウンティングを放った瞬間に殺される。そして真横への唐突な移動。これは〈シールドチャージ〉を利用したもので緑のエフェクトが尾のように伸びる。味方を巻き込んでの範囲攻撃魔法を回避して、第4パーティーのド真ん中へ。そのまま一方的な虐殺は続いた。結果、30秒弱での殲滅完了だった。圧勝どころか、完全なる勝利。開いた口が塞がらないとはこのことだろう。
ヴィルヘルム:
「ヒーラー、蘇生を始めろ! いそげ! 大神殿送りにするつもりか! 死んだ順に呪文を掛けろ!」
全員が呆然としていた所にヴィルヘルムの指示が怒号となって貫く。バタバタと回復役が蘇生を開始。
シュウト:
「お疲れさまでした」
ジン:
「おう、疲れるって程じゃなかったけどな。まぁ、あんなもんだろ」
シュウト:
「……あの、〈竜破斬〉って毎秒使えたんですか?」
ジン:
「あれはー、あれだ。普段は循環による余剰・破棄してる分だけでブーストさせてるからな。今回は速度優先で本体分の意識量を回した」
アクア:
「なるほどね。オーバーライドとは共存できない方法ってことね?」
ジン:
「そうだ。あのまま使い続けると、そのうち寝ちまうんだよ。今回は24人しかいないって最初から分かってたからな」
意識量を銀行に預けているお金に喩えると、普段の〈竜破斬〉は利子・利息で賄っているため、2秒強の時間が掛かってしまう。それが今回は大元の預金に手を付けたため『本来の速度』で〈竜破斬〉使えたということらしい。
つまりトンでもない預金額、……本体意識量があることになる。アキバ全員に匹敵する気の量ということの『意味』が何となく伝わってくる。
ふと、視線を感じた。それはジンを意識している人々の視線だった。次々と蘇生していく戦士達。そこに恐れは無かった。憧れ、尊敬、賞賛。嫉妬せず他者を認め、素直に受け入れることができるのは、彼らが芯から強いからだろう。〈スイス衛兵隊〉の懐の大きさに感嘆の念を禁じ得ない。本物の、大人の集団だった。
それと『神殺し』の異名が、決してジンのためではないことに思い至る。これから絶望的な戦いに挑む彼らのために、ささやかな拠り所や希望になればいいのに、と思い始めていた。
◆
ロデ研のブース裏から、ファッションショー用の楽屋へと移動してきた。ステージは既に始まっていて、半分が終わって折り返し地点を過ぎたかどうかという頃のようだ。早着替えなどが無いためシビアなタイムスケジュールではないものの、生真面目な日本人らしくテンポ良く進んでいると聞かされていた。
ニキータ:
「緊張してる?」
ユフィリア:
「うーん、どうかな?」
ジン達が戦いに行ってしまった影響が見えなかった。落ち込んでいる風にも、怒っている風にも見えない。気負っているようにも見えないが、楽しんでいる風にも見えないので、ニュートラルな状態かもしれない。
花乃音:
「ごめんね、ユフィ。もうちょっと出番まであるから」
ユフィリア:
「うん。大丈夫!」
楽屋に戻ってきた花乃音がねぎらいの言葉を掛けていた。捕まえて質問しておく。
ニキータ:
「花乃音、那岐さんは?」
花乃音:
「えへへ。暗躍中?みたいな」
ニキータ:
「……何をたくらんでいるの?」
花乃音:
「勝ち札が来たら最大限に使うのがシンジョーって」
ニキータ:
「ギャンブル狂だったわね、そういえば」
この場合の勝ち札とは、当然ユフィリアの事だろう。ドレス以外で打てる手を打つために動いているらしい。この辺り、大規模ギルドの部門長クラスになってくると、打てる手が増えてくるので行動そのものが強い。那岐の性格だと、サクラを動員しまくってユフィリアの出番で拍手させる、ぐらいのことは平気でやりかねない。困った人だが、だから周囲に好かれてもいる。
咲空:
「あの、何かモメてるみたいです」
花乃音:
「なんだろ? ちょっと見てくるね」
ニキータ:
「何かしら?」
ユフィリア:
「……うん」
ユフィリアの動きの無さは、どうも『思い詰めている』に近い気がしてきた。責任感みたいなものかもしれない。
戻ってきた花乃音に状況を確認する。
ニキータ:
「どうだったの?」
花乃音:
「それが、ステージに出たくないって泣いてる子がいた。なんか悪口を言う連中がいるみたいで、自信が無くなっちゃったみたい」
その言葉でピンと来た。古参メンバーには周知されていた『天秤祭の妨害者』のことだろう。ファッションショーの観客になり、登場した子達の論評のフリをしながら悪口を聞こえるように言ったりしているようだ。
ニキータ:
(このままだと、ユフィも……)
ステージに立った時にユフィリアも悪口を言われてしまうかも知れない。許し難い蛮行だが、この場から自分に何ができるだろう?と考えてみる。
ユフィリア:
「私、行ってくる!」
花乃音:
「ちょっと、ユフィ!?」
着替え前の私服状態なのが不幸中の幸いだったかもしれない。飛び出したあの子を追いかける。
ニキータ:
「どうするつもり?」
ユフィリア:
「私が、守るの!」
何を守ろうというのだろう。しかし、使命感に燃えているユフィリアを支えるのが自分の役割だろうと思い直す。
ヘンリエッタ:
「困りましたわね……」
マリエール:
「せっかく綺麗に作ったのになー?」
女司会者:
「どうしますか? そろそろ順番なんですが」
混乱した状況を素早く見て取る。助けてあげたいが、泣いている子をなだめるだけでは問題は解決しない。
ユフィリア:
「大丈夫?」
泣いている子:
「無理だよ、あんな風に悪く言われるのにステージなんて」
その前に何人かが悪口を言われているのを見てしまったらしい。しかし、せっかくのファッションショーで作った衣装を披露できないのでは、可哀想だ。
ユフィリア:
「じゃあ、余ってる服ってある?」
泣いている子:
「……えっ?」
ユフィリア:
「私が一緒に出てあげる! 私は悪口なんかへっちゃらだから、ねっ?」にっこり
ニキータ:
(ユフィ……!?)
突拍子もないことを言うのには慣れている。慣れてはいるが、今度もまたやらかしたなぁ~と思った。そうして私は、いつものように覚悟を決めるのだった。
ニキータ:
「それなら、私も出るわ」
ユフィリア:
「ニナ!ありがと。……ね? いこっ」
差し出されたユフィリアの手を見つめていたが、泣いていた彼女はその手を強く握っていた。