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123  はしか / 運命に呼ばれて

 

シュウト:

「さっきのアレってなんだったんですか?」

ジン:

「さっきのドレのことだ?」

シュウト:

「ロデ研のブース裏で、何かに気付いてたみたいだったので」

ジン:

「……あー、本命の攻撃はたぶんレイネシア姫のトコってヤツだな」

シュウト:

「そうなんですか?」

ジン:

「たぶんな」


 〈とりな四十八組〉で和風スイーツをパクつきながら、そんな話をしていた。


シュウト:

「この回復ポーションのようかん、意外といけますね」

ジン:

「だな。しかし、この抹茶アイスはちと甘すぎだ」

シュウト:

「一口いいですか?」

ジン:

「おう」

シュウト:

「……こんなもんじゃありませんか?」

ジン:

「わかってないな。お抹茶の深い味わいをだな……」


 温かいお茶をいただいてから外へ。店内で続けられる会話ではなかったので、その配慮もあった。


シュウト:

「続きですけど」

ジン:

「んー。〈大地人〉の商人たちに指示できる立場という意味では、どこかの貴族ってのは分かりやすい黒幕だろうなー。だが、祭りに嫌がらせすることとレイネシア姫との間に関係がみえない。ここは論理的に繋がっていないな。だとすると、もうちょいヤらしい攻撃だったかもしれない。情報不足だなー。〈円卓会議〉があのお姫ちゃんを護れないように、なにか仕掛けてたって感じかなー?」


 おっとりした口調なので、緊張感はあまりない。内容に比べてどうでもいい感じに聞こえた。


シュウト:

「……とりあえず、僕らはどうしますか?」

ジン:

「うむ。ファッションショーの場所取りをせねば。もう、かぶりつきは無理だろうが、そこそこの場所から応援してやらにゃあ、な。そろそろ連絡して、みんなを呼んだりしようぜ?」

シュウト:

「いやいや、そっちの話じゃなくてですね?」

ジン:

「こっちの話じゃなかったら、どっちの話だ(?)」

シュウト:

「ボケかまさないでください。レイネシア姫はどうするんですか?」

ジン:

「どうもせんけど? ……そもそも俺の守備範囲外じゃん。あの子って未成年だろ? 咲空(さくら)と歳もそう違わないだろうし」

シュウト:

「それって、今は関係ないですよね?」

ジン:

「あるに決まってるんですが?」

シュウト:

「ちょっ、好みじゃなかったら殺されてもいいんですか?」

ジン:

「殺される? そりゃ、殺されたらカワイソぐらい思うかもしれんが。

 んー、殺される可能性ねぇ~。 俺だったらテキトーに暗殺するけどなー。天秤祭の妨害とか、回りくどい真似いらんだろ。おまえを送り込めばそれで済むんだし」

シュウト:

「僕ですか?」

ジン:

「お姫ちゃん殺すのなんか楽勝だろ? アキバの〈冒険者〉が殺した風に罪をなすりつけたりで、ちょい頭を使う必要があるって程度だ」


 やるかやらないかで言えば、もちろんやらない。しかし、できるかできないかと問われれば、難易度はそう高く感じない。殺すだけならチャンスは幾らだって見つけられるだろう。一線級の〈冒険者〉が警護していようと、仕留め損なったりしない程度の自信はある。


シュウト:

「そう言われると、夕餐会でわざわざ殺すのはおかしな話、ですね」

ジン:

「まぁ、敵がどのくらいバカなのか分からないから、予測が難しいのは認めよう。合理的じゃない行動に読みは利かない。……とりあえず相手がそこそこ賢いと仮定しよう。レイネシア姫がターゲットだとすると、殺してなんの利益になる? 王宮にいない姫の権力なんて、たいてい薄っぺらいもんだ。狙うに値しない。だから、むしろ交渉で優位に立つために仕掛けてる、とかの方がまだ説得力がある」

シュウト:

「アキバの〈冒険者〉が、〈大地人〉達と仲良くするのを邪魔したい、とか?」

ジン:

「邪魔してなんの利益になるんだ?ってことだろ。

 俺たちの『隠れた前提』は、西側は敵になりうるということだ。西の大地人貴族が『東』を攻めたいと考えていて、アキバの〈冒険者〉が敵に回るのを恐れている……、と仮定するなら、やっぱり黒幕が堂々と現れてお姫ちゃんを殺すのは変だ。辻褄が合わない」

シュウト:

「そんなことをしたら、西側の〈大地人〉は敵だ!って認定されますね……」

ジン:

「アキバと〈大地人〉の仲違いを狙うなら、たとえば、誘拐された姫がレイプ済みの状態で殺されて発見されて、〈大地人〉達が激怒するようにもっていった方が効果的だろうさ」


 殺される危険性があまり無いのがだんだんと分かってきた。ジンはまるで慌てていないのはそのためなのだろう。


シュウト:

「でも、万が一ってこともあるかもしれないじゃないですか」

ジン:

「そりゃ何にだって万が一はあらーな。そんなの気にしてたら始まらないだろ」


 なんだかんだとしゃべりながら白銀の間まで戻って来ていた。


ジン:

「おっ、空気が変わったな」

シュウト:

「そうですか?」


 しかし、自分には何も感じられない。


ジン:

「手を打ったか。これなら気付くかもな。さて、ここからどうするか」にやにや


 見えない誰かの動きを把握したかの言動。意味がわからずにそのまま歩いていくと、ソウジロウが女の子を何人か連れて歩いていた。デートしているらしい。今日はよく見かける日である。

 瞳が潤んだ状態の女の子がこれでもかとソウジロウをもちあげたり、拗ねたフリをして気を引こうとしたりが繰り広げられている。その場違い感が半端ではなかった。


ジン:

「……」←ジト目

シュウト:

「……」←苦笑い


 なんとも名状しがたい雰囲気になったため、そこはスルーして、ステージ側へと移動を続ける。

 しばらく行くと、数人の女の子がハキハキとしながらトラブル対応しているのを見かけた。(がんばってるなー、女の子)と思いつつ横目で見るだけにしておいた。


ジン:

「やっぱ、ロリコンの二股は害悪だな」ぽつり

シュウト:

「なんの話ですか?」

ジン:

「なんでもねーよ」

シュウト:

「やっぱり、レイネシア姫を護衛しにいきませんか? 万が一があるかもしれませんし」

ジン:

「しつっけーなぁー。言っとくけど、お姫ちゃんは『俺の弱点』じゃねーかんな? ユフィのステージ見ませんでした!の方が、よっぽど困ったことになるっつーの」

シュウト:

「それはなんとなく分かる気がしますけど(苦笑)……でも『ジンさんなら』防げた事態みたいなのとか、あるかもしれないじゃないですか?」


 暴力に際して、ジンでも防げない事態だとすれば、それこそ『誰にも防げなかった』と断言できるのだから。


ジン:

「そんなの結局は運だぞ? ……はぁ、天秤祭も半分終わったし、50ぐらいなら考えなくもないが」

シュウト:

「50?」

ジン:

「金貨50万枚なら天秤祭期間中の護衛任務を引き受けてもいい。半分は前金でな?」

シュウト:

「は、はい?」

ジン:

「ほら、さっさとスポンサーみつけてこい。おまえが払うってんなら、身内価格で40万に負けといてやんぞ。前金で20万だ。よこせ」

シュウト:

「お金、取るんですか?!」

ジン:

「当たり前だろ! なんで王族みたいな金持ち相手にタダ働きとかしなきゃなんねーんだよ!? おまえと違って俺には借金があるんだぞ? ガキ娘の護衛とか、おっぱいボーナスすら無いような仕事、金もナシでやってられっか。俺はロリコンじゃないっ!!」

シュウト:

「僕もロリコンのつもりはありませんけど……」


 身も蓋もない、というよりも、始めから聞く耳など持っていないらしい。


シュウト:

「でも、これでレイネシア姫が死んだら後悔しそうで……。ジンさんは後悔しないんですか?」

ジン:

「フン、少なくとも『俺が』後悔するわけじゃないね。アキバに置いとくのが悪い。〈円卓〉の連中が見込みが甘かったって話だ。今、お姫ちゃんはかなり危ういポジションにいる。いつ死んだって驚かないね」

シュウト:

「そうなんですか?」

ジン:

「ミナミで会ったヤツ、名前なんだっけ? アイツなら暗殺も考えるだろうな」

シュウト:

「葉月さん……」


 葉月とは、ミナミに行った時に出会った〈ハーティロード〉の参謀だ。彼ならレイネシア姫を暗殺するぐらいは普通に計画するだろう。……つまり、今日や明日だけ守れたとしても、くだらない自己満足に過ぎないということだ。結果的に殺されてしまえば、何の意味もない。


シュウト:

「だとすると、どうすれば……?」

ジン:

「命令してやろう。シュウト、レイネシア姫の命は諦めろ」


 ビクッと体が固まる。突かれたくない場所を突かれてのものだ。

 ジンという人は、あまり本格的な命令はしない。雑用はやらされるものの、それはある意味『どうでもいいから』であって、僕の主体性を破壊するような強制をする、という意味で『本当の命令』をしない人なのだ。だから、今回は特別な意味があった。


シュウト:

「……嫌です」

ジン:

「だったらどうする? 毎日レイネシア姫の護衛でもやるか? だったら、ギルドを辞めて出て行け。独りで勝手にやれ」

シュウト:

「それも、嫌です」


 レイネシア姫がもしも本当に誰かに殺されて死んだ時、『ジンのせい』と言い聞かせて自分を納得させることなど、出来るはずがない。そこまでの負担をこの人に背負わせる権利は自分には無いのだ。ついでにいえば、ギルドを辞めて出て行くことこそ、それこそ論外だ。


 ……ではどうするべきか?


シュウト:

「ジンさん」

ジン:

「ん?」

シュウト:

「本当のところ、どうすればいいんでしょう?」

ジン:

「好きにすりゃいいだろ」

シュウト:

「好きにします。なので、僕に答えを教えてください」

ジン:

「はぁ? ……それで俺に丸投げって。お前、大丈夫か?」

シュウト:

「たぶん。考えたんですが、ジンさんは先に答えが分かってるんですよね。僕が『そこ』にたどり着くのは時間の問題じゃありませんか? 今も、もしかすると誘導しようとしていたんじゃ?」

ジン:

「ふむ。……お前、なかなかに予想外なことを言うね?」

シュウト:

「すみません」にっこり


 ジンの反応をみて、してやったり、と思わなくもなかった。わからなければ、尋ねればいい。相手の懐に潜り込むのは『陰の技』の応用といったところだろうか。この人は敵ではない。僕が無理に逆らっているだけなのだ。


ジン:

「まぁ、いいか」


 天を仰いだジンが、そのまま語り、言葉を恵みの雨のように降らせた。


ジン:

「いいか、真っ先に世界を救え。それがダメでも、一人で抱え込むな、突っ走るな。レイネシア姫にはきっと護衛だっている。だからそいつを頼れ、任せてやれ。たとえそいつが失敗しても恨んではやるな。お前はお前で、自分にできることをやればいい」

シュウト:

「ああ……!」


 結局、レイネシア姫を助けても、その事だけでは意味を成さないのだ。もっと大きく全体を見渡し、その中で彼女の命を救うべきなのだ。(例えば、暗殺される理由そのものを消したりする、とか)

 ……こうしたすべてを、自分一人でやろうとした傲慢さが、目を曇らせていたらしい。


シュウト:

(僕が全てを救うことは、できない)


 ただの事実を、そのままの形で認識する。


シュウト:

(だけど、『みんな』でなら……!)


 それは果てのない可能性であり、希望だった。彼方に輝く、無限の祈りのような、何か。僕は誰かを地平線の彼方に見ていた。同時に、僕は誰かにとっての地平線に立っているのだ。『ここ』は世界の中心であり、同時に最果てだった。

 前日の言葉と優しくリンクしていく。昨日は、自分だけ『天秤祭の勇者』になろうとしていた。今もそうだ。レイネシア姫を救えるのは、自分だけだと無理に思い込もうとしていた。それは、全ての人の善意を踏みにじる考え方なのだ。


 言葉の意味やイメージを、ダイレクトにつかみ取った感覚。その不思議な味わいに、体の細胞が沸き立ち、何度も何度も波打っていた。



シュウト:

「僕は、独りでどうにかしようとしていたんですね……」


 なんとも恥ずかしい。強くなった気でいたから、こうなったのかもしれない。


ジン:

「まぁ、『はしか』みたいなもんだろ。メサイアコンプレックスとかいろいろあるからな。俺の言葉でいえば『真下を踏め』だ。お前のいる場所はそこだ。そこから始めるんだ」

シュウト:

「ありがとうございました」


 『今、ここ』から始めるのだ。まず葵に念話して、ユフィリアがファッションショーのステージに上がることを報告した。みんなで応援することになった。

 ユフィリアが出れば、ショーは盛り上がるに違いない。天秤祭の楽しかった思い出があれば、いつか辛い日が来ても、少しは心の支えになって、乗り越える力になるかもしれない。そうした小さな一歩を積み重ねが世界を救うことだってあるかもしれない。ラスボスを倒すだけが、世界を救う方法とは限らない。


シュウト:

(小さな積み重ねの先に、ラスボスが居ないとも限らないし)


 ファッションショーが始まる前から場所取りしている猛者たちの後ろで、そこそこのポジションを確保しておく。静やりえがくるのを待っていると、念話の呼び出し音が鳴っていた。


シュウト:

「あれ? 誰だろう……」


 今度も『そう』なのだった。正しい道を選んだと思ったら、『向こう側』からの招待が送られてくる。まるで誰かが見ていて、僕を試しているかのようだった。







司会者:

「さぁ、ここで審査終了!『輝けライブ in アキバ』栄えある第1回優勝者は……」


アクア:

「こっちもお祭り? ……ずいぶんと楽しそうね」


 ――盛り上がる会場を余所に、物珍しそうにキョロキョロとしているアクアがいた。


司会者:

「……ダントツの最高得点でした!」

てとら:

「くぅ~っ! この銀河アイドルてとらちゃんが負けちゃうなんて! やるねっ、キミ達っ!」


アクア:

「これってオルガン? 鍵盤なんて見るのも久しぶりだわ。……ちょっと弾かせて貰ってもいい?」

高山三佐:

「ああ、構わない」

アクア:

「ありがとう。……そうね、お祭りに相応しい楽しい曲がいいわ」



 ――異界が出現した。ライブの聴衆を豪腕で演技的空間に引きずり込んでしまう。まず段違いに音が大きかった。かといって力任せに叩きつけている訳でもない。〈冒険者〉の筋力を頼みにした音では、そうと分かってしまうものだ。楽器の持つポテンシャルをキチンと引き出せば、電気的な拡声器(スピーカー)は不要である。楽器はもとより、音を鳴らし、響かせるために生まれてくるものだから。


 プロの音楽家は音量が違うと言われる。コンクールであれ、コンサートであれ『広々とした会場の隅々にまで』自分の音色を響かせることが前提になっているからだ。音が小さくては評価されないし、そもそも上手いなどと言われない。……このことに関していえば、日本の狭い住宅事情は不利と言わなければならないだろう。一昔前までは『隣の家の、音大にかよう綺麗なお姉さんのピアノの音がいつも聞こえていた』などの都市伝説が各地で横行していた。しかし、その時点でその子はプロに成れないと分かる。隣の家の綺麗なお姉さんまではいいとしても、そこでピアノの音が『迷惑で困る』ぐらいの音量でなければ話にならないからだ。

 難しい曲が弾けるようになることには大して価値はない。プロならみんな弾けるのが当たり前なのだ。才能のある者や天才ばかりがプロになり、その中でも大天才と呼ばれるものだけが頭角を表す世界である。世界的な音楽家を排出するには、世界の『当たり前』を知らなければならない。


 爆音のままの超絶技巧。壮絶なる矛盾を、しかし軽やかに。それが世界の当たり前(ワールドスタンダード)だ。


 腕2本、指10本では足りないような複雑な音色が響きわたる。アクアは人ではない。人の形をした音楽なのだ。悪魔的なまでの天界の音律。聴く者の心を癒し、優しく感動させないでは済まさない一方的な蹂躙、殲滅。音楽に関わる者達はその圧倒的な実力に歯噛みし、同時にもっともっと練習したくなっていた。


シュウト:

「ちょっと、アクアさん! 何をやってるんですか!?」

アクア:

「遅かったわね。もう少し待って、この曲が終わるまで」


 ――アクアに呼び出されたシュウトは、アキバの街中に轟くオルガンの音色に気付いて走ってきたところだった。特別な出来事なのは誰にだって分かる。そんなことが可能な人物は限られる。


アクア:

「終わったわ。行きましょう」

シュウト:

「え、ええ」


 ――アクアを注目しているのに、誰も何も反応しなかった。意味が分からないまま、おっかなびっくりその場を立ち去るシュウト。

 異界に連れ込まれたまま、呆然としていた聴衆が我に返った時、アクアはその場を立ち去った後だった。やがて誰かが拍手をはじめた。それがさざ波のように広がり、やがて巨大な波となった。


シュウト:

「……なんか、もの凄い騒ぎになってませんか?」

アクア:

「いいのよ、行くわよ」


 ――後ろを振り返り心配しているシュウトだったが、アクアは一顧だにしなかった。後味を良くするためには『いなくなること』も大切なのだと知っているからだった。







ジン:

「よう、来たか」

アクア:

「ええ、来たわ」


 ファッションショーの会場で、場所取りでぼんやり立っていたジンの元にアクアを連れて戻る。


ジン:

「もしかして『運命のお時間』?」

アクア:

「話が早いわねぇ。『貸しを返して』もらえるかしら?」

ジン:

「……今はユフィが出られない」

アクア:

「今回、回復役は揃っているわ。足りないのは貴方だけよ」

ジン:

「いいだろう。ああ、挨拶してくる時間、ある?」


 ファッションショーの舞台裏には、小規模ながら楽屋があるそうだ。しかし、ロデ研の順番は最後の方なので、ユフィリアはまだロデ研のブースで待機しているらしい。


ジン:

「入るぞ?」

花乃音:

「どうぞ」

ユフィリア:

「ジンさん? どうしたの?」


 ユフィリアは普段着のままイスに大人しく座っていた。じっとしているのが少しつらそうだ。


ジン:

「なんだ、まだ着替えてないのか」

那岐:

「着替えるのは楽屋に入ってからだな。もうすぐ準備が完了する」

ユフィリア:

「ジンさん、どうしたの?」

アクア:

「ハイ、ユフィ」

ユフィリア:

「アクアさんだ! えっ? あっ……」


 一瞬で笑顔になった彼女だったが、頭の回転が速いのだろう。状況を理解して見えた。アクアがジンを呼びに来たのだ、と。


ユフィリア:

「行っちゃうの?」

ジン:

「ああ、ちょっと出てくる。なるべく早く戻るつもりだけど、ステージは見られそうにない。ワリ」

ユフィリア:

「……私も!」

ジン:

「ストップ」


 立ち上がろうとするユフィリア肩を、柔らかい動作で押しとどめるジン。実際にはテレポート的な動きをしているのだが、自然すぎて違和感が無かった。今のに何人が気が付いたろうと苦笑いしてしまう。


ジン:

「お前が居ないと、ここの連中が困るんじゃないのか?」

ユフィリア:

「でも、戦いに行くんでしょう?」

ジン:

「んー、これはアレか、勘違いがあんな。……いいか? 戦いが一番大事なことなのか? ちげーだろ。お祭りだって、大事なことなんじゃねーの?」

ユフィリア:

「そうなの?」

ジン:

「そうさ。みんな今日のために頑張って来たんだ。それなのに、戦いの方が大事、なんて簡単に言っちゃダメだ。まぁ、俺はここじゃ何の役にも立たないからアレなんだが。お前はここで必要とされてて、やるべきことがある。だろ?」

ユフィリア:

「……私がいなくても、平気?」

ジン:

「ぶっちゃけ、あんまり平気じゃない気もするんだが、回復役は居るらしいし、ナントカなんだろ」

シュウト:

(ええええっ!?)

アクア:

「フォローは任せて」

ユフィリア:

「…………」


 じっとジンの目を見ている。些細な嘘も見抜こうとしているかのよう。


ジン:

「お前こそ、俺が居なくて平気なのかよ?」

ユフィリア:

「ぜーんぜん平気だよ」

ニキータ:

「私が付いてますから」

ジン:

「へぇへぇ、そうでごぜーますか。……ここは任せたぞ。ちゃんとやれよ? てぇー抜くなよ?」

ユフィリア:

「しょうがないから、がんばってあげるよっ」

ニキータ:

「こっちのフォローは、私が」

ジン:

「よし、頼んだぞ」


 ロデ研のブースを立ち去ろうとしたところで、彼女に呼び止められる。


ユフィリア:

「まって、シュウト!」

シュウト:

「えっ、何?」


 立ち上がった彼女がつかつかと歩いてきて、手を握られる。


ユフィリア:

「一緒に行くんでしょう?」

シュウト:

「そのつもりだけど」

ユフィリア:

「だったら、私の代わりにジンさんを守ってあげて」

シュウト:

「えっ? だって……」

ユフィリア:

「お願い」


 自分より圧倒的に強い人を守れと言われて、狼狽えてしまう。


シュウト:

(そうか……)

 

 彼女は、ユフィリアは、いつもジンを守っているつもりだったのだろう。世界最強を守るというその役割を、僕に代わってくれと言っているのだ。


シュウト:

(勝てないなぁ)


 頼られるのも、頼まれるのも、最強を守れというのも、気分がいいではないか。元より、足手まといになろうと思っていたわけではない。

 輝く強い瞳を見返して、宣言する。


シュウト:

「わかった。僕が、ジンさんを守るよ」

ユフィリア:

「ありがとう」


 無言で送り出してくれる同志のようなニキータに目線で礼を送る。どこに居たのか、心配そうな顔で見上げてくる咲空の頭に軽く手を置いて「大丈夫だからね」と声を掛けておいた。


 ブースの外に出ると、10mばかり先で待っていたジンとアクアに駆け寄る。


 どうやら天秤祭の勇者にはなれそうになかった。僕は、僕の戦場へ向かおう。アクアには聞かれてしまったかもしれないが、ひとつの決意を胸に秘めていた。


シュウト:

(ジンさんは、僕が守る……!)

 


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