122 天秤祭 / 代役の依頼
正統剣士である朱雀の空いている左手に、光るカード状のエフェクトを確認。僕は瞬間的に跳ね飛んだ。〈オープニングギャンビット〉のダメージマーカーが飛んでくる。全てを躱すことはできなかったが、これを逆に利用することを思い付く。
シュウト:
(そう簡単に起爆はさせない……!)
ゲームであれば、ダメージ判定と共に追加ダメージが発生する〈ダメージマーカー〉だが、設定的に言えばマーカー部分を『弱点化』しているため、その部位に命中させることが必要になる。〈大災害〉後の特徴の一つだ。結果、特技などの攻撃はマーカー部分にアシスト誘導される。マーカーの設置ポイントが少なければ、狙いを読むのに使える。
朱雀:
「〈クイックアサルト〉!」
シュウト:
「甘い!」
出の早い攻撃特技を滑らかに打ち込んで来るものの、マーカーを狙って来るのが読めているため、弾き返すのはそう難しくはない。人間の反射速度で発動後の攻撃特技を見てから躱すのは難しい(そういうことが平気でできるのはジンさんぐらいしかいない)……なので、特技の『発動』自体を読む必要がある。アイコンで特技を入力する場合であれば、目線が外れたり、こちらへの意識が途切れるため、慣れてくると見て取ることも十分に可能になる。
しかし、モーション入力をよく練習して来たのだろう。今の朱雀の〈クイックアサルト〉は良かった。マーカーが無かったら一撃もらっていたかもしれない。
名護っしゅ:
「今の防ぐとか、アリかよ」
シュウト:
(ノーダメは、諦めないとダメかな……?)
多少は妥協してでも、畳みかけられるところで畳みかけてしまわなければならないだろう。くだらないコダワリで足下をすくわれたくはない。その手の失敗は、数限りなく経験済みだ(ジンさんとかレイシンさん相手に……)
ダメージマーカーのお陰で攻撃が読めると言っても、〈ワールウインド〉や〈ダンスマカブル〉などを至近距離で出されたらどうにもできない。繋ぎの〈レイザーエッジ〉を捌きながら、モーション入力を練習してきたという残り4つの攻撃特技はどれだろう?と考える。否、攻撃特技に限らないではないか。
シュウト:
「……フッ!」
技後硬直を朱雀が嫌ったため、攻守を入れ替えるチャンスが出来た。すかさず『陰の技』で接近から、新技の〈ステルスブレイド〉『影断ち』を叩き込む。ダメージに怯む間に、〈クイックアサルト〉を重ね、さらに相手のリアクションを確認しながらの〈アクセルファング〉。背後に切り抜けて距離を作れるため、すぐに反撃されないので対人戦では便利だ。
朱雀:
「くっそ! ……うっ、消えた?!」
シュウト:
「〈ラピッドショット〉」
〈アクセルファング〉の停止から即座に〈ガストステップ〉。相手の視線切りをしつつ、停止と同時に剣をその場で手放す。同時にパッシブスキル〈クイックリロード〉が有効になり、瞬間的に矢を準備。〈ラピッドショット〉でトドメ。
雷市:
「つえぇ!」
マコト:
「またダメージ無しで勝った……」
そー太:
「へっ、隊長の全力は、まだまだこんなもんじゃねーって!」
エルンスト:
「さすが、レベル93ということかな」
朱雀:
「……すみません」
〈施療神官〉のエルンストが朱雀の治癒を行っていた。
戦闘を総括して、朱雀に何かアドバイスしなければならない。モーション入力自体は巧く使えていたように思えた。問題はその前後の戦闘の組立ての所だろう。しかし、こう考えてみると、もう少し手加減して相手の良いところを引き出すようにした方が良かったかもしれない。
シュウト:
「ごめん、もう少し長く戦った方が良かったかもしれない」
朱雀:
「止めてください。全力でってお願いしたのはオレの方ですから」
シュウト:
「それでいいなら、うん」
申し訳ない気持ちになってしまった。教えるのは難しいと改めて思う。ゲーム内容ならともかく、プレイヤースキルに属することは、『鍛えろ』で終わってしまうことが多い。
むしろ自分の側で『近接での自由度』が上がっていて驚いた。近接してからの息苦しさにも似た、狭っくるしさを始めて自覚する。少しばかり自由になったからこそ、自由の無さに気が付くことができたのだ。朱雀が相手してくれたから気づくことが出来たのだろう。
シュウト:
「正直、前に戦った時より、プレッシャーを感じたよ。特技の使用もずいぶん滑らかになったし」
朱雀:
「まだまだです」
シュウト:
「えーっと、……もう少しスタイルを確立させた方が良いんじゃないかな」
朱雀:
「え? オレはフェンサーのビルドですけど?」
シュウト:
「この場合のスタイルっていうのは、もっと全体的な、『力を発揮する方式』みたいなもののことなんだけど」
朱雀:
「……はぁ?」
シュウト:
(うっ、説明が難しいなぁ)
名護っしゅ:
「隊長のスタイルは、『ソードダンサー』『シャドウブレイド』『スナイパー』の各種ビルドのイイトコ取りだよな?」
シュウト:
「結果的にそんな感じですね(苦笑)」
それは中途半端という意味でもあるのだ。装備と戦術とスタイルが一致していた方が、より強いに決まっているのだから。
朱雀:
「ビルドを変えろってことですか?」
シュウト:
「いや、そうじゃない。 一概に言えないんだ。ソロとパーティ、レイドで運用が違うし。例えば、移動用の特技をもっと駆使した方がいいって思うけど、部分的にそこだけ追加したり変えたりしてもあんまり意味がないんだ。ビルドは戦略的な問題だけど、どうビルドするか?という戦略を立てる時の基本方針みたいなものが必要というか……」
朱雀:
「ストレングス重視とか、アジリティ重視とかって話なら、スキルとか武装、戦術の流行り廃れがあるってことで結論出てますよね?」
ジン:
「なんか難しい話ししてんのなー。感心、感心」
シュウト:
「ジンさん……」
ちょっとホッとしている部分があったりする。
シュウト:
「スタイルについて、どう説明すればいいのか分からなくて……」
ジン:
「ふーん。いいか? トップを走れば、流行り廃れなんかは周りの人間が右往左往しているだけのことだぞ。追従してるだけの人間が、最前線に立てるとは思わないことだ。強くなるってことは『真似される側になる』って意味なんだから」
朱雀:
「……はい」
そー太:
「だけどさー、強くなるまでは上位の人を参考にしたっていいだろ?」
ジン:
「それはアリだな。学習は真似から始まる。それに強くなることで『見えるもの』が変わることは良くある」
『見え方』自体が変わっていくのだ。何気ないセリフだったが、少しずつ言葉の意味が分かるようになって来ている。こうした部分で自分が成長している気分になるのだが、逆にこれまでどれだけの内容をこぼして来たのか?と思ってしまう。
ジン:
「ま、自分を強く見せようとする必要はないし、他者との差別化も結果的にそうなっていくだけのこと。自分が得意なことを追求し、どうやったら勝てるか?と考え続け、美意識を持つ。そうやって自分のスタイルを形作っていくんだ。
だからって、自分の全力が世界と噛み合うかどうかは分からないもんだけど、信じて試していくしかない。ダメでも諦めずに工夫を繰り返すんだ」
シュウト:
「なるほど」
ジン:
「お前が納得してどうすんだよ」
シュウト:
「すみません(苦笑)」
ジン:
「まぁ、この系統の内容だと『好き』と『得意』のズレがポイントだな」
そー太:
「どういうことだ?」
マコト:
「さぁ?」
朱雀:
「勝つためには、自分の好みを優先するよりも、得意なものを優先して鍛えていくべきだ、ってことですよね?」
ジン:
「『幸せな一致』をみる場合もあるがな」
シュウト:
「でも、普通は『得意なものを好きになる』ものじゃないんですか?」
ジン:
「……こういう幸せなヤツもいるってことだ。戦士職よか、回復職のが向いてましたー、でも戦士職が好きなんですー、みたいな人は幾らでもいんだよ」
そー太:
「そういうことか。だったらマコトも〈武士〉より別のクラスのが向いてそうだよな」
マコト:
「そうかもね……」
汰輔:
「もし、好きと得意がズレてたら、どうすりゃいいんですか?」
そー太:
「お前、ズレてんのか?」
汰輔:
「もしもの話しだって」
ジン:
「芸の世界はいろいろだ。得意なものは簡単に感じるから、あまり練習しなくなる、とか言うね。苦手なものの方が練習するから、格段に上手くなり易いってな。だから、得意なもので慢心するなら意味なんか無いわけだよ。
好きと得意が一致してたら、練習はするかもしれないが、芸の幅は広がらないケースだって考えられる。戦闘の場合、得意技だけに頼ると対策された時に手の打ちようが無い、とかな」
シュウト:
「それは、困りますね」
ジン:
「だが、逆に一芸を極めちゃってたら、相手がどう頑張っても対策取れなくなる場合だってある」
朱雀:
「オレは、そっちの方が好みですね」
ジン:
「で、何が得意なんだ?」
朱雀:
「それは……」
本格的に悩み始めてしまったようだ。
シュウト:
「ま、まぁ、実戦の中で何が得意か?みたいなものは分かっていくものかもしれないし?」
朱雀:
「それまで練習できないってことですか?」
シュウト:
「そうは言わないけど」
ジン:
「じゃあ、とりあえず何が好きなんだ?」
シュウト:
「〈ダンスマカブル〉系か〈オープニングギャンビット〉系だと、やっぱり〈オープニングギャンビット〉系になるよね?」
朱雀:
「え……」
〈盗剣士〉のビルドは、 二刀か一刀かでまず分かれる。広範囲の敵を相手に、手数で勝負する場合は二刀が選択され易い。この場合はそれぞれの武器の追加効果を利用できるのが大きい。プロックでは属性攻撃だけでなく、麻痺のようなステータス異常を絡める選択肢もある。
一刀は〈フェンサースタイル〉を極めることで、二刀よりも高いダメージを出せるものの、左腕を空けておくことがデメリットになる。二刀の追加効果の優位をくつがえそうとする場合、範囲よりも、単体用の戦術に優位性を求めることが多い。レイドボスへのダメージマーカーの集中設置→起爆の流れなどだ。
ここから、〈ダンスマカブル〉や〈ワールウインド〉に代表されるような乱舞形か、〈アーリースラスト〉や〈オープニングギャンビット〉に代表されるダメージマーカー設置形とに分類できる。
もちろん、一刀でも〈ダンスマカブル〉は使うし、その威力は高い。二刀でもダメージマーカーは設置するし、対単体で不利な訳でもない。ただ、ビルドによって運用の方向性は若干変化するし、レイドではそれで組み方が変わることが良くあるのだ。乱舞しなければ二刀の優位が損なわれるから乱舞が戦術の中心に来るのだし、一刀は力押しよりもテクニカルな運用の方向性になっていく。
朱雀:
「強い〈盗剣士〉の人ってどっちのパターンなんですか?」
シュウト:
「いろいろだよ。基本的に上の方の人って苦手が無いイメージだし」
古巣のことを何となく思い出してみる。〈盗剣士〉の実力者について知っていることはあまり多くない。どうしても知り合いぐらいに限定されてしまうのだ。特に武器攻撃職は余所のギルドの状況を把握しにくい。ランキングで名前を知っていればいい方なのだ。
シュウト:
「えっと、〈シルバーソード〉は辞めちゃったみたいだけど、『おっぱいの大きな彼女がいる』キリヤとか? あれっ、結婚するって言ってたような?」
ジン:
「そんなヤツが強い訳ないだろ!」
名護っしゅ:
「そうだそうだ!」
シュウト:
「……デスヨネー」
ヤブでよけいな蛇をつついてしまった。そうなると……。
シュウト:
「フェデリコさんも上手いけど、やっぱりケイトさんかなー?」
朱雀:
「どんな人なんですか?」
シュウト:
「裏番? 女番長?みたいな人で、ディンクロン・プロメシュースの2人も何も言えなかったりして。レイドの参加率はそんなに高くないんだけど、いたら参加は確定っていう」
朱雀:
「その、性格の話とかじゃなくて……」
シュウト:
「ビルドとかだったね(苦笑)。えっとレイドだと二刀流で物理デバフだよ。魅せプレイの達人で、エンドオブアクトで雑魚をまとめて殲滅してみたり、〈ラウンドウィンドミル〉でレイドボスの必殺攻撃回避してみたり。無駄口を叩かない割に盛り上げるのが上手くて、女子プレイヤーのリーダー格だったんだ」
ジン:
「ほぅ、使えそうなヤツだな。今はどうしてんだ?」
シュウト:
「ゴブリン戦役で一緒だったんですけど、あの後は会ってませんね。どうも〈シルバーソード〉を抜けたみたいで」
フレンドリストに所属ギルド名が出ているため、彼女が〈シルバーソード〉を抜けたところまでは分かっていた。
ジン:
「おっ。いいね、誘ってこいよ。お前の魅力でトリコにしろ!」
シュウト:
「無理ですよ! アゴで使われるのがオチですから。 それに……」
ジン:
「それに、なんだ? 俺様に隠し事か? ん?」
いつから俺様になったのだろう?と思ったが、最初からだった気がしないでもない。どうせ無理矢理に口を割らされるに決まっているので、話してしまう方が被害が少ないと思い直す。理由を言わない限り、誘わなければならないのだろう。
シュウト:
「えっと、どうやらニキータの事が好きというか、お気に入りみたいなんです。ケイトさんは誘えば来るかも知れませんけど、ニキータさんが嫌がるんじゃないかって」
ジン:
「あ~、なんかどっかで見たな、そんな感じの。……もしかして、谷間みせつけてるデカ乳の、色黒ねーちゃんか?」
シュウト:
「そうです。髪が白に近い薄い紫の」
ジン:
「あー、アイツかー。根性ありそうな顔だったなー」
シュウト:
「根性、ですか……?」
本当にケイトリンの事を言っているのか自信がなくなる。根性からは程遠い性格の気がしてならない。
そー太:
「おい、ライバルが増えそうだな?」にやにや
朱雀:
「うるさいぞ、黙れ」
そー太:
「けっけっけ」
「誘ってこい、おっぱいを増やせ!」との至上命令により、嫌々の渋々ながらも、連絡しなければならなくなった。……もしかして放置しておいたら忘れてくれないものだろうか?
◆
シュウト:
「あのさ、歩きにくいんだけど」
静:
「そんなテレなくていいんで、いきましょう!」
りえ:
「そうそう。休憩時間おわっちゃいますっ!」
右腕に静、左腕にりえが巻き付いている。何がどうしてこうなったかと言うと、昨日、サイや星奈と一緒にいたのが、お気に召さなかったようだ。静とりえが文句を言い続けることに。結果、あの人は面倒臭かったのだろう。僕を仕事のシフトから外し「好きにしていいぞ」と言い放った。
確かに『雑用 兼 おもちゃ』なので、文句を言う権利などはないかもしれない。ないかもしれないが、おもちゃにする権利を他人に付与したりするのは反則ではないのだろうか?(ただ、本人に向かって言える度胸などはない)
シュウト:
「まりさん。2人になんとか言っていただけませんか?」
まり:
「あっ、私と代わって欲しかったですか?」←わざとらしく
静:
「隊長、どっちと代わって欲しいんですか?」
りえ:
「やっぱ、まりみたいな胸の大きい子がいいんだ? バイバイ静」
まり:
「うわ~、隊長セクハラ」
静:
「たいぢょ~(涙)」
シュウト:
「いやいや、そんなこと言ってない。言ってないよね?」
赤音:
「いいえ。そう聞こえました」
シュウト:
「嘘だ!!」
その時、星奈と目が合った。まさに純真な瞳というアレだった。
星奈:
「ふたまた?」ぽろっ
シュウト:
(ぐはぁっ!)
しかし、その口から出たのは毒霧のような言葉だった。最悪である。僕に死ねというのだろうか。昨日のアレで学習してしまったのかもしれない。すべてシロエ氏が悪い。星奈、君はそんな言葉を覚えてはいけない!と心が悲痛な叫び発していた。
シュウト(裏):
(もしかしてこれは、みんなに羨ましがられるシチュエーションなのでは?)
なんと鋭い意見だろう。これがハーレムってヤツかもしれない。僕は心の声にひとかけらの真実を見た気がした。そうだ、この状況を楽しんでやろう。そう思ったのもつかの間。ギルドから出て何歩か歩いたところで見知らぬ人に『くすくす』と笑われた。ボッキボキに折れた。心に回復魔法が、否、蘇生魔法が必要だった。甘かった。理想論は理想に過ぎなかった。ハーレムなんて僕には無理だと理解した。
心配そうな顔をしてこちらを見ている咲空がいる。
シュウト:
「咲空……」
咲空:
「シュウトさん、がんばって……」
シュウト:
(見捨てられた?!)
よく考えれば、『がんばらなきゃいけない』ことを、咲空は知っているではないか。こちらは喜んでいないのに、どうしてこういう事を強要するのだろう。ああ、モンスターと、ドラゴンなんかと戦っていたい。ジンやレイシンと対人訓練していたい。戦闘訓練していたい。
口から煙りかエクトプラズムみたいな何かがこぼれていく。朦朧とした意識の中、気が付けば中央通路の大交差点に来ていた。昨日、ジンと待ち合わせた場所で、同時に〈ダンステリア〉のケーキバイキングの会場でもある。昨日に引き続き、予選会の続きをやっているらしい。
りえ:
「これ、ちょっと出たかったんだよねー。隊長と」
静:
「あたしと一緒にでちゃいますか、隊長?」
シュウト:
「甘いものは勘弁してください」
苦手という程でもないが、ここで出場しようものなら、今度は僕が攻撃対象になってしまう。(ジンさんが見事に回避したフラグを踏み折ってたまるものか!)
まり:
「あっ、見て見て!」
なんと、先客がいた。(こっちはハーレムなんかじゃないので先客って表現はどうなんだろう……)〈西風の旅団〉のソウジロウ達がケーキバイキングに挑もうとしているところだった。
りえ:
「さぁ、いよいよ始まります。〈ダンステリア〉主催のケーキバイキング大会。ワタクシ、実況厨のりえです。解説には、巨乳美女まりさんに来ていただきました」
まり:
「誰が巨乳だ。……よろしくお願いします」
シュウト:
「いや、何をしているのキミたち?」
りえ:
「まりさん、いかがでしょう?」
まり:
「見てください、ハーレムマスターを相手に、正面から迎え撃つ気です。〈ダンステリア〉の女傑、加奈子女史は勝ち気ですね」
りえ:
「なんと! ソウ様は大丈夫なのでしょうか?」
まり:
「情報によりますと、前日にも女子2人はべらせた厚顔無恥を撃退しているということです。自信をつけたのでしょうね」
りえ:
「それはまたうらやまケシカラン輩ですね。……そろそろ予選会が始まります!」
シュウト:
「いや、だから何をやっているの?」
静:
「実況と解説ですってば」
りえ:
「来ました! ホールです! 〈ダンステリア〉はホールケーキで勝負するようです!」
まり:
「物量で押し切るつもりですね。ホールケーキ16個とは、まさに加奈子女史の『心尽くし』ですねっ」
シュウト:
「うわぁ、凄いことになっているなぁ……」
女の子3人連れているのも凄いが、ホールケーキ16個も規格外だった。
まり:
「あっ! 見てください、念話しています」
ここからが凄かった。ソウジロウが念話すると、次々と女の子が増えていくではないか。その度に慌てた〈ダンステリア〉のメンバーがホールケーキをもって来る。ソウジロウの物量に対して、加奈子も物量で対抗しようとしてしまった。それが間違いだった。
りえ:
「これは、なんてカオス!どんどん女の子が増えていきますっ!」
まり:
「〈ダンステリア〉は、ケーキの在庫が大丈夫なんでしょうか?」
りえ:
「あれっ、本戦って今日ですよね?」
まり:
「勝ち残ったカップルにレイネシア姫の夕餐会へ参加する資格を与えるはずなので、午後には本戦が行われるはずです」
りえ:
「あんなにホールケーキ放出して、本戦は大丈夫なんでしょうか? 心配ですね」
まり:
「ギルドメンバーが何か伝えています」
りえ:
「ああっ、在庫切れっ! 在庫切れでソウ様の勝ちですっ! 加奈子女史、崩れ落ちたぁ! ソウ様は女の子に囲まれてケーキを美味しく頂いているようですっ!」
シュウト:
「あれって量が多かったら、援軍呼べばいいのかな?」
静:
「なに言ってるんですか、あんなの反則に決まってますよ」
シュウト:
「だよね? でもなんか、途中から別の戦いになってたよね?」
まり:
「物量戦争でしたね」
静:
「さっすがソウ様」
りえ:
「ソウ様、カッコイイ」
シュウト:
「ああいうのって、アリなんだ……」
世の中は無常だな、と思った。
残念なのは、自分も女の子を何人も連れていることで、文句も不満も言う権利がないかもしれないことだ。実態はアチラとは大違いなのだが、世間的には同類かもしれず。
◆
ジン:
「ほほぅ、これが伝説の?」
ユフィリア:
「クレセントバーガーだよ。ジンさんって食べなかったの? なんか意外だな」
ジン:
「おう、その頃は忙しくしてたからな。一度、レイが買って来たんだけど、葵のバカが食べやがって、俺にはポテトが一本切りだった」
シュウト:
「葵さん、容赦ないですね……」
静たちにあの後も振り回され、ようやく解放されて一息ついたところだった。久しぶりに復活したという〈三日月同盟〉のクレセントバーガーの屋台の前で、ちょっと食べようかという話になった。
ジン:
「オーバーライドが上手くいって、実戦練習に移ってる頃だ。正直、メシどころじゃなかった。レイが相手すんの嫌がるようになって、しょうがないからモンスターと戦ってたんだ」
シュウト:
「レイシンさんが嫌がるって、何度も大神殿送りにしたっていう?」
ジン:
「そうだ。ブーストした〈竜破斬〉の実験をしてたのもあるが、気持ち的にはあの頃が一番強かったと思う。……今の方が実力はぜんぜん上だけど、敵だと思ったら相手が誰だろうとあの頃なら斬れたろう。今じゃ、手加減しまくりのダラッダラだよ」
シュウト:
「……そういえば、最初の頃は手加減して弱くなるのが嫌だって、戦ってくれませんでしたよね」
ユフィリア:
「そうなんだ?」
ジン:
「そんなこともあったっけな(照) ……それよりアレだ、噂の、おっぱいのデカイ店員さんっていなくね?」
シュウト:
「あの人って、〈円卓会議〉の一人ですよ?」
スペシャルバーガーを道端の立ち食いですませる。ユフィリアが一緒なこともあって、何となく目立ってしまった気がした。
あの頃の味はもう記憶の彼方だったが、今回も美味しかった。
その後、ユフィリアの付き合いで商業ホール、白銀の間へ。冬物衣料展示即売会の会場だった。天秤祭2日目の目玉である。ファッションショーも行われるらしい。
実は、静達にひっぱってこられたので一通り巡っていて、あまり見るべきところはない。そもそも着るものに興味があんまりないのだ。これが防具だと俄然、興味がわくのだから不思議なものだ。のみの市は既にはじまっているが、今晩から3日目いっぱいがメインになっている。店舗が一気に増えるらしい。
引継を終えたニキータ・咲空と合流。
ジン:
「咲空に何か買ってやれよ」
シュウト:
「わかりました。……何がいいかな? 一緒に探そう」
咲空:
「はいっ!」
嬉しそうな咲空を見ていると、ささくれ立った心が癒されて行く気がする。砂漠直前までカラカラに乾燥した広野に潤いが戻って来る。
咲空:
「ちょっと、アレを見てきます!」
ユフィリア:
「フフフッ、私も行くね」
シュウト:
「……咲空も星奈も、いつか、静や りえ みたいになるんですかね?」
ジン:
「そうかもな」
何となく現実世界の妹のことを思い出して、可愛い頃もあったのだろうか?なんて考えてしまう。いいや、可愛かった時期なんてありませんでしたとも。いつも生意気で、でも、それで良かったのだ。
しかし、そうなると、咲空も星奈も、何時までも可愛いままかもしれないと希望が持てる気もする。
ジン:
「だが、変わらないでいて欲しいってのは悪に近しい。周囲の都合で、本人の成長を阻んでどうする。それは優しさなんかじゃない。依存だ。生きるとは変化を続けることだし、時間の中にいれば変わらずにはいられない。……以前を惜しむぐらいで丁度いいのさ」
自分だって「いつまでも弱いままでいろ」などと言われたら、嫌な気分になるだろう。強くなってカワイゲがなくなったら、この人に可愛がってもらえなくなるかもしれない。でも、それが自分の望みに近い気もする。咲空や星奈にだけ、変わって欲しくないと思うのは、ズルいのかもしれない。
ジン:
「それに、小さい女の子の変化を許容しないってことは、つまりロリコンということだしな!」
シュウト:
「……それじゃあ、ダメですね」
ニキータ:
「ウフフフフ」
何が面白かったのか、ニキータに笑われてしまった。
照れくさい思いをしていると、ユフィリアが走って戻ってきた。
ユフィリア:
「あのね、花乃音が助けてって!」
ニキータ:
「えっ、今、どこにいるの?」
ユフィリア:
「ロデ研のブースだって」
何かのトラブルだろうか?と思い、一緒について行くことにする。
ロデ研の販売ブースは、流石に三大生産ギルドのひとつであって、大きかった。ブースの前に不安そうにキョロキョロしている女性がいた。見覚えがあるので、あの子が花乃音だろう。
ユフィリア:
「花乃音!」
花乃音:
「ユフィ! よかった!」
駆け寄って来た花乃音がユフィリアに抱きつく。感情表現が豊かだ。道端では出来ない相談のようで、ブースの裏側に連れて行かれる。なんだか他人の裏舞台を覗き見るようなドキドキ感がなくもない。
花乃音:
「連れて来ました!」
那岐:
「でかした、花乃音!」
がばっと立ち上がる金髪の男性、かと思ったら、出るところが出ていた。女性だ。メジャーを持ってユフィリアに近付く。
ユフィリア:
「えっと、おナギさん? 一体どうしたの?」
那岐:
「今からサイズの調整するからな」
ニキータ:
「ちょっと待って、何がどうなってるの?」
花乃音:
「いや、実は……」
那岐という金髪の女性がユフィリアの体のサイズをヒモメジャーで測っている間、花乃音が説明したところは以下である。
まず、ファッションショーにレイネシア姫に出演してもらおうとたくらんでいたらしい。裏でエリッサというメイド長と交渉も済ませ、ドレスも準備してあったようだ。レイネシア姫本人には秘密のサプライズ出演の予定が、ナントカ言う〈大地人〉貴族が来ることになり、出演をドタキャンされてしまったという。
ジン:
「なるほど、そういうことか」にまり
シュウト:
「なんです?」
ジン:
「いや、いい。こっちの話だ」
レイネシア姫クラスの代役がつとめられる人などは限られてしまう。当日になって出てくれと頼んでも、断られるのが見えていた。そこで白羽の矢が立ったのが、ユフィリアという事らしい。
那岐:
「頼む。ユフィリア、出てくれ!」
花乃音:
「ユフィ、一生のお願いっ!」
ニキータ:
「花乃音が自分で出ればいいじゃない」
花乃音:
「いやぁ、ドレスのデザインが。ホラ、レイネシア姫用に作ったから。あたしにはちょーっと無理かなーって?」
ニキータ:
「ドレスなの? どんなの?」
ホコリ避けなのか、布地をめくった下から出てきたドレスに圧倒される。もの凄く豪華そうな、半透明で透き通った布地を何枚も重ねたデザインだった。深い森の奥、清水をたたえた湖畔で人知れず静かにたたずむ妖精のイメージが伝わってくる。ランク的にいえば幻想級の逸品なのが男の僕にすら分かった。お姫様みたいな人が着るためだけに生まれたものなのだ。レイネシア姫なら確かに似合うだろう、何しろ本物のお姫様なのだから。しかし、現代人が下手に着て似合うか?といわれると、難しそうだった。
ユフィリア:
「すごーい! すっごいキレイ!」
花乃音:
「でしょ? ロデリック商会・被服部門の総力を結集して作りました」
那岐:
「新ブランド〈ピクシーワークス〉の宣伝用だ。金にイトメはつけてねーぜ。げへへへ」
花乃音:
「おナギさん、よだれ、よだれ」
くるっと振り返るとユフィリアはジンを見つめて一言。
ユフィリア:
「どうすればいいかな?」
ジン:
「いいじゃん、出れば?」あっさり
ユフィリア:
「いいの?」
ジン:
「何? なんか遠慮とかしてるワケ?」
ユフィリア:
「そういう訳じゃないんだけど……。いいのかなーって」
ジン:
「言ったろ。天秤祭を楽しめばいいって」にっこり
ユフィリア:
「うんっ! アリガト、ジンさん!」
にっこりと笑うユフィリアを見て、やっぱり綺麗だと思う。彼女にならきっとあの凄いドレスでも似合うだろう。
那岐:
「話はまとまったか?」
ユフィリア:
「うんっ。よろしくお願いします」ぺこり
那岐:
「よしっ、間に合わせるぞぉ!」
ロデ研のブース裏で働く、たくさんの被服部門の人間が雄叫びをあげた。
ジン:
「ちょっと待て、もう一度、体のサイズを計り直せ」
那岐:
「なんで? 急いでるんだって」イライラ
ジン:
「いいから。……ユフィ、ハラをへっこましてやれ」
ユフィリア:
「うん。……ぺこー」
花乃音:
「うっそ!?」
ぺっこりどころか、べっこりというか、ガバッとへっこんだお腹周りを見て周囲は、唖然、絶句、絶望の涙になった。ただでさえ痩せているのに、ここまで凹むのだから凄い。しかもこの状態で1時間でも2時間でも平気なのだ、ステージ上での何分かなんて楽勝だろう。
那岐:
「まさかコルセット要らずとはな。このままでも着られるかもしれない」
ジン:
「いいや、全力を出した方がいい。中途半端な物じゃコイツに喰われるぞ。ステージが終わってどんな服を着てたか、だーれも覚えてなくてもいいのか? ん?」
那岐:
「……いいだろう。やってやろうじゃないか!(じゅるり)」
タウンティングだ。部分的に真実をまじえて敵愾心を煽り、本気を引き出してしまった。袖でよだれを拭うと、狂気に近い集中力で作業を始めてしまった。服を脱がされるユフィリアを見て、ニキータにブースからジンと2人で追い出されてしまった。
シュウト:
(まぁ、上手くいきそうだな)
咲空も中に残るというので、なんとなく手持ちぶさたになってしまった。
ジン:
「なんか食いにいくか」
シュウト:
「まだ食べるんですか? さっきハンバーガーを食べたばかり……」
ジン:
「甘いものは別腹だろうが。……いくぞ」
シュウト:
「はい」
なんとなく胸焼けしそうだと思いながら、その背を追いかけた。