121 天秤祭 / 中庸と勝利条件
静:
「もぅ~、まだかな~?」
2階で窓の外を見ては、ため息をつく静だった。お味噌汁屋の仕事を終えると、いつもなら朝食まで寝てしまうことも多い静だったが、この日ばかりは始まりの合図を待って、起きていた。
サイ:
「来た……」
風に乗って遠くから聞こえてくるのは、〈エルダー・テイル〉のオープニング曲。それは天秤祭の始まりの合図だ。
りえ:
「よっしゃ、いくぜ!」
静:
「おうよ!」
ジン:
「交代時間までに戻ってこいよ」
まり:
「了解でーす」
りえ:
「お任せあれっ!」
ジン:
「何時代人だっつー」
りえは色んな言葉を使いたがる。本人の雰囲気ともマッチしていて、笑いを誘っている。あれだけ可愛くて(しかも楽しくて)モテないとしたら、どこかに問題があるのかもしれない(……性格?)
レイシン:
「じゃあ、開店の準備をしてしまおうか?」
星奈:
「がんっ、ばりっ、ますっ」むんっ
ジン:
「星奈は燃えてるなぁ」
シュウト:
「サイは一緒にいかなくていいの?」
サイ:
「今回は咲空と代わりました」
シュウト:
「そうなんだ?」
咲空:
「じゃあ、ちょっとだけ行ってきます」ぺこり
葵:
「いてらー」
いい加減な静やおちゃらけている りえ と一緒だと、真面目な咲空には刺激が強いかもしれない。でも、少し引っ張り回された方がいいのではないかとも思う。星奈は次のタイミングで同じように連れていくつもりでいた。
シュウト:
「ジンさんってどうするつもりですか?」
ジン:
「やっとこレベル上がったから鎧だのの装備を更新して、残りの金で飲み食いだな。あ、奥伝の巻物どうするかなー。……また後でいっか」
シュウト:
「いやいや、このタイミングで買ったり集めたりしてくださいよ」
ジン:
「使わない特技多いんだよ」
飲み食いの方が重要って顔をして頭をぽりぽりとかいている。
なにやら雑誌のようなものを取り出したジンは、「ここ、ここ」と言い出した。
ジン:
「ここ、ここ。〈ウエストコーストスイーツ〉の新作とかね。あっ、あっ、〈とりな四十八組〉の和風スイーツもいいな」
サイ:
「スイーツ系男子ですか?」
シュウト:
「甘いものはかなり注文する人だからね……」
ジン:
「〈ダンステリア〉は、無料のケーキバイキングか。大会じゃパスだな」
葵:
「ははっ。〈ウエストコースト~〉なんて、女の子ばっかだったりして。どうする気だ、ジンぷー? 男1人で寂しくすみっこのテーブルで食べる気か?」にやにや
ジン:
「うぐっ、こっちの世界でも同じ目に会うのか!?」
ケーキの食べ放題の店などで、男子はカップル限定で入店可能だったりした気がする。
そしてギラッと睨まれたのはシュウト隊長だった。
シュウト:
「えっ? 僕ですか?」
ジン:
「……いやダメだ。シュウトを連れて行けばカモフラージュにはなるかもしれないが、虚しさが10倍界王拳になりかねない」
星奈:
「ご主、ジンさん!」
ジン:
「ん? どした」
星奈:
「スイーツ、ですか?」
ジン:
「おう。星奈も、甘いもの好きか?」
星奈:
「好きですっ」
シュウト:
「……ごめん、ユフィリア」
ユフィリア:
「なーにー?」
シュウト隊長は忙しそうに動いているユフィリアを呼び止めていた。
ユフィリア:
「……ジンさん、甘いもの食べに行きたいの?」
ジン:
「まぁな。来てくれると助かる」
星奈:
「……」
ジン:
「……星奈も行くか?」
星奈:
「行きますっ!」にっぱぁ
シュウト:
「僕らも一緒して良いですか? サイもいこう」
サイ:
「あ、はい」
まさか、『僕ら』に私も入っているとは思わなかった。
妙な展開になってしまった。隊長と一緒にという話だと、後で静やりえにズルいとか文句を言われそうな気がした。
サイ:
(まぁ、それも仕方ないかな……)
◆
朱雀:
「すみません」
ニキータ:
「私? 何かしら」
朱雀:
「シュウトさんって何処にいますか?」
ニキータ:
「シュウトだったら、外でお味噌汁屋の手伝いをしていると思うけど」
朱雀:
「そうですか」
ニキータ:
「何か用?」
朱雀:
「いえ……」
私は彼と話すのに、心持ち呼吸をゆっくりとしてリラックスしている風を心がける。話しかけられて恐ろしい気持ちがないと言えば嘘になる。
一度は言い淀んだ朱雀だったが、言う気になったようだ。その態度もまた、やましいところはないと強調しているように感じてしまう。
朱雀:
「オレ、モーション入力を5つ身につけたので、見て貰いたくて。それと次はどうすればいいかって……」
ニキータ:
「そう、がんばっているのね」
にっこりと微笑む。しかし(その力を何に使うつもり?)という問いが頭から離れない。彼に怪しいところはない。それが逆に怪しいと疑ってしまうのは、自分のアイデアに固執しすぎかもしれない。
ニキータ:
「よかったら、これを」
朱雀:
「なんです? ……雑誌?」
ニキータ:
「アキバ通信よ。創刊号なんだけど、攻略情報も載っているから。少しは参考になる部分もあるかも」
朱雀:
「これって、モーション入力のことが書いて……」
ニキータ:
「そうね。私たちも少し関わっているの」
朱雀:
「お金、払います」
ニキータ:
「見本紙だから大丈夫。それより、少しお祭りを楽しんでいらっしゃい」
朱雀:
「……祭りとか、こんなの、何が楽しいんですか?」
頑なな態度に好感を持たないでもない(それとも、もっと楽しいことを知っているというの?)
ニキータ:
「目的がないと楽しめないタイプ?」
朱雀:
「そうかもしれません」
ニキータ:
「だったら、調査してきたらどう?」
朱雀:
「調査……?」
ニキータ:
「もともと天秤祭は新しいアイテムの展示会として企画されたものでしょう? 武器も防具も、新しく作られたものがたくさんある。それ以外にだって、クエストの道中で便利なものとか」
朱雀:
「なるほど。……それなら調査は必要かもしれない」
少し目をそらして思案顔になっている朱雀だった。もし彼が本当に〈黒曜鳥〉のスパイなのだとしたら、スパイとして報告すべき内容が増えるのかもしれない。
ニキータ:
「できたら、私にも結果を教えて貰えるかしら?」
朱雀:
「わかりました。行ってきます」
まっすぐな瞳。(……本当に彼が?)私にはただ不器用な青年としか見えなかった。
外部から人間が入り込んだ可能性があるとすれば、あの騒動で残った彼しかいない。ゴブリン戦役時のメンバー選出はエルムの仕事で、細工する余地はない。従ってエルンストやサイ、そー太達は敵ではないと考えて(ほぼ)間違いないのだ。
ジンや葵の狙いは、〈黒曜鳥〉のスパイを逆に監視することだろう。彼に怪しい動きがあれば、敵の動きが分かると考えている。……それとも、そもそもこれらは私の考え違いなのだろうか。
ニキータ:
(これじゃ、ミイラ取りがミイラね……)
朱雀に気取られる前に、努めて考えないようにしなければならないと思う。
◆
お昼の交代時間に、静香やりえ、咲空、赤音達が帰ってきた。
こちらは早朝の味噌汁とは趣向を変え、豚汁に近い具だくさんのお味噌汁を出していたが、普通に盛況だった。それでも昼が近づくに連れて人は減っていく。本格的な昼食を望む気分に圧されてのものだろう。ユフィリアのおにぎりは早朝だけのサービスなので、お味噌汁だけでそこまで人を集められるとも思ってはいない。
どこかをフラフラしているはずのジンに念話を入れ、待ち合わせを決める。星奈やサイを連れ出したところ、静達にずるいとか言われた。次の時に一緒に回ったりしなければならない気がする。
ユフィリア:
「ジンさん発見!」
ジン:
「よう、早かったな」
ユフィリア:
「この人だかりってなぁに?」
シュウト:
「えっと、〈ダンステリア〉主催のケーキを食べる大会、かな?」
ジン:
「おっ、始まるぞ」
言ってしまえば、そこはカップルの巣窟だった。衆人環視のもと、カップルでいちゃつきながらケーキを食べるイベントとか、誰だ企画したの?と言いたくなるような破廉恥さである。これが初日の目玉イベントというのだから終わっている。
その中でも一際 目を引くのは……
ジン:
「うわぁ、ロリコンで二股とか。きんもー(笑)」
着物と洋服の可愛らしいお嬢さんを連れた青年のいる席には、カットされていないホールケーキが12個ばかり並べられていた。青年は何か疑問か文句らしき事を言っていたが、店員らしき女性に却下されていた。
ジン:
「あっちゃー。ロリコン死ねっ。社会の害悪っ。ロリコンもげろっ」
ユフィリア:
「眼鏡割れちゃえ」
着物の子が『あーん』とかを始めたことにより、見下して嘲笑するようなくすくす笑いが増えてきた。
どんなケーキが出てくるのか?を見に来たはずが、カップル鑑賞に代わり、ロリコンを罵る場所に変化しつつある。
シュウト:
「ちょっとジンさん、そんなの言っちゃダメですってば」
ユフィリア:
「ちょっと楽しいけど(笑) 可哀想かな?」
ジン:
「よく見ろ。アイツ、〈円卓〉のシロエってヤツだろ?」
シュウト:
「そう言われれば……」
たしかに、〈円卓会議〉の11ギルドの一つ、〈ログ・ホライズン〉のシロエというプレイヤーで間違いない。
ジン:
「アキバ1の知将とか言われてるヤツが、あんなところで意味もなく無様さらしてる訳ないだろうが」
シュウト:
「……ということは、何か意味があるんでしょうか?」
ジン:
「無いわけが無いな」うんうん
ユフィリア:
「うーん。むつかしいね?」
ジン:
「ここは一つ、応援してやらなきゃ。だろ?」
それっぽい理屈を付けさせたら天下一品。僕たちは即席のブーイング団になっていた。
ジン:
「もげろ♪」
シュウト:
「変態♪」
ユフィリア:
「ロリコン♪」
星奈:
「ふたまた♪」
サイ:
「死んじゃえ♪」
顔を真っ赤にしながらもケーキを食べ続けるシロエ。
ジン:
「良い汗かいたぜ。まんぞくまんぞく」
シュウト:
「乗せられてしまった」
ジン:
「お前も楽しそうだったぞ。良いものだろう?」
ユフィリア:
「うんっ、楽しかったねっ」
ジン:
「だが、やっぱここのケーキバイキングは諦めないとな。ユフィと来たら、今度は俺がターゲットにされかねん(苦笑)」
ジンもジンだが、ユフィリアもユフィリアだ。キラキラさせながらブーイングまで楽しむとか、外道にも程がある。しかし、今度ばかりは人のことを言えない。シロエ氏の幸運を祈りつつ、その場を後にした。
◇
さっそく〈ウエストコーストスイーツ〉に行きたがるジンをなだめ、昼食を先に済ませることにする。普段は食べられないものということで、小籠包を食べに〈大爆発大飯店〉へ。ギルドの人数が多くなったため、小籠包などは作りにくい事情がある(蒸し器の数?)
活気と熱気が溢れる店内は、中華料理の良いにおいがあちこちから漂ってくる。アキバ通信をうちわの代わりにしてパタパタと扇ぐジンだった。
ジン:
「いくら注文してもいいが、この後のスイーツが目的なんだから、そこそこにしておけよ?」
そうして出てきた小籠包を、レディファースト的なそぶりで星奈に勧めるジンだったが、その笑顔は少し邪悪なかげりがみえた。
ユフィリア:
「熱いから、ホントに熱いから気を付けてね?」
星奈:
「はい! いただきます。ふー、ふー、ふー、はぐっ……『!?』 あひゅっ!ハフハフハフハフッ、あっ! らっ!?」
シュウト:
「星奈、水っ! 水を飲んで!」
口の中で小籠包をお手玉的な感じで転がす涙目猫人族だ。そうした結果を見てようやく思い至る。猫人族は猫舌かどうか?みたいなものがジンの期待していた通りの展開なのだろう。
ユフィリア:
「〈ヒーリングライト〉!」
火傷した口の中に治癒呪文。確かにこれでダメージは癒えたかもしれないが微妙にトラウマめいたものが残ってしまわないのだろうか。
ジン:
「くぷぷぷぷ、ばはははは!(ぜーはーぜーはー)ナイスリアクションだ。良かったぞ、星奈。褒めてつかわす!!」どどん
星奈:
「ありがとーございます!」びしっ
サイ:
「趣味が悪いです」
少しまわりを見渡すと、軒並みこちらのテーブルから顔を逸らし、笑いを堪えるのに必死そうだった。
ジン:
「それもそうだな。じゃあ、お勉強の時間にしよう。今日は小籠包の食べ方についてレクチャーすんぞ」
そういうと、ハシで包みの部分をつかんで、レンゲの上へ乗せる。
ジン:
「こんなもん自由に食えばいいんだが、本式を知っておくと、痛い目に合わずに済んだりはするね。やり方は、こうしてレンゲか皿に載せたところで、ハシで皮を小さく破くんだ。フーフーするなりして中のスープの温度を下げてから」
口を付けて中のスープを吸い出していた。外から息を吹きかけても、皮の中のスープの温度は下がらない。先に皮を破いてしまえば、冷ますことができる。答えを聞けば当たり前のことだが、こんな簡単なアイデアで良かったのか、と逆に感心してしまう。綺麗に包んであるものを、食べる前に破く(壊す)のに、心理的なためらいがあるのかもしれない。
ジン:
「スープを飲みます。そして、本体をバグッと食べる、と」
真似してみると、割合スムーズに食べられた。熱さも我慢できないほどではなくなって、変なストレスがない。
ユフィリア:
「うん、美味しいねっ」
ジン:
「まぁ、人それぞれコダワリがあるからな。こうしろと強制する気はないがね。スープと一緒に食べたい派もいるだろうし。穴あけて、ひたすらフーフーするもよし、ちょっとスープ減らして、フーフーしたり、熱いまま一気に食ったりとか、好きにすればいい」
シュウト:
「でも猫舌だと厳しいものがありますよね」
ジン:
「ああ、猫舌の回避方法もあるぞ。 ベロの先っちょは熱を感じやすいから、ここが当たらないように食べれば猫舌にはならない。まぁ、温度が高すぎれば口の中が火傷すんのは一緒だけどな」
サイ:
「そうなんですか?」
他のテーブルにも会話が漏れ聞こえているようで、「ホントだ」みたいな呟きがチラホラと聞こえて来たりする。
ジン:
「舌先は甘みなんかを感じ易く作られているんだ。だから舌先を隠して食べると、十分に美味しさを感じ取れなくなる。逆にいうと、猫舌じゃないってことは、どこかのタイミングで舌先を隠せばいいと学習したんだろうな。
結論すれば、猫舌の人間は常にどん欲に味わおうとして熱い目にあっていて、猫舌じゃないヤツは味なんて二の次、腹が膨れれば一緒だと思ってるってこった(苦笑)」
要はバランスや状況に応じた対処、好みの問題といったことなのだろう。
星奈:
「熱くないですっ」
ジン:
「そーかそーか」
サイ:
「スープを中に1/3残して一緒に食べるのがベストだと思います」
シュウト:
「サイ、ハマったのか……」
ユフィリア:
「もしかして、火耐性のアミュレットがあれば、火傷しないかな?」
サイ:
「可能性はありそうですが」
ジン:
「今度やってみな(笑)」
ジンの雑学講義が済んだところで、ユフィリアが話を始めた。いつも色々な話が出てくるのだが、印象的だったのは、リディアにイビルアイと言ったら、イヴルアイだと怒られた話や、おにぎりの新しい具にからあげを考えているなどだった。
シュウト:
「えっ? からあげを、具にして入れるの?」
ユフィリア:
「そう」うんうん
ジン:
「なんだ、聞いてないのか? コイツ、サバみそ入れたり、やりたい放題だぞ?」
ユフィリア:
「でも、美味しいんだよ」えっへん
ジン:
「からあげなら、からしマヨネーズを試してみるとかな」
ユフィリア:
「うんっ!やってみるね」にっこにこ
シュウト:
「おにぎりに、からしマヨネーズですか? からあげだけでもアレなのに?」
ジン:
「レイがチキン南蛮に使うタルタルだったらどうだ?」
シュウト:
「それはズルいですよ。間違いなく美味しいに決まってるじゃないですか。でも、だからっておにぎりに合うかどうかは別だと思うんですが」
ジン:
「別だな。別だから、意外と旨いかもしれないだろ?」
シュウト:
「2人とも、発想が自由過ぎますって」
もしかしてフリーライドは発想がとんでもなく自由になるのだろうか?みたいなこともチラリと考えなくもない。戦闘でなら、相手の常識の裏を突くぐらいは普通に考えるけれども。
シュウト:
「普通に鮭とかでいいんじゃ?」
ジン:
「それならバターたっぷりで、ちゃんちゃん焼き風とか?」
ユフィリア:
「味噌バターで北海道風だね。キャベツ無しで美味しくできるかな?」
シュウト:
「おにぎりなのにバターって……」
サイ:
「そういう変わったのだったら、前にコンビニで『卵かけご飯風』っていうのを見たことがあります」
ジン:
「なにぃ!?」
ユフィリア:
「美味しそう!」
シュウト:
「味は? どんなのだったの?」
サイ:
「その時は食べなかったので、わかりませんが」
ジン:
「卵黄だけ使えば……、いや、肉類に比べると、ちょっと弱いな」
ユフィリア:
「(!)じゃあ、おにぎりの中に、カルボナーラとか」どや顔
ジン:
「わははははは!」
シュウト:
「どうしてそうなるの!? 炭水化物に炭水化物って」
ジン:
「食ってみないと分からんだろ。焼きそばパンだって、炭水化物×炭水化物なんだぞ」
シュウト:
「それはそうですけど……」
ジン:
「なら、しらす丼おにぎりとかどうよ? しらすを中にメッチャ詰め込んで、味付けして」
ユフィリア:
「美味しそう!」
シュウト:
「それは、まぁ。いくらとかタラコと同じラインですし」
ジン:
「あー、桜エビの『漬け』とかも旨いんだよな。いつが旬だったっけかなー? 石丸に後で聞かなきゃ」
サイ:
「聞いてどうするんですか?」
ジン:
「食べに行くんだよ」
なんだかんだと文句を言いつつも、食べてみたくなっている自分がいたりして、なんだかなぁ、と思わなくもない。
少し話をしているうちにお腹もこなれてきたため、〈ウエストコーストスイーツ〉へ移動。ここは4人席ばかりなので、隣の席に相席させてもらいつつ、ジンの目的であった、コールドフレイムベリーとバナナ、生クリームで作られたパフェを食べた。納得の舌鼓を打った。
シュウト:
「もう食べられない」
ユフィリア:
「大満足だねっ」
満腹で食べられなくなった星奈の分をみんなで少しずつ突っつき、残さずに店を出る。昼過ぎなのでスイーツ店に人が集まるのか、長居はできなかった。休憩時間終了まではブラつくか、個人行動の時間にしようと考えていた。
聞こえてくる音楽は、大宴会場の〈御神楽音楽隊〉のものだろう。今夜は〈第七鼓笛隊〉も演奏会をすることになっていた。
ジン:
「葵か? 少し話があるんだが、今どこだ? おっ、近いな。えーっと……」
葵に念話しているらしきジンが、周りをキョロキョロとしている。
葵:
「おーい!」
声のする方向から、レイシンに掲げられた葵の姿が見えた。葵、レイシン、石丸と合流。
葵:
「んで? 話ってなんでい、ジンぷー」
ジン:
「んー、〈大地人〉絡みのもめ事がアチコチで起きてんだろ。俺が目にしたのだけで4件、ホレ、そこでもやってるからこれで5件だ」
シュウト:
「そう言われてみれば……」
〈冒険者〉を相手に〈大地人〉が揉め事を起こしている。目には入っていたが、関係ないと思ってスルーしてしまっていた。
レイシン:
「こっちでも何度か見かけたね」
葵:
「これはちょっと多すぎか……」
ジン:
「まぁ、そういうことだな。どう思う?」
葵:
「こっちは文化祭のノリなのに、相手はガチで商売しに来てるもんだから、まぁ、それでモメてんだろうとは思ってたけど」
石丸:
「しかし、本来であれば〈大地人〉はモメないようにするはずっス」
ユフィリア:
「んと、どうして?」
ジン:
「早い話、俺たち〈冒険者〉は〈大地人〉を殺してもノーリスクだからだ。ペナルティがあるのは街中で衛兵がいる時だけ。連中からすれば、近づかない方が正しいんだよ」
葵:
「オープンワールド系だったらもっと悲惨なことになってたろうしね」
その言葉で思い出したことがある。オープンワールド系のゲームだと、NPCを殺して死体をコレクションするなど、自由度が高いことを利用した遊び方をする場合もあるらしい。現実とゲームを『混同していない』からこそ、ゲームにしか出来ないことに意味や可能性を見い出すことができる。
この際、PKには内部値が存在し、記録が残るとされているものの、〈大地人〉を殺した数が記録に残るなどと〈エルダー・テイル〉では聞いたことがない。そうなるとデメリットは『周囲からの評判』などに限られてしまう。
当然、〈大地人〉の殺害数が増えすぎれば、あるはずの村や町が消えたり、交渉不能で農作物などの〈大地人〉からの生産物を得られなくなったりするのだろう。社会的に歯止めを掛けておかなければ、デメリットはやがて自分達に返ってくることになる。自分は殺していなくても、無関係だろうと、容赦なく全体責任である。
しかし、これらは我々プレイヤー側からの視点でしかない。無力であるが故に、一方的に狩られる側になりうる〈大地人〉の目からは、〈冒険者〉はどう映っているのだろう。
シュウト:
「……つまり、『敵の攻撃』ってことですよね?」
自分の発した『攻撃』という言葉にピリッとした緊張感が伝播していく。
ジン:
「アホウ、いきり立つな」
のんびりした口調でダメ出しされ、緊張感が壊れてしまった。
葵:
「で、どうするつもり?」
ジン:
「どうもしない。自分トコの防御を固めるぐらいだな」
葵:
「……まぁ、それもそうか」
シュウト:
「えっ? 何もしないんですか?」
ユフィリア:
「なんとかするんじゃないの?」
ジン:
「こんなもん『攻撃』の内に入るかよ。放置で安定だ」
シュウト:
「でも、現に揉め事は起こっていますよね?」
……と言って、近くでやっているトラブルを指さす。女の人が困っている様子なので、ちょっと行って助けてあげたい。
ジン:
「ああ、もう、面倒臭いなぁ。 ちったぁ頭を使えよ、頭を」
シュウト:
「すみません……」
たぶん間違っているのは自分の側なのだろう。だが説明して貰わないと理解できそうにない。
ジン:
「敵の攻撃はどういう形になってる? ……石丸」
石丸:
「広範囲への散発的な、トラブルの形っス」
ジン:
「それに対する防御策は?」
シュウト:
「ええっと、同じく広範囲への防御、対処しかないような?」
葵:
「そうだね。具体的にはパトロールとか。でもあたし達じゃ人数が圧倒的に足りない。やる意味はあんまりないね」
ジン:
「次。敵の攻撃から類推される目的や狙いは何だ?」
葵:
「別に今日やらなくてもいいはず、だから今日やる必要があるとすると?」
サイ:
「天秤祭の妨害……」
ジン:
「たぶんそうなるだろう。ここは大まかに5割から8割ぐらい当たっていればいい。じゃあ逆に、我々の勝利条件は?」
ユフィリア:
「お祭り大成功!」
葵:
「大正解!」
ジン:
「……最後だ。個々人で可能な『攻撃手段』とは?」
『防御』が妨害工作の『阻止』だとするならば、『攻撃』とは何に相当するのだろうか。勝利条件は天秤祭の成功で、勝利条件に近づくためにポイントを高める行動……。
シュウト:
「天秤祭を、楽しむ……?」
葵:
「そ。天秤祭を満喫して、あーっ、楽しかった!ってなることだよ」
ユフィリア:
「そっか! お祭りを楽しめばいいんだね?」
星奈:
「がんばり、ますっ!」
やる気を出している星奈を見ながら、どこか焦点がズレて感じてしまう。
シュウト:
「その場合、トラブルはどうなっちゃうんですか?」
ジン:
「……捨て置け」
容赦のない放置宣言にゾクッと細胞が震える。超然としすぎていて、人在らざるものの気配に思える。
石丸:
「ガラスの仮面っスね」
ジン:
「当たり。……道徳かなんかの授業で『中庸』って概念を聞いたことがあるか?」
シュウト:
「はい。何事もほどほどが良いっていう?」
ジン:
「そうだ。『何事も』というのなら、『悪も』ほどほどなら役に立つということだ」
スッと手を挙げ、ジン指し示した方向は、〈冒険者〉の女の子が〈大地人〉に絡まれてトラブルになっていたはずのところだった。それが今や、別の〈冒険者〉の男性が割って入り、彼女を助けようとしていた。
葵:
「ほぅ、北風がバイキングを作ったな」
レイシン:
「トラブルが、彼を勇者にしたんだね」
葵:
「『天秤祭の勇者』って感じ?」ククク
深い納得感と同時に、わからなくなってしまった。しかし、英雄的な態度でトラブルに挑む人達が現れるのなら、そもそも助けは要らないのかもしれない。しかし、全員が上手に対処できるとは限らないような気もする。でも、トラブルが『天秤祭の勇者』になるチャンスなのは間違いなさそうだ。でも、それではトラブルを肯定することになってしまう。
ジン:
「防御は好かん。対処療法でひっかき回され、走り回るのなんて御免こうむる。それこそが相手の『思う壺』だろう」
シュウト:
「そうかもですけど、防御が嫌いって〈守護戦士〉にあるまじき発言ですよね?」
ジン:
「うっせ。……俺だって反撃したいけどな、攻撃されてないのに反撃できる訳ないだろ。悪口言われました、反撃で相手を血塗れにして殺しました、だと過剰防衛とかオーバーキルだろ」
シュウト:
「そうかも、しれません……」
葵:
「あのさ、シュウ君が走り回って勇者ゴッコするのはアリなんだよ?」
シュウト:
「えっ? ……良いんですか?」
ジン:
「それも一つの楽しみ方だな。全員分を奪ってどうする?と言いたいだけさ。好きにしろよ。せっかく敵さんがお祭りを盛り上げてくれてるんだ、せいぜい利用させて貰おうぜ?」
ユフィリア:
「盛り上げてくれてるの?」
ジン:
「そうさ。ただ平穏なだけよりも、ちっちゃいトラブルを乗り越えた方が、がんばった感じになるだろ?」
悪を肯定しろと言われても納得できないが、たとえば敵の攻撃を利用しろ、というのであればカウンターの一種になるのかもしれない。
葵:
「んで、反撃はすんの?」
ジン:
「本命の攻撃があるなら、この状況は『陽動』ってことになる。殴れるようなら殴りたいが、どうなるかな? ……逆に本命の攻撃がなきゃただの嫌がらせだ、どうだっていい」
石丸:
「本命の攻撃はいつ行われるか不明。従って陽動に乗せられたくなければ、どちらにしろ放置一択になる訳っスね」
レイシン:
「なるほどね」
結論的には、敵の陽動(かもしれない動き)にまんまと、自分から、乗せられたがっていた、となりそうだった。
ジン:
「ウチだと、咲空や星奈、その他の女子メンバーが狙われる可能性が高い」
葵:
「そっか、フォローさせるにしても、下手な言い方するとそー太くんたちが暴れるかもだ。了解、大人メンバーに、巧いことフォローしてもらうようにするわー」
ジン:
「ウチから失点したくないしな。……んじゃ、よろしく~」
もしも『攻撃されるかも?』と予告しておいて、本当にトラブルが引き起こされたとしたらどうなるのか。そー太達が過剰に反応して抜刀とかしないとも限らない。
枠組みを広げて考えるのなら、『〈大地人〉からトラブルの形で攻撃が仕掛けられるかもしれないので注意しよう』などと宣伝すると、敵対感情が生まれ、先入観から警戒心を呼び起こしてしまい、〈大地人〉が来ただけでギスギスとしてしまうだろう。そうなれば、天秤祭は失敗に終わる。みんなを助けようとしているはずなのに、結果的に天秤祭の妨害に手を貸してしまうことになる。
シュウト:
(目的とか勝利条件を自覚しないと、間違うのか……)
血が冷える感覚。まただ。恐ろしい。危なかった。
今回の件も大きな意味で『戦い』ではあるのだろう。しかし、モンスターとの戦闘とは違う。『倒す』といった目的が明示されている訳ではない。わかったつもりになると、間違えてしまう。
ジン:
「あ、葵~」
葵:
「あんじゃ?」
ジン:
「どっか茶ぁ~シバくとこねぇか?」
葵:
「うーんと、『茶クオリティ』はどうかな?」
ジン:
「それ、場所は?」
個人行動する気が無くなってしまった。流れでお茶しに行くことに。葵・レイシンがOUT、石丸がIN。
◇
石丸:
「この辺りのハズっスね」
ユフィリア:
「あっ、あったよ!」
ティールーム・茶クオリティ。看板には『茶』の字が大きく書かれている。こぢんまりとした店で、天秤祭の喧噪を嫌っているかの雰囲気。ストレートに言えば、あまり流行ってなさそうだ。
すっきりと落ち着いた店内。仕切りはあるが、個室というほどではなく、スペースで区分けされている。微妙に和のテイストなので畳敷きかと思ったが、個別スペースの入り口からはテーブルとイスが見えた。案内される間に周りを見ていたら、『紅茶あります』と書かれていて、少しがっかりした。席について、メニューを確認。
ユフィリア:
「紅茶もあるね」
ジン:
「葵のオススメは、ほうじ茶だったな。……あ、すんません。とりあえず、ほうじ茶、アイスで。お前らは?」
シュウト:
「同じく」
星奈:
「はい!」
全員で「とりあえずビール」ならぬ「とりあえずほうじ茶」となった。
サイ:
「あんまり飲まないんですけど、ほうじ茶ってお寺とか仏教が関係しているんですか?」
シュウト:
「えっ? どうだろう」
ジン:
「法事のお茶ってことか?(苦笑) ……石丸先生、頼む」
石丸:
「了解っス。焙煎の焙の字で、焙じと読むっス。緑茶を赤茶になるまで加熱したものと言われているっス」
サイ:
「前から不思議だったんですけど、緑茶と紅茶、ブラックローズティーが同じものっていうのは、どうしてなんですか?」
ジン:
「『もやしもん』でもその話題あったよな。地ビールの直後だった気がする。何巻だっけ?」
石丸:
「9巻の冒頭っス」
ユフィリア:
「もやしもん?」
ジン:
「マンガだよ、漫画」
石丸:
「お茶は全て同一の植物『カメリア・シネンシス』から作られているからっスね。緑茶は無発酵、烏龍茶は半発酵、紅茶は全発酵と言われているっス」
ジン:
「この場合の発酵は、菌じゃなくて酵素だったな」
茶マスター:
「おまたせしました、冷やし焙じ茶です」
透明のグラスに氷と共に入れられたほうじ茶が配られる。色合いも絶妙で、なんだか高そうな外観をしていた。
ジン:
「おっ、美味そう」
ユフィリア:
「すっごく綺麗!」
サイ:
「なんだか、透き通ってますね」
ジン:
「んじゃ、失礼して。いただきます」
茶マスター:
「どうぞ、召し上がれ」にこにこ
顔色が変わる。衝撃が走った。上品でいて、飲み応えもあり、透明度そのままに体に溶けて染み込む。クンッと上軸が立ち上がるような気すらした。
ジン:
「う、美味い……!」
ユフィリア:
「ほうじ茶って、こんな美味しいの?!」
シュウト:
「僕、これ、かなり好きです」
茶マスター:
「ありがとうございます」
星奈:
「おいしい」
サイ:
「うん、美味しいね」
石丸:
「……これは、京都などで飲まれているものっスね?」
茶マスター:
「ええ。上質な茶葉を焙じたものです。無発酵の上質な茶葉はそのまま緑茶に使われてしまうので、良いほうじ茶を飲む機会は案外少ないのですよ」
ジン:
「ここまでくると別格だな。……なぁ、お茶っ葉って売ってる?」
茶マスター:
「ありますよ」
さっそく焙じ茶を購入するジンだった。
ジン:
「ここってさー、抹茶アイスって置いてないの?」
茶マスター:
「すみません、検討します(苦笑)」
ジン:
「なんで? 置こうぜ、抹茶アイス。抹茶を利かせた苦めの本格的なヤツな。苦いんだけど、ほのかに甘みも漂う感じな?」
茶マスター:
「それは分かりますが、……これから冬ですよ?」
ジン:
「それが何だ? 暖かいお茶と抹茶アイスでいいだろ。部屋を暖かくすりゃいいんだし」
茶マスター:
「いや、作るのも面倒なので……」
ジン:
「だったら抹茶だけ渡して作ってもらうか? しかし、外注は高く付くだろう」
シュウト:
「あの、初めて来た店で何をやっているんですか?」
ジン:
「むっ、それもそうだな。……今度、エルムの野郎も連れてくるか」
エルムを使い倒す魂胆が見え見えである。しかし、彼もお茶は好きそうだし、この店を潰さないためなら何だってやりそうな気がしてしまう。
ユフィリア:
「そろそろ戻らないと」
星奈:
「ごちそーさまでした!」
ジン:
「おう、けーれけーれ」
シュウト:
「ジンさん、装備の更新とかしたんですか?」
ジン:
「まだ。これから」
シュウト:
「ちゃんとしてください。すぐですよ、すぐ!」
ジン:
「わーった。わかりましたゆー」←口を尖らせて
ユフィリア:
「また後でね!」
サイ:
「失礼します」
ジン:
「はいほい。んじゃ、石丸先生、頼めるかい?」
石丸:
「了解っス」