118 認知・判断・操作
シュウト:
「思ったんですけど、あれって手加減してますよね?」
僕たちはドラゴン戦を終えて、アキバへと戻ってきていた。今日の夕食は外食で済ませることになっている。エルンスト達は先に済ませているため、葵だけを連れて街に出てきたところだった。
ジン:
「そりゃあれだ。敵エースみたいなのが出てきたら、燃えるっていうか、興奮するっつーか……」
葵:
「わかる! ベタだけど、それがいいよね~」
シュウト:
「例の『紅いヤツ』がいくらエースっぽくても、ジンさんなら余裕で倒せますよね?」
ジン&葵:
「くう~っ!」
シュウト:
「……いや、何に反応しているのか、よく分からないんですが」
レイシン:
「はっはっは」
石丸:
「『例の紅いヤツ』という部分っス」
例の紅いヤツとは、紅い色をした〈竜翼人〉のことだ。今回も1時間ばかり『夜の時間帯』に踏み込んでみたところ、また出てきたのだった。妙に苦戦していると思ったので確認してみたら、案の定、手を抜いていたという話だったりする。
ジン:
「たまらんなぁ~。ナイスな展開だろ」
葵:
「アレでしょ? 先々までストーリーに絡んで来そうな予感っていう?」
ジン:
「そうそう。あっさり殺しちゃったら勿体ないよな。オバケでちゃうね。モチベ的な意味でもラストまで倒したくない」
シュウト:
「先に倒しちゃえば負担が減ると思うんですが」
ジン:
「んなシナリオを破壊するような真似したら、クリアできないイベントかもしれないだろ?」
シュウト:
「そうでしょうか……」
そもそもシナリオがあるのかどうかすら疑わしい。
ジン:
「わっかんないかなー? わっかんないだろうなー」
葵:
「ドライだねぇ。ちゃんとゲームを楽しもうと思ってる? 単なる作業になってない?」
シュウト:
「戦うのに必死なのに、そんなこと言ってる場合じゃないですよね!?」
ジン:
「……別に、必死じゃないし」
シュウト:
「それはジンさんだけじゃないですか!」
葵:
「血圧あがるゾ、シュウ君」
ジン:
「ストレスに負けてるな。 再訓練か」
まるで相手にされていない。第一、敵からのストレスではない。ジン&葵コンビからのストレスである。ドラゴンなんかより圧倒的に強いのだから、仕方がないではないか(……とは言えなかったが)。
ユフィリア:
「それはいいんだけど、今晩ってドコで食べるの?」
葵:
「ぬっふっふ。変人窟の方に美味い店があるらしくってね」
ニキータ:
「ちょっと怖いところですよね?」
葵:
「雰囲気ちょいスラム? でも清潔だし、人付き合いが得意じゃないだけっていうか」
ジン:
「俺たちの戦力でスラムが怖いとか言ってたら、恥ずかしいレベルだぞ?」
シュウト:
「さっきまでドラゴンと戦ってましたしね(苦笑)」
葵:
「ドラゴンよりも人間のがコエーってのは、ある意味で正しいけどね」
定食屋に入って、飲み物から先に注文する展開に。これは飲み屋を兼ねているからだろう。
ウェイトレス:
「飲み物からお願いしまーす」
ジン:
「俺は冷たい牛乳を、ジョッキで」
ジンがアルコールを摂取した場合、『暴れる』程度では済まない。牛乳を頼むのは決して間違ってはいない。
だが、周囲の人間がそんな事情を知るはずもなかった。バカにしたような笑い声。「大人の飲み物を頼めよ!」「やめてやれよ、プレイヤーがガキなんだろ」とかいう侮辱が続いた。相手は4人。それもかなり酔いが回っているようだ。
ジン:
「あー、なんだ? フラグ? それともクエスト? 今時、牛乳 頼んだぐらいで喧嘩ふっかけてくるバカが出てくるクエストとか常備してんの?」
ウェイトレス:
「お客さん、ケンカは困ります!」
ジン:
「向こうに言えよ」
酔っぱらい冒険者:
「文句あんのかよ!?」
一気にボルテージが上がる。ジンとレイシンが立ち上がった時には、自分も同じく立ち上がっていた。釈明するつもりはないが、少し前までドラゴンを相手に戦っていたのだ。灼熱していた血が少し鎮まったぐらいのタイミングである。ほんの少しの切っ掛けがあれば、再び燃え上がってしまうのは、自然の流れみたいなもの。何より、ナメられたままでいられるはずもない。そこまでメンツへのこだわりがある訳ではない。ないけれど、命を掛けて、体を張って戦っている戦士としてみれば、簡単に引けない場合だってある。
他の客は面白そうにしている者が大半だが、むっつりと黙殺している者もいる。
ただ、喧嘩にはならないだろうという計算もあった。
ジンにしろ、レイシンにしろ、存在が異様に重い。立っているだけで迫力も圧力もケタ違いだ。後は切っ掛けだけの問題であって、こちらのレベルにでも気が付けば、相手は過ちを悟るだろう。
仮に喧嘩になったとしても、片づけるのにスペースは要らない。小さく畳んで、ポイっと捨てるぐらいのものだ。
慌てた店員:
「喧嘩は止めろぉおお!」
慌てた1人の店員がバケツから水を振りまこうとしてきた。店の中で暴力沙汰になるとでも思ったのだろう。その結果は最悪なものになった。
素早く動いたジンが、バリアのようなもので水をはじき返している。僕たちがズブ濡れになるのを防ぐためではあったが、その結果、食事中だった他の客にまで水が降り注ぐことになっていた。水による被害は店中に及んだ。
他の客:
「食べてる最中だってのに!」
その言葉が全てを表現していた。侮辱してきた4人だけではない。店員も、食事も服もズブ濡れにされた他の客達までもが、口々に不満と文句の言葉を並べようとした。まさに『その呼吸』でのことだった。
ジン:
「なんなんだ、この店はァ!!!」
爆発が起こった。ジンの威圧能力『ドラゴンストリーム』があらゆるものを薙ぎ倒し、滅茶苦茶に破壊し尽くした。ただし、精神的な側面だけを。物質的には何の変化もなく、むしろそれが不思議でならないほどだった。
生命の危機があった。本能的な防御しか出来なかったのだろう。涙を流したり、恐怖に震えて、必死に頭を隠す人々。誰が客で、誰が店員で、誰が侮辱してきた〈冒険者〉だったのかも、もう分からなくなっていた。
葵:
「こんな三流以下の店だとは思わなかったな」
ジン:
「……行くぞ」
興味を失い、店からただ出ていくことにした。直後に店長らしき人物が出てきて必死に謝罪していたが、一瞥することもなく、その場を後にした。
後日、この店が閉店したことを知り、そうだろうと思う納得感だけがあった。
この時のことは後で何度も思い返すことになった。確かに後味の良い話ではない。馬鹿な男達が侮辱してこなければ。売られた喧嘩を買うフリをしなければ。店員が水の入ったバケツを持ち出さなければ。濡れるに任せていれば。そもそも、あの店を選ばなければ。
心に残るのは、あの『呼吸』だった。水を掛けられた客たちが、文句を言おうとして、文句を言っていい立場だと思い、思い違いし、心が攻めに転じようと傾いた。守りを捨て、攻めに出る無防備なその瞬間を完璧に捉えていた。カウンター剣士であるジンの真髄・真骨頂。『つい、出た』ものかもしれないが、それだけに興味深い。どれほどか強烈といっても、ただの威圧だけでああはなるまい。無防備なところへのカウンターだからこそ、何倍もの威力になったのだろう。それはタイミングではなく、『呼吸』だったのだ。
◆
ジン:
「おにぎり?」
ユフィリア:
「うん。どうかな?」
ジン:
「味噌汁にパンって訳にもいかないし、それぐらいしかないとは思うが」
味噌汁屋をユフィリアと始めて数日。
客の数は55人前後で安定していたが、奇妙なことに顔ぶれが『安定して変わっている』のだった。まるで『1日交代』などと決められているかのように。しかし、少なくとも1日交代ではない。問題は人数が安定していることだった。そのため、偶然とは考えにくい。早朝仕事ゆえに曜日が関係しているのかもしれないが、何か規則性があるのではないかと疑い始めていた。
逆に考えると、人数減もなければ人数増もないということになる。葵が調べても、味噌汁屋の噂は流れていないという。エルムが調べても同じらしい。味噌汁屋に並ぶ早朝の客達が、まるで自分たちで情報統制しているかのように、まるで噂になっていない。
マイ箸・マイカップ率はこの二日間でほぼ100%になっている。一部のプレイヤーは持ち手の付いている大きめのカップに変えていて、箸の代わりにスプーンで具をすくって食べるようになっていた。
その早朝の客達から、『味噌汁だけだとお腹が空く』『昼までもたない』というので何かを作って欲しいというリクエストされていた。
レイシン:
「いいんじゃない?」
ジン:
「そりゃ構わんけど、幾らにするんだ? 誰が握る? 作り置きするのか、その場で握るのか? 朝からコメ炊くのか? 具はどうする? 1人いくつまで?」
ユフィリア:
「なるべく安くして、私がにぎにぎする!」
ニキータ:
「おにぎりだと、『おにぎり屋えんむすび』とかぶりますね」
ジン:
「ああ、あの〈大地人〉のおねーちゃんがやってる店か。……ひとつ、現代日本人の恐ろしさを勉強させてやろうか?」にまり
ユフィリア:
「もう、仲良くしなきゃダメなんだよ」
ジン:
「へいへい」
食堂でそんな話をしていたため、店員をやらされている静たちも集まって来ていた。
まり:
「でも、おにぎりってそんなに美味しく作れるものですか?」
りえ:
「料理が下手だと不味くは作れるだろうけど」
サイ:
「少し料理が上手だと……」
赤音:
「誰が作っても、一緒」
ジン:
「フム。味はレイの分野だ。口出しをするつもりはないね。俺はもう少し本質の話をせんとな」
静:
「本質……?」
ジン:
「寿司とおにぎりはほぼ同じ技術だろ。ご飯を手で握るっていう」
静:
「そうもってこられたら、そうですけど」
まり:
「寿司おにぎりとか?」
ニキータ:
「変わり種で、そういうのも面白いかもしれないわね」
ジン:
「寿司は、今じゃ銀座で何万も金を取るようになっているが、元は江戸時代のファーストフードだな。ある意味では高付加価値路線を選択し、金持ち相手の商売に切り替えることで生き残りを図ってきた、とも言える」
ニキータ:
「格安の大衆向け路線は、回転寿司ですね」
ジン:
「そうだな。そんなんで、高付加価値だから、ある程度まで技術職じゃないとダメって側面はある。……少なくとも言い張らないといけない。高い値段を付けちゃえば、価値の分からない客が喜んで金を落とすって展開は、料理に限らず世界のあちこちで現実に起こっていることでもあるからな」
りえ:
「いいですね! 私たちもその路線でいきましょう!」
まり:
「すぐ調子に乗る」
ニキータ:
「化けの皮が剥がれると、痛い目をみるわよ?」
ジン:
「怖い怖い。少なくとも寿司に関して先に知っておかなければならないことがある。日本人はナマモノが大好きだってことだ」
ユフィリア:
「そうなの?」
ジン:
「ああ。この点に関して日本人は飛び抜けて異常だ。生の魚や生の肉は寄生虫や食中毒の危険があるから、世界中のあらゆる民族が避けているものだ。喜んで毒を食べる人間はいない。それなのに、ロクに冷蔵庫もない頃から、生の魚を好んで食べる珍しい食文化を作り上げていたのさ」
葵:
「魚の足が早いのなら、新鮮な内に食べればいいじゃない?ってね」
ジン:
「刺身なんかが出てくると、美味しそうだと思うだろ? 新鮮なのは当たり前、古いもの、腐ってるもの、危険なものはまず出てこない。それが日本人にとっての前提、『当たり前』なんだ。そんな国はそもそも日本だけだと言っていい」
ニキータ:
「少し前に、レバーの刺身が禁止になりましたね?」
ジン:
「大反対があったけどな。豚肉だって、少し前までは火をきっちり入れなきゃならなかった。俺は今でも火が通ってなきゃ少し怖い。だが今や、さっと湯にくぐらせたぐらいの豚しゃぶなんてものもあるぐらいだ。日本人は食中りするなんて考えもしなくなって来ている。
こうした生食文化は、俺たちにとっては当たり前過ぎて、正しく状況を把握できていないものだ。寿司も生魚を食べさせる手法の問題という側面があるのがわかるだろ? 火を入れなくても美味しく食べられる、食べさせるということの価値が、寿司にも織り込まれているわけだ」
レイシン:
「そこには質・量ともに膨大な努力があるんだけどね」
ジン:
「骨身を削り、命を削り、更に魂まで削って、新鮮な魚を食べたいのだし、みんなにも食べさせようとした。それを成し遂げるために社会をまるまる変えなきゃならないのに、成し遂げちまってんだよ。もうキチガイ、化け物の世界だな。俺たちは化け物の末裔だってことだ。それは理解しておいた方がいい」
ユフィリア:
「でも、そのおかげで、美味しいお刺身とか、お寿司を食べられるんだよね?」
ジン:
「そうだな。だけど、だ。『握り』の技術だけを考えると、どう足掻いたって大したことはなくなってくる。シャリをとって、ネタをのせて、形を整える。ご飯を握るという行為の深さは、その技術にはない。」
まり:
「……? ということは、おにぎりを美味しくすることはできないってことでは?」
ジン:
「いいや。表面的な『技術』の割合は、極めて小さいというだけだ。寿司やおにぎりに共通している真の要素とは、『手の開発度』なんだ。しかもそれが大半を占めている。技術度1%と身体開発度99%……、それが『技』というものの中身だ。社会を変革する規模での生食文化と、高度な身体開発の融合。それを寿司と呼ぶべきだろうな」
ユフィリア:
「どうすればいいの?」
ジン:
「手を徹底的に揉んで、さすって、ぶらぶらさせよう。細胞レベルのセンサーでご飯の一粒一粒を感知しながら、手のひらの内側の『指』を動員してご飯を握るべし。寿司の技術は『手の開発度』が前提だ。手を開発しないで『誰にでも握れる』なんてのは、果てしなくボンクラでしかない。
最低でも手の付け根にある小石みたいなのが複数集まってる部分、『手根骨』でコントロールしなきゃな。これぞ手根骨コントロールだ!」
静:
「いやいや、そんなの素人にどうこうできませんよね?」
ジン:
「コンチュオールだ、コンチュオー!」
ユフィリア:
「しゅこんこつ、コンチュオー!」(><)/
ジン:
「最終的には、アバラセンサーを全開にして絶妙な力加減を実現する『秘儀 アバラ握り』みたいな形になっていくはずだけども、そこまでは流石に要求できないから、許してやんよ」うんうん
サイ:
「アバラセンサー……」
りえ:
「なんだ、ただの夢物語でしたか」
まり:
「でも、なんだか……?」
素直に、ひたむきに練習するユフィリアを、彼女達は怖いような目で見ていた。何しろ、本気度が違う。ジンが言ったことには(間違っている可能性はあっても)冗談は含まれていない。
本気も度が過ぎれば、伊達や酔狂となる。伊達や酔狂と踊るのが〈カトレヤ〉の流儀。否、日本人本来の在り方と言ってもいい。
内容的には『手の内』とほとんど同じでもあるのだから、つまるところ、剣を握れば武士や剣士となり、酢飯を握れば、寿司職人になるのだろう。本質の深い同一性に感動するのと同時に、表面での現れ方の大きな差異、人間の持つ多様性に驚嘆する。人が道具を『手で扱う』特性から考えても、手を開発することの意義や応用性、奥深さを想像せずにはいられない。
ジン:
「えんぴつを曲げま~す、みたいな動きで、もっと滑らかに。そうそう。じゃあ、手根骨を触って。意識を高めて~。よし、指の力を抜いて、エアおにぎりをしてみよう。フアッ、フアッ、っと。かる~く、でもしっかりと握って、形を整える。もっと指の力を抜いて」
ユフィリアが握ったおにぎりは、絶品になると確信した。
レイシン:
「ご飯を炊こうかな。夜は、おにぎりとおかずでいい?」
静:
「は、はい」
りえ:
「なんでも、大丈夫です」
レイシン:
「ありがとう」にっこり
この夜に食べたレイシンのおにぎりもまた、格別に美味しかった。
◆
葵:
「ハーイ、またまたやらせてもらいましたーん。……ほぼ完成したよん」
石丸:
「2部のジョセフ・ジョースターっスね」
ジン:
「マジかよ……」
葵:
「にーっはっはぁ! 残るは実戦テストのみっ。次のドラゴン戦をお楽しみに♪」
ユフィリア:
「えへ」
古参メンバーの練習時間に現れ、得意げな顔を全開にした葵と、ちょっと照れているユフィリアだった。苦い顔をしているジンに質問することに。
シュウト:
「えっと、どうしたんですか?」
ジン:
「ユフィの新技なんだと。神速のスペルキャストだっけ?」
葵:
「『神域』と名付けた。さすが、あたし。超天才は健在なり!」
ジン:
「言ってろ。……簡単に説明すると、世界最速の早打ちガンマンの、魔法版ってことでいいんだろ?」
シュウト:
「世界最速、ですか?」
聞き捨てならない単語が混じっている。
ジン:
「時間や空間全体ではなく、ユフィ個人の時間概念を凍結させたんだろ? ……つまり本質的には『目押し』だ。原理的に不可能ではないことを、人間には不可能なレベルで実現するってアイデアだな。こうしたワンポイントのアイデアを纏めて仕上げてくる辺りが葵の強みというか」
葵:
「えっへん。ホメタタエよ!」
ジン:
「まぁ『目押し』だけならそこまで大した話じゃないがな」
葵:
「ふっふーん。そう思うじゃん? 神域は違うんだなー」
ジン:
「嘘だろ? ……時間に干渉できるってのか?」
葵:
「人間が時間に干渉してないとでも?」
ジン:
「それは、そうだけど」
シュウト:
「あの、なんの話をしているんですか?」
ニキータ:
「さっぱりよね」
ジン:
「通常は、『認知→判断→操作』の順になってるんだよ。自動車教習所とかで習う、基本中の基本だな。目で見るなどして周辺の情報を得るのが認知、得た情報から『どうするべきか?』と考えて選択するのが判断で、そこまでがあって始めて最終的な『動作の段階』を始められるわけ。さっきの例で出した『神速のガンマン』であれば、操作時間をゼロ化していることになるだろ」
葵:
「ところがぎっちょん」
ジン:
「たとえば、全く同じ呪文をユフィリアよりも早く投射するには、状況を予測して1秒前とかに操作を始めなければならない。同時だとユフィが必ず勝ってしまうからだ。逆にいえば、そんなことで十分に勝てるようになるとも言える。乱戦などで、咄嗟に反射速度で呪文を使わないといけない場合でなら、ユフィが最速になるかもしれない。 しかし、問題は『判断までの時間』の部分なんだ。そこがネックになる」
葵:
「どの呪文を誰に使うか?と決めるのは、意外と難しいからにん。その結果、判断のもたつきが操作時間の短縮分を食ってしまって、意味なしになっちゃうわけ。普通ならね」
ニキータ:
「時間干渉というのは?」
ジン:
「最速のゼロに等しい時間の中で、『正しいかどうか』をどうやって決める? 真の神速は、願望達成と変わらない。自分に都合のいい未来予測を、観測によって固定させるようなもんだ」
葵:
「あんがい そうなのかもよ? でもユフィちゃんはジンぷーにはどうやっても勝ち目がないでしょ」
ジン:
「スケールやサイズの問題か。それにしたって、ユフィのスケールで極限まで最適化された干渉能だなんて」
葵:
「でも、原理的に不可能ではない」
ジン:
「普通に考えたらピーキー過ぎるだろ!」
葵:
「そかなー? 別に最適化されてなくても願望達成は可能かもしれないじゃん。もっと言えば、ジンぷーの強さだって願望達成用の機能でしょ。回りくどい方法なだけで」
ジン:
「とりあえず、ユフィは未来予測禁止な。頭が爆発するぞ」
ユフィリア:
「爆発はイヤかも」
シュウト:
「……なんとなくスゴいのはわかりました」
ジン:
「もしかして無心か? 確かにユフィに獣化はなさそうだし……」
レイシン:
「見てみないと分からないけど、呪文を使う用のライドかもしれないね」
獣化があると無心に影響するというのは、何となく理解できる気がした。それをライドの特殊事例と考えている点から、近接戦闘メインの2人からすると異例に感じるものだと言うことが分かる。だが、どうなっているのかはさっぱり分からず終いだった。
ニキータ:
「つまり無心だと『認知→判断』の時間が短縮されるんですか?」
同じ事を考えていたらしい。しかし、内容で一歩先を行かれた。質問してくれたこと自体はラッキーだった。僕はたぶん質問をしなかっただろう。
ジン:
「そうだ。……石丸、2014年の7月6日は何曜日だ?」
石丸:
「日曜日っス」
ジン:
「じゃあ2027年の10月2日は?」
石丸:
「土曜日っス」
ジン:
「こうした暗算能力は、本人が計算しているというよりも、そのまま答えが分かると言われているな」
石丸:
「そうっスね」
ジン:
「脳は本人の意思とは関係なく計算していて、計算した答えにアクセスできるっぽい。戦闘での無心、その判断速度もこれに近いと考えていい。 ……俺は暗算の方ができないから、本当はどうなのか分からないけど」
シュウト:
「なるほど」
ジン:
「だが、まぁ、ライドの操作感覚は再現が難しい。下手に教えるより、自分でたどり着いて実際に感じた方がいい。だから秘密にしているわけだな」
かなり先に進んできた、けれども、やはり自分でたどり着かなければいけないもののようだ。
ジン:
「んじゃま、シュウト」
シュウト:
「はい。宿題ですよね?」
ジン:
「やってみろ」
BFSに始まり、AFSでもヘタクソな進垂線を利用した軸移動を加えてみたりする。しかし、何度やっても『遅い』の一言しか出なかった。
がっくりと地に膝をついてしまう。
ジン:
「ダメだな。……もう少しかかるかな」
シュウト:
「…………」
一番大切な〈消失〉の練習もある。攻撃用の練習は楽しいからこそ、手間取ってはいられなかった。どうすればいいか?と考え、考えてもダメだろうと考えなおす。こうなると引っ張り出すしかない。こちら側も避けてきた問題だった。
シュウト:
(全力で、本気で、捨て身で、形振り構わずに……!)
シュウト:
「ゼロベース、……最新」
ジンの喉元にアサシネイトの薄青いラインが浮かぶ。見下ろすジンの視線に笑うような雰囲気を感じつつ、薄青いラインに集中し、没頭する。
シュウト:
「……最大!」
ニキータ:
「アサシネイトの瞳!」
ニキータのコメントで覚醒モードに成功したことが分かった。どうする?と自分に問いかける。答えは直ぐに出た。
――スッと武器を振るシュウト。スピードはさほどでもなかった。
レイシン:
「うん! いいね」
ユフィリア:
「うーん、どうして?」
ニキータ:
「スピードは、ありませんよね?」
レイシン:
「速度重視だったものを、早度重視に変えたんだよ」
ジン:
「もっと鋭く」
刃の鋭さを意識してもう一度、もっと丁寧に。
ジン:
「武器だけじゃない。腕全体を刃物だと思え。それと空気を切るな、もっと空間を切るつもりで」
一瞬だが『見えた』気がした。隠されていた真の最短ルートへと刃を差し込むように振り抜く。……手応えはなかった。逆に、それで正しい気がした。
レイシン:
「やったね」
ジン:
「早度攻撃だな。まぁまぁ、か。特技への応用も考えとけ」
シュウト:
「……思いついた技があるんですが、試してみても良いですか?」
ジン:
「おう、やれやれ」
呼吸を整え、素早く『陰の技』で接近、ステルスブレイドに早度攻撃を応用して振り抜く。直後の重い手応えに驚いてしまった。
シュウト:
「えっ?」
ジンの左腕に、自分が作った傷口から血が吹き出していて、更に目の前で塞がっていった。ユフィリアのヒールだ。いつの間に詠唱したのか分からなかった。
ジン:
「手応えはどうだ? サービスで食らってやったんだ、感謝しろよ?」
シュウト:
「あ、はい……」
まさか当たるとは思わない。ビックリしすぎて何がなんだか分からなくなっていた。
レイシン:
「凄い新技だね。命中重視だし、威力もある。もう躱す自信ないなぁ」
ジン:
「間合いを先に潰した方がいいだろうな。……シュウトには鋭撃のための『低次振り子』をやらせるつもりだったんだが、ま、ひとつ武器が増えて良かったな。『名前を付けて保存』しておけ」
石丸:
「名前を付けて管理っスね」
シュウト:
「どんな名前がいいでしょうか?」
ジン:
「自分で考えろ。ああ、それとその瞳だがな?」
シュウト:
「はい」
手で目元を触る。まだ色が変わっているのか分からないが、この問題もそろそろ決着を付けたい。
ジン:
「アサシネイトでは死角ならぬ、死の核を捉えて、威力を高めているんだろう。弱点部位は変わらない。しかし、死核が見えていなければ威力は高まらない。認知による攻撃だな。
その死核認知を拡大増幅したものだとすれば、『要点視』になるかもしれん。ポイント・要点を見破るような眼力、魔眼ってことになるんじゃないかな?」
シュウト:
「確かに、そんな気がします」
葵:
「今みたいに練習にも応用できるんなら、ずんぶんと便利じゃん」
ジン:
「逆かもな。俺の教えてる内容が難しいから、その対策で生まれてたりしてな」
シュウト:
「そうだといいんですが」
◆
その日の内になんとかしてしまおうと考えていた。
陰の技からステルスブレイドに応用する早度攻撃の方は、〈ステルスブレイド〉『影断ち』 ……とした。陰の技と早度攻撃なので、陰の技からシャドウ、早度攻撃の早度がそうど→ソードと読み替えられることから、シャドウソードと考えてみたのだが、ステルスブレイド・シャドウソードだと変な気がしたため、影と剣とに置き換え、剣を変えて空間切断から『断つ』として、影を断つと命名してみた。実体の無い『影』を本当に切れればいいのだが。
問題は次の、アサシネイトの瞳、の方だ。
これも、もうアイデアがあった。昼間の覚醒状態で考えておいたのだ。殆どひらめきのようなものだったが、試す価値はある。
以前、ジンはオーバーライドの仕組みを知らず、逆にアクアから教わっていたことがあった。レベルブーストを〈師範システム〉を経由させていたらしい話だ。それは何らかのシステム的な裏付けがあれば良い、もしくは成功させやすいという意味だと思われる。
シュウト:
(だったら……)
アサシネイト・モードを意図的に作れれば、成功させやすいことを意味するはずだ。近接間合いになると、アサシネイトのガイドラインが見えるようなことがしばしば起こる。では、アサシネイト発動前に、アサシネイトのラインが見えるのは何故なのか? アサシネイトのモーション入力は、この現象のお陰で可能になっているとも言える。ならば、そのシステム的な裏付けは何か?と考えるべきだろう。
シュウト:
(アサシネイトのアイコンを、クリックはせずに、ポイントだけするつもりで)
パソコンの前に座っている自分が、アサシネイトのアイコンにマウスの矢印を移動させて、ただ重ねるイメージ。それを脳内アイコンで同じように処理してみる。『押さずに、重ねる』。 ここから増幅も必要になる。心の力を抜き、一度 目を閉じてから、力を込めて開く。手鏡を見ると、薄青い瞳が映っていた。
シュウト:
「よし!」
成功した。これを〈消失〉の練習に応用すれば、どうにか出来るかもしれないと考えていたところで、ジンの言葉を思い出していた。
シュウト:
(そうだ、これも名前で管理しなきゃ)
要点視の力で名前も付けられるかと思ったが、そんなに甘くはないらしい。ただ、魔眼能力なので『●●眼』とするのが常識だろうとは思った。
シュウト:
(死核眼? いや、アサシネイトじゃないし。要点眼? 変だな。えっと、見破るんだから、ケンハ? ハ、ケン? )
その後、どのくらい悩んだのかわからない。真眼、正眼、慧眼などを考えた辺りでドツボにはまり、そんな名前を付けるのは自分ごときではオコガマシイのでは? などと思い始めると反動で偽悪趣味が全開になった。(死眼、殺眼、悪眼、獄眼、邪眼……) 名前を付けるだけでこんな大変だとは思わなかった。
結局、どうでも良くなってきて、最初のころに考えた『破眼』に決めた。壁を打ち破るぐらいの意味を込めたつもりである。
いろいろと考えたことの一つは、アサシネイト使用後の5分間は破眼を使えないため、リキャストタイム中に破眼に変わる何かをどうにか出来ないだろうか?ということだった。……何も思いつかなかったのだが、大きな課題ということで。
シュウト:
(やっぱり現象が先、ってことなのかなぁ……?)
早朝は、外周をランニングしながら消失の練習をするようになっていた。寝坊してしまうと、さつき嬢への朝の報告義務が優先されるので歩きになってしまう。
明日の朝が今から楽しみになって来ていた。