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012  中華 と イタリアン

 

 ――朝になり、食事の支度のためにレイシンが自室から降りてくると、既にジンが起きていて、ちょうど部屋の後片付けを終えた所だった。


レイシン:

「おはよ、早いじゃん」

ジン:

「ああ、先に寝かせてもらったからな。……この分だと昨晩は凄かったらしいな?」

レイシン:

「そうだねぇ。かなり激しかったかも」


 昨晩の女性陣の暴れっぷりを思い出すと、どうしても苦笑いしてしまう。


ジン:

「それよっか、夜明けに目を醒まして降りてきたら、シュウトがボロボロになっててさ……」

レイシン:

「マジで?」

ジン:

「参ったよ。そろそろ寝た頃だとは思うが……」


 自分も途中で部屋に引き上げて寝てしまっているので、暴走を抑える役がいなかったのだろうと思う。


レイシン:

「大丈夫そうなの?」

ジン:

「厳しいかもだな。終わった事はいいとして、いや釘は刺すけど、善後策を考えねーと」

レイシン:

「そっか。まぁ、そっちは任せるよ」

ジン:

「いやいや、任されても……」

レイシン:

「そういうの得意でしょ? こっちはホラ、料理でがんばるから」

ジン:

「きったねー」

レイシン:

「わっはっは。……少し凝ったの作るつもりだけど、何か食べたいのある?」

ジン:

「んー、まだ何が作れるのか、分からん」

レイシン:

「日本食は無理。中華か、イタリアン」

ジン:

「じゃ、両方」

レイシン:

「だよね」


 この世界の元になっているエルダー・テイルは、中世ヨーロッパ風のファンタジー文明を下敷きにしているため、西洋風の素材は集めやすくなっている。

 しかし、まともな日本食にするためには、醤油も味噌もない状態では厳しい。特に醤油は数滴振りかけるだけであっても、我々日本人にとっては大きく違う。


石丸:

「おはようございますっス」

ジン:

「よっ」

レイシン:

「おはよ」


 起きて来た石丸に、ジンは早速相談を持ちかけている。地名が聞こえたことからすると、どこかに出かけるつもりなのだろう。地理に詳しいのは石丸の強みだ。


 料理の下拵えをするべく食材のチェックに取り掛かる。

 料理をしていると良い事ばかりだ。苦手なことなどはたいてい免除されたし、たまに強権を発動することもできる。そもそも料理に没頭している時間が好きなので作業は苦にならないし、〈冒険者〉の体なので体力もスタミナも余っている。なにげに食材の買い出しでお金を使うのも楽しい。人に料理を出して凄いと驚かれるのも、美味しいと喜ばれるのも良い気分だった。料理の話題で喋るネタも増えていて、人付き合いにもプラスになっていると思う。結婚できたのも料理のお陰かもしれない。

 〈大災害〉は流石に予想外だったが、頼れる友人とも一緒だったし、意外となんとかなるものだろう。


ジン:

「なぁ、明日の出発でもいいか?」

レイシン:

「急だね? ……今度は何日ぐらい?」

ジン:

「3日、かな」

レイシン:

「それぐらいならいいんじゃない?」

ジン:

「悪いな」


 ジンがこうして尋ねているのは、留守中の葵の食料についてのことが念頭にあるためだ。

 実際問題、彼女はこの世界だと料理を温め直すことも出来ない。保存の利くものを作り置きしたとしても、冷めた状態で食べて美味しいはずもない。

 料理屋がシブヤから完全に無くなってしまったら、留守中に食べるものが無くなってしまうかもしれない。この分だとそう遠くない日に、出かける時はアキバの宿にでも泊まって貰うことになりそうなのだ。


 なるべく冷たくても美味しいものを、とは考えているのだが、材料不足やレシピを知らないものなどが色々とあるため、冷たいもの限定ではどうしてもレパートリーが足りなかった。


 こうして今では、日頃から料理のことばかり考えるようになっている。現在の課題は(言葉にするならば)トータルのバランスをどうするかである。料理は毎日食べるものなので、たまに豪華にするとしても、普段は少しずつ変化があればいい。しかし、冒険に出ている間は時間も道具も食材も揃わないので調理の簡単なものが中心になってしまう。ワンパターンにしたくはないが、基本的なものが幾つも足りていないのが悩みの種だった。後はジン達と一緒に旅に出ながら、使える食材を発掘していくしかないだろう。


 お昼の時間を考えて仕込みを始める。昼はイタリア料理風にして、夜は中華料理だ。ちょっと本格的な中華風にするために、トリガラでスープを出すつもりでいる。この手のスープは、フランス料理ではブイヨン、イタリア料理ではブロードと呼ばれており、料理の基本的な味を作る出汁(ダシ)に相当する。いつも出かける前にこれらを作っておき、冒険先に持って行ってシチューの味を整えるのに使うのだ。旅先での食事は準備や工夫しだいで完成度に大きな差が出てしまう。

 

 中華スープやブロードを作るのに数時間は煮込むことになるし、それが毎回ともなれば流石に燃料費も馬鹿にならない。葵が起きている時には召喚術を使ってもらうことにしようと思っているのだが、今日は昼近くまで起きてこないだろう。そのため昼をイタリア風にする。

 

 こねたパスタを寝かせ、次にトマトの処理に取り掛かる。このトマトは初期から素材のままでも味のあるアイテムだ。

 〈大災害〉後の世界では、メニューから作られる料理には味が無かったが、現在では新しい料理法の発見により、料理人のサブ職を持つ者だけが味のある料理を作れることが分かっている。


 素材のままであれば、それなりの味が残っているもの(果物など)も以前からあったようだ。ということは、(料理では大半が加熱する工程を経るため)結果的に生で食べられないもの、食べても美味しくないものは食料に出来なくなることを意味する。生米は美味しくない。


 この世界にはメニュー作成できる料理はかなりの数のレシピがある。逆に言えば、レシピに記載されている『必要な食材』はこの世界に全て存在が保証される事になるだろう。料理のレシピ素材だけでなく、調剤に使われる医薬品の素材にも、食用に転用できるものが多く含まれている。更に海外サーバーの開発状況まで考えれば、これら素材の数は膨大なものになる。つまり生のまま食べられるものも膨大な数になるはずだった。


 しかし一部の素材には既に味が無かったのだ。例えば、飲み物は全てが水になってしまっていた。

 葵は、「お茶もお酒もないならば、牛乳を飲めばいいじゃない?」と言って素材名〈ミルク〉を買って来たのだが、それはやはり白いだけで水のままだった。それだけならば意味は通じるのだが、〈大地人〉はその白い水からバターやチーズを作っていたことになる。同様にアルコール飲料でも味はしないのに(昨晩の葵たちの様に)、酩酊することが可能だった。


 ともかく、料理人が新しい料理法によって調理すれば、味のする料理を作ることが出来る。味のしない食材からでも味のある料理が作れるため、これを『味返り(あじがえり)』だと考えていた。メニュー作成した料理では、新しい料理法であっても別の料理の素材に使うことは出来なかったが、それ以外は自分で切ったり炒めたりすれば、味のある料理にすることが可能らしい。


 ジンは味覚ブロック説(メニュー操作により食材になんらかのロックが掛かり、その信号によって食べても味が分からなくなる)や、デジタライズによる味の均一化(メニュー操作による加工・調理を行うと素材が物質的に完全な均一状態になり、「0」か「1」の味しかしなくなる)を謳っていたが、自分は「味が返ってくるんだからそれでいいじゃないか」と考えていた。

 そもそも料理人にしか料理が作れないことがおかしいのだ。ならば、美味しくない食材からでも美味しくする能力のようなものが料理人には備わっていて、味の無い食材からでも料理が可能だと考えればいいではないか。


 現在は収穫する段階からメニュー操作を使わなければ、素材を元の味のままに出来ることが分かっている。今は過渡期なのだ。しばらくすれば、味の無い食材をそれと知らずに料理に使うことも無くなっているだろう。



 ホールトマトの作成に取り掛かる。

 ホールトマト(トマトの水煮)を作って保存しておけば、トマトソースを作るのが簡単になるからだ。湯剥きしたトマトを薄い塩水で煮ていく。それが済んだら今度は土鍋を出して、更に大量のトマトを火にかけ、トマトピューレを作る。完成したらどちらも容器を煮沸消毒して、保存する予定だ。すぐ夏が来るが、それでも1ヶ月程度なら味に問題はないだろう。


ジン:

「なんか食うもんねーか?」

レイシン:

「ちょっと待って」


 ジンは何やら屋上で作業をして来たらしい。洗濯か何かだろう。

 肉を鉄串に刺し、塩をふってから軽く火で炙る。


ジン:

「こんな大量のトマト、どうするんだ?」

レイシン:

「トマトピューレ作ると、こんだけあってもちょっとしか出来ないんだよ。……はい」

ジン:

「サンキュ…………うまっ。牛肉?」

レイシン:

「そ、あの村でね」


 石丸のためにもう一本焼いてジンに渡しておいた。こんなつまみ食い(正式名称〈味見〉)も料理人の特権だった。





葵:

「あだっっ」

ジン:

「一緒になってノリノリか? あぁ!? やり過ぎんなっつってんだろ!」


 昼に女性陣が起きてきたところで、ジンが葵にガミガミと釘を刺していた。それを合図に料理の仕上げに取り掛かる。ジンには悪いが、叱る役を押し付けてしまう。実のところ、この後で自分が慰めて、丸く収めればいいと思っていた。適材適所である。


 2人とも10年来の知人である。ジンとは幼馴染でこそないが、中学に上がる前からの20年以上の付き合いだ。葵とは〈エルダー・テイル〉でパーティを組んだのが始まりである。


 葵は当初、ジンに惹かれていた。友人として仲が良すぎて上手く行かないと云う、よくありそうな話だった。

 自分は人からよく『優しい』などと言われるが、本当に優しいのはジンの方だろうと思っていた。そのジンは、優しいというよりも善良なのであって、彼の目の届くところで嫌な気分になることはあまり起こらない。葵もそこに惹かれたのだと思われたが、彼女は『同じ』には成れなかった。葵には息抜きが必要だったし、別の側面を見せられなくなり、次第にそれに耐えられなくなっていった。


 その後の幾つかの事件が重なって仲間達はバラバラとなり、ジンもアカウントは残しつつも、ゲームからは離れていった。それでも気にはなっていた様で、思い出したみたいに時々ログインしては、レベル上げをすることがあった。


 自分と葵は、それぞれ複雑な想いもあって、〈エルダー・テイル〉(このゲーム)を続けた。素晴らしかった時間への未練も残っていたのだろうし、このゲームで知り合った友人との繋がりがなくなってしまう、といった事情もあった。


 その後、葵と一緒にいる時間が自然と長くなっていった。正確には葵が自分と居て楽だと気が付いたのだろう。リアルでもたびたび会うようになると、散々ワガママを言い始め、それでも大丈夫だと分かって安心したのか、付き合うようになり、結婚した。

 このワガママ時代に、リアルで料理を覚えることになった。葵がイタリアンを要求し、ついでに自分の好きな中華料理を学んで、少しずつレパートリーを増やしていった。何が吉と出るかは分からないもので、彼女のワガママに応えるべく、美味しく作ろうとかなり根本的なところから勉強したのだが、それが今になってプラスに働いていた。


 結婚後、葵はキャラをリメイクした。ロリキャラなのは照れ隠しでもあり、周囲に(つまりジンに)夫婦生活を感じさせないための配慮だったのだろう。やがてレベル上限が解放される話を聞き、ジンが戻ってくることになった。『辞めるのなら区切りのいいレベル100になってからにしよう』とバージョンアップ解禁の数日前からログインしていて、3人は一緒に大災害に巻き込まれることになった。





 ――葵が怒られているのを見て、ニキータは自分の失態に頭を抱えていた。


ニキータ:

(昨夜のは……。でも、楽しかったからなァ)


 久々に熱いお風呂にたっぷりと浸かって、幸せ満タンの状態。後の人のことを考えて『カラスの行水』ではあったのだが、そんなことではあの幸せが損なわれることはなかった。そして歌って騒いで、アルコールが入ってからはワケが分からなくなり、ずっと笑っていた気がする。シュウトは、……犠牲となったのだ。


 正直なところ、葵と一緒に怒られた方がまだ気が楽なのだが、当然とでも云うかのように、私とユフィリアはお咎めなしだった。最初の日からこんな調子かと思うと、恥ずかしくて情けなくなってくる。お客様扱いされている内に態勢を立て直さなければならない。



レイシン:

「お昼だから控えめだよ」

ユフィリア:

「すっ、すごーい!」

 

 赤が鮮やかなトマトソースだけでも感動ものだった。手打ちされたばかりの生パスタが口の中でプリプリしている。イタリアンバジルが散らされ見た目も良く、僅かな辛味がいいアクセントになって、大好きな味だった。寝たままのシュウトが可哀想になってしまう。パエリアはみんなで取り分けたこともあり、もうちょっと食べたいと思ってしまう絶妙な具合である。炭水化物ばかりにならないようにという配慮もあるのだろう。男性陣は完全に物足りないはずだ。中心にくるのは魚料理で、新鮮な素材の味を活かして皮までパリッと焼かれていた。オリーブオイルで楽しむように作られているが、香り付けにひと工夫されている。付け合せには一口サイズの牛肉ステーキも。これで文句などあろうはずもない。


 少し物足りないであろう男性陣には既製品のパンを温め直したものを出してあった。ニキータも一切れ貰ったが、もしもここがアキバなら焼きたてパンだったかもしれない。その惜しさまで含めてかなりの満足感だった。


ニキータ:

(これ、気を付けないと物凄くダメになりそうな気がする…………)


 この昼食はダメ押しだった。自分がまだ何も仕事をしていない事でチクチクする。お手伝いさんやお母さんが居るわけじゃないのだから、パーティのメンバーがいちいち仕事をしているのだ。改めて、役に立たなければならないと焦りが募ってくる。

 『若い女の子だから居るだけでいい』といった発想を自分に許すつもりはない。それは「性欲の対象として見て下さい。自分にはそれぐらいの価値しかありません」と言ってるようなものだからだ。プライドや矜持が『安っぽい女』で居ることを許さない。それに加えて、ユフィリアがマスコット化して(仕事しなくて)もいいように、自分だけでもそれなりに役に立たなければならなかった。ギルドに入ることにして楽になったのに、楽になったことで苦労しているのは不思議だ。


 まだ勝手が分からない事もあり、ジンに仕事がないか尋ねることにした。彼はソファで眠そうにウトウトしていた。例の能力のためシエスタ(午睡)にするのだろう。


ニキータ:

「あの、すみません」

ジン:

「ん? ……いや平気。どうした?」

ニキータ:

「何かその、仕事とかありませんか?」

ジン:

「んー、それは無いな~」


 仕事があるなら寝てないかも?と、尋ねてから気が付く。


ジン:

「…………待てよ、水着は持っているか?」

ニキータ:

「水着、ですか? ……下着の、いえ、持ってません」

ユフィリア:

「私、もってるよ。こっちじゃまだ着てないけど、可愛くて買ったままのがある」

ジン:

「じゃ、ニキータは買っといてくれ。明日、出発すっから」

ニキータ:

「今度も海ですか?」

ジン:

「いや、山。……ふわぁ~(欠伸)、ちょっとしたレクれーしょん、ん?れくりえーション?をやるから」

ニキータ:

「はぁ……(川か湖で泳ぐのかしら?)」


 チラっと脳裏にシュウトが大型魚類モンスターのエサにされるイメージが浮かぶ。

 見れば既にジンは眠っていた。もしシブヤで手に入らない場合、アキバに探しに行かなければならない。寝たばかりのこの人を起こしてしまってもいいものなのだろうか?と一抹の不安を覚える。レイシンは午後もかなりキツい臭いをさせながら料理している最中であり、シュウトは昼も食べずに寝たまま。石丸は魔術師なので後衛だし…… というところまで考え、とりあえず思考を打ち切る。まずはシブヤで探してこよう。後のことは後で考えればいい。


 ユフィリアがイタズラする時の真面目な顔になってジンの隣に座り、彼の肩に首を乗せたりしながら、一番いい角度を探していた。


ニキータ:

「ユフィ、ちょっとシブヤで探してくるからね?」

ユフィリア:

「うん、分かった」


 スッと姿勢を戻し、何事も無かったように答える。たしなめたつもりだったが、こたえない性格だった。

 軽く髪を束ね、玄関から出る時に振り向くと、ジンの肩に頭を預けて彼女も寝息を立てていた。つい先程まで寝ていたのに、良く眠れるものだと呆れる。歳の離れた恋人というよりも、父と娘が一緒に寝ている図にみえて可笑しかった。


 シブヤの店で、さほど苦労せずに水着を発見できた。


ニキータ:

(ビキニなら、ある。ビキニしか、ない……)


 色は単色の赤、もしくは黒。安めのアイテムなのでデザインもごく普通。『下着に使うにはちょっと派手めの色が残りました』という香り(アロマ)が漂っている。


 ――実の所、これらが紫やショッキングピンク、ゴールド等にならなかったのは、色で作成難易度が高くなるからだった。結果的にニキータは本人の知らない所で救われた形だったが、どちらにしても着てしまえばそれなりに似合うので大勢に影響はないのだが、本人はそう考えられるほど大らかでも大雑把でもなかった。


ニキータ:

(髪の毛に合わせて赤の方がいいかな? でも、黒の方が少し布が大き目のような? ……あ、しまった~、ユフィが何色か訊くのを忘れてた。寝ているのを念話で起こすのも悪いし、可愛いって言ってたから、たぶん黒はないわよね。うん。やっぱりここは黒よね?)


 ――布面積で黒一択のニキータだった。





ジン:

「シュウト、とっとと起きろ、晩飯にすんぞ」

シュウト:

「はい、すみませ、ん…………zzz」

ジン:

「起きないと、エルボー落とすぞ?」(ぼそっ)

シュウト:

「起きました。今、起きました!」

ジン:

「うむっ」


 目覚めた時、何故かHPが半分しかなかった。朝から夕方まで寝たのに半分ってなんだろう?と首を捻る。首を動かすと引きつれる感じがして、後頭部にダメージがあったらしいことが分かったが、まるで記憶に無い。


シュウト:

「ジンさん」

ジン:

「なんだ」

シュウト:

「あの、寝てる間に誰かに殴られたのか、死にかけてた気がするんですけど」

ジン:

「ふーん、じゃあユフィリアに回復してもらっとけよ」

シュウト:

「はぁ……」


 フロアに降りて行くと、夕飯への期待からか、どこか殺気のようなものを感じた。葵はハイエナのようにウロウロ歩き回っている。とりあえず近くにいたユフィリアに声を掛けた。


シュウト:

「ユフィリア。悪いんだけど回復してくれないか? 起きたらHP減ってて」

ユフィリア:

「……おっけ」


シュウト:

(ん、今の間はなんだ?)


葵:

「お、シュウ君、お目覚め? 大王出勤とはやるじゃん!……あや、そのダメージどったの?」


 朝の遅刻が重役出勤ならば、夕飯に合わせての登場は大王出勤と言いたいらしい。ユフィリアによる回復魔法を見て、葵もシュウトのダメージに気が付いたらしい。


シュウト:

「起きたらHP減ってたんですけど、これやったのって葵さんじゃないんですか?」

葵:

「なに言ってんの? 寝てる時に殴ったって面白くないじゃん。常識っしょ」

シュウト:

「面白ければ攻撃するんですか……、というか、ギルドの室内を戦闘禁止に指定してくださいよ」

葵:

「ダメダメ。そげなことしたら愛のツッコミ・シャイニング☆ウィザードが使えなくなるじゃん」

シュウト:

「ツッコミにそんな技、使わないでください」


 違和感を感じて周囲に視線を走らせる。


シュウト:

(あれ? 何か、みんなに見られている気がする。一体、なんだろう? ……丸一日寝てて仕事してないから怒られるのかな?)


 ――昨晩の乱痴気騒ぎによる心的外傷の具合をみんなで観察していた。ところが、シュウトの記憶からはその辺りがなぜかスッポリと抜け落ちている。ダメージの方は、ジンが「記憶をうしなえ~ぃ!」と叫びながら後頭部に打撃を加え、シュウトを九割殺しにしていた事による。後頭部への打撃攻撃は意外と効果があるのかもしれなかった。

(作者注:良い子は決して真似してはいけないゾ)



 夕飯の準備が整うと、俄然、食欲が、唾液が、胃液までもが湧き上がってくる。(注:胃液が湧き上がったらダメです)見た目もいいが、香りでガッチリ心を鷲掴みにされる。

 ワンタンスープならぬ餃子スープが出されたのだが、肉がたっぷり入った手作り餃子が器にこれでもかと詰め込まれ、スープで無理矢理に沈めてあった。スープも美味しいし、餃子も堪らない。炒め物も出され。中華料理のお店のようにテーブルが回転しないので、みんなで回して取り分ける。野菜よりも牛肉が多くて、こんなに食べてもいいの?と誰かに許可を求めたくなった。どれも美味しいのではあるが、目を惹くのはやはり大皿にまとめて『天まで届け!』とばかりに盛られた炒飯チャーハンだろう。


ジン:

「チャーハン!チャーハン!」

ユフィリア:

「チャーハン!チャーハン!」

シュウト:

「子供ですか……」

葵:

「……お米が嫌いな日本人がいて?」

ニキータ:

「いません」


ユフィリア:

「うわぁ~、これもすごく美味し~!」

ジン:

「ん……?」

シュウト:

「えっ?」

葵:

「似てるけど、違うね……。だーりん、つまり、どういうことだってばよ?」

ユフィリア:

「ねぇ、みんなで何の話?」

石丸:

「つまり、醤油っぽい味がするんス」

ユフィリア:

「あー、あー、あー、言われてみればそうかも」

ジン:

「…………魚醤か?」

レイシン:

「正解! さっすが」

ジン:

「フッ、裏技使って脳を最大まで活性化しちったぜ」

ユフィリア:

「えっ? えっ? ぎょしょーって、何?」


 ――レイシンがミウラの村で見付けたお宝。それはイワシで作られた魚醤に黄金のサバを干したものを漬け込んだ『御供え物』だった。黄金のサバ(松輪サバ)が獲れると、御供え物をする風習として手作りの魚醤が残った形だった。


レイシン:

「簡単に言うと、食べ物だと思われてなかったんだよね」

シュウト:

「確かに、味がしても醤油そのままじゃ飲み物とかにはなりませんしね」

レイシン:

「ガルムは生臭いところがあるからねぇ。一度加熱するとあまり気にならなくなるんだけど」


ジン:

「……もしかしてあの辺って、マグロで有名な三崎漁港なのか?」

石丸:

「そうっスね。マグロは遠洋漁業っスから、裏でいろいろあったのかもしれないっスね」

シュウト:

「あの、魚醤からは醤油って作れないものなんでしょうか?」

レイシン:

「発酵させてるのは同じだけど、どうかなぁ。菌のところまではちょっと分からないから」

ジン:

「醤油や味噌に使う米麹(こめこうじ)は難しいだろ。しかし、同じパターンで料理だと思われていないものが〈大地人〉の街から出てくる可能性なら、あるかもしれないぞ」

石丸:

「……日本語の家名を持っている西日本の貴族なんかが怪しいっスね?」

ジン:

「その発言、ヤバくね?」


 この魚醤は明日アキバに行った時にしかるべき場所に分けてこようという話で纏まった。神田の方に日本食の店を始めたところがあったので、その方面に興味のある人間が集まるだろうと予想しての事だ。





ジン:

「明日からなんだが、戦闘訓練を行おうと思う。……場所は東アルプス、奥秩父山塊。強行軍の旅っ! 三日間の予定だ。最終日は『ドキッ、レクリエーションもあるよ?』なので、各自で水着を持参のこと。下着に使ってるのでいいや~とかは、マナー的にもNGだからな」

シュウト:

「えっと、その条件だと水着を持ってないんですけど?」

ジン:

「じゃあシュウトだけフルチンだな」

葵:

「やだ~」

ユフィリア:

「サイテー」

シュウト:

「ちょっ、僕が悪いんですか!?」


ジン:

「朝一で出発、アキバで準備して昼には立つからその積もりで。アキバでの装備品の購入はシュウトの仕事だぞ、分かってるな?」

シュウト:

「は、はい」

ジン:

「必要なもののリストぐらい作っとけよ? 各自必要なものを考えておくこと。シュウトに協力してくれな」

ニキータ:

「あの、そういうの手伝います」

ジン:

「んー、じゃあニキータもシュウトの仕事をフォローしてくれ」

ニキータ:

「わかりました」

ジン:

「ギルドの共用貸金庫の話は当然分かってるよな? ギルドに入るかどうかは強制せんが……」

シュウト:

「大丈夫です。この機に僕が入っときます」

ジン:

「じゃあ、レイと一緒に手続きしてこい。……驚くなよ?」

シュウト:

「……?」


ジン:

「ニキータ隊員、耳を貸せ」

ニキータ:

「……はい?」


 何やらジンが耳打ちする。何秒かボーッとしていたかと思ったら、ニキータの背景に、にわかに暗雲が立ち込め、ガカァ!っと黄色い稲光が(はし)った。心象風景か何かだろうか。いや、それが見えてしまって良いのだろうか?と悩む。


ニキータ:

「皆さん、がんばりましょう! 最終日のその日まで、誰一人として欠ける事は許されません!!」


シュウト:

(嗚呼、ニキータさんが燃えている……)



 半日寝ていただけで致命的な出遅れになってしまっている。

 ニキータが手伝ってくれるので『欲しいものリスト』の作成は順調だったが、自分の方はそれ以外にも押し付けられた仕事がいくつか残っていた。それに加えて、自分で使う矢も自作しなければならない。


シュウト:

(前回は、サファギン相手の低級クエストだと思って油断したけど、もうそういうことはしないぞ……)


 弓使いは矢に金を掛けた分だけ強くなれるものだが、弱い敵にまで一番強い矢を使う意味は無い。収入と支出のバランスで赤字にならないように気を付ける必要があるのだ。〈カトレヤ〉(ここ)での収入を見ながらバランスを決めていくべきなのだ。しかし、自分に対する『自分からの期待』を裏切らないためには、金に糸目などつけてはいられない。それでも金に頼り切りの金満生活などは結局のところ長続きしないのも事実。……となれば、時間をかけて自作矢をメインでしのいでいくのがべストの選択になるだろう。


 現状の手持ち素材で作成可能な『強力な魔法の矢』には、作業に炉が必要になるため、後回しにしておいた。これは何本か持っておいて、戦況を好転させるために使うのだ。タイミングを逃さないようにしたい。


シュウト:

「さ、忙しくなるぞ!」

 

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