117 ルールメイカー
浜島:
「待ってくれ、今、お茶を」
葵:
「お茶はケッコウよ。話の続きをしましょう」
浜島:
「分かった」
スポンサーになりたいと言うので、ギルドホームへ案内することになった。来客用のスペースにはソファぐらいしかなく、それも本来の用途では使っていない。脚の短いテーブルには、雑誌や新聞を積んだままにしていた。
向かいのソファには葵だけが座り、仲間の3人は後ろに控えている。ギルドマスターと言っていた葵はレベルが23しかないが、控えている仲間3人の内2人は91レベルに到達していた。アキバでも数えるぐらいしか存在していない90レベルオーバーの戦士を引き連れているのだ。話の内容よりも、何者なのかが気になって仕方がないぐらいだ。
葵:
「いくつか雑誌を読ませてもらったわ。内容は至って普通ね。複数の本をパッケージにする方法で、売れにくい本も買ってもらってるみたいだけど、ビジネスモデルからして趣味の領域を出ていないわ。目的も意図も感じられないし、何がやりたいのかさっぱり伝わってこない」
浜島:
「そいつは、どうも」
葵:
「新聞・雑誌では、〈アキバ新聞〉のだしてる『アキバ・クロニクル』の寡占状態ね。その他はお団子。さっき言ったパッケージにしたビジネスモデルの影響で、あなた達〈えんたーなう!〉が辛うじて業界2位かも。これが、あたしの感想。内容はともかく、段組みや行間、レイアウトみたいな編集技術は〈アキバ新聞〉にも負けてないと思っている」
豆腐屋ボーイ:
「よく調べているな」
葵:
「出資するんだから、当然でしょ」
編集技術を認められたのは、悪い気がしなかった。文字の大きさ、文字間、行間のサイズ調整。読者が見やすいレイアウト。しかも〈大災害〉に巻き込まれたことから、パソコンがないところでこれらの技術を駆使する必要があった。編集の技術は特に目立つ部分ではないため、『創る側の人間』であっても、その重要性を理解しているのはプロぐらいのものだ。
手を組むにしても最低限の素養は必要である。それをキチンと押さえて来ていると感じた。
フランソワ万里子:
「本題に入りなさいよ。どうして出資したいと思ったの? 目的は何?」
葵:
「……とりあえず、毎月、金貨5万枚ぐらいでどう?」
バカタール納豆:
「5万!?」
フランソワ万里子:
「ねぇ、目的は? ちょっと、無視しないで!」
金貨で5万枚は今の我々にとっては大金だった。お金を稼ぐには、本を売るか、モンスターと戦ってこなければならない。モンスターと戦えばある程度までは確実に収入を得られるものの、装備の修繕などのランニングコストが掛かる。〈大災害〉以降は衣食住をまかなう必要もある。それで残った分のお金を資本として、ようやく本を創ることができるようになるのだ。外で戦わないで得られる金貨5万枚は、単純な5万以上の価値がある。生活を安定させ、本作りだけに邁進することが十分に可能だ。
葵:
「ぶっちゃけ、ギルメンの生活費まで計算したら、赤字でしょ? 紙だってタダじゃない。インクにだってコダワリがあるかも。もっと言おうか? 他のメンバーはどこにいってるのかにゃ? ……分かってる。外に出てモンスターを倒して『お金を稼いでる』んでしょ。最早、次の本を作るためのお金も満足に持っていない。違う?」
その通りだった。好きな本を自由に作りたかったが、儲からなければコストが重くのしかかってくる。生きていくだけならモンスターを倒していればいい。しかし、もう10月だ。メンバーそれぞれの貯金も底をついている。それが分かっていて、しかし、何もできないでいたのだ。
葵:
「あたし達が助けたげる。なんだったら、本を作るのにかかる経費も、全部こっちでもってあげてもいい。その場合はキチンと帳簿をつけて貰うけどね。金貨5万、プラス諸経費。……どう?」
ノドから手がでるほど、こちらからお願いしたいほどの内容だった。しかし、自分が編集長である手前、簡単にイエスと言うわけには行かなかった。
浜島:
「理由を。俺たちを助ける理由を先に聞かせてくれないか?」
葵:
「ダ~メ。こっちは別に『あなた達』じゃなくてもいいんだもの。選びなさい。自分の意思で踊るかどうかを」
豆腐屋ボーイ:
「ハマ、俺たちは自分達の作りたい本を自由に作るために集まっている。金のためなんかじゃない。それを忘れるな」
フランソワ万里子:
「そうですよ。……本が作りたきゃ、自分たちで作ればいいじゃない!」
バカタール納豆:
「でも、お金がなきゃ作れないのも事実ですよ」
フランソワ万里子:
「それは……」
豆腐屋ボーイ:
「最低でも、編集方針はこちらの自由にさせて貰う。それが条件だ」
ジン:
「ダメだな。金を出す以上、こちらの方針には従ってもらう」
後ろに控えていた1人が、重く厳しい口調で割り込んで来た。葵は片手を上げてそれを遮り、自ら口を開いた。
葵:
「ストップよ。……じゃあ、こうしましょ。 あたし達のために毎月、本を作ってちょうだい。その本以外は、方針に口出ししない。他のは自由に作ってもらって構わないわ。お金の条件も同じままでいいから。そうね〈シブヤ互助組合〉の宣伝だけ、他の本にも載せて貰おうかな? そのぐらいならいいでしょ?」
豆腐屋ボーイ:
「君たちのための本だけでいいんだな?」
葵:
「そ。このぐらいがあたし達が応じられる妥協点。……どう?」
フランソワ万里子:
「何の本よ?」
葵:
「そろそろ、決めちゃおっか。この話、受ける? やめとく?」
フランソワ万里子:
「だから、無視すんなっての!」
豆腐屋ボーイは厳しい顔をしていても乗り気だ。元編集長だけあって、現実的な判断をしている。一方の葵は限定的な条件緩和を言ってきたが、アメとムチの交渉術だろう。つまり、彼女たちの目的は自分たちの自由になる本を創ることなのだ。そのために労力を割けない、もしくは専門の技術が足りないため、協力してくれるパートナーを探している、ということだろうと予想する。
メリットばかりが大きく、デメリットが小さい。巧い話すぎて反射的に断りたくもなる。結局は相手を信用できるかどうか?の問題なのだ。相手の秘密主義に振り回されている感が拭えなかった。しかし、味方にならない人間に情報開示すれば、後から邪魔されかねないことも世の中にはあるのだと分かる。
浜島:
「反社会的な活動が目的か?」
葵:
「ノーよ。まったくのゼロとはいかないかもだけど」
浜島:
「誰かの名誉を傷つけたりは?」
葵:
「まさか。結果はともかく、望んでそんなことをするつもりはない」
浜島:
「……対等な協力関係だと思ってもいいか?」
葵:
「君らが卑屈にならなきゃね」
悪くない。善ではないかもしれないが、悪でもないだろう。悪だとしても、呑めるものは呑んでもいいかもしれない。これも一つの『冒険』で、我々は〈冒険者〉なのだ。
浜島:
「お受けします。よろしくお願いします」
葵:
「こちらこそ、よろしくにん!」にかっ
こうして、契約成立となった。
葵:
「だーりん、出して出して」
レイシン:
「ここでいいの?」
『じゃ、今月分』と言われ、金貨5万枚を袋で渡された。お金の迫力に固まる。これを集めるのに自分たちがどれだけ苦労するかを考えてしまった。
フランソワ万里子:
「あのー、それで、どんな本を創るんですか?」
葵:
「さっそく腰が低くなってんじゃ~ん」にやにや
フランソワ万里子:
「そんなの、しょうがないでしょ」
葵:
「ともかく、作戦成功ってことで」
ジン:
「フッ。巧く行くかどうかはこれからだろ。とりあえず、俺たちが創って貰いたいのは、攻略本だ」
浜島:
「攻略本?」
圧力を掛けてきた〈守護戦士〉が話し始める。そのことで『交渉のためのフォーメーション』だったことと、それを崩したのがわかった。
葵:
「ファミ通みたいなヤツね。電撃でもいいけど」
バカタール納豆:
「いや、ファミ通って」
豆腐屋ボーイ:
「いったい、何の攻略だ?」
ジン:
「決まってるだろう? 〈エルダー・テイル〉の、〈大災害〉後の、この世界の『攻略本』だよ」
浜島:
「それは……」
それは自分たちだって書きたい。部分的には書いてもきた。しかし、それが難しい理由は、自分たちが『戦闘ギルドではないから』なのだ。〈D.D.D〉や〈黒剣騎士団〉の協力なしに、そんな本が書けるはずもない。……だが、91レベルの戦士の存在が、ここで意味を帯びてきた。連れてきていたのは交渉した後の、この為だったのだろう。
豆腐屋ボーイ:
「目的は? 本当の目的は何だ?」
葵:
「当面は『情報共有』よ。アキバでもプレイヤー同士の情報格差が大きくなって来てるから、その穴埋めが必要なのよ。本当の目的ってヤツに関しては、敵を騙すには味方からっていうし、おいおいってことで」
フランソワ万里子:
「おいおい、ね。……可愛くないけど、それでいっか」
葵:
「仲良くしよーぜぇ、フランソワちゃん?」
フランソワ万里子:
「馴れ馴れしくしないで」
ジン:
「フッ。……まず何から始めりゃいい? 記事の内容か?」
浜島:
「ページ数と、雑誌の名前だな」
葵:
「雑誌の名前、何にする?」
ジン:
「ベタなところでいいんじゃねーの?」
こうして、『アキバ通信』のプロジェクトが始まった。創刊号は、『異世界での戦闘(初級編)』を中心に、可能な限り秋祭りの情報も加える方向となった。このため祭り前に完成させることが目標となる。
肝心の編集方針は、アキバ新聞と『別の視点』であることをが狙いとされた。御用新聞の傾向があるアキバ・クロニクルとは別の角度から世に問いかけるため、反政府的とも言えたが無政府主義と言うほどではない。〈シブヤ互助組合〉の方針とは、いわゆるロックンロールなのだろう。そう理解しておくことにした。
◆
ジン達が外出から戻ってくると、前日に引き続き、ウヅキを除いた女子が集められた。
葵:
「みんな集まったかにゃ?」
ジン:
「んじゃ、今日は洋服の着こなしだな。……ユフィ」
ユフィリア:
「うん」
バスローブを再び脱いだユフィリアに、2日連続にも関わらず、ため息がこぼれた。流れるような肢体の美しさが目に優しくない。
ジン:
「ハラ、へっこまして。息吸って、吐いて~、はい、ぺこー」
ユフィリア:
「ぺこー」
静:
「まっ、さっ、かっ」
りえ:
「うそ!? うそだよね?」
そして、凹んだウエストを、紐で縛らされた。ジンが自分で縛ろうとしたので仕方なく私が紐を奪うことにした。水着の上からでも、なんとなくハダカのイメージがあるためか、触らせたくなかったからだ。
紐で縛ったその上から、派手なメイド服をユフィリアに着させる。ここでわざわざ紐を使っている理由は、サイズの自動調整機能が存在しているためである。ベルトをキツく締めたとしても、自然と丁度よく着られるサイズになってしまう。(俗にいう乳袋現象だ)
手作りした品ならサイズ調整機能は弱いが、手間が掛かるために値段が高くなる。女子全員分を購入する事情から、既製品プラス紐を使うことになったのだ。
ジン:
「じゃ、そういうことで」
りえ:
「『そういうことで』じゃないですって!」
静:
「そうだ、そうだー!」
ジン:
「なんだよ、何か問題でも?」
静:
「問題ありまくりですよ!」
まり:
「……せめて、コルセットとかは?」
ジン:
「コルセットじゃ意味ないだろ。洋服の着こなしは、自力でハラをへっこませるところに価値があるんだ。和服は『ぽこー』で、洋服は『ぺこー』なのだよ」
ユフィリア:
「ぺこー」
静:
「いやいやいや、冗談ですよね?」
ジン:
「慣れるって。大丈夫大丈夫。和服と交互だから時間は掛かるかもしれないけど」
りえ:
「その前に、どうしてこんなことしなきゃならないんスかー!」(><)
ジン:
「そりゃ、アレだ。接客やらせんのに、ロクに服も着こなせてないヤツを出すのはアカンからだ」
まり:
「でも、モデルさんたちでも、そんなことしてるって聞いたことがないんですけど?」
ジン:
「モデルってのは、単にスタイルの良いヤツに服着せてるだけだからな。そもそも『服を着る』ってことに対して『深さ』がない」
静:
「深さ、必要かな~?」
りえ:
「あんまり必要ないんじゃないかなー?」
ジン:
「ゴチャゴチャ言ってもやらせるし。……嫌なら出て行くか?」
静:
「しどい!」
りえ:
「横暴だ!」
極めて横暴なのだが、本当に嫌ならば出て行けばいいだけとも言える。居心地の良さをこの子たちも理解しているから、強く拒絶できない立場になってしまう。戦う前から勝敗は決していた。ジンの戦略的勝利である。
ジン:
「腹筋の下、下腹部の筋肉って年齢と共に弱くなっていくんだ。特に女性がな。ここの筋肉が弱くなるとどうなるかっていうと、痩せててもぽっこりオナカになってしまうんだ」
ニキータ:
「そうなんですか?」
ジン:
「うむ。内蔵がずり落ちて、ぽっこりしちまうんだよ。子供を産んだりすると余計にな。でも、服の着方によっては、筋肉の劣化を防げたりもするんだ」
ユフィリア:
「ぺこー?」
ジン:
「そうそう」
静:
「だ、だ、騙されないぞ!」
りえ:
「だよね。まだ若いから、ぽっこりしてないし!」
ジン:
「ドローイングってダイエットがあると言われているように、お腹をヘっこます効果はいろいろ研究されて来ている。基礎代謝が増えるついでに便秘が治る可能性もあるな。特に洋服を着る場合は、クビレが必要だし、逆三角の体形の方が見栄えがいいとされている。……そのための訓練なんだが?」
りえ:
「ダイエッ……」
静:
「りえ、流されちゃだめっ! 戻ってこい!」
赤音:
「りえ、カムバーック!」
まり:
「あの、気になってたんですけど、着物でお腹を出してたら、太ることになりませんか?」
ジン:
「ぽこーの癖が付いちゃうと多少な。体が硬いとそういうこともありうるっていうだけだが。体型そのものの大幅な変更は〈冒険者〉ではありえないし、リアルの人体でも長い時間が掛かるよ。筋肉も付くから、太りにくくなるけど、体型を気にするなら注意は必要だな。
逆にいえば、ぺこーの癖だけ付けたいって人も多いかもしれない。念のために言うけど、ぽこー、ぺこーの両方を、自在に使いこなせるような柔軟さが理想だ」
ニキータ:
「今回は、ぺこーの癖をつけるため、ですね」←援護射撃
静:
「あぐっ」
りえ:
「ぐぬぬっ」
ジン:
「真の狙いは別のところにあるのだが、本当のところは、最後までやり終えたら教えてやろう」
静:
「……やらなきゃダメすか?」
ジン:
「ダメだな」
りえ:
「絶対?」
ジン:
「絶対」
赤音:
「どうしても?」
ジン:
「どうしてもだ」
『自分たちのため』なのは何となく伝わるものらしい。ジンを追い出してしまうと、いやいや紐でしばられていたのに、楽しげに大騒ぎしていた。次の瞬間に『ウエスト、60センチ切るかも?』とか言っている辺り、若い子はたくましい。
ユフィリア:
「ニナも、ぺこーってしよ?」
ニキータ:
「そうね」
……予想より、キツいかもしれない。
◆
――夕食の時間となり、ウヅキ以外が全員メイド服になって出てきた。咲空と星奈も新しいメイド服で、みんなとお揃いのものになっている。
エルンスト:
「昨日は着物で、今度はメイド服か」
そー太:
「何やってんだよ、お前ら?」
静:
「だって、ジンさんがやれっていうんだもん」
りえ:
「うっ、お腹がキツくて、食欲が無くなってきた」
雷市:
「女らしくなっていいんじゃねーの? りえとか、マコトより食べるもんな」
マコト:
「そんなことないよ」
りえ:
「雷市、後で覚えてろ。マコくんは後であたしの皿を下げさせてあげよう」
マコト:
「うん、わかったよ」
名護っしゅ:
「コラ、自分で下げろ。マコトも素直に言うことを聞くんじゃない」
――名護っしゅのところにやってきた星奈が、ちょいちょいと服を引っ張る。
名護っしゅ:
「星奈か」
星奈:
「えへへ。できた?」
名護っしゅ:
「おう、お椀と箸な。……ほいよ、これだ」
大槻:
「例の、味噌汁屋か」
エルンスト:
「そういえば、木工職人だったな」
星奈:
「……うん。ありがと!」
名護っしゅ:
「へへっ。いいってことよ」
――にぱっと笑う星奈を見て、名護っしゅだけではなく、みんな笑顔になっていた。
◇
シュウト:
「いただきます」
手を合わせ、下腹に意識を集中させる。力感が現れるようになって来たため、もう少し手を合わせていたい気持ちも出てきていた。
食事が進み、一段落したところでジンが話を始める。
ジン:
「つーわけで、〈シブヤ互助組合〉を設立し、宣伝媒体を確保した」
シュウト:
「はい?」
ニキータ:
「シブヤの、組合ですか?」
葵:
「シブヤ互助組合。あたしが代表、いや、総代表だから!」
ジン:
「いるいる。総とか付けると偉くなっちゃったみたいに感じるヤツ」
葵:
「偉いんだよ、超エライの!」
ニキータ:
「くすす」
シュウト:
「どういうことですか? 一体、なんのために?」
レイシン:
「そういえば、何のためにやってるの?」
ニキータ:
「レイシンさんも、知らないんですか?」
レイシン:
「なんだか、よくわからなくて」
葵:
「シブヤ互助組合、通称シブヤ組は、〈円卓会議〉が悪政した場合に、これを批判するための野党的団体よ。まぁ、政権を奪取するつもりは無いから、正確には政治圧力団体だけどね。
この街は本来、アキバとシブヤのプレイヤーの合作で出来てるでしょ。アキバの〈円卓会議〉みたいなメインストリームに素直に乗れない子のための受け皿を作るのよ」
レイシン:
「へぇ~、そうなんだ?」
シュウト:
「なるほど……」
意外と、と言ってしまうのは失礼かもしれないが、案外(失礼)まともな意見だと思った。
ジン:
「ま、表向きはな」
石丸:
「真の目的はなんスか?」
葵:
「えっ、それココで言っちゃうの?」
ジン:
「言っとけよ。シュウトにはどうせ働かせるんだし」
葵:
「そうだね。……『情報を集めるルール』を作るためだよ」にやり
大まかな説明はこうである。
攻略本(!)を作り、アキバ住民との情報共有を図る。同時に宣伝によって非ギルド団体『シブヤ組』のメンバーを増やしつつ、読者から攻略情報を手広く集めて、場合によっては〈円卓会議〉に売る、といった流れだった。
葵:
「情報を共有したがるのは、日本人のサガみたいなもんだからね」
シュウト:
「ゲームだと丁寧に教えてくれる人とかって、多いですよね」
ジン:
「だな。『情報を共有する仕組み』を作ることで、一般のプレイヤーが『共有したいと思う情報』を、こっちに集めやすくできるのさ」
葵:
「有益な情報は、買い上げることも考えてるよん。そうなれば〈円卓会議〉にタダで教えるよりは、こっちに買ってもらえるんだから、お得でしょ?」
ニキータ:
「雑誌を作るための情報も、そうやってゲットできるってことですね」
ジン:
「情報提供者の名前を雑誌に乗せることで、名を上げたいプレイヤーを助けることもできるだろう」
葵:
「でも、〈円卓会議〉に集まるはずの情報を横取りする訳だから、あんまり人聞きは良くないのよ。だから基本的には秘密だよ?」
ジン:
「とりあえず、攻略情報を集めようとするモチベーションが作れれば、それだけでも成功になるからな」
ユフィリア:
「おいしいお店情報を攻略してもいいんでしょ?」
葵:
「もちろんよ!」
シュウト:
「シブヤ組なのに、アキバ通信なんですか?」
ニキータ:
「そういえば、そうね」
ジン:
「さすがにシブヤ通信にはできないだろ」
ユフィリア:
「エルダーテイル通信は?」
ジン:
「こう地域に密着したローカル感が足りないかなって。風呂敷がデカいっつーか」
シュウト:
「……ところで、僕は何をすれば?」
葵:
「レベル92到達者として、インタビューとか、よろしくねん」
ジン:
「最先端の攻略情報誌っぽく、箔をつけなきゃならないからな」
それを言われると、納得する他なかった。〈黒剣騎士団〉〈D.D.D〉〈シルバーソード〉のような戦闘ギルドが作っている攻略本なら、自分でも読みたいからだ。しかし、彼らに取材しても門前払いを食らう可能性が高い。特に伝説級のクエストの情報は、攻略サイトにもアップされないほどの極秘情報だ。概要はあっても、細かい手順などは知っている人間だけが知っていたりするものである。
彼らの間にはこうした競争意識もあるので、情報共有するような余裕はないかもしれない。
石丸:
「問題は、情報をプレイヤーからドコで受け取るかっスね」
葵:
「郵便でもあれば良かったんだけど。ギルド会館にスペースを借りて、どうにかすればいいかな?」
ジン:
「面倒な時は、エルムを呼べばいいんじゃねーの?」
シュウト:
「また便利に使おうとして……」
葵:
「まぁ、それ以外にも紙だのインクだのはお願いしちゃった方がいいかもね」
ユフィリア:
「私って、どうしたらいいかな?」
ジン:
「いや、立ち上げは俺たちでやるから、今は味噌汁屋に集中しておけよ。近い内に助けを借りることになるだろうし、その時に頼むな?」
ユフィリア:
「そうなの?」
葵:
「そうなるだろうね」
◆
入浴を済ませた後で、ユーノからの念話が掛かって来た。寝るつもりでいたために手間だったが、着替えなおして外出することに。
ユーノ:
「来たんだ?」
シュウト:
「呼ばれたから、それは来るでしょ?」
ユーノ:
「そうか、来たか、そうかそうか」
既に酒が入っている様子で、こちらの頭を撫でてくる。ストレスが溜まっているようでナニヨリである。
2人でこうして話したりするのも数回目だからか、妙に距離を近く感じる。イスのせいかもしれない。食べ物をとろうとする右腕が彼女の左腕に触れてしまうのが気詰まりで、食べにくい。一度は謝りもしたのだが、あまり気にしていないようだ。
ユーノ:
「フフフ、今度、ボクとデートしない?」
シュウト:
「ああ、はぁ」
随分と機嫌がいいようだ。ストレスのせいかもしれないけれど、もしかしたら良いことがあったのかもしれない。
ユーノ:
「ボクのお願いきいてくれないかな?」
シュウト:
「なに、かな?」
意外とこういうのは緊張するものだと思う。
ユーノ:
「シュウトくんのインタビュー記事を書きたいな。レベル92なんて凄いよね」
シュウト:
「あっ、どうも……」
デートってそういうことか、と納得する。残念な気持ちがゼロでは無かったが、そのことで、心の奥底に沈めていた『氷塊』を意識してしまう。今の自分が、他の誰かのことを好きになるのは不可能だろう。
ユーノ:
「ね、いいよね?」
シュウト:
「そうですね……、あっ、ちょっと待って」
自分のことばかり考えて、ボーッとしていた。アキバ通信のことを考えると、インタビューを受けるのは不味いかもしれない。ジンに無断で新聞に名前を使われるのは困る。アキバ・クロニクルに載れば、知名度は高まるかもしれないが、それよりもインタビュー記事だと内容が似通ってしまうかもしれない。発刊ペースを考えれば、アキバ通信が後になるはずだ。念のためというか、ここで許可を取らないのは不味い。
シュウト:
「その件は、一応、確認を取ってからでないと」
ユーノ:
「なんで? またアイツ? ちょっと根に持ちすぎじゃない?」
ユーノがジンのことを言っているのは、そう間違ってもいない。だが、よくよく考えてみると、〈えんたーなう!〉ヘの支援を行うということは、〈アキバ新聞〉とライバルになることを意味するのかもしれない。〈カトレヤ〉の名前は表に出さず、〈シブヤ互助組合〉として動くことにすると言っていたが、実際問題、ユーノに深入りしてはいけないのではなかろうか?
シュウト:
(どうしたもんだろう? 相談しなきゃ)
どうにかユーノとの関係は誤魔化して、相談するべきだろう。どうも自分で自分をへんな状況に追い込んでしまっている。嘘を重ねるようなダメなフラグの気がしてならない。
いい時間なので、2人で店を出ることにする。インタビューに待ったを掛けたので、ユーノは心なしか不機嫌そうに見えた。素早く支払いを受け持つことにする。困ると金か、と自分でも思わなくもない。
ユーノ:
「ごちそうさま」
シュウト:
「いえいえ、大丈夫ですから」
ユーノ:
「しょうがないなー、じゃあ、デートだけしよっか?」
シュウト:
「えっ? それは……」
ユーノ:
「なんだよー、ボクとじゃ不満?」
そういうと、腕を絡めてくる。心が軋み、凍り付いていることを実感してしまう。
……と、その時だった。
ユミカ:
「………………」ぺこり
シュウト:
(!?)
ユミカと目があった。アキバに戻っていたらしい。久しぶりだと思ったが、次の瞬間、自分の腕に巻き付いているユーノのことを思いだし、現在、客観的に自分がどう見えるのかを考えて、戦慄した。戦慄したことを含めて、2重にショックでもあった。
ぺこり、と頭を下げたユミカは、何事も無かったかのようにその場をあとにしていた。(実際、何事もなかったのではあるが)
ユーノ:
「……今の子は誰かな?」
『こちら』にもしっかりと見られていたようだ。
ユーノ:
「だーれーかーな?」
シュウト:
「誰、というか、以前に付き合っていた人でして」
ユーノ:
「そっかー、今は付き合っていないんだね? ……よし、じゃあボクとデートしよう。いいよね?」
シュウト:
「……はい」
妙に迫力があって押し切られてしまう。唐突に状況が複雑になった気がした。もしかして(もしかしなくても)修羅場ってやつでしょうか? どうして対抗心を燃やしていらっしゃるのでしょう? というか、酔ってません? どうしてそこでデートになるんですか?と思ったのだが、口に出すことは自分には出来そうになかった。
ユーノ:
「また、連絡するから」
いつの間にか1人で立ち尽くしていた。なにか、地雷を踏んだような気がしてならなかった。
シュウト:
(ああ、明日はドラゴン戦か。がんばろう。帰って寝よう。うん、そうしよう)
どうも自分の処理能力の限界を超えているようだ。せめて、悪い夢を見ないことを祈るしかない。