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116  蠢動

 

エルム:

「おはようございます」

トモコ:

「ヨゴザイマース。ねんむい……」←目しぱしぱ


 お味噌汁屋さん初日。曙光からしばらくしてエルム達が顔を見せた。巻き込まれただけだというのに、律儀なことだと思う。仕事に対する責任感もあるのだろうけれど、良い人たちなのだと思う。


ニキータ:

「おはようございます。いらっしゃったんですね」

エルム:

「ええ。初日は様子を見ておこうと思いまして」にこにこ

トモコ:

「こいつに叩き起こされたのよ。性格悪いでしょー?」

エルム:

「それは人聞きが悪いですね」

ニキータ:

「ウフフ、ご愁傷さま」


 いつの間にか近寄って来ていたジンが余計な一言を付け加える。


ジン:

「本当は、隣で寝てたんだろ? この色男め」

エルム:

「そうなのです。昨晩、何があったかはご想像にお任せします」さらり

ニキータ:

「へ~?」

トモコ:

「うぎゃー。ないない」


 朝から下ネタをまき散らすジンも悪いが、エルムもなんてことのない顔で乗っかってしまうのだからタチが悪い。だが、これでトモコは目が覚めたようだった。


ジン:

「早えじゃねーか」

エルム:

「おはようございます。まさか、ジンさんが起きてらっしゃるとは思いませんでした」にこにこ

ジン:

「起きれたのは『たまたま』だがな。……初日に様子を見とけば、後が楽だしな(アクビ)」

エルム:

「(にっこり)そう思います」


 きっと、2人とも仕事のやり方が近いのだろう。キチンと現場に足を運んで、自分の目で様子を確認するのを基本にしているようだ。


ユフィリア:

「お味噌汁どーぞ?」

トモコ:

「ありがと~う」←既に泣きそう

エルム:

「では金貨2枚です」←支払いをスマートに済ます人

ニキータ:

「お買い上げ、ありがとうございます」←営業スマイル

ユフィリア:

「召し上がれ♪」

トモコ:

「いただきまーす(低音) おいしいっ!(高音)」

エルム:

「意外ですね、お味噌が『高い』ようですが?」


 高いというのは、少ししか入っていないという意味だろう。若い人はあまり使わない表現の気がする。


ジン:

「ああ、ダシの味で勝負って話らしい。早朝だから塩分は控えめ、うま味はたっぷり、って言ってたな」

トモコ:

「これなら毎朝でも飲み飽きたりしないよ、絶対!」

ユフィリア:

「ありがと!」

エルム:

「(ゴク、ゴク)……ふぅ~。なるほど、朝はこのぐらいの方がいいかもしれませんね」

ジン:

「味の方はレイの担当だから、お任せだ」

エルム:

「ところで、そのレイシンさんは?」

ジン:

「温め直しに行ってる。だが、今日はここで終わりかもな」

トモコ:

「お客さん、何人ぐらい来たの?」

ニキータ:

「18人。おふたりを加えて、20人になりました」

ジン:

「初日じゃこんなもんだべ」

エルム:

「少し、宣伝を考えたいところですね」

ジン:

「うーむ。単なる『早朝グルメ』にゃしたくないんだがな。朝から仕事している連中への感謝だから、こっちは赤字でも許せるって話なわけだし」

ユフィリア:

「ジンさん、ありがと……」

ジン:

「おっ、もしかしてホレた? 今にもホレそう?」

ユフィリア:

「うーうん。ぜんぜん」にっこり

ニキータ:

「そういう所がなければね?」

ユフィリア:

「ねー?」


 エルムとトモコに笑われ、ちょっとスネた様子のジンだった。


ジン:

「ちぇっ、好きにしやが……、なんだと?」

エルム:

「どうかしま、し……」

トモコ:

「ちょっと!」

ユフィリア:

「もしかして、お客さん?」


 ぞろぞろと人が集まって来ていた。ざっと数えて20人以上。まっすぐとユフィリアのお味噌汁屋さんに向かってくるのだった。


ジン:

「なんだこりゃ。まさか、サイコフレームの光か!?」

エルム:

「ナチュラルにそんなネタを振られても困りますが、……口コミ、ということでしょうか」

トモコ:

「それにしたって、評判になるのが早すぎでしょ。やっぱ、これもユフィが絡んでるから?」

ニキータ:

「そうかも」

ユフィリア:

「えっ、私? 何かヘンなことしたかな?」きょろきょろ


 ユフィリアが絡むと、何がしかの異常値を叩き出すような展開が頻繁に起こるのだ。本人は服装がヘンじゃないか確認していた。どちらにしてもそういう問題ではないだろう。


ジン:

「……はっ! マズい。足りなくなるかもしれん」

ニキータ:

「初日は余るとしか思ってなくて、準備してません」

エルム:

「今から追加で作ることは?」

ニキータ:

「無理です。お出汁に一晩かけているので」

ジン:

「レイ、客が来てる。急いで温めた分をもってきてくれ」


 急ぎで念話しているジン。2階の厨房で作業中のレイシンに連絡しているのだろう。

 歩いてくる集団は、予想通り、お味噌汁が目当ての様子。ユフィリアが鍋の前に戻っていった。


エルム:

「ざっと数えて、28人ばかり並んでいますね」

ジン:

「ギリギリかよ。ごめんなさいの準備が必要だな」

りえ:

「ジンさぁ~ん」

ジン:

「おう、どうした?」


 店のところから、りえが報告に走ってきた。


りえ:

「1人で2杯注文している人が何人かいるたんで、もしかして足りないかもです」

ジン:

「なんだと?」

エルム:

「それは、困りましたね」

ニキータ:

「どうしますか?」

ジン:

「本来なら、並ぶ前に『ごめんなさい』するべきなんだが、仕方ない……」


 そうして星奈を呼び寄せると、スッと腰を下げ、視線の高さを合わせるジンだった。


ジン:

「星奈、出番だ。……後ろの5人ぐらいにお断りしてこい」

星奈:

「!?」


 あふれんばかりの絶望をたたえた、これ以上ないほどに嫌そうな星奈の表情。じんわりと涙目になっていく。悪いとは思ったが、それがあまりにも可愛くて、面白くて、私は笑いを堪えるのに必死になってしまった。


エルム:

「うかつでした。人数で管理するためにも『1人1杯まで』とルールを設けるべきでしたね」

ジン:

「かもな。『最後尾ここです』のプラカードみたいなのも欲しい。くるっとひっくり返すと、『売り切れました、ごめんなさい』になるような」


 そこにレイシンがやってきた。温め直していたお味噌汁をセッティングし終えてのことだ。


レイシン:

「慌ててるみたいだけど、どうしたの?」

ジン:

「ケツの何人分かが足りないかもしれん。鍋の味噌汁って、少しぐらいあまったりするのものなのか?」

レイシン:

「いやぁ、ピッタリぐらいかも。足りなくなりそうなんだ?」

ジン:

「みたいだ。……仕方ない、断り入れてくるわ」


 どうしても星奈の方を見てしまう。ジンが自分で断りに行きそうだと分かると、途端に輝くような顔をしていた。どうにも可愛くて仕方ない。


レイシン:

「待って、足りないのってどのくらい?」

ジン:

「ニキータ、まりに勘定を確認してこい」


 慌ただしく勘定を確認し、残っている人数をもう一度カウントする。同時に咲空は『お一人様、一杯までになります』を連呼させておく。


ニキータ:

「金貨29枚、残り24人です」

エルム:

「3人分足りない計算ですね」

レイシン:

「だったら、断らなくてもなんとか出来ると思うよ」

ジン:

「そうか(ホッ)……ちょっと待とう。このパターンってばアレか?」

レイシン:

「はっはっは」

ジン:

「まさか、俺の分を使う気か? 後で飲めると思って、今朝はまだ飲んでないんですけど!?」

レイシン:

「毎朝飲んでるんだし、別にいいよね。ちょっと準備してくるから」

ジン:

「ああああ」


 こういう場合、レイシンという人には容赦がない。ジンは食べ物の恨みでヤサグレモードに入ってしまうのだった。

 八つ当たりを恐れたのか、すかさず逃げに入るエルム。


エルム:

「……ごちそうさまでした。それでは我々はこの辺りで」

ジン:

「あ、そうだ。次のドラゴン戦はどうする、参加すっか?」どんより

エルム:

「すみません。やはり、戦闘には向いていないようです」

ジン:

「地の頭は悪くないんだし、慣れりゃイケるとは思うが、……まぁ、無理強いはやめとこうか」

エルム:

「得難い経験でした。Zenonとバーミリヲンの2人は張り切っているのですが、2人とも1週間ほど別件で駆り出されていまして」

ジン:

「手練れだ、そうそう遊ばせてもおけないだろう」

エルム:

「申し訳ありません。またの機会ということで」

ジン:

「わぁ~った」

トモコ:

「んじゃ、またね?」


 エルムとトモコを見送り、まり達を手伝うことにする。ジンから『仕事を全部やるな』と釘を刺されていたのだが、そろそろフォローが必要なように見えたからだ。二度寝しに行ったのか、ジンはビルへと戻っていった。






ジン:

「傾いてる。今度は上軸がズレた。一度、ニュートラルに戻して」

葵:

「ふーっ、ふーっ」

ジン:

「そのストレスが、操作性拘束だ。ほぐすぞ。うーんにゃーら、ぐーんにゃーら、ば~らばらん、う~んにゃーら、ぐ~んにゃーら、ばんら、ばらん、あと3回、う~んにゃ~ら……」


 進垂線の練習が始まっていた。昨日は垂体一致を徹底して教えた所で終了だった。

 時間自体は短いのだが、一人ずつに対して徹底的な指導を施していくジン。人が練習しているのを見て、その難しさに戦慄を覚える。一緒になって、体をぐにゃぐにゃとクネらせながら自分の番を待っていた。


シュウト:

(なんて攻撃的な集中力……!)


 自分たちの中で最も才能があるのは、ユフィリアだろう。天性の柔軟性、すべてを新鮮に感じる精神と、素直さ。無尽蔵の元気さに加えて、極めて稀なほどの美貌と来ている。

 ジンは例外にしても、各メンバーの能力も異様に高い。バランス感覚に優れ、料理にその才能を遺憾なく発揮しているレイシンもそうだし、超記憶力・超計算力を有し、器用さこそないものの、正確性で群を抜いた存在である石丸。ユフィリアの影に隠れて目立たないものの、万能と言っていい広範囲の能力を隠し持つニキータは、いつのまにか戦闘指揮も立派にこなしていた。見えない努力家なのだろう。また、ユフィリアの為となると死すら厭わない情熱の持ち主でもある。ここに自分を加えていいものか悩むが、僕だって戦闘ではそこそこ強くなって来ている、と思う。


 しかし、葵を見ていると怖くなってくるのだ。この人がいったん本気になってしまえば、天才だとか才能だとかはまるで関係ないのかもしれない。時間をギュッと凝縮しているかに思えるほどの、集中の力。葵のそれを熱湯だとすれば、自分の集中力などは、ただ力を込めているだけのぬるま湯でしかない。『死に物狂い』という言葉が脳裏を駆け抜ける。鬼であり、狂気。定められた運命と、それを決めたものを殺害せんとする明確な殺意。穏やかなレイシンとは対局的な在り方である。

 これまで自分がやってきたことが、あまりにも幼稚だったことに気が付かされる。いつも、いつもいつも、自分のしてきたことはまるで足りない。努力したフリでしかない。やったつもりになって安心感を得ているだけ。理由がわからないとか、知らなかったなど、どれだけ甘いことを口にしてきたのか。


ジン:

「よし、ここまで。次、シュウトな」

葵:

「待った。まだ、いける」


 燃える瞳で、延長を訴える葵。


ジン:

「ダメだ。……根性で誤魔化せると思うな。これは辛さ、苦しさを我慢したらなんとかなる練習じゃない。ストレスを無視して鈍感になるなら、無意味どころか逆効果だ」


 そしてジンはといえば、葵の『死に物狂い』すら、当前のように踏みにじった。怒り、焦り、絶対。葵の中の何かは、炎と表現したのではまるで足りない。歯を食いしばって踏みとどまる姿に胸を衝かれる。


ジン:

「その根本は、環境適応や超回復といった神話だ。現実世界ならともかく、鍛錬による強化が起こらないこの世界では、『がんばりました』『だから当然の権利として強くなりました』とはならない」


 一方でジンは、深淵すら貫き、宇宙の彼方まで見通すほどの透徹した瞳をもって、結論を告知するのみなのだ。努力や根性をつまらないと蹴散らし、真理を暴いて、尚、超然としていた。


葵:

「……どうすればいい?」

ジン:

「ストレス反応が起こったら、ひたすら体を柔らかく、ゆるめるしかないな。精密制御もまた、過負荷になれば硬直の原因だ。そうした操作性拘束は、なった時点でアウトだ。自分の柔らかさのレベルに応じて、吸収できるストレス量がだいたい決まってくるからな」

シュウト:

「もしかして、精密制御意識(MIN)とも関係しているんですか?」

ジン:

「そうだ。真に強靱な精神とは、痛くても我慢のできる『鈍感で硬いもの』なのではなく、全てを柔らかく吸収できる『モチモチとしたもの』だ」

葵:

「チッ、仕方ない」


 ようやく諦めた葵に、ジンが微笑んで一言付け加える。


ジン:

「〈冒険者〉の体は、最低限度の柔らかさが保証されている。だからこいつらは『まだ訓練が出来ている』んだ」

葵:

「つまり、あたしはレベル23相応にしか柔らかくないってことか」

ユフィリア:

「ん、どういうこと?」

石丸:

「つまり……」

シュウト:

「まだ訓練ができている、のであれば、もっと先にいけば、もう訓練できなくなるってことですか?」

ジン:

「90レベルなら、90レベルの限界までだな。この世界には抜け道がある。それは記憶であり、脳だと前に説明したな。体感的な記憶が含まれることによって、それは回路と言ってしまってもいいものでもある。従って『強くなること』にはブレーキが掛かっていても、『柔らかくなること』にはブレーキが掛けられない、と結論される」

ユフィリア:

「どうして?」

石丸:

「脳と全身とに1対1の対応関係があり、回路が活性化することで柔らかく、より厳密には『動作可能』となるからっス」

ジン:

「いいや、『動作可能』では科学的ではあっても、不正確だ。『柔らかくなる』で正しい。……ま、ある程度『元の硬さ』に戻ろうとしてくるけどなー。それでも不可能に比べりゃ、随分とマシだわな」

石丸:

「……体感的な記憶も保存、保護される訳っスね」

葵:

「記憶だから消える、いや、『思い出せなくなる』から『元の硬さに戻ろうとする』って感じかな?」

シュウト:

「記憶の劣化、……『感覚の再現はタブー』」


 ついに真理の扉が開かれたのかと思ったが、結局は『柔らかさ』を『強さ』にまで繋げられなければ、さほど意味がないのだと分かってきた。


 進垂線は自分の順番になり、さっぱり上手くできないまま終わった。石丸、ユフィリアと続き、最後にニキータの順になるまで、うーんにゃ~ら、ぐーんにゃ~ら、と一緒になってクネクネし続ける。進垂線の練習と言いつつ、実は30分近くクネクネしていた。それも絶対狙ってのことなのだろう。このクネクネも中次運動に役立つと思えば、完璧な気がするほどだ。


ジン:

「よし、お疲れ」

ニキータ:

「ありがとうございました」

ジン:

「進垂線はここで終わり」

葵:

「ジンぷー、やってみせろ!」

シュウト:

「そういえば、試演ってまだでしたよね?」

ジン:

「……まぁ、いいか。前から見とけ、レイは横に」

レイシン:

「了解」


 ジンの前側に回ったところで質問される。


ジン:

「俺の全体を見るんだ。俺は、今、地1番に乗っているか? それとも地3番に乗ってるか?」

シュウト:

「えっ、3番ですよね?」

ユフィリア:

「うん」

ジン:

「じゃあ、足だけ見てみな?」

葵:

「地1番……!?」


 地1番とは、ほぼ拇指球を意味する。内くるぶしの真下を地3番として、地1と地3番の中間が地2番。地1~地3までの距離からカカト側に均等に伸ばしたところに地4番が設定されている。

 端からみて、特にブレることなく、前後にスッスッと体重を移動させているジンだった。


ユフィリア:

「なんだか、赤ちゃんみたい」

シュウト:

「あっ」


 ユフィリアの一言に刺激を受けて、思考が動き始める。例えると、厳しい訓練をくぐり抜けてきた特殊部隊のような雰囲気がないのだ。素人同然、もっと言えば、赤ちゃんのような『苦労もなし』に出来てしまっているのである。次の瞬間に倒れることにも、まるで気が付いていないかのような。

 そこまで考えて、日本語の不自由さに嫌悪を覚えていた。何度も苦痛を覚え、慣れた果てに苦痛を感じなくなった、という技術では決してない。そもそも苦痛を覚えてはならないと言っているのだ。既存のものとは、まったく毛色、系統の違う技術に呆然とする。ここでは根性論は何の役にも立たない。『苦労もなし』だから『簡単』なのでは決してない。

 

ジン:

「全体を見るんだ。さ、今は何番に乗ってる?」

ユフィリア:

「2番?」

シュウト:

「3番では?」

ジン:

「レイ」

レイシン:

「4番だね」

ユフィリア:

「本当? ……本当に4番だ!」


 横に回り込んだユフィリアが確認して、4番だと言った。地4番はカカトの先端近くなので、後ろに倒れそうになる。なのに、不自然さがまるで感じ取れない。自分で練習してみて、辛酸を嘗めたから分かる。あんな自然な感じでポジションできる訳がないのだ。

 自分の感じたストレス・苦痛と同じものを、相手の中に発見しようとしている。だが、ジンに苦痛はない。従って感知できない。シンプルすぎて、根性の世界の住人には対抗策がない。


 最後に4番らしきところから、すぅ、と吸い込まれるように前方移動、そのまま歩行へ滑らかに展開してみせるジン。速さはないので良く見えたが、まるで幽霊のような不思議さだった。幽玄とはこのようなものかと思う。


ジン:

「まぁ、まだこんな感じだけどな」

シュウト:

「まだって、十分に凄く感じます」

ニキータ:

「神秘的というか」

ユフィリア:

「カッコ良かった!」

葵:

「さすが高次運動系、魔法の技術ってか」

ユフィリア:

「これって、高次運動だったの?」

ジン:

「まぁな。いつもやってる前~、後ろ~ってヤツ、『フルクラムシフト』も同じさ。練習はとっくに始まっているのだよ」←得意げに

ニキータ:

「フルクラムシフトに慣れていないと、この練習はできませんね」

ジン:

「まだ入り口だけどな。武術をかじると、重心移動に敏感になる。さらに達人に近づくほど、体軸とその傾きに対して鋭敏になっていく。軸が傾くのが見えるようになると、移動の方向やスピードの予測が付く。そうなれば対処が容易になるからな」

シュウト:

「情報的に丸裸にされるんですね……」

ジン:

「だが、進垂線ができたら? どうなる?」

葵:

「感知妨害か!」

ジン:

「そんなとこだ。この技術は『達人殺し』の側面も持っているんだ。要所で使って不意を衝くもよし、折りまぜて圧倒するもよし。『ボク、武術できます』みたいな勘違い野郎を叩きのめすためにも、徹底的に訓練しとかないとな」

葵:

「うっわ、そういうヤラしいの大好き!」ぐひぐひ

ユフィリア:

「私も上手になりたいなっ」


 ジン、葵、ユフィリアが並ぶと、どうも『3大ラスボス祭り』のような雰囲気にみえてしまう。


 その後も練習が続き、もう終わりになるだろう頃のことだった。


ジン:

「そろそろアレだ、シュウトにも攻撃技を教えても良いかもな」

シュウト:

「ほ、本当ですか?」


 予想外の意外すぎる言葉に心臓が跳ね上がる。もはや、うれしいよりも先に疑り深くなってしまう自分しか残ってはいない。


葵:

「へぇ~、まだ教えてなかったんだ?」

ジン:

「ガキって、目の前のすぐ役に立つ『コンビニ練習』ばっかしたがるだろ?」

シュウト:

「申し訳ありません。弁解の言葉もございません」←深々と


 コンビニ練習の権化だった過去の自分と、当時の失言の数々が悔やまれる。迷惑をかけ過ぎていた昔の自分こそどうにかしたい。


ジン:

「だが、流石にそろそろ分かって来ているだろ?」

シュウト:

「これまでは小技だから、ってことでしたよね」

ジン:

「じゃあ、どうしよ。……たまには悩んでみっか?」

シュウト:

「えっ? 『教えてくれる』のではなかったのでしょうか?」

ジン:

「まーまーまーまー、どの特技にするか、特技とは関係ない技にするか、どんな状況で使うどんな技にするか、とかいろいろあるじゃん? 欲しいスキルあるかどうかとか。矢だと教えられないかもだし?」

葵:

「アサシネイトでいいんじゃないの?」

シュウト:

「モーション入力を練習した経験から言いますと、1時間に多くても11回しか練習できないんです」

ユフィリア:

「12回じゃなくて?」

シュウト:

「機械じゃないから、時間ぴったりは無理なんだ(苦笑)」

葵:

「苦労人じゃのう」

ジン:

「なんかイメージがあったら聞くぞ。モヤっとしててもいいし」

シュウト:

「いえ、もう何でも大丈夫です!」

ジン:

「もうちっと主体性を持てよ(苦笑)」

シュウト:

「そんなこと言われても……。僕に出来るなら、なんでもいいんですが」

ジン:

「えーっ、俺が考えんのぉ? めんどくさいなぁ。じゃあ、素振りみして」


 武器を取りだし、アサシネイトのイメージで思い切り振り抜く。


ジン:

「おっそい。もう一回」

シュウト:

「フッ!」

ジン:

「えっ、それで限界? もう一回」

シュウト:

「ハッ!」

ジン:

「まじめにやってっか?」

シュウト:

「ヤァ!」

ジン:

「……(武器を取りだしている)……こうだろ」


 ブロードバスタードを軽く振って見せただなのに、速度が倍ぐらい違って感じた。自分の素振りが『ブン』と振り回している風の音が微かにするのに対して、同じように振り回しているはずなのに『ビッ』と直線的な音に聞こえた。


ジン:

「良い機会だ。自分で工夫してスピードアップしてみ。いろいろ考えるんだぞ。以上」

シュウト:

「も、もうちょっとヒントを……」

ジン:

「ユフィ、応援してやってくれ」

ユフィリア:

「シュウト、がんばって?」

ジン:

「そゆことで」

シュウト:

「そんな、バカな……」


 やっと攻撃技を教えて貰えるのかと思いきや、なんだかんだと放置プレイされてしまうらしい。やっぱりだ、どうせこんなオチだと思った、と自分に言い聞かせ、涙をこらえるしかなかった。


シュウト:

(……いや、泣いてる暇ないんじゃ?)


 何か、攻撃の速度を上げる方法を考えなければならない。雲を掴むような話だと思ったが、ヒントなしなのがヒントなのだろう。『もうわかっている』という意味かもしれない。ここまでに習ったすべての知識を動員すれば……。







 道ばたに落ちていた雑誌を見つけ、豆腐屋ボーイが拾い上げた。それは自分たちのギルド、〈えんたーなう!〉が作ったものだった。


豆腐屋ボーイ:

「ちょうどいい。焼き芋が食べたかったんだ」


 雑誌を燃料にしようという話だった。バカタール納豆とフランソワ万里子が元気に同意した。元気さを装っているのは分かっている。捨てられていたのはやはり悲しい。ゴミにするために作ったわけではないのだし、アキバを汚すために活動しているわけでもない。捨てられて苛立ちがないと言えば嘘になる。それでも、誰かが読んでくれたという感謝だって忘れたわけではなかった。


バカタール納豆:

「浜島さん」

フランソワ万里子:

「編集長」

浜島:

「……行こう。次はもっと良い本にしよう」


 今日のところは、燃料の代わりになればいい。努力すれば、明日はもっと良い日になるかもしれないのだ。


葵:

「待ちな!」


豆腐屋ボーイ:

「む?」


 高圧的な声に振り向くと、サングラスを掛けた小さな女が立っていた。取り巻きなのかボディガードなのか、180センチはあるだろう屈強そうな戦士職が2人に、ドワーフの魔術師が1人。奇妙な組み合わせだった。


葵:

「アンタ達が〈えんたーなう!〉だな。話がある!」


 そう言うと、これみよがしにサングラスを外す女。ギラギラとした肉食の瞳は、子供のそれではない。プレイヤーが大人なのはすぐに分かった。


浜島:

「編集長の浜島です。あんたたちは?」

葵:

「責任者は? そっちのギルドマスターと話がしたい」

浜島:

「今は俺が編集長なんで、俺が責任者です」


 〈えんたーなう!〉では、ギルドマスターよりも編集長のポストの方が重要なのだ。豆腐屋ボーイの次に自分が編集長になって、そのままだ。


葵:

「あたしは〈カトレヤ〉のギルドマスター、葵。だけど、話があるのは〈カトレヤ〉じゃないの。『シブヤ互助組合』の代表として、アンタ達に提案があんのよ」

浜島:

「シブヤ互助組合……? 聞かない名前ですが、どういったことです?」


 こんな道端で話す内容だ、大仰な話でもないだろうと高をくくっていた。


葵:

「シブヤ組がスポンサーになったげる。悪くない話にするつもりだけど、どう?」


 突然現れた子供のような女は、不躾に金の話をしてくる性格の悪そうなヤツ、なのだった。

 


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