114 心の奥のダイヤモンド
――朝日を感じたニキータは、まどろみからゆったりと浮き上がって来たところだった。本来、彼女は血圧が低めなため、朝が弱い。〈冒険者〉だから平気ではあっても、本当は寝ていたい人である。なのだが、かなりの早朝から目覚めるようになっていた。
ぼんやりとし、横になったまま膝を立て、その上に右足を乗せる。ふくらはぎが膝頭で潰される感覚を楽しい。小刻みに動かしたり、時に大きく動かして擦り、足の血液を心臓へと返してやる。心臓に血液が流れ込む感覚が嬉しい。
足を変えて同じことを繰り返し、さらに足を変えて繰り返し、また足を変えて同じことを繰り返す。ぽかぽかと全身があたたまる感覚に、どこまでもずっぷりと浸りきっていた。幸せそうな微笑みのまま、どのくらいの時間が経ったのか考えもしない。
ひざコゾコゾ体操である。これは以前、ジンが天才のやっている努力だとか、頭が良くなる方法だとか言っていたものだったが、その辺りのことはまるっきり無視していた。どうでもいいとさえ思っている。彼女は、単に、ぽかぽかしたかっただけなのだ。
彼女はお風呂好きである。しかし、朝からお風呂に入るには、召喚術が使える誰かの助けを借りなくてはならない。あまり人に迷惑を掛けたくない。かといって水浴びがしたいわけではない。あたたまりたいのだ。現実世界であれば、電気の助けを常時借りることができるので、自分だけでシャワーなり、湯を張るなりできる。この不便さが、どう間違えたものか、ここに繋がっていた。ベッドに横になり、手持ちぶさたで少しやってみたのだ。すると意外と悪くなかった。何日か経ち、また思い出してやってみると、やはり悪くなかったのだ。その翌日にもやってみて、それが続くと習慣化し、最初は5分でいいと言われていたのに、次第に時間が延びていった。
ユフィリア:
「ニナ~? 起きてる?」
ニキータ:
「うーん」
ユフィリア:
「またやってるの?」
ニキータ:
「うーん」
――ユフィリアが起こしに来るまでに2時間近く。そこから朝食まで今度はユフィリアと一緒になってベッドに横になり、30分近くやり続けてしまうニキータなのであった。
◆
朝食を食べながら、唐突にジンが話しかけてきた。
ジン:
「ニキータ、お前ハマったろう?」
ニキータ:
「はい?」
ドキッとした。バレたらまずいことがあるからなのだろう、必要以上に慌ててしまう。冷静に考えれば、ジン本人が「俺にハマッただろう?」などと尋ねてくるはずもないのだが、本心を隠そうとしたため、ジンの瞳をガン見してしまう。
ジン:
「ふむ、やっぱり状態がいい。残り香みたいなものを感じるな」
ニキータ:
「ええっと……?」
どう反応して欲しいのか分からない。怒られていて、凹めばいいのか、誉められていて、嬉しそうにしたり謙虚に振る舞えばいいのか、それとも、キツく詰問されていて、しぶしぶ答えればいいのだろうか?
残り香といわれても……、もしかして何か匂っているのだろうか?『いい匂い』とはなんだ? なにか非常に重要な勘違いをされているのではなかろうか。
ジン:
「今朝、なにをやった?」
ニキータ:
「なにと言われても……」
ユフィリア:
「私も一緒に、ヒザをコゾコゾしたんだよ。このところ、毎朝ずうっとやってるよね?」
ニキータ:
「え、ええ」
シュウト:
「そうなんだ?」
なんだそんな話かと思い、内心慌てていた自分がバカみたいに思えてくる。特別なことをしている自覚がなかったので、何を問われたのか理解できていなかったようだ。
ジンの反応を伺うのだが、口の中の処理に時間が掛かっていた。バケットを食べているので噛む回数が増えている。
ジン:
「うまい。……お前さんがアレにハマったのか、なるほどねぇ」
シュウト:
「何かあるんですか?」
ジン:
「あるような、ないような。順に話すと面倒だな。通常、上達したくても、それを阻む『ロック』が掛かっている。だから、ある程度、論理的な順序を踏まないといけない。この順序を無視してもいいけど、その場合は単純に時間が掛かることになる」
シュウト:
「1万時間とか、10年とかですね?」
ジン:
「そうだ。一方で、身体意識ってやつは論理よりも感覚の側面が強い。論理的に感覚を育てる、といえば矛盾しているのが分かるだろ?」
シュウト:
「言われてみると」
ニキータ:
「なるほど」
感覚は変えられない。甘いものは甘い。オレンジ色はオレンジ色をしている。これらを計画的に『別のものに変更』しようとすれば、かならずどこかに無理が出てくるのだろう。すぐに思いつく方法としては、言葉を変えてしまうことだ。苦いものを甘いという言葉にしてしまう。言葉を、その意味を変えてしまうものだ。しかし、これでも『感覚』は変わらないような気がする。
では、ジンのやろうとしていることは何だろう?と考えてみる。甘い水を複数用意し、その味見をさせて、区別させるような趣きだろうか。これまで一番甘いと思っていたものよりも、さらに甘い水を用意して、相対的に感覚そのものを変化させてしまう、そんなものの気がした。
ジン:
「効率良く、というのともちょっと違うが、感覚を刺激するために快感などの『快』を使うんだ。脳内麻薬による『快感』は強烈だが、同時に飽和もしやすい。長期的にみれば成長のブレーキ要因になってしまう。だから、飽和限界のない『快適感』を追求するのさ。人体は快適さを求める性質があるからな。それは安楽の楽とも、快感とも少し違うものだ。これを利用することで、計画的に感覚を育てようとしているわけだな。
だが、誰が何にどんな快適感を見出すかは、計画できないという側面もあったりする」
葵:
「なるほどにぃ~。マイナスとかはあんの?」
ジン:
「困るとすれば、ロックを強化するようなことをされる場合だな。それから外れていれば、大幅なプラス要因になる」
ニキータ:
「じゃあ、好きに続けてしまっていいんですね?」
ジン:
「お好きにどうぞ。気が向いたら発展的なやり方とか、ポイントとかも伝授してやろう。だが、こだわらずに、やりたいものをやりたい風にやればいい」
レイシン:
「どの辺が気に入ったの?」
ニキータ:
「ぽかぽかするところです。朝早くだとお風呂に入れないので、その代わりにやっていただけなので」
ジン:
「ならアドバイスしよう。風呂に入る前はやらない方がいいぞ」
ニキータ:
「そうなんですか?」
ジン:
「ああ。達人でも『カラスの行水』とか風呂嫌いが結構いるものなんだ」
葵:
「ちょっち待った。細胞に刺激を与えるって考えれば、お風呂っていいんじゃないの?」
ジン:
「悪くはないな。ベートーベンも風呂に何度も入ったり出たりして、体を刺激しながら作曲していたと聞いてる。
風呂は、表面的な刺激が強くて、体の奥の深いところに刺激とか熱とかを届けるのに時間が掛かるんだよ。ぶっちゃけ、もどかしいんだ。達人とかは内観が人よりずっと発達しているし、本能的に『表面的な刺激』を避けようとする傾向があるからな」
シュウト:
「てっきり、不潔が好きなのかと思いました」
ジン:
「んなわきゃあるか。みんな不快感が大っ嫌いだぞ」
ユフィリア:
「お風呂の前にコゾコゾってやっちゃうと、どうなるの?」
ジン:
「お風呂じゃ物足りなくなる可能性があるな。欲しいところまで届かない気がすると、特に長湯は難しくなる」
ニキータ:
「そうですか」
お風呂が好きということには自信があるので、あまり気にしない。お風呂に入れれば、膝でコゾコゾはしなくてもいいのだから、特に問題は感じない。
ジン:
「これで残りは生理痛ぐらいだな」
ユフィリア:
「それってどういう意味?」
ジン:
「便秘、肩こり、冷え性、足のむくみ、生理痛。……この辺りが代表的な『女のお悩み』ってヤツだろ?」
葵:
「よくあるヤツだね~。めまいとか、頭痛、腰痛、肌荒れ、ニキビなんかを含める場合もあるよね」
ジン:
「軽度な機能障害だから、ちょっと運動すりゃ解決できるものばかりだ。運動不足が原因と言い切ってもいいぐらいだね」
ニキータ:
「もしかして、生理痛も治せるんですか?」
ジン:
「らしいね」
葵:
「にゃんだとう?!」
ニキータ:
「ど、どうやるんですか?」
葵:
「教えろ、ジンぷー!」
ジン:
「すまんが、よくわからん」
葵:
「つっかえねー、役に立たねぇ~」
ジン:
「うっせ」
ユフィリア:
「なんで分からないの?」
ジン:
「俺は男だ。そんな本があるのは知っているが、ナナメに読むぐらいしかしなかったし、生理痛の治し方を練習する訳もなきゃ、知り合いに方法を教えたりする機会がそもそも無い。わかるだろ?」
葵:
「非モテだからか」
ジン:
「その通りだ!」
葵:
「あたしには教えとけよ!」
ジン:
「どうやって!?『生理痛の治し方があるらしいんだけど、知りたい?』とかって訊くのか? 俺が? お前に?」
葵:
「そうだよ、それでいいじゃんか!」
ジン:
「ざっけろ。その後で変態扱いすんだろ、この性格ブッサイク!」
葵:
「するね。すんに決まってんじゃん!子々孫々までテメーが変態だって言い伝えてやんよ!」
いつもの通りに『竜虎、相搏つ』が始まった。別のテーブルの子達がびっくりしているのもお構いなしだ。やれやれと思いつつ、話を振って止めさせておく。
ニキータ:
「……あの、分かる範囲でもいいので、少しお願いできませんか?」
ジン:
「ああ、概要な? そもそも江戸時代までは和服、着物を着て生活していただろ。下着も無しだ。だとすると、生理の時はどうしていたと思う? 生理のたんびに着物は血まみれってことか?」
ユフィリア:
「あ」
ニキータ:
「言われてみると……」
ユフィリア:
「どうしてたのかな?」
葵:
「……結論は?」
ジン:
「おしっこみたいに溜めておいて、便所で用を済ますみたいな感じで処理してたらしい。90や100歳近いバーチャンならそういうのを知ってるハズだぞ。ボケてなきゃ話が聞けるかもな。
というわけで、現代の女共はアソコが締まりもなくゆるみっぱなしで、オリモノから何から垂れ流し状態ってことらしい」
ニキータ:
「…………」
葵:
「…………」
ユフィリア:
「…………」
石丸:
「今のではあまり説明になっていないと思うっス」
ジン:
「失礼。子宮もほぼほぼ筋肉で出来ているらしいから、硬く硬直してくるといろいろ弊害があるってことだろうな。ま、男には無い器官だから、俺にもどういう状態なのかさっぱりわからないがね」
葵:
「つまり、子宮が硬くなると痛いってことか」むむむっ
ジン:
「たしか生理が3日ぐらいで済んで、痛みもちょっとに出来るとかって話だった気がするな。……そういや、ユフィはどうだったんだ?」
ユフィリア:
「えっ、と……?」
微妙な笑顔で受け答えに困った感じのユフィリア。理由は簡単、私たちに気を使ってくれているのだ。その時点でどうだったのかの察しはつく。
ニキータ:
「構わないから、教えて?」
ユフィリア:
「いいの?」
葵:
「かめへんかめへん」
ジン:
「体育とかよく休む女子いたけど、どうだった?」
ユフィリア:
「休んだこと、ないかも? 生理痛って、重い子はすごく辛そうだから、本当に申し訳なくて……」
葵:
「つまり、ほとんど痛みは無いわけだ」
ジン:
「お前、重いの?」
葵:
「ん? んー、たまに? 痛いかなーって思うこともあるよ。何回かに一回、とか?」
ニキータ:
「十分に軽い方ですよね……」
ユフィリア:
「ニナ、ごめんね?」
葵:
「ごっめーん。メンゴメンゴ」てへっ
たしかに軽くはないが、重いことにされてしまった気がした。
ジン:
「その辺は現実世界に戻ってからだな」
シュウト:
「そういえば、〈大地人〉ってどうしてるんですかね?」
葵:
「……シュレディンガーの猫だね」
ジン:
「……だな」
ユフィリア:
「どういう意味?」
石丸:
「観測されるまでは確定しない、ということっスね」
◆
ジン:
「つーか、こいつらの場合、普通に戦えるようにするところからだろ。モーション入力の練習させとけって」
シュウト:
「あ、はい。そうですね」
雷市:
「モーション入力ってなんだ?」
マコト:
「さぁ、なんだろ?」
ジン:
「……だろうと思った。攻略サイトがないから、情報共有されてる奴と、されてない奴との格差がデカくなりつつあるな」
シュウト:
「えっとね、モーション入力っていうのは……」
朝食後、戦闘ギルドらしく練習をしようということで、パーティ分けをしての連携訓練と模擬戦をしようとしたところ、ジンのセリフで予定が大幅に変更されたところだった。
ちなみに、今日もそー太は参加していない。
エルンスト:
「つまり、体の動きで特技を入力することだな?」
シュウト:
「そうです」
りえ:
「しつもーん! まほー使いはどうすればいいですかー?」
石丸:
「同じことが可能っス」
まり:
「でも、体の動きって言われても……???」
シュウト:
「身振りを加えた呪文詠唱をして、発動条件を満たせば、そこからはアイコン入力と同じ処理になって魔法が完成するんだ」
名護っしゅ:
「それはつまり呪文を覚えろってことか!? うぉー〈暗殺者〉で良かったぜ!」
りえ:
「無理~、絶対、無理~。だっていっぱいあるんだも~ん(涙)」
静:
「記憶力の無さには、自信がもてますぅ~♪」
シュウト:
「魔法使いは、咄嗟に特技を出さなくてもいいから、多少は大丈夫だけど(苦笑)」
ジン:
「戦術やビルドは、主にアイコンに登録している特技との関係で決定されている。
つまりだ、モーション入力で『自力発動』ができるようになれば、アイコンに登録してない特技も、戦闘で使えるようになるってこった。……こんなの基本、いつまで繰り返すんだよ、ったく」
りえ:
「あうっ、じゃあ登録できなかったあの特技が!?」
まり:
「そういうこと、だよね」
レイシン:
「逆にいえば、よその戦闘ギルドの人たちは、そのぐらい平気でやってるよ。戦うことになれば、たくさんの特技から選択して攻撃に使ってくるから、不利になっちゃうかもしれないよね」
サイ:
「そう、ですね」
雷市:
「いきなり難易度が上がったなー」
マコト:
「う、うん」
大槻:
「すまない。似ているモーションが複数ある場合に、望みの特技を発動させるには、どうすればいい?」
ジン:
「技名を叫べ!」
汰輔:
「ゲー、カッチョわりぃ!」
シュウト:
「気合の問題じゃないんですが、本当に上手くいくのでオススメです」
静:
「あ~、叫ぶのってそういう仕組みなのか」
大槻:
「その場合、技モーションと名前を別々にしたらどうなる?」
シュウト:
「発動失敗になる可能性があるので、リスキーですね」
サイ:
「もし、失敗した場合はどうすれば?」
ジン:
「堂々としていればいい。入力失敗は、すべてフェイントだったと思え。相手にもそう思わせるんだ。敵が目の前にいるなら、そのまま力の限り殴りつければいい。離れた位置なら、何か狙いがあるってフリをしておけ。警戒させろ。『失敗しちゃった!』みたいな顔は絶対にするな。『もしかしてコイツ等弱いんじゃ?』と思われても、そのまま続けろ。油断した相手にマグレで巧くいったのだとしても、ニヤリと笑った顔を見せつけるんだ。油断した相手につけ込め! 警戒している敵はペースを握ってこちらから大胆に攻めろ!」
シュウト:
「べ、勉強になります!」←そもそも失敗しない人
エルンスト:
「なるほど、道理だな」
まり:
「ちょっと練習してみようよ」
ジン:
(つっても、モンスターには関係ないけどな)
レイシン:
(それは言ったらダメな話だねぇ(笑))
それぞれが動き始めたところで、ジンから一言付け足される。
ジン:
「目標は3つだ。アイコン外の特技3つ目ぐらいから戦力に影響するようになる。まずは、得意技を1つ作って、アイコンから外せ。入力パターンの把握から、徹底的ななぞり練習、アソビを利用した応用入力までをひたすら繰り返して、体で覚えろ!」
りえ:
「呪文を3つも……」ガクガクブルブル
名護っしゅ:
「応用入力って、なんだ?」
シュウト:
「ええっと、ダッシュしながら技を出して速度アップしたり、小さくジャンプしながら振り下ろし技を出して威力アップしたりのことです。入力パターンごとにそうした応用が可能な範囲を探っていく必要がありまして……」
朱雀:
「ひとつ、質問いいですか?」
ジン:
「どんどんしろ」
朱雀:
「シュウトさん、は、いくつの特技をモーション入力で使えるんですか?」
シュウト:
「僕? ……えっと、戦闘関連のものは一通り、かな?」
『消える移動砲台』のスタイルで近接戦闘を加えると、ほとんどの特技を網羅的に使わなければならなくなる。なんでも出来る反面、得意技も無かったりする。
アイコン登録数の上限に縛られなくなったため、再使用規制されていない技を連打できることから、火力は向上して感じる。反面、MPの管理や再使用規制時間の管理は難しくなってしまった。特に、重要な特技はアイコンに敢えて登録することで、戦闘中に再使用規制時間を確認できるようにするような使い方に変わってきている。
これはジンやレイシンと練習で戦うための、最低限必要な要素だからに過ぎない。アイコンで入力しようとする一瞬の隙が原因で、何回負けたか分からないのだ。負けの要因は少なくするに限る。
ドン引きされていたことに、遅れて気が付いた。
雷市:
「やっぱ隊長ってすげー!」
名護っしゅ:
「マジかよ、戦闘関連だけでも、幾つだ? 30とかは軽くあるだろ」
静:
「あたしには無理かも」
りえ:
「それを言うなら、あたしこそ無理だから」
シュウト:
「ま、まぁ、慣れもあるから」
ユフィリア:
「そうだよ! 戦闘中にド忘れとかしてピンチになるかもしれないけど、きっと大丈夫だよ!」
励まして言っているつもりのようだが、(ジンさんがいるから)という文脈が共有されていないので、周囲からすると、どうしても脅されている風にしか聞こえない。
ジン:
「こりゃあ、頭イテ~な」
レイシン:
「そうだねぇ(苦笑)」
ジン:
「いっぺん、谷底に突き落とすかなぁ。どうすんべか」
レイシン:
「はっはっは」
ジン:
「……シュウト、とりあえず、後は任せた」
シュウト:
「は、はい!」
ワイワイ・ガヤガヤと、ああでもないこうでもないを繰り返しながら練習していく。初心者の突飛な発想は、どこかジンのそれと似ているところがあって、聞いているだけでも楽しかったりした。自分の凝り固まった考えが、少しほぐれていくような気がした。練習時間を奪われて焦る気持ちも心の隅の方にはある。だけど、もしかすると、これも自分には必要なことなのかもしれない、などと思っていた。
◆
ジン:
「おーい、いい加減出てこい。出てこいっつってんだろうが。……出てこいや!」←高田延彦
ニキータ:
「それで出てくるぐらいなら、始めから引きこもらないと思いますが」
ジン:
「……なんか、このシチュってデジャブるよな。やっぱ、このビルって引きこもりを作るのかも?」
ニキータ:
「今度は脱ぎませんからね」
ジン:
「べっつに~、そこまで期待してませんけど?」にやにや
ユフィリア:
「ジンさん、イヤラシイ」
ユフィリアが呼ばれたので、練習から抜け出し、ジン達と一緒に来ることにした。目的地はそー太の部屋の前である。いい加減、彼をどうにかしようということらしい。
葵:
「とりあえず、ユフィちゃんで裸踊りとか行っとく?」←考えることが同じ
ユフィリア:
「水着でもいーい?」←謎のやる気ホルダー
ジン:
「勿体ないから却下だ。何が悲しゅーて、あんなしょーもないガキにおいしい思いさせにゃならんのじゃ。ナメンナヨ?」
葵:
「身も蓋もないな!」
ユフィリア:
「でも、別に減らないよ?」
ニキータ:
「それはいいから。……もう少し、まともな案はないんですか?」
ジン:
「火を焚いて、煙で追い立てるとか?」
葵:
「ついでに『火事だー!』とか叫んどく?」
ジン:
「わかった。石丸呼んできて『水洗トイレ』にしよう」←フリージングライナー
葵:
「何がわかったんだっつー。……せめて『温水便座』っしょ」
ジン:
「ばっか、それじゃ部屋のモンが燃えるだろ」
ニキータ:
「そういう問題じゃないでしょう。どっちにしても攻撃魔法じゃ、部屋がメチャクチャになります」
葵:
「そうだった」てへぺろっこつーん
ジン:
「だったら、お前もなんか意見だせよー(棒)」
ニキータ:
「食事に手紙を添えてみる、……とか?」
ジン:
「ぬるい!」
葵:
「手ぬるい!」
ユフィリア:
「うんとね、ドアの隙間からこっそり、ウサちゃんを10匹ぐらい送り込むの。そうすると、あまりの可愛さに……」
ジン:
「それって、かなり根にもってね?」
ユフィリア:
「別に、そんなことないよ?」
ジン:
「ホントかな?」
ユフィリア:
「ホントだもん」
葵:
「やかましい系でいこうか? 部屋の前で選挙活動的な?」
ジン:
「アレは喧しいな。現実的には〈7thマーチングバンド〉って辺りか」
葵:
「シュウ君のレベルアップ祝いではお世話になったっけね」
ジン:
「そうそう、俺、演奏して欲しい曲があったんだ。ダイヤモンド・イン・ユア・ハート。ル~ルル、ルル、ルー、ル、ル~♪」
ニキータ:
「東京スカパラダイスオーケストラですよね? 私も聴いてました!」
葵:
「フッ。どうせジンぷーのことだし、ソウルキャッチャーズ辺りのネタだろ?」
ジン:
「正解だ。しかし、良い曲はいい。良い時代だよなぁ、検索すれば直ぐに聴けるもんなぁ。検索は正義だね」
ユフィリア:
「どんな曲? 私も聴いてみたい!」
そー太:
「……あのさぁ、そこで何やってる訳?」
ニキータ:
「あっ」
お喋りに夢中になっていると、いつしかそー太本人が顔を出していた。
ジン:
「あ~? 今、お前が出てこざるを得ないような、えげつない方法を考えてっから、もうちょっと待ってろ」
葵:
「そうそう。まだ呼んでないから部屋で待機してて」しっしっ
そー太:
「お前ら、ばっかじゃねーの? 大人しくそんなの食らってたまるかっての」
ジン:
「チッ、これだから近頃の若いモンは。ひとたび引き籠もったのなら、何がなんでも出てこないぞ!ぐらいの気概をもて!」
そー太:
「なにがやりてーんだよ!」
葵:
「涙ながらに許しを乞わせるように、むりくり部屋から追い出したい」
そー太:
「ヒッデ。頭おかしい。絶対、頭おかしいって!」
ニキータ:
「否定は、できないわね……」
ユフィリア:
「じゃあ、もう出てきちゃうの? 後で、ウサちゃんを15匹ぐらい部屋に送り込もうと思ってたのになぁ」
ジン:
「数が増えてるぞ」
そー太:
「は? ウサギってフンとかすんだろ? 部屋が臭くなるじゃん」
ユフィリア:
「でも、ウサちゃんはとっても可愛いんだよ!(力説)」
そー太:
「あー、あの、串焼きの件は、ホント、すんませんでした」
葵:
「そんな簡単に許すユフィちゃんだと思うなよ!」
ニキータ:
「そこで葵さんが代弁してどうするんですか!」
…
……
………
…………
微妙な沈黙が生まれた。
ジン:
「飽きたな。もう、いっか」
葵:
「だね」
そー太:
「飽きたとかいうなよ! 中途半端だなぁ~」
ジン:
「あのな? オッサン、オバサンっていうのは、中途半端だから中年っていうのだよ。わかったか、少年。練習には出ろ。タダでさえ弱いんだ。おいてかれたらシャレにならんぞ?」
葵:
「ご飯もね。みんなと一緒に食べるんだよ。それがウチのルールだかんに」
そー太:
「…………うん」
ちいさい声だったが、確かに返事をしていた。
ニキータ:
「じゃあ、後でね?」
ユフィリア:
「フフフ。よかったね」
そー太:
「……あ、あの。ちょっといいですか?」
ユフィリア:
「うんと、私?」
そー太:
「あ、あ、あ、あの」
ユフィリア:
「はい」
顔が真っ赤で、緊張していて、ああ、告白するのかな?と思う。がんばったようで、直ぐに切り出していた。
そー太:
「好きです。初めて好きになりました。オレと、付き合ってください!」
ユフィリア:
「……ごめんなさい」ぺこり
ちょうどいい間を空けて、ぺこりと頭を下げて断りの文句を伝えるユフィリアだった。先に去っていたと思われたジンと葵が、素早く躍り出る。
ジン:
「はい、げきちーん!どんどんパプパプ」
そー太:
「あがああああ!」
葵:
「終劇!」しゅぴーん
なんて大人げない、と私はため息をつくのだった。