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113  千里の堤

 

ジン:

「よし。ここから夕方ぐらいまで戦いっぱなしだから、そのつもりでな」

エルム:

「ちょっと、待ってください。……説明を要求します!」

ジン:

「サービスしてやるって言ってあったろ? ここまで来てガタガタぬかすんじゃねぇよ。シュウト、説明してやれ」

シュウト:

「まずは生き延びることだけ考えてください。特技の使用は、慣れてからで結構です。ここでは〈ドラゴントゥースウォリアー〉との戦いが大半ですが、1~2時間に1度ぐらいの頻度で、ドラゴンとも戦うことになります。そのつもりでお願いします。ドラゴンに出会った場合ですが、ともかく石丸さんにくっついて走っててください。石丸さんが止まらない限りは、決して立ち止まらないようにお願いします。……石丸さん、すみませんが、よろしくお願いします」

石丸:

「了解っス」

バーミリヲン:

「もし、立ち止まったら?」

シュウト:

「そこそこの確率で死ぬと思います」

Zenon:

「そりゃそうだろうな」

ウヅキ:

「ドラゴンって、本物のドラゴンなのか?」

ジン:

「本物じゃないドラゴンでもけっこう強いぞ」

ユフィリア:

「じゃあみんな、両手を上げて!」さっ

バーミリヲン:

「うむ」さっ

Zenon:

「こうか?」さっ

エルム:

「なぜ、こんなことに? 戦闘は不向きなんですが」そろっ

ウヅキ:

「ドラゴン戦とかって、マジなのな(半笑い)」さっ

ジン:

「左右に柔らかくクネらせるように、はい! うーんにゃーら、ぐーんにゃーら、ばんらばらん♪」

ジン&ユフィリア:

「ウーッハッハー!!」しゅぴぴーん

エルム:

「……この不思議な踊りはなんなんですか?」

シュウト:

「ドラゴンと戦えば分かるかと」にこっ

ジン:

「あと4回。はい! うーんにゃーら……」


 このところの増員騒ぎでドラゴン戦に出ていなかった。その結果、〈海洋機構〉に納品するドラゴン素材が足りなくなってしまった。これに対してジンは、軽い調子で『手伝わせよう』と言った。つまり、エルム達を呼び出し、そのまま連れてきてしまったのだ。(ウヅキの参加は、彼女の気まぐれによる)

 エルンストやそー太達を連れてくるのはさすがに早すぎるということで、今は留守番をまかせている。そー太がまだ部屋から出てこないのも一因としてあるのだろう。


ジン:

「さ、おいでなすったぞ。戦闘準備~」

シュウト:

「了解!」

Zenon:

「ど、どこからだよ!?」

ウヅキ:

「アタシらはどうすりゃいいんだ?」

シュウト:

「戦闘の『()り』は僕らでやります。見学でも、参加でも、ご自由に」

ウヅキ:

「暴れてもいいんだな?」ニヤッ


 手前の地面が盛り上がり、姿を見せる色とりどりの〈竜牙戦士〉たち。いつも通り、陣形を作る間もなく突撃するジンの後を追いかけた。







バーミリヲン:

「気をつけろ! こいつら、90レベルを越えているぞ!」

Zenon:

「よし、俺が前に出る!」

エルム:

「その前に、4人でパーティを組みましょう」

ウヅキ:

「オマエら、慌てるな。向こうの戦いに併せてDDするだけだろ」

エルム:

「その、DDとは?」

ウヅキ:

「ダメージディーラーの略だ。火力担当」

エルム:

「なるほど……」


 歴戦の貫禄なのか、ウヅキの落ち着いた態度と言葉で、浮き足立つような慌ただしさが少なくなる。戦いには不慣れだが、私も90レベルまでは上げてある。自分の役割は理解しているつもりだった。急ぎさえしなければ、役に立てるはずだ。


ウヅキ:

「やっぱな、アイツラ強いぞ」


 シュウト達はめまぐるしく動きながら、戦闘を展開していた。目では見えていても、動きの一つ一つの意味や思考が読みとれない。慣れた風の最小のやり取りや目配せをしながら、次々と敵を狩っていく。

 こちらも挟み撃ちにする位置をとり、敵の背後から攻撃を仕掛けていく。〈竜牙戦士〉に心理的な圧が掛かるとも思えないが、処理の限界を越えれば飽和しようというものだ。


Zenon:

「一撃の威力がデカいぞ、反撃に注意しろ!」

エルム:

「障壁を使います!」

バーミリヲン:

「頼む」

ウヅキ:

「なかなか楽しめそうだなァ!」


 初手からのアサシネイトで、敵の首を刎ねるウヅキ。

 続けてシュウト達から弓と魔法による支援攻撃が行われた。こちらのチームはトドメだけで済むように調整された敵を、大威力技で狩っていく仕事だ。反撃によるダメージ量が高いので、私だけでは回復が間に合わない可能性があるのが理由だろう。しかし、トドメばかりだとヘイトが破綻してもおかしくない。全ては、メインタンクのヘイト管理があっての戦法だ。


ジン:

「しょっ!」


 こちらの担当分を全て倒しきったと同時だった。3体を引きつけていたジンが、瞬間移動のような動きで駆け抜けていく。続けてシュウト、レイシンがそれぞれの相手を倒し、石丸の魔法攻撃で残った一体も倒してしまっていた。手慣れた連携なのは、私にも分かる。


Zenon:

「とんでもない手練れだな」

バーミリヲン:

「ああ」

エルム:

「それは、どういう意味なのでしょう?」


 そもそも『誰の話』をしているのかすら、よく分からない。戦闘に不慣れなため、観察すべきポイントが分からないのだ。


ウヅキ:

「あのおっさん、こっちが倒しきるまで3体だかを引きつけてただろ?」

エルム:

「ええ。それが?」

バーミリヲン:

「ここの敵は攻撃力が尋常じゃない。〈守護戦士〉といっても、回復役がいなければ、1分ともたない。それを3体だ」

Zenon:

「向こうの美人ちゃんが必死こいて呪文使ってんならともかく、回復も殆どしてなかったしな」

エルム:

「HPがほとんど減っていない……」

Zenon:

「そういうことだ。恐ろしく硬いぞ、あのタンク」


 6人でドラゴンと戦っているというのが本当なら、どこかに秘密が必要であり、タンク役が常軌を逸して堅牢、というのは納得のいくシナリオではあった。守りがしっかりしてさえいれば、時間を掛けてドラゴンを攻め続けることで倒せるのかもしれない。



ジン:

「さすがに人数がいると違うな」

石丸:

「時間短縮っスね」

シュウト:

「これならいつもより行けそうですね」

レイシン:

「ドラゴンはどうかな?」

ジン:

「期待はしないでおこうか」

ウヅキ:

「……なぁ、ドラゴンってそんなつえーんか?」

ユフィリア:

「初めて戦った時は、すごーく怖くて、何もできなかったよ!」

ジン:

「そういや、おしっこチビってなかったっけ? 女の子はモレやすいって聞くけど」

ユフィリア:

「そんなこと、あるわけないでしょ!」

Zenon:

「わははははは!」

ジン:

「実はパンツにちょっとだけ染みが出来てたりとか?」

ユフィリア:

「ジンさんのいじわる! いじめっこ!」

エルム:

「いやいや、ユフィリアさんはアイドルも同じですから。きっとトイレの心配は無用なのでしょうね」←フォロー

ユフィリア:

「ね~♪ エルムさんは優しいな~。ジンさんとは大違イーだっ!」

ジン:

「なんじゃそりゃ。仕方ない、そこまで言うなら俺も歯が浮くような、優しゲ~なセリフを言ってやんよ。……お前が漏らしても、俺は気にしないぞ。大きな愛情で見守ってやろう。黄金水とかいって、ご褒美として有り難がる連中もいるらしいからな」

ユフィリア:

「だから、漏らしてないのっ! ジンさんのバカ!」

ジン:

「こんなに優しくしてやってんのに、なんだその態度は」

ユフィリア:

「しらない!」ぷいっ


 身内だけならともかく、我々が居るところで排泄系のネタ(年齢関係なく鉄板と言われている)でからかわれたら、恥ずかしくもなるだろう。ただ、こうしたやりとりのおかげもあって、リラックスできた気がする。


ジン:

「ところでおまえさんら、EXPポッドはいらんかね~? 1つ金貨600枚でどうよ?」

バーミリヲン:

「2つ頼む」

Zenon:

「俺もだ」

シュウト:

「ちょっ、ジンさん!?」

ジン:

「フハハハ。これぞレジャーランド価格よ!」


 遊園地の中などの場所では、ジュースなど自販機の価格が倍になったりすることがある。EXPポッドを高く売りつけようとしているのかもしれないが、適正価格よりも少し高くても、必要なら買ってしまうものだろう。逆にいえば、我々の準備不足ということでもある。


ユフィリア:

「待って、私が300で売ってあげる」

Zenon:

「おお!」

バーミリヲン:

「それはありがたい」

ジン:

「ちょーい! どうして俺の商売の邪魔をする!?」

ユフィリア:

「フフフ。ジンさんが悪どいからいけないんだもん。需要と供給のバランスっていうの? えっと、いしくんなんだっけ?」

石丸:

「適正価格っスか?」

ユフィリア:

「そう、そんな感じ! なんだから」

ジン:

「ったく、そこで石丸に助けを求めるなよ」


 ――ちなみに、先日の一件から葵に対してEXPポッドの使用料を支払うことに決まっていた。ジンは1つ金貨500枚、それ以外の古参メンバーは金貨100枚で使用可能となる。つまり、金貨300枚で売ろうとしたユフィリアは、ジンの半額での販売ながら、2倍もの利益を得ることが出来ることになる。


エルム:

「いつも、こんな感じなのですか?」

シュウト:

「こんな感じですねぇ。ドラゴン戦の時は、むしろおちゃらけるみたいですよ。どっちにしても緊張しっぱなしじゃ一日もちませんし。敵が出てからでも対応は間に合いますから」

エルム:

「不意打ちなどの備えはどうするのですか?」

シュウト:

「いえ、それは、……ジンさんは敵の気配が分かるんです(苦笑)」

ユフィリア:

「ジンさんはね、ミニマッぷふっ。やーん」


 頭を上からむんずっと捕まれてぐりぐりとされていた。


ジン:

「なに人のネタバレかましてんだ、コラ?」ぐりぐり

ユフィリア:

「きゃーん。エルムさんだったら、別にいいでしょ」

ジン:

「口封じの刑がお望みですか? よっしゃ、まかしとけ」

ユフィリア:

「ヤー!ダー! すぐチューしようとする!」ダッシュ

エルム:

「まさか、ミニマップですか? そういうのって、アリなんですか?」

シュウト:

「なんでもアリの人なので(苦笑)」

エルム:

「なる、ほど。それなら、監視は無駄でしたね……」


 ゲーム時代のミニマップの距離やサイズはどのくらいだったろう?と頭の中で考えていると、「かなり広く感知できるみたいですよ。半径1キロとか」とシュウトに忠告された。余計なことは考えるなと脅されたのだろうか?と考えてみたが、親切心からのアドバイスに見えた。

 実際問題、調査をする必要はもうすぐなくなる。ドラゴンを倒すところを実際にこの目でみれば、それ以上の調査など、必要ないはずだからだ。


エルム:

(これは、いけません)


 彼らのペースにすっかり巻き込まれてしまっている。どうもそのペースというものを、自分が気に入ってしまっているらしいことに思い至る。セルデシアと呼ばれるこの世界は、モンスターが闊歩する閉ざされた息苦しさがある。〈海洋機構〉で仕入れを手伝うと、特にそんな空気が感じられる。

 彼らはそんな息苦しさとは無縁のようだ。自由に、軽々と呼吸してみえる。一緒にいれば、自分も呼吸が楽になった気がする。酒が無いのに、だ。こうしていると、自分も何かを選ばなければならないような、そんな気にさせられてしまう。


ジン:

「『肘・膝抜き歩き』も良いが、今日は弾性運動の続きにしようか。なんというか、こう、バウンディっていうの?」

シュウト:

「わかりました」

ユフィリア:

「ばいん、ばいん!でいいんでしょ?」

ジン:

「頭を上下させる突き上げバウンディばかりを意識してしまうが、踏みバウンディも重要なのだ。地球の中心を踏むように、ズン、ズン、ぐん、ぐん、と勢いを付けてみよう。それを意識すれば、自然と地面からの反発力、『地面反力(じめんはんりょく)』も増える。まず踏みバウンディだ」

Zenon:

「バウンディ?」

バーミリヲン:

「とりあえず、真似してみよう」

ジン:

「ふみ、ふみ、ふめ、ふめ、ふも、ふも、もふもふ」

ユフィリア:

「ふみ、ふみ、ふめ、ふめ、ふも、ふも、もふもふ」

Zenon:

「……なぁ、これって何の役に立つんだ?」

ジン:

「んー、人体は骨が200、筋肉が500の、700パーツとかで出来てるんだ。体細胞まで細かく分ければ、60兆。〈冒険者〉はどうか知らんが、まぁ、似たようなもんだろ。これらをコーディネイトするのが半分だな。脱力が進めば、パーツが分かれてばらんばらんに動くようになる。あたかも隙間があるみたいにズレるようになるんだ。それらパーツ間の運動を感知しながら、統合させていく全身・全脳運動だな」

バーミリヲン:

「なるほど」

Zenon:

「『ふみふみ、ふめふめ』からじゃ想像できない深さだな」

ウヅキ:

「残りの半分はどうなんだ?」

ジン:

「こまかく説明するとややこしいんだが。発勁ってあんだろ? 最近の発勁は、流行っつーか、傾向? みたいなのが、なんとなく『体重移動』になって来てんだわ。質量操作というべきなんだけどな。だから、運動量という全体から、筋肉動作をさっぴいた残りが『なんとなく発勁』的なイメージだな」

レイシン:

「人体の『弾性』を利用するための練習だね」

ジン:

「うむ。木の枝とか、竹をしならせてから手を離すと、こうバチーン!となるだろ? 人体でそういった『しなり』みたいなもんを探すと、いま話している弾性の話とかが出てくんだよ」

エルム:

「けっこう難しい話ですね」

ユフィリア:

「そうなの。いつもむつかしくてたーいへん」

ジン:

「かわいそかわいそ(ナデナデ)……だけどな? たとえば老人になると、背がだいたい何センチか低くなるんだ。硬縮こうしゅくといわれる、硬くなって、縮こまることによって、関節が回らなくなり、柔らかさや弾性を失っていくことが原因だ。骨と骨との間が詰まって、硬くなって、動かなくなると、背が低くなるわけだ。

 ……つまり、どれだけ〈冒険者〉の体が優れていても、弾性が利用できないなら、老人と変わらないってことだ。ゆっちゃえばね」くっくっく

ユフィリア:

「ふうん。老人冒険者になっちゃうんだ?」

ジン:

「そ。見かけが若く見えても、ヨボヨボとおーんなじってことさ。……武術的にはこうした弾性の利用は、『技の起こり』として見極めの情報を与えることになるから、弾性を排除した動きが必要になる。関節と筋肉とで、弾性を吸収するわけだ。これをあえてネーミングすると『除性運動』ってことになる。だが、そもそも弾性が無い場合、カラカラに干からびた動きになってしまうのさ」

Zenon:

「なるほどな。男っ気がないと、女は干からびてカラカラって訳だな」

バーミリヲン:

「フッ」

ジン:

「わはは! なんだよ、話がわかんじゃねーか!」

ニキータ:

「ナチュラルにセクハラね」

ユフィリア:

「不謹慎!」


 大笑いしながら、盛り上がるのだった。

 その後、〈竜牙戦士〉との数度の戦いの後、ドラゴンとの邂逅を果たすことになった。







エルム:

(こ、怖すぎて、目が離せない……)


 分厚く魔力を纏う巨大な生命体の偉容に、体が固まる。〈冒険者〉が人間より遙かに優れた『戦闘のための存在』だったとしても、ドラゴンからみればあまりに卑小だった。比べものにならない。戦闘が始まる合図の咆哮だけで、全身の細胞が萎縮し、潰れて小さくなっていくのが分かる。体積が、自分の体のサイズが小さくなってしまった気がする。油切れの関節はカクカクとぎこちなく、すべてが角張って邪魔する。出来の悪いポリゴンになった気がした。最初から勝てる訳がなかったと、心が折れてしまう。


ジン:

「先にいく。連中に無理はさせるな」

シュウト:

「わかりました」


 フェイスガードを引き下ろしたジンは、そのまま風の速度でドラゴンに突っかかっていった。自殺志願者の愚行だろう、とさえ思った。迎撃で振るわれた巨大な爪の一撃に、当たり前のように叩き潰されて終わりだ。もはや、それ以外に想像できなくなっている。


ジン:

「オオッ!」


 細かな砂利が足下ではじける。ほえるジンは、青く輝く剣を叩きつけていた。潰されて終わりなどしない。鋭く連続攻撃を仕掛けてくるドラゴンの爪をギリギリで避け、次々と反撃を叩き込んでいく。マグレが続いていた。ひとつひとつが結果に変わり、次第に積み上げられていく。マグレなどではないことが証明され、新たな現実が生まれた。人の身でドラゴンと互角以上に戦っている光景に、既存のリアリティは崩れつつある。超現実を呼吸する超戦士の姿に、すがりたくなるほどの希望を感じていた。人は、竜をも越えられるのかもしれない。


ユフィリア:

「両手をあげて!」さっ


 こんな状況で何を言っているのか理解できなかったが、麻痺した感覚の中では逆らうこともままならない。反論する気持ちも萎えていたのだ。


ユフィリア:

「はい! うーんにゃ~ら、ぐーんにゃ~ら、ばーらばらん♪」


 輝くような笑顔だった。騙されるままに、体を左右にクネらせる。続けて4回ほど、ぐにゃぐにゃ、ばらばらとゆすり続けた。自分たちだけではない。レイシンも石丸も、シュウトも、もう一人の美人であるニキータまでが、ほほえみながら体をクネらせている。奇妙で、奇抜で、奇っ怪な集団だった。


ユフィリア:

「……ばーらばらん。ウーッハッハー☆」


 満足げに最後のウーハッハーのポーズを決めたユフィリア。そのあまりに場違いな、あまりの美しさに打ちのめされる。トコトンまでナナメ下だった。高尚さの欠片もない。くだらなくてどうにもならない。


エルム:

「プッ、ふふふふ」

Zenon:

「はっははは」

ウヅキ:

「クックックッ」

バーミリヲン:

「フッ」


 千里の堤もアリの一穴からというが、僅かな弛緩が微笑みを作っていた。ドラゴンからの、のし掛かるようなプレッシャー自体は少しも変わってはいない。体が固まっていては、笑顔は作れないのだろう。体がゆるんだから、笑顔が作れたのだ。


ユフィリア:

「肩の力、抜けた?」

エルム:

「たぶん」

シュウト:

「では、行きましょう。僕らも、戦場(あそこ)へ」

石丸:

「自分の後ろに居て欲しいっス。予想停止時間は先にアナウンスするっス」


 ドラゴンのような難敵との高度な戦闘は、きっと、もっと、ずっと高尚なものだろうと思っていた。極限の鍛錬を積み、宝石のように磨き抜かれた戦士達が、信頼の絆で結ばれ、最上のチームワークを構築する。それぞれが成すべきことを理解し、また自ら最善を選択し続ける知性を持ち、整理された無駄のない美しい技を振るう。そんなようなものが必須なのだとばかり思っていた。否、本来は、そうなのだろう。


 しかし、ここでは違っていた。しがみつくような、泥にまみれるのを気にしないような、何が何でも勝つ、もしくは、何が何でも生き残ろうとする意思があった。馬鹿げていてもやり通し、なんだかんだ、のらりくらりとやり過ごすしぶとさ、粘り強さがあった。出来ることを、出来る範囲で、おっかなびっくり、挑戦を繰り返して厭わない鈍さがあった。目の前にあるのは、美しくもなんともなく、人間かが苦労しながら一歩一歩重ねていく姿でしかなかった。

 ジン以外は、超戦士でも何でも無かったのである。レベル92に到達し、圧倒的な実力を持つシュウトですら、ここではただの兵士に過ぎなかった。慣れはあるのだろう。誰よりも優れた戦士なのも分かる。それでも、普通でしかなかった。だが、だから彼らは尊敬に値した。


石丸:

「8秒停止っス」


 停止時間を予告すると、すかさず呪文詠唱に入る石丸。彼の後ろで走っているだけの自分達が、無力な子供になったようなもどかしさがあった。置き去りにされるのが恐ろしくて、下手に呪文を使うようなことも出来ない。足を止めないことだけで一杯一杯の必死さが必要だったから。


Zenon:

「クソッ、こんなことなら、弓でも持ってくれば良かったぜ」

ウヅキ:

「狙われる危険を犯して、か?」

バーミリヲン:

「……それは、良いアイデアだな」


 クロスボウを取り出したバーミリヲンだったが、石丸が〈フラッシュニードル〉を投射し終え、8秒はあっという間に過ぎ去っていた。再び走り始める。


エルム:

(障壁だ、せめて、障壁を張らなくては……)


 真っ白な頭で自分に出来ることだけを考えていた。青く輝く超戦士の姿と、その周囲で動き続けるシュウトたちを見ていると、乾いた舌がきちんと呪文を使えるのかすら怖くて、試そうとする気持ちすら消えてしまいそうだ。


石丸:

「停止11、いえ、18秒っス」

ジン:

「〈ヘヴィアンカー・スタンス〉!」


 ドラゴンの足下で足留めに専念するジン。瞬間的に石丸の横へ飛び込んで来たニキータが〈マエストロ・エコー〉。〈スペルマキシマイズ〉から〈ライトニングチャンバー〉を詠唱する石丸、ニキータも同時に輪唱を展開。

 おっかなビックリ〈飯綱斬り〉を放つZenonと、クロスボウで〈スパークショット〉を放つバーミリヲン。私は必死に〈護法の障壁〉を唱えていた。初めて、ドラゴンに対して敵対的なアクションを取ってしまったことに、興奮とも恐怖ともいえない混乱した気持ちになる。

 ただ一人、ウヅキだけは違っていた。


ウヅキ:

「うおおおお! 〈アサシネイト〉!」


 至近距離でドラゴンの顔の近くまで駆け寄り、〈アサシネイト〉を決め、シュウトに戻るように言われて、帰って来た。


Zenon:

「よく、やれたな……?」

ウヅキ:

「逆だ。怖すぎて、見ろ、まだ震えてる」


 武器を握るウヅキの手は震えていた。恐怖が興奮と入り交じる見開かれた瞳をしていた。


ウヅキ:

「怖すぎて、攻撃するしかなかった」

エルム:

(そうか……)


 戦闘で強くなれるのは、たぶん、こういう人なのだろう。普通なら怖いと動けなくなってしまう。それなのに、相手よりも先に殴ることで、助かろうとする者がいるのだ。怖い、だから、前に出る。現実世界では人格破綻者かもしれない。だが、この世界でなら間違いなく英雄の資質だろう。

 石丸が再び走り始めたため、思考はここで打ち切りになっていた。


ジン:

「ぐっ!?」

シュウト:

「ジンさん!」


 ドラゴンの攻撃を受けたジンの周囲に、自分の掛けた障壁が展開する。続けざまの攻撃で障壁は突破され、ダメージを負う〈守護戦士〉。あわただしくなる仲間達。緊急事態のようだった。


ジン:

「ナロッ!」


 大きな振動で大地が波打つ。調子にのってダメージを重ねようとしたドラゴンを、ジンが投げ飛ばして見えた。10倍では利かない巨大モンスターを、地面に叩きつけたのだ。自分の体が浮き上がった気がした。


石丸:

「ここでトドメっス!」

Zenon:

「おう!」


 ガリヴァーに群がる小人になる。横たわり、起きあがろうともがくドラゴンに容赦のない攻撃を加えていく。弱さを見せた瞬間に襲いかかる下劣さは、頭の中で火花となって吹っ飛んだ。殺さなければ、殺される。強烈な、これ以上にない手応え、心拍の荒々しさ、血液の沸騰。


エルム:

(これが、戦闘……!)


 ドラゴンを倒した後に残ったのは、ひたすらの安堵と、今更の殺意だった。倒し終わったドラゴンに対しての遅すぎる殺意。うなり声を吐き出してしまわなければならなかった。生きているドラゴンに対しては、怖くて向けられなかったものだ。惨めなほどの弱さの自覚が、生き残ったことを喜びに変換しつつあった。

 

ジン:

「よーし、しばらく休憩にすっぞー!」


 荒い息を整えていると、いつの間にか、ドラゴンからのはぎ取りも終わっていた。なにもかも中途半端なまま、ドラゴンとの初戦は終わっていた。


シュウト:

「なんか、ドラゴンを投げてませんでした?」

ジン:

「いや、咄嗟にやったからよく覚えちゃいないんだが、ブン投げてはいない。避けるのと同時に、足をひっかけたような感じ、かな?」

シュウト:

「そうですか」

レイシン:

「あそこでダメージってのも、珍しいね?」

ジン:

「そうそう、あれなー」


 あまりの出来事に放心している横で、なんてことなさそうに会話しているのを黙って聞いていた。しゃべったら確実に声が震えてしまうだろう。


ジン:

「俺はギリで避けれるつもりだったんだが、障壁が先に反応しやがって」

エルム:

(……!)


 思いきり自分に関係している話題に恐縮する。しかし、言葉を口にするのもためらわれた。特に今は怒られたくない。


ジン:

「障壁が反応した途端、こっちの体の動きが止まったんだよなー。持ってた移動運動量が消えて、居つきに近いゼロ状態になった。次の攻撃までに回避の動き出しが間に合わなくて、そのまま食らっちまったよ」

レイシン:

「そういう風になるんだ?」

シュウト:

「普通、そこまで気にしないでしょうけどね(苦笑) ジンさんって〈神祇官〉の人と組むのって、こっち来てから始めてですか?」

ジン:

「そうだ。ありゃもっと余裕をもって避けないとダメだな。5センチぐらい?」

レイシン:

「あー、5センチぐらいなら平気かな」

シュウト:

「って、ドラゴン相手に3~4センチとかで避けてるんですか?」

ジン:

「えっ、ミリ? やっぱミリまで行かないとダメ? 失格? ヘタレ?」

レイシン:

「厳しいねぇ~」

石丸:

「厳しいっスね」

シュウト:

「そんなこと要求してませんから! だいたい、ミリ単位で避けたって障壁に引っかかるじゃないですか」

ジン:

「そりゃそうだ。なんかなぁ初速を考えるとやっぱフローティングが安定だなぁ。なんつーの? こう、障壁がバリーンと破壊される瞬間を使って、サッと避ける的なことって出来ないんかな? イメージ的にはやれそうじゃね?」

シュウト:

「さすがにそれは、ダメージ計算されちゃうんじゃ?」

ジン:

「なんだ? それはつまり、俺のHPはこのへんの空間に浮いてるってコトか?」

ユフィリア:

「えいっ」

ジン:

「ヤメロ!(早口) HPが減るかもだろ?」

ニキータ:

「ユフィは別に殴ってないのに(プフッ)」

ユフィリア:

「だよね!」←嬉しそう

ジン:

「咄嗟にだよ、う、うるせぇ!」

シュウト:

「システム的には、障壁がHPと直結してしまうんでしょうか?」

石丸:

「その可能性はあると思うっス」

ジン:

「え~っ、じゃあ本人無視して、障壁殴ればいいのか?」


 強烈な違和感があった。なぜ、こんな会話が出来るのか? どこかが異常だった。自分だけが異常を感じている気がして戸惑っていた。間違っているのは、私の方なのだろうか?


Zenon:

「なんだか、普通だな……」

エルム:

(あっ)


 6人でレイドモンスターを倒してしまうこともだが、異常な強さの超戦士が居て、当たり前の日常を重ねていることが、それがあまりにも自然なことが、異常なのだ。どこかが歪んで、狂っていなければ辻褄が合わない。なのに、どこまでも普通だった。それが彼らの日常だと頭では分かっても、彼らの『秘密』は逆にぼやけて見えなかった気がしてくる。


ウヅキ:

「なぁ、ジン。アンタ、なんでそんなに強いんだ?」


 ウヅキは逃げずに、疑問をぶつけていた。かすかに手の震えが見て取れる。


ジン:

「えっ? なにが? ちょっとした勘違いとかじゃね?」

Zenon:

「んなわけあるか!」

ジン:

「いいツッコミだ。いやぁ、実は俺ってば種族がヒューマンやのうて、サイヤ人なんや。死にかけると戦闘力が上がる仕組みで、かれこれ数十回の死にかけと復活を繰り返してて……」

ウヅキ:

「嘘つけ!」

ジン:

「ダメ? だったらホントのとこを教えるしかないな。実は、サブ職が『竜の騎士』なんだ。こう、ドラゴニックなオーラと、紋章がね?」

石丸:

「ダイの大冒険っスね」

ウヅキ:

「ふざけんな!」

ジン:

「むぅ、あっさりとバレたな。みんなには隠していたが、親が世界最強でな? だから血筋っていうか」

ウヅキ:

「……いい加減にしろ。バカにしてんのか?」

ジン:

「あったりめーだろ。俺は努力に見合った強さなだけだ。おまえらが必要以上に弱いんだよ。なんでそんなゴミみたいに弱いの? バカなの? 死ぬの?」

Zenon:

「それは……」

バーミリヲン:

「ゲーマーには格闘技の経験がないからだろう」

ウヅキ:

「格闘技の経験があっても、この世界じゃそのまま使えるわけじゃない。鍛えた体を持ち込めるワケでもない。持ち込めたって弱くて使い物にならない。現実の格闘技は、魔法みたいな特技の前じゃ無意味だ」

ジン:

「そうかもな~♪ でも、そうじゃないかもな~♪」

バーミリヲン:

「だったら、何故だ。なぜ、俺たちは弱い?」

エルム:

「それは『弱いとは思っていなかったから』では?」


 自分の中に説明しようとする何かが生まれていた。自分とは違う知性のようなものだ。自分を通過して語られる言葉を聞いていた。


ジン:

「なかなか良いね。だが、もう今では違うと知ったろ? どうする? もっと強くなろうと思うかい?」

エルム:

「それは、ニッチの問題ではありませんか?」

シュウト:

「ニッチ?」

ユフィリア:

「ニッチってなぁに?」

ニキータ:

「隙間のことね」

エルム:

「自己差別化のことですよ。生存のために自分にできることをし、同時に他者の領域は侵さないと決めることです。とあるチョウチョが、例え餓死したとしても、自分が食べると決めた草花しか食べない、といったような意味を含んでいるのですよ」

ジン:

「俺の強さがそうした俺の自己差別化の結果だというなら、そうかもな。むしろ『そういう選択ができた』という幸運が、俺が俺を俺として差別化したことになる」

エルム:

「そう、思います」

ジン:

「なら、それがお前にとっての答えってことだ。『別にそれでいい』」


 突き放された。自分の意見は正しいと思ったが、部分的にしか物事が見えていないのかもしれないとも思った。仕切りにあいた小さな穴から、向こう側の景色をみようとしたかのように。想像は現実とは違うのかもしれない。

 

シュウト:

「ジンさんが選ばなかったとしても、他の人かが『誰よりも強くなる』って選択をしたかもしれません。けど、それでジンさんみたいに強くなれるんでしょうか?」

レイシン:

「無理でしょ」

石丸:

「生物がニッチ的な『動的平均』を望むなら、なぜ人間は競争したがるのか? ということでもあるっスね」

ジン:

「人類が戦争を克服できないのは、無論、ニュータイプとして覚醒してないからだ!(力説) 飛び出せ、宇宙! 可能性の獣!」

ユフィリア:

「んーと、勝てる人は勝てるからじゃない?」

石丸:

「競争を回避するために競争するわけっスか……?」

ジン:

「無視すんな、コラ」

ニキータ:

「ニッチで回避しているのは、競争ではなく『負け』では?」

ジン:

「結論出んのか、その話? ホレ、そろそろ移動するぞ~」


 のろのろと立ち上がり、移動の準備をすることに。ニコニコとしたユフィリアが、ジンの横に並んでいた。


ユフィリア:

「ジンさんは、勝てるから競争するんでしょ?」

ジン:

「その理屈じゃ、一番強ければもう競争しなくて済むんじゃねーの? まぁ、弱いヤツが永遠に弱いままってのは、悲惨だろうと思うがね」

ニキータ:

「シュウトが可哀想ね」

ユフィリア:

「そっか。ジンさんはずうっといじめっ子なんだ?」

ジン:

「知らなかったのかい、年輩という要素は死ぬまで変わらないんだぜ?」

シュウト:

「僕はずうっと、いじめられる運命ってことですか?」

ジン:

「ずうっと弱いまま固定よりはマシだろ?」







ユフィリア:

「でね、花乃音がデザイン見て欲しいんだって。でも、ずっと忙しいって言ってるの」

ニキータ:

「那岐さん容赦なさそうだものね」

エルム:

「おナギさんですか」

ユフィリア:

「うん」

ジン:

「誰のことだ?」

シュウト:

「さぁ……?」


 昼食後のくだけた雑談だったが、知っていることを話すのは心の平静を取り戻すのにいいらしい。ジン達に向けてすこしサービスして解説することにした。


エルム:

「3大生産ギルドがいろいろと実験を始めているのですよ。部門ごとの連携を高めるとかで。おナギさんはロデ研の被服部門の責任者ですが、彼女たちが〈海洋機構〉や〈第八商店街〉のアパレル部門と協力すれば、より効率が上がるかもしれない、という話がありまして」

ジン:

「効率を高めたいなら、まずフローだろ。競争やめてどうする気だ?」

ユフィリア:

「フロー?」

石丸:

「仕入れ、製作、販売といった各行程と、その間の『流れ』のことっス」

エルム:

「むしろ、フローの効率を高めるためなのですよ。これはまだ極秘の話ですが、ビル一つをまるまる服を売るための、いわゆる『ファッションビル』にしようという計画があります」

ユフィリア:

「すごーい! 凄い、凄い!」

ジン:

「インフラを共同利用しようって話か」

石丸:

「エルムさんは関係者なんスか?」

エルム:

「はい。アキバの店舗状況などに少々 詳しいため、今度の計画にも参加させて頂いております。……おかげ様で、例の調査は継続することが決まりました」


 例の調査とは、アキバの住宅状況の調査のことだ。継続的に調査することで、傾向や変化を捉えることが可能である。


ジン:

「あんなん、人も金も余ってるトコがやるのが当然だ」

ニキータ:

「そのビルの名前は何です? もう決まっていますか?」

エルム:

「いえ、まだですね。いくつか案を持ち寄ることになっています」

ジン:

「109にしちまえよ(渋谷ネタ)」

石丸:

「109は東急電鉄のモジリっスね。10と9で、トウ・キュウッス」

シュウト:

「そうだったんですか。……えっ、みんな知ってたの?」

ニキータ:

「一応はね」

ユフィリア:

「じゃあ、マルキュー?」

ジン:

「アキバだからアキキュウとか? もう諦めてオバQはどうだ?」

エルム:

「もし宜しければ、名称案としてお預かりしておきます」

ジン:

「あ、やっぱオバQは無しで。そんな服屋には行きたくない(苦笑)」

エルム:

「かしこまりました」







 夕暮れ時、8体目のドラゴンを相手に僕らは苦戦していた。しばらく前から西の峰に陽は落ち、空が焼けつくオレンジの光が、だんだんと小さくなっていった。

 薄暗く、別の光源が必要だと思う。そのタイミングで、ジンがドラゴンの心臓に〈竜破斬〉ジ・エンドを突き入れ、勝利をものにしていた。


ユフィリア:

「終わったー!」

シュウト:

「お疲れさまでした」


 どこか寂しげなジンの背中に声をかける。ドラゴンに対して特別な思い入れがあるらしく、どうも憎くて倒しているわけではないらしい。勝てば嬉しいが、倒してしまうと寂しいような顔をみせたりもする。


ジン:

「おう。……もう夜の時間帯になっちまうな。急いで片づけよう」

エルム:

「今日は、その……?」

ジン:

「はぎ取りが終わったら帰還する。が、シブヤに戻るから、アキバまで歩きで1時間あるぞ。まだ気は抜くなよ?」

バーミリヲン:

「了解」

Zenon:

「こっちも了解だ」


 しばらく前からクタクタになっているエルム達だったが、はぎ取りになれば誰でも元気が少し戻るものだ。自分も残りの作業を急ぐ。

 数分後、はぎ取りの作業がすべて終わる。少しおくれて、ドラゴンの死骸が七色の泡となって空に消えていった。


レイシン:

「終わったよ~」

ウヅキ:

「完了だな。とっとと帰ろうぜ」

ユフィリア:

「おなかすいたね」

ニキータ:

「そうね」

シュウト:

「人数が多かったせいか、今日はかなり楽でしたね?」

ジン:

「ばーか」

レイシン:

「それは、ちょっと違うと思うな」

石丸:

「別に理由があるはずっス」

シュウト:

「えっ、と?」

ジン:

「お前の呼吸能力が上がってんだよ。標高もそこそこあって、こんだけ動き回って、疲れないわけないだろ」

レイシン:

「だよね」


 レイシン、石丸の両名の呼吸が少しだが荒かった。ジンはともかく、この2人よりも疲れにくくなるというのは、かなり大きな進歩だろう。しかし、ユフィリアは元気一杯なので、成長速度的な意味ではあまり喜んでばかりもいられない。彼女は飛躍的な成長を遂げていた。


 ユフィリアが得た2つの異能、『春の女神』と『氷の女王』は、どう戦闘に応用するかで議論の最中だった。女神、女王の名の通り、春の女神の方が強力な能力らしく、ユフィリア自身ではまだコントロールできないらしい。とりあえず氷の女王の『概念凍結』を利用する方向だが、そもそもどんな概念を凍結させるか?が問題だった。『時間を一時的に凍らせ、その中を行動する実験』は案の定、失敗に終わった。そんな反則能力が成立してたまるか!と思ったのでかなりホッとしていたりする。なにしろ相手が相手である。ユフィリアだとサラッとやりそうで怖い。


ニキータ:

「そろそろ帰還しましょ」

シュウト:

「そうだね」

ジン:

「ちょっと待て、……戦闘準備!」


 咄嗟の指示に反応して、武器を油断なく構える。うろたえるエルム達を守れるように外側に展開。


ウヅキ:

「おい、またドラゴンじゃねーだろうなァ!?」

シュウト:

「ジンさん!?」

ジン:

「小型が3、いや、4体。速いな、飛んでくるぞ。向こうだ」


 剣で示した方に進み出るジン。大きく翼を広げ、武器を手にもった、人型だった。見えたのはそこまで。空を飛ぶにしては、造形が厳つい。ドラゴンと比較すれば、低空を滑空するようにして、高速で接近してくる。小回りが利きそうで、逃げられるかは微妙な相手だ。


バーミリヲン:

「翼を持つ敵か」

シュウト:

「こちらの位置はバレてますね。……明かりをお願いします!」

石丸:

「了解っス」

エルム:

「では、私も」

ユフィリア:

「あれって、なんの敵?」

Zenon:

「分からん。ガーゴイルに似ている気もするが」

ジン:

「夜だから出てきた敵ってことか? どうもイベントが進まないと思ったら、そういうことか?」


 一体が先行し、後続を待たずに飛んでくる。そのままジンめがけての、激突コースだった。


シュウト:

「ジンさん!」


 槍を構え、かなりのスピードのまま交錯する。ジンの姿が消えた。素早く目で追いかけると、敵の槍に刺されたのか、そのまま繋がって飛んで行き、一緒になって墜落していた。


レイシン:

「どうする?」

シュウト:

「合流します! ジンさんのところへ、走って!」


 レイシンと2人で後方を警戒しつつ、ジンのところへ急ぐ。


石丸:

〈竜翼人〉(ドラゴニュート)っス!」

Zenon:

「パーティランク! 強敵だぞ」

ジン:

「レイ、逃がすな!」


 顔を上げたジンが叫んでいた。隣のレイシンが〈ファントム・ステップ〉でかき消える。重力を感じさせない所作でフワリと浮かび上がるドラゴニュートだったが、頭の上に現れたレイシンの強襲を受け、再びジンに捕まった。


 ――〈竜翼人〉(ドラゴニュート)

 人の形をした竜とされ、場合によっては神の現し身などとされる場合もある。亜人に分類されるが、レベル帯も高く別格である。武器の扱いに長け、知能も高く、魔法も操る。尾も強力な武器となり、侮ることはできない。咆哮のみならず、ブレスを操るものも確認されている。竜鱗を持つため高い防御力を誇るが、その上から防具を纏うものも多い。人型サイズから、巨体サイズのレイドボス級まで存在する。弱点らしい弱点をもたない強力な種族である。ただし、個体数は他の亜人種ほど多くない。

 爬虫類の外観からか、翼を持たないものがリザードマンに分類される場合がある。〈竜翼人〉の名前から分かる通り、〈ドラゴニュート〉はすべて翼を持つ種族とされる。(〈ドラゴニアン〉の名前の場合もある)



 障壁を身に纏ったZenonが、後続を引き付ける側に回る。戦闘中のドラゴニュートはウヅキとバーミリヲンに任せ、弓で後続3体との交戦に入る。ニキータと石丸も一緒だ。


ニキータ:

「詠唱を確認、散開用意…………今!」


 敵の範囲攻撃魔法が着弾する前に距離を開く。囮として残ったため、直撃したZenonに回復魔法を投射するユフィリア。

 リーダー格らしき、紅の竜翼人が飛び出していた。その速度のため、移動を阻害することが出来ない。


シュウト:

「ジンさん!」


 先行した一体を救うためだろう、紅の竜翼人がウヅキを攻撃しようとする。ギリギリで回り込んだジンが、貫こうとするランスの一撃を〈竜破斬〉で弾き返していた。


ウヅキ:

「ぅらアッ!」


 〈エクスターミネイション〉でウヅキが敵の首を落としていた。飛行を許していたら、この短時間で倒すことは出来なかっただろう。ジンの機転と、レイシンのフォローがあっての結果だ。

 紅の竜翼人は、ジンと数合やりあってから飛び上がって退避した。仲間を救えなかったので引くつもりのようだ。隙のない武技を操るようで、あのジンを相手にして、大きな被害も無しに切り抜けている。

 上空に駆け上がりつつ、叫び声を轟かせていた。動きが止まらないため、狙いを付けられない。


バーミリヲン:

「やつめ、どうする気だ?」

ジン:

「……撤退だ! 逃げるぞ!」

ウヅキ:

「今度は何だよ?」

ジン:

「たぶんドラゴンが来る。ここでやりあうのはマズい」


 Zenonの近くに〈竜牙戦士〉が召喚されていた。70レベル付近だが、数体いる。この上ドラゴンまで現れたらどうなるのか。ジンはともかく、自分たちは苦戦必死だろう。

 最後尾はジンに任せ、明かりを消し、暗視を持つウヅキ・バーミリヲンを先頭に走り出す。木立に隠れたところで、上空をドラゴンが通るのが見えた。月の明かりが弱く、地に差す陰は曖昧にぼやけている。息を潜めて通り過ぎるのを待つ間、動悸の激しさを感じていた。一瞬だけ遅れて、吹き抜けた風が木立を揺らす。竜翼人達は厳しく追撃するつもりはなさそうだ。


ジン:

「隠れてやり過ごすことになるとはな。……こっちが勝てる数じゃ戦ってくれないらしい」

シュウト:

「どういうことなんでしょうか?」

ジン:

「さぁな。……だが、燃えて来たぜ」

エルム:

「今日は終わりませんか? もうヘトヘトです」

レイシン:

「そうだったね」

ジン:

「仕方ない。帰還の準備だ。今の内にけーるぞ」

シュウト:

「はい」

 


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