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112  春の女神 と 氷の女王

 

 ――〈記録の地平線〉(ログホライズン)、シロエの執務室。


マリエール:

「シロ坊ー!」どかーん

ヘンリエッタ:

「シロエ様、お邪魔いたしますわ」

シロエ:

「マリ姉、ヘンリエッタさん。申し訳ないんですが、今日は来客の予定がありまして……」

ソウジロウ=セタ:

「僕でしたら、構いませんよ」

シロエ:

「ソウジロウ、来てたのか」

ヘンリエッタ:

「外でお会いしまして、一緒に上がって来たのですわ」

シロエ:

「でも、一応〈円卓会議〉の仕事なんだけど……」

マリエール:

「うちも〈円卓〉の一席やん?」

ソウジロウ=セタ:

「彼女たちに聞かれちゃ不味いようなお話ですか?」

シロエ:

「まぁ、大丈夫だけど。ごめん、マリ姉。少しだけ待ってて」

ヘンリエッタ:

「……ところで、アカツキちゃんの姿が見えませんが?」

シロエ:

「アカツキは、えっと、どこだろう?」←逃げたとは言えなかった

ソウジロウ=セタ:

「それで、お話って何ですか?」


 ――思わずメガネをクイっと上げ、(順番に片づけさせてくれ!)と心の中で唸りつつ、それでも表情を消すシロエだった。


シロエ:

「ソウジロウに仕事を頼みたくて呼んだんだ。〈円卓会議〉に変な投書があって……」ズラリ

ヘンリエッタ:

「ずいぶんと、なんといいましょうか、怨念がこもっていますわね」

シロエ:

「7通あるけど、話も内容もバラバラなんだ。共通しているのは、〈カトレヤ〉というギルドと、ユフィリアという名前。イチャモンを付けたい風にも思えるし、何らかの不正をしていると書いてあるものもある。でもこれだけじゃ、何が問題なのかまるで分からないんだ」

ソウジロウ=セタ:

「調査してくればいいんですね?」

シロエ:

「ソウジロウ向きの案件だと思ったんだ。頼めるかな?」

ソウジロウ=セタ:

「もちろんですよ。すぐに行ってきます」

マリエール:

「うちもシロ坊にお願いがあるんよ」にっこー


 ――シロエも『半妖精』の異名を持つ美女の噂は耳にしていた。まったく興味がないと言えば嘘になるが、やはり苦手そうなので、ソウジロウを呼ぶことにしたのだ。餅は餅屋である。

 ここでの問題は、投書の内容にあると彼は考えていた。なんらかの意図や作意があるなら、ニュアンスは違っても7通の内容はほぼ同じになる。まったくバラバラの投書を作るには、存外パワーが必要だからだ。ということは、複数の人物が、バラバラに、示し合わせることなく、ほぼ同時期に意見書を書いたことになる。従って、なにがしかの問題があったのは間違いなさそうに思っていた。

 〈円卓会議〉としては、ギルドの問題になるべく口を挟みたくはない。つまり、変な前例を作りたくはないのである。だが、何もしなかったということが失点になる場合もある。折衷案として『一応、調査はしました』といった体裁を整えておきたい。


シロエ:

(たぶん、こういうわけのわからないのは、ソウジロウが適任だよね)


 ――仕事に取りかかるべく、颯爽と立ち去るソウジロウの背中を見ながらそう考えるシロエだった。続けて、マリエールの持ち込み案件の処理に移るのだが、それはまた別の意味で、厄介極まりないものであった。







 ユフィリアが暴走を始めてから3日が過ぎた。状況は未だに変化していない。否、更に悪化したと言って良かった。彼女と同じ部屋にいるのは危険なので、そろそろ近づけなくなりつつある。一緒に居られるのはジンのみ。昨日までにギルド内部に作られた『ユフィリアのファンクラブ』は解散・死滅してしまい、もう影も残っていない。

 ゴブリン戦役からのメンバーも減っていた。今から思えば、ファンクラブ組に情報を流していたのは辞めていった人達だったのだろう。ファンクラブ組と一緒に辞めた事で、妙に納得していた。


 シブヤからの7人に、ウヅキ、咲空、星奈の3人までは変わっていない。残った新参組は、エルンスト、名護っしゅ、大槻、サイ、静、まり、りえ、赤音、そー太、マコト、雷市、汰輔。これに朱雀を加えた13人、合計で23名。ゴブリン戦役組以外に残ったのは、朱雀のみ。彼はユフィリアが目的ではなかった唯一の人だった。

 数日で瞬間最大73名から、ちょうどマイナス50人という大激減が行われたことになる。入ってきた時もいきなりだったが、辞めていく時も同じぐらいスピーディだった。

 スピーディとはいっても、楽だったわけではない。当然のようにモメた。文句を言われ続け、ジンをどうにかしろと怒鳴ったり、怒ったり。机やイスを蹴り飛ばす程度のことは、むしろ軽い八つ当たりに分類された。


 『〈カトレヤ〉は戦闘ギルドである』……そう言わなければならないのに気が付いたまでは良かった。だが、完全に手遅れだった。エルンストやそー太に向かって言ってみたら『なんで今更?』という顔をされた。分かって無かったのは自分の方だけだったらしく、恥ずかしい気分にさせられていた。静や、まり&りえには、『やっぱがんばっちゃう感じですかー?』『了解です』『わっかりました!』と了承を貰っていた。なんだか、ノリが軽い。たぶん、どっちでも良かったのだろう。


 連日の騒動に業を煮やしたそー太が、正義感からかユフィリアに文句を言いに行った。至近距離で目を合わせたらしく、一昨日から部屋に閉じこもって出てこない。葵曰く「初恋奪っちゃった系っしょ」とのこと。……洒落になっていない。

 同時にいろいろなことがあちこちで起こるため、困り果ててジンになんとかしてくれるように何度も頼んではみたのだが、『俺は役得状態だし、別に困ってないぞぅ?』などと躱されるばかりだった。

 

葵:

「あっちゃー。……わかった、情報サンキュ!」


 念話を終えたらしい葵に何事かと視線で問いかける。半地下のオールドメンズ・ルームにはジンとユフィリアが居るので近寄れず、2階にある第2ラウンジになんとなくみんなで集まっている。人が減ってすっからかんになったので、妙に手持ち無沙汰になってしまったのだ。


葵:

「〈円卓会議〉の視察が入るみたいだにー」

静:

「えーっ!?」

エルンスト:

「辞めていった連中から、クレームが行ったか」

大槻:

「だろうな」

レイシン:

「どうなるのかな?」

葵:

「そーだねぇ。まずは状況の確認からっしょ。べっつに悪いことをしてる訳じゃないから、平気、平気~」


 〈円卓会議〉の関係者が来るというだけで、怒られるのではないかという気分になってしまう。静やりえが『どうしよ、どうしよ?』と慌てるのを抑えるためか、葵は気楽そうな声を出していた。

 落ち着いたところで、誰が来るか?という予想話に花が咲いた。誰に来て欲しいか?というミーハーなネタは盛り上がるものらしい。


静:

「シュウト隊長は誰がくると思いますか?」

シュウト:

「えーっと、視察だったら真面目で冷静な感じの人じゃないかな? アインスさんとかだと思うんだけど」

りえ:

「くっ、ありそう。でも、それだと面白くない!」

シュウト:

「いや、アインスさんも凄い人なんだけど……」

まり:

「サイは誰が希望?」

サイ:

「〈黒剣騎士団〉のアイザックさん。近くで見てみたい」

りえ:

「そっちかい! 全力でクラスティ様だから!」

静:

「ソウ様、絶対、ソウ様!」

雷市:

「普段は隊長隊長いってるくせに」

静:

「隊長は別格なの!」

赤音:

「ソウ様は?」

静:

「べ、別腹……?」


 その後、葵が『ダーリン愛』を高らかに謳い、レイシンに軽く流されていた。

 30分程してから視察がやってきたのだが、まさかの大本命に、女性陣はぴたりと口を開かなくなった。


咲空:

「お……」

ソウジロウ=セタ:

「お?」

咲空:

「おいでやす」

ソウジロウ=セタ:

「はい、おじゃましますね?」にっっこり

葵:

「咲空、緊張しすぎー。やーやー、お勤めご苦労さま! あたしが、〈カトレヤ〉のギルマス、葵だよん!」

ドルチェ:

「まぁ、ステキな噴水ね!」


 変な言葉を口走った咲空だったが、気にせず優しく接するソウジロウは、流石の好漢だった。それでも咲空は赤くなって、青くなって、泣きそうな顔をして、最終的に走り去った。星奈が後を追いかけていくのを見送る。後で慰めてあげなければと思う。

 葵が対応に出て、和やかなムードのなかで会談は行われた。近況を報告して、穏便に済ませようとしている。静たちは遠巻きに眺めているのみだ。話しかける勇気とかはないようなので、お客様に失礼にならないことに安堵する。


ソウジロウ=セタ:

「なるほどー、大変ですね」

葵:

「そうなのぉ」

ソウジロウ=セタ:

「大体わかりました。問題は、なさそうですね」

葵:

「お騒がせしちゃって、ごめんネ」

ソウジロウ=セタ:

「いえいえ。……それではそろそろ」

葵:

「なんのお構いもしませんで~」

ソウジロウ=セタ:

「…………ああ、そういえば、1つだけ。ユフィリアさんはどちらに?」

葵:

「えっ? ……えっと、どこだろ?」←目が泳ぐ

ソウジロウ=セタ:

「ボク、ユフィリアさんと、そちらのニキータさんとも知り合いなんです。久しぶりにユフィさんに会いたいなって。 ……ダメですか?」

葵:

「えっと、あはは……」


 意外に手強い交渉役だったらしい。この後で、結局、半地下に案内することになってしまった。ハーレムマスター、恐るべし。


ソウジロウ=セタ:

「こんにちは。お久しぶりですね」

シュウト:

「ええ。……あの、僕を覚えてるんですか?」

ソウジロウ=セタ:

「もちろんですよ。もう92になってるんですね?」

シュウト:

「お陰様で」

葵:

「知り合いなんだ? 〈シルバーソード〉時代?」

シュウト:

「いえ、この間、ちょっと居合いの練習を一緒に……」


 ちゃんと話したいのだが、受け答えがどうにも片言な感じになってしまう。有名人を前にしての強迫観念か何かだろうか?などど思っていた。


ソウジロウ=セタ:

「あの人はどうしてるんですか? たしか、ジンさん、だったかな?」

シュウト:

「今は、ユフィリアと一緒です」

葵:

「先にいっとくけど、くれぐれも、ここから覗くだけにしてね?」

ソウジロウ=セタ:

「警戒厳重ですね。一体、何故ですか?」

葵:

「下手すると、心を持ってかれるのよ」

ドルチェ:

「へぇ~、面白そうね♪」


 葵が内側を見ないように、そっと扉を開いた。僕も中は見ないように移動する。ユフィリアの影響力はおさまるどころか、日に日にそのパワーを増していた。10mの距離があったとしても、目が合えばどうなるか分からなくなっていた。


ソウジロウ=セタ:

「こ、これは?」

ドルチェ:

「うおおおおお! ソウちゃん、……ぐ・・、ソウジ! これ以上は見るんじゃねぇ!!」

ソウジロウ=セタ:

「ドルチェ!?」


 気力を振り絞るようにして、ドアを閉めたドルチェ。お姉口調の男性プレイヤーだったのが、口調からなにから、全てが『マッチョなお兄さん』になって見えた。


ドルチェ:

「まったく、とんでもねぇぜ。アレ以上見てたらヤバかったな!」

ソウジロウ=セタ:

「ドルチェ、口調が……」

ドルチェ:

「なんだ、ソウジ? 言いたいことがあるなら、ハッキリしやがれ。テメェ、それでも男か? あ?」

ソウジロウ=セタ:

「ご、ごめんなさい」

ドルチェ:

「フン。男がすぐに謝ってんじゃねー……って、あたし、今なんて? やだ~ん!」くねくね

ソウジロウ=セタ:

「良かった! ドルチェ、大丈夫かい?」

シュウト:

(本当に、『良かった』のかな?)


 事情を巧く説明したかったが、原因不明なので見せてしまうしかなかったのだ。まさか本当に『ウサギの肉を食べたから』ああなったとは思えない。システムのバグといった可能性だってないとは限らない。


ドルチェ:

「……これはもう局地的な災害ね。言うなれば、『美人災害』ってところかしら?」

ソウジロウ=セタ:

「あなた方は、これからどうするつもりですか?」

葵:

「どうもこうも、どうにかしたいとは思ってるんだけどねー」

ソウジロウ=セタ:

「……ああなっては、簡単に手が出せないでしょうしね」

ドルチェ:

「ちょっと待って。あの一緒にいた男の人は、どうして平気なの?」

ソウジロウ=セタ:

「ああ、それはボクも気になっていました」

葵:

「うーん。言っちゃえば、強力な精神系の魔法攻撃みたいなもんでしょ? だから、抵抗力がやたら高いだけっていうか~。ぶっちゃけ、もう惚れてるから効果がないだけじゃないかって思ってるんだけど(苦笑)」


 厳しい表情でしばらく考えていたソウジロウだったが、笑顔で理解を示してくれた。


ソウジロウ=セタ:

「……わかりました。この件は、ボクの預かりにします」

ドルチェ:

「ソウちゃん?!」

ソウジロウ=セタ:

「しばらく様子をみましょう。一応、ユフィリアさんには外出を避けてもらってください。何かあったら、先に連絡を貰えますか?」

葵:

「そうさせて貰うね」

ニキータ:

「ありがとうございます」ペコリ

ソウジロウ=セタ:

「ギルドメンバーがたくさん辞めていたのは、こうなると幸運でしたね」


 本当に幸運だったかもしれない。そう心の内で同意しかけたが、追い出したのはユフィリア自身でもある。何も考えていない様に見えたが、みんなを巻き込まないようにしていた、と解釈できることに気が付いてしまった。


ドルチェ:

「それで、本当にいいのね?」

ソウジロウ=セタ:

「うん。僕たちが手を貸すことで、解決できるならそうしたいけど、そうでもないみたいだからね」

葵:

「ありがと」

ソウジロウ=セタ:

「短い時間でしたが、ユフィリアさんもボクらと一緒に冒険した仲間ですからね!」


 玄関まで送って行き、『なるべく早い解決を、祈っています』と言葉をかけてもらった。どうしたものか分からないが、彼のためにも、なんとかしなければならないと思った。〈円卓会議〉からすれば、アキバの街から退去させる、といった判断を下さなければならないだろう。アキバの住民を守るためにしなければならない決断だってあるのだから。……ソウジロウが自分の預かりにしたということは、もしも問題が表沙汰になれば、隠すのに協力した彼の責任にもなる。

 何も、ソウジロウの迷惑になるようなことをせずとも、ユフィリアの状態がよくなるまで、シブヤのホームに戻っている、という道だってあるのだ。


シュウト:

「もしもし、シュウトです」

ジン:

『どうした?』

シュウト:

「後で、ご相談があるのですが」

ジン:

『後で? 今、言えよ』

シュウト:

「直接会って、お願いします」

ジン:

『はいほい。しばらくここにいるから、外から声を掛けろ』


 今回の増員ではまるでいいところがなかった。今度こそ、何かの役に立ちたい。解決の筋道を自分の手で掴みたかった。







ジン:

「……シュウトが話したいんだとさ」

ユフィリア:

「うんー」


 ――普段よりかなりボンヤリしているユフィリアだった。記憶の前後関係はハッキリしているが、反応は鈍く、ボーっとしていた。


ジン:

「たぶんさっき覗いてた連中のことだろう。葵のバカ、先に一言いえっつー」

ユフィリア:

「ごめんねぇ。私のせいだねー」

ジン:

「あんまり気にするな。何とかなる。いや、俺がどうにかしてみせる」

ユフィリア:

「ありがと、ジンさ……」


 ――ユフィリアの頬に手を添えると、そっと顔を寄せていくジン。それを制止するユフィリア。


ユフィリア:

「んー、これって何してるの?」

ジン:

「何って、チューだけど」

ユフィリア:

「私達って、チューとかする関係だっけ?」

ジン:

「そこはホラ、自然な流れってヤツで?」

ユフィリア:

「フフフ」

ジン:

「ハハハ」

ユフィリア:

「ジンさんって、人の弱みに付け込む人だよねー?」

ジン:

「得意技だな。弱点を狙うのは戦闘の基本。弱点狙っちゃうぞォ?って駆け引きするのは正攻法だよ。僕は弱点なんて狙いません!なんてしゃらくせぇ善人は、むしろその性格が弱点みたいなもんだ。ちゃーんと隠しておかないとな」

ユフィリア:

「ケダモノ?」

ジン:

「フッ、観察が足りてないぞ。野生動物は、普段はむしろ気高い姿をしているものなんだ。凶暴になるのは、怒ったり戦ったりする時だけさ」

ユフィリア:

「誤魔化してるよね?」

ジン:

「何を? 正々堂々、誤魔化すところのないチューだったろ?」

ユフィリア:

「……女の子にはもっと優しくしないと、愛想尽かされちゃうかも?」

ジン:

「そういうのは大概、優しさと弱さを混同してるからさ。女こそ、弱い男を一瞬で切り捨てるドライな生き物だろ。お前も、俺に負けをネダる気なら『相応の対価』が必要だと理解するべきだ。とびっきりロマンティクな対価が、必要さ」ニヤリ

ユフィリア:

「結局、チューしたいだけでしょ、えっち、ケダモノ」


 ――顔を近づけたジンの肩を、ゆっくりと突き放すユフィリアだった。


ジン:

「チューで男が得して、女が損するとか決め付けてないか? むしろチューして欲しい女の子は、世の中に大勢いるものだろ」

ユフィリア:

「好き同士ならそうかもねー。ジンさんに必要なのは、チューじゃなくて、謙虚さ、だよ?」

ジン:

「謙虚ねぇ。しかし、俺を尻にひきたかったら、まず嫁になってからにするべきだ。それが物事の道理ってものさ。そしたら、まぁ、喜んで尻にひかれてやってもいい」うんうん

ユフィリア:

「メチャクチャ~」

ジン:

「だが、WIN・WINだろ?」


 ――笑い顔は薄く、印象は弱いが、会話を楽しんでいる風のユフィリアだった。能力の影響から、表面的な人格にこうした影響も出ていた。


ユフィリア:

「ジンさん、ありがとね?」

ジン:

「何について?」

ユフィリア:

「私が落ち込むと、こうやって励ましてくれる」

ジン:

「まさか。罪悪感に付き合わされるのがメンドーなだけさ」

ユフィリア:

「罪悪感って、ダメ?」

ジン:

「それを謙虚さとは思わないな。この状況を打開しようと思うのなら、その責任があるとしたらだけど、沈んだ気持ちのままでいるのは非効率で不経済だ。罪悪感は一時的にせよ放棄して、ベストコンディションで臨むべきだ。大体、申し訳なく思う必要があるとは思えない」

ユフィリア:

「どうして?」

ジン:

「俺の仲間は、誰もお前に文句を言わないからだ。石丸がお前を悪く言うと思うか?」

ユフィリア:

「いしくんは、いしくんだよ」

ジン:

「ニキータだってそうさ。取り巻き軍団がいなくなった事にせいせいしてても、お前のことを悪く言うとは思えない。レイや葵は人間的温かみに欠けてるから『大変だねー』だろ。そんで終わったら『大変だったねー』だけで済ませるに決まってる」

ユフィリア:

「ウフフ、じゃあシュウトは?」

ジン:

「シュウトが一番ボンヤリしてるからな。何も考えてないっつーか。『良かったね。……それはともかく戦闘いこうよ』って感じだろ」

ユフィリア:

「そっか、じゃあ、ジンさんだけだ……」

ジン:

「俺は、今回の件で一番役得してんだろ? こんなカワイイ子を独り占めしてる」

ユフィリア:

「でもー」

ジン:

「でもじゃないよ」

ユフィリア:

「だけど」

ジン:

「だけどじゃないから」

ユフィリア:

「さっきは『面倒クセーなこいつ』って思ったんでしょ?」

ジン:

「いやいや、それは罪悪感の話だろ?『罪悪感』を感じるのは『真面目だから』って連想が間違ってから。『罪悪感』に逃げるのは『不誠実』だ。せめて終わるまで我慢しろって話じゃん」

ユフィリア:

「そうかなー? うーん、そうかも?」

ジン:

「ともかく今は、お前の能力をどうにか制御しなきゃならん」

ユフィリア:

「でも、どんどん強くなってるよ?」

ジン:

「いや、安定させるには強くした方がいい。弱くて不安定だと、制御なんてできないさ。その意味では、ここまでは巧くやっている」

ユフィリア:

「よかった。これからどうすればいいかな?」

ジン:

「イメージの問題もあるかもしれない。俺は能力と共存する意味で、制御って言葉が好きだから使ってる。しかし、コントロールは『支配』の意味合いが強いんだ。自分の能力をがっちり支配するって感じの方がいいかもしれんな」

ユフィリア:

「がっちり……?」

ジン:

「制御するつもりで、単に抑圧しているだけに見える。それと、なんか後ろ向き発言が多かったりするよな」

ユフィリア:

「そうかなー? そうかも?」

ジン:

「心のバランスの崩れは、能力に影響しているのか? いや、逆だな。能力が先、心が後……、前向き、後ろ向き、抑圧、後ろ向き。引いてダメなら、押してみるか?」

ユフィリア:

「?」

ジン:

「いや、問題は俺が負けた場合だ。あり得ないと思いたいが、言語を介すと自己洗脳の可能性が残るし。下手すると、酒飲んだ時よりも悲惨なことに成りかねないのな……」

ユフィリア:

「…………」

ジン:

「あのさー、失敗したらなんだけど、襲いかかってエッチしちゃってもいーい?」

ユフィリア:

「えーっ? ヤダぷー」

ジン:

「……なぁる。妊娠したかったのね。よぉし、今からぜっってー、はらましちゃる。世界を改変してでも俺のガキ産ませてやっから、覚悟しろ!」

ユフィリア:

「やー!だー! ごめんなさい!うそ!冗談!やーん、ジンさん許して~(笑)」


 ――手首を掴まれ、そのまま引きずられていく。ユフィリアが手に握ったソファごと軽々と出口まで引っ張っていくジン。ぼんやり口調のユフィリアだったが、ほんの少しだけ普段の調子に戻っていた。


ジン:

「笑ってんじゃねーか。ったく、余裕ありまくりだろ」

ユフィリア:

「それほどでも、あるかな?」

ジン:

「……緊張感のないやつ」

ユフィリア:

「照れますね」

ジン:

「褒めてねーっつー。っと」

ユフィリア:

「どこかいくの?」

ジン:

「ちょっとトイレだ。後でシュウトが来るっつーから、今の内にな」

ユフィリア:

「いってらっしゃい。早く戻ってきてね?」

ジン:

「行ってくるよ、ハニー。お出かけのチューは?」

ユフィリア:

「ないです」

ジン:

「ちぇっ」







シュウト:

「ジンさん、……ジンさん?」


 軽く扉を開けて、外から呼びかけるものの、反応がない。ためらうのだが、目を合わせないように足下を見ながら、室内へ入ってみた。


シュウト:

「ユフィリア、ジンさんは?」

ユフィリア:

「…………トイレ、だけど」


 ソファのところには、ユフィリアのものらしき足が見えるだけだった。返答するかどうかで戸惑ったようで、反応が遅い。


ユフィリア:

「入ったらダメだよ」

シュウト:

「えっ?」


 ユフィリアの言葉に驚く。入り口付近に留まって、中に入らないつもりでいたのに、いつの間にか室内へ踏み入っていた。


シュウト:

(なぜ、僕は歩いて入ったのだろう?)


 自分が止まろうとすると抵抗する感情が存在していた。


ユフィリア:

「ジンさんは居ないの、ダメだよ!」


 ユフィリアの声を聞くだけで、胸が燃えるようだった。理性は部屋の外に出ようとするが、足が止まらない。


シュウト:

(まずい、もっと彼女の声を聞いていたい……)


 心地よい声だった。聞き慣れているはずだが、どうして気が付かなかったのだろう。奇跡のような声だった。もっと何か言ってくれないものだろうか?と考えている自分がいる。

 ユフィリアがソファから立ち上がり、壁のところまで下がった。その機をとらえ、ドア側へ振り向くことに成功した。後は、このまま外に出るだけだった。


ユフィリア:

「そのまま外に出ていて。振り向いちゃ、ダメ」


 自分の心が分裂するような、不思議な感覚。イメージがゆっくりと振り返っているかと思えば、振り返っていたのは実体の側だった。


シュウト:

(これは、なんだ?)


 正直に言えば、自分だけは『こうはならない』と思っていた。意思の強さもそうだし、『内なるケモノ』との付き合いもあって、自分を(ぎょ)せるものだとばかり思っていた。

 甘かった。彼女の魅惑は、魔法的な力なのだろう。抵抗しようとする自分の意識そのものを覆してしまう。僕の意思は、その強さは、もはや逆に理性を邪魔するために存在していた。

 彼女の顔を見ようとして、頭を上げてしまう。目が、彼女を捉えていた。


シュウト:

(なんだ、これは……!?)


 ユフィリア以外の全てが、意識から遠ざかっていく。まるで『雪化粧』のように、目に映る全ての景色をリセットしてしまっていた。室内は凍り付いて真っ白に、否、色自体が白く消えていく。だんだんと自分の心が死んで、無感動になりつつある。こぼれていく何かの正体を考える。残った理性は危険だと告げていたが、感情はのろのろとして鈍い。全てがどうでもよかった。自分自身に大した価値を感じてはいないのだ。生きていたいという気持ちすら曖昧にぼやけてしまう。



シュウト:

(『氷の世界』……?)


 無意味、無価値の世界において、ただ一つの輝きであり、美であり、生命であり、『価値』。それが彼女だった。

 彼女は僕を見ていない。ただ、ジンが戻ってくるのを待っていた。失敗してしまった。どこをどう間違えたのかも定かではないが、自分が迂闊だったと悟る。

 

ユフィリア:

「シュウト、大丈夫?」


 緊迫感を伝えてくるユフィリアの声。その反面、内心の畏れや不安はだんだんと薄れていった。



シュウト:

(大丈夫、……なのか?)


 安堵で呼吸が楽になる。危機は去っていた。

 穏やかな気持ちで、ちょっと前まで感じていた危機感がもう良く分からないほどだった。


シュウト:

(なんだ、危険なんて無かったんだな)


 僕はにっこりと微笑み、彼女に笑いかけた。安心させてあげようとしてのことだ。


ユフィリア:

「シュウト? 平気なの?」

シュウト:

「うん。特に問題ないみたいだ」


 美しい人が不思議そうな顔をしている。その瞳は神秘的でもあった。

 世界は輝いていた。彼女が照らす世界は、どこもかしこもきらきらとしていて、あらゆる場所に生命が満ちて感じる。素晴らしい理想的な世界だった。全てが新鮮に感じられた。


シュウト:

(凄い、なんてことだ!)


 大発見だった。なんと、僕はこの『美しい人』と友達、否、知り合いなのだ。こんな素晴らしい人と同じギルドで、一緒に冒険したりしているだなんて! なんでこんな凄いことに気が付かなかったのだろう。うれしくて、うれしくて、仕方がなかった。自慢したかった。もしも必要なスキルがあれば、この美しい人をたたえる歌を作って、可能な限りの大きな声で歌い上げるだろう。僕は感謝の気持ちを伝えなければ、気がすまなくなっていた。


シュウト:

(そうだ、そうしよう!)

??:

「――ト、おい、シュウト! しっかりしろ!」


シュウト:

「えっ? ジン、さん?」


 肩を掴んで揺さぶられていた。目の前にはジンが立っていた。

 ジンの瞳の色が変わる。突風のようなものが自分を吹き抜けて行き、まとわりついていた『何か』が、吹き飛ばされたように感じた。


ジン:

「いいか、今、お前は何をしようとしていた? 正直に答えろ、これはとても重要なことだ。正直に、正確に答えろ!」

シュウト:

「はい。……えっと、今から屋上に行って、『僕はユフィリアの友人だ』って自慢しようとしてました。それと、彼女がどれだけ素晴らしいのか、みんなに教えなきゃと思って……」


 過去の記憶からは自分がおかしいことを言っていると分かる。しかし、現在の感情とはまるで矛盾していなかった。


ジン:

「お前……、いや、今はいい。それが本心なんだな?」

シュウト:

「はい。今なら、おかしいことだって理屈では分かります」

ユフィリア:

「シュウト、ごべんね……」


 ああ、この美しい人を泣かせてしまったと、悲しくなった。ユフィリアという名前で呼ぶのは失礼だろうと、一瞬前は本気で信じていたのだ。理想的な世界は閉ざされてしまった。少しばかりジンを恨みたい気持ちもあった。


ジン:

「不幸中の幸いだな。これなら勝負できる」

シュウト:

「ところでどうして僕は元に、……理性を保てているんでしょうか?」

ジン:

「俺の力が作用しているからだ。中心軸の周りに『中空』を多重形成して、外部からの影響をシャットアウトしている。原理的には真空断熱と同じだな。これは『天才の孤独』と呼ばれるものだと考えられる」

シュウト:

「孤独、ですか? ……でも、これって」


 外部刺激に対してフィルターがかかっているかのような状態だった。音は遠く、視覚的にもガラスで隔てられている感覚に似ている。空っぽの内側では、その深い静けさをジンと共有していた。孤独という言葉はしっくりくるのだが、同時に神としか思えないような、『何か大きな存在』も近くに感じられた。


ジン:

「そうだ。たぶん天才は、本当の意味では孤独にならないんだろう」


 星々の光が雨のように降り注ぐ。見えているわけではないから幻覚か錯覚だろう。しかし、ハッキリと感じられた。あまりにも爽やかで、自分の認識限界よりも遙かに高い場所に突き抜けている。いつまでもこうしてじっとしていたかったが、同時に活力が沸き上がり、うずうずと動き出したくて堪らない気持ちになる。深く、深く、深い静寂と、同時にどこまでも走っていけそうな程のエネルギー、パワー、運動性。心地よい矛盾。


シュウト:

「僕は、どうなった、いえ、これからどうなるんでしょう?」

ジン:

「俺が手を離せば、お前は自ら望んで元の状態に戻るだろう」

シュウト:

「どうすれば?」

ジン:

「どうにもならない。……だから、ここで終わらせるしかない」


 ユフィリアに目を向けると、半泣きの彼女に向かって荒々しい笑い顔で戦いを挑んでいた。


ジン:

「ユフィ、この場で決着を付けよう。全力で来い、俺と勝負だ!」


 ジンにぴたりと身を寄せると、腕を回して抱きつくユフィリア。その姿はまるで巨木に絡まる蔦のようでもあり、まるで樹木の妖精だった。

 これ以上ないほどの密着から、彼女は目に見える全てを凍らせ始めていた。


ジン:

「おい、価値自体が凍っていくだと? まさか、概念を凍らせてんのか!? スゲェ。……だが、俺を落とすには足りないな。もっとだ、もっと! 俺の全てを、お前のものにしてみせろ!」


 僕の肩を掴むジンの右腕分の距離しか離れていないところで、途轍もないレベルの戦いが行われていた。特等席にもほどがある。

 ユフィリアの体が、光ってはいないのに明らかに光り始める。意識による不可思議な現象だった。目には見えない光を、僕の目は捉えていた。目ではなく、認識上の光なのかもしれない。

 凍結と光とが途切れることなく、激しくジンを攻め立てていた。まるで話に聞く宇宙空間のような真空の層が、異次元空間のように世界を隔てているようだ。このフィルターの中にいるので、僕には何の影響もない。耳が聞こえ、目が見えているように、凍結と光とを感じるが、影響力自体は打ち消されて響かない。

 ユフィリアとの距離は密着によってゼロになっている。真空を貫通させようとするユフィリアと、どうってことなさそうな顔をしているジン。ヒヤりとしてしまうのは自分だけのようだ。

 これほどの近距離であるから、ジンが負ければ僕もただでは済まないだろう。しかし、もうタダでは済んでいないのだ。失うものはないと思い直す。


ジン:

「クックッ。どうした? キスしたそうな顔してるぞ? 体の内側から攻めたいんだったら、ベロチューしようか? ……なんだ、エネルギーが足りないのか? だったら」


 ユフィリアの尻に手を回して更に強く抱き寄せる。すると、一気にユフィリアの輝きが増していた。


シュウト:

(気を、流し込んでる……!?)


 ユフィリアの輝きは増して、どんどん大きくなっていく。正直、この人はバカなんじゃなかろうかと思った。同時に、真空中に降り注ぐ、星々の雨は、加速して光の尾を長く引いていた。上向きなのか、下向きなのか、未来へか、過去へか、怖いほどに加速していく。

 光と非実体的な冷気とが最高潮を迎えたところで、唐突に消えた。クタっと崩れるユフィリアを優しく抱き留めて、ジンは余裕綽々で勝利を収めていた。


ジン:

「さて、人事は尽くしたな。後は、天命を待つとしよう」

シュウト:

「お疲れさまでした」

ジン:

「お疲れ。お前の方はどうだ?」

シュウト:

「はい、なんとか大丈夫そうです」

ジン:

「……そうか。あんま、無理すんなよ?」


 ほんの数分程度の時間だったはずだが、10年に匹敵する経験を得た気がした。意識とは何か、時間とは?など、人生観、世界観に影響がありそうな出来事の連続だった。自分の目指す『強さ』をズルして垣間見てしまった気がした。なんとも凄まじいもののようだ。







ユフィリア:

「みなさん、このたびは、お騒がせしました!」

レイシン:

「大変だったねー」

ジン:

「な?」

ユフィリア:

「うん。みんな、ありがと!」


 クスっと笑ったユフィリアに、ジンが目配せしていた。

 ユフィリアの能力の暴走は抑制され、今までと変わらない状態に戻っていた。大体の説明を要求した葵に、ジンが話して聞かせることになった。


ジン:

「……そんな訳で、ユフィの魅力がどう作用するか確認したくても、方法が無かったわけだ。もしもフェロモンの延長なら、強制的に発情し、襲いかかっていたかもしれない。それはユフィリアからみれば自爆に近い能力ってことになる」

シュウト:

「わかります。僕は、なんというか、褒め称えようとしていました」

ジン:

「シュウトが巻き込まれたのはアレだが、助かった側面もあった。これで分かったのは、チヤホヤの延長だろうってことだ。チヤホヤもここまでくると神格化の領域だが、とりあえず自爆型じゃなかったから勝負に持ち込めたんだ」

ニキータ:

「本当に、ええ、本当に」

葵:

「なぜ、勝負しようとしたん?」

ジン:

「我慢とか抑制とか抑圧では根本的な解決にはならないからだな。全力を出させた方が良いと判断した。能力のバランスがとれないことで、性格にも影響が出てたからな。賭だったけど」

葵:

「無茶苦茶するねぇ」

ジン:

「なんとかなったろ? ……こいつの能力は、言ってしまえば、究極のチヤホヤされたがりってことだ。『冷たい』が『綺麗』に、『温かい』が『可愛い』に対応している。撒き餌のように周囲に魅力を放ち、カモをおびき寄せ、チヤホヤのエネルギーを吸収する。そのエネルギーでまた自分を輝かせて、カモをおびき寄せる。この繰り返しだな。それだけなら負けてもどうってことない」

ユフィリア:

「うーっ、別にチヤホヤしてほしいと思ってないもん!」

ジン:

「本能レベルではそうでもないらしいぞぉ?」

ユフィリア:

「ジンさんの意地悪!」

石丸:

「興味深い現象っスね。魔法に応用は可能っスか?」

シュウト:

「僕には世界が凍り付いて見えました」

ジン:

「だが、単なる凍結能力じゃない。そもそも、魔力なしで周囲の温度を下げたり、原子運動を停止させられる訳がない。あの時に停止させていたのは、実体じゃなかった。精神や意識、概念だ」

シュウト:

「概念を凍結する能力……?」

ジン:

「光っていた方は、エネルギー操作を司っている様な感じだな。謎は多いが、その内に分かってくるだろう。ユフィだけの独特な能力だろうし、応用は難しいかな」

石丸:

「そうっスか」

葵:

「お約束だし、能力に名前を付けてあげないとね」

ユフィリア:

「何がいいかな?」

ジン:

「見たまま命名するなら、『春の女神』と『氷の女王』ってとこだな」

葵:

「同時に使われる2種類の能力なら、『デュアルスキル』ってヤツ?」

ジン:

「だな。破格に強力な能力の気もするが、チヤホヤ特化だし、あんまり応用が利かない気もする。様子を見ながら、ちょぼちょぼ使っていくしかないな」

ユフィリア:

「そっかー。うーん」

シュウト:

「そもそも、どうしてそんな強烈な能力が? 生まれの素質だけじゃ説明できないと思うんですけども」

葵:

「そんなの簡単じゃん。元凶はジンぷーだよ」

ニキータ:

「えっ?」

ユフィリア:

「そうなの?」

ジン:

「……ああ、まぁ、たぶん?」

シュウト:

「ちょっ、どういうことですか!?」

葵:

「異常な力を引き起こすには、異常な能力の持ち主が近くにいなきゃ」

ジン:

「異常異常うるせぇ。あー、俺は気も使っているわけだが、厳密には意識の使い手だ。『意 至る 気』の理屈から、意識の周辺には気が自動的に集まってくる。意識構造の規模が高まれば、当然、気の規模も高まる仕組みだ。……何が言いたいかというと、ダダ漏れの垂れ流し状態なんだわ」

ニキータ:

「えっ?」

シュウト:

「なんで、ですか?」

ジン:

「なんでと言われても。俺も、勿体ないなーとは思うよ? 思うから〈竜破斬〉とかで使ってるわけだし。でもな、膨大すぎて使い切れないんだって。気なんてさぁ、どこからともなく無限に集まってきて、ただ体を通過していくだけのモンなんすよ。丹田なんかは、ごく短い時間 溜めておくだけの場所でしかないわけで」

ニキータ:

「じゃあ、ユフィはそのダダ漏れを?」

葵:

「そういうことだろうね」

ジン:

「気のオーダー(単位や桁)で考えても、鍛えてない連中の1万倍とか、10万倍とかは軽くあるはずだからなー。気は特殊で、ポンと飛躍しやすいから、気が10万倍あっても、強さが10万倍とはならないんだがな」

葵:

「つまり、ダダ漏れだとは言っても、取り巻き君たち全員を集めたってジンぷー1人の気の量に及ばないわけだ?」

シュウト:

「下手すれば、アキバの全員と比較しても、ってことですよね」

ジン:

「……さて、今日はさすがの僕ちんも疲れたビーなので、そろそろ休もっかな?」


 形勢が逆転し、都合が悪くなったので逃げの体勢に入るジン。


葵:

「逃げんなコラ!」

ジン:

「お疲れチャーソ。ばっははーい!」すささっ

レイシン:

「はっはっは」

ニキータ:

「全部、ジンさんのせいだったのね……」

ユフィリア:

「うーうん。私の責任だから。今回は本当にごめんなさいでした(ぺこり) ジンさんにも感謝してもしきれない」

葵:

「いいの、いいの。ジンぷーが言わないから、あたしが代わりに言おう。みんな、ありがとうね」

レイシン:

「うん。本当にね」

石丸:

「……」

シュウト:

「えっと……?」

ユフィリア:

「?」

ニキータ:

「それは、どういう意味でしょう?」

葵:

「ジンぷーが異常なほど強いって分かっても、みんな受け入れてくれたじゃない? その事を、どれだけ感謝していることか。今回はたまたまユフィちゃんの番だったけど、先に受け入れてもらったジンぷーにすれば、迷惑だとか、裏切るだなんて、あり得なかったんだよ」

シュウト:

「だから……」


 何度かユフィリアを説得してもらおうとジンに話をしたが、まるで取り合って貰えなかったのだ。それは、こういうことだったのだろう。







 自室に戻ると、ベッドに腰掛ける。そのまま枕めがけて、横向きに倒れ込んだ。目算の通りの位置に落下。ストライク。


シュウト:

「はぁ……」


 まだ様子見はしなければならないが、ユフィリアはもう大丈夫だろう。結果的には、ほぼ最小の犠牲者数で済んだことになる。そー太は可哀想だったが、他人の心配をしていられる立場でもない。


シュウト:

「ユフィリア」


 室内には自分の他には誰もいないし、誰かが聞いているわけでもない。それでも、その名前を呼ぶのには勇気が必要だった。勇気が必要なほど、緊張し、畏れてもいた。口にした柔らかな響きは、背徳の感覚に結びついて僕の心を縛り付けている。心の深い部分が、凍り付いたように痺れていた。間違っていることは分かっている。自分が彼女に相手をされないであろうことも、分かっている。分かっていて、どうにも出来なかった。


シュウト:

(どこで間違えたんだろう……)



 こうして、僕の長い苦しみは始まった。

 


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