109 そー太の参入
――三日月同盟を訪ねていたルカが挨拶していた。
ルカ:
「初めまして。〈グランデール〉のルカといいます。当方のギルドマスターから書類をお届けにあがりました」
ヘンリエッタ:
「お預かりしますわ」
マリエール:
「ちょぉ、待ってて。直ぐにめぇ通してまうから。そや! うっとこの料理人が作ったドーナツがあったやろ」
アシュリン:
「すぐお持ちしまーす」
ルカ:
「いえ、お構いなく……」
ヘンリエッタ:
「そう言わず、ささ、どうぞどうぞ」
――促され、席に座らされるルカだった。内心では『面倒だな』と思っていたが、顔に出すことは一切ない。
マリエール:
「ルカちゃんかー、可愛いなー」
ヘンリエッタ:
「本当ですわっ」
――ヘンリエッタの光るメガネの内に、何やらおぞましいものを感じるルカ。だがタイミングよく飲み物とドーナツが届けられ、危機は去っていった。
マリエール:
「どや、おいひいやろ?」
ルカ:
「はい。……とても」
――おべっかを使う必要はなく、ルカにとってもここのドーナツは美味しかったようだ。外側はカリッと歯ごたえがよく、内側はパサパサし過ぎない程度にふっくらしている。甘めだが品は落ちていない。
穏やかな空気が流れ、窓の外から小鳥のささやきが聞こえてくる。ルカはお茶に口を付け、口の中に残ったわずかな粉っぽさを飲み下した。
ヘンリエッタ:
「もう、秋ですわねぇ」
マリエール:
「秋と言えば、食欲の秋やな!」
ヘンリエッタ:
「秋といえば、読書の秋ですわ」
マリエール:
「ルカちゃんはどや? 秋がすき?」
――この時、ルカの脳裏にひらめいたことがあった。彼女は試してみようと考える。
ルカ:
「私も秋は嫌いではありません。この時期は、本当なら文化祭の準備に追われているはずでした。だから私にとっては、文化祭の秋、ということになると思います」←知略
マリエール:
「ルカちゃんは学生さんかー。文化祭かぁ、 懐かしいわぁ~」←28歳家事手伝い
ヘンリエッタ:
「そうですわねぇ」
マリエール:
「そやっ! ウチらもやれへんかな、文化祭!」
ヘンリエッタ:
「……ちょっ、マリエ?」
ルカ:
「アキバで、ですか? でも、そうなったら、きっと楽しいでしょうね」←策士
マリエール:
「そうやろ、そうやろ!?」
ヘンリエッタ:
「貴方、本気ですの?」
マリエール:
「やりたいやん? だってお祭りやりたいやん!?」
ルカ:
「でも、本当にやろうと思ったら、大変なんじゃありませんか?」←知将
マリエール:
「こういうことは得意や! うちにまかしとき!」
――『やりたい!やりたい!』と暴れるマリエールに、ヘンリエッタが折れて決着するという、いつも通りの風景、というやつだ。
ルカ:
「それでは、これで失礼します」
マリエール:
「ほな、またな!」
ルカ:
「はい。お祭り楽しみにしていますね。手伝えることがあれば、何でもおっしゃってください」←猫かぶり
ヘンリエッタ:
「貴方、もしかして……」
ルカ:
「なんでしょうか?(にこっ)」←女優
ヘンリエッタ:
「いえ、何でもありません。きっと気のせいですわね」オホホ
ルカ:
「?」
――三日月同盟を後にするルカであった。ヘンリエッタは何か感づいたかもしれないが、ここまでくれば関係ないだろうと思っていた。
ルカ:
(説得する必要はありませんでしたね。なにしろ……)
――マリエール自身が一番乗り気であった。
◆
――けなげに働いている星奈が微笑ましく、声を掛けて手伝おうとしたニキータだったが、割り込むように先に話しかける者達がいた。
イディウス:
「おい、ちびすけ」
星奈:
「なんでしょーか」
ナミキックス:
「わりーんだけどさー、オレらの服もあらっといてくんねぇ?」
魔法の鞄から大量の汚れ物を取り出し、星奈に押しつけている。
それを見てカチンと来た。どこまで甘ったれているのだろう。
ニキータ:
「ちょっと、貴方達!」
イディウス:
「……なんすか?」
ニキータ:
「自分の服でしょう? 自分たちで洗いなさい!」
ナミキックス:
「あ、そうなんすか? こっちはてっきり」
ニキータ:
「てっきり、何?」
ナミキックス:
「そういうの、全部やってくれるって聞いてたんで……」
ニキータ:
「私たちの誰も、そんな風に説明していないはずよ」
ナミキックス:
「やだなぁ、怒んないでくださいよ。ちょっとした勘違い?とかって奴じゃないですか」
へらへらと笑って躱そうとする相手に、苛立ちが溢れそうになる。
イディウス:
「つーか、メイド服着せてたら誤解すんに決まってんだろうが」ぼそっ
小声で聞こえないようにつぶやいたつもりかもしれないが、生憎とこちらは〈吟遊詩人〉の耳である。聞き漏らすことはなかった。
ユフィリア:
「ニナ、どうしたの……?」
タイミングが良いのか悪いのか、ユフィリアが現れ、2人の眼光は逆に鋭くなっていた。こちらが彼女に言いつけるかどうかが心配なのだろう。
ニキータ:
「いいえ、大丈夫よ。何も問題はないわ」ニッコリ
ユフィリア:
「そう……」
言外に『問題がある』と分かるように、強く否定する。ユフィリアにも当然、わかったようだ。舌打ちしそうな顔で2人はその場を立ち去った。
ニキータ:
「大丈夫? ごめんなさいね」
星奈:
「……だいじょーぶです。まだ働けますっ!」
星奈は何故か燃えていた。心配させまいとする気丈さだろうと思い直す。どうしたものかと思う。どうにかしなければならない。
ユフィリア:
「ニナ……」
ニキータ:
「心配いらないわ」
◆
咲空:
「集まってますね」
シュウト:
「30人ぐらいか……」
窓から外を見て、集まっている人数におののく。昨日は、先に入っていた人が、「友人だけでも入れてほしい」と言ったのを断り切れず、ズルズルと中に入れることになってしまっていた。今日は30人も来ている。これまでで最大の人数だった。
静:
「隊長!」
小走りで駆け寄って来た静が、わざわざ体をくっつけて同じ窓から外をのぞき見た。
静:
「そー太が、今頃『帰って来た』って連絡して来ました」
まりとりえもやってきて、隣の窓から外をみている。
りえ:
「うわっ、また人がいっぱいだ~」
まり:
「そー太ってまだなの?」
シュウト:
「あれかな?」
銀葉の大樹の方に、うろうろとしている4人組を見つけた。
住所・地番の整理がされていないことと、たとえ整理されていたとしても、住所が分かる地図と組み合わせなければ意味がないため、適当な目安から大雑把な位置を伝えることしかできない。待ち合わせの場所を指定して迎えにいけばいいのだろうが、銀葉の大樹は目の前なのでビルから出るのが、つい、億劫になっている部分はあるかもしれない。
静:
「そー、たぁ~!!」
窓から身を乗り出し、ブンブンと手を振る静が、窓から落ちないように支えておいた。
◇
そー太:
「シュウト隊長、ひさしぶりっ!」
シュウト:
「やぁ、元気にしてたかい? 遠征はどうだった?」
マコト、雷市、汰輔にもねぎらいの言葉をかけておく。
そー太:
「それが、なんの役にも立てなかったよ(苦笑) ただススキノまで、歩いて往復してきただけだった」
シュウト:
「……そうか」
マコト:
「〈D.D.D〉は、本当に、凄かったです」
汰輔:
「な?」
雷市:
「ああ」
旅の経験は、決して無駄では無かったのだろう。本人達に思うところがあれば、それでいいと思う。慰めの言葉は間違っていると思い直し、「お疲れさま」とだけ言っておいた。
シュウト:
「もうすぐ夕飯だから、その後で風呂に入るといい。まず部屋を決めちゃわないとだね。他の人たちと一緒に2階で待機しててくれ」
そー太:
「わかりました!」
りえ:
「おーっす。おまえら元気にしてたかー?」
まり:
「ススキノ、どうだった?」
そー太達と一緒に入ってしまった35人を合計すると、2人やめたので総計で76人。無謀とも思える人数増に頭を悩ませつつ、そー太達の加入で更に騒がしくなりそうだと考えていた。
◆
ユフィリア:
「お料理、運ぶの手伝ってくるね?」
ニキータ:
「それなら私も」
ユフィリア:
「ニナは座ってて」にこっ
少し早く来たのか、シュウト達はまだテーブルについていない。シブヤのホームであれば、だいたい座る場所が決まっていたが、ジンや葵の座る位置には、ユフィリアの取り巻きが居座っていた。座る場所のルールなんて暗黙の了解で決まっていたものだから、怒っても仕方ないものだし、怒れるものではない。つまり、上座を譲るといった礼儀など持ち合わせがないのだが、ユフィリアの近くに座ること以外はどうだっていいのだろう。
近くに座っている男達が、クタっとなる。ユフィリアが居なくなって、力が抜けたのだろう。私と仲良くなり、仲介させてユフィリアに取り入ろうとするタイプもいるため、こうして黙っててくれるのはありがたい。
ニキータ:
(席の確保が優先か。ハズレの席の人がユフィを手伝って、料理を運んでいる……)
意地悪して、給仕を手伝ってやろうかと思った。私は『ユフィがここに戻ってくる』という保証なのだ。だから、彼らは『ユフィと一緒に食事する権利』を護るために動かない。だったら、私が動いてしまえばどうなるか。また下らないイス取り合戦が再開されるに違いない。
ニキータ:
(まるで、磁石と砂鉄ね……)
ユフィリアが磁石だとすると、彼女の魅力に引きつけられる砂鉄みたいな関係だった。彼女が近づけば動きだし、離れれば動かなくなる。人間はどこまでも『ミクロ的な存在』でしかないはずなのに、なぜかマクロ的な動き方にをしているように見えた。
観察対象としては興味深くも思うが、人間としては薄気味悪い。理性の存在が疑わしくなってくる。たとえば、磁性体としての素質が高いから、彼らは自動的に彼女の側に居ようとしている、みたいに見える。……だとしたら、彼らは本当には被害者なのだろうか?
ニキータ:
(ユフィが加害者って線はナシよね。彼らにだって『選ぶ権利』はあるはずだもの)
ジン達と一緒にシュウトもやってきた。こちらを向いた時に、ジンに軽く会釈してみる。ニヤっと笑って手で合図を返してくる。……苦労していることが分かっているのなら、助けてくれてもいいのに、と思う。
ジン:
「おい、俺のは大盛りだからな」
ユフィリア:
「足りなくなっちゃうかもしれないから、我慢して?」
ジン:
「ふざけんな! 今すぐ5、6人追い出せ!」
ユフィリア:
「もう、すぐそーいうこと言っちゃダメ! 私のからあげ1個あげるから!」
5、6人追い出せ!には賛成だが、5、6人分の料理を食べるつもり?という心のツッコミが入った。
ジン:
「フン。からあげ1個で俺を懐柔できると思うなよ?」
レイシン:
「……はい、大盛りお待ちどうさま」
ジン:
「やっぱレイは流石だわ。分かってるねぇ~、オトナだねぇ~。それに比べて、この『おこちゃま』っぷりと来たら」
ユフィリア:
「ジンさんだって『おこちゃま』でしょ!」
葵:
「ちげぇねぇ!」(大爆笑)
奥の料理室で、たぶん見たこともないほど大量の『からあげ』を揚げているであろうレイシンが、ジンの分を大盛りにして出していた。ジン達はさっさと空いてる席に座っていた。ジンの近くに座ろうとしたシュウトは、隊長と呼んで慕う子達にひっぱって行かれる。
温かい内に、ということで、料理が運ばれたところから食事が始まる。ユフィリアを待っているため、順番は一番最後になりそうだった。
ぷりぷりと可愛く怒ったユフィリアが戻ってきた。約束でからあげを1つジンに差し出すことになったらしい。
クライムウォール:
「本当に酷いな。俺の分で良ければ1つどうぞ?」
鬼夜目:
「いや、オレのをあげるって」
ユフィリア:
「ううん、別に大丈夫だから……」
ゴテ半田:
「遠慮しないで」
いつもの調子でジンに対して怒ってみせたため、周囲の男達に良い格好をさせるチャンスを与えてしまったようだ。あっと言う間にユフィリアの皿には大量のからあげが乗っかることに。
ユフィリア:
「嬉しいけど、こんなに食べられないよー!」(半泣き)
ニキータ:
(……こういうのも自業自得っていうのかしら?)
呆れる他にない。
しかし、呆れるような状況はこれで終わらなかった。酒を取り出して、食事中に『飲み』が始まってしまったのだ。食料保存室ゾーンへの立ち入りは不許可にしているので、自分たちで買って持ち込んだものだろう。だが、お酒は現在〈カトレヤ〉最大のタブーなのだ。ユフィリアも「食事が終わってからにしよ?」と呼びかけていたが、彼女から席が遠いプレイヤー達が飲み続けたため、なし崩しに飲み会になってしまった。人数が多すぎたことも要因として大きい。
食事を始めたのが早かったジン達はさっさと食べ終えたようで、半狂乱の集団を横目に半地下へと戻っていった。ジン達の視線がなくなったためか、ユフィリアも付き合いで少し飲んでいたが、楽しいお酒とはとても言えなかった。私にはハッキリと苦痛だったが、ユフィリアが居る限り、この場を離れるつもりはない。
◆
翌日の朝練は更に大変だった。ジンの教える訓練を施すのを諦めたらしいシュウトは、通常の連携訓練を行うために『班分け』をしようとしていた。パーティを組まなければ、連携の訓練はできないからだろう。
しかし、これが逆効果だった。ゴネ始めてしまってたのだ。まず勢力が大きく2つに分かれている。サカイを中心とした初日&2日目グループと、昨日入ってきたばかりの3日目グループである。シュウト部隊の仲間達はあまり不満も無いようで、大人しく傍観している。サカイを中心としたグループは、シュウト部隊のメンバーが除外されるため、昨日入って来たグループのよりも規模が小さい。サカイ達が先に入ったことで優先権があるように振る舞っているせいもあって、早くも新人の間で不和や不満が生まれていた。……言ってしまえば、どちらもユフィリアの近くに居たいだけなのだだ。1人の女性を巡る戦いなのだから、闘争・競争は必然かもしれない。
そー太:
「おまえら、大人げない文句ばっかりいってんじゃねーよ! 訓練にならないじゃないか!」
正義感からか、そー太という名の青年が批判していた。これにまともに反論できず、グズグズとした愚痴が始まる。班分けで形が決まってしまうと、そこで有利・不利が決定してしまうからだろう。連携訓練をする目的だから、班をしょっちゅう変えていたら意味がない。つまり、ユフィリアと同じ班にならなければ意味がないのだ。シュウトが決めてきた班分けになんだかんだと文句を言っては、『自分たちで決めさせてほしい』とか『実力がバラバラでは連携は成立しない』だのと、好き放題に言い合って先に進まない。否、先に進ませないこと自体が目的だろう。
気が付くと、いがみ合いが始まっていた。ちょっとしたことで口論になったようで、胸ぐらを掴んで一触即発の事態に。サカイ派閥の雹と、入ったばかりのレイジ。アキバの外のゾーンに来ていたため、このままだと訓練ではなく、本当の戦闘になりかねない。
ユフィリア:
「やめて! ケンカしちゃダメー!」
クレイマークレイマーがその名前とは違って、仲裁しようとしている。派閥ができたためか、それぞれが役割を持ち始めていた。仲裁役の他にも数名だが派閥に属さない傍観者もいる。
アーキ職が同じなら、戦って決着を付けさせる手も使えるのだろうが、片方が魔法職ではそうも行かない。シュウトがどうにか間に入って、つかみ合いを止めていた。結果的に、いがみ合いが表面化し、朝の訓練はできないまま終わった。
ニキータ:
「ユフィの責任じゃない。でしょう?」
ユフィリア:
「でも……」
悲しそうな顔をしている彼女を慰めておく。そろそろ助け船がほしい頃合いだった。
ニキータ:
(ジンさんは、どうして放っておくのだろう?)
シュウトもがんばっているけれど、このままではどうにもならないような気がしていた。『ジンならどうにかしてくれる』というアイデアは、どこかしら甘美なところがあって、ついつい『全部ジンが悪い』と思って終わりにしてしまいそうになる。
◆
エルンスト:
「ともかく、何か手伝えることがあれば言ってくれ」
シュウト:
「すみません、ありがとうございます」
気を配ってくれたエルンストにお礼を言う。良識のある年輩の人ほどありがたい存在はないと思う。
シュウト:
(疲れた……)
体は元気なハズだったが、精神的に参ってきた。みんなユフィリアに関すること以外は、自発的に行動しようとしない。戦闘訓練は壊滅的な状況でもあったし、何より自分の練習が邪魔されていて話にならない。ウヅキの言っていたように、全員を追い出してしまうべきか?と本気で検討しそうになっている。
シュウト:
(……ジンさんは、どうして欲しいんだろう?)
何度考えても、今回は答えが出なかった。何も考えていないか、どちらでもいいと思っているのではないか?という疑念が拭えない。
今朝、さつき嬢に念話した時に相談してみたが、笑われてしまった。『厳しくすると、誰もついてこなくなるぞ』というアドバイスを貰った。あまりにも彼女らしいコメントで、ミナミへ出かけた頃を懐かしく思い出した。ジンがミニマップで朝練しているさつき嬢を見つけて、一緒に練習したのだった。あの時、さつき嬢は寂しそうにしていた。
ジンの声の記憶:
『ボクちん、独り寂しく朝練する美少女をほっとくほど悪党でもなければフニャチンでもなくてよ?』
シュウト:
(すみません。ただのスケベ心だとばかり……)
スケベ心だとばかり思っていたが、趣味と実益の両立だったらしい。
しかし今回の件は、どうすればいいのか分からないままだ。
そー太:
「シュウト隊長!」
シュウト:
「ああ、どうかした?」
そー太:
「仮入部じゃなくて、ちゃんとギルドメンバーにしてよ」
シュウト:
「いや、でも試験期間でもあるわけで」
そー太:
「オレ、がんばります!」
シュウト:
「そう言われても……」
何度も断ったのだが、しつこいと感じるほどの熱意で迫られ、精神的に参っていたのか、面倒さに負けた。ユフィリア目当ての人たちに見つかるとややこしいことになりそうだったので、取りあえず黙らせたかったのも大きい。仕方なく、先にギルド会館に連れて行くことにした。静、サイ、まり、りえの5人は、どうしても〈カトレヤ〉のメンバーになると言って聞かなかった。(サイは大人しかったが、静がその分だけ騒がしくしていた)
ギルド会館でギルド入会の手続きを行う。他の人たちに見つかるとややこしい話になりそうで、頭が痛かった。いや、ユフィリア以外に興味などなさそうな人達なのだから、気が付かない可能性はあるかもしれない。
ギルドに入会させて、ギルドホームへと戻ってきた。
そー太:
「隊長、なんか仕事ありませんか、仕事!」
シュウト:
「仕事? ……いや、特には」
そー太:
「オレ、何でもやります!」
シュウト:
「だから、そう言われても……」
完全に押されていた。遠征から戻ってから妙にやる気が溢れているようだ。流石は〈D.D.D〉である。新人の研修などお手の物ということかもしれない。他の連中もついでに新人研修してくれないものか?と半ば本気で考えてしまう。そー太の半分もやる気があれば、ギルド運営だってきっと上手くいくに違いない。
シュウト:
「ええっと、それじゃあ掃除してもらってもいいかな?」
そー太:
「何でもやります!」
ユフィリアが拘束され、咲空も星奈も忙殺されている。人数も増えたことでビルの掃除が滞っていた。別に少しぐらいやらなくてもどうってことはないのだが、ユフィリアがいつも綺麗にしていたためか、妙に汚れが目立つ気がする。『綺麗』を当たり前の習慣にしてしまうと、ズボラな自分であってさえ、掃除した方がいいような気になるものらしい。
そー太:
「よーし、やるぞぉ!」
シュウト:
「掃除道具は半地下に置いてある。廊下だけ軽くやっといてくれればいいから」
そー太:
「わっかりました!」びしっ
◇
そー太:
「掃除用具はここかな?」
――倉庫メインの半地下に降りていくそー太は、掃除用具を無事に発見した。興味本位であちこちの部屋に入ろうと試してみるのだが、『入室禁止』となっている。もうギルドメンバーなので、入れないのは少し悔し気分もあるようだ。
そー太:
「おっ、ここだけ入れるんだな」
――おっかなびっくり入室するそー太。(ここは何の部屋だ?)と考えつつ、そー太は整えられた室内を探検する。半地下の部屋はジン達のたまり場であり、換言すれば『第1ラウンジ』である。普段使っている部屋だけあって、それなりにお金もかかっていて、キチンとしていた。
そー太:
(誰か、いる)
――ソファには、ジンが静かに寝ていた。このところ半地下の部屋に入り浸って訓練に励んでいるのだ。精霊力が高いビルでもあって、休憩が必要になる頻度は下がっている。つまり、昼寝シーンにお目に掛かる可能性は低くなっていたのだが、ちょうど眠ったばかりのタイミングだった。
そー太:
「誰なんだ……?」
――そー太はジンの存在を認識していない。自然と脳内メニューから相手のステータスを見ていた。〈守護戦士〉であることや、名前、レベルなどを見て、最後にギルド無所属なのを確認した。
そのとき、そー太に向けた念話が掛かってきた。
そー太:
「どうかしたか? ……うん、……うん、…………わかった。オレも行くよ!」
――そー太に掛かってきた念話は、仲間たちが出かけるというものだ。立ち去ろうとしたところで、手に持っていた掃除道具が邪魔なことに気が付く。
そー太:
(あっ、そうだった。隊長に仕事もらったんだっけ)
――どうしようかとしばし悩み、大人しい寝息を立てているジンをみて、閃いていた。本人的には『オレってあったまいい!』と思っている。
そー太:
「おい、起きろ。起きろよ!」
ジン:
「……あー、なんだ?」
そー太:
「おまえ、なんでこんなとこで寝てんだよ。客なのか?」
ジン:
「……いや、違う」
そー太:
「じゃあ、昼間っから寝てんなよ。ん!」
――ん、と掃除用具を差し出す。半分寝ぼけていたジンは意味を捉えそこねていた。
ジン:
「なんだこれ……?」ぼーっ
そー太:
「ほら、これももって。掃除だよ、掃除。暇だから昼寝してんだろ? 廊下掃除、代わりにやっといてくれよ」
ジン:
「へ……?」
そー太:
「オレ、ちょっと用事できちゃったんだ。頼んだぞ、廊下掃除」
ジン:
「あー……」
――頭をポリポリかくと、手に持たされた掃除用具を見つめるジンだった。
◆
咲空:
「シュウトさん」
シュウト:
「ご苦労様。忙しくて大変だね(苦笑)」
咲空:
「いえ、大丈夫です」
気丈にも微笑む咲空に、申し訳なく思う。
咲空:
「それより、さっきからずっとジンさんが、お掃除しているんです」
シュウト:
「掃除? なんでジンさんが……」
慌てて飛んでいくと、掃除を終えて満足そうなジンがいた。
ジン:
「よう、どうした? んな慌てて」
シュウト:
「いえ、ジンさんが掃除したんですか?」
ジン:
「そうだ。けっこうキレイになったろ」←得意気
シュウト:
「はい。いえ、その、どうしてジンさんが?」
ジン:
「んー、なんか寝てたらモップとか渡されて、『掃除しとけ』って」
顔面から血の気が引いていく。そー太に任せたはずの仕事を、どうしてジンがやっているのか。理由がまるで想像できない。結果的に自分がやらせたことになるのだった。
シュウト:
「も、申し訳ございません」
ジン:
「まぁ、気にすんなって。……ここんトコ、ユフィに甘えてたからな」
どうやら怒ってはいなかったらしいのだが、申し訳なさがこっちの怒りに火を付けていた。ジンのところを辞すと、早歩きでその場から離れつつ、念話を掛ける。
シュウト:
「僕だ。そー太、今どこにいる?」
そー太:
『ちょうど戻ってきたトコなんで、2階にいます』
ダッシュで2階に移動。
シュウト:
「そー太、任せた仕事はどうしたんだ!?」
そー太:
「あー、すいません。ちょっと用事ができたんで、暇そうな人に変わって貰いました」
シュウト:
(代わってもらったんじゃなくて、押しつけたんだろ!)
仕事が終われば、誰がやってもいいという話ではない。受け持った仕事に対して、その本人が責任を持つべきだ。……そうした苛立ちを叩きつけるべく口を開こうとした時、目の前に袋が差し出された。
そー太:
「それよか隊長、これ」
シュウト:
「これが、なに?」
イライラしながらも、にこにこしているそー太が自慢げに持っていた袋をあける。中には、大量の金貨が入っていた。想像を超えた代物に、怒りを忘れて戸惑う。たくさんのお金は、びっくりさせる効果が高いらしい。
シュウト:
「ちょっ、どうしたんだ、これ?」
そー太:
「へへっ。要らないモン売って、稼いできた」
シュウト:
「要らないもの?」
そー太:
「そ、ギルド共用倉庫にあった、EXPポッドを100個ばかし。こないだの遠征で知り合った人が、どうしても欲しいって言ってたからさー」
シュウト:
「それで、……売っちゃったの?」
そー太:
「ああ、金貨5万枚になったんだぜ! 凄いだろ!」
葵:
「なに、それ……? あたしの3ヶ月が、金貨5万枚ってこと?」
極めつけにタイミングの悪いことに、葵が後ろに立ってこちらの話を聞いていた。何をどうすればいいのか、頭が真っ白になりそうだった。ドラゴンと戦って腕をもがれた方が何倍かマシな状況だった。
そー太:
「イヤだなぁ、あんなの初心者向けのサービスアイテムだろ?」
動揺するこちらの雰囲気が悪いのに気が付いたのだろう。言い訳めいていたが、そー太の言葉は実のところ正しかった。EXPポッドは本来、初心者のレベリングを補助するためのものだ。強引なレベル上げを邪道とする考えは現在も根深く残っている。
そして金貨5万枚とは、一般プレイヤーからすればかなりの大金だった。今の〈カトレヤ〉では大した金額に見えなくても、それは『こちらの事情』でしかない。それを知らなかったそー太にしてみれば、5万枚もの金貨は、彼なりに努力して得たプラスの成果なのも分かってしまうのだ。……やる気がマイナスに働いてしまっただけで、そー太はがんばったのだろう。
シュウト:
(これは僕のミスだ。ギルド登録を断るか、共用倉庫に触れないように言うか、先回りして処理しておけば良かった……)
自分のうっかりを恥ずかしく思った。〈カトレヤ〉に入る手続きをしたのはそこまで昔の話ではないのに、どうしてキチンとできなかったのか、と不甲斐なく思ってしまう。
とりあえず、そー太から金貨を預かった。今は、それが精一杯。葵はいつの間にか立ち去った後だった。自分では、そー太をどう扱えばいいのか、もうわからなくなっていた。
眠いです。AM2:10なのでまず更新をば。書き忘れがあったら跡でこっそり直したいと思います<(_ _)>
5/6 サブタイトル変更 帰還→参入へ