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108  カトレヤ増員計画

 

葵:

「突然だけど、あたし、政治の真似事やろうかと思うんだよね」

ジン:

「は? なんでまた」

葵:

「こないだのジンぷーの演説を聞いて、なんか動かなきゃだなーって思ったから」

ジン:

「演説なんかしたっけ?」

レイシン:

「いつもしてるような気もするけどね」

葵:

「このビルを手に入れようとして、ウヅキちゃんとか、エルム君相手に色々話してたじゃん」

ジン:

「そんな事もあったっけな。んで、具体的にどうするつもりだ? プランはあるんだろうな?」

葵:

「ギルドとは別の区切りでアキバを『割れ』ばいい訳じゃん? それは別にどんな分類法でもOKなんだから、んーと、元シブヤ組の互助会にしよっかな」

ジン:

「この場で決めた、みたいなフリして言ってんじゃねーよ。練ってた癖しやがって」

葵:

「ぐへへへ。あたしの天才っぷりにビビらしてやろうと思っての演出よ!」

石丸:

「どういうものにするつもりっスか?」

葵:

「んーとね、あたし達もシブヤからアキバに移動して来てるわけでしょ? 今ではシブヤは閉店ガラガラ、シャッター商店街状態なわけだし、アキバに引っ越して来なきゃならなかったギルドもたくさんあったじゃない? ……ってことは、アキバからすんなりスタート出来た人達よりも、スタートでロスがあったことになるでしょ」

レイシン:

「まぁ、そうなるよね」

ジン:

「シブヤ・マイノリティー向けの互助会か」

葵:

「そっそ」

石丸:

「現在のアキバ住民に対して、2~3割がMAXっスね」

レイシン:

「じゃあ、今の〈海洋機構〉とそんなに変わらない規模だ」

ジン:

「デカいな。んで、何をすんだ? 目的は?」

葵:

「そりゃもう、純然たる『政治圧力団体』さね」

ジン:

「圧力かけて、その先はどうしたいんだよ」

葵:

「一応、〈円卓会議〉の席を狙おうかな、ってのが建前で、本音はあっちらさんでは難しそうなことをやろうと思ってる」

石丸:

「ジンさんの言っていた『小さな救済』っスか?」

葵:

「それもあるかにゃ~。敵対勢力っていうか、野党とかだね。あたしらも、そろそろ次の段階に移るときじゃない?」

レイシン:

「どういうこと?」

葵:

「敵の敵は、本当に味方なのかしら?ってね」

ジン:

「……ゴキブリホイホイか。好っきにすれば~」

葵:

「ふっふっふ。んじゃ、こっからが本番。モノは相談なんだけど、ギルドのお金、こっちで使わしてよ」

レイシン:

「何に使うの?」

葵:

「アキバ新聞みたいな情報媒体を買い取るか、出資だね。スポンサーになって影響力をふるう」

ジン:

「ガチかよ。とりあえずアキバ新聞はダメだ。俺が認めない。スポンサーなんざありえん」

葵:

「おーおー、根に持ってるにょ~(笑)」

石丸:

「となると、〈えんたーなう!〉辺りっスね」

葵:

「ま、どこでも良いんだけど。機関誌とか、月報の代わりに使おうかなって。メンバーも募集したいし。メンバーから上がってきた情報を、情報誌として還元してみんなに周知するのに使ったり、いろいろ出来るかなーって」

レイシン:

「メンバーは半額で買える、とかだと嬉しいかもね」

葵:

「その辺は出資先のギルド次第かな~」


 ――ノックの音、続けてシュウトがひょっこりと顔をみせた。


シュウト:

「すみません、ちょっとご相談したいことが。今、大丈夫ですか?」

葵:

「いいよん。じゃ、あたし話は、また今度」

ジン:

「ああ」





シュウト:

「……という訳なんですが」


 ホームパーティが終わった夜の内に、ジン、レイシン、葵、ちょうど同席していた石丸を加えた4人に事情を説明しておく。ゴブリン戦役で一緒に戦った仲間達が、ギルドに入りたいらしいという内容だ。一通り説明してみたが、心配していた『怒られる』だののリアクションは返ってこず、顔色に大きな変化は現れなかった。


レイシン:

「そっかー」

葵:

「へぇ~。……んで、どうする?」

ジン:

「好きにさせてみりゃいい」

葵:

「おっ、放任主義?」

ジン:

「そういうつもりもないんだが。……ギルドは、なんつーか、1人のものじゃないんだよな。そこんトコをよく考えて、自分でいいと思うようにしてみ」

シュウト:

「わかりました」

葵:

「んじゃ『カトレヤ増員計画』の、はじまりはじまり~♪」





 翌日。昼過ぎから人が集まり始めた。驚いたのは、どこからか聞きつけたものか、ユフィリア目当てらしき人たちまでもが集まって来たことだ。

 ゴブリン戦役で仲間だったメンバーが10人、それ以外にも8人。いきなりギルドの規模が10人から28人になる大増員だ。


サイ:

「よろしくお願いします」

シュウト:

「やぁ。みんなもよく来たね。歓迎するよ」

まり&りえ:

「よろしくお願いします!」

りえ:

「このりえちゃんが来たからには、隊長のお世話はバッチリですから」

まり:

「なんのお世話をするつもり?」

りえ:

「そりゃ、モチ、夜のお世話的な?」

赤音:

「お世話というより下世話」

まり:

「うまい」

りえ:

「ぬゅぐ」

静:

「隊長! そー太たちも明日か明後日には合流予定なので、プラス4です」

シュウト:

「そっか。遠征に加わったんだったね。わかった」

まり:

「向こう側は、もう少し増えるかもですね~」


 まりの言う『向こう側』とは、ユフィリア目当ての人達のことだろう。さっそく彼女を取り囲んでおしゃべりしている。ちくりとイヤな感じがしたが、気にしないことにした。


 人が増えると途端に忙しくなるもので、部屋割り、食事の手配など、やるべきことが色々と発生する。

 翌日はドラゴン狩りだったが、実際のところそれどころではなく、やむを得ず中止することになってしまった。ユフィリア目当てで更に15人の増加。33人追加で、総計43名。そー太達の合流が遅れていることで打ち切りにできず、ずるずると人を増やしてしまった。明日も増員の気配である。


 夕食時、葵がイスの上に立って宣言していた。


葵:

「あたしが、ギルド〈カトレヤ〉の塾長! エダジマ~」

ジン:

「真面目にやれ」

葵:

「うおっほん。あたしがギルマスの葵さまだ! よく覚えとくよーに!」


 まばらな拍手は統一感のなさを顕著に表していた。





サイ:

(どうにか、合流できたかな)


 昨晩は夕食後に一度解散になっていた。引っ越しの準備をし、契約していた宿を引き払う。今日から部屋を割り振られ、住み込みを始める。今は静と一緒の部屋だが、人数によっては一人部屋にできるかもしれないと説明されている。人が(男性ばかりが)どんどん増えていることもあって、そちらはあまり期待できそうにないが、静と一緒なら不満はあまりない。


サイ:

(凄いな、あの人もレベル91だ)


 何気なく立っているドワーフの魔法使いの人も、レベル90を越えているではないか。シュウト隊長に至ってはレベル92になっている。この段階で経験点を得るには、当然ながら85レベル以上のモンスターを倒さなければならない。自分が倒せるのは、どうにかがんばっても70レベルの前半が精一杯だ。


 静やまり、りえは、一人の女性に釘付けになっていた。ユフィリアという女の人で、とんでもない美人だった。美人というだけなら問題ないのだが、もしかするとシュウト隊長をトリコにしていないとも限らない。今は新規加入者たちの前に、古参のギルドメンバーとして立っているが、新しく入って来た男性冒険者たちの相手をするのに忙しい様子で、いつも取り囲まれていた。


サイ:

(ほんと、凄い美人……)


 嫉妬する気も起こらない。生きている世界が違うと感じる。

 その人がすすすっと移動して、大柄の〈守護戦士〉の横に立ち、ちょっとだけ首を傾げ、肩に乗せるようなしぐさをした。時間にして1秒ぐらいだ。


ジン:

「ん? どうした」

ユフィリア:

「うーうん。べつに?」


サイ:

(そっか……)


 いくら恋愛などに疎くとも、自分も(一応は)女性なので、この意味は分かった。『この人に手を出しちゃダメだよ』という合図だ。静たちがドキドキしながらもホッとしているのが伝わってくる。『あの美人さんはシュウト隊長を狙っていない』という意味に取れるからだ。

 さすがにあの美人を敵に回して勝ち目があるわけもない。少しばかり興味を感じつつも、あの大柄の〈守護戦士〉には近づくまいと心に決める。

 一方の新人男性のみなさんは、少しイラッとした程度だった。意味が伝わっていない様子に苦笑い。自分に都合良く解釈しようとして必死、なのかもしれない。


ジン:

「では、大事なことなので夕飯の前に済ませてしまおうと思う。全員、手を挙げろ!」


 ザワっとしながらも、その場にいた新人たちが手を挙げた。全員なので自分もだ。


ジン:

「お前らもな」

ユフィリア:

「はーい」

ジン:

「よし。18歳未満の、小・中・高校生以下は手をおろせ!」


 ぱたぱたっと手を下ろしていく。高校生である自分達も手を下ろす。


ジン:

「なっ!?…………手を挙げている内、『男』は手を下ろせ!」


 バタバタとほぼ全員が手を下ろした。エルンスト、名護っしゅ、大槻の3人も手を下ろす。ぐるりと見渡すと、ギルドマスターという小学生みたいな人のほかに、古参の美人2人と、毛布を巻き付けている人と、赤音の5人だけが手を挙げたままでいた。

 指示を出していた〈守護戦士〉の人がガックリと崩れ落ち、床に片膝を付いていた。


ジン:

「こんだけ人がいて、たったのプラス1だと……」

葵:

「きっしっし。ざまぁねぇなジンぷー。……うっしゃ! 手を下ろしていいよん!」


 何がやりたかったのか、意味が分からない。ぼんやりと、赤音が年上だったことを考えてみる。……もしかすると敬語が必要かもしれない。





シュウト:

(……明日も増えたりしたら、どうなっちゃうんだろう?)


 どうにか二日目の夜を終えることができていた。

 夕食も40人超の大所帯となったため、準備も後片づけもオオゴトである。しかし、ユフィリアの周りに話したい人の囲みが出来てしまうため、彼女は動けず終い。ニキータもユフィリアを護るべく一緒だ。食器を洗うだけでも一仕事なのに、レイシンと咲空、星奈の3人で作業しなければならない。急遽、自分も手伝いを申し出ることになった。


 『新作成法』を用いなければ、大半のものは自動的に綺麗になるのだが、耐久力の設定されていない道具類は、そこまで強い『復元力』は与えられていない。汚れを落とし、水でサッと流すところまで『手伝って』やれば、後は復元力の働きで十分に綺麗になるのだ。

 しかし、食器類は食事の際『口に運ぶもの』なので、キチンと洗いたいという欲求が強い。


 逆説的に、鎧などに使われる装甲材を利用した金属食器も開発されていた。割れないし、勝手に綺麗になるのけれど、少々お高い、という商品で、面倒くさがりに愛用されているそうだ。それらには陶器や漆器のような独特の柔らかさが無いので、食事の楽しみという意味でも、金気が強いというか、味気ない気がしてしまう。もしかしたら、それは自分が日本人だからなのかもしれない。



 その後もお風呂が大変だった。希望者限定にし、女子を先に入らせてから、女子風呂も男性に解放しようと思っていたのだが、キャラクターとプレイヤーの性別が一致しているのか確認しようがなかったのだ。一人で入りたいという要望を無視できなかった。

 絶賛ユフィリア取り巻き中の男性陣の中には、女性キャラクターの人もいる。彼女?が男性なのか女性なのかも分からない。


 お風呂を温める必要から、咲空の負担が目に見えて増える。新人の〈召喚術師〉に頼んで屋上のタンクへの吸水は代わりにやってもらったのだが、お風呂を温めるのは拘束時間が長いために断られた。風呂場が大きくなり、湯量も増えたため、葵の召還生物では威力が単純に威力が足りない。召還生物は一度呼び出してしまえば、そのままの状態で維持されるものの、お風呂は冷めてしまうのもダメなら、沸かし過ぎもダメと来ている。こまめな温度調整の必要から、咲空が付いていなければならなかった。

 一人で入りたいという希望者がいれば、咲空の拘束時間は自然と増えてしまう。ギルド入りたてでは人見知りもあるだろうし、ワガママを言う人間がいると、追随する者も現れるという悪循環を起こした。

 結果、全員が入り終わるまでに、深夜まで掛かってしまった。


 しかし、ジン達は何も言わなかった。ユフィリアが囲まれていても、興味なさそうに素通りするばかり。どちらかというと、この事態を楽しんでいる気配すら感じられた。何か狙いがあるに違いない。それが何なのかは、まだ分からなかった。



シュウト:

「ジンさん。朝練、お願いします」

ジン:

「なんで? 俺は知らんよ。お前らの所に来てんだから、お前らが面倒みてやれよ」

シュウト:

「えっ? 僕らが、ですか?」


 翌朝。朝食後に全員で朝練を行おうとしたところ、ジンに断れてしまった。ユフィリアとニキータは残ったものの、レイシンや石丸はジンと一緒に不参加。朝練を行うことは伝達済みだったため、逃げ場はなくなっていた。

 問題は、朝からどんな訓練をするべきか?ということだろう。実感として強さが得られやすいものと言えば、1拍子運動だ。これは習得まで鍛錬に時間が掛かるので、早めに始めた方がいいという判断からだ。


シュウト:

「最初に、ウォーミングアップを兼ねて、足裏の感覚を養う訓練を行います。これは、体重移動の質を高めることを目的としています」


 特に〈冒険者〉は筋力が強大なため、間違った力の入れ方をしてしまうと拘束をより強めてしまう。人間にしてみれば、ちょっとした肩こりのつもりでも、〈冒険者〉には重度の肩こりになってしまうかもしれない、などと説明しておく。


シュウト:

「では足を揃えて立ってください。行きます。限界まで体を前に~、止まって、後ろへ~、戻して真ん中、限界まで左へ~、はい逆、右へ~」


 しばらく繰り返してから、足裏の移動距離を半分に。


シュウト:

「はい後ろ~、戻して、左~、戻して、前~、戻して、右~」


 この段階でまたしばらく繰り返し、更に1センチ、5ミリ、1ミリ、0.5ミリ~と練習するのが普段の日課だ。初めてなので足裏半分までの時間を長めにしたところ、不満を出されてしまった。


サカイ:

「ちょっと、すんません」

シュウト:

「……なんでしょうか?」

サカイ:

「こんなのやって、何か意味ありますか?」

シュウト:

「えっ?」


 びっくりした。意味なら最初に説明したと思ったからだ。話を聞いていなかったのだろうか。


シュウト:

「最初にも説明しましたが、足裏の重心操作の感覚を……」

サカイ:

「『だ』からぁ、それって、モンスターと戦うのに役に立ちます? 普通はもっと戦闘訓練とか、連携訓練とかをやるもんですよね。〈黒剣騎士団〉でも〈D.D.D〉でも」

シュウト:

普通は(、、、)、そうかもしれません。でも、遠回りに見えても、こういう訓練は、強くなるために必要ですので……」

サカイ:

「『だ』としても、こんなことやってても『レベル』はあがりませんよね? せめてもうちょっと、模擬訓練とかにしてもらえませんか?」


 話している途中に言葉を被せてくる態度にイラっとする。『経験点の入る敵と戦える実力もない癖に』と言ってしまいたい気持ちはあった。しかし、自分が教え慣れていない『せい』という側面も大きいような気がした。この世界に来たばかりの頃の自分でも、今のサカイと同じようなことを言うのではないか。言わなかったにしても、内心ではそう考えるだろう。否、ジンに対して似たようなことを言っていた気がする。


シュウト:

「……分かりました。では、模擬訓練をやりましょう」


 興味をもってもらえるように、楽しくて面白い訓練も必要だろうと考え直す。自分自身からして、ジン達との模擬訓練は(負け続きだけど)大好きだ。彼らのモチベーションを高めるのも必要なことに思われた。


 場所を変え、3人と戦って見せる。実力を示す必要から本気を出し、ノーダメージで圧勝してしまうと、もう突っかかってくる相手は居なくなった。しかし、逆に静かになって心配になる。


シュウト:

(あれっ、やりすぎちゃった、かな……?)


 戦士職、武器攻撃職の全員と戦うつもりで居たので、拍子抜けしてしまう。何というか、〈シルバーソード〉のメンバーなら熱くなって更に突っかかってくるところなのだ。『俺が絶対倒す!』ぐらいのセリフを期待していたのだが(もしかしてドン引きされてる?)


静:

「シュウト隊長、スゴい! 格好いい!」

りえ:

「メチャツヨですねっ」

シュウト:

「えと、ありがとう」

まり:

「でも、なんか雰囲気悪くないですか?」

シュウト:

「そう、だね」


 耳が良いこともあって『92レベル相手に勝てないのは当然だろ?』みたいなコメントも聞こえてくる。2レベルぽっちの能力差で何を言っているのか。88レベル相手に、自分たちがノーダメで勝つのは無理だと分かりそうなものなのに、レベル差のせいだと決めつけている。力を見せたことで、更に説得が難しくなってしまっていた。

 最初に文句を言ったことで、サカイの周りに人が集まって文句や不満を言っている。自分では言えないから、彼に代わって言ってもらいたいのだろう。それが分かっても、どうすることもできない。


 翻って考えると、80レベルだったジンに圧倒され続けたことで、レベル信仰みたいなものは自分の中からなくなっているのを再確認できた。「どうでもいい」とまでいうつもりもないが、フリーライド・オーバーライドに比べると、単なるレベルアップというのは、どうしても見劣りしてしまう。単に経験点が入れば、誰にだってレベルは上げられるものだからだ。


 原理的に考えれば、同レベルのモンスターを相手に、戦って勝つことは可能なはずであって、それをダメにしているのは〈冒険者〉の性能に問題があるからではなく、中に入っている人間の問題である。かといって、自分が優れているとか言いたいつもりはない。もっと『違うやり方』を覚えなければならない、というだけなのだ。


 やはり、自分には教えられそうにない。どうにかジンに話して変わって貰わなければならない。


シュウト:

「じゃあ、少し早いけど、今日はここまでにしましょう」

静:

「隊長、『今日は』って、もしかして明日も、ですか?」

シュウト:

「えっ? ……もちろん訓練は毎日しなきゃ、でしょ」

愚痴:

(うぇ~、マジかよ)(メンドクサ)(ウゼェ)


 嫌そうなため息や、愚痴が始まる。教える側と教わる側でこうも変わるものだったのかと、知った。


ニキータ:

「お疲れさま。はじめは大変よね」

シュウト:

「そうかもね」

ユフィリア:

「明日もがんばろっ!」

シュウト:

「ああ、うん。ありがとう」


 元気で、素直で、人のやることに一々文句を言わないというだけで、あの2人にどれだけ助けられていたのか、初めて理解できた。外見が美人だからとか、可愛いとかの問題ではなかったのだ。ジンが可愛がっていたのは、そうか、こういうことだったのか、と分かった気がした。


シュウト:

(またか、またなのか……)


 凍るようなゾッとする感覚が何度も背筋を往復する。

 これまで自分が何気なく積み重ねてきた罪が暴露されていくではないか。なんて愚かだったろう。どうしようもなく子供でしかないことを自覚する。自覚できていなかったことを、自覚させられる。叩くように突きつけられる。あまりにも居たたまれなかった。なぜならば、自分もまた、文句タラタラだったからだ。彼らと何処が違うのだろう。ジンに、いま自分が感じているような『やるせない思い』をさせていたのかと、眩暈を覚える。血が冷えて、どこかの暗闇に落下していく感覚に恐怖する。


 つい、さっきまで『どうして僕が教えなきゃならないんですか!』と文句を言おうと思っていた。今日のストレスをジンにぶつけようとしていた。こんなバカが、よく今日まで見捨てられなかったものだと思う。


 ギルドホームに戻ろうとしていると、木陰に立っているウヅキが話かけてきた。どうやら影から見ていたらしい。


ウヅキ:

「よう、イケメンくん」

シュウト:

「ウヅキさん」

ウヅキ:

「練習してるトコ、見させて貰ったぜ」

シュウト:

「……ぜんぜん、ダメですよね」

ウヅキ:

「いや、がんばってたろ。アタシが言うのはなんだが、アンタはがんばっていた。だから、……厳しいよな」

シュウト:

「はい。なんとなく、わかります」

ウヅキ:

「…………その、よ」

シュウト:

「はい」


 言いにくそうに口ごもるウヅキに、先を促す。なにかアドバイスがもらえるなら、貰っておきたかった。


ウヅキ:

「アタシはソロで傭兵プレイばっかだったから、何となくわかんだよ。このままだと、おまえらのギルドは潰れるぞ?」

シュウト:

「そう、かもしれません……」


 否定することは出来なかった。実際に人が増えただけであちこちが破綻しつつある。手が足りない。どうしたって手伝って貰わなければならないのだが、それも巧く行っていない。


ウヅキ:

「あの男がなんでこの状況を放っておくのかわかんねぇけど、ともかく、アンタのやらなきゃならないことは、簡単だ」

シュウト:

「なんでしょう?」

ウヅキ:

「アイツらを全員、追い出しちまえ」

シュウト:

「それは……」

ウヅキ:

「ああ! もう、どう言えばいいのかワカラン! ともかく、アイツ等とは組めないし、組んじゃダメなんだよ。そのぐらい分かれよ!」

シュウト:

「いや、分かれって言われても」


 何かを言いたいらしいけれど、言葉にしてちゃんと説明は出来なかったらしい。身悶えたウヅキは「お節介して悪かったな!」と言い残して、一瞬で消えた。やり慣れないことをして、照れたらしい。こうして気を使ってくれる人とは思っていなかった。


 しかし、巧く行かなかったら追い出して、元の状態に戻してしまえばいい、とは思えない。道に迷ったのなら、そうして後戻りするのもいいかもしれないが、人間関係でそうした方法を選ぶのは、なんというか、負けた気分になってしまうようで避けたかった。


シュウト:

(迷子になったのは、僕か……)




 半地下の部屋に入ると、ジンは石丸を相手に、何かを教えていた。まだ朝練を続けていたようだ。


シュウト:

「戻りました」

ジン:

「おう、乙」

葵:

「乙といえば、乙カレー。おいしいカレーが食べたいにょ!」

レイシン:

「はっはっは。咲空の特製カレーを食べたばっかりだよ?」

葵:

「だからだ! カレー食ったウチに入ってなさすぎ!」


 ここはいつも通りだった。何も変わってなんて、いない。


シュウト:

「今は、何を?」

ジン:

「修行っていうか、開発だな。魔法力を丹田でコントロールすることで、新しい技術をどうにか出来ないか、ってな」

シュウト:

「そんなことできるんですか?」

ジン:

「難しいが、不可能とは思わないな。もし、俺たちがスライムみたいな不定形の生き物だとしたら、こんなことには何の意味もなくなるが、幸い、俺たちは人間の姿・形をしている」

葵:

「猫人族までいくとちょっとズレたりしてね」

ジン:

「難しくなるから黙ってろ」

葵:

「へいへい」

ジン:

「チッ」


 アクアを相手にしている時に口癖みたいによく言っているものを、葵がまねしたからだろう、舌打ちしているジンに少しおかしみを感じる。


ジン:

「武術であれば、運動に法則とか原理とかがあるから、応用することができるのは分かるだろ?」

シュウト:

「〈冒険者〉がいくら超人でも、運動法則に逆らっちゃダメなんですよね?」

ジン:

「その辺りを誤魔化すための特技って部分は大きいんだけど、ここでの問題は魔法や、魔法的な現象だな。元の世界で魔法が使えなかったから、現実世界の仕組みを魔法に対して応用させることはできない、もしくは難しい、となる」

シュウト:

「その場合、どうすれば?」

ジン:

「さてね。俺は〈守護戦士〉だから、確実なことは言えない。でも、魔法抵抗値は高められる。気と魔力は近い性質を持っているし、特技でMPは使用しているから、そこら辺はどうとでもなるからな。人体の形式なら、気と同じことが出来る可能性は高い。エネルギーにとってのゴールデンゾーンみたいなものは決まっているってわけだ」

葵:

「チャクラとか丹田とかだね」

ジン:

「そういうこと」

シュウト:

「なるほど」

ジン:

「特に丹田は、外部からのエネルギーを一時的に溜めておく機能を持っているからな」

シュウト:

「あの、質問なんですが」

ジン:

「なんだよ」

シュウト:

「外部から取り込んでいるんですか? 気とかって内部から発するものなのでは?」

ジン:

「内部から気を出してたら、HPが減っちまうだろうがよ」

シュウト:

「はぁ……」

ジン:

「やってみせりゃいいのか? じゃあ小周天な。下丹田で気を発します。会陰(えいん)から仙骨、督脈回して、4軸から百会へ。上丹田に回しつつ、1軸で任脈回して、中丹田、ゆっくり下丹田に戻すっと」


 時間にして1分と掛かっていないし、いつものゴゴゴとかガガガガとかのエフェクトもなし。静かなものである。しかし、HPだけは1割近く減っていた。


ジン:

「おいおい、けっこう減ってやがんな(汗)」

シュウト:

「直ぐに死ねそうですね」

ジン:

「だな。基本的にこういうのを戦闘に使う場合、外からの気を取り込むことが必須だってことだろう。これを外気といいます。最大範囲では宇天外(うてんがい)を回してくることになる」

シュウト:

「ちなみに、その『うてんがい』っていうのは?」

ジン:

「宇宙の天の外って意味だな。上方向から出て行った意識や気は、下方向から入ってくるんだよ。逆もありだな。下に出て行ったものは、上から入ってくる。だから、宇宙空間の外側をぐるんと回ってると考えられている。この宇天外の気の質はダンチだね」

シュウト:

「あはははは」

ジン:

「わっはっは」

シュウト:

「そんなこと、出来るわけないじゃないですか!」

ジン:

「人間でも出来るのに〈冒険者〉に出来ないわけないだろうが! だいたい、俺の中心軸は5層だぞ? 人間は3層ぐらいが限界だし、3層目が作れたら、歴史に名前が残るレベルだっつーの!」

シュウト:

「メチャクチャじゃないですか!」

葵:

「今に始まったことじゃないじゃん」

シュウト:

「それは、そうですけど」

ジン:

「諦めて、お前もメチャクチャになっちまえよ、な?」

葵:

「世界観が変わっちゃうゼ?」

シュウト:

「いえ、新興宗教の勧誘でしたら、間に合ってます」

葵:

「がははははは!」

ジン:

「ぶははははは!」


 何にツボったのか分からないが、大爆笑された。


ジン:

「よかったよかった、そりゃ安心だわ」ひー

シュウト:

「なんの話ですか?」

葵:

「いやいや、とっくにジンぷー教に入信してんのかと思って」くっくっ


 ひとしきり笑うと、ジンは石丸のところに戻っていった


ジン:

「悪いな。今日はこのぐらいにしとこう。とりあえず目標は、3丹田同時展開だな」

石丸:

「了解っス」

シュウト:

「あの、僕にも教えてもらえませんか?」

ジン:

「お前、呼吸法の素質があるから、丹田は早く作れるかもな。じゃあ、両手をあわせて、黙祷」


 ぱちんと手を合わせて、目を瞑る。


ジン:

「そのまま、ヘソの下、下腹付近にエネルギーを感じるようにする。……はい、終わり」

シュウト:

「これだけ、ですか?」

ジン:

「短くて簡単じゃなきゃ実戦では使えないぞ。いただきますの時とかに手を合わせるだろ? そん時に下丹田を活性化させる様にするんだ。日常の動作の中で訓練を意識する『良い方法』だろ?」

葵:

「この後で魔法を使ったら、まんまハガレンじゃん」

石丸:

「『鋼の錬金術師』っスね。杖を持っているのでそうはならないっス」

葵:

「そうだった」


 そろそろ昼食になりそうな時刻である。お開きになる前にと思い、話してしまうことにした


シュウト:

「あの、ジンさん」

ジン:

「ン、どうした?」

シュウト:

「増員のことなんですが、ちょっといろいろ大変で」

ジン:

「そうだろうな。……がんばれ」

シュウト:

「がんばれ、だけですか?」

ジン:

「フッ。〈シルバーソード〉は何人だった?」

シュウト:

「ええっと、最大で200人ぐらいだったと思います」

ジン:

「〈黒剣騎士団〉は?〈D.D.D〉は? 生産系のギルドはどうだ? ……たかだか五、六十人でワタワタしてんじゃねーよ」


 手をヒラヒラさせて『話は終わりだ』と突き放される。それはそうだろう。一流ギルドは、存在しているだけで凄いのだ。〈大災害〉の混乱を乗り切り、今もまだ輝いている星たちばかり。そんなのの真似がおいそれとできるとは思えない。


 ――途方に暮れ、しばらく立ち尽くすほかに無いシュウトであった。

 


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