107 足せばいい?
夕刻、給仕の格好をしてホームパーティに参加(?)。 とりあえずパーティ自体は大成功の様子。
僕はギャルソンなのか、ホストクラブ的な意味のホストなのか分からない扱いだった。『フリーハグ』を命じられ、ノリの良い女子数人にハグする(される)などという前代未聞の状態に陥ったりした。
レベリングを勘違いしたような『ハグリング』なるものをすると、女子力が高まるだとか言われたものの、まるで意味が分からない。(何の儀式で、どこの魔術結社だ!)正気を保っていられたのは、たぶん発狂判定を無意識に成功できたためと思われる。〈生還者〉あたりのサブ職の資格を得ていてもおかしくない。それだというのに、ジンに突き放される。
ジン:
「美味しい思いしてんじゃねーぞ、このカスが」ぺっ
この仕打ちである。(あんまりだ)
翌日はドラゴン戦なのだが、これはシブヤまで移動する手間が増えていた。
僕は92レベルに上がった。レイシン、石丸の両名は91レベルのまま(数日前に上がったばかり)、ニキータも90レベルに到達。ユフィリアは88レベルになって、ジンに追いついていた。これは、ジンがEXPポーションの使用をストップしたためだ。「鍛錬が追いつかない」と言っていた。どう追いつかないのかピンとこない辺り、先は長そうに思える。
ドラゴンの撃破数は、一日掛かりでどうにか5体。敵の平均レベルが上昇したことに加え、強力なレイドモブである〈竜牙戦士〉との戦いが壮絶を極めた。この〈竜牙戦士〉おおかげで経験点は入りやすくなっている。壁役が無敵なので危険度も低いのだが、パーティプレイを成立させるために手を抜き、足を抜きしているのが見え見えで、どうにも足を引っ張っているのが心苦しい。
結論的には9月も半ばだというのに、状況は変わらず、である。
どうにかするには、レベルアップや装備の更新、新しい技の習得、人数を増やす、などが考えられる。レベルアップや強力な装備といったものは現実的ではない。レベルを上げるために、または幻想級の強力な武装を得るための強さが必要となる。打破できない現状を打破するために必要なものもまた、『打破できない現状』によって阻まれてしまう。ややこしいことこの上ない。……かといって、新しい技をそう簡単に会得できるわけもなく、生兵法は怪我の元でしかないのは素人でも分かることだ。
そうなると、現実的なのは人数増だけ、となるのだが、秘密を共有できる人選という異様に高いハードルがある。考えるほどに頭痛しかない。
ウヅキのような実力者を放置しておくのは勿体ないと思うのだが、あの引きこもり体質をどうにかしないといけなかった。『働け』と強制しないのがギルド参加の条件なのも問題だ。
強敵との戦いは苦しい。それが朝から夕方まで続く。
だが、ここしばらくこの状況を繰り返していたため、だんだんと疲労や消耗に慣れを感じつつあった。対処法を体で覚えつつあるのかもしれない。
◆
ユフィリア:
「レイシンさん、お昼ごはんってなんですか?」
ドラゴン戦の翌日、午前の練習を終えて昼食の時間になっていた。野外での軽い(×→○激しく重たい)戦闘訓練をした後なので、ほどよくお腹が空いていた。
レイシン:
「カレーだよ、昨日の内に作っておいたから」
シュウト:
「じゃあ、一晩たって、食べ頃ですね」
ユフィリア:
「ウフフ。たのしみー」
ジン:
「食い意地はってんなぁ、おい」
ユフィリア:
「そんなのジンさんに言われたくないです」
ジン:
「そこは否定しないが、……そんなんだと近い将来、タル型体形まっしぐらじゃね? もうロシア人並の大劣化すんじゃねーの? 実はロシアの血が混じってたりするんじゃ……」
ユフィリア:
「むーっ、意地悪なこと言いたいだけのくせに!」
ジン:
「はっは、そこも否定できねぇな」
ユフィリア:
「そんな意地悪ジンさんは、こうだ!」
ジンの肩にぴょんと飛び乗り、腕を伸ばした姿勢で「ゴー、ゴー!」と先を促す。ジンは玄関前の階段を、ユフィリアを乗せたまま軽々と2段とばしで駆け上がった。
玄関の扉を開けたところで、頭を打たないように警告しているジン。なんとなく仲良しな2人が、見ていて微笑ましい。
星奈:
「ご主ジンさん!」
ジン:
「星奈、その呼び方は、あれか? 気に入ったのか?」
星奈:
「うん」
ジン:
「ふむ……、星奈は可愛いな」
無駄だと悟ったらしい。ともかく昼食の席に着くことに。
すでにカレーには火を入れてあったようで、咲空が用意して、星奈が次々と運んでいく。咲空のサブ職は〈料理人〉なので、温め直しにも問題はない。
レイシン:
「カレーだけじゃあれだし、何か作ろうか?」
ジン:
「いや、ともかく食おうぜ。簡単料理でも文句はねーよ」
レイシン:
「……じゃあ、食後にお茶をいれるよ。お菓子も出そうかな?」
準備ができたところで、待ちきれない様子のユフィリアが宣言した。
ユフィリア:
「いっただきまーす!」はむっ
そこでピタリと大人しくなる。おかしいな?と思いながら、自分も口に運んでみた。
シュウト:
(…………ん?)
マズくはない。マズくはないのだが、しかし美味しいとも言えない。これがレイシンの作ったカレーだとは、とても思えなかった。これまでにもカレーは何度か食べたことがある。別のギルドの料理人からレシピを貰ったものである。作り方を間違えたとしても、レイシンであればこうはならないはずだ。
シュウト:
「あの、ジンさん」
ジン:
「ん? どうした?」
ニキータ:
「カレーが……」
レイシン:
「もしかして、痛んでた……?」ぱくり
ジン:
「どれどれ」はんぐっ
ジンのテンションが、みよよよょ~ん、とみるみる下がっていく。
ジン:
「おいしく、ない(涙) レイ、どういうこっちゃ?」
レイシン:
「だいぶ甘いね。その他にも色々な味が増えてる……」
がばっ!と立ち上がる音でそちらに振り向くと、ウヅキが立ち上がって頭を下げていた。
ウヅキ:
「すまん!」
ユフィリア:
「えっ?」
ジン:
「なんだ、一体どうした?」
ウヅキ:
「このカレーは……」
星奈:
「さくらちゃんのあじ~」
今度は咲空の方へ、全員の視線が移動した。
咲空:
「えっと、ちょっと隠し味を加えて、味をととのえてみました。かなり美味しくなったと思うん、です、ケド……」
無言の視線に、だんだんと咲空のセリフが小さくなっていった。
ジン:
「なるほど、咲空の料理は」
ウヅキ:
「マズくはないんだ。十分に食べられる」
ジン:
「しかし、ちっともウマくはない、と」
気まずい沈黙に支配され、時間が停滞する。
咲空:
「でも、いろいろ入れたんですよ! だから絶対に美味しいはずです!」
ジン:
「いや、ぜんぜん」ずぎゃ!
レイシン:
「ちっとも」ばきっ!
葵:
「これっぽっちも」どががが!
咲空:
「はぅ」
大人げのない大人連携の前に、今度こそ咲空は轟沈。こういう時のコンビネーションばかり完璧である。
レイシン:
「……どうしようか? 今から何か作ったほうがいい?」
ジン:
「止めとこうぜ。食えなくはないんだし、今日はコレで済まそう」
葵:
「えーっ、なんで!? 美味しくないってばさ!」
ジン:
「全体責任」
レイシン:
「そうだね。わかった」にっこり
会話も弾まず、もそもそと食べ続ける。感覚的にはただ口に運んでいるばかりで、どこか〈大災害〉直後の『湿気たせんべい』を思い出させるものだった。味のある湿せんだ。
この沈黙の支配する世界に戦いを挑んだのは、やはりというべきか、我らがリーダーその人であった。
ジン:
「レイ」
レイシン:
「なに?」
ジン:
「こう言っては何だが、……いつも、ウマいメシをありがとう」
レイシン:
「う、うん」
ユフィリア:
「レイシンさん、ありがとー!」
ニキータ:
「いつも、ありがとうございます」
ジン:
「くおおぉぉぉ! 有り難みが身に染みて来やがる!」
炎状のエフェクトを纏ったジンが、輝く掌を握りしめて『ば~く、ねつっ!』と叫んでいた。
葵:
「まぁ、そだね。そうかもね」
レイシン:
「はっはっは」
美味しくないからさっさと済ませてしまおう!とばかりに、皿を掴み上げ、流し込みはじめるジンだった。目からは涙が滝のよう。
シュウト:
「そんな泣いて暴れるぐらいなら、無理しないで何か作ってもらえば良かったんじゃ?(苦笑)」
ジン:
「……まぁ、そうなんだけど。つーか、俺もさー、メシに色々かけたりして食うの好きなんだよね。よくやってたというか、よくやるっていうか」
葵:
「それなら、あたしもだ!」
咲空:
「じゃあ、みなさん仲間、ですか?」
ジン:
「こっちの世界じゃ、変に手を加えると、メシがメシじゃなくなるだろ? だから我慢しているだけでさぁ~、俺も変なことして食べたかったりするわけよ」
咲空:
「私は〈料理人〉なので……」
〈料理人〉のサブ職を保持していれば、隠し味を加えて料理を台無しにしたとしても、湿気たせんべいになったり、どろりとしたスライム状のものになったりはしない。
ユフィリア:
「でも、ゴハンで遊んじゃダメなんだよ?」
ニキータ:
「それが正しい躾よね」
ジン:
「ほぅ。なら質問しよう。お好み焼きにマヨネーズはアリかナシか?」
ユフィリア:
「アリでしょ? お店でも使ってるし」
ニキータ:
「ええ」
ジン:
「最初はどうだったろうな。じゃあ、焼き肉のタレは?」
ユフィリア:
「焼き肉のタレは、焼き肉の時に使うものでしょ?」
ニキータ:
「……もしかして、美味しいんですか?」
ジン:
「さぁ、どうだろう。悪くないんじゃないか? 次、オムライスにソースとかどうよ?」
ユフィリア:
「オムライスはケチャップだし」
シュウト:
「デミグラスソースとかも使うと思うけど」
ユフィリア:
「そうだった。んー、でも普通のソースはかけないよね?」
ジン:
「『オムライス専用のソース』だったらどうだ?」
ユフィリア:
「えっ? そんなのあるの?」
石丸:
「聞いたことはないっスね」
ジン:
「今、考えたかんな。でも、あったら美味しいかもしれない。美味しかったらどうする?」
ユフィリア:
「ホントに美味しかったら、食べる」
ジン:
「じゃあ、何がアリで、何がナシかってのは、どうやって決まる? 誰が決めてる?」
ユフィリア:
「んー? 誰だろ、わかんない」
葵:
「特に誰が決めてるってわけでもないからね。美味しければ大正義ってことだし。味覚には個人差だってあるわけだから」
ジン:
「だな。ま、ぶっちゃければ、ご飯で遊ぶのはNGだ(笑) レイが実験しだしたら、咲空の二の舞になりかねない」
レイシン:
「はっはっは。やらないけどね」
ジン:
「かといって、単に咲空を叱るのじゃ芸がない。第一、俺は人のこと言える立場じゃない」
シュウト:
「なるほど」
目玉焼きに醤油かソースか、はたまた塩か?なんていう話は個人差の問題だし、咲空のやったことは行き過ぎであっても、確かに迷惑だが、年齢的なものを考えたって、笑って許してやってもいい問題かも。
ジン:
「結論から言えば、咲空の問題点は、料理が『足し算』だと思っている点だな。料理は究極的には『引き算』の芸術だってことだ」
ユフィリア:
「……そうなの?」
意外なところからツッコミが入る。(いや、意外でもないのか?)
ユフィリア:
「お味噌汁だって、出汁とか、具とかをまぜまぜして作るでしょ?」
ジン:
「決められた手順という意味ではそうだな。だけど、レシピを書く立場になって考えれば分かる。現代は、若い女がまともに料理をしなくなった。でも、やらなきゃならない場合もでてくる。だとすると、難しい料理は作れないし、そもそも作る気にならない。その場合、理想は? ……当然、簡単で、手早く、美味しい料理のレシピが必要ってことだ。もっと言うと、あんまりお金も掛けられない。食事は毎日のことだ。一回一回の食事を豪華にしてたら、家計のやりくりなんて出来やしない」
葵:
「長時間なのもイヤだよ。家事労働は負担が大きいもんねぇ」
ジン:
「お前が言っても何の説得力もないがな」
葵:
「うるせーわ、ジンぷー。……わかっちょるばい」
咲空:
「だけど、チョコレートもあんこも美味しいじゃないですか。だったら、美味しいをプラスしたら、もっと美味しくなるって思うんです」
シュウト:
「いや、例だとしても、その2つを足し算するのはどうだろう?(苦笑)」
レイシン:
「足せば足すほど美味しくなるとしたら、それこそ山のようにたくさんの食材が必要になっちゃうよ。買い物だって、量が多いと持って帰るのも大変になるわけだし、お金もたくさん必要になっちゃう」
ジン:
「従ってどうなるか?といえば、誰も作れないような難しいのもダメ、作ってて時間が掛かりすぎるのもダメ、お金がかかりすぎるのもイヤ」
葵:
「でも、美味しいものは食べたい!……でしょ?」
シュウト:
「そうですね。心の底から、そう思います」
イジワルだったかな?とは思ったけれど、大人を相手に咲空が反論したりするのは難しそうなので、代わりにと思って言ってみた。
ジン:
「不必要な工程を省くことで簡単にし、不必要な食材や調味料を使わないようにしながら、最終的にレシピを完成させる必要がある。
そもそも、塩気のものを足しすぎたらしょっぱくて食えなくなるだろ。甘いものでそれを誤魔化せるわけじゃないし、甘すぎても食えたもんじゃない。酸っぱすぎるのもNGだし、ニガすぎてもダメ。辛すぎれば、口の中が痛いばっかりだ」
石丸:
「例外はうま味成分っスね。うま味だけは、一定量以上は味覚が飽和すると言われているっス」
咲空:
「?」
レイシン:
「えっと、極端に言うとね、うま味の成分であるグルタミン酸やイノシン酸だけをバケツで山盛り入れ過ぎちゃっても、味覚で区別が付かないんだ。一定以上は味が変わらない。
塩や砂糖は取りすぎると危ないんだよ。でも味で区別が付くから取りすぎないように注意できる。だけど、うま味は味覚では分からなくて、体の中にそのまま目一杯に入っちゃう。だから、余計に危険かもしれないんだ」
葵:
「ヤバ。過ぎたるはなんとやらだね」
ジン:
「高級な料理でも、味を加えすぎないように配慮が必要になる点は同じだ。全体像で考えると、デカい石を彫刻して、中から石像を取り出すのに似ている。ウマいもマズいもひっくるめた混沌から、ウマいだけを取り出して形にしてやるのが料理ってことだ。だから、究極的には引き算の芸術ってこと」
咲空:
「はぁ……」
分かったのか、分かっていないのか、咲空は不思議そうな顔をしたままだった。これは自分にも経験があった。人間は、準備の出来ていない話は、受け入れることができない場合がある。
葵:
「要は、料理はめんどっちぃから、余計なことはしないものだ、ってのが分かればいいんでしょ? だったら咲空にも毎日一品作ってもらえばいいんじゃない?」
レイシン:
「そっか。そうだね、そうしようか?」
ジン:
「まかせる」
急展開に目を白黒させている咲空。そこにジンが話かける。
ジン:
「そういうこったから、好きに作ってみな」
咲空:
「わかりました」
ジン:
「それと、基本的に俺は『アレンジした料理』を食べたい訳じゃない。自分のアレンジを『試したい』だけ。つまり、お前のアレンジした料理を食べるかどうか、食べたいかどうかは全くの別の話だ」
咲空:
「はい」
ジン:
「今回、お前はカレーの鍋を丸ごとアレンジして台無しにしてしまった。次、同じことをやったら、一人で食べ終わるまでずっと食わせ続けるから、そのつもりでな」
咲空:
「はい……」
ジン:
「試したかったら、小さな鍋に自分の分を取り分けて、そこでやるんだ。いいな?」
咲空:
「すみませんでした」
これで一件落着であろう。
ジン:
「……さて、ちょっくら練習してくるかな」
レイシン:
「お茶とお菓子は?」
ジン:
「今は要らない。……おかげで、はじめの頃の気持ちを思い出したよ」
僕も一緒に練習します、と言おうとしたが、言い出せなかった。
立ち上がったジンは、ただ静かだった。静か過ぎて鋭く尖っているような、研ぎ澄まされた空気感に圧倒される。〈大災害〉以後、オーバーライドを成立させた頃の、修行に没頭していた時期のジンは、こういう姿だったのかもしれない。間違いなく、そうだ。
立ち上がろうとするのを、レイシンに目で制される。『邪魔をしてはいけない』と。
――こうしてその日から、咲空の作った『微妙な味』のおかずが並ぶことになった。
◆
トモコ:
「やっ」
シュウト:
「どうも」
トモコ:
「ふーん。がんばってるね」
シュウト:
「あはは(苦笑)」
ギャルソン服(?)とかいうのを上から下まで観察され、励ましのお言葉を頂戴する。
好評なのか、連日のホームパーティである。シブヤのホームにいた頃は大人しくしていただけ、だったようだ。
シュウト:
(しかし、見事なまでに女性ばっかり)
男は呼ぶつもり無いのかもしれない。その辺りにホッとする気分がないでもないが、給仕の真似事で相手するのが女性ばかり、ということになってしまう。それはそれで気苦労なのだ。なのだが、ジンに言わせれば『男臭いよりずっといいじゃないか』ということになる。
ユフィリア:
「シュウト~」
シュウト:
「なに?」
女の子を連れたユフィリアが寄ってきて、抱きつくような距離で反転した。
ユフィリア:
「手を回して? おなか触っていいから、ちょっと支えてて」
シュウト:
「えっ? えっ?」
ぐいっ、と体重が掛かり、少し慌てる。僕の腕を支えにしてもたれ掛かり、腕を広げた。
ユフィリア:
「タイタニック!」
女子:
「「おお!」」
どうやらハグの応用形ということらしい。賞賛の眼差しを浴びて心地良さそうなユフィリアを見て、呆れてものも言えない。何をやっているのやら。
その後の展開は悲惨だった。アレンジ・フリーハグに種目が変化、最終的にお姫様ダッコを要求する女子が大増加した。現実世界でやったら腰を痛めそうな重労働である。荷物持ちにクラスチェンジしてそこらを歩き回る結果に。2度、3度の要求もあったりした。
大汗をかいてクタクタになれば終わるのかもしれないが、あいにくと〈冒険者〉ではそういうことにならない。飽きるまで付き合わされる。気紛れに始まったものは、気紛れに終わるので、それを待つしかない。
トモコ:
「たいへんだねぇ」
シュウト:
「ハハハ(苦笑)」
ようやく解放されたところで、〈海洋機構〉のトモコが飲み物を渡して労ってくれた。見れば彼女は、レイシンの料理が目当てだったらしい。
ホームパーティでの飲食はおまけに過ぎない。料理もレイシンが作ったものばかりではなかった。お酒類は買ってきて準備したものだし、お菓子や軽食の一部もそうだ。それらを回避して、レイシンの作ったものを食べて楽しんでいるらしい。
トモコ:
「本当に、美味しいよね」
シュウト:
「ありがとうございます」
自分のことのように嬉しくて、お礼を言ってみた。
トモコ:
「みんなお酒とお菓子だけだもんね、食べないの勿体ないよ。……ん! これもおいしっ」
シュウト:
「食事会じゃ、ないですしね」
トモコ:
「そうなんだけどね。……ユフィってドコかな?」
シュウト:
「えっと」
軽く見回しただけで彼女のいる場所は分かる。人混みでの判別も容易だ。『情報圧』『意識光』といったイメージが浮かんで言葉の形になる。
頭痛のような、フラッシュのような感覚で白黒の世界に彼女だけが赤いドレスを纏っている映像が見えた。実際の彼女は赤いドレスではなく、パーティ向けの私服だった。
シュウト:
(……疲れてるのか?)
礼を言ってユフィリアの所へ行くトモコを見送る。
視覚に異常があるとは思っていない。ただ、覚醒状態を表すと考えられる『薄い青色の瞳』について、ジンは「魔眼の可能性がある」と言っていた。ウヅキは「〈アサシネイト〉の光に似てる」とコメント。これは推論を重ねる形になるのだが、アサシネイトのガイドマーカーの光が瞳に現れている、らしい。らしいと言うのは、自分では見たことが無いためだ。
ジンと葵の考察によれば、そもそも〈アサシネイト〉は、相手の弱点を見抜く魔眼能力の可能性が高いそうだ。というのも、〈アサシネイト〉使用後の再使用規制中には、弱点が目の前に『同じようにあっても』使えないことによる。ゲームの仕組みとしては連発できたらズルい、不公平、ゲームバランスが崩れる、といった理由で『当り前でしかない』ことなのだが、現実にゲーム・キャラクターの肉体に入って、それを操縦している以上、『当たり前』の一言で済ませられる問題ではなくなっている。
「たとえば、目の光を半分残すことが出来れば、5分以内に2回目のアサシネイトを使うことだって、出来るかもしれないだろ?」とはジンの弁である。なんでも、認識の中でガイドマーカーが『見えている』状態から、目が光っている状態に移行したということは、そういう事が可能かもしれない、のだとか。そう言われると大違いの気がしてくる。
こうしてアサシネイトとの関連に気が付いたことで、覚醒の状態が『アサシネイト使用まで』に限定される可能性に気付くことができた。
酔ったジンと戦ったあの日、薄青く眼を光らせた状態で〈アサシネイト〉を使用していたらしいのだが、葵によれば、瞳が元の状態に戻っていた気がする、という。
ジンの声の記憶:
「つまり、アサシネイトの力を薄めて使えるってことだろ? だから、魔眼能力の可能性があるって訳だ」
アサシネイトによる大ダメージ能力が、他の攻撃特技にも適用されている気配は(今のところ)感じられない。
より正確には『クリティカル・ポイントが見える』ということになるのだから、大ダメージ能力とはちょっと違う気がする。それが覚醒とどう結びつくのかも、謎だ。どこかに説明書きがあってくれると嬉しいのだが、そうも行かないのが面倒なところだった。
個人的には、覚醒しているかどうかにあまり気が付いておらず、その時間帯を思い出すと、妙に巧く行きそうな気がしている。『成功の予感』が近い。テンションが上がっているとか、ゾーンみたいな状態になっている可能性もある。
覚醒と言われて嬉しかったりもしたが、特別な能力がなくてガックリした部分も大きい。覚醒といえば、普通には大きくパワーアップするイベントに聞こえてしまう。それなのに、それどころか、能力も不明だし、発動条件も分からないと来ている。そう文句を言ってみたところ、思いっきり笑われてしまった。
ジンの声の記憶:
「あのなー、物語とかで覚醒してパワーアップするってのは、隠された力が解放されてる訳で、それは生まれ持った肉体とか、血筋的な能力ってのが大半だ。ところが〈冒険者〉ってのは、肉体的にゃみんな同条件だろ。覚醒できる隠された能力がもし仮にあったとしても、こっちの世界に持ち込めるわけないっての」
どちらにしても、王侯貴族だの、魔法使いだのの血を受け継いでなどいない気がする。当然、歴史の途中で無から突然に発生したわけではないのだから、祖先のどこかで誰かはそういう能力を持っていなかったとは言い切れるものではない。だとしても、現在の我が家は一般家庭である。期待する方が間違いというものだろう。
そんなわけで、あまり覚醒に期待していなかったりする。「そこでガツガツしないなんて偉い!」と葵に誉められもしたのだが、どちらかと言えば、計算外のファクターとして『使えたらラッキー』ぐらいのポジションとして捉えるようにしていた。
『内なるケモノ』を封印したから、その代わりに『覚醒』というこのなのかもしれないが、ジンは覚醒なんて能力を使っていないそうで、「魔眼なんじゃないか?」と言っていることになる。
シュウト:
(そう考えると、……持ち込めたってこと?)
美人といえば、姿・形の問題の気がしていたのだが、ユフィリアの美人能力は、どうやら『肉体に属する能力』ではなかったことになりそうだった。彼女ぐらいになってくると、もっと内面的な何かが関係しているのかもしれない。
ユフィリア:
「なんかね、もっと大きなお祭りとかってやりたいな」
トモコ:
「いいね!」
ニキータ:
「夏は終わったし、文化祭みたいな感じ?」
ユフィリア:
「うん、そういうの!」
花乃音:
「面白そう。作った服とか、ばーって並べて売ったりとか」
ルカ:
「話を大きくするには、〈円卓会議〉に扱ってもらうべきでしょうね」
トモコ:
「そっか。円卓でお祭り好きの人っていえば……」
雑談なのか暗躍なのか分からない女性陣の会話を聞き流して、一休み。隠れて休憩していると、いつのまにやら側に来ていた星奈にちょんちょんとつつかれる。
シュウト:
「星奈、どうかした?」
星奈:
「玄関にお客さま~」
シュウト:
「わかった。ありがとう」
星奈:
「えへへ」
なんとなく一緒に付いてきた星奈と玄関に向かうと、見たことのある人物がこちらを睨んでいた。
静:
「隊長!」
シュウト:
「静? どうしたの、こんな夜遅くに?」
静:
「どうしたの? じゃないですよ! ずるいです!」
シュウト:
「ずるい? 何が?」
静:
「アキバに引っ越したら、ギルドに入れてくれるって言ってたじゃないですか! どうして引っ越したって連絡くれないんですか!」
シュウト:
「えっ? あっ、ああ!」
なんだかそんな約束をしたような気がする。レベル91になった時の、祝いの席でのことだろう。あの時、曖昧にして誤魔化したためか、すっかり失念していた。
静:
「…………」じーっ
シュウト:
「えと、なんで睨んでるの?」
静:
「隊長の、その格好」
シュウト:
「ああ、ホームパーティをやってて、その手伝いだよ」
静:
「なんか、えっちぃです。女の人のニオイがします」
不信感も露わな目で見られ、やり場のない感情に戸惑う。誤魔化すような苦笑いを浮かべている自分を発見して、めまいを覚える。何をやっているのだ、自分は。
シュウト:
「サイはどうしたの? 一緒じゃないの?」
静:
「あの子は、宿で待ってます」
シュウト:
「とりあえず、送るよ」
静:
「とりあえず、ギルドに入れてください」
シュウト:
「僕が勝手に決められないんだよ。仲間と、キチンと相談しておくから」
静:
「どうしてですか? シュウト隊長のギルドなんでしょう?」
シュウト:
「それは違うよ。仮にそうだったとしても、自分勝手にできる訳じゃない」
静:
「……わかりました。じゃあ、明日また来ます」
星奈に「送ってくる」と伝え、静と一緒に歩き始めた。キラキラと輝く星空が眩しく感じるほどだ。ふてくされていた静は、笑顔を見せてくれるようになっていた。
シュウト:
(この先、どうなるんだろう……?)
一抹の不安が、心を駆け抜けていった気がした。ジン達に話したら何と言われるのだろう。まったく予想も付かない。どうにも面倒なことになってしまったようだった。