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106  長い苦しみのスタート

 

シュウト:

(なんだ、これは……!?)


 まるで、目に映る全ての景色をリセットしてしまう『雪化粧』のようだった。室内が凍り付いて真っ白に、否、色自体が消えていく。だんだんと心が死んで、無感動になっていく気がする。こぼれていく何かの正体を考える。理性は危険だと警告していたが、感情はのろのろとして、全てがどうでもよくなりつつある。自分自身にすら、なんら価値を見いだせなくなって来ている。


シュウト:

(『氷の世界』……?)


 何の価値もなくなった世界。その中で彼女は唯一の輝きであり、美であり、生命であり、『価値』だった。

 だが、彼女は僕を見ていない。ただ、ジンが戻ってくるのを待っていた。失敗してしまった。自分が迂闊だったと、悟る。



 これ以後、長い長い苦しみが続くことになった。この状況はいつから、どこから始まっていたのだろう。僕は、僕たちは、いったいどこから間違えていたのだろう……?






ユーノ:

「こっちー! こっちだよー! はー、やー、くー! こっちだってば!」

シュウト:

(うっわ、完全に酔ってるなぁ(苦笑))


 ユーノから念話をもらい、一人で飲んでいるといって呼び出される。

 周りのお客に奇異の目で見られて恥ずかしい。分かっているのにしつこく「こっちこっち」と連呼し続けていた。赤面症とはどうやら頭痛を併発するものらしい。


ユーノ:

「やっと来た。もぅ、おそいよ!」

シュウト:

「これでも急いだ方なんです」


 イスに座りながら、そっとため息をひとつ。


シュウト:

(あーあ、ジンさんに禁止されてるんだけどなぁ)


 ユーノはアキバ新聞の記者だ。ポーカーフェイスに自信がないこともあり、ユーノとの接触は禁じられていた。下手に仲良くなると、こちらが秘密にしたいことがバレるかもしれない。そして新聞記者に知られるのは特別な意味を持つことを意味する。

 そうした『ユーノと会うリスク』は理解しているつもりだったが、「はやく来ないと、あることないこと言いふらしてやる!」などと脅されれば、どうしたものだろうか。 どうしようもなかった。少なくとも、かなり酔いが回っていることは想像にかたくない。そういう状態では本当にあることないこと言いふらしかねない。出てこない訳にはいかなかった。


ユーノ:

「もう、遅いんだぞー」

シュウト:

「すみません」


 指先でホホに触れてくる。拗ねたような言い方をされ、ドギマギとしてしまう。苦手だ。しかも反射的に謝っている辺り、自分の立場の弱さを思い知らされる。どこに行っても毎回こうだ。自分は最弱なのではないかと思う。


シュウト:

「今日はどうしたんですか?」


 酔って暴れる相手は怖い。恐る恐る尋ねてみた。


ユーノ:

「用が無かったら、呼び出しちゃダメなの?」

シュウト:

「すみません、そんなつもりじゃ」


 本当に用件が聞きたかっただけなのだが、どう誤解されたものか、怒り出してしまった。


ユーノ:

「優しさがないよ! 女の子にそんな冷たくしたらダメなんだぞ!」

シュウト:

「すみません。じゃ、じゃあ、今日は僕のおごりってことで」

ユーノ:

「いいの!? ……ちがう! 嬉しくない。そんなので誤魔化されない」

シュウト:

「すみません。じゃあ、おごりはなしってことで?」

ユーノ:

「せっかくだから、おごってもらう」

シュウト:

「……」

ユーノ:

「今、『現金なやつだ』って思ったでしょ!」(バン!)

シュウト:

「思ってないです。ぜんぜん、そんなこと思ってないです」


 まずい。今日はどうやら凶暴な日らしい。来たばかりなのに、もう帰りたくなっていた。

 睨まれる。小動物的な顔立ちをしているためか、がんばって睨んでいる感じがすることもあって、怖いとは思わない。だが、どう扱ったものかもわからない。そもそも女性全般との付き合いに自信などあるわけがない。


シュウト:

(……なんで来ちゃったんだろう?)


 心の中で涙を流しながら、後悔した。

 店員さんが来て、ソフトドリンクを頼もうとしたら、ユーノにダメ出しされた。「乾杯しなきゃ!」と言われれば、付き合いで最初の一杯ぐらい飲まなければならないか、と考えなおす。


ユーノ:

「シュウトくんって、お酒ダメな人?」

シュウト:

「飲めないことはないです。そんなに強くはありませんが」

ユーノ:

「だったら飲もうよ。楽しいよ?」


 先日、終末戦争(ハルマゲドン)を幸運にも生き残った身である。お酒に良いイメージを持っている方が、どうにかしている。生涯禁酒でも構わないぐらいだった。


シュウト:

「寝る前だし、あんまり」

ユーノ:

「寝るために飲むって人もいるよ? でも、わたしの事じゃないからね。お父さんとか ……うん」

シュウト:

「そうですか」

ユーノ:

「そうです」

シュウト:

「じゃあ、ちょっとですよ?」

ユーノ:

「ふふふ。たくさん飲んだらどうなっちゃうの? シュウトくんって、酒癖 悪い人?」

シュウト:

「どうでしょう? 知っていますか? 飲み過ぎたりすると、ソファが空を飛んだりするらしいですよ」

ユーノ:

「なにそれ? ヘンなの ポルターガイストか何か?」


 乾杯の前にテーブルを片づける。空き瓶の配置具合から、かなりの酒量な気がした。しかし、小皿や使用済みお箸の数から、一緒に来た友達が先に帰ってしまっただけだと気が付く。


シュウト:

(飲み足りなかったから呼ばれたのかな。もしかして、お金が足りなかったのかも?)


 自然と微笑んでしまう。良いところを見せられそうな予感がする。懐にはドラゴン狩りの余録でかなり余裕がある。懐の余裕は心の余裕、かもしれない。僕も男であり、女性に良い格好ぐらいさせて欲しいと思っている。『心のジンさん』は、お金を出しただけで得られる男のメンツに何の価値が?とか言いそうな気がしたけれど、この際、安っぽいメンツで十分である。会話や優しさで活躍できないのだから、お金で勘弁して頂きたい。今夜はレイシンさん的現実主義に乗り換えると決めた。


ユーノ:

「改めて、かんぱーい!」

シュウト:

「乾杯」


 注文した大人麦ジュースを受け取り、乾杯する。子供味覚なので、やはり苦いとしか思わない。冷たいから飲み心地がいいような気がする。


シュウト:

「そういえば、かなり飲んでますよね?」

ユーノ:

「平気だよ。……ちょっと勢いを付けたくって」

シュウト:

「勢い?」


 意味が繋がらない。なんの勢いだろうと考える。いや、なんの為の、というべきか。


ユーノ:

「そりゃね、突然だったし? 迷惑じゃないかなーって」

シュウト:

「?」

ユーノ:

「迷惑、だった?」

シュウト:

「……いえ、別に」


 もちろん迷惑だったけれど、まさか本人を目の前にして本音を言えるはずもない。ふと思いついて、お金を借りるのが恥ずかしかったのかな?と思い付く。なれば、勢いが必要なのも頷けるというものだ。だが、この話題には触れないようにして、支払いをスマートにすませようと計画する。(おおっ、なんだかイケメンっぽい気がする!)


ユーノ:

「一瞬、間があった」

シュウト:

「ま?」

ユーノ:

「ごめん」

シュウト:

「何がですか?」


 女の子の言いたいことは分かりにくい。もう少し主語が欲しい。


シュウト:

「それはそうと、一緒に飲んでたお友達が先に帰っちゃったみたいですけ……ど!?」

ユーノ:

「ふぃ~ん(涙)」

シュウト:

(えっ? ちょっ!? なんで泣くの?)


 凶暴化したかと思えば、今度は泣き上戸らしい。しばらくなだめたり、慰めたりする羽目になる。ハッと気付けば、周囲のお客さんからの『女の子泣かせた~』的プレッシャーに晒されていた。


シュウト:

「気に障ったのなら謝りますから、その……」


 もうなんでもいいから泣きやんで欲しかった。切なる懇願だった。


ユーノ:

「あいつ等は、友達なんかじゃないやい!」

シュウト:

「なにかあったんですか?」


 乙女心とか言う名の地雷原を決死の思いで進み、先を促す。どうしてこうなった。僕はどこで間違えたのか。


ユーノ:

「う゛~っ。元はと言えば、あの男が悪いんだ!」

シュウト:

「あの男?」

ユーノ:

「君のトコの性格最悪男だよ!」

シュウト:

「……ジンさんのことかな?」


 性格が最悪と言われると、他に思い当たる人物もいない。


ユーノ:

「アイツのせいで、アイツのせいでぇーっ!」


 ぽつりぽつりと話し始めたユーノを言葉を丁寧に拾って行く作業をする。話をまとめると、ギルドの仲間に『ハナザーさん』のことを質問したらしい。すると、何人かに大笑いされたあげく、『ざーさん』があだ名になってしまったのだとか。


シュウト:

(ジンさんの不始末となると、僕が後始末するべき、なの、かな?)


 雑用兼おもちゃの立場を苦々しく思う。仕方がないと諦める。ここ数ヶ月の経験で、人生は諦めが肝心だと学んだ。

 悔しそうに泣きながらお酒をかっくらうユーノを見つつ思案する。


シュウト:

(さて、と。……ジンさんだったらどうするかな?)


 大笑いした上で、『ざーさん』と呼んでからかうので間違いない。しかし、この場合に『それ』で解決するのかは疑問だった。いや、そもそも『解決する必要がある話』なのだろうか? 以前にいろいろレクチャーされた記憶をひもとけば、女性は『問題を解決して欲しい』とはあまり思っていないとか教わった気がする。


シュウト:

(そういえば……)


 女の子のからかい方ぐらい覚えろ、とジンに言われていたのを思い出す。ユーノは最適な相手だろう、とも。

 知的好奇心が顔を出していた。ちょっとぐらい試してみるのも、悪くないかもしれない。


シュウト:

「ざーさんとかって言われるの、そんなにイヤなの?」

ユーノ:

「イヤに決まってるよ!」

シュウト:

「でも、そのはなざーさんって人? たしか人気の声優さんでしょ? 別に悪いあだ名って訳じゃないよね」

ユーノ:

「だって、みんなしてバカにしてくるんだよ? 人が嫌がるの見て、喜んじゃってるし」ぶすー

シュウト:

「ふうん……ところで、ざーさん?」

ユーノ:

「なぁに?」

シュウト:

「いや、ナチュラルに返事してるよね?」

ユーノ:

「うがーっ! キミも、ボクの敵か!」


 面白かった。リアクションが良いからか、楽しい気持ちになる。くすくすと笑っていると、「笑うなぁ!」と怒られる。怒ってはいるけれど、恨みのような陰湿さはない。だからなのか、もっとからかいたくなってくる。


ユーノ:

「ストレス発散に来たのに、余計にストレスたまっちゃうじゃないか」

シュウト:

「ごめん」

ユーノ:

「責任をもって慰めて!」

シュウト:

「いや、慰めろって言われても……」

ユーノ:

「気の利いた言葉を言うとか、行動でしめすとか、なんでもいいよ」


 とんでもない無茶振りだった。(ジンさんなら……?)と考え、『綺麗だ』『可愛い』『ステキ』といったホメ言葉を言えばいいらしいと思い至るのだが、恥ずかしくて口に出せそうにない。やむを得ず第2候補を実行に移すことに。


ユーノ:

「さぁ!」

シュウト:

「じゃあ、失礼します」


 腕を伸ばして、ポンポンと頭を撫でてみる。ユフィリアにやっているのを良く見るアレだ。慰めになっているかどうかは甚だ疑問だが、なんとなくそれらしい気がした。


ユーノ:

「なっ!? なななななっ」


 みるみる顔が赤くなっていく。失敗したかと不安になってくる。


シュウト:

「すみません、ダメでしたか?」

ユーノ:

「だっ、ダメ? ダメじゃないけど、……違う。ダメに決まってるよ! キミはいつもこんなことをしているの?」

シュウト:

「いえ、あの、……知り合いのマネです。やったのは初めて、だったような?」


 『ジンさんのマネ』というと話がややこしくなりそうだったので、そこは濁しておく。初めてかどうかに関しては、妹にやったことがあったかどうか、記憶が定かではない。小さい頃に頭を撫でるぐらいしているような気もする。


ユーノ:

「まったく、女の子がみんなコレを好きな訳じゃないんだぞ」

シュウト:

「すみません(苦笑)」


 どうやら失敗だったらしい。上手く行かないものである。


ユーノ:

「キミのは、やり方がなってない。もっと優しくしなきゃ。うん」

シュウト:

「強かったですか?」

ユーノ:

「そうだよ。だからもう一度」

シュウト:

「もう一度って?」

ユーノ:

「い、言っとくけど、ボクは特別に寛大だからキミの練習相手になってあげるだけで、他の女の子にこんな簡単にやっちゃダメなんだよ?」

シュウト:

「わ、わかりました」


 一気にまくしたてられ、迫力に呑まれそうになる。『撫でろ!』とばかりに無言で突き出された頭に手を伸ばす。〈冒険者〉の筋力は想像よりも強いという可能性もあるので、痛くないように、そっと触れる。



 (なでりなでり)



ユーノ:

「えへへへ~」にっこり


 今度こそご満足頂けた様子に、ホッと胸をなで下ろす。加減が難しい。


ユーノ:

「……ゴホン。髪型をキチンとセットしている子だっているんだし、簡単にひとの頭を撫でたりしちゃダメだゾ」

シュウト:

「そうか、そうでした。すみません」


 そういう細かいところまで気が回っていなかったと反省する。同時にイケメン道の奥の深さに恐ろしさを覚える。やはり自分には無理そうである。


ユーノ:

「それでも撫でたいんだったら仕方ないから、ボクが相手してあげるから」

シュウト:

「……? ありがとう」

ユーノ:

「うん!」


 満足そうに頷くユーノを見ながら、たっぷりと諦めに似た心境に浸る。

 しばらくユーノの会話に付き合い、他のお客が引き上げていくのに合わせてお開きとなった。


ユーノ:

「ごめんね、ボクが誘ったのに」

シュウト:

「いや、ぜんぜん」


 支払いを受け持ち、かつてないイケメン気分を味わう。男性的な自尊心が満たされる。ピノキオ並に鼻が高くなっていそうな気がした。これは『もげろ』とか言われるのも当然かもしれない。

 店の外にでると、店員がユーノの見送りに出てきた。


男性店員:

「ユーノちゃん、またおいでよ」

ユーノ:

「もう来ないよーっだ。ベー」

男性店員:

「ハハハ、待ってるから。……イケメンの彼氏くんも、また来てね」

シュウト:

「あ、はぁ」

ユーノ:

「ちがっ、彼氏とか、そういうのじゃないの!」


 必死に否定するユーノを笑顔でいなすと、ウインクを決めて男性店員は軽やかに戻っていった。正直に言って凄かった。あんな風に華麗にウインクを決められるだなんて、自分より遙かにイケメンである。とてもじゃないがマネできそうにない。


シュウト:

(何事も極めようと思えば、奥が深いんだろうなぁ……)

ユーノ:

「本当にごめんね? ほんとココの店員は接客態度がなってないんだよ。今度、新聞に悪口書いてやるっ」

シュウト:

「公私混同というか、職権乱用だよ?」

ユーノ:

「いいの。職権は乱用するためにあるんだから!」


 冗談であろう強気発言に笑ってしまう。なんというか、『わかった気』がした。みんな彼女と話したいのだ。明るくて楽しいユーノにかまいたくて、「ざーさん」と呼んでからかってしまうのだろう。きっと、ムキになって怒る彼女と話したいだけだ。

 やはり、ジンは大枠では間違っていないのだろう。だがそれは、自分で実際にからかってみたり、こうして会話をしてみなければ分からなかったことなのだ。頭から否定していたら、何が正しくて、何が間違っているのかは分からない。

 周囲にとっては解決しなければならない問題ではない。しかし、ユーノ本人にとってはそれがストレスになっているかもしれない。そこは解決すべき問題の気がした。


シュウト:

「じゃあ、ざーさん、僕はここで」

ユーノ:

「うん、また……って、おぃ!」

シュウト:

「ははは、今回は気が付いた」

ユーノ:

「もう! キミまで楽しんでるじゃないか!」

シュウト:

「あははは」

ユーノ:

「…………」


 無言のユーノに気が付き、やりすぎて機嫌を損ねてしまったか心配になる。


シュウト:

「あの、今のは」

ユーノ:

「……また、呼ぶ」

シュウト:

「えっ?」

ユーノ:

「ストレスがたまったら、また呼ぶからね。キミは来るんだぞ! 来なかったら、あることないこと、書いちゃうんだから!」

シュウト:

「それは困るから、……じゃあ、また」

ユーノ:

「またねっ!」



 後ろを向いてパッと駆けていくユーノの背を見送る。

 自分がやろうとしていることは、単に問題の先送りかもしれない。しかし、ストレス解消にお酒を飲むというのも、一つの解決策かもしれない。『ざーさん』と呼ぶのは、一時的なブームかもしれない。一時的にしのぐことができれば、そのうち周りも飽きるかもしれない。そうして時間が解決してくれる可能性は十分にある。ならばその間、ストレス解消に付き合うのは、……彼女が望むのであれば、自分の義務であってもいい。


 気が付けば振り返っていて、忘れ物だとばかりに一言残していった。


ユーノ:

「おやすみ!」

シュウト:

「おやすみなさい」


 軽く手を振ると、ダッシュで路地を曲がり、ユーノはそのまま去っていった。


シュウト:

(やれやれ。ジンさんに秘密ができちゃったなぁ……)


 親に隠し事をして、やましい気持ちになるかのような、なんだかモヤモヤとしたものが胸に残る。ジンの言うことに耳を貸さなければ、厄介ごとになる可能性は高い。ともかく、ギルドのみんなに迷惑が掛からないように、気を付けなければならない。


シュウト:

(だけど、なんだか楽しかったな)


 考えてみれば女性と2人きりだったのに、だからなのか、楽しかった。

 煌々と照らされた眠らない街から抜けだす。一転して、幽霊ビルまでの帰り道は暗く、深い闇を思わせた。楽しかった反動によるものか、まるで暗い穴をのぞき込んでいるような気分になる。

 そうして思い出すのはユミカのことだった。〈D.D.D〉は遠征から戻っているのだろうか? 彼女は、もうこの街にいるのだろうか。


 心の傷口が塞がってしまったのか、以前ほどの痛みを与えてはくれなかった。なんだかそれが、妙に寂しいような気持ちだった。





咲空&星奈:

「「お帰りなさいませ、ご主人様!」」

ジン&シュウト:

「「は?」」


 朝、ジンの後に続いて半地下の部屋に入ったところ、咲空と星奈にいかがわしい感じの挨拶をされた。テレビなどで報道されるようになって久しい、いわゆるひとつの『メイド喫茶』的な服装をさせられている2人。『不憫』以外のコメントはない。


シュウト:

「ジンさん、ちょっと趣味が悪いと思うんですが?」

ジン:

「何を言うか、俺じゃないぞ」

シュウト:

「でも『メイド奴隷』って」

ジン:

「ザケんな! こういうくだらねーのを企むのは、基本的に葵だ。俺じゃない!」

葵:

「ヴァ~れたか」

シュウト:

「葵さん……『も』ですか」


 ロリ体形の葵も、メイド服で楽しげだ。どうやら黒幕はこちらだったらしい。


葵:

「どーよ、似合うっしょ!」

ジン:

「ケッ、年増女の着る衣装じゃねーだろ。そろそろ歳を考えたらどうだ」

葵:

「ザケんな! カラダはちみっちゃくても、心は清純派の16歳だ!」

ジン:

「おいおい『永遠の23歳』とかって設定はどうした?」

葵:

「それはそれ、これはこれ!!」


 メチャクチャなのは毎日のことなので、放置で安定である。

 いがみ合う2人から目線を逸らすと、その先に咲空が立っていた。星奈はその背に隠れてこちらを見ている。


星奈:

「にへへ~」

咲空:

「あの、この服どうでしょうか?」

シュウト:

「えっ?」


 念のため、上から下まで眺めて確認してみる。メイドの知識などはないが、悪くないのではないかと思った。


シュウト:

「えと、可愛い服だし、似合ってると思うよ」にこっ

ユフィリア:

「おおー! シュウトが、ちゃんとしてる!」

ニキータ:

「成長……?」

アクア:

「まぁまぁね。合格よ」

シュウト:

「あの、結構、傷つくんですけど」

ユフィリア:

「だって!あのシュウトがだよ?」

ニキータ:

「女の子にホメ言葉を言えるようになるなんて、夢にも思わない」

咲空:

「そうなんですか?」

葵:

「きっと、咲空が可愛いからだね」


 盛り上がっている女性陣を横目に、そんな大事件的な扱いにしなくてもいいのではないのかと思う。がんばって言ってみたのに、恥ずかしくなってしまった。


星奈:

「ご主人さま! 私はどうですか?」

ジン:

「星奈は可愛いぞ。自信を持っていい」

葵:

「ジンぷーのロリコン」

ジン:

「俺はロリコンじゃねぇ! ……それはともかく、ご主人様とか言うのは無しだ。俺にそんなキモイ趣味はない。様づけとか、まっとうな感覚の持ち主では耐えられないものだぞ?」

レイシン:

「確かに、様ってのは勘弁してほしいかな」

咲空:

「わかりました。ジンさん、レイシンさん」


 猫人族である星奈の表情が変わる。しかし、猫顔なのでどんな表情なのかいまいち分かりにくかった。……緊張のおももち?


星奈:

「ごしゅ、ジン、さーん!」


 一人、大ウケでくすくすと笑い続ける星奈だった。


ジン:

「ダメだ。笑いのセンスが違いすぎる。ついていけそうにねぇ」

咲空:

「すみません……」

ジン:

「なぁ、星奈ってホントは小学生なんじゃねぇの?」

咲空:

「中学生です」

ジン:

「ホントのホントは?」

星奈:

「中学生でーす!」


 小学生でも中学生でも大きな違いはないような気もする。小学生からすると、中学生はずいぶんと大人に見えたものだが、自分が中学生になってみたら、何かが特に変わったわけではなかった。


アクア:

「なぜ、メイド服を?」

ユフィリア:

「ホームパーティのために用意したの。……シュウトの分もあるよ!」

シュウト:

「メイド服が!?」

ニキータ:

「フフフ。男物だから安心して」


 着るように命令されたので、部屋の外で着替えて戻る。


アクア:

「似合うわね」

シュウト:

「これってウェイターですか?」

葵:

「ギャルソンと言って欲しいね」


 飲み物を配ったり、食事を給仕したりする役らしい。そのぐらいなら、どうにかなりそうな気がした。半裸で踊ったりさせられる事に比べれば、楽勝と言って良い話である。比較する前提が裸踊りなのは悲しい現実というアレだった。


 ホームパーティの話題で盛り上がる一同から離れ、ジンに話しかけるアクアの動きを目で追いかける。


アクア:

「近い内に、貴方の力を借りることになるかも」

ジン:

「いいぞ。報酬を弾んでくれれば喜んで」

アクア:

「お金ならないわ」

ジン:

「つけといてやらなくもない。まぁ、『貸しを返してくれ』と言えば、最優先で手伝ってやるけどな」ケッケッケ

アクア:

「考えておく」

ジン:

「……どうした? いつもあの手この手で手伝わせる癖に、今回は回りくどいんじゃねーの?」

アクア:

「以前、貴方はここより西のプレイヤータウンに介入しようとした。けれど失敗したわ」

ジン:

「ん。ミナミのことか? ありゃ、タイミングが悪かった。それが?」

アクア:

「もしも、運命だとか、天の配剤というものがあるのだとしたら、『赤』を止められる人間は、『青』しかいないことになる」

ジン:

「……? 随分とナイーブというか、神経質な話に聞こえるがね。お前、『何』と戦うつもりだ」

アクア:

「必要なら、神とでも戦うわ」


 ハッとして、息をのむ。僕の動きに気が付いたらしいニキータが「どうしたの?」と尋ねてくるが、2人から視線を外せなかった。


ジン:

「……どうぞご勝手に、と言いたいね。戦るのが俺じゃなきゃいいが」

アクア:

「その時こそ貸しを返してもらうわ。神を殺してちょうだい」クックック

ジン:

「うげぇ、笑えねぇ」

アクア:

「あら、私には『毎日の仕事』だわ」

ジン:

「へいへい。天才様は言うことが違うねぇ~」


 大きな戦いの予感だけを残して、来たときと同じように、ふらりと立ち去るアクアだった。

 

冒頭描写と最後の会話は別ラインなので分かり難いかもです。

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