106 長い苦しみのスタート
シュウト:
(なんだ、これは……!?)
まるで、目に映る全ての景色をリセットしてしまう『雪化粧』のようだった。室内が凍り付いて真っ白に、否、色自体が消えていく。だんだんと心が死んで、無感動になっていく気がする。こぼれていく何かの正体を考える。理性は危険だと警告していたが、感情はのろのろとして、全てがどうでもよくなりつつある。自分自身にすら、なんら価値を見いだせなくなって来ている。
シュウト:
(『氷の世界』……?)
何の価値もなくなった世界。その中で彼女は唯一の輝きであり、美であり、生命であり、『価値』だった。
だが、彼女は僕を見ていない。ただ、ジンが戻ってくるのを待っていた。失敗してしまった。自分が迂闊だったと、悟る。
これ以後、長い長い苦しみが続くことになった。この状況はいつから、どこから始まっていたのだろう。僕は、僕たちは、いったいどこから間違えていたのだろう……?
◆
ユーノ:
「こっちー! こっちだよー! はー、やー、くー! こっちだってば!」
シュウト:
(うっわ、完全に酔ってるなぁ(苦笑))
ユーノから念話をもらい、一人で飲んでいるといって呼び出される。
周りのお客に奇異の目で見られて恥ずかしい。分かっているのにしつこく「こっちこっち」と連呼し続けていた。赤面症とはどうやら頭痛を併発するものらしい。
ユーノ:
「やっと来た。もぅ、おそいよ!」
シュウト:
「これでも急いだ方なんです」
イスに座りながら、そっとため息をひとつ。
シュウト:
(あーあ、ジンさんに禁止されてるんだけどなぁ)
ユーノはアキバ新聞の記者だ。ポーカーフェイスに自信がないこともあり、ユーノとの接触は禁じられていた。下手に仲良くなると、こちらが秘密にしたいことがバレるかもしれない。そして新聞記者に知られるのは特別な意味を持つことを意味する。
そうした『ユーノと会うリスク』は理解しているつもりだったが、「はやく来ないと、あることないこと言いふらしてやる!」などと脅されれば、どうしたものだろうか。 どうしようもなかった。少なくとも、かなり酔いが回っていることは想像にかたくない。そういう状態では本当にあることないこと言いふらしかねない。出てこない訳にはいかなかった。
ユーノ:
「もう、遅いんだぞー」
シュウト:
「すみません」
指先でホホに触れてくる。拗ねたような言い方をされ、ドギマギとしてしまう。苦手だ。しかも反射的に謝っている辺り、自分の立場の弱さを思い知らされる。どこに行っても毎回こうだ。自分は最弱なのではないかと思う。
シュウト:
「今日はどうしたんですか?」
酔って暴れる相手は怖い。恐る恐る尋ねてみた。
ユーノ:
「用が無かったら、呼び出しちゃダメなの?」
シュウト:
「すみません、そんなつもりじゃ」
本当に用件が聞きたかっただけなのだが、どう誤解されたものか、怒り出してしまった。
ユーノ:
「優しさがないよ! 女の子にそんな冷たくしたらダメなんだぞ!」
シュウト:
「すみません。じゃ、じゃあ、今日は僕のおごりってことで」
ユーノ:
「いいの!? ……ちがう! 嬉しくない。そんなので誤魔化されない」
シュウト:
「すみません。じゃあ、おごりはなしってことで?」
ユーノ:
「せっかくだから、おごってもらう」
シュウト:
「……」
ユーノ:
「今、『現金なやつだ』って思ったでしょ!」(バン!)
シュウト:
「思ってないです。ぜんぜん、そんなこと思ってないです」
まずい。今日はどうやら凶暴な日らしい。来たばかりなのに、もう帰りたくなっていた。
睨まれる。小動物的な顔立ちをしているためか、がんばって睨んでいる感じがすることもあって、怖いとは思わない。だが、どう扱ったものかもわからない。そもそも女性全般との付き合いに自信などあるわけがない。
シュウト:
(……なんで来ちゃったんだろう?)
心の中で涙を流しながら、後悔した。
店員さんが来て、ソフトドリンクを頼もうとしたら、ユーノにダメ出しされた。「乾杯しなきゃ!」と言われれば、付き合いで最初の一杯ぐらい飲まなければならないか、と考えなおす。
ユーノ:
「シュウトくんって、お酒ダメな人?」
シュウト:
「飲めないことはないです。そんなに強くはありませんが」
ユーノ:
「だったら飲もうよ。楽しいよ?」
先日、終末戦争を幸運にも生き残った身である。お酒に良いイメージを持っている方が、どうにかしている。生涯禁酒でも構わないぐらいだった。
シュウト:
「寝る前だし、あんまり」
ユーノ:
「寝るために飲むって人もいるよ? でも、わたしの事じゃないからね。お父さんとか ……うん」
シュウト:
「そうですか」
ユーノ:
「そうです」
シュウト:
「じゃあ、ちょっとですよ?」
ユーノ:
「ふふふ。たくさん飲んだらどうなっちゃうの? シュウトくんって、酒癖 悪い人?」
シュウト:
「どうでしょう? 知っていますか? 飲み過ぎたりすると、ソファが空を飛んだりするらしいですよ」
ユーノ:
「なにそれ? ヘンなの ポルターガイストか何か?」
乾杯の前にテーブルを片づける。空き瓶の配置具合から、かなりの酒量な気がした。しかし、小皿や使用済みお箸の数から、一緒に来た友達が先に帰ってしまっただけだと気が付く。
シュウト:
(飲み足りなかったから呼ばれたのかな。もしかして、お金が足りなかったのかも?)
自然と微笑んでしまう。良いところを見せられそうな予感がする。懐にはドラゴン狩りの余録でかなり余裕がある。懐の余裕は心の余裕、かもしれない。僕も男であり、女性に良い格好ぐらいさせて欲しいと思っている。『心のジンさん』は、お金を出しただけで得られる男のメンツに何の価値が?とか言いそうな気がしたけれど、この際、安っぽいメンツで十分である。会話や優しさで活躍できないのだから、お金で勘弁して頂きたい。今夜はレイシンさん的現実主義に乗り換えると決めた。
ユーノ:
「改めて、かんぱーい!」
シュウト:
「乾杯」
注文した大人麦ジュースを受け取り、乾杯する。子供味覚なので、やはり苦いとしか思わない。冷たいから飲み心地がいいような気がする。
シュウト:
「そういえば、かなり飲んでますよね?」
ユーノ:
「平気だよ。……ちょっと勢いを付けたくって」
シュウト:
「勢い?」
意味が繋がらない。なんの勢いだろうと考える。いや、なんの為の、というべきか。
ユーノ:
「そりゃね、突然だったし? 迷惑じゃないかなーって」
シュウト:
「?」
ユーノ:
「迷惑、だった?」
シュウト:
「……いえ、別に」
もちろん迷惑だったけれど、まさか本人を目の前にして本音を言えるはずもない。ふと思いついて、お金を借りるのが恥ずかしかったのかな?と思い付く。なれば、勢いが必要なのも頷けるというものだ。だが、この話題には触れないようにして、支払いをスマートにすませようと計画する。(おおっ、なんだかイケメンっぽい気がする!)
ユーノ:
「一瞬、間があった」
シュウト:
「ま?」
ユーノ:
「ごめん」
シュウト:
「何がですか?」
女の子の言いたいことは分かりにくい。もう少し主語が欲しい。
シュウト:
「それはそうと、一緒に飲んでたお友達が先に帰っちゃったみたいですけ……ど!?」
ユーノ:
「ふぃ~ん(涙)」
シュウト:
(えっ? ちょっ!? なんで泣くの?)
凶暴化したかと思えば、今度は泣き上戸らしい。しばらくなだめたり、慰めたりする羽目になる。ハッと気付けば、周囲のお客さんからの『女の子泣かせた~』的プレッシャーに晒されていた。
シュウト:
「気に障ったのなら謝りますから、その……」
もうなんでもいいから泣きやんで欲しかった。切なる懇願だった。
ユーノ:
「あいつ等は、友達なんかじゃないやい!」
シュウト:
「なにかあったんですか?」
乙女心とか言う名の地雷原を決死の思いで進み、先を促す。どうしてこうなった。僕はどこで間違えたのか。
ユーノ:
「う゛~っ。元はと言えば、あの男が悪いんだ!」
シュウト:
「あの男?」
ユーノ:
「君のトコの性格最悪男だよ!」
シュウト:
「……ジンさんのことかな?」
性格が最悪と言われると、他に思い当たる人物もいない。
ユーノ:
「アイツのせいで、アイツのせいでぇーっ!」
ぽつりぽつりと話し始めたユーノを言葉を丁寧に拾って行く作業をする。話をまとめると、ギルドの仲間に『ハナザーさん』のことを質問したらしい。すると、何人かに大笑いされたあげく、『ざーさん』があだ名になってしまったのだとか。
シュウト:
(ジンさんの不始末となると、僕が後始末するべき、なの、かな?)
雑用兼おもちゃの立場を苦々しく思う。仕方がないと諦める。ここ数ヶ月の経験で、人生は諦めが肝心だと学んだ。
悔しそうに泣きながらお酒をかっくらうユーノを見つつ思案する。
シュウト:
(さて、と。……ジンさんだったらどうするかな?)
大笑いした上で、『ざーさん』と呼んでからかうので間違いない。しかし、この場合に『それ』で解決するのかは疑問だった。いや、そもそも『解決する必要がある話』なのだろうか? 以前にいろいろレクチャーされた記憶をひもとけば、女性は『問題を解決して欲しい』とはあまり思っていないとか教わった気がする。
シュウト:
(そういえば……)
女の子のからかい方ぐらい覚えろ、とジンに言われていたのを思い出す。ユーノは最適な相手だろう、とも。
知的好奇心が顔を出していた。ちょっとぐらい試してみるのも、悪くないかもしれない。
シュウト:
「ざーさんとかって言われるの、そんなにイヤなの?」
ユーノ:
「イヤに決まってるよ!」
シュウト:
「でも、そのはなざーさんって人? たしか人気の声優さんでしょ? 別に悪いあだ名って訳じゃないよね」
ユーノ:
「だって、みんなしてバカにしてくるんだよ? 人が嫌がるの見て、喜んじゃってるし」ぶすー
シュウト:
「ふうん……ところで、ざーさん?」
ユーノ:
「なぁに?」
シュウト:
「いや、ナチュラルに返事してるよね?」
ユーノ:
「うがーっ! キミも、ボクの敵か!」
面白かった。リアクションが良いからか、楽しい気持ちになる。くすくすと笑っていると、「笑うなぁ!」と怒られる。怒ってはいるけれど、恨みのような陰湿さはない。だからなのか、もっとからかいたくなってくる。
ユーノ:
「ストレス発散に来たのに、余計にストレスたまっちゃうじゃないか」
シュウト:
「ごめん」
ユーノ:
「責任をもって慰めて!」
シュウト:
「いや、慰めろって言われても……」
ユーノ:
「気の利いた言葉を言うとか、行動でしめすとか、なんでもいいよ」
とんでもない無茶振りだった。(ジンさんなら……?)と考え、『綺麗だ』『可愛い』『ステキ』といったホメ言葉を言えばいいらしいと思い至るのだが、恥ずかしくて口に出せそうにない。やむを得ず第2候補を実行に移すことに。
ユーノ:
「さぁ!」
シュウト:
「じゃあ、失礼します」
腕を伸ばして、ポンポンと頭を撫でてみる。ユフィリアにやっているのを良く見るアレだ。慰めになっているかどうかは甚だ疑問だが、なんとなくそれらしい気がした。
ユーノ:
「なっ!? なななななっ」
みるみる顔が赤くなっていく。失敗したかと不安になってくる。
シュウト:
「すみません、ダメでしたか?」
ユーノ:
「だっ、ダメ? ダメじゃないけど、……違う。ダメに決まってるよ! キミはいつもこんなことをしているの?」
シュウト:
「いえ、あの、……知り合いのマネです。やったのは初めて、だったような?」
『ジンさんのマネ』というと話がややこしくなりそうだったので、そこは濁しておく。初めてかどうかに関しては、妹にやったことがあったかどうか、記憶が定かではない。小さい頃に頭を撫でるぐらいしているような気もする。
ユーノ:
「まったく、女の子がみんなコレを好きな訳じゃないんだぞ」
シュウト:
「すみません(苦笑)」
どうやら失敗だったらしい。上手く行かないものである。
ユーノ:
「キミのは、やり方がなってない。もっと優しくしなきゃ。うん」
シュウト:
「強かったですか?」
ユーノ:
「そうだよ。だからもう一度」
シュウト:
「もう一度って?」
ユーノ:
「い、言っとくけど、ボクは特別に寛大だからキミの練習相手になってあげるだけで、他の女の子にこんな簡単にやっちゃダメなんだよ?」
シュウト:
「わ、わかりました」
一気にまくしたてられ、迫力に呑まれそうになる。『撫でろ!』とばかりに無言で突き出された頭に手を伸ばす。〈冒険者〉の筋力は想像よりも強いという可能性もあるので、痛くないように、そっと触れる。
(なでりなでり)
ユーノ:
「えへへへ~」にっこり
今度こそご満足頂けた様子に、ホッと胸をなで下ろす。加減が難しい。
ユーノ:
「……ゴホン。髪型をキチンとセットしている子だっているんだし、簡単にひとの頭を撫でたりしちゃダメだゾ」
シュウト:
「そうか、そうでした。すみません」
そういう細かいところまで気が回っていなかったと反省する。同時にイケメン道の奥の深さに恐ろしさを覚える。やはり自分には無理そうである。
ユーノ:
「それでも撫でたいんだったら仕方ないから、ボクが相手してあげるから」
シュウト:
「……? ありがとう」
ユーノ:
「うん!」
満足そうに頷くユーノを見ながら、たっぷりと諦めに似た心境に浸る。
しばらくユーノの会話に付き合い、他のお客が引き上げていくのに合わせてお開きとなった。
ユーノ:
「ごめんね、ボクが誘ったのに」
シュウト:
「いや、ぜんぜん」
支払いを受け持ち、かつてないイケメン気分を味わう。男性的な自尊心が満たされる。ピノキオ並に鼻が高くなっていそうな気がした。これは『もげろ』とか言われるのも当然かもしれない。
店の外にでると、店員がユーノの見送りに出てきた。
男性店員:
「ユーノちゃん、またおいでよ」
ユーノ:
「もう来ないよーっだ。ベー」
男性店員:
「ハハハ、待ってるから。……イケメンの彼氏くんも、また来てね」
シュウト:
「あ、はぁ」
ユーノ:
「ちがっ、彼氏とか、そういうのじゃないの!」
必死に否定するユーノを笑顔でいなすと、ウインクを決めて男性店員は軽やかに戻っていった。正直に言って凄かった。あんな風に華麗にウインクを決められるだなんて、自分より遙かにイケメンである。とてもじゃないがマネできそうにない。
シュウト:
(何事も極めようと思えば、奥が深いんだろうなぁ……)
ユーノ:
「本当にごめんね? ほんとココの店員は接客態度がなってないんだよ。今度、新聞に悪口書いてやるっ」
シュウト:
「公私混同というか、職権乱用だよ?」
ユーノ:
「いいの。職権は乱用するためにあるんだから!」
冗談であろう強気発言に笑ってしまう。なんというか、『わかった気』がした。みんな彼女と話したいのだ。明るくて楽しいユーノにかまいたくて、「ざーさん」と呼んでからかってしまうのだろう。きっと、ムキになって怒る彼女と話したいだけだ。
やはり、ジンは大枠では間違っていないのだろう。だがそれは、自分で実際にからかってみたり、こうして会話をしてみなければ分からなかったことなのだ。頭から否定していたら、何が正しくて、何が間違っているのかは分からない。
周囲にとっては解決しなければならない問題ではない。しかし、ユーノ本人にとってはそれがストレスになっているかもしれない。そこは解決すべき問題の気がした。
シュウト:
「じゃあ、ざーさん、僕はここで」
ユーノ:
「うん、また……って、おぃ!」
シュウト:
「ははは、今回は気が付いた」
ユーノ:
「もう! キミまで楽しんでるじゃないか!」
シュウト:
「あははは」
ユーノ:
「…………」
無言のユーノに気が付き、やりすぎて機嫌を損ねてしまったか心配になる。
シュウト:
「あの、今のは」
ユーノ:
「……また、呼ぶ」
シュウト:
「えっ?」
ユーノ:
「ストレスがたまったら、また呼ぶからね。キミは来るんだぞ! 来なかったら、あることないこと、書いちゃうんだから!」
シュウト:
「それは困るから、……じゃあ、また」
ユーノ:
「またねっ!」
後ろを向いてパッと駆けていくユーノの背を見送る。
自分がやろうとしていることは、単に問題の先送りかもしれない。しかし、ストレス解消にお酒を飲むというのも、一つの解決策かもしれない。『ざーさん』と呼ぶのは、一時的なブームかもしれない。一時的にしのぐことができれば、そのうち周りも飽きるかもしれない。そうして時間が解決してくれる可能性は十分にある。ならばその間、ストレス解消に付き合うのは、……彼女が望むのであれば、自分の義務であってもいい。
気が付けば振り返っていて、忘れ物だとばかりに一言残していった。
ユーノ:
「おやすみ!」
シュウト:
「おやすみなさい」
軽く手を振ると、ダッシュで路地を曲がり、ユーノはそのまま去っていった。
シュウト:
(やれやれ。ジンさんに秘密ができちゃったなぁ……)
親に隠し事をして、やましい気持ちになるかのような、なんだかモヤモヤとしたものが胸に残る。ジンの言うことに耳を貸さなければ、厄介ごとになる可能性は高い。ともかく、ギルドのみんなに迷惑が掛からないように、気を付けなければならない。
シュウト:
(だけど、なんだか楽しかったな)
考えてみれば女性と2人きりだったのに、だからなのか、楽しかった。
煌々と照らされた眠らない街から抜けだす。一転して、幽霊ビルまでの帰り道は暗く、深い闇を思わせた。楽しかった反動によるものか、まるで暗い穴をのぞき込んでいるような気分になる。
そうして思い出すのはユミカのことだった。〈D.D.D〉は遠征から戻っているのだろうか? 彼女は、もうこの街にいるのだろうか。
心の傷口が塞がってしまったのか、以前ほどの痛みを与えてはくれなかった。なんだかそれが、妙に寂しいような気持ちだった。
◆
咲空&星奈:
「「お帰りなさいませ、ご主人様!」」
ジン&シュウト:
「「は?」」
朝、ジンの後に続いて半地下の部屋に入ったところ、咲空と星奈にいかがわしい感じの挨拶をされた。テレビなどで報道されるようになって久しい、いわゆるひとつの『メイド喫茶』的な服装をさせられている2人。『不憫』以外のコメントはない。
シュウト:
「ジンさん、ちょっと趣味が悪いと思うんですが?」
ジン:
「何を言うか、俺じゃないぞ」
シュウト:
「でも『メイド奴隷』って」
ジン:
「ザケんな! こういうくだらねーのを企むのは、基本的に葵だ。俺じゃない!」
葵:
「ヴァ~れたか」
シュウト:
「葵さん……『も』ですか」
ロリ体形の葵も、メイド服で楽しげだ。どうやら黒幕はこちらだったらしい。
葵:
「どーよ、似合うっしょ!」
ジン:
「ケッ、年増女の着る衣装じゃねーだろ。そろそろ歳を考えたらどうだ」
葵:
「ザケんな! カラダはちみっちゃくても、心は清純派の16歳だ!」
ジン:
「おいおい『永遠の23歳』とかって設定はどうした?」
葵:
「それはそれ、これはこれ!!」
メチャクチャなのは毎日のことなので、放置で安定である。
いがみ合う2人から目線を逸らすと、その先に咲空が立っていた。星奈はその背に隠れてこちらを見ている。
星奈:
「にへへ~」
咲空:
「あの、この服どうでしょうか?」
シュウト:
「えっ?」
念のため、上から下まで眺めて確認してみる。メイドの知識などはないが、悪くないのではないかと思った。
シュウト:
「えと、可愛い服だし、似合ってると思うよ」にこっ
ユフィリア:
「おおー! シュウトが、ちゃんとしてる!」
ニキータ:
「成長……?」
アクア:
「まぁまぁね。合格よ」
シュウト:
「あの、結構、傷つくんですけど」
ユフィリア:
「だって!あのシュウトがだよ?」
ニキータ:
「女の子にホメ言葉を言えるようになるなんて、夢にも思わない」
咲空:
「そうなんですか?」
葵:
「きっと、咲空が可愛いからだね」
盛り上がっている女性陣を横目に、そんな大事件的な扱いにしなくてもいいのではないのかと思う。がんばって言ってみたのに、恥ずかしくなってしまった。
星奈:
「ご主人さま! 私はどうですか?」
ジン:
「星奈は可愛いぞ。自信を持っていい」
葵:
「ジンぷーのロリコン」
ジン:
「俺はロリコンじゃねぇ! ……それはともかく、ご主人様とか言うのは無しだ。俺にそんなキモイ趣味はない。様づけとか、まっとうな感覚の持ち主では耐えられないものだぞ?」
レイシン:
「確かに、様ってのは勘弁してほしいかな」
咲空:
「わかりました。ジンさん、レイシンさん」
猫人族である星奈の表情が変わる。しかし、猫顔なのでどんな表情なのかいまいち分かりにくかった。……緊張のおももち?
星奈:
「ごしゅ、ジン、さーん!」
一人、大ウケでくすくすと笑い続ける星奈だった。
ジン:
「ダメだ。笑いのセンスが違いすぎる。ついていけそうにねぇ」
咲空:
「すみません……」
ジン:
「なぁ、星奈ってホントは小学生なんじゃねぇの?」
咲空:
「中学生です」
ジン:
「ホントのホントは?」
星奈:
「中学生でーす!」
小学生でも中学生でも大きな違いはないような気もする。小学生からすると、中学生はずいぶんと大人に見えたものだが、自分が中学生になってみたら、何かが特に変わったわけではなかった。
アクア:
「なぜ、メイド服を?」
ユフィリア:
「ホームパーティのために用意したの。……シュウトの分もあるよ!」
シュウト:
「メイド服が!?」
ニキータ:
「フフフ。男物だから安心して」
着るように命令されたので、部屋の外で着替えて戻る。
アクア:
「似合うわね」
シュウト:
「これってウェイターですか?」
葵:
「ギャルソンと言って欲しいね」
飲み物を配ったり、食事を給仕したりする役らしい。そのぐらいなら、どうにかなりそうな気がした。半裸で踊ったりさせられる事に比べれば、楽勝と言って良い話である。比較する前提が裸踊りなのは悲しい現実というアレだった。
ホームパーティの話題で盛り上がる一同から離れ、ジンに話しかけるアクアの動きを目で追いかける。
アクア:
「近い内に、貴方の力を借りることになるかも」
ジン:
「いいぞ。報酬を弾んでくれれば喜んで」
アクア:
「お金ならないわ」
ジン:
「つけといてやらなくもない。まぁ、『貸しを返してくれ』と言えば、最優先で手伝ってやるけどな」ケッケッケ
アクア:
「考えておく」
ジン:
「……どうした? いつもあの手この手で手伝わせる癖に、今回は回りくどいんじゃねーの?」
アクア:
「以前、貴方はここより西のプレイヤータウンに介入しようとした。けれど失敗したわ」
ジン:
「ん。ミナミのことか? ありゃ、タイミングが悪かった。それが?」
アクア:
「もしも、運命だとか、天の配剤というものがあるのだとしたら、『赤』を止められる人間は、『青』しかいないことになる」
ジン:
「……? 随分とナイーブというか、神経質な話に聞こえるがね。お前、『何』と戦うつもりだ」
アクア:
「必要なら、神とでも戦うわ」
ハッとして、息をのむ。僕の動きに気が付いたらしいニキータが「どうしたの?」と尋ねてくるが、2人から視線を外せなかった。
ジン:
「……どうぞご勝手に、と言いたいね。戦るのが俺じゃなきゃいいが」
アクア:
「その時こそ貸しを返してもらうわ。神を殺してちょうだい」クックック
ジン:
「うげぇ、笑えねぇ」
アクア:
「あら、私には『毎日の仕事』だわ」
ジン:
「へいへい。天才様は言うことが違うねぇ~」
大きな戦いの予感だけを残して、来たときと同じように、ふらりと立ち去るアクアだった。
冒頭描写と最後の会話は別ラインなので分かり難いかもです。




