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105  中次運動(ヒジ抜き)

  

シュウト:

「もしもし?」

アクア:

『ちょっと、ギルドホームに入れないんだけど』

シュウト:

「アクアさん!? お久しぶりですっ」

アクア:

『貴方達、今ドコにいるのよ?』

シュウト:

「アキバです。ビルを買って、引っ越したばかりでして。迎えに行きますので、アキバ近くの〈妖精の輪〉に来てもらえますか?」

アクア:

『面倒ね……』


 外出の(むね)を告げると、カンダの書庫林にある〈妖精の輪〉まで走って移動した。しばらく待つことになり、走らなくても良かったなぁと思う羽目になった。アクアが〈妖精の輪〉から出てきたのは僕の到着から5分ほど経ってからだった。


シュウト:

「お久しぶりです」

アクア:

「そうね。2週間ぐらい?」

シュウト:

「確か、呼吸法の時が最後だった気が……」


 アレはいつだったろう?と考えていると、さっそく叱られた。


アクア:

「そんなことはいいから、さっさと案内しなさい」

シュウト:

「はい(苦笑)」


 アキバの町中を通って幽霊ビルへ。外見の感想は特になく「覚えやすくていいじゃない」とのこと。少しがっくりしながら、半地下へ案内した。


アクア:

「来たわよ」

ジン:

「よう、しばらく」


 『その場歩き』のような練習をしていたジンが、軽く挨拶を返していた。彼女は室内をジロジロと眺め回して一言。


アクア:

「この精霊力の強さは、そういうことね」

ジン:

「そういうことだ」

アクア:

「貴方が選びそうな場所ね。具合はどう?」

ジン:

「んー。少々、魔法的な現象が起きやすくなってるぐらいかな。メシがメッチャ旨かったり」

アクア:

「それは、楽しみだわ」

ジン:

「おまえ専用の客間をユフィがセッティングしてる。風呂もあるけど、どうする?」

アクア:

「ありがたいわね。さっそく使わせてもらおうかしら」


 自慢の大浴場である。“大”は言い過ぎかもしれないが、浴室というよりは、数人で入れる浴場と呼べるサイズだった。サイズの話は、入れ替え制にせず、男女用で別にして作ったことも一因だ。

 〈召喚術師〉である咲空の加入もあり、いろいろと助けられている。屋上の給水タンクへ水を補給したりを自前で出来ることや、料理やお風呂での火力のアップが達成された。


シュウト:

(アクアさんが来たってことは、もしかすると……)


 彼女がいると修行の内容が先に進みやすい。そのためか、自然とうきうきしてしまう。





ジン:

「えー、今日から更に難しいのやります」


 小さくガッツポーズする。引っ越し前から2週間近く、これまでの復習を繰り返していて、そろそろ新しいものに取り組みたいと思っていたところだった。


ユフィリア:

「難しいの?」

ジン:

「難しいね」


 アクアの座った椅子の後ろに立っていたユフィリアが、困った感じの表情で言った。お風呂上がりのアクアは、髪をサイドでゆわっていない。タオルを持ったユフィリアが乾かすのを手伝っていた。命令されて、というよりは好きでやっているようだ。


ユフィリア:

「難しいのヤ~」

シュウト:

「ヤって言われても、必要な時には必要だし」


 中止になっては個人的に困るので、力説しておく。


ジン:

「そうだなぁ。なぜ話が難しくなってしまうのかっていうのには幾つかのパターンがあって、典型的なのが、同じテレビ番組を見てないとかっていうのとかね」

ユフィリア:

「友達が見てないと、ちょっと寂しいよね」

ジン:

「だな。つまり、同じ経験をしていないから、伝わらないとか伝わりにくいってことだ。当然、高度な内容になるほど、みんな経験していないわけだから、感覚的に一発で理解できる、って風にはなりにくくなっていく」

アクア:

「当然ね」

ジン:

「その他には、国語力の問題だとかな。単純にしゃべる側の言葉が足りないとか、聞き取る側が集中してなかったり、要点を押さえる能力が不足してたりとか。まぁ、俺も説明が完璧だとは思っちゃいない。だけど難しいって思うとそれだけで集中力がなくなるタイプも多かったりはするね」

葵:

「そんで?」

ジン:

「うむ。今回のパターンは、単純に複雑なんだ。概念が複数の層、レイヤーにまたがっている。だもんで、複雑に『感じる』と思われる」

シュウト:

「手強そうですね」

ジン:

「大雑把には、ヒジ抜き、遊動支点、1軸波動運動といった『中次運動能力』を扱う」

ユフィリア:

「ふうん」

ジン:

「よし、取りあえず難しいところは終わったぞ。なんか今日はイケそうな気がする!」

ユフィリア:

「ジンさん、がんばってー!」

ジン:

「うっしゃあ、任しとけぃ!」

シュウト:

「というか、難しいところは終わったんですか?」

アクア:

「説明する前に、要素に分けるところまでの難易度が高いのでしょう」

ジン:

「そういうこと。……んじゃ、ヒジ抜きか、中次運動どっちから行く?」

シュウト:

「どっちでもいいんですか?」

ジン:

「複数層にまたがるってことは、構造的に並列に近くなるからな」

アクア:

「中次運動能力からよ。というより、なんで高次の話をしないの?」

ジン:

「はいほい。じゃあ、中次運動能力の話しからしていこう」





ジン:

「前にも喋ったと思うけど、再分類したものを配置し直す」

シュウト:

「お願いします」

ジン:

「ここでは主体と従属、メインとサブを中心に考える。……低次運動能力は、手や足の運動をメインにした運動だ」

葵:

「とりま、中次は?」

ジン:

「中次運動能力は、体幹部が主、手足が従の関係だ」

ニキータ:

「その場合、高次はどうなるんですか?」

ジン:

「高次運動能力は、意識が主体。肉体は意識に従属させる形をとる。肉体のコントロールは意識でやるわけだが、その意識を対象化する」

ウヅキ:

「あのよ~、よくわかんねーけど、アタシらは、もともと意識で体を動かしてんじゃねーのか?」


 部屋の端っこにあった毛布の塊が声を出していた。(いたんですか、ウヅキさん……)


ジン:

「いい質問だ。良すぎて困るぐらいのな。結論的には、意識で肉体を操作するためには、『極意』と呼ばれる特殊な意識が必要だ。中心軸とか、丹田とかだな。

 通常、人間が肉体をコントロールする際は、五感の内の視覚や聴覚をメインとした視聴覚的な意識を利用していて、いわゆるイメージや、そこから派生した動作のフォームなどを使っている。まぁ、要するに別物ってことだ」

ユフィリア:

「ふむふむ」

アクア:

「大体わかったわ。フリーライドに到達してないのだから、中次運動をやらせるしかないわけね」

ジン:

「それもあるが、フラクタル的というか、一部分とより大きな部分とが、階層ごとに相似を取りやすい感じだな。α→βへの移動を考えた時に、手足を動きを中心にした低次運動系の高次化を起こしても、フリーの水準が中途半端になるとかがいろいろとあって……」

葵:

「そっか。中次運動を高次化させなきゃだ」

シュウト:

「なる、ほど」

ユフィリア:

「むーずーかーしーいー!」

ジン:

「じゃあ次にいこう。今度は1軸波動運動だ」





シュウト:

「初めてだと思うんですが?」

ジン:

「だっけ? んー、走法が中途半端になってるからかな。ウサイン・ボルトの走力の秘密と考えられているものが、この波動運動の利用なんだ。最初期に『トカゲ走り』と言う名称でメディア露出したハズなんだが、あんまり広まらなかったんだよなぁ~」

葵:

「ああ、お察しだね」

ユフィリア:

「んーと、どういうこと?」

アクア:

「理解されなかったのでしょう。高度すぎて」

ジン:

「どうだろうな。的確な分析であっても、圧倒的に早過ぎた可能性もある。それにまず、ボルトが状況をどんだけ先に進めたかってのも分かって無かったんじゃないかなー。文脈が分かんないと厳しいしな。あんましっくり来てなかったのかもしれん」

シュウト:

「どういう内容なんですか?」

ジン:

「『黒人のバネ』ってヤツの延長線上にあるものだよ。……中次運動系では体幹部をメインとした運動を行う。しかし、一般的な理解では、走るのは足でやることなワケだ」

アクア:

「いわゆる『足だけ』を動かして走れば、低次運動でしょう?」

ジン:

「まぁ、だから体幹部でどうやって走ればいいか?ってことだろ」

シュウト:

「つまり、答えは波動運動ですよね?」

ユフィリア:

「ウェーブ?」


 腰をかがめたユフィリアが、立ち上がりながら万歳して、また腰をかがめた。野球などで多人数で一緒に行う応援パフォーマンスのつもりだろう。


ジン:

「んーと、波動運動は、体重を推進力に転換する方式の仲間だと言える。順を追って説明していこう。まずロクに中心軸も無い場合は、左右にブレブレな運動になる。ベクトルがバラけるし、そもそも体つきからして左右のバランスが悪いなどのマイナスが大きい」

シュウト:

「……そういう歩き方している人って、結構いますよね」

ジン:

「形式的には2軸運動に分類できるが、2軸というほどちゃんとした軸が作れていない。やはり基本は1軸運動として中心軸をキチンと作り込むことが望ましい。言うまでもない事だろうけど、大切なことなので何度も言うべきだな。中心軸をキチンと作り込むことが望ましい!」

ユフィリア:

「うんうん」

ジン:

「問題はここからだ。1軸をキチンと作り込んだ結果どうなったかというと、ブロンズ像が走ってるみたいになったわけだ。ベン・ジョンソンは最高に分かり易い例なんだが……、わかんないよな?」

ニキータ:

「ちょっと、記憶には……」

ジン:

「1軸を形成して、ブレを無くしたわけだが、カチッとした印象で手足をシャカシャカさせたイメージなんだ」


 ジンがロボットみたいな動きを再現して見せた。


シュウト:

「でもそれだと低次運動ってことですよね?」

ジン:

「YES。ベン・ジョンソンはドーピング検査に引っかかったりしたんだが、ともかく、そこからウサイン・ボルトの登場までが大変だったわけさ」

葵:

「軸ブレしちゃダメってなったら、行き止まりじゃない?」

ジン:

「そうなんだけど、100mで10秒切ってりゃ十分とも言えたんだ。カール・ルイス全盛のあの当時にしてみれば、理想的な選手の登場と考えることもできた。中心軸ばっちりのランナーが、ドーピングだとしても世界新だからな。……だからこそ逆に、人間の限界が100mやっとこギリギリ9秒台っていう微妙な状況なるわけだけど」

葵:

「薬物まで使って、どうにか9秒台に入ったとこでストップじゃ、確かに寂しいか」

ジン:

「んで、ここから2軸運動系が主流化していくワケだ。例えば……、階段を登るとき、逆にブレさせてやるようにする動きとかだな」

ユフィリア:

「ブレさせていいの?」

ジン:

「いいんだ。〈冒険者〉は疲れにくいから気が付かないけど、普通の人間は階段登りすれば息が上がる。1軸運動をやろうとすると、足の力だけで階段を上がらなきゃいけないから、ちょっと辛くなるのだよ」

シュウト:

「ブレさせた方が楽になるわけですか?」

ジン:

「やってみりゃいい。その場で足踏みしてみ。2軸運動では、左右の足に軸を形成する。踏み下ろす側に体重を移動させることで、運動量を増やしてやるんだ」


 ジン本人の実例をみながら、自分でも足踏みしてみる。体重移動をタイミングよく交互に行いながら、強く床を踏みしめる。威力が高まっているのが分かる。


ジン:

「加速期にはよく見られる動きなんだが、高速期には1軸運動にまとめちまう選手が大半だな。まぁ、2軸運動はブレがロスになりやすいってのもある」

シュウト:

「加速が終っても2軸運動を続けたのがボルトってことですか?」

ジン:

「ボルトが走ってるところを見たことあんだろ? 原理は2軸運動と同じだが、それを1軸で行うんだ。ゆえに1軸波動運動。

 〈冒険者〉にはあんまり効果のない坂道ダッシュだけど、それをやってバテてくると、体幹をクネクネさせる走りになりやすい。運動エネルギーの不足分を補おうとすると、クネクネさせる動きが自然に出て来やすい」

葵:

「つまり、ボルトは平らなトコで坂道ダッシュのクネクネをやり続けた選手なんだ?」

ジン:

「理屈の上ではそうなるね」


 その場足踏み運動をやってみせてもらう。2軸運動では左右の足に体重を交互に乗せかえていたが、1軸波動運動では中心をキープしつつ、体をクネらせて、似たような効果を生み出している。


ジン:

「こうしたボルトのクネクネは、強大な運動量を作りだし、そのことによって時代を一変させてしまった」

シュウト:

「凄いですね……」

ジン:

「じゃあ次。遊動支点について説明しよう」





ジン:

「遊動支点は、動いちゃう支点のことだな。反対は固定されてる支点。ここでは土台の固定化、続けて遊動化について話していく」

シュウト:

「固定土台ですか?」

ジン:

「うむ。低次運動系では、体幹部を固定土台とする。中次運動では体幹は遊動土台だ。なぜそうなるか?というと、体が柔らかいことのデメリットがモロに影響しているせいだな」

ユフィリア:

「デメリット?」

シュウト:

「ちょっと意外な感じです。いつもは、体が柔らかければ、全てが上手く行くって感じで話してますよね?」

ジン:

「そう、『すべては、ゆるむこと』。これはひとつの真理であり、到達点だ。しかしながら遊動型の土台は嫌われる。体が柔らかいと『反作用』のせいで威力が減じられてしまうからだ。だから、固定土台が主流になっている」

ユフィリア:

「反作用?」

ジン:

「大砲をドーンと撃つとするだろ? 遊動土台式で、線路みたいなレールの上に配置されてるとする。点火してドーンと撃つと、撃ったのと反対方向にガガガッと下がる訳だよ。こういうのが反作用だ」

ユフィリア:

「ふぅ~ん」

ジン:

「人体でもこれと同じことが起こる。腕でパンチしようとする、しかし力が抜けて体が柔らかいと、体幹部が固定されずに後ろに下がっちゃうんだ。パンチは前へ、体幹は後ろへ。こうなっちまうと威力が出ない」

アクア:

「威力を出すためには体幹部を固定土台にした方がいいわけね。でもそれは低次運動になってしまう」

ジン:

「そうだ。AFSとの関係も問題でな。腰の回転運動を前側の足で止めて、『ブロッキング』することで威力を出すんだ。……このブロッキングの技術ってのがまた、年輩の指導者が大好きなんだよ。こう、ガツンとくる感じだとか。回転運動の強化よりも、ブロッキングを上達させようとするぐらいで……」

葵:

「大変だね」

シュウト:

「えと、AFSがダメなら、BFSですか?」

ジン:

「BFSなんて、余計にブロッキング強めたりもするぞ。もうガッチガチに固めちゃったりすることもある。移動速度を威力に変換する訳だから、インパクトの瞬間は押しつけるぐらいの気持ちが必要なんだ。体がグニャってると、それがクッションになっちまって、折角の威力が死ぬからな」

石丸:

「剛体術が必要っスね」

ジン:

「だけど固定土台にして体幹部を固めたら、当然、波動運動は成立しない。ここでの問題は、体幹部から運動エネルギーを生み出す仕組みだ。これを理解することが先決だろう。

 アバラの駆動力化と、魚類運動進化論だな」

ユフィリア:

「ぎょぎょ~?」

ジン:

「魚クン、乙。じゃあ、アバラの駆動化から。シュウトも脱げ」ぬぎっ


 おもむろに服を脱ぎ始め、上半身だけ裸になるジンだった。抵抗しても無駄なので、自分も脱ぐことにする。


ジン:

「シュウト、アバラを動かしてみろ」

シュウト:

「えっ? アバラですか?」


 アバラ、いわゆる肋骨は骨であり、骨は硬くて動かないというイメージが強い。なんとか動かそうとしてみる。


ジン:

「……ハラを引っ込めてるだけじゃねーか」

シュウト:

「すみません。なんというか、難しいんですが?」

ジン:

「んー。人間は二足歩行を確実にこなすために、身体外周部の筋肉、いわゆるアウターマッスルを固めて使うことで、柱みたいに自分を拘束してしまっている。『拘束された世界』だな。低次運動では、主に手足を使うことから、体幹部の運動が乏しくても、いくらでもどうにでもなる。結果、胴は硬くて太い丸太みたいなイメージになる」

アクア:

「それで、肋骨を動かすというのは?」

ジン:

「そもそも肋骨ってのは、内蔵を守るための防御構造な訳で、クッション的な役割を担っている。ショックアブソーバーだな。肋骨の可動性が高まれば、衝撃を吸収できるようになる。これが更に進むとスプリング化して、反発力を利用して駆動力として使うことができるようになる」

シュウト:

「うわっ」


 片腕を上げた上半身裸のジンが肋骨を動かしていた。大胸筋をピクピク動かすのはテレビで見たことがあるが、こうして肋骨が閉じたり・開いたりを意識して見たことはない。操作できるものだったらしい。


ジン:

「肋骨は、ロコツに動くものなのだよ」(ドヤァ)

葵:

「はいはい、おもろいおもろい」

ジン:

「扱いが雑!……それはともかく、駆動化の一例を出そう。膝を持ち上げます。腿上げというよりは、その場で真上に引き上げてやる感じで」

シュウト:

「はい」


 折り畳まれたような小さな動作で膝を引き上げるジン。腿上げよりコンパクトだ。


ジン:

「ここで、肋骨がクシャッと潰されます。んで、足を下ろすんだけど、ここで肋骨が元に戻ろうとする力が働いて……」



 キュゴッ!



 ――武術において、足で地面を踏みつける動作を、『震脚』などと呼ぶ。肋骨の運動量を乗せられたジンの足は、凄まじい威力で叩きつけられていた。地震でも起こったかと思うような震脚に、部屋にいた全員が度肝を抜かれていた。


ウヅキ:

「びっ、くりしたぁ!」

ニキータ:

「ビルが揺れなかった?」

ジン:

「……っつー。足が痛ひ(涙)」

葵:

「引っ越したばっかだぞ、壊すな!」

ジン:

「ワリ。でも、穴とかは開いてないって。……ともかくこんな感じで肋骨は駆動力として利用できる。では先に進もう」

ユフィリア:

「お魚さん?」


 服を着ながら話を続けるジンだった。自分も上着を身につける。


ジン:

「そうだな。魚類運動進化論。えっとー、進化論がある程度正しいと仮定した場合、人間になった猿は、大昔には魚だった時期があると考えられる。イコールで手足がないか、あったとしてもあまり利用してなかったわけだ。魚はほぼ背骨しかないだろ? そうした今現在の姿から類推すれば、手とか指を使うぐらい、むしろそれよりも遙かに自在に背骨まわりを使って運動していたはずなんだ。これが大事なところだね」

葵:

「手足がはえたら、背骨では運動しなくなったん?」

ジン:

「いや、野生動物は使ってる。問題は人間だ。人間は背骨を使わなくなっている。柱みたいな『静的な構造体』として扱ってしまっているわけだ。つっても、構造的には関節が多すぎるし、アカラサマに『動的な構造体』なんだがね。

 しかも、人間の脳には進化の軌跡が刻まれている~とか言われててな? 細かいことは忘れたけど」

ユフィリア:

「どういうこと?」

石丸:

「様々な生き物を比較して、脳の構造がとても似ていることから、進化の過程において、脳は様々な機能を追加しながら発達していったと考えられているっス。魚類と両生類では大脳辺縁系、爬虫類で新皮質が僅かに出現し、鳥類や哺乳類になると新皮質が大きくなり、感覚野や運動野が現れるっス」

ジン:

「特に鳥類は小脳の運動野が発達している。それだけ飛ぶのはムズい運動ってことらしいな。着地を一発でピタッと決めたり」

石丸:

「霊長類では新皮質が更に大きくなり、連合野の機能を獲得するっス」

ジン:

「まぁ、そんな感じだったな。補足説明をありがとう」

葵:

「進化の過程でそうだったとしても、そんなもん何百万年だかの太古の昔の話っしょ」

ジン:

「そうとも言えるし、そうじゃないとも言える。〈冒険者〉はどうだか知らんけど、少なくとも人間なら、母親の胎内でこの過程をたどったことになる。 今だって太古の時代と同じ脳を利用して生きてるのさ。だから、人間は動物に過ぎないとも言えるし、人間は『人間になった』とも言えるわけだ。ついでに、このプロセスがここで終了したかどうかは何とも言えない辺りだな」

アクア:

「SFでありがちな題材ね」

ニキータ:

「いわゆる超能力とか、ですね」

ジン:

「未来に人間が超能力を獲得するかどうかはともかく、魚類や鳥類的な運動能力は利用したい辺りだね。こうした脊椎中心の運動の存在が、本来的には脊椎動物を脊椎動物たらしめている由縁だと考えられる」

シュウト:

「反作用はどうするんですか?」

ジン:

「動物に学ぶのも一興、じゃね?(笑)」

アクア:

「確かに一理あるわね」

ユフィリア:

「?」

葵:

「そっか。野生動物の時代から使ってたんだから、反作用を上手く捌く方法か、もしくは反作用を軽く越えるだけの『利点』が、遊動支点にはあるって訳だ」

ジン:

「ま、そこらのこまけー話は、おいおいってことでいいだろう」





ジン:

「最後は、ヒジ抜き・ヒザ抜きについてだ。これは武術的な意味では『ようやく』のスタート地点だな」

シュウト:

「これから始まりですか?」

ジン:

「いや、今回の話は武術的に言うと、ヒジ抜きの鍛錬法の話なんだよ。内容はここまで話して来た通りで、最終的に中次運動能力の獲得が狙いってことになる。問題は、『何故、ヒジ抜きなのか?』ってこと。ついでに答えは『依存しているから』だな」

ニキータ:

「低次運動に対して、ですね」

ジン:

「そういうこと。低次運動では、主に視聴覚の意識でもって身体を操作する。反復練習の結果として得られる『感覚』ってのは、ヴィジュアル的なイメージになりやすい。その代表が『正しいフォーム』ってヤツだ。正しいフォームの誘惑にあらがうのは、正直に言ってしんどい」

シュウト:

「正しいフォームってダメなんですか?」

ジン:

「別の言い方をすれば、『感覚の再現はタブー』だ」

シュウト:

「なるほど」

ジン:

「情報は劣化する。反復すればするほど、元の情報は失われていく。これから最大パフォーマンスを発揮しようって時に、過去の栄光だか成功だかにすがればどうなる? 良くても『そこそこ』の結果しか望めない。

 いみじくもお前が看破したように、最新の自分であろうとする姿勢が望ましい。過去の自分になろうとしてはいけない」


 言い切ったジンだったが、情けない感じのため息をひとつ。


ジン:

「なんだけども、歳をくうとな~。若かりし頃の自分の影を追いかけたくなっちゃうもんなんだよねー。最新の自分は、最高のパフォーマンスを発揮するとは限らない。そんな時、過去の理想像を追いかけたくもなるっつー話でさ」

シュウト:

「はぁ」

葵:

「若いと分かんないかもね~(苦笑)」

ジン:

「どんな状況であれ、最新の自分たらんとすることが大事なのさ。歳をくってても」

アクア:

「フン。そんなこと、何歳になろうと当たり前じゃない」

葵:

「にゃはははは」

ジン:

「話を元の流れに戻そう。

 ヒジ周り・ヒザ周りの筋力で作ったテクニックだと、ハイレベルでは威力が、速度が足りなくなる。腕を全体的に使うためにヒジを抜く訳だけど、それだけだと窮屈なんだわ。その窮屈さから工夫して、体幹部の運動量を使えるようにする、ってのがヒジ抜きの大体の説明だ。ポイントは体幹部の運動量を使える割合、パーセンテージの問題になる。普通に考えると、体幹部の運動量を追加して利用できるようになって行けばいいハズなんだけど、それでは上手く行かないんだ。

 つまり、ヒジ・ヒザを『抜く』のは、依存してしまっている部分を破壊して、一から作り直す必要があるから、そういう言葉・概念になっている。70点のやり方を延長しても、100点に届くことはないんだ」

葵:

「根本的にやり方を変えなきゃダメなんだ?」

ジン:

「そ。だから難しい。フォームの問題もあるし、現在のレベルを落とせない環境って場合もある。なにより、ヒジ抜きで苦労しないと、体幹部の運動量を使おうって状態にならない」

アクア:

「思っていたのより、ずっと厄介なテクニックみたいね。反作用や固定土台を考えたら、失敗のリスクがかなり高くなるでしょう?」

ジン:

「やるかやんないかは、もちろん自由だ。リスクに怯もうがおもねろうが、それは個々人で選択するしかない。

 でも、ガチで強くなるのが目的なら、やらざるを得ない。中次運動が使えなきゃ内容の差は圧倒的だ。勝負にならない」

シュウト:

「『まるで歯が立たない』って気分になりますよね……」


 近接戦でのジン・レイシンの2人は圧倒的だった。根本的な部分で強さの次元が違う。『勝てない』ということを前提にしてしまいたくなるほどに。


ジン:

「切っ掛けは何でもいいんだ。ともかく、低次運動のままで居るのを止めなきゃならない。体幹部の運動を個別に練習したとしても、そのままではヒジ・ヒザの運動系にたよってしまう。体幹部の動作は使われないままで終わってしまう。依存している状態から、きっぱり『お別れ』せにゃならん。別の『何か』になる必要がある。その覚悟が必要だ」

シュウト:

「別の、何か……」


ジン:

「昔の人達もヒジ抜きを成立させようとあれこれ工夫していた訳でさ、『小手先の技』はダメとか、『八寸の延べ金』『月を斬れ!』なんかの言葉は、指導的な意味合いが強い。こういうところに努力の痕跡が垣間見えたりする」

シュウト:

「その、〈冒険者〉特典か何かで、簡単に出来るようになったりしないんでしょうか?」

ジン:

「わはは。答えは、『できるようになったら、できるようになる』だ。お前がちゃんと練習すれば、〈冒険者〉の体は応えてくれるだろう」

葵:

「自分じゃ出来ないものは、再現してくんないよね~」

シュウト:

「がんばります……」





ジン:

「じゃあ、簡単にまとめ。

 ヒジ抜き・ヒザ抜きの練習をすることで、ヒジ・ヒザ周りの筋力を使えない状態にする。こうなると、運動エネルギーも足りなくなるし、窮屈になる。だから、別のところからパワーを引っ張ってこようとするようになる。体幹部の運動エネルギーを利用する方向に誘導されていくわけだ」

ユフィリア:

「うん」

ジン:

「しかし、体幹部が硬直していたら運動量・運動エネルギーを取り出せない。だからどうしても拘束を解除する必要がある。この拘束は『固定土台』によるものも含まれる。固定されなくなれば、遊動土台・遊動支点になるから、自然とそれらのメリット・デメリットを経験することになるだろう」

シュウト:

「半ば自動的にですか?」

ジン:

「半ば自動的に、だ。体幹部の土台が遊動化することで、波動運動を利用できる態勢が整う。やがて、ヒジ・ヒザ周辺の筋力によって構成された技術を打破し、体幹部主導の運動技術が構築されるようになる。αからβへ乗り換えるが起こる。つまり中次運動だ。……どうよ、意外と簡単だったろ?」

ユフィリア:

「うん、そんなに難しくなかった気がする」

シュウト:

「理論はともかくとして、問題は実践、ですよね……?」

ジン:

「より本質的な内容だから、要求している要素数は大したことがない。ただ、要求水準とか深さ、豊かさが問題なだけで」

シュウト:

「やっぱり大変だってことじゃないですか」

ジン:

「簡単とか楽勝と言った覚えはない」

レイシン:

「それに、具体的な戦闘技術とかけ離れちゃっているから、戦闘の中で使えるように、ちゃんと練習しないとね」

ジン:

「ちゃんと練習しないと、依存が顔を出すぞ」

ニキータ:

「がんばりましょ?」

シュウト:

「うん」


ジン:

「体幹の練りが問題だから、3大拘束反射だのもここで本格的に絡んでくる。こいつらを解除していくのが、ま~た一大事だぜ(笑)」

ユフィリア:

「すっごい嬉しそう」

葵:

「他人の苦労は100年だって我慢できるヤツだからね」

ユフィリア:

「ジンさん、最低!」

ジン:

「勝手なこと言ってんな!」


アクア:

「ちょっと、少しは高次運動の話もしなさいよ」

ジン:

「へいへい。……だいたい動作の理屈だの、やることだの自体は変わらんね。単純に、意識を対象化するだけだ。体をクネクネさせるって話じゃなくて、もっと『柔らかい中心軸』を作るのはどうする?とかって感じだな」

シュウト:

「中心軸って柔らかくなるんですか?」

ジン:

「意識だからその辺はいくらでも融通が利く。レベルにもよるけど」

アクア:

「意識を対象化するのは何故?」

ジン:

「低次・中次では、肉体を動作させることで、間接的に意識を扱っている。しかし、1軸波動運動なんかは中心軸でコントロールするのが効率がいい。というか、そうしないと効率が悪すぎる」

アクア:

「……つまり、肉体を対象化している段階で、意識をコントロールしている割合の差が才能の差なのね?」

ジン:

「そうなるだろうな」

シュウト:

「最初っから高次運動をやればいいんじゃないですか?」

ジン:

「やりたきゃ勝手にやればいい。ただ、中次段階でカラダを練っていくと、超反射が使えるようになるんだよね。これは中次から高次への橋渡しする役割を担っていたりしてね」にやにや

シュウト:

「超反射……!」

ユフィリア:

「なんだか凄そう」


 パターン的にはここでお預けなのは分かっていたが、『アクア効果』に望みを託し、お願いしてみることにする。


シュウト:

「そのぉ、超反射っていうのは……?」

ジン:

「もう、ハイレベルでは必須不可欠というか。戦闘で使えるようになると、こう、なんていうの? 天国と地獄的な? 世界とか次元とかが違ってくるっていうか?」

シュウト:

「世界……」

ジン:

「と、いうわけで、本日は以上」(ドきっぱり)

シュウト:

「ああああ、やっぱり(涙)」

ユフィリア:

「ジンさんのいじわる~、いじめっ子~」

ジン:

「おまえはイジワル言いたいだけちゃうんかと」

ユフィリア:

「そ、そんなこと無いんだよ?」

葵:

「まぁ、ここまでの話が全部どっかいっちゃいそうだもんね」

ジン:

「そーいうこと。だけど、超反射用の特別な訓練なんてないから、中次運動系をしっかり身に付けりゃいい」

シュウト:

「……わかりました」

ジン:

「んじゃ、軽く練習すっぞ? まず、その場歩きから……」

 


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