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102  地面の高さから

 

 幽霊退治をした僕たちは、その足でギルド会館へと向かった。ウヅキ・咲空・星奈の3人をギルド〈カトレヤ〉に登録するためと、できれば今日中にビルを購入してしまいたかったこともある。


葵:

「じゃあ、手続きは済んだね。ようこそ、我が帝国〈カトレヤ〉へ! あたしは葵。ギルドマスターだよん」

ウヅキ:

「そうなのか?」

ジン:

「ああ。姿はアレだが、三十路はとっくに……」

葵:

「バカをいっちゃあ、いけねぇ。あたしは永遠の23歳だから!」

ウヅキ:

「ああ、…………はい」

ユフィリア:

「私はユフィリアだよ。よろしくね?」

星奈:

「星奈です」

咲空:

「咲空です」

咲空&星奈:

「「よろしく、お願いします!」」


 ギルド会館に、パチパチという僕らの拍手が響く。周囲にいた無関係の人々の注目を集めてしまっていたが、『ここ』ではよくある光景なのだろう、何人もの微笑む姿が見て取れた。


ジン:

「ちびっこ1号・2号。お前ら、持ち金はどのくらいある?」

咲空:

「ちょっと……です」

ジン:

「うむ。少しでも構わんから、お前らも金を出しておけ」

ユフィリア:

「もう~、ジンさんってば!」

葵:

「いいから、いいから」

ジン:

「いいか? これからあのビルは『俺たち』の物になる。だが、お前たちは既に客人ではない。もう同じギルドで、その仲間だ。『俺たち』に、『住まわせて貰う』訳じゃない。一緒に金を出して、手に入れるべきものだ。……意味が分かるか?」


 ウヅキは黙って銀行へ行くと、「そういうことなら」と所持金の半分らしき金貨を寄越して来た。咲空も星奈もウヅキにならう。少なくて恥ずかしそうだったが、だからこそこれは大切なことの気もするのだった。

 金貨をかき集めたものの、金貨20万枚ばかり足りない計算である。


葵:

「エルムくん。足りない分だけ、貸してくんない?」

エルム:

「前借りというか、前払いですね? でしたら少々……」

石丸:

「不足分は自分が出してもいいっス」

シュウト:

「石丸さん、20万ですけど?」

石丸:

「そうっスね」

シュウト:

「えと、ですから……」


 簡単にポンと、金貨で20万強が出てきてしまった。


ジン:

「流石だ。もしや、M資金……?」

エルム:

「ははは。あの人は〈交易商人〉のサブ職をMAXにしているという噂ですからね。この位は当然かもしれません」

ジン:

「うわー、お友達になりてぇ~」

石丸:

「……何の話っスか?」

ジン:

「いや、人ン家の冷蔵庫の中身を拝みたいっていう、下世話な話だよ」


 改装の打ち合わせは明日からということで、エルム達〈海洋機構〉のメンバーとはここで別れた。僕たちは幽霊ビルまで戻り、購入しておいた。……この『幽霊ビル』という呼び名はどうなのだろう?と思わなくもない。

 魔法の明かりが灯された廃墟の中で、ジンが〆のセリフを言った。 


ジン:

「よし、これでビル探しは一段落だな」

葵:

「だね。……この後、どうしよっか?」

ジン:

「メシだろ、メシ」

シュウト:

「ああ、確かに、そんな時間ですよね」


 ギルド会館から歩いて来た時、既に外は真っ暗になっていたのを思い出す。戦闘の余韻を引きずっているのか、あまりお腹が減ったといった気分にはなっていない。血がほのかに熱を帯びているような感覚が残っていた。


ユフィリア:

「私達この後は飲み会だから、着替える場所が欲しいなって」

ジン:

「おう、そこらの部屋で適当に着替えてこいよ」

ユフィリア:

「ジンさんのエッチ」

ジン:

「覗いて欲しいのなら仕方ない、そうしてやろう」

葵:

「ジンぷーを進入禁止にするのはいいとしても、まだドアが無いんだよね」

ジン:

「ほとんど俺が作った金で買ったビルなのに、権限を持ってんのがお前なのは、何でなんだぜ?」

葵:

「ギルドマスターだからだ!」

シュウト:

「脱線はともかくとして、今夜は宿を取りますか?」


 女子会は真夜中までかかる。そのため、今夜中にシブヤまで戻るかどうか?という疑問が前提にある質問だった。しかもウヅキ達がギルドに加わったため、状況はもう少し複雑になっている。


ジン:

「改装の打ち合わせだの、準備でゴタゴタしそうだし、しばらくこっちで生活した方が良さそうだな」

葵:

「そうだね。そうしよっか」

咲空:

「普段は、アキバで暮らしてないんですか?」

シュウト:

「うん。シブヤにホームがあるんだ。これからこっちに引っ越してこようとしてたんだよ」

ジン:

「はらへったー」

葵:

「今回、ジンぷーは大して働いてないだろ」

ジン:

「動いてないせいで、逆にハラが減るってこともあんだろうが」

葵:

「ないね、ないない」

ジン:

「あるっつーの」

シュウト:

「じゃあ、宿より先に食事にしましょう。どこかオススメのお店ってありませんか?」

葵:

「うんとねー」


 この手の話題に関して、葵は下手な地元民よりも詳しかったりするらしく、話を振っておくべきなのだった。ところが、ここでウヅキが断りを入れてきた。


ウヅキ:

「アタシ、パスな」

ジン:

「どうした? 毛布ミノムシ」

咲空:

「ウヅキさんは、人の多いところは苦手で……」

ジン:

「さすがヒッキー。なら、個室のあるトコならどうだ?」

ウヅキ:

「行かない。そこらの安物弁当で十分だ」

ジン:

「自分で買いに行くんだろうな?」

ニキータ:

「ご飯ね。ユフィ、どうする?」

ユフィリア:

「うーん。あっちでも食べ物はあるし、私もパスかな?」

ウヅキ:

「……関係ねぇけどさー、えっらい美人つかまえてんよなー? 何やったんだ? やっぱなんか、脅したとか?」ニマァ~

ジン:

「フッ、強いて言えば俺の『人間的魅力』に尽きるだろう」キラン

葵:

「どっちかっちゅーと、『美味しいご飯の力』だと思うけどに」

ユフィリア:

「レイシンさんのご飯って、とっても美味しいんだよ!」

レイシン:

「はっはっは。ありがとう」


 まるで食いしん坊みたいに聞こえることもあってか、ニキータの顔は赤らんでいて、少しばかり恥ずかしそうに見えた。一方のユフィリアにすれば、レイシンの料理は自慢話の種であるようだ。


ウヅキ:

「ふーん。そんなにウマいってんなら、食ってみたいとこだがな」

ジン:

「むぅ、考えたら、レイのメシ抜きで1週間とかってキツいな」

ユフィリア:

「うそっ!? やーん!(悲)」

レイシン:

「作るのは構わないんだけど、キッチンがないとね」

葵:

「台所の確保か、おっけ」


 葵がどこかに念話し、あっさりと確保完了と相成った。

 場所はマダム菜穂美の所有する個人宅。以前にも、ゴブリン戦役の前夜に宿泊させてもらったことがある。で、さっそく移動することに。


葵:

「また来たよん。ごめんね~」

マダム菜穂美:

「葵お姉さまでしたら、いつでもお待ちしておりますわ~」


 抱きついたりのやりとりがしばらく続き、中に入れてもらうのにそれなりの時間(コスト)が掛かるらしかった。


ジン:

「じゃあ、宿は別に取って、晩飯だけ台所を使わせてもらう、ってのでいいか?」

マダム菜穂美:

「あら、泊まっていかれては? 何日でも遠慮なさらずに」

ジン:

「嬉しいが、ここで雑魚寝すると、翌朝どうなってるかわからんのでなぁ」

ニキータ:

「人生って、いろいろありますよね……」

マダム菜穂美:

「そ~う? 残念だわ~」

ユフィリア:

「だけどね、アキバにビルを買っちゃったから、今度からいつでも遊びに来られるんだよ!」

マダム菜穂美:

「あら、ビッグニュースじゃない。場所はどちら?」

ニキータ:

「銀葉の大樹の、すぐ近くです」


 そんな会話をしていると、さっそくレイシンが台所で作業を始めていた。


ニキータ:

「じゃあ、そろそろ着替えを済ませましょ?」

ユフィリア:

「だけど、レイシンさんがご飯を作るんだよね?」

レイシン:

「そうだね~」テキパキ

ユフィリア:

「……食べてからじゃダメ?」

ジン:

「あれ~? さっき要らないとか言わなかったっけー」

ユフィリア:

「気が変わりました!」

レイシン:

「でも、まだちょっと時間かかっちゃうよ~?」テキパキ

ユフィリア:

「えー? うーん……」


 結局、出かけるドアを閉じる寸前まで何度も後ろを振り返っていた。かなりのパワーで後ろ髪を引かれつつも、ニキータとマダムと連れだって女子会へと出かけて行くユフィリアだった。


 しばらく後になって完成したレイシンの料理を堪能しながら、ウヅキ達の反応を待つ。ユフィリアだけではない。どうやら自分にとっても自慢の種だったらしい。


葵:

「ダーリンのご飯はどう? ウマウマっしょ」

ウヅキ:

「えっ……う……」

星奈:

「お、おいしい、よね?」

咲空:

「…………」


 しかし、あからさまに様子がおかしかった。特に星奈が、複雑そうな『気を使う』系統の発言をしている辺りに違和感がある。


ジン:

「どうした?」

レイシン:

「口に合わなかったのかな……?」

ウヅキ:

「いや、旨いさ。旨いけど、咲空の料理だってナカナカのものなんだぜ!?」

星奈:

「そ、そうだよ。咲空ちゃんだって、とっても……」

咲空:

「やめて。もう、いいです」


 気まずい沈黙が続……かなかった。


ジン:

「つまり料理がヘタってことか?」サクっとな

ウヅキ:

「もうちょっと言い方とか、色々あるだろぉぉぉ!」

ジン:

「そうは言うけど、お前らが下手に気ぃ遣うから、なんかややこしくて面倒っぽいことになってんじゃねーの?」

咲空:

「すみません。わたしがいけなかったんです」


 悲しげな表情で微笑む健気な少女は、レイシンに向かって料理の感想を述べていた。


咲空:

「レイシンさんのお料理、とっても美味しいです」

レイシン:

「ありがとう」





ニキータ:

「マイハマで、パーティ?」

花乃音:

「今回、ゴブリンと戦って頑張ったでしょ? それでマイハマの宮殿でパーティするんだって。参加無料らしいよ」


 しかも来週の話だという。パーティそのものに興味はなかったが、マイハマの宮殿に入れるという部分には、少し思うところがあったりした。灰姫城といえば、現実世界でいう『あのお城』のことでもある。


 マダム主催の女子会はいつも通りだったが、どうも人が少なく感じていた。ゴブリンとの戦争の後処理で遠征にでているのかもしれない。〈D.D.D〉のユミカとはしばらく顔を合わせていない。今回は〈シルバーソード〉に所属するケイトリンの姿も見えない。


トモコ:

「ちょっといいかな?」

ユフィリア:

「なぁに?」んぐんぐ


 夕食代わりの食べ物をつついていたユフィリアの所に戻ると、ちょうどそのタイミングで〈海洋機構〉のトモコがやってきていた。


トモコ:

「ちょっと訊きたいんだけどぉ」

ユフィリア:

「うん」

トモコ:

「その、なんていうのかなー? いつも、どんなもの食べてるの?」


 何やら用件はあるけれど、話を切り出しにくいような態度のトモコだった。


ニキータ:

「私、別の場所に行っておこうか?」

トモコ:

「いや、そういうのじゃ、ないんだけどね……?」

ユフィリア:

「…………?」


 ユフィリアが小首をかしげる。沈黙に押し出されるように言葉を紡ぐトモコだった。


トモコ:

「うーんと、エルムっていうのがいると思うんだけど」

ニキータ:

「ええ、このところお世話になってます」

トモコ:

「こちらこそ~。そいつがね、ヘラヘラ笑いながら『一緒にお食事でもいかがですか~?』なんていうもんだから、話だけでもって聞いてやってたら、君らのトコの夕食にお邪魔するとかって話、みたくて(苦笑)」

ニキータ:

「ああ……!」

ユフィリア:

「レイシンさんの料理は、とっても美味しいんだよ!」


 エルムが同伴したい女性というのは、なんとトモコだったらしい。相手の顔が分かると、途端にコイバナは興味深くなるものだ。


ニキータ:

「魅力的よね、エルムさん」

トモコ:

「やめてよ、そういうんじゃないんだってば」

うらら:

「なになに? 面白そうな話?」(←早耳)

ユフィリア:

「あ、でも、しばらくシブヤのホームに戻んないって言ってたから……」

花乃音:

「ユフィ、クエストとかに行くの?」

ユフィリア:

「うーうん。アキバにビルを買ったから、引っ越しの準備しなくちゃいけなくって」

うらら:

「えっ?」

トモコ:

「本当?」

花乃音:

「マジ?」

亜矢:

「ちょ、ちょっと、どういうことよ!」

ニキータ:

(あー、こういう流れね……)


 意図せずに爆弾を投下して、話題を全部もっていくのは、ユフィリアの得意技だった。本人にその辺りの計算だのはないため、秘密だと念押ししておくのを忘れると、全自動で炸裂させてくれる。


 ユフィリアに質問しても埒があかないことを皆わかっているので、こちらに問い合わせがくる。しばらく説明にいろいろと手を尽くすことになった。「話題もってんなー」「さらって行くよね」「強すぎ」など、本音の呟きが聞こえてきて苦笑いしてしまう。


トモコ:

「なんか、ゴメンね……」

ニキータ:

「こちらこそ。腰を折ってしまってごめんなさい。

 しばらくは宿に泊まって、夕食だけ菜穂美さんの家で食べる話になりそうだから、引っ越しが済んでからになるかも?」

ユフィリア:

「みんなで一緒に食べようよ。その方が絶対、楽しいよ」

ニキータ:

「菜穂美さんの家で?」

ユフィリア:

「うん!」

マダム菜穂美:

「……私は、もちろん構わなくてよ?」

トモコ:

「ありがとう。でも、どうしようかな」

ニキータ:

「あまり、重く受け止めない方がいいんじゃない?」

トモコ:

「そっか。そうかもね」


 エルムを相手にするなら、確かに油断してはいけないような気もする。トモコの気持ちもよく分かってしまうのだ。いつのまにかズケズケと踏み込まれてしまいそうなイメージがある。

 しかし、完璧な防御で相手をシャットアウトしていたら、恋愛などできる訳がない。結局、不意打ちされるのを待っていたら、斜め上の奇特な人とばかり、なんてことになるかもしれない。


ニキータ:

(人の振りを見て、とはよく言うけれど……)


 あまり人のことは言えないかもしれない、と自分を笑っておく。





星奈:

「おやすみなさい」

ジン:

「おう」

咲空:

「失礼します」

シュウト:

「気をつけて。おやすみ」


 まるでローブのように毛布をまとうウヅキを、左右から咲空と星奈が挟むようにして帰って行った。改装で手が入る前にしなければならない片づけもあるとかで、彼女たちはビルに戻ることにしていた。


ジン:

「んじゃ、俺たちも宿に移動するか」

葵:

「ちょーい! ユフィちゃん達が戻るまでいろや!」

ジン:

「レイだけ残ってりゃいいだろ?」

葵:

「いいもん。じゃあ、間取りとか勝手に決めちゃうもんね!」

ジン:

「それこそ、ユフィ達を交えて考えるべきじゃねーんかよ」

葵:

「シュウくんはなんか希望ある?」

ジン:

「聞けよ、ゴラァ!」

シュウト:

「いえ、特には。……ジンさんは何かないんですか?」

ジン:

「あの半地下を俺の私室にすりゃ、後は何でもよかとよ」

葵:

「却下」

ジン:

「だから、なんでだ! 金作ったの、俺だぞ。この程度のワガママは、当然の権利だろうが!」

葵:

「いんや、あの部屋は溜まり場にするから。ホテルの地下のバーみたいに、簡単な料理ができるようなカウンターとか作って、ソファを置くの」

レイシン:

「ああ、それならいいんじゃない?」

ジン:

「まだだ。理由になっちゃいねぇ」

葵:

「アンタ、ウヅキちゃんみたいになりたいワケ? あの部屋を寝室にしたら、引き籠もりになるかもしれないっしょ」

ジン:

「むっ……」

葵:

「居心地の良すぎる部屋は、寝室にしたらヤバいって」

シュウト:

「あの、葵さんにも一理、あるような気がするんですが」

ジン:

「……はぁ~あ。わーった、仕方ない。それでいい」

葵:

「素直でよろしい」

ジン:

「まぁ、ウヅキの引き籠もりは、あのビルのせいだけとは思えないがな」


 こうしてみると、強引で一方的な主張をしがちに思えても、相手の理屈が正しいと思えば、受け入れて引くこともしているのが分かる。仲間同士で、互いにバランスを取り合っているのだろう。

 ジンの『仲間』と呼べる段階まで自分が達していないところに、内心、忸怩(じくじ)たるものを覚えずにはいられなかったが。


レイシン:

「2階はキッチンと食堂がいいんだけど?」

ジン:

「そこは決まりでいいだろ」

葵:

「だね」

シュウト:

「半地下のあの部屋以外は、倉庫とかですよね?」

石丸:

「食料を貯蔵する冷凍室も必要っスね」

シュウト:

「1階ってどうしますか?」

ジン:

「うーん。中に入った瞬間の違和感を、どうにかして誤魔化さないと仕方ないだろうな」

石丸:

「水の精霊力っスね」

葵:

「閃いた! 我に秘策アリ。フフフ……」

ジン:

「もったいぶらなくていいから、言えよ」

葵:

「じゃあね、マジックアイテムの家具に噴水ってあるんよ。それを入り口の正面にどーんと配置しちゃうのっ!」

ジン:

「ブッ、はっ!」

シュウト:

「噴水って、公園にあるやつみたいのですか?」

葵:

「そっそ。……どーだジンぷー、名案っしょ!」

ジン:

「うっ……、悪くない。いや、かなり良い案かもしれない」

シュウト:

「えっ? だって、噴水ですよ?」

ジン:

「しかし、水の精霊力に対する理由付けや納得感になる。見た目のインパクトも派手で強い。他の案を今から考えても、噴水のアレンジにしかならないだろ」

レイシン:

「それに、意外と便利かもしれないよ。外から帰ってきて、手や顔を洗ったりに使えるかも。水が綺麗に保たれるなら、井戸の代わりに使えそうだし」

石丸:

「現実の企業のビルでも、水のオブジェクトを配置しているところはあるっス」

ジン:

「問題はデザインだろうな。少し、収まりが悪いぐらいの方がいい」


 1階フロアの噴水設置案に、みんな意外と好意的で驚く。

 この後は雑談に流れて行った。僕が宿の手配をしに行き、ユフィリア達が戻るのに併せて、マダムの家を辞した。女子はそのまま泊まることになりそうだった。


 宿に至る道すがらでのことだった。


ジン:

「シュウト、今日は良くやったな」

レイシン:

「うん。凄かったよね」

シュウト:

「えっと、ありがとうございます」

ジン:

「途中でヘタレて、なんぞ悩んでいたところはヒヤっとしたが、まぁ、勝てたからチャラだろう」

シュウト:

「すみません。『内なるケモノ』を使うかどうかで悩みました」

ジン:

「そんなところだろうな」

シュウト:

「あの、使わなくて正解だったんでしょうか?」

ジン:

「……フム。勝ったんだから、『使わなくても正解』に出来てんだろ? 仮に使っていたとして、それで勝てるかどうかは、やってみないと分からない。俺にもワカランよ」

シュウト:

「そうですか……」


 今頃になってヒヤリとしたものを感じる。『内なるケモノ』を使っても使わなくても勝てた可能性もあるが、使っても使わなくても勝てなかった可能性もあったのだ。正解が常に存在しているとは限らない。

 では、あの瞬間に勝利を引き寄せた要因とは、何だったのだろう。


ジン:

「方向転換を連続させることで、敵の速度を攻略したのは良かった」

シュウト:

「あれは、ジンさんの『ムーンウォーク』の応用ですね」

ジン:

「ふむ、ハイスピードで再現した訳か。しかし、あの作戦のポイントは、どっちに方向転換するかを決める部分のセンスにある。ウヅキの加速を切らせる方向、しかも先読みされてもダメ。パターンはランダムか、いや、ランダムですらダメだったろう。しかも悩む時間はないと来ている。……アレは『俺が教えたもの』じゃないな」


 ジンの手が伸びてきて、頭を掴むような感じで、撫でられる。

 動揺していた。初めて撫でられたわけでも、初めて褒められたわけでもなかったが、涙腺方面が少々、危険な感じだった。


 ジンがセンスと呼んだもの。それは、ゴブリン相手に試行錯誤し、捌いて倒そうと練習した際に磨かれた副産物だった。

 ゴブリン達は、ゲーム時代と異なり、単純なパターンのAIなどで動いている訳ではない。ある程度の知性がある。ヘイトによる挙動は従来通りでも、単純な動きではこちらが先読みされてしまう。5体以上のゴブリンに囲まれた場合、何らかのパターンにハメる、ということは難しくなっていて、動きを工夫しなければならなかった。

 『動きを工夫した』と一言で済ませてしまえば大した話でもないのだが、それなりに苦労もしていたりする。それが今回の勝因の、かなり重要なポイントになったことで、どこか報われた気分もあった。


ジン:

「がんばったから、明日は特別サービスをしてやろう。今夜は早く寝とけよ?」

シュウト:

「はい。……えと、宿はこっちです」


 2、3歩前を歩き、潤んだ瞳に気付かれないようにしておいた。





 マダムの家で寝泊まりしたユフィリア達と合流(まだ寝ているという葵さんは放置)して、朝練前に朝の秋葉で朝食としゃれ込むことにする。しゃれ込むということは、つまり、普段は食べられないものが目当てということになる。……僕らの目当ては、『焼きたてパン』だった。


ジン:

「うまっ! さすがに焼きたては違うなぁ」

レイシン:

「パンとかピザとかは、窯とか火力がないとだね」

ジン:

「こりゃ、窯は必要だな」

レイシン:

「絶対、欲しいよね」

ユフィリア:

「その前に、ピザも食べたいなって。ダメ?」

ジン:

「もう行くっきゃねぇな」


 焼きたてピザに舌鼓を打ってから、アキバの外へ。適当なゾーンで朝練をする話になっていた。気になっていたのは特別なサービスという部分だった。


シュウト:

「なにから始めますか?」

ジン:

「…………」

レイシン:

「…………」


 無言のジンとレイシンが先に進み、奥に立って振り返った。圧迫されるような異様な雰囲気に後ずさりしたくなる。なんとなく『目がマジ』だった。


ユフィリア:

「二人とも、なんだか怖いよ?」


 シュウトボッコボコ棒ではない。メインウェポンのブロードバスタードソードを引き抜くジン。


ジン:

「武器を抜け、シュウト。特別サービスだ、俺たちがキッチリ相手をしてやる」

シュウト:

「そういうサービスですか(苦笑)」


 なにがサービスなのかはわからない。けれど、この人たちに限っては、まるで無意味なことなどは、しない。

 武器を引き抜き、構えるでもなく、構える。集中しなければと気を引き締める。


ジン:

「いくぞ?」

シュウト:

「はい!」


 唐突な爆突――爆発的な突進、に横っ飛びで回避を合わせる。速さの質が違う。悠長に反応する時間を与えては貰えない、瞬間的な加速からの高初速度運動。いわゆる『早度(そうど)』と呼ばれる速度概念である。昨夜のウヅキ相手に使った、連続方向転換は使えない。ジンの早度が上だからだ。


ジン:

「〈フローティング・スタンス〉」


 サブ職〈竜殺し〉のスタンス特技発動から、スライドステップ技『ムーンウォーク』を開始。ぬめるような動きで、地面が『動く歩道』と化す。一歩一歩のストライドがグーンと伸び、……消えた。


シュウト:

「ぐがっ」

ジン:

「ガードしたか。反応速度も上がってんな」


 ムーンウォークからのジンの突進は、『瞬歩』『縮地』などと呼ばれる瞬間移動技に変化する。ただでさえモーション・レスな1拍子運動が、更に反応しづらいものに変化してくる。

 近接戦闘の不利さは分かっていたが、手数で応戦するしかなかった。しかし、あっさりと吹き飛ばされている。


ジン:

「このぐらいの負荷には対処できるようになってんな」

シュウト:

「そ、そうですか? あんまりそういう感じは……」

ジン:

「上げるぞ」


 否も応もなかった。対処できない負荷に『上げた』のだから、こちらが対処できるハズもない。泣きそうなほど一方的に叩きのめされる。


ユフィリア:

「ジンさん! ストップストップ! シュウト死んじゃう!」


 バランスを崩してしゃがんでしまったところを、激しく何度も叩かれていた。ここはゲームの世界ではない。だから足を滑らせたら転ぶし、しゃがみ込みもする。そして実戦では、足を滑らせたからといって、立ち上がるまで待ってはもらえない。だからジンも容赦するとか、しないとか考える以前に、ただ攻めを継続してくる。全て、当たり前でしかない。

 HPがゼロになる寸前、ユフィリアがストップの声を掛けていたが、自分ではもう死んだろうと思っていた。


ジン:

「回復してやれ。次はレイがやる」

ユフィリア:

「まだ続けるの?」

ジン:

「当然だ。まだなんも終わっちゃいない」

シュウト:

「大丈夫。……やれるから」

ユフィリア:

「うん」


 本音を言えば、興味があった。今の自分ならば、レイシンを相手にしても通用するのではないか、と。……その考えは、ずいぶんと甘いものだと思い知らされることになった。


 今回のレイシンの武器は手甲だった。呼吸を整えて、迎撃体勢をとる。普段はテクニカルな『ポジショニングがメイン』の戦闘スタイルなのに、今回は極めて強引に押しつけてきていた。


シュウト:

「くっ!」


 陰の技を使って相手の懐に潜り込みたかったが、強引に間合いを詰めてくるので使い所がない。下がれば下がるほど、強引に入ってこられてしまう。理由は分からないが、どうにも戦いにくい。十中八九、『ジンさんのシステム』だろう。まだ知らない戦闘法への対処は、一元処理しかない。


シュウト:

(足を止めて打ち合うか?)


 HPでは大きく負けているが、ダメージ出力なら武器攻撃職である自分が上だ。決断すれば早い。足を止めて打ち合いを挑んだ。通常攻撃から特技へと繋げる。〈パラライジングブロウ〉だ。命中すれば〈ガストステップ〉に繋げて背後に回る。たとえ麻痺しなくても、背後からであれば反撃を受けない。ここで相手が下手に振り向こうとすれば〈アサシネイト〉を入れられる、という基本連携だ。

 しかし、レイシンはこちらの攻撃をことごとく手甲で払いのけていた。腹を抉られ、内蔵が潰されるような衝撃を受ける。盲点からの攻撃は、たぶん無影脚によるものだろう。


 ヒットストップから回復するや、ただちに反撃で〈デススティンガー〉。しかし、タイミングを読まれていた。するりと外への体捌きから右手甲での受け、同時に左手甲は光を放っていたが、技後硬直中でどうにもできない。〈ライトニング・ストレート〉が、がら空きのわき腹に突き刺さる。


シュウト:

(強い……)


 踏み込みと停止という前後のフェイントだけで姿勢が崩れてガタガタにされる。強引な直線の動きからの左右のポジショニングを効果的なものに変えていた。これまでに経験した組み手とは、強さの次元が違っている。

 またもや、圧倒され、自分の戦いの形にできずに終わった。


ジン:

「さっさと立て。もう一度、俺とだ」

シュウト:

「はい」

ニキータ:

「シュウト……」


 この世界では死ぬことがない。個人戦闘訓練でのことだし、多少は痛くても仕方がないことも分かっている。大神殿送りになる前に攻撃を止めてもらっているし、死んでもユフィリアが蘇生してくれる。


 だから、辛くないかといえば、辛いに決まっていた。自分のイメージ通りに戦えない。否、自分のイメージ通りに戦えたとしても、負けてしまう。本気を宿した二人の戦士を前にして、自分が無力であることを再確認させられてしまう。


シュウト:

(今は、ジンさんには、どうやっても勝てない)


 せめて、もう少し強いところを見せなければならない。ここで負けたとしても、次の戦いもあるハズだからだ。レイシン相手ならば、もう少し戦いようもあるのではないか。

 だが、目の前の相手はそんなさもしい根性で通じる相手ではなかった。


 数合打ち合ったところでジンが剣を引いた。


ジン:

「何やってんだ。体力を温存して、次のレイとの戦いに掛けようってか? ふーん。なかなか賢いやり方だな」

シュウト:

「…………」

ジン:

「バカが。気が付きもしないのか。 お前、もう諦めて(、、、、、)んだよ。俺には勝てないって、もう認めてんだろ?」


 『言葉の暴力』と呼ばれるものがあるとしたら、それはたぶんコレのことを言うのだろう。あまりにも残虐な言葉だった。あまりにも無慈悲な言葉だった。あまりにも冷たくて、あまりにも熱かった。言葉の絶刀。魂から血が吹き出し、自分の心の一部が、死んだ。


ジン:

「今の全力でぶつかんないで、どうやって越えるんだよ。賢くスマートにやって、どうにかなるわきゃねーだろうが!」

シュウト:

「ううううう」


 気が付いたからって、わざわざ突き付けなくたっていいじゃないか。見逃してくれたっていいじゃないか。気が付かないフリをしてくれたっていいじゃないか。どうして、どうして……?


シュウト:

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

ジン:

「俺を相手にして遠慮なんざするな。出せるものは出せ。全部だ! 空っぽになるまで、吐き出せ!」

シュウト:

「GAAAAAA!!!」


 涙で滲む視界が、血の色に変わる。

 めちゃくちゃに、がむしゃらに、怒りを振りかざしてぶつけることだけしか頭には残っていなかった。血で、命で、償わせなければ納まらない。


ジン:

「『獣化』は、戦法としてみれば『暴れ』の一種だ。これは『先読み』を主体とする論理的なタイプを崩すために使うべきものだ。冷静なタイプには対処されてしまいそうだが、実は相性が良いことも多い。ついでに『暴れ』を捌ききれない格下の相手にも滅法強かったりする」


 正面から受けず、捌いて躱されている。まるで闘牛になったかのように、勢いがあまって通り過ぎては、振り向いて攻撃をしかけることになっていた。


ジン:

「そんな雑な攻撃が通用するかよ。……そんじゃ、潰すぞ」


 真っ正面から向かってくるジンに、ここぞとばかりに叩きつけたが、『暴れ』を越える『更なる暴れ』で踏みにじられてしまった。がむしゃらになって放った頭突きすらも盾で迎撃され、逆にカウンターになった。ジンの振るう『荒ぶる力』は、『内なるケモノ』と良く似て感じた。完璧にコントロールされた、無駄のない、効率的な『暴れの力』。それは『暴れ』の概念と完全に矛盾したものだった。

 叩き潰され、地面に転がり、空を見つめる。


シュウト:

(こんなのは、ただの甘えじゃないか……)


 恥ずかしさや、死にたくなる程の心の苦痛から目をそらし、封印していたはずの力に頼って逆ギレして、怒りに任せて突っかかる。それすらも根こそぎ叩きのめされたのに、しかし、すっきりとして気分は悪くなかった。


ジン:

「回復してやれ。もう一度だ」

ユフィリア:

「だけど、これ以上は可哀想だよ!」

ジン:

「ここでやめる方が可哀想なんだよ。どうするんだシュウト、もう無理か? 止めとくか?」

シュウト:

「……いえ、行けます」

ユフィリア:

「シュウト!」

シュウト:

「レイシンさんが待ってるんだ。……頼むよ」


 寝転がったまま、ユフィリアの回復を受ける。

 なにか、自分は思い上がっていたらしい。リソースだとか、正解がどうとか、そんなことの前に、するべきことがあったのだ。


シュウト:

(全力を出すこと)


 自分はもう出し尽くしただろうか? もう出来ることはないのだろうか? 答えは、否だ。まだ立てる。まだ戦える。まだ全てを出し尽くしてはいない。だから、立って戦わなければならない。


 ゆっくりと立ち上がり、武器を構える。左手にショートボウ、右手にショートソード。そして、目を瞑った。全力の出し方は、既に知っていた。


シュウト:

(ゼロベース……)


 心を無に近づける。余計な感情を排除。ただ、この場に『立つこと』だけを考える。


シュウト:

(最新……)


 過去と、過去の成功を捨てる。いつかと同じ結果に満足してはならない。先へと進む気持ちを、技だけではなく、全身で持つ。


シュウト:

「最大……っ!」


 目を開き、ただレイシンを見つめる。


 ――シュウトの瞳は薄青い色にシフト。覚醒モードに移行。



レイシン:

「なら、こちらも失礼の無いようにしなきゃね」


 メインウェポンであるドラゴン・ホーンズが鞄から引き抜かれる。

 軽く振り回して手に馴染ませると、構えを取る。その瞳が黄金の輝きを宿していた。体の各所に現れた変化は、狼牙族の『獣化』を示すものだった。


シュウト:

(と いうことは……)


 ――レイシンは中次意識への引き上げからバランシング。フリーライド到達、……発動。


レイシン:

「いくぞ」

シュウト:

「はい!」


 開始直後にいきなり〈トリンケットワーク〉の動きを牽制に使い、後方にダッシュ。すかさず〈ポイズンフォッグ〉を発動。ショートソードはしまってカイティングに移行する。〈ポイズンフォッグ〉を中心にした回り込むような動きで、毒霧を障害物として機能させる。

 〈ヴェノムストライク〉を弓矢で発動。毒霧を避けたレイシンは武器のドラゴン・ホーンズで矢を弾く。そのまま先程の戦闘と同じように、強引に間合いに進入してくる。だが、慌てずに〈ガストステップ〉で背後へ。更に〈ハイドウォーク〉を重ねて相手の死角へと移動。これでこちらの姿は完全に見失っているはずだ。


ジン:

「『消える移動砲台』か」


 発見されるまでの時間を利用し、矢を射る体勢に入る。ところが、レイシンの姿が瞬間的に消えていた。


レイシン:

「そこか」


 声のした方向、頭上を見る。〈ファントムステップ〉を上空へ向けて使って、こちらを発見したのだ。慌てて弓を空へと向ける。


レイシン:

「フッ!」


 気合いのかけ声と共に、レイシンの体は空中で更に跳ね上がっていた。2段跳び、いわゆる空中ジャンプ。何らかの特技を使った訳でもなさそうな、完全に予想外の行動で、こちらの弓は狙いが外されてしまった。

 更に、物理法則を完全に無視した急降下。特技未発動で矢を射たものの、命中確認をする間もなく、その場から退避。直後にレイシンが地面を踏み抜いた動きは、〈ワイバーンキック〉のそれだった。


ジン:

「立体機動かよ」


 蹴り主体のビルドは『キッカー』などと呼ばれ、〈ワイバーンキック〉を主に使うことから、〈大災害〉以後はある程度の立体機動や空中殺法が開発されていると聞いていたのだが、話に聞くのと、実際に戦ってみるのとでは大違いだった。想像以上に戦いにくい。


 レイシンが着地して出来た隙に〈トリックステップ〉を重ねる。終了時に、運良く一発目で『透明化』した。透明化を追加する〈ロードミラージュ〉は常時発動(パッシブ)の特技なので、こちらで発動する手間はかからないが、確率で発動するかどうかが決まる。


 〈トリックステップ〉で背後に回り込んでいるところまではバレているらしい。防御しながら周囲を警戒するレイシン。こちらの透明化に気付いたのか、〈モンキーステップ〉で移動。距離をとっていった。


レイシン:

「コオオオオオ!!」


 〈ブレスコントロール〉による体力回復から、トグル式の〈アイアンリノ・スタンス〉とダメージ軽減用の〈ハードボディ〉も重ねた上で、全力の防御状態。どこから来るか読めなければ、受け止めればいいというのは、あまりにも潔い選択だった。

 こちらからすると14000点もあるレイシンのHPを〈アサシネイト〉一撃で吹き飛ばすことは不可能だ。鉄色のオーラと、薄い膜状の発光エフェクトがこちらの一撃を待ちかまえている。なかなかの悩み所である。たとえ威力を低減されようと、最大ダメージを入れるべきかもしれない。しかし、使用後の駆け引きが弱くなるという要素も忘れてはならない。


シュウト:

(今は、最大で!)


 背後から〈アサシネイト〉を入れるべく移動。背後に回り込み、武器を構えたところで、レイシンが振り返った。


レイシン:

「そこだっ!〈オーラセイバー〉!」


 驚きながらも、武器でガードを試みる。〈オーラセイバー〉の防御無効のためか、思わぬダメージを負って吹き飛ばされるが、着地には成功している。同時に『透明化』は解除されてしまった。


シュウト:

(偶然なのか!?)


 驚愕を一瞬でキャンセル。ダッシュからおもむろに『歩き』に移行。『殺しの呼吸』。微笑みのオマケ付き。


レイシン:

「うっ!?」


 戦闘状態そのものが瞬間的に揺らぐ。相手の動揺が回復するのに合わせて〈ポイズンフォッグ〉を発動し、バックジャンプ。レイシンが釣られて緑色の毒霧に突っ込んだ。この相手の視界が遮られたタイミングを狙って〈ハイドウォーク〉。MP切れするつもりで特技を連発していく。


ニキータ:

「巧い……」


 アサシネイト用に出したショートソードをしまい、矢に持ち帰る前に、投げナイフをセット、瞬間的に投擲。〈シャドウバインド〉で移動を封じようとしたところ、レイシンは高くジャンプしていた。頂点でくるっとバク転。アクロバティックな動きで予測が出来ない。そのまま着地寸前に〈ファントムステップ〉で空中機動。視界からかき消える。ディレイが絶妙に利いていて、こちらの時間が殺されている。


 背後からの〈ワイバーンキック〉に備えて左手側にダッシュしながら弓で狙えるタイミングを探る。意外にも〈ワンバーンキック〉がそのまま飛んできて、背後に着弾。どんなテクニックなのか、着地の衝撃を吸収して次の動作に繋げようとして来ていた。背後を取られる。〈ガストステップ〉で緊急回避。ところが移動先を読まれ、〈ファントムステップ〉で追いつかれてしまう。レイシンの強襲だ。


シュウト:

「っ!?」


 右ハイキックを何とかガードしたと思ったところで、後頭部に強烈な衝撃を受ける。理解しがたい連続攻撃(?)に視点が定まらなくなる。


ジン:

「双龍脚!」

石丸:

「修羅の門っスね」 


 直感的に下からのアッパー系の攻撃を防ぐ。レイシンのサマーソルトキックだ。ガードした両手が吹き飛ばされ、バンザイ状態になる。空中からの〈ワイバーンキック〉に繋げてきたが、回避。着地に〈アトルフィブレイク〉が命中。ようやくクリーンヒット。続けて特殊な矢を取り出す。


ユフィリア:

「太っ!」


 試作品『重撃の矢』。射的距離10m未満。殺傷距離は6m程度という、ひたすら太くて重い凶悪な代物だ。魔法の鞄が無ければ、決して持ち歩くことはしないだろう。これを用いて至近距離からの〈スパークショット〉を放つ。アーティファクト級である自分のショートボウが軋む。レイシンはガードしたが、ガードさせるのが目的だ。そのままノックバックで後退。スパークがいくつも弾けてダメージを与える。


シュウト:

(再分析――)


 状況を再演算する。フリーライド状態のレイシン相手に近接戦は圧倒的に不利。透明化は勝算が一番高いものの、不安要素が残っている。背後に回り込んだ場合、ファントムステップによる立体機動を使われてしまう。 ただし、近接ダメージが難しい以上、矢でダメージを稼がなければならない。


シュウト:

(立体機動を攻略――)


 問題はファントムステップによる高速移動を、矢で捉える難易度にあった。


ジン:

「何か狙ってやがるな」


 再びカイティングに移行。〈ヴェノムストライク〉で毒矢を放ち、移動。〈ポイズンフォッグ〉を発動し、相手に警戒心を起こさせる。今回は低空の〈ワイバーンキック〉を先に使ってきた。〈ガストステップ〉で回避。


シュウト:

(ここだ。『ダウジング・エイム』!)


 〈ポイズンフォッグ〉からの流れで自分が背後に回った場合、高確率で〈ファントムステップ〉を使って回避してくると読んでいた。先に〈ワイバーンキック〉を使ってきたのは、〈ファントムステップ〉を温存するためだろう。

 手の内の感覚に意識を集中しつつ、放棄する。戦闘中には難しい作業だったが、できるという確信があった。あらぬ方向に狙いを定めるように腕が動き、それを追いかけるように、レイシンの〈ファントムステップ〉が空を駆けた。


シュウト:

「〈ラピッドショット〉」


 これは速射による連続射撃を行うもので、弓使いにとっては汎用の特技だ。このタイミングならば、空中ジャンプも間に合わない。〈ワイバーンキック〉を使えば、自分に向かって蹴りを放つのだから、〈ラピッドショット〉を正面から食らうことになる。ここでたたき落として、トドメに移行する。


シュウト:

「なっ!?」


 レイシンの姿が消える。自分とは関係のない方向に飛んでいってしまう。特技使用中の自分は、目だけでその状況を追いかけていた。


ジン:

「俺を、使うな!」


 あろうことか、レイシンはギャラリーをしていたジンに向けて〈ワイバーンキック〉を放っていた。何事も無かったかのように盾ではじき返しているジン。ルール違反の気もしたが、ルールなんて別に決めちゃいない。実にレイシンらしい『お茶目な』範囲外行動だった。

 技後硬直を終えた右手は、銀鞘の短剣に飛んでいる。


レイシン:

「〈断空閃〉!」

シュウト:

「〈アサシネイト〉!」


 レイシンの決め技〈断空閃〉もまた、空中を移動する技だった。ジンの盾を蹴りつけて突撃してくるのを見て、とっさに迎撃のアサシネイトを放ち…………。





シュウト:

「…………。」


 気が付くと、ぼんやりと地面を眺めていた。負けたと理解したけれど、まるで悔しさはなかった。単に空っぽなだけではあったが。


 地面の高さでモノをみれば、土の細かさや、ひび割れ、雑草が生えているのが見える。空っぽな自分は(ああ、弱いな)と思った。まだまだ弱いのだから、まだまだ強くなれそうだと素直に思えるようになっていた。


ジン:

「4連続で負けた気分はどうだ?」

シュウト:

「意外と、悪くありません」

ジン:

「フッ。……自信を持てば成長もするし、そこそこ強くもなれるが、お前にはまだ早い」

レイシン:

「守りに入るには、まだ早いからね」

シュウト:

「はい」


 殺気めいた圧力は消え、ジンもレイシンも普段の2人に戻っていた。

 やりすぎという段階は軽く越えてしまっていて、もう今更だった。強くなろうと思えば、こういう日も必要かもしれないと、今なら思えなくもない。まさしく『特別な日』だった。


ジン:

「もっと増長しろ、シュウト。その度、俺たちがぺちゃんこにしてやるぞ。年輩者の責任ってやつだな」

レイシン:

「オレはそろそろお役御免かもだけど」

シュウト:

「なんか、それだといつまで経っても、自信って持っちゃ行けないみたいに聞こえるんですが?」

レイシン:

「でも、いらないのかもしれないよ? ぺちゃんこが何層にも積み上がれば、それで十分かもしれない」

シュウト:

「……気が、遠くなりそうです」

 


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