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101  ニートの暗殺者

 

 こちらが咲空と星奈をイジメていると勘違いしたのか、相手は鬼気迫る表情をしている。長身の女性――90レベルの女性暗殺者、名前はウヅキ――だった。


エルム:

「お初にお目にかかります。わたくし、〈海洋機構〉のエルムと申します」


 タイミング良く割り込みを掛けるエルム。クッション役としてこれほど適任な人材もいないだろう。相手の出端をくじく効果があったらしい。ウヅキの怒気が少しばかり鈍る。


ウヅキ:

「〈海洋機構〉が何の用だ。そいつ等を放せ」

星奈:

「おねーちゃ~ん」


 懐いているらしく、星奈はまっすぐにウヅキの方に走っていった。

 咲空はこちら(僕?)に向かって、少しばかりすまなそうに頭を下げ、ウヅキのもとへ去った。


ジン:

「チョロインだと? ……またか、なんて手の早い。100ぺんもげて死ねばいいのに」

葵:

「法則発動だねぇ」

ユフィリア:

「んーと、なんの法則?」

葵:

「『※ただし、イケメンに限る』の法則」


 誰のことを言っているのかよく分からなかったが、まさか自分のことじゃあまるいな?と考えてみる。手が早いとか言われても、何もしていないわけで。……いや、バランスを崩して落ちそうだった咲空を、咄嗟に手で捕まえた時の反応であれば、自分でもアレはかなり素早かったと思う。手が早いってそういう意味なのだろうか?(というか、その現場を見てた人、いたっけ?)


エルム:

「実は、こちらの〈カトレヤ〉の皆様が……」

ジン:

「いい。俺が話す」


 交渉が微妙な展開になりそうだったため、エルムに『全てお任せ』しようとしていたのに、ジンは自ら出張ることにしたらしい。


ジン:

「この建物が気に入った。ここに住むことにしたから、悪いけど出て行ってくれ」

ウヅキ:

「はぁ? いきなり現れて『出て行け』とはなんだ? 頼み方ってものがあるだろ!」

ジン:

「俺は頼んでない。数日中にこのビルを購入して、俺達のホームにする。ここに来ている〈海洋機構〉の連中に頼んで、ちゃんと住めるように改装してもらう予定だ。それまでに出ていかない場合、ゾーン設定によって自動的に追い出されることになる。……その場合、お前らの荷物がここに残っちまうかもしれないだろ? こっちで捨てるのも面倒だから、先に出ておいて欲しいだけだ」


 ジンが今しているものは『交渉』ではなかった。いわば『決定事項の通告』である。圧倒され、押し黙ったのは、相手だけではない。味方までギョっとさせてしまっていた。


ユフィリア:

「ジンさん! そういう言い方したら可哀相!」

ジン:

「可哀相? どこが? こっちは『これからどうなるか』を、わざわざ親切で教えてやってんじゃないか」

ウヅキ:

「親切が聞いて呆れるぜ、お前、バカなのか? バカだろ?!」

ジン:

「ガリガリの鶏ガラ女が、人をバカにする前に自分の脳味噌を疑えよ」

エルム:

「まぁまぁ、少し落ち着いて話をしましょう」


シュウト:

(また、ですか……)


 ジンの交渉の強引さに、過去の経緯が重なって感じる。〈ハーティ・ロード〉が相手の時も、金貨100万枚を要求し、半額を前金として寄越せとか言ったりしていた。……とてもではないが、味方として応援するような気持ちにならない方法だった。

 こう高圧的だと相手だって意固地になるだろうし、エルムに任せておいた方が数段マシだった気がしてくる。


葵:

「シュウくん」ちょいちょい

シュウト:

「はい?」


 下をみると、葵が裾を引っ張っていた。


葵:

「いい? こういう場合、メタに見なきゃダメだよ?」

シュウト:

「メタ、ですか?」


 ニキータが近付いてくる。葵の声が聞こえたのだろう。小声でのやりとりになった。


ニキータ:

「ジンさんが無理に突っかかったことで、エルムさんが中立の立場になっていますね?」

シュウト:

「確かに……」


 『ジンさんはどうするつもりなのだろう?』と改めて考えてみる。何も考えていないと思ったのだが、そうではないのかもしれない。


シュウト:

(エルムさんを矢面に立たせた場合、間に立つ人が居なくなるのか。すると、『あちら』と『こちら』の争いの形になってしまう。だけど、ジンさんが前に立って、エルムさんを中間に配置している)


 そして意見の調整をさせるならエルムほど適任な人材もいない。

 戦闘ならぬ交渉をジンはデザインしていた。……むしろ、交渉もまた、戦闘の一形態と考えるべきなのかもしれない。


葵:

「喩えるなら、地域商店街に立ち退きを迫る、地上げ屋の話だからね。今回、あたしたちは地上げ屋の立場でしょう?」

シュウト:

「そうですね……」

ニキータ:

「なんだか、気が重くなりますけど」

葵:

「さて、ジンぷーのヤツ、どうするつもりかな……?」


 葵に解説してもらって目が覚めた。

 ジンという人は、ちゃんと付き合ってみれば、常識のある善人だったりする。だからだろう。今回は(今回も)進んで悪役を演じてくれているのかもしれない。

 ……今まで一緒にいて、そんなことにも気が付かない自分はなんなのか。何も考えていないのは、常に、いつも、大体において、自分の側ではなかったか。また、同じことを繰り返している。


アクアの声の記憶:

(早く大人になりなさい)


 頭の中で鳴った言葉が、その棘が、胸に突き刺さる。信じるべき人を信じられない愚かさに、自分を殺したくなる。

 そうして己を呪っていると、状況が変化し始めていた。ジンの一方的な通告によるショックを脱したためか、バーミリヲンが意見していた。


バーミリヲン:

「考えてみたが、この男の言い分は正しいのではないか?」

Zenon:

「おい、どこがだよ?」

バーミリヲン:

「このビルを買うのだろう? それに許可が必要だろうか」

Zenon:

「そりゃ、おめー。先に言っといた方がいいだろうがよ」

バーミリヲン:

「今、先に言ったではないか。仮に許可がいると考えたとしても、ビルを買うことを許さないような権利が、彼女達にあるか?」

Zenon:

「うー、少なくとも、相手が出て行くまで、待つぐらいしてもいいんじゃねーか?」

エルム:

「なるほど……」

ジン:

「待て。『出て行く』と約束しといて、そのままズルズルと出て行かなかったらどうする。次に、強制的に立ち退かせるまでの期限を決めるとして、何日が適当だ? 3日か、1週間か? それとも1ヶ月か? 更に、その間に、他の誰かにビルを横取りされた場合はどうなる? ……無駄だ。こんなのはキリがない。許可は必要ない」


 冷徹な意見を織り交ぜてきた。様々な視点が追加され始める。

 更に葵がニヤっと笑い、前に進み出てコメントした。


葵:

「たとえばさー、リンゴかバナナを買おうとしてた客がいたとするよね。で、悩んでいる間にバナナを横から買おうとした人に、『今、それを買おうと思った』とか言ってダメ出しってできると思う?」

ジン:

「アホか。そんなモン、待ち時間でイメージが変わるに決まってる。コンビニのレジに並んでるぐらいの時間なら、順番待ちするのが普通だ。バナナの横取りなんて誰もやらねぇだろ」

エルム:

「でしょうね。もしも八百屋の前で1時間も悩んでおいて、横取りされましたと言ったら、ただのイチャモンです」

石丸:

「……つまり、仮にビルを購入する意志があったとしても、今まで買っていなかったわけっスから、横取りとは言えないということっスね」

ユフィリア:

「うー、うー、うー」


 ユフィリアが本格的に悩み始める。『可哀相か、可哀相じゃないか』だけで判断しようとしたら、混乱するだろう。立場ごとに正義があるのだ。世の中の正解は一つではない上に、そもそも正解があるとも限らない。


バーミリヲン:

「結論は出ただろう。こいつらはこのビルを買う。それが嫌なら先に買えばいいだけだ」

エルム:

「それがシンプルな答えでしょうね。……しかし、そもそもゾーンの購入は所有権とはあまり関係がありません。所有権という概念を『強化』するものではありますが、むしろ『システム操作権限の委譲』という方が正確です」

ウヅキ:

「……どういう意味だ?」


 バーミリヲンの加勢でジン側が有利と見たか、エルムがウヅキ寄りの意見を言い始める。


葵:

「ふふふっ。つまりね、『先に住んでいた』という時点で占有、ひいては所有していた、と見なすことができるかもしれないってことだよ」

ジン:

「ド阿呆。占有による不動産の取得は20年とか必要なハズだろ!」

石丸:

「民法162条、不動産の時効取得っスね。善意の無過失であれば10年でOKっス」

ジン:

「どちらにせよ、そんな取り決めは『まだ』ない。今から作るとしても、それまでにはこのビルを購入してるから、後の祭りだ。不動産登記のような記録がない状況で、他者による占有を、違法な形で覆したかどうかだなんて、どうやって調べるってんだ。法の遡及効果の期間を決めたとしても、今ならやったもん勝ちじゃねーか」

エルム:

「アキバ全域の不動産の記録でしたら、ちょうど私が持っていますが?」

ジン:

「……今、それをココで言うのか、テメーは?

 いや、どちらにしてもそれは公式のものじゃない。後から追認される形で認められたとしても、現状ではいくらでも改竄が可能な資料にすぎん。

 どちらにせよ、ゾーン購入によって占有を覆すことが可能であり、それに対する罰則などは何もないのだから、強制力はない」

エルム:

「ですが、法とルールは異なります。現実社会においても、人を殺さないように『強制すること』はできていません。我々は殺人に対する罰則を強化するのが精々です。法とは、人々の善意と同意とによって、つまり、『私たちはお互いを殺さない』という意見の一致によって、成立するものだからです」

ジン:

「それで? そんなんで占有によって所有を認めろって話にすり替えるつもりなら、クッソ下らないね。八百屋の前でパイナップルを買わずに、悩んでるフリをしながらずっと手に持ってたら、持ち主が変わるのか?ありえないだろ。

 相手がシステムで、ゾーン購入が所有権とは関係ない、だから先に住んでいたら所有権を獲得できるってんなら、システムが文句を言わないことを利用した、ただのパイナップル泥棒だろうが」

エルム:

「ですが、システムは『損をした』と文句を言わないでしょうね」

ジン:

「おまえの法解釈は、善意を振りかざした新興宗教と何も変わらない。綺麗事への同意を要求する、押しつけがましいモンスターだ。同じ文脈で言えば、アイツ等がたったの3人で、こんな大きなサイズのビルを占有しているのは、イイコトではないだろう。もっと大勢の人たちが快適に暮らせるようにするべきだし、それに協力するべきだ。……こんな程度の低い屁理屈でだって、正義はこっちになりうる」

エルム:

「人々が同意するなら、ええ、それが法になるでしょう。それが民主主義です」

ジン:

「どこが民主主義なんだ? この世界にそんなものがいつ、どこにあった?」

Zenon:

「〈円卓会議〉があるだろ」

ジン:

「〈円卓会議〉の前に選挙があったか? ないだろ。選んでもいない連中が、勝手に自分たちの代表になったフリをして、アキバの住民の意見を代表し、反映させているって言えるのか? ただの自治ごっこだろ。大ギルド・小ギルドの1票あたりの格差はどうなってる? 代表者を入れ替える仕組みすらないのはどういうことだ。

 そんな状況で、綺麗事を法だとか抜かす詭弁を垂れ流し、民主主義だから従えと押しつけてりゃ世話ねぇだろ。迷惑なごっこ遊びは、公園の砂場でやってろってんだ」

エルム:

「それでは〈円卓会議〉の前の状態に逆戻りじゃありませんか! 八百屋が仕入れた野菜は大地の恵みであって、八百屋のものじゃない。だからお金を払う必要はない。……そんな所有権すら認めない状態でもいいのですか?!」

ジン:

「〈円卓会議〉の前だろうが、後だろうが、大して変わっちゃいねーだろ。大地の恵みである野菜を、対価も払わずに盗む最初の泥棒を『農家』だと呼ぶなら、農家を無視して、大地に対して対価を支払い、野菜を直接買ったとして何が悪い? 反論してみろ新興宗教!」


 今がどういう状況になっているのかさっぱり分からなかった。〈円卓会議〉否定から、農家を否定して、ジンは大丈夫なのだろうか? 


エルム:

「現実であれば、もちろん農家に支払うべきでしょう。大地に金銭を支払っても経済が循環することはありません」

ジン:

「だが、この世界では違う。システムに対して金銭を支払えば循環する。泥棒に支払う必要はないんだ」

シュウト:

「そうなんですか?」

ジン:

「モンスターが金を持っているのは何故だと思ってる?」

エルム:

「……待ってください。そも農家は大地に対して、また農業を通じてさまざまな投資を行っています。泥棒ではなく、(れっき)とした事業です」

ジン:

「なら、農家や農業に対しては謝罪して取り消してもいい。だが、今回のケースであればどうだ? あの鶏ガラ女どもは、ただ先に住んでいたってだけで自分たちの権利を要求する泥棒以下の寄生虫に成り下がるぞ。農家に支払いすれば野菜が購入できるが、不動産の場合はどうだ?」

バーミリヲン:

「ゾーンを所有していない。故に、譲渡は不可能だ」

Zenon:

「よく分かんねぇが、先に住んでたんだ。もうちょっとなんか配慮してやってもいいんじゃねぇか?」

ジン:

「つまり、金を払えってことか。先に住んでいて金がもらえるのなら、人の余ってる〈海洋機構〉は、空きビルに交代で人を張り付けとけばいい。ビルを購入しようとした相手から、もれなく金を巻き上げられる。ボロい商売の出来上がりだ」

Zenon:

「そんなことしねぇよ!」

ジン:

「だが、お前の言おうとしていることは、そういうことだろ。あいつら3人に幾ら払えばいい? いいや、もし、このビルに1000人が住んでいたら、幾ら払えばいい? 幾ら払おうが、このビルのゾーンを購入したことにはならないんだぞ!」


 ここでウヅキの方に向き直るジン。


ジン:

「お前らもアレか? 金が欲しいからゴネてんのか? ……幾ら欲しいんだ?」

ウヅキ:

「ふざけんな、テメェ!」

ユフィリア:

「もう! どうして何もかもお金で解決しようとするの!? だったら……むぎゅ!?」


 瞬間移動の様な動きで、ユフィリアの口を塞いだのはジンだった。


ジン:

「お前は味方のハズだろ。それ以上しゃべるとチューだぞ。舌入れて、歯茎も唇もベロベロになめ倒すからな」

ユフィリア:

「むー、んー、うー!!」


 葵が何かピンと来たらしく、『ははぁん』という顔で呟く。


葵:

「なぁる。ジンぷーの狙いは幽霊退治か……」

シュウト:

(幽霊退治……?)


ウヅキ:

「……アタシはただのゲーマーだ。難しい理屈はわからねぇ。法律とかルールとか、守らなきゃいけないのかもしれない。だけど、異世界でまで、窮屈な理屈を押しつけられなきゃならないのかよ! 法なんて見たこともねーぞ。こいつらの事だって、法は守ってなんてくれなかっただろうが!」

ジン:

「同意しよう。……お前等も、窮屈な屁理屈で俺たちの邪魔をスンナ」

ウヅキ:

「うるせぇよ!」


 ウヅキにギュッとしがみつく咲空と星奈。……幽霊を退治するには、幽霊がいなければならない。では、『なぜ幽霊は現れたのか?』


ウヅキ:

「この世界はゲームで、アタシらは〈冒険者〉だ」

ジン:

「そうだな」

ウヅキ:

「だから、戦って、それで決めるんじゃダメか?」

ジン:

「フン。……賭けるんだな?」

ウヅキ:

「ああ」

ジン:

「いいだろう。負けた方は、勝った方の言うことをひとつ聞くこと。俺たちが負けたら、金輪際、このビルとは関わらない」

ウヅキ:

「アタシが負けたら、このビルから直ぐに出て行く」


 そうして僕たちは、決闘の為にアキバの郊外へと場所を移した。





ジン:

「一本勝負の恨みっこなしだ。……さ、やろうぜ?」


 ズラン!とブロードバスタードソードを引き抜くジン。しかし、ウヅキはトボケた様子で、手ぶらのままだ。


ウヅキ:

「オマエ……、いや、アンタさぁ、アタシをワザと怒らせようとしてたよなぁ?」

ジン:

「……は?」

ウヅキ:

「いや、さすがに分かるって。理屈の上で勝ち目がないって分からせてから、バカにして、戦いに持ち込もうとしてたんだろ?」


エルム:

「これは……」

シュウト:

「意外と、落ち着いてましたね……」


ウヅキ:

「何でかわかんねーけど、戦って決着を付けたい理由があんだろ? 実は金がないのかも?とかも思ったけど」

エルム:

「それはありません。〈海洋機構〉が保証します」

ウヅキ:

「だよな。……なら、アンタがアタシを担ぐ理由なんて無いハズだろ?」

ジン:

「いやいやいや、やるの? やんねーの?」


 ジンの口元がひきつる。ここに来て、少しばかり予定が狂ってしまったらしい。ジン本人が戦えば100%勝つのが分かっているだけに、どうなるのか固唾を呑んで見守ることに。


ウヅキ:

「やるって。やるけどさぁ、アタシの相手、アイツにしてくんない?」

ジン:

「えっ?」

シュウト:

「えっ?」

ユフィリア:

「……シュウト?」


 突然のご指名に、なんだろう、どうも戦うことになりそうな流れになって来てしまった。ジンは頭をポリポリとかいている。


ジン:

「いわゆる、アレか? イケメンが好き、みたいなやつ?」

ウヅキ:

「……かもな」

ジン:

「んーと、あいつ91レベルだけどいいんか? 俺だと86だぞ?」

ウヅキ:

「アンタは、なんかヤベー気ぃすんだよ。勘だけど」

ジン:

「あ、そう。ならまぁ、……いっか」


 なんだか間があった気がしたけれど、ジンの見立てでは勝てるということだろう。たぶん。


シュウト:

「いいんですか?」

ジン:

「しょうがねーだろ。まぁ、下手打たなきゃ負けはないよな?」

シュウト:

「えと、たぶん」


 いまいち気乗りしない。スイッチが巧く切り替わらない感じがしていた。


ウヅキ:

「そっちのお前、初めて見たときから気に入ってたんだ」

シュウト:

「え? ……えっと、どこかでお会いしましたっけ?」

ウヅキ:

「ロカの西のゾーンに、ゴブリンの出るトコがあるだろ? 何日か前、真夜中に、あそこで戦ってたろ」

シュウト:

「あ、見てたんですか……?」


 ゴブリンを捌いて倒す練習をしていたのを、どうやら見られていたらしい。


ウヅキ:

「ああ、見とれたよ。流れるような体捌きに、的確な斬撃。まるで踊っているみたいだった。キレイでさー、剣舞っていうの? 無表情のまま、ゴブリンをサクサク殺してる姿に、こっちは一目惚れさぁ」

シュウト:

「はぁ……」


 ここで愛の告白?と一瞬だけ思ったのだが、それは早合点すぎた。


ウヅキ:

「アタシは、……アンタを殺したい」 ズゾゾゾゾ

シュウト:

(う、うひぃ~)


 どうも変な人に気に入られてしまったらしい。口元を手で隠しているけれど、笑っている。真っ直ぐに見つめてくる見開かれた瞳と、笑う口元との対比に、鳥肌が立つ。怖い人だった。


葵:

「……シュウ君。告白されちゃった気分ってば、どう?」

シュウト:

「どうもこうも、あるわけ無いじゃないですか!」


 意地の悪い葵の質問に逆ギレする。本当に、戦って大丈夫なのだろうか?


ウヅキ:

「へへへ。……今日は久々に、本番用だ」


 魔法の鞄から引き出されたのは、血に濡れたように紅い、両手持ちの大剣だった。


葵:

「……おろ? 〈暗殺者〉で、紅い両手剣。しかも名前がウヅキ? それって、もしかして……?」

バーミリヲン:

「なんだと!?」

Zenon:

「マジかよ!」

エルム:

「まさか、こんな所でお目に掛かれるとは……」

シュウト:

「も、もしかして“ヘッドスナッパー”の、ウヅキさん?」

ジン:

「えーっと、……誰?」

シュウト:

「知らないんですか? 有名人ですよ! 特定のギルドに入らない傭兵タイプの〈暗殺者〉では、唯一と言っていいハイランカーの人なんです!物理攻撃職って、タンク系より人が多いし、層も厚いから有名になりにくいんですけど、独特のスタイルが特徴になってて。『ラストアタッカー』や『首切り夜叉』って言われることもあるみたいなんですけど、やっぱり、一番有名な二つ名といえば“ヘッドスナッパー”、……ですよね?」

ジン:

「ファンかお前は」

ウヅキ:

「ちょっ、ヤメロよな……」(///)

葵:

「なるほど、ホメ殺しに弱い、と」

ウヅキ:

「ふざけんな、バカにしてんのかよ!」

ジン:

「……ホメてんだろ?」

Zenon:

「うーん、なんか、イメージと違う気がするんだが?」

石丸:

「何度か傭兵としてご一緒したことがあるっスが、ゲーム時代とは身長が違っているっス」

Zenon:

「そうか、それだわ!」

ウヅキ:

「まぁな。……アタシ、背ぇ高いからさ。可愛いのとか、小さいの、憧れなんだ」

シュウト:

「じゃあ、その姿は……?」

ウヅキ:

「外観再決定ポーションだよ。エルダーテイルはプレイして長いし。勿体ないと思って、使ってなかったから」

葵:

「いろいろあるやーねー」


 どんな気持ちでポーションを使ったのか?と思ったが、話題を切るように強く声を出して場を変えようとするウヅキだった。


ウヅキ:

「さ、そろそろ始めようぜ!……楽しませてくれよな、シュウト!」


 とてもではないけれど、こちらは戦闘向きのテンションではなかった。まったりとし過ぎている。向こうはベストコンディションに見え、少しばかり、不味い気がしていた。


ジン:

「……シュウト、お前さぁ」

シュウト:

「はい、なんでしょう」

ジン:

「そのうち俺に勝ちたいとか、無謀なこと思っちゃってる訳だよな?」

シュウト:

「それは、勿論です。ちゃんと戦って、一回ぐらいは」

ジン:

「だとさー、もうそろそろ俺たち以外に負けてる場合じゃないって、分かってっか? 本気で俺に追いつきたいと思ってんなら、こんな所でつまずいてる場合じゃないんだけども」

シュウト:

「です、よね……」


 いきなり、導火線に火が付く。焦燥が、自分の足下をチリチリと焦がす炎になる。目の前の人に『強くしてもらう』のをただ待つ時間などは、とっくに終了していた。


ジン:

「プレッシャーかけたいわけじゃないんだけど、ここらで負けてるようなら、分かるな?」

シュウト:

「覚悟……ですよね」


 重い感情を飲み込む。こんな所で負けているようでは、到底、届きはしないだろう。どれだけ願おうと、努力をしようとも、身の程知らずの儚い夢、遠い星の輝きでしかなくなってしまう。


ウヅキ:

「まだか~? 早くやろうぜ~?」

シュウト:

「ウヅキさん。……すみません」

ウヅキ:

「あ? なんだよ」

シュウト:

「どうやら、負けられなくなってしまったみたいです。……ので、」


 甘えや油断、不安、そういった『柔らかい感情』を切り捨て、きっぱりと言い切る。


シュウト:

「僕が、勝ちます」

ウヅキ:

「上等ぉ!!」



バーミリヲン:

「では俺が、見届け人になろう。開始距離は5mとする。両者、前へ」

ウヅキ:

「へっ」

シュウト:

「…………」





星奈:

「おねぇちゃん、がんばってー!」

咲空:

「……負けないで、ください」


ジン:

「で、どっち応援すんだよ?」

ユフィリア:

「ジンさんじゃない方。……シュウト、がんばれ!」

ジン:

「なんだそりゃ」

エルム:

「では、解説をお願いしても?」

ジン:

「いいけど、そんな暇はないかもしれないぞ」

エルム:

「予想では、どちらが勝ちますか?」

ジン:

「10:0でシュウト」

葵:

「そうなん?」

ジン:

「ああ。ヘタレが顔を出さない限りは、負けない。多少、相手に隠し技があっても、な」





 肩を軽く回してほぐし、軽く跳ねて重心を確認する。膝関節のロックをはずし、カカトに体重を感じるようにしながら、武器を持って(はす)に構えるでもなく、構える。ショートソードを強く握り込むのだが、手の内は柔らかいまま。これはかなり調子が良い。棒立ちに近い『立ち構え』である。最初は無防備な感じがして心細かったが、最近はあまり違和感がなくなっていた。


ウヅキ:

「悪いな、地上げ屋の立ち退き話ってんなら、最後はアタシらの勝ちだろ?」

シュウト:

「聞こえてましたか」

ウヅキ:

「ああ、こっちも〈暗殺者〉だからなァ」

シュウト:

「それでも、負けられませんね」


バーミリヲン:

「始めっ!」


 開始の合図でバーミリヲンが下がる。立ち上がりはゆっくりしたものだった。『殺しの呼吸』に似た運足で、ゆったりと歩いてくるウヅキ。左右に体を揺らしながら、タイミングを計っている。相手の両手剣は背丈ほどの長さがあるため、間合いには注意が必要だ。


 ゲーム時代の戦闘では、武器の長さはあまり関係してこなかった。しかし、〈大災害〉後の戦闘は『自力回避』の関係から、武器の長さは重要な要素になっている。得物が長ければ、先制し易い。


 〈暗殺者〉同士の戦いでは、アサシネイトがあるため、特に一瞬で決着になることも珍しくない。大きめの技後硬直を相手にさらしたら、それで終わりだ。上級者同士なら、相手のアサシネイトをどう避けるかが問題で、避けられたら逆転はほぼ無理だと言われる。

 自分はレイダーだったため、PvP戦闘は専門外だが、ジンと訓練しているので、近接戦闘もそこそこ身について来ていると思う。


ウヅキ:

「ジャッ」


 言葉にはなっていないような気合いの声と共に、弱点部位めがけて立て続けに打ち込んでくる。受け流し、避け、はじき返し、相手の技後硬直を狙う。当然のように、アサシネイトマーカーを武器で庇うような形での技後硬直だった。やはり〈暗殺者〉同士でもあり、マーカーの位置は互いに熟知している。基本が出来ている。

 硬直が解け、体勢を立て直した直後の相手に対し、逆を突く。『陰の技』による密着から、〈パラライジングブロウ〉。そのまま〈ガストステップ〉で背後に回り込む。麻痺状態になっていたら〈アサシネイト〉に繋げる基本連携だ。残念ながら麻痺状態にはならず、距離を求めて跳ね飛ぶウヅキ。逃げられてしまった。


シュウト:

(そんな簡単にはいかない、か)


 しかし、今のは先に〈アサシネイト〉を入れてしまっても良かったかもしれない。体が軽いと感じる訳でもないのだが、やたら調子がいい様な気がする。





Zenon:

「つ、強えぇ! 91レベルはこんな強いのかよ!?」

バーミリヲン:

「ここまでやるとは……」

エルム:

「私の目にも一方的に見えるのですが、どういうことなのですか?」

ジン:

「どうって、単純に実力差だけど」

ユフィリア:

「いつもと変わらないよね?」

ニキータ:

「ええ。特に変わったようには見えないわね」

Zenon:

「……は?」

エルム:

「あれで、普通なのですか?」

ジン:

「ま、本人も何が起こってるか、分かってなさそうだけどなー」





 念のために余裕をもって回避。自分にも段々と理解出来てきた。


シュウト:

(そうだったのか……)


 『普通に戦って、普通に負けろ』の意味が何となく分かった気がした。元から、ジンより強い人などはいない。だから、ウヅキを相手にしていて、圧力をあまり感じなくなっているようなのだ。『普通』に戦っているだけで、負ける気がしない。


 全てにおいて、ジンを相手するともっとえげつない。ジンの踏み込みは早すぎるので一瞬も気を抜けないし、攻撃も片手剣なのに断然、重い。間合いの取り方も厳しく、こちらの攻撃は当たる気がしない。

 ゴミのように扱われてきた甲斐あって、少しは強くなっていたらしい。


シュウト:

(……終わりにしよう)


 長引かせるのは事故の原因になる。組立てを考えなくても、今なら適当なところで〈アサシネイト〉を入れられるだろう。トドメの流れになったところで、しかし、〈ガストステップ〉で逃げられてしまった。


ウヅキ:

「やっぱつえーなぁ。ガード時の削りダメージだけかよ」

シュウト:

「……どうも」

ウヅキ:

「やっぱダメかー。ダメだよなー。使わなきゃだよなー。なー?」

シュウト:

「……?」


 夕暮れの薄暗さが閉じ、だんだんと空は闇色に呑まれていく。念のために暗視を発動させておくことにする。一方のウヅキは更に狂気が色濃くなって感じた。呼吸は荒く、どんどん速くなっていた。


シュウト:

(危険、か……?)


 一歩踏み込み、そこでタイミングを逸したことを悟る。ウヅキは大きく息を吸い込み、叫んだ。


ウヅキ:

〈限界加速同調〉(アクセルシンクロ)!!」


 無意識に自分の腕が上がり、剣で喉元を守った。直後の衝撃に後ずさる。超高速の一撃を加え、そのまま後方にすり抜けて移動しているウヅキ。


シュウト:

「速いっ!?」


 ともかく振り返って相手を視野に入れておくことを優先する。

 今の一撃を防げたのは、完全に偶然(確率によるガード成功)でしかなかった。目で追いきれないほどの加速。明らかに自分の最大速と同等か、それ以上。緊急事態であった。





ジン:

「なっ!?」

Zenon:

「なんだ!? 何がどうなった?」

エルム:

「……今のは?」

ジン:

「クロックアップだろう。脳制御系、アクセラレーションの一種か」

ユフィリア:

「シュウト、勝てる?」

ジン:

「わからんが、かなりマズい。……やっぱり、俺がやっときゃ良かった」

葵:

「え~っ!?」





シュウト:

(強い!)


 ウヅキは距離を使って〈アクセルファング〉を繰り返し使ってくる。この所の練習でBFSにも目が慣れていたため、どうにか防げているが、1発もらい、更に速度が上がってしまっていた。


シュウト:

(このままだとマズい。スタイルの完成度が高い!)


 『アクセルシンクロ』という技は、〈アクセルファング〉との相性が良すぎた。かすめた程度のヒットであっても、速度バフが重複し、更に速度が上がってしまう。このまま追いつめられてしまうと、相手の思う壷だ。


 最終的な相手の狙いは、こちらの首を落とすことだろう。〈アサシネイト〉、〈スウィーパー〉、そして両手武器専用であり、ウヅキの代名詞とも言える必殺特技〈エクスターミネイション〉。これらのトドメ向きの特技を利用して、相手の首を落とすのが彼女のスタイルだ。

 一つの回避に成功したとしても、それだけでは足りない。どれか一つでも当たったらそこで負けになってしまう。大きなリスクを冒す訳にはいかなかった。相手がトドメの展開に移る前に、早い時点で対処しなければならない。


シュウト:

(だけど、どうする……!?)





星奈:

「やったー!おねーちゃん、がんばれーっ!」

Zenon:

「スゲェ、形勢逆転だ。完全に、サーバー最高峰の戦いだろ!」

バーミリヲン:

「だが『銀剣』も巧くダメージを抑えている。もう一波乱あるか」

葵:

「あっちゃー、ヘタレが顔を出しちゃったか」

ジン:

「あのバカ、悩んでる場合じゃないっつーのに」

ニキータ:

「シュウト……」

エルム:

「彼は、シュウト君は勝てそうですか?」

ジン:

「…………」ギリッ





シュウト:

「がはっ!」


 更に一撃〈アクセルファング〉を貰ってしまう。これ以上、相手のスピードが増したら、今度はそれが理由で負けに直結してしまう。


シュウト:

(だけど、どうする?)


 相手のスピードは圧倒的。対抗するには、封印中の『内なるケモノ』を使うべきかもしれない。アレには5%程度の能力上昇があるとジンも言っていたではないか。相手の最大速に対抗するには、現状ではアレしか方法がない。


シュウト:

(だけど……)


 同じ過ちを繰り返していいのだろうか?

 何よりも、負けないために『内なるケモノ』を使うべきか?

 それとも現状のまま、打開策を考えるべきか?


シュウト:

(どうする? いや、『ジンさん』なら、どうする……?)


 しかしジンならば、『自分で決めろ』とか言うだろう。だいたい『勝てればどっちでもいい』とか言いそうな状況でもある。


 時間が欲しい。ウヅキの攻撃に合わせるようにガストステップ。移動先で目を閉じた。無謀だとわかっていたけれど、1秒だけ、捨てることにする。



シュウト:

(『僕』なら、どうする――?)



 目を閉じ、深く、自分の心に尋ねる。表面の不安を過ぎ去り、更に奥へ、深く潜る。



シュウト:

(そんなもの、最初から決まっているっ!)



 ――見開いたシュウトの瞳は、薄い青色に変化していた。



 自分よりも、ジンを信じる。アルファではなく、ベータ。自分のあやふやな才能よりも、これまで過ごしてきた過去の時間と、これから続いていく未来の、『自分の選択』を信じるのだ。


シュウト:

(僕は、現在(ココ)で、『獣化』は選ばない!)


 ウヅキの突進を避けながら、活路を求め、勝機を探る。


シュウト:

(再検討――!)


 『内なるケモノ』を使いたかった理由は?→速度で負けているから→速度で負けていると負けるのか?


シュウト:

(違う。最大速なら、僕はジンさんよりも速い)


 結論→速度に速度で対抗する場合、『内なるケモノ』の使用が不可欠。


シュウト:

(だから悩んだわけか。速度に速度で対抗してはダメだ。次!)


 敵BFSへの対処→案1.距離を詰める→相手に〈アクセルファング〉を使われる→逆に追いかける展開に


シュウト:

(こちらが追いかける側になったら、面白くなるか?)


 追いかける→追いつけない→速度負けでふり出しに戻る。×→再検討。

 敵BFSへの対処→案2.軸をズラす→回避→繰り返し→回避ミス→ジリ貧。×→再検討。


シュウト:

(ダメだ。もっと前の要素に戻って!)


 →再分析→敵は自分よりも速い→敵は完全に自分よりも速い?→


シュウト:

(いや、相手は2軸運動だ。だったら……)


 結論:最大速度では敗北していても、早度では勝てる可能性がある。


シュウト:

(ならば! 敵の速度を、『殺す』――!)


 ダッシュから停止、方向を変えて、再ダッシュ。


ウヅキ:

「どうした? 追いかけっこか? ……だが、逃がさねぇぞォ!!」





Zenon:

「二人とも、なんてスピードしてんだよ!」

バーミリヲン:

「今はまだ追いつかれていない。が、このままでは……」

ジン:

「いや、これでいい。なんとかなったな」ふぅ~

エルム:

「解説をお願いします」

ジン:

「おう。シュウトは、あの鶏ガラ女がMAXスピードに乗る前に、次々と方向転換を繰り返している。早度、いわゆる初速度のような概念のことだが、1軸1拍子の動きを練習させてるシュウトの方が、これは上だ。対する鶏ガラ女は2軸2拍子。停止、方向転換、再加速の3動作が遅いから、これなら追い付かれない。

 相手は速度で勝っている分、停止で大きな力と負荷が掛かる。加速能力を使っていることで視野も狭くなり、方向転換時にロスが出てる。加速力では向こうが勝っているものの、ゼロからの初速はシュウトが上。……追いつこうとして更にスピードを上げているが、それが悪循環になって、停止ロスも増えている」

バーミリヲン:

「だが、このままでは……」

ジン:

「見ていろ。そろそろ仕掛けるぞ」





ウヅキ:

(クソッ、なんで追いつけない!? スピードはアタシのが上だろ!)


 もう1回〈アクセルファング〉が命中すれば、追いつけるようになる。博打にはなるが、先読みして1度マグレ当たりすればいい。しかし、それも予想していたのか、細かいフェイントまで入れてくるようになっていた。

 フェイントを1回入れ、逆方向に跳ぶかと思えば、フェイントを掛けた方向に跳んだりと、動きが読めない。


ウヅキ:

(もっとだ! もっと加速しろぉぉおおお!!)


 足首、ヒザ、股関節までガタガタしてくるが、ここで止まる訳にはいかない。


ウヅキ:

「待ちやがれ!!」


 向きを変えて、ダッシュ。急いだため、足下が滑って出遅れた。焦ってしくじったと思ったが、それが逆にチャンスを作ることになった。


ウヅキ:

(これなら、届く!)


 反応が遅れたことで、こちらのダッシュ1回に対して、シュウトは2回目の方向転換をしようとしていた。停止の動きが既に始まっている。


ウヅキ:

「もらった! 〈アクセルファング〉!!」


ジン:

「いや、それは『誘い』だ」


 勝利を確信した一撃が相手の体を切り裂いたと思った瞬間、シュウトの体は『残像』となって消え、手応えはいつまでもやってこなかった。


ウヅキ:

(しまっ……)

シュウト:

「〈ステルスブレイド〉!!」


 背後からの強烈な一撃を受け、顔から地面に叩きつけられている。『罠だった!』『誘われた!』『やられた!』『焦り過ぎた!』……悔悟の言葉が、加速する脳内を瞬間的に駆け抜けている。急いで振り向こうとするが、刃物を突きつけられる感触が、先にあった。


シュウト:

「〈アクセルファング〉の移動距離を、当てるために使ってはダメなんです。外すと、相手の眼前で技後硬直を晒すことになる」

ウヅキ:

「そう、みたいな……」

シュウト:

「僕の、勝ちです」


 ゆっくりと振り向いて相手の顔を見る。見下ろしているシュウト。その薄い青色をした瞳には、自分の死が映っていた。……完全な敗北だった。


ウヅキ:

「負けたか~。くっそー、オマエ、強すぎんだよ!」

シュウト:

「いえ、正直、紙一重でした。けど、僕の方がレベルが上なので」

ウヅキ:

「チェッ、レベル差ってか? じゃあ、そういうことにさせといてもらおうか」


 にっこりと笑うと、軽く一礼してくる。礼儀正しいヤツだった。ああいうイケメンは、苦手だ。


ウヅキ:

「咲空~!、星奈~!、ごめ~ん、おねーちゃん負けちまったよ~」


 駆け寄り、抱きついてくる二人の子を抱きしめる。申し訳ない気持ちで一杯だった。


咲空:

「体は大丈夫ですか? 痛いところはありませんか?」

星奈:

「回復魔法、使うね!」

ウヅキ:

「大丈夫さ。ありがとな。だけど、ごめんなー? また、別の場所、探そうな?」

咲空:

「はい」

星奈:

「うんっ」


ジン:

「さってと、じゃあ、俺たちが勝った訳だが?」ずずい

シュウト:

「えと、ジンさん、ちょっとは手加減を……」

ウヅキ:

「分かってるよ、約束通り、出ていきゃいいんだろ!」

ジン:

「おやおや? そんな約束はしてますぇ~んが?」

ウヅキ:

「なんだと?!」

ジン:

「じゃあ、命令する。おまえ、ウチのギルド、っつーか〈カトレヤ〉に入れ。はい、決定~」

ウヅキ:

「……はぁ?! なんで? アタシが」

ジン:

「うし。これで邪魔者は消えたな。従って、あのビルを買っても文句を言うヤツはいなくなった。だろ?」

ウヅキ:

「くっそ、そんなの! ……あ、アタシは働かないぞ!」

ジン:

「いいぜ。『働け』とは命じてない」にやにや


 バカにしてる、バカにされてる。魔法の鞄から毛布を引っ張り出して被る。逃げ切ってやる。あんなこと言ってても、なんだかんだ働かせる気なんだ。しかし、アタシは絶対に働かない。そう心に誓う。





 何とかなった。勝てて本当によかったと胸をなで下ろす。加えて、ウヅキをギルドに引き込むために、ひと芝居打っていたらしいことに安堵していた。ジンという人は、やはり良い人だった。これならそう酷いことにはならないだろう。


ジン:

「ガキども」

咲空:

「はい……」

星奈:

「うん」

ジン:

「お前らのレベルじゃ、ウチだと完全に足手まといでしかない。中途半端にレベル上がってるから、EXPポーションもなしと来ている」

咲空:

「すみません……」

ジン:

「だが、ちょうどデカいビルに引っ越すことになってな? 人手が必要になった。朝から晩まで働くつもりがあれば、特別に入れてやらないこともない。アイツと違って、おまえらには強制しないが。どうするね? 自分で決めるんだ」

咲空:

「ええと……」

星奈:

「さくらちゃん、どうしよう?」

ウヅキ:

「……アンタ、マヂで汚いな!」


 毛布を被って丸くなっていたウヅキが、顔だけ出して文句を言う。


ジン:

「毛布は喋るな。……働かざるもの食うべからず、というだろう? お前らのねーちゃんは働かないつもりらしいぞ。その分までお前らが働くのが筋じゃないの? 人間として? 常識的に考えて?」

ウヅキ:

「バカ野郎! ずっりーぞ! アタシを働かせりゃいいだろ!?」

ジン:

「遠慮してやる。お前は毛布にヒキこもってろ」

Zenon:

「最悪だ……」

咲空:

「……わかりました。一生懸命働きます」

星奈:

「がんばります。よろしくお願いしまーす!」

ジン:

「よーし。じゃあ今日からお前等は、俺の『メイド奴隷』だ。きりきり働くよーにっ!」にやりん

葵:

「あっはははは!」

ユフィリア:

「ジンさん!? 奴隷ってどういうこと?」

ウヅキ:

「ふざけんな、このバカぁ!」

ジン:

「安心しろ、俺にロリコンの趣味はない。……おまえらの最初の仕事は、あの毛布毛虫の世話だ。分かったな?」

咲空&星奈:

「「はい!」」


 自分が『雑用 兼 おもちゃ』なのを思い出す。『メイド奴隷』も似たような称号なのかもしれないと、苦笑するしかなかった。


ユフィリア:

「ジ ン さ ん !」

ジン:

「なんだよ、これで全部おまえの望み通りだろ。……違うか?」


 睨みつけるユフィリアを軽くスルーして、彼女のホホをさするジンだった。


ユフィリア:

「そうかもしれないけど、……だったら最初から『仲良く一緒に暮らそうよ♪』って言えばいいでしょ!」

ウヅキ:

「……いや、それはムリだろ」

ユフィリア:

「むー」

ジン:

「ざっつ、らい。ミッション、こんぷり――ーっと!」

シュウト:

「幽霊退治、完了……」

 


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