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100  幽霊ビルの双子

 

シュウト:

「やっと、出来るようになったな……」


 刃物の論理を学んでからこっち、毎夜のように出かけていた。深夜の訓練、というか一方的な狩りの時間である。足下には消えてしまう寸前のゴブリンが7体。アサシネイトや回避系の移動特技は使わず、ソロで囲まれないように捌いて戦った相手だった。〈大災害〉の当日に見た、あの時の〈守護戦士〉のやっていたことが、4ヶ月を経てようやく、自分にもできたことになる。感慨深いというよりも、ただ安堵の方が大きい。


 倒すだけだったら直ぐにも出来たろうし、回避系の移動特技を使ってならしばらく前に達成していたのだが、あの日のジンのやっていた通りを目指した『縛りプレイ』をするとなると、難易度は途端に急上昇する。

 結論的には、AFSを中心にした戦闘法ではダメだった。実際、BFSとの性質の違いを習ったのも一昨日(おととい)のことでしかない。


 AFSを中心にした今までの戦い方では、5体と6体とでは難易度が違う。6体と7体では作戦や動き方を変えなければならないほどだ。7体と8体も大違いだったし、9体になったら諦めるしかなかった。1~2体減らしてから再挑戦するしかなく、ゴブリンが弱かろうと、まったくどうにもできない。

 レベル差があるので、ただ倒すだけならば一撃死させる特技だって幾つかあるし、それらを順番に使っていれば、大して手間も時間も掛からない。しかし、それではジンと『同じことが出来た』とは言えないし、そう思えない。


 今なら、7体でも9体でもさほど難易度に差は感じないだろう。たいへんはたいへんだし、ミニマップのようなレーダー機能が使えるわけでもないのだから、あらゆる感覚を総動員して忙しく立ち回らなければいけないのだが、それでも、もはや不可能ではなくなった。


 空気が澄んでいるためだろう、くっきりと輝く月を眺めながら、過去の自分に想いを馳せる。あの日からここまで来れた、と現在を確認し、自分はどこまで行けるだろうか?と祈るような気持ちで未来の自分を想った。

 あちらは80レベル(?)の状態で、しかも異世界での初戦闘。こちらは91レベルで、戦闘経験はいやと言うほど積んでいて、しかも数十回の練習や試行錯誤をし、更に本人に答えを教えて貰い、それを練習した後でのことだ。とてもではないが『同じラインに並んだ』などと言える話ではない。……それでも、ここまでこられた。


シュウト:

(未来の僕は、いったいどこまで強くなっているんだろう……?)


 月は微笑むものの、応えてはくれなかった。

 30枚と少しの金貨を拾い集め、記念に一枚とっておこうか?などと考えてみる。あの日の金貨を使ってしまったのが、今になって惜しい気持ちになる。一枚だけ別のポケットにしまっておいた。


 別の集団を見つけ、近づいて戦闘を開始。

 もともとは『刃物の論理』を実戦で使うための練習で、そちらはなんだか怖いような気がしていた。最初の内は何も分からなかったが、一度うまくいくと、すべてが違って見えるようになった。刃は容易にゴブリンを切り裂き、皮膚が裂ける感触も生々しく、深く『入った』のが分かった。段違いの威力にゾクりとする。身の内の奮えた何かが『内なるケモノ』だったのか、それとも自分の本性なのかは分からない。


 癖になりそうな、刃物を使う愉悦の感情を持て余し、少し考えてから気にしないことにした。……言い訳しても無駄だろう。刃物を使うのは面白い。敵の命を奪うのは喜びで、巧くいくと嬉しくて仕方ない。

 武術は人殺しの為の技術なのだ。何がどうあれ、技術を磨いて楽しいのは普通のことで、良いとか悪いとか、不謹慎とか言っていたら、逆に強くこだわることになりそうだった。


 確かに、格下の低級モンスター相手に虐殺を繰り返していたら、悪いことをしている気分にもなるだろう。だが、ドラゴンを相手にすれば、その立場は簡単に入れ替わる。僕はそれを知っている。ジンの保護なしでドラゴンのような強敵と戦えば、あっさりと殺されるのだ。……今は少しでも使える技術を増やすのが急務。それでも嫌なら、いっそ新宿御苑に出没するオウルベアなどの、レベル70台の相手とでも戦えばいいのだ。罪の意識など感じないで済むに違いない。


シュウト:

(まだ、ソロで行くのは厳しいような気が、……っと)


 微かな剣戟の響きを耳にする。遠くに目を凝らすと、少し離れたところで戦っている人を発見する。あちらもソロのようだ。ゴブリンに囲まれていたが、心配するまでもなく、両手持ちの大剣で次々と獲物を刈り取っていく。見事な殲滅速度だった。


シュウト:

(たぶんこの間の人、かな?)


 先日もこの近辺のゾーンで見かけた相手だった。真夜中で、月明かりだけを頼りに、ゴブリン集団相手のソロ戦闘をしている『大剣の使い手』など、そうそういない気がする。


シュウト:

(がんばってる人はどこにだっている。……僕も、がんばろう)


 ――夢中になって戦っている内に、シブヤからかなり離れて場所に来てしまっているのに気が付く。戻る方向に歩きながらも、もう少し練習相手が欲しいと考えるシュウトであった。





 翌日はドラゴン狩りの日で、やはりというか、特に進展はなかった。

 フィールドレイドだとしても、情報が少な過ぎた。山岳部ゾーンはかなりの広さを誇り、当面の目的はラスボスもしくは中ボスの探索なのだが、頻繁に遭遇する〈ドラゴントゥースウォリアー〉に邪魔をされ、いっこうに捗らない。


 〈ドラゴントゥースウォリアー〉は個人的に好みの敵でもあって、少し強い(強すぎる)ぐらいなのが、練習相手としてちょうど良かった。パーティーの連携を確認しながらの戦闘でありつつも、個人の戦闘技術が高度に必要だった。

 強いことは強いのだが、ジンを相手に組み手をするのに比べたら、理不尽さがない。がんばった分だけ手応えがあるのは、やはり嬉しい。


 嫌がっているのはジンの方で、主な理由は『大して金にならない』からだ。ドラゴンの素材でなければ、金銭的な意味で困窮する。いや、そもそも貰っている額が大きいので、困窮までは行くはずもないのだが、ジン個人は借金で首が回らないという事情がある。

 案の定、葵はジン一人にあの日のツケを押しつけたため(激しい罵り合いは数時間に及んだ)、ジンの背中には消えない哀愁が今も漂っている。


 一方で、ボスとも本当は出会いたくなかった。フィールドを闊歩する野良ドラゴンと比べて、強さの桁が違うことは想像に難くない。平均的なレイドボスを考慮すれば、HPだけでも10倍はあるだろう。するとこちらのMP切れも視野に入れなければならなくなってくる。低MP技の〈竜破斬〉を使うジンはともかくとして、自分たちはまたもや、オンブにダッコしてもらって、それで勝てるかどうか?という話にならざるを得ない。


 ドラゴンの撃破数が見事に半分まで落ち込み、ジンも一緒に落ち込むことになった。大破である。ともあれ、ギルドに戻って夕飯とお風呂を済ませることにした。

 ジンは、コップになみなみと注がれた牛乳を、腰に手を当てながら「ぷっはぁ~!」と言いながら飲み、その状態で抱きついて合気投げをせがむユフィリアを軽く転がしてやっていた。無論、牛乳がこぼれることはない。

 そんなのを見ていると、その日もなんとなく過ぎて行った。これもいつも通り。今夜の狩りは休みにしておいた。お風呂の後の布団はあたたかく、ぐっすりと眠れそうだった。





シュウト:

「戻りました」

エルム:

「お帰りなさい」


 葵の代わりに返事を返したのは、〈海洋機構〉のエルムだった。


ジン:

「……貴様がなぜいる。もう金が出来たのか?」

エルム:

「いえ、それがまだでして」

ジン:

「じゃあ、何をしてんだ? 何を」

エルム:

「ですから、お茶を飲みに」

ジン:

「帰れ。ごーほーむ!」


 『しっしっ』と手を振るジン。2人のやりとりは、段々とお約束漫才の様相を呈して来ていた。エルムは楽しそうに笑っていて、「帰れ」と言われたかったように見えた。変な人である。


ジン:

「取引がないのに、護衛も連れて来てんじゃねーか」

シュウト:

「またあの2人ですか?」

エルム:

「その通りですが、それを何故、ご存じなのでしょう?」

ユフィリア:

「じゃあ、お茶ぐらい出してあげないと可哀想だよね」

レイシン:

「そうだね。……呼んで貰えるかな?」

エルム:

「申し訳ありません。放っておいても構わなかったのですが」

ジン:

「こっちが構うんだろ」


 ジンは食事周りに関してほぼノータッチなので、レイシンの意志決定がそのままギルドの選択になる。


Zenon:

「邪魔するぜ」

バーミリヲン:

「失礼する」


 そんなこんなで、バーミリヲンとZenonの2人がホームの中に入ってきた。場所の関係で、少し離れたバーカウンターに座らせることになり、ユフィリアがお茶を給仕している。


ユフィリア:

「ごゆっくりどうぞ?」

Zenon:

「……エルム、てめぇ、どうなってやがる」

エルム:

「まぁまぁ、しばらくそこでお茶を楽しんでいてください。絶品ですよ」

バーミリヲン:

「ふむ、……本当に美味いな」

Zenon:

「マジかよ……」


 〈暗殺者〉のバーミリヲンの方は、世間ズレしているレベルで落ち着き払っていた。逆にZenonの方は慌てたようにキョロキョロとしていて、何かを探ろうとしているようだ。だが、見えるところに何かがあるわけでもない。放置して大丈夫だろう。

 ジンに言わせると、『極意は、それを持つものにしか分からない』のだとか。『だから極意は秘密ではない』という。これもまだ意味がよくわからない事のひとつだった。


石丸:

「ちょうど聞きたいことがあるっス」

エルム:

「はい。どういった事でしょうか?」

石丸:

「アキバでドラゴン素材が購入できるようになった、という話を聞かないのは、何故っスか?」

エルム:

「それなのですが、実は〈海洋機構〉の内部でハケてしまい、外にまで出回らないのです。同じことが原因で、〈海洋機構〉内部の金貨をこちらにお支払いしています。すると、やりくりが面倒なことになり、金貨をかき集めるのに時間が掛かってしまっている、という訳でして……」

葵:

「ぶはははは!」

ジン:

「どうしてそうなった」

エルム:

「ええ。〈海洋機構〉では販売だけでなく、自ら素材を集めることもしています。強い武器・防具があれば、その分だけモンスターに対処するのも安全になる、という訳でして……」

シュウト:

「ですけど、〈海洋機構〉って、どんどん人が増えていってるんですよね?」

エルム:

「はい。中小ギルドの自主的な解体や、合併・吸収が進んでいますので、既に3000人は越えているでしょうね。このまま行けば5000人規模になると思います」

葵:

「そうなれば、もう街の1/3が〈海洋機構〉ってことだね」

ニキータ:

「売るのも、買うのも〈海洋機構〉ばかりになるのじゃ?」

エルム:

「ええ。そこで一ついかがでしょう?〈カトレヤ〉の皆さんも……」

ジン:

「そうだな〈海洋機構〉だったら、こっちの傘下に『入れてやっても』いい。手みやげは忘れるなよ?」

エルム:

「ありがたい申し出ですね。こちらでも検討させていただきます」にっこり


 辛辣なやり取りにヒヤヒヤしてしまうのだけれど、たぶん、会話を楽しんでいるだけなのだろう。


ジン:

「てことは、大慌てで来た理由は、なんかのオーダーだな?」

エルム:

「はははは、お見通しですか。……先日の購入分に、ディバインドラゴンの素材が含まれていたのですが、それをもう少し、可能なら全て、お譲り頂けませんでしょうか?」

シュウト:

「ああ、あの(、、)……」

葵:

「ん? どういうこと?」

エルム:

「硬度もですが、属性耐性がたいへん素晴らしく、……恥ずかしい話ですが、アレで少し揉めてまして」

シュウト:

「ネームドの素材ですからね」

エルム:

「やはり、特異個体の物でしたか」

ジン:

「……ああ、アイツか! 強かったなぁ、危うく全滅するところだった」

エルム:

「おや、『ドラゴンの墓場』で拾ってくるだけなのでは?」

ジン:

「いやいや、見つけた時にはもう半死半生の死にかけだったんだ。それでも、やたら強かったなって話であって」

ユフィリア:

「ウフフフ」

エルム:

「お譲り頂けませんか?」

ジン:

「石丸ぅ~、まだ残ってんのか?」

石丸:

「大半は残してあるっス」

シュウト:

「でも、僕らで使わなくていいんですか?」

ジン:

「『僕ら』っつーか、俺だろ? いらんいらん。装備維持に金かけてらんねぇ。お前らは気合いで避けろ。緊張感を持て!」

エルム:

「おや、『ドラゴンの墓場』で……」

ジン:

「要らねーのか?」

エルム:

「失礼いたしました」にっこり

ジン:

「んじゃ、足下みていいよな?」

エルム:

「もちろん割り増しで結構です。ですが、サービスして欲しいなぁ~と思っています。もちろん、個人的にですが」にっこり

ジン:

「知ったこっちゃねーなぁ。もちろん、個人的にだが」にっこり

葵:

「トラブルはメシの種とは、良く言ったものだに」ドゥフフ


 さんざんやっつけられているのに、逆に『だから』なのか、エルムはまったく引く様子もない。商人のしぶとさ、(したた)かさを目にして、呆れるような何とも言えない気持ちになる、感想に言葉も出てこない。


エルム:

「ご理解いただけたようで助かりました。これで調整できそうです」

ジン:

「……んで、ビル探しはどうなってんだ? 良さげな物件はあったか」

エルム:

「調査はほぼ終了しています。後処理はこれからですが、すぐにでも下見しますか?」

ユフィリア:

「うん! 私も見たい」

ジン:

「だそうだ。いつなら行ける?」

エルム:

「でしたら、今日中に何件かピックアップしておきましょう。明日にでもいかがですか?」


 アキバ全域から、住宅向けの案件をピックアップするのがどのくらいの労力なのかは分からないが、実地で歩いた経験からすると、まとめるのに1週間ぐらいの時間は楽に掛かりそうなものだった。それを今日とか明日とか、サラっと言ってくる。時間感覚が異常なんだろう、と想像しておく。他の人と取引したら、たぶん進み具合が段違いなのではなかろうか。

 

ニキータ:

「明日の夜だと、私たちは用事が……」

ジン:

「女子会だったっけか。……じゃあ、明日の昼過ぎから、夕方までで頼めるか?」

エルム:

「わかりました。それで準備しておきます」





 ――翌日、アキバ。


シュウト:

「どこか気に入ったところとか、ありましたか?」

ジン:

「どこも代わり映えしねーな」

葵:

「こんなもんじゃないの?」

エルム:

「ユフィリアさんはいかがですか?」

ユフィリア:

「うーんと、2番目と5番目と、6番目のところが良かったかなぁ」

ジン:

「5番目って、東の川沿いのヤツ?」

石丸:

「それは4番目っスね」

ジン:

「さよけ。……おい、にやつき。もうちょっと面白そうなところはねーんかよ!」

エルム:

「物件探しに、面白いも何もないと思うのですが」


 昼過ぎから始めて、既に10件。アキバの彼方此方のビルを順に巡っていくが、ジンのいうようなパッとした物件は見当たらない。代わり映えしないのだから、別にどこだって構わなくなってくる。ユフィリアの好みで決まってしまっても、最早、いいような気がしていた。どこだって『住めば都祭り』ではないのか。


エルム:

「いえ、もっと問題がありそうな感じの……。いいですね。ではそこで。はい」


 誰かと念話しているらしきエルムの言葉には、少々(?)、物騒な響きが混じっていた感じが、しないでもない。


エルム:

「ひとつ、幽霊が出そうな雰囲気のビルがあるということなのですが、気分転換にいいかもしれません。ちょっと覗いてみませんか?」

ユフィリア:

「ゆーれー!? 行きたいっ!」


 元気なユフィリアさんには、その手の弱点とかって無いのだろうか?と思ってしまう。


ジン:

「いいねぇ。イベント系かな?」

ニキータ:

「本当に出たり、……しませんよね?」

葵:

「ホントに出るんだったら退治すればいいんだし、平気だって~」

シュウト:

「もう住むのが前提になってません?」

ジン:

「住むかどうかはともかく、出たら退治はするだろ」

エルム:

「見てからのお楽しみですね。〈銀葉の大樹〉の近くだそうです。では、行きましょうか」


 物見高い人たちだけあって、一遍に活気付いてしまう。自分も例外ではなく、どこか楽しくなっていた。なにかちょっと変わった『ヘンなのが好き』という性質は、どこか〈冒険者〉として馴染んでいるような気がする。


 歩いて数分で銀葉の大樹に到着。なんとなく癖で天辺を見上げる。視線を下げると、エルムの護衛で来ているいつもの2人が既に待っていた。Zenonとバーミリヲンだ。


バーミリヲン:

「こっちだ、案内しよう」

ユフィリア:

「ねぇねぇ、本当に幽霊って出るの?」

Zenon:

「わからねぇ。だが、薄気味悪いところだぜ」

バーミリヲン:

「行けば、分かる。――そこだ」


 銀葉の大樹から本当にすぐ近くの、なんて事のない普通の廃墟ビルだった。廃墟で普通なのが、この世界のスタンダードだ。

 正面の入り口は少し高い位置にあり、階段を上ったところにある。地下階がありそうな形状のビルディングだった。


葵:

「外見は悪くないけど」

ユフィリア:

「うーん、意外と普通?」

ジン:

「うっし、いくべ」


 迷いも、ためらいもなく、サクサクと中へ……。


葵:

「ちょっと待てい!」

ジン:

「あ? ……なんだよ?」


 ビルのゾーン内部へ入ろうとしていたジンを、葵が止める。

 緊張を感じさせるゆっくりとした動作で入り口に歩み寄り、しばし足を止めて、『ゴクリ』と唾を飲み込んだ。


葵:

「じゃ、行こう……」


 サクサクもどうかとは思ったけれど、その演技はもっとどうなのだろう。サクサクの方がマシだった気がする。


ユフィリア:

「わぁ~、盛り上がって来たよ~! いこっ、ジンさん」

ジン:

「……どうぞ、お先に?」

ユフィリア:

「もぅ~、こういう時は、男の人が先に行かなきゃダメなんだよ!」

Zenon:

「コイツらノリノリじゃねーか……」


 呆れた口調のZenonに、心の中で謝罪しつつ、中へと足を踏み入れる。


シュウト:

「えっ!?」

ユフィリア:

「なにこれ」

ジン:

「こいつは……」


 ……水の気配、といえばいいのだろうか。ゾーン内に足を踏み入れた途端に、乾燥している肌が潤ってしまいそうな程の、水の気配を感じていた。


Zenon:

「どうだ? なんだか不気味だろう?」

エルム:

「確かに、何か感じますね」

葵:

「ジンぷー!」

ジン:

「ああ、間違いない」

バーミリヲン:

「これが何か、分かるのか?」

石丸:

「これは、水の精霊力っスね」

Zenon:

「精霊力……だと?」

シュウト:

「こんなところで、何故?」


 近くに水の精霊がいるとか、水の神に関係している神殿やダンジョンならともかく、内地のこんな場所だし、川からも少し離れている。それで水の精霊力が満ちているとしたら、何か原因があるに違いない。


ジン:

「どこからか来ているか分かるか?」

石丸:

「地下からっスね」


 魔力操作能力の延長だろう。特に石丸のような〈妖術師〉たちは、元素の力を操ることから、精霊力に対して鋭敏な感覚を持つらしい。

 そのまま誘われるように半地下にある一つの部屋に入る。建物の壁面を壊して、巨大な植物のものらしき『根』が入り込んでいた。……ジンが近付き、その根に触れる。


シュウト:

「どうですか?」

ジン:

「間違いない。原因はこいつだ。位置関係からして〈銀葉の大樹〉の根っこだか、だな」

葵:

「ビルとくっついちゃったのかな?」

石丸:

「そうっスね。このビルを養分にしようとしているのかもしれないっス」

シュウト:

「それって、大丈夫なんですか?」

ジン:

「今日、明日にどうにかなったりはしないだろ。……決めたぞ、ここにする」


 ジンが決めたのなら、ここで決まりだ。異論がある筈もない。


バーミリヲン:

「……だが、幽霊はどうする?」

ニキータ:

「えっ?」

Zenon:

「そうだぜ。俺たちは室内で風が吹いたり、小さな生き物が走ったり、奇妙な笑い声みたいなのを耳にしてる」

ジン:

「ふむ」


 1階に戻り、そのまま2階へ。柱ばかりで広めの空間が確保できそうなスペースがある。利用するにはパーテーションのようなもので区切る必要がありそうだった。

 不意に、頬を撫でる冷たい風を感じた。


Zenon:

「これだぜ。窓もない方向から風が吹いたり」


 今度は走る音が聞こえた。ゴブリンを半分にしたような、小人が走っている印象の軽い足音。人間の足音とは考えにくい。


葵:

「なるほど、ゾーン情報に出てこないってのは本当みたいだね」

ジン:

「くくくく。……ヘイ!」


 ジンは軽く笑うと、『僕たち』に呼びかけた。ハンドサインだ。2人分の反応あり、とある。奇怪な現象に浮ついていた心が、すっと落ちる。いつでも戦闘モードに移行できる。


レイシン:

「ここを調理場と食堂にしたいなぁ」


 レイシンのセリフは、敵を油断させるためではなさそうな響きだった。ジンのハンドサインによれば、脅威度は低め。


ジン:

「えーっと、上に登る階段はどっちだ?」


 全員で移動し、相手の動きを限定させていく。ジンの腕が動いて指示を出す。音もなく飛び出したのはユフィリアだった。鎧を着込んでいない彼女はいつの間にか靴も脱いでいて音を立てない。野生動物の様なしなやかな動きで『敵』へと迫っていく。


 再度ジンの指示が飛ぶ。今度は自分の番だ。

 ジン逹の本体に注意を引き、側背面から接近して隙を付く簡単な作戦だった。通路を直進し、指定ポイント側を覗いてみるが、誰もいない。ジンのミニマップが間違うとは思えない。透明化で隠れているのか、移動してしまったのか?としばし考え、廃墟のため窓の無くなっている窓枠から外を見てみる。当たりだ。『ひさし』だか『雨どい』だかの上に隠れている、人影を確認。窓枠の外ということで、ゾーン外に分類されているらしい。そのまま再度、接近を掛ける。


 ハタと、なんて声を掛けよう?と考える。ただ斬り殺してしまえばいいのであれば、話は簡単なのだが、よくよく考えてみるとここに住んでいるであろう住人の、ちょっとしたイタズラということになりそうだった。すると、声を掛けなければならなくなる。……何て?


 窓枠からヒョコと顔が出てくる。女の子のものだった。ジン逹の方向を伺っているためか、こちらには気が付きもしていない。言ってしまえばマヌケなのだが、そのまま脳内アイコンを操作する時の、特有の顔つきになっていた。たぶん、何かの呪文を詠唱しようとしているのだろう。


シュウト:

「えっと、こんにちは?」

女の子:

「っ!」


 女の子は見つかった!という驚いた顔をし、咄嗟に立ち上がろうとして、バランスを崩した。ひさし(雨どい?)の上なので、2階から落ちて行こうとしていたので、その腕を掴んであげる。


シュウト:

「驚かせちゃったか。……ごめんね?」


 女の子を落ち着かせる話術の持ち合わせはない。なので、これでも精一杯『レイシンさんの真似』をしたつもりである。たぶん笑顔はひきつっていたと思う。

 後ろを向いて、ジンに念話をする。


ジン:

『どうだ?』

シュウト:

「(女の子なんですけど! これ、どうしたらいいんですか?)」

ジン:

『とりあえず、連れてこい(念話終了)』

シュウト:

(うえぇ~)


 自慢だけど、女の子の扱いは苦手だ。妹にもバカにされている。振り向くと、窓枠から半分顔を出した女の子がこちらを見ていた。もう落ちる心配は無さそうだ。逃げようとしている様にも見えない。


女の子:

「あの、さっきは、その……」

シュウト:

「えっと、ちょっと、一緒に来て貰っていいかな?」


 ますます笑顔がひきつっていく。どうも笑い方を忘れてしまったような気分になってくる。

 ステータス画面によれば、〈召喚術師〉の咲空(さくら)という女の子だった。年の頃は不明。かさ増しされた髪に犬耳は狼牙族の特徴だった。外見は小学生のような感じもしたけれど、瞳には力があって、大人びて感じる。中学生ぐらいかもしれない。


 何となく、手首を掴んで歩いていく。咲空は大人しくしていたため、これには助かった。


ジン:

「戻ったか」

猫人族の子

「さくらちゃ~ん。ごめんね、つかまっちゃったー」

ユフィリア:

「可愛いなぁ。いいこいいこ」


 ユフィリアは猫ヒゲの子を後ろから拘束していた(単に抱っこしているだけの気もする)

 手首を掴んでいる咲空がビクりと動いた。たぶん大人がたくさん集まっているので驚いたらしかった。


ジン:

「こっちもちっちゃい子か」

シュウト:

「それで、……どうするんですか?」

ユフィリア:

「痛いことしちゃダメだよ?」

ジン:

「ドあほう、俺にロリ趣味はないっつってんだろうが。むしろ危ないのはシュウトの方だ。見ろ、あの子の手を握って放さない」

シュウト:

「ちょっ、変なこと言わないでくださいよ!」


 思わず、手を放してしまう。咲空はパッと猫ヒゲの子――星奈せなのところへと走って行った。ユフィリアも拘束を解除。星奈は猫人族の〈森呪遣い〉だ。2人は抱き合ってお互いを守りあう構えをとる。


エルム:

「どうやら、このお嬢さんたちが召喚生物を使って、幽霊屋敷の演出をしていたようですね」

Zenon:

「すまねぇ、早合点した」

葵:

「でもまぁ、水の精霊力はモノホンだったしね。この雰囲気でやられたら、ま、仕方ないんじゃない?」

咲空:

「あの、…………申し訳ありませんでした!」

星奈:

「ごめんなさい、です」


 どうやら真面目っ子らしき咲空が、震えながら頭を深く下げていた。おっとり(ほんわか?)な感じの星奈も、一緒に頭を下げる。なんだか泣かせてしまいそうな感じだった。

 この2人が実に、7~8年前のニキータとユフィリアをイメージさせる組み合わせでもあって、憎めない感じがあった。


ユフィリア:

「あーっ、ジンさんが女の子を泣かせてるぅ~」

ジン:

「おまえ、都合が悪くなると俺のせいにすりゃいいとか思ってないか?」

ニキータ:

「大丈夫よ。このお兄さんは怖いけど、あとの人は優しいからね?」

ジン:

「うむっ!」

シュウト:

「……怖いって言われてもオーケーなんですか?」

ジン:

「お兄さんと言ったからオーケーなのだ。てか、葵」

葵:

「はいよん。……君たち、このビルに住んでるんでしょ?」

咲空:

「はい」

星奈:

「そうです」

葵:

「君たち2人だけ? アタシ達ってば、住むとこ探してて……」

ジン:

「……ん?」


 カツ、カツと階段を降りてくる気配があった。

 長身で、ホホのコケた痩せぎすな女性冒険者だった。姿を見せるなり一言。


長身の女性:

「何の騒ぎだ ……ああん?」


 一緒にいる咲空と星奈を見つけたのだろう。2人の様子と、数人の大人を見てどう思ったのか。


長身の女性:

「お前らそいつ等に手を出したら、……タダじゃ済まさねぇぞ!!」

 

 前半はゆっくりと、後半は鬼の形相でまくし立てるようにして怒鳴りつけてくる。見事な胆力だった。女性だとなかなかこうは行かない。



 どうやら幽霊ビルに幽霊はいないらしい。その代わりに出てきたのは……。

 


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