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099  積み重ねと、別れ

 

アクア:

「なるほど。つまり、今の話を総合すると、ダンジョンに行って訓練をしたかったのに、フィールドレイドっぽいのが始まったから、慌てて鍛え直している、ってことね」

ジン:

「へぇへぇ、そうでごぜーます」

シュウト:

「ああ、そうだったんですね」

アクア:

「さっさとライドってヤツを教えちゃえばいいじゃない。私も興味あるわ」

ジン:

「ライドばっかりはなー。焦ったって身につかないしなー。下手に理屈を教えると歪むんだよなー。意識による制御をやっと始めたところだから、まだ当分かかんだろうしなー。そも、無心と意識装置はセットなんだが、ただ無心になったぐらいで上手く行くなら、だーれも苦労しないっつーか、そもそも究極的な技になんねーっつーか」

アクア:

「そう。難しいのね~」

ジン:

「ニヤニヤしてんじゃねーよ、気持ち悪い」

アクア:

「気持ち悪いは余計だわ」

葵:

「まーまー、喧嘩するのは仲の良い証拠っていうじゃないさー」

ジン:

「誰がこんなのと!」

アクア:

「仲が良いっていうのよ!」

シュウト:

「息、ぴったりですけどね……」


 現在までに得られた情報を元に、ライド法というものを予想すると『獣化』を使いこなすことができる、といったイメージだった。

 獣化、自分の場合でいえば、『内なるケモノ』のことだが、正直なところ使いこなすどころか、逆に翻弄されまくっていた。このため現在では絶賛封印中で使わないようにしている。しかし、ジン・レイシンの両名が全力で戦っている姿を見ると、自分の意識をキチンと保持できている。

 ……たとえば、何か作戦があったとしたら、自分の内なるケモノはそれを無視し、好き勝手に暴れようとしてしまうのに、彼らは作戦に従って行動できる、といった違いがある。自分と何処が、何が違うのか。それが分かれば、封印する必要もなくなるかもしれない。


 なにかしら、獣化をコントロールする方法があるとしか思えなかった。だが、現状で無心とやらを使ったとしたら、単に『内なるケモノ』が暴れるだけのような気がしてしまう。


 自分の考え事に没頭していると、ジン達の話は先へと進んでいた。みっともないことに聞き逃してしまっているらしい。特にアクアが参加している時は、話の速度も内容も濃いので、あっさりと意味が分からなくなってしまう。


ジン:

「……その場合、曲自体にも個別の、曲のそれぞれの局面においても、表現されるための意識の形があるらしいからな。『唯一の答え』があるってことだろう。それがオーケストラだのの多人数だとどうなるかはワカランが、唯一解による楽曲の完全再現を目指すのだとしたら、曲の意識を読みとれないとお話にならないわけだ」

アクア:

「曲の心みたいなもののことでしょう? 私は『2番目の楽譜』と呼んでいるわ。クラシックだと、当時の時代背景を勉強させたりして、曲に秘められた意味を読み解こうとするのよね。2番目の楽譜が分からずに下手にアレンジしてしまうと、表現の本質に触れる感性が育たなくなってしまうわ」

ジン:

「アレンジが逃げになるってのは、どうしたって厳しい辺りだな。目指すべきは完全であり、更にその先にある領域だろ? アレンジとブラッシュアップとの違いは、耳にした時、つーか、音楽体験に接した時にわかるものなのかどうか?だとかは、正直、微妙じゃね?」

アクア:

「わかるはずよ。……必ずね」

葵:

「いやぁ、人間賛歌だーね。やっぱそうっしょ!」


ニキータ:

(2番目の楽譜……か)

シュウト:

(ごめん、今って何の話?)

ニキータ:

(意識で音楽をどう制御するかとか)

シュウト:

(ありがとう)


ニキータ:

「ジンさんに質問しても?」

ジン:

「いつになく積極的だねぇ。なんじゃらホイ」

ニキータ:

「ライドというのは、演劇でいう『憑依』のことですか?」

シュウト:

「憑依?」

ジン:

「そうでもあるような、まったくちがうような?って感じなので、ブッブー。ハズレだな。まぁ、そっち側で考えたら、紅天女になるぐらいの覚悟は必要かもだけど」

シュウト:

「紅天女?」

葵:

「にししし。後で教えてあげるよん」

ジン:

「強いとされる人物を演じた時、役者は本当に強くなれるだろうか? 答えは否だ。ある程度は体を作り込んで、アクション出来るようにするケースもあるが、体の作り込み自体は『格闘技の練習』をしている」

アクア:

「それ、ハリウッドとかの話でしょう?」

ジン:

「日本だって似たようなもんだ。……格闘技の訓練と、演技との違いは、究極的にはあんまりないと思ってはいるが、現実は究極にはほど遠い。〈冒険者〉の場合、レベルが90もあれば、元々が強いから少しばかり話は違ってくるがね」

ニキータ:

「はい」

ジン:

「鍛錬は『自分』を鍛えようとする。演技は違う『誰か』になろうとする。

 一方で、反復訓練はα→α’(アルファ→アルファダッシュ)の移動であり、弱さの拡大再生産だ。α→β間(アルファ→ベータかん)の移動に近いのはどちらか?ってな」

ニキータ:

「演技の方が、近い……?」

アクア:

「面白いわね」

ユフィリア:

「結局、どういうこと?」

ジン:

「そんなに単純でもないってことさ」

葵:

「ちなみに、答えを教えちゃった場合はどうなるの?」

ジン:

「そうだなぁ。ライドはそうでもないだろうけど、オーバーライドの方は、『そんなの無理ですよ!』とかヘタレが騒ぎまくったあげくに、数ヶ月のロスで済めば御の字、とかかな?」

シュウト:

「それは、嫌ですね……」

ユフィリア:

「ちょっとだけ、ヒント!」

ジン:

「弱さと向き合うこと。弱さと向き合うコツはな、後戻りを怖れないことだ。いきなりちゃんとしようとすると、物事はみんな難しくなる。できなかったら素直に後戻りして、出来ることをする。出来ると思ったら、少しだけ難しいことをやってみる。ダメなら、後退。これをいとわずに繰り返すことだ。後戻りすることに怖れがなくなれば、挑戦することも怖くなくなるよ」

アクア:

「至言ね」


 この言葉の意味や価値を知るのは、もうしばらく後になってからだった。〈消失〉の訓練は、弱さと向き合うことそのものだった。





 ――〈海洋機構〉の荒事向け人材であるZenonとバーミリヲンは、この日もアキバの街をさまよっていた。エルムからの調査依頼を受けて、小銭を稼ぐ。何でもできる人材だからと、何でもやらされるのは面白くなかったが、同じ調査を何日かやり続けていると、次第に面白く感じるようになった。

 建物の調査をしていると、どことなく不動産屋にでもなった気分になる。妙な楽しさ、嬉しさの正体が何なのか、本人達には理解できないでいたが、言ってしまえば『アキバ愛』だった。アキバについて詳しくなることに、優越感すら感じていた。別の言い方をすれば、マップを埋めるコンプリート欲求に近い。


Zenon:

「いよぉ~し、ここも終わりだな。もう一件いこうぜ!」

バーミリヲン:

「そうしよう」

Zenon:

「しかし、最初は面倒だとおもったが、やってみるとボロい仕事だな」

バーミリヲン:

「ああ、安全に小銭を稼げる。もっと低レベルの連中にやらせた方が良かったかもしれないな」

Zenon:

「ハッハ、ちげぇねぇ」


 ――〈海洋機構〉の名前があるため、聞き取り調査にしても不審な目で見られることもない。アキバ全域を調べていると言えば、なるほどそういうものかと思われる。

 調査を続けていく内に、奇妙な噂話を仕入れていた。

 それは銀葉の大樹の近くの、とあるビルに『幽霊が出る』というものだった。


Zenon:

「ここらしいな」

バーミリヲン:

「ああ。だが街中でモンスターが出るとも思えないが……」

Zenon:

「何かのクエストかもな。とりあえず入ろうぜ」


 ――ビルの中に入った瞬間に、異様な感覚におそわれていた。まるで霧の中に立ち入ってしまったかのような感覚。しかし、視覚はクリアなままであった。


Zenon:

「なんだ? まるで空気が湿って感じる……」

バーミリヲン:

「ああ。だが、紙はフヤケていない。奇妙だ」

Zenon:

「本当に『幽霊ビル』かもしれねぇ、なんだか気味悪いぜ」

バーミリヲン:

「……モンスターがいると思うか?」

Zenon:

「いたとしても、不思議はないが」



 ――利き腕に武器を持ち、慎重に奥へと進んでいく。

 すると、『タタタ』と走る音が聞こえた気がした。音の軽さから大人ではなさそうだが、たまらず、Zenonが声を荒げる。


Zenon:

「おい! 誰かいるのか!?」

バーミリヲン:

「……いや、このゾーンには誰もいないはずだ」


 ――バーミリヲンは、脳内ステータスからゾーン情報を呼び出して確認していた。誰もいないので間違いないと二人は考える。

 ところが、不自然に風が吹いたり、人とは思えない奇妙な笑い声が聞こえたり、人間よりもずっと小さな『影』が走ったような気がするのだ。


Zenon:

「なんなんだよ、コイツは」

バーミリヲン:

「とりあえず、ここは引こう」


 ――たっぷりと肝を冷やし、『幽霊ビル』を立ち去ることにする二人。万一、戦闘になったら回復役がいないため、準備不足であると判断してのことだ。


 その二人が立ち去るのを密かに見ている影が、あった。

 




(説明用の梃子の図)

挿絵(By みてみん)

 

ジン:

「普通に剣でブッ叩くとするだろ? 片手剣の場合、先端に当たると梃子の原理が働いて、小指が跳ね上がる運動になりやすいんだ」

石丸:

「人差し指付近が支点、剣の先の打撃ポイントが力点、小指が作用点になるわけっスね」

(説明用の剣の梃子の図)

挿絵(By みてみん)

ジン:

「そうそう」

シュウト:

「以前にジンさんが手首クッション問題と呼んでいたヤツですよね」

ジン:

「そうだ。で、剣を両手で持つ場合、手と手の間隔を広げれば、梃子の力は弱まるが、今度は武器の取り回しが悪くなる。振り回しにくくなるんだ」

ニキータ:

「以前の話で出ていた答えは、確か『手元で当てる』ですが?」

石丸:

「支点と力点の距離が近ければ、梃子の力は弱くなるっス」

ジン:

「しかし、AFSの場合、攻撃時の回転半径が小さくなるため、遠心力的な意味では弱い攻撃になってしまう。命中範囲も狭い。なら、BFSだとどうなる?」

シュウト:

「……斬り抜けだったら、意味合いがかなり変わってきますね」

ジン:

「そうだ。本来は小指の筋力の弱さを狙い撃ちにした梃子の原理が発生して、クッションになってしまうところだが、BFSで切り抜けの形を取った場合、このクッションが逆に有効に作用するようになるんだ」

ユフィリア:

「ゆーこー?」

ジン:

「わからんか? クッションの働きで剣の角度がズレることで、最も切れ味が高まる角度に自動調整されるんだよ。狙わなくても刃物の論理が働くようになるんだ。しかも、相手の横を通り抜けるとき、刃元から刃先に向かって刃が当たり続けるから、ざっくりと深く斬れる。刃物の論理があるから、無理に振り抜こうとせず、そのまま引きずるように走り抜けてやるイメージだな」

シュウト:

「……なんだか、これも居合いみたいですね。ひとつひとつの原理が綺麗に重なっていく感じとか」

ジン:

「だろ? 水は方円に接すると言って、四角かろうが丸かろうが、水はどんな入れ物にも形を変えてぴったりと収まる。本来、物事ってやつはもっとも適切な形になろうとするわけだ。剣がクッション動作するのも、それが適切ではないからだ。それを強引に殴ろうとして、梃子の原理に反発するから、手にマメが出来て、皮膚を硬くしてしまう」

ニキータ:

「手の細胞をいじめて?」

ユフィリア:

「いじめは良くないよね」

ジン:

「ただ、AFSにもたくさんの利点はあるんだけどな。何よりもまず、中心軸を強化しやすい。中心軸を回転軸にする運動は、中心軸を鍛えるのに適しているのさ」

シュウト:

「そう言われてみると……」

ユフィリア:

「でも、回転すると、居ついちゃうからダメなんでしょう?」

ジン:

「そう。難しい話だけど、中心点は、移動したり、変化させられないとダメなんだ。中心軸はきっちり鍛えないといけないんだけど、拘束的な中心軸は動きがないから、より強く人間を拘束してしまったりする。逆に拘束されていない自由な中心軸は、必要な状況で位置を変えることで、無理のない形を、水みたいに、とれるようになる。

 順番的には、拘束的な中心軸を先に作ってから、自由化させるように拘束を壊していくのがパターンなんだけど、最初から自由な中心軸を作ってしまいたいんで、今ぐらいのタイミングでこの話をすることにした、ってわけだ。……んじゃ、例題をみせよう」


 今回、例題で立たされたのはユフィリアだった。メイスを振りかぶって、ジンに振り下ろす役割を演じることになった。


ユフィリア:

「いいの?」

ジン:

「早くやってもいいけど、まぁ、見えやすいようにまずはゆっくりやろうな?」

ユフィリア:

「うん!」


 メイスを振り下ろしながら、スローモーション的なかけ声で、「と~お~お~お~」と気の抜ける声を出すユフィリアだった。


ジン:

「そういう演技はいらんっちゅーに」

ユフィリア:

「えへっ。気分でるかなって」

ジン:

「まぁ、雰囲気あった方がいいけどな。……で、こうして剣でメイスを受け止めます」

ユフィリア:

「がっきーん!」

ジン:

「AFSで普通に剣でメイスを受け止めたら、まぁ、普通メイスはあんまり受け止めないんだけども、自然と手首の関節付近からの回転運動が起こります。……少し押してみ」

ユフィリア:

「えいっ」

ジン:

「ちょっ!? んぐぐっ」


 どれだけ力を入れたのか、受け止める形をしていたジンの剣がガクンと下がる。手首の関節が限界めいた角度に変わり、慌てたジンが苦悶の表情を浮かべる。 


ジン:

「こ、こんな感じで、手首的に無理な角度で受け止めなきゃならなくなる。筋力が足り、もういい、オッケ!……ふぃ~」

ユフィリア:

「ぶいっ☆」

シュウト:

「そこで勝ち誇ってどうする」


 よく分からないけれど、楽しそうに実演係をやっていた。……もしかして羨ましかったのだろうか?


ジン:

「じゃー、次は『こうあるべき』的な受け方な? ユフィ、もっかい。こんどは全力で振り下ろしていいぞ」

ユフィリア:

「いいの?」

ジン:

「お舐めでないよ。おいでまっせ~」

ユフィリア:

「じゃあ、いくねっ!」


 メイスを振りかぶったユフィリアは、ジンの頭めがけて渾身の一撃を振るう。ジンは、いともあっさりと受け流してみせた。切っ先からメイスが流れ落ちた途端、ジンが手に持った『シュウトボッコボコ棒』が円弧を描き、ユフィリアの首元で停止。受け流しからの切り返しだった。

 何がどうなっているかはよくわからないけれど、いつもみているような『ジンさんらしい動き』であった。簡単そうにみえるけれど、そういう場合、高度な技術であることが大半だ。


ジン:

「見たか? わかったか?」

シュウト:

「ぬるっとした感じがしたぐらいで、後はちょっと」

ジン:

「まぁ、そうな。……結果的に、全体的な動き方としては、既存の方法と大差はないんだ。何が違うかっつーと、根本的な原理が違う。だから、外からみたら似てても、中身は大違いだってこと。じゃあ、ゆっくりやってみせよう」


 もう一度ユフィリアがメイスを上げ、軽くジンの剣の上に乗せた。


ジン:

「剣には関節なんかはないから、ただ真っ直ぐな棒っきれ、というか、鉄の棒だろ?」

シュウト:

「はい」

ジン:

「だから、手首で回転させたがってしまう。これの原因は、回転の中心が自分の体にあるからだ。その中心点を移動させて、剣の重心、もしくはメイスの当たっている付近に移動させる。すると……」


 剣に触れているメイス付近から回転が起こり、受け流す方向に、ゆっくりと剣が回っていく。


ジン:

「こうして、剣先は下へ、持ち手の側は上に回る」

ニキータ:

「なるほど……」

ジン:

「この時、剣の動きに合わせて、体を動かしてやります。柄が上がっていく回転運動を邪魔しないように、するりと……」


 剣の動きに合わせて、まるで引っ張られているみたいに、ユフィリアの攻撃線上からジンの体は、するりと逃げていった。メイスが剣の上を流れ落ち、切っ先から離れると、溜まっていたエネルギーがはじけ、まるでデコピンみたいな感じで剣が跳ね上がる。またしてもくるんと回転してユフィリアの首元を斬りに行き、そこで止まった。


ジン:

「とまぁ、こういう感じ。AFSというか、『身にかわる剣』の原理では剣を振り回すから『俺が俺が剣法』になってしまう。だから、剣の動きに合わせて体を動かせなくなる。『俺が』『剣を』『振り回す』という関係だからだ。

 今やったみたいに『剣にかわる身』の原理が使えると、剣が主体になり、体はそれに従属させた動きが使える。『剣の代わりに』『俺が』『動く』わけだ」

シュウト:

「アルファとベータの違いですね」

ジン:

「そうだ。……こういうのは、無心だとか、捨て身で得られる極意の一部、と言われることもある。自分中心の回転運動に依存してしまうと、居着いてしまって、こういう動きは出来ない。身を捨てた境地に至った時、才能のある剣士は稀に、到達することもあるとか、ないとか? ……フィクションの中だけかもしんないけど」

シュウト:

「難易度は、やっぱり……?」

ジン:

「いや、ムズイはムズイけど、そんなでもない。原理の違いを理解するところまでが不可能レベルで、残りは、……まぁ、防御テクだから、攻め手の力量で変動、か」


 実際にやってみようということで、組になって練習する。


ジン:

「ニナちゃんよ」

ニキータ:

「その呼び方は、ちょっと……」

ジン:

「んー、目で見て、腕で剣を回しちゃダメだ。タイミングも計るな。受け止めた衝撃に反応しないと、上手く行かないぞ」

ニキータ:

「わかりました」

ジン:

「んー、今度は『待ち構えて』る。構えると反応が遅れるぞ。ユフィみたいに、何も考えるな」

ユフィリア:

「だからね! 私も本当はいろいろ考えてるんだよ?」

ジン:

「はっはっは。そうだったっけ」

ユフィリア:

「そう。むつかしいこととか、考えなきゃいけないことでいーっぱいなんだから」

ジン:

「……たとえば?」

ユフィリア:

「たとえば? えっと、複雑な学問? 哲学とか?」

ジン:

「へぇ~、それってさぁ」

ユフィリア:

「そ!そ!そ!それからね、国際貢献がボランティアなNPO?だとか」

ジン:

「ほぅ、具体的に何のボランティアかな?」

ユフィリア:

「ひーん。ウソでした。ごめんなさい。……でもね、卒論どうしよう?とかはホントに考えてるんだよ?」

ジン:

「そっか。学生さんは大変だーねー」

ニキータ:

「まだ時間、あるでしょ?」

ユフィリア:

「でも、早めに準備するつもりじゃないと、悩みそうだし。みんな……」


 あちらは脱線著しいが、決して、決して、ツッコむまいと心に決める。卒論のことも、就職のことも頭から追い出してしまわなければ、集中して練習などできるものではない。

 ……来年、どうしよう。それより今年の単位ってどうなっちゃうんだろう? 留年は嫌だ。すべて〈大災害〉のせいだが、そんな言い訳が通用するとも思えず、気が重くなってくる。


レイシン:

「コラ。集中しないと、ケガするよ?」

シュウト:

「すみません!」


 ……やってしまった。考えまいとすると心の声がわき起こる。何か癖みたいなものがあるのかもしれない。やはり、無心は難しそうな気がしてくる。ミニマップは諦めた方がいいかもしれない。


ジン:

「バカがみーるぅ、ブタのケーツぅ! でろでろべろべろばぁ!」

シュウト:

「クッ……!」


 怒られて落ち込んでいるところに、追撃の追い打ちで馬鹿にしてくる。集中していなかった自分が悪いとは思っても、こう大人げないところを見せられると、自分は悪くないような気分にもなってくるものだろう。いいアドバイスを聞き逃したくないから聴いていただけなのだ。本当に僕が悪かったのだろうか。


ジン:

「おニナちゃんよー」

ニキータ:

「おニナって……」

ジン:

「なーんか動きがカテーんよ。なんぞノビノビしたとこが消えちまってんだわ。適当にカッコつけてアレンジしたっていいんだぜ? いっそダンスみたいに動いてみるとか?」

ニキータ:

「ダンス、ですか?……でも、武術でそういうことをしてもいいんですか?」

ジン:

「武術だからな。武術は高尚なものか?といえば、一面では人殺しの技でしかない。最低の下劣なものだ。だから真面目にやらないとアカン。学生がおふざけで人を殺しました!とかはシャレにならない。

 武術を特別なものにさせているのは、これまでに支払われた犠牲から来るものだ。先人の流した血や、努力。到達点の高さと、自らを厳しく律する生き様などだな。

 ダンスが不謹慎かどうかでいえば、不謹慎だろう。じゃあ不謹慎はダメかといえば、『別にぃ~』だな」

シュウト:

「なんか、そこはゆるゆるでいいんですか?」

ジン:

「ゆるゆる最高やんか」

シュウト:

「……はぁ」

ジン:

「武術は本来、わざわざ硬くなってやる必要はないんだよ。手を抜けば死ぬからな。お硬くなるための最強の装置とセットなんだよ。

 それでもわざわざ真面目にやらなきゃいけない!とか言うのは、教える方が死んで欲しくないからだ。厳しいことのひとつも言っとかないと、後でひどく後悔するハメになる。これで負けたら、これで死んだら自分のせいだぞ!というところまで持って行きたいじゃんか」

シュウト:

「深い思いやりのような、それでいて、ただ責任から逃れたいだけのような……?」

ジン:

「割り切れない部分はゆるゆるでいいのだよ。

 どっちにしても戦闘ってヤツはなんでもありの歴史だからな。石を握りしめ、人をかき集め、鎧を作り、馬だのゾウだのにまたがりーの、鉄砲こさえーの、戦車つくりーの、飛行機とばしーの、実際に核までぶっぱなしたんだぜ? 『不謹慎です!』なんてセリフは、ことの始めから女委員長が言うから卑猥に聞こえるだけの話だっつーの」

ニキータ:

「そう言われると、ダンスぐらいで不謹慎だなんて……」

ジン:

「そうさ、世の中をバカにし過ぎてる。人間はもっと遙かに斜め上、メチャクチャをやってきたんだ。しかし、一部の変人が頭おかしかっただけとは思うなよ? 歴史を作ってきたのは、常に普通の人々だ。最初はバカだのチョンだの言ってた癖に、喉元過ぎれば熱さを忘れ、その気になって『こんなのフツー』とか言うのがパターンなんだから世話ねーぜ。飛行機が飛ぶのだってあり得ないことだったが、今じゃ年間何万本と飛んでいて、みんな仕事だ、海外旅行だって利用しまくりだ。畢竟(ひっきょう)、『普通』ほど怪しい概念はない。ついでに常識人とか自分で言ってるヤツほど、常識はない。俺のようなマトモな常識人は希少な存在なのだ。尊敬の目でみてもいいぞ? 許可してやる」


 分かっていたはずの歴史を分かっていなかったような、もしくは単に『ものは言いよう』というのか。一瞬先の未来において、なにが『普通』になっているかは、分からないものかもしれない。果たして、自分は『普通』なのだろうか? ……そう問いかけるのならば、時代遅れな気がしないでもない。時代遅れはあんまりなので、『古風』とか言っておけば、耳障りではないような気がする。


 考えると、〈カトレヤ〉の女子2人組は、女の子的な意味でハイランカー(廃ランカー?)なだけあって、前衛的というか、最前線方面な気がしないでもない。イマドキ女子は大変そうである。


 見ていると、ニキータは少し動作を工夫して、美しくみえるようなポージングを試していた。


ジン:

「大切なのは原理だ。アレンジはいいけど、原理には逆らうな。自然の法則などと同じで、逆らったり、抵抗するだけ無駄だ。受け入れて、自分のモノにすればいい。アレンジに目がいけば、敵が原理を察しにくくなって、逆にいいかもしれないぐらいだ(笑)」


 試しに一回、ユフィリアの攻撃を受け流そうとするが、反応が遅れて上手くいかなかった。


ジン:

「『俺が俺が』になってるぞ~。ユフィの力を借りて、利用するんだ。反応は細胞がやってくれる。任せてしまえ~」

ニキータ:

「早く動かないと、当たってしまうんですが?」

ジン:

「早く動くのと、先に動くのとは違う。先に動く気配があれば、相手は技を変えてくる。ディフェンスは特に、相手の動きをコントロールしなきゃならない。先に動いて避けました、相手は攻撃をわざわざ外してくれました、とはならないんだぞ。相手に猿並の知能しかなかったとしても、それこそ昆虫程度の知能があれば、避けたところを捕まえに来るものなんだよ」

ニキータ:

「だったら、なおさら早く動かないと……」

ジン:

「早く動きたかったら、早くは動かないことだ。

 客観的な時間は変化しない。次の一秒、次の一瞬、次の刹那へは、その分だけの時間が掛かる。飛び越えて移動することはできないし、やろうとしなくていい。現在をからっぽにして、未来へ飛んでいこうとする者は、必ず失敗する。動きでいえば、遅くなるだけだ」

レイシン:

「……逆に主観的な時間は変化させられるからね。だから、『今』を充実させるんだよ。大地をキチンと踏んで、そこから力を貰えれば、同じ一瞬でも結果は自然と変わってくるからね」

ニキータ:

「はい……!」

シュウト:

「なんというか、……いろいろなもの、あらゆるものに助けを借りながら、なんですね? この星だけじゃない、太陽があって、光があって、時間があって、凄いスケールで僕らは生かされてるんですね」

ジン:

「……おかしい。俺がレイに教えたのに。セリフだってほとんど同じはずなのに。なのに、説得力が違う気がする」

レイシン:

「ハッハッハ」

ジン:

「ラフティングタウントやめろ!」


 すねていじける人はともかく、なんとなく形になっていた。





シュウト:

「どうもです、元・副隊長」

副隊長:

『おう、新聞みたぞ? 誰に黙ってレベル上げてんだ、この野郎?』

シュウト:

「すみません。……正直、追い付くとは思ってませんでした(苦笑)」

副隊長:

「こっちがモタついてただけだってか? 言うようになったじゃないか」


 夕食後、思いついた新しい矢を自室で作っていたところで念話が掛かってきた。〈シルバーソード〉の副隊長からだった。レベルアップの件で何か言われるかも?とは思っていたが、挨拶する間もなく相手から念話が掛かってきて、恐縮する。


副隊長:

『それはそうと、レベルも上がったことだし、そろそろ戻る気にならないのか?』

シュウト:

「それは……、すみません」

副隊長:

『今のギルドに満足しちまったか?』

シュウト:

「満足とは、ちょっと違いますけど……」

副隊長:

『じゃあ、美人をはべらしてご機嫌か?』

シュウト:

「勘弁してください。はべらせてませんから!」

副隊長:

『わっはっはっは』

シュウト:

「……ラフティングタウント、やめてください」

副隊長:

『すまん、すまん』

シュウト:

「どうしても、倒したい人がいるんです。その人に、返そうにも返せないような恩があるので、せめて一矢、報いなければ……」

副隊長:

『は? 恩人を倒したい? 恩を仇で返すのか? おまえ、大丈夫か?』

シュウト:

「大丈夫です! 変なことを言って聞こえるかもしれませんけど、それであってます!」

副隊長:

『よくわからん。とりあえず、がんばれ』

シュウト:

「はい。ありがとうございます!」


 話が途切れ、微妙な沈黙が生まれる。なぜか副隊長は念話を切る気配がなかった。こちらから切るべきか、そのままでいるべきか、決められずに沈黙を続けていた。


副隊長:

『……戻ってくる気は?』

シュウト:

「ない、ですけど……?」

副隊長:

『じゃあ、あれだな。 お別れだ』

シュウト:

「なんですか、妙に思わせぶりですけど……、何かあったんですか?」

副隊長:

『俺たちは、アキバを離れることになる』

シュウト:

「アキバを離れる? クエストか何かですか?」

副隊長:

『そういうことじゃない』

シュウト:

「まさか、〈Plant hwyaden〉(プラント・フロウデン)じゃ?」

副隊長:

『なんだ? 違う違う。……ウィリアムがレイドをやりたがっててな。アキバを出て、どこか違う場所に行くことになるだろう』

シュウト:

「それで、もう戻ってこれないんですか?」

副隊長:

『わからんが、そうなるかもな。 今のアキバを出て行くのを嫌がるメンバーも多いだろう。お前が戻ってくれれば、と思ったんだがな』

シュウト:

「……すみません」

副隊長:

『残る連中のことを頼みたい。少しでいい、気にかけてやってくれ』

シュウト:

「僕に、何ができるとも思えないんですが」

副隊長:

『街で見かけたら、挨拶するぐらいでいいんだ』

シュウト:

「それぐらいでしたら、はい。必ず」

副隊長:

『出発にはもうしばらく掛かるかもしれんが……、またな?』



 ――その後、〈シルバーソード〉は普段と変わらない様子でふらりと出て行き、そのまま長いこと戻ってこなかった。一ヶ月、二ヶ月と日がたち、もう戻らないのだと静かに理解されることになった。

 ススキノにいて元気にしているとシュウトが耳にするのは、翌年になってからである。

 


サブタイトルが決まらなくて30分ぐらい余計にかかってたり。幽霊ビル1です。

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