010 オーバーライド
シュウト:
(どうすれば……、どうすれば、いい……?)
レイシンのフォローに立て続けに矢を射てゆく。特技を使わずに戦う事ができれば、ニキータの援護歌によって、少しずつではあってもレイシンのMPを回復させることはできる。しかし、それも今更の感が強い。もっと根本的な解決策を考え続けてはいるのだが、思考はグルグルと空転ばかりしていて、すぐに反省や自罰的な考えに囚われてしまう。
シュウト:
(どんな策士であっても、『この状態』からでは手を打つ事など出来ないだろう。……言い換えれば、こうなるまで『何も手を打たなかったこと』自体が失策なんだ。いや、もっと前段階から、戦いが始まる前に勝ち筋を見付けてから手を付けるべきだった。今からしたら、僕は絶対に勝てないと思っていた。行ける所まで行ければそれでいいとしか、考えられなかった。その責任感の無さが情けない。戦いになってからは、自分がちゃんと役に立てていれば良かっただけだし、その癖、全体の把握は自分がやっているつもりになっていた。勝つつもりもなかった癖に、だ。……それで今頃になって惜しくなって「負けたくない」とか言い出すんだから、馬鹿でしかない)
――シュウトは万事この調子で自身をなじっていた。しかし、実際には自分を責めることすら、解決策の模索から目を逸らすための現実逃避に過ぎない。
ニキータがレイシンの左側の敵に対してさっきからずっとフォローを入れているのが、少し気になっていた。単なる援護だとばかり思っていたのだが、……それも違っていた。
それは両手両刃武器の特性による問題だった。
そもそもレイシンの使っている両手両刃武器(双頭武器)では、1度の攻撃で2度ダメージを与えることができる。これは〈武士〉や〈盗剣士〉のように両手に武器を装備する二刀流に近い。しかし、利き手とは反対の腕による『追加攻撃』にはペナルティがあり、与えるダメージが減少してしまう。
その原因は、殆どの両手両刃武器は槍や大剣の様に『両手で持つ武器』としても使うことが可能だからだ。結果、状況に応じて使用法や特技を使い分けることが可能な、『汎用性に富む武器』になっている。強力な一撃も、多段の攻撃も、状況に応じて使い分けることが出来るのだ。
見方によってはズルい武器と思うかもしれない。しかし一撃の威力では専用の両手持ち武器に劣り、多段の攻撃ではその利き手ではない側に与えられたペナルティがあることで、両手に剣を装備することに比べて性能で劣ることになる。どちらにも対応できるのだが、その分、どちらも中途半端になるのだ。
見た目の便利さとは裏腹な、使いこなすことの難しさ。真の使い手を選ぶ武器……、それが両手両刃武器だった。
――結果、レイシンは左手側のダメージが少しずつ足りずに取りこぼしてしまうサファギンがおり、それをニキータがフォローしているのだった。彼女は知識によってではなく、観察によってレイシンが左手側の敵を取りこぼし易いことに気が付き、率先してフォローに入っていた。
シュウト:
(全体の状況を把握しているつもりでも、個別に見れば穴だらけだ。ユフィリアの巨大蟹にしても、レイシンのMPにしても、ニキータのフォローにしても……)
そうしている間に、後衛を休息させるタイミングまでも逃すことになってしまった。
◆
ジン:
「何だ、あいつ等?」
砂浜に残った10体ほどを片付けてしまったのだが、敵の突撃に間が空いていた。サファギン達は襲いかかるタイミングを計っていたらしい。波間から兜らしきものが見える。頭頂部には明らかに威嚇用と思われる飾りがついていた。今まで戦っていたサファギンとは少し様子が違っている。
石丸:
「たぶんサファギンの精鋭部隊っス。名前はサファギン・ウォリアーだったかソルジャーのどちらかで、レベルはこれまでの倍ぐらいっス」
ジン:
「60以上ってことか?」
鎧を身に着けた濃紺のサファギン・ウォリアーが一斉に砂浜に立ちあがるや、銛や鉾を構え、端から順に投げつけて来るのだった。
ジン:
「くっそ、面倒、くせぇ、いっぺんに投げろ、いっぺんに!」
避けたり叩き落したりするのだが、次々に投げつけられる銛や鉾の数が多く、ジンのラウンドシールドに2本ばかり突き刺さったままになってしまった。
サファギン・ウォリアーは武器を投げた者から順に抜刀し、整然と襲い掛かって来る。ジンは地面に剣を突き刺すと、盾から銛を引き抜き、襲い来る先頭のサファギンの足元にブン投げた。それは敵の足を貫通して地面に縫い付けようとするのだが、走って来たサファギンは勢いが付いていたために転倒するしかない。砂浜に刺さった銛はその拍子に抜けていたのだが、立ち上がる気配を見せる前に、弓を使って慈悲を与えた。
そのままもう一本の鉾を抜き取ると、目前にまで来ていたサファギンの胸に深々と突き刺していた。赤い球体のエフェクトが浮かび上がり、ジンへと吸収される。
鉾から手を離し、素早くバックステップで自分の得物を取ると、たちまち敵の渦中へと飛び込んで往く。勇気がどうのというよりも、敵の懐にいた方がまるで『安全だ』と云わんばかりの態度だ。
次々と現れるサファギン・ウォリアーとの戦いは、これまで以上に熾烈なものになった。自分達に比べればまだまだレベル自体が低いため、1体1体を倒すことは問題にはならない。幾つかの特技では即死判定が発動して、あっさり倒してしまうケースも多い。
だが、それでも1体を倒すのに掛かる時間がどうしようもなくかさんでしまう。取り回しの良い短めの武器に持ち替え、連携を駆使してくる敵は厄介極まりない。
そうして遂にレイシンのMPが尽きる。
リズムが崩れ、一度は敗北の窮地に立たされることになってしまった。MPが尽きて精彩を欠いたレイシンにダメージが蓄積し始め、ユフィリアによる回復が数度に及ぶと、今度はヒーラーである彼女にターゲットが変更されてしまったのだ。回復によってヘイト値が大きく上昇する敵と、しない敵とがいるが、敵の知的水準が上がる程にヒーラーに鋭く反応を示す傾向のようなものがあった。
その時、ユフィリアは走って逃げた。それが結果的に自分を囮として敵を誘き寄せ、数体ではあったものの、敵戦列を引き伸ばすことになった。これは恐怖からではなく、なんとなくの思い付きによるものらしい。少し走ってから振り返ると、アスコットクラブとの戦闘で自信をつけたつもりなのか、戦う気になってしまっていた。結局は僕と石丸とで殆どの敵を倒し、取りこぼしをユフィリアが撃退する形で落ち着くことになった。
――離れた位置にいるジンが戦線を立て直すまでに10秒近く掛かると見てとったシュウトは、自作の矢を全て出し切る勢いで攻め立てた。ユフィリアを狙うものを中心に次々とサファギンを射落とし、7秒ほどの時間を生み出すことに成功する。これは値千金と言ってよかった。ジンはきっちり7秒で戦況を押さえ込み、そこからは相手を一方的に叩き潰してしまっていた。
概算で300体に到達した。
しかし、先程の活躍で自分もMPをほとんど失っている。レイシンはほぼゼロ、石丸も残り2割弱、ジンはまだ3割をキープしていたが、MPに多少の余力が残っているのはニキータ・ユフィリアの女性2名のみ。それでも似たり寄ったりの状況でしかない。
既にMPの問題だけではなくなっている。心身に加えて武器や防具までボロボロの状態だった。休憩なしの連戦はやはり相当に厳しい。このまま戦闘を継続するには、実質的に無理なところまで追い込まれていた。6人で300体なら上出来だろう。
ノーマルタイプのサファギンはまだ軽く50体以上が見えているのに、何かに遠慮して砂浜に上がってこない。僕らの強さに恐れをなしたのでなければ、これから現れる敵がかなり強いことは容易に想像できてしまう。
普段から上げっぱなしのフェイスガードを押しやって、ジンはヘルムを背中側に落とした。ヒモか何かがあるのだろう、背中のところでヘルムは停止する。
ジン:
「シュウト、さっきのは良かった。ピンチを救ったな」
シュウト:
「………………」
下を向き、強く歯を噛み締める。ここに来て掛けられた優しい言葉に、ダメだと分かっているのに、どうしても嬉しくなってしまうのだ。それすらも情けなかった。気が弛んでしまったら、もう続けられなくなってしまう。自分からは諦めることはしたくない。今ならば、殺されて大神殿で復活する方がマシだった。それなのに、ジンは優しい言葉をシュウトにかけて、ここで終わりだと促しているのだ。終わらせるという決断から逃げるなと暗に知らせようとしている。それでも僕には何も言えなかった。
ニキータ:
「シュウト……」
――無言でいるシュウトにニキータが声を掛けようとするが、途中で言葉に詰まっていた。それは当然で、そんな都合のいい言葉なんて最初からありはしないのだ。
ジン:
「どうした、時間ねぇぞ? ……ホレ、なんかつよそーなのが来るっての」
石丸:
「シャークライダー。アレはサファギンのエリート部隊っス」
ダイア・シャークの背にそれぞれ乗ったサファギンが6体現れる。このためにノーマルタイプは場を譲っていたらしい。分かり易く立場や格式が違うといったところだろうか。
ジン:
「撤退でいいのか、どうなんだ?」
シュウト:
「…………」
全滅するまで戦い抜こう、と言えればよかったのかもしれないが、それも出来ない。『決断すること』の難しさに喘いでしまう。
ユフィリア:
「え? 撤退なの? ちょっと待って、まだ戦えるでしょ? だって、もうちょっとなのに……」
――この場でジンとシュウトの無言のやり取りが良く分かっていなかったのは、彼女だけだった。他のメンバーはしばらく前からもうダメだろうと何度も思っていた。だから、ジンがシュウトに声を掛けた時点で、それが終わりの合図だろうとすぐに理解できたのだ。
……これはユフィリアが空気を読めない子なのではない。実際のところ、彼女だけが本気でまだ勝てるつもりでいたのだった。だからこそ頑張ったシュウトを褒めただけだと思ったのだ。
ニキータ:
「……ユフィ、きっと次があるから」
ユフィリア:
「そんなの、だって、次なんて…………」
――驚きで目を丸くしているユフィリアの瞳は、当然にまだ力を失ってはいなかった。そして顔を上げたシュウトもまた、心の折れた顔はしていなかった。ただ、悔しくて、情けなくて、でも、どうにもならなくて……。
シャークライダー達が鮫の背から降り、静かに海に潜る。潜水して砂浜に上陸するまで、さほど時間は残されてはいない。
ジン:
「決められないのか?……だったら、」
ユフィリア:
「ジンさん! お願いです。……勝たせてください」
撤退と言おうとしたジンに、ユフィリアは言葉を被せていた。強い言葉だった。
ジン:
「いや、つーか(苦笑)」
ユフィリア:
「勝たせて」
ユフィリアは言葉を重ねていた。無理だろうと、無茶だろうと、わがままだろうと、自分の感覚を信じたのだ。何がどうあれ、まだ勝てるのだ、と。彼女は、ただ分かっていないだけ、なのかもしれない。しかし、勝てると信じるその強さにうらやましさを感じずには居られなかった。
ジン:
「あはははは」
ジンは一瞬、目を逸らし、直ぐに内側から滲み出した何かが零れ出すようにして、笑った。
ジン:
「クククク。じゃー、アレだ。チューしてくれんなら、カッチョイイお兄さんが本気出しちゃってもいいけど、……どうする?」
言っていることはかなり最低だったが、ユフィリアは迷うことなくそっと踏み出し、唇を重ねた。
……かに見えたが、ジンは寸前で回避。ホッペチューに切り替えさせていた。
ジン:
「アハハハハ、はっはっは」
キスする前よりも、した後の方が緊迫した空気だったが、ジンがひとしきり笑うことで吹き飛ばしてしまった。誤魔化したのかもしれない。
ジン:
「しゃあない。……もうひとがんばりしてやんよ」
レイシン:
「本当に、いいの?」
レイシンの問いに口の端だけで笑顔を作って応えていた。
ジン:
「ホレ、さっさと休憩に行ってこい。レイのMPが全快するまでは、絶対戻ってくんなよ!」
ジンはヘルムをかぶり直し、初めてフェイスガードまで下げ、さっさと背中を向けてしまった。その背中はあらゆるものを拒絶しているように見えた。
――本当はホッペチューでニヤけているのがバレると困るからなのだが、シュウト達からはそんなことは分からなかった。
シュウトは立ち去りがたい気持ちでいた。本当に隠された力があるのか、それとも、ただの自己犠牲なのか。ユフィリアに腕を掴まれ、ニキータに背中を押され、仕方なく走り始めたものの、しかしどうしてもと振り返ってはジンの姿を一目見ようとしてしまう。
ニキータ:
「シュウト、今は!」
シュウト:
「心配じゃないのかよ!」
ユフィリア:
「大丈夫。絶対、大丈夫!……だって、ちゅーしたもん。だから絶対に大丈夫なの!」
耳まで真っ赤にして、ユフィリアが根拠の無いことを言った。(ダイタンなことしたクセに、テレてんなよ)心の中でツッコミを入れ、その事で少しばかり冷静になっていた。
――背後で大きな爆発音が轟き、3人とも思わず振り返ってしまう。どうやらシャークライダーに高位の魔法を使う個体が混じっているらしいことを知った。
シュウト:
「あ……」
ニキータ:
「凄い……」
シャークライダー前衛4体の波状攻撃をものともせず、みる間に1体を仕留めてしまっていた。後衛2体に圧力を掛けることで、前衛の動きを牽制していく。そのまま前衛の2体目も難なく潰してしまう。ここで最初に倒した1体が、後衛の蘇生魔法で復活したものの、直後にヒーラーの首を飛ばしていた。ここまで見ても圧倒的だった。
一緒に見入ってしまっていたニキータが我に返り、食い入るようにして見ている僕とユフィリアとを引きずる様にして休息場所へと急がせた。
ジン:
「……MPもないし、ちょいマジで行きますかね」
――シュウト達が戦場から見えなくなる。既にその時にはシャークライダーの6体は全て倒され、砂浜に死骸が転がっているばかりであった。海からやってくるものに視線をやり、ジンは何でもない風にぐるぐると肩を回したりしながら待っていた。
◆
――休憩地点では全く異なる戦いが始まろうとしていた。
少し遅れて3人が追いつくと、レイシンと石丸は既に腰を下ろして待機していた。目にしたジンの強さに浮かれているのはユフィリアだけで、シュウトもニキータもそれぞれ別のことを考えていた。
2人の出発点は同じで、この休憩はジンの居ないところでの『欠席裁判になりうる』という直感から始まっていた。
ニキータはどうなってしまうのかを考えていた。
ニキータ:
(ジンさんの強さは『この世界のルール』を無視している。そんな不公平さは、大勢の敵を作ってしまうものじゃ……?)
――〈エルダー・テイル〉は上限レベルに到達してから、次に上限レベルが解放されるまでに『長い停滞の時間』がある。そのことがプレイヤー同士の平等さや対等な関係の基礎になっている。ジンが一人で不条理な強さを持つことは、それが例え努力で手に入れたものであったとしても、強い不公平感を刺激してしまうだろう。嫉妬や憎しみを煽るのに違いない。
ニキータ:
(こういう感覚は、ユフィには分からないかも)
〈エルダー・テイル〉を始めて時間の短いユフィリアは、速成によってレベルを上げてきている。自身で停滞を経験しておらず、周囲の空気に馴染む間もなく〈大災害〉に巻きこまれた形である。
平等な世界などありえないとニキータには分かっている。せっかくの平等なる世界でありながらも、結局はやれ誰が美形だの、性格が良いだの悪いだの、強いの弱いのと、人々は(もちろん自分も含めて)あらゆる機会を捉えては『違い』を見出さずにはいられなかったからだ。
それでも人が寛容で居られるのは、自分が風上に立っている時だけなのだ。強さなどは、特に女性からみれば、所詮は人間の一側面に過ぎない。
それにしたところで、ジンの強さはほぼ全ての人を風下に立たせてしまう種類のものなのだ。それは秘密として守るべき種類の何かだろう。ジンが大勢のプレイヤー達から攻撃対象となることだけではない。他者の心の安寧をこそ、守らなければならない。ニキータは『他者の強い感情』にさらされるのがイヤなのだ。
ただ、彼女が気が付いていなかったのは、これこそが彼女の求めていた『仕方の無い理由』なのだという事である。今はまだ、『どうなってしまうのか』と『どうすればいいのか』が彼女の中で結びつかないままでいた。
一方のシュウトは、この休憩場所が高度に政治的な場になり得ると気が付き、そこから自分がどうすべきかを必死に考えていた。
シュウト:
(レイシンさんは前もってジンさんの事情を知っていたのに違いない。ユフィリアも無視していいだろう。態度が分からないのは石丸さんと、特にニキータか。……自分はどうなのだろう?)
色々と考えてはみたが、あまり嫌な気分などしなかった。むしろ大賛成に近い。ジンが強いのは歓迎すべきことだとしか思えなかった。
――だからこそ、自らを悪役として『最大の抵抗派』のごとく振舞おうと考えていた。そうしてシュウト自身が一番槍として先に攻撃を加えて毒気を抜いてしまい、後から態度を変えればいいと決めつけてしまっていた。
ところが、実際には石丸も賛成派であったため、会話が始まる前から実は全員がジンを受け入れることで一致しているのだった。
レイシン:
「やっぱり最後まで持たなかったよ。ごめんね」
口火を切ったのはレイシンからだったが、いつものように口調はノンビリしたものだった。
シュウト:
「レイシンさんは……」
レイシン:
「うん?」
シュウト:
「知ってたんですよね、ジンさんのこと」
レイシン:
「まぁ、ね」
ニキータ:
「あの、葵さんはご存知なんですか?」
シュウトの勢いが強いのを見て取り、ニキータが矛先を逸らすように質問を加えた。
レイシン:
「いや、知らないはずだよ。まだ言ってないけど、なんとなく察してはいるかもしれないね」
ニキータ:
「そうですか。ところで、ジンさんはその、……最初からああなんですか?」
レイシン:
「そんなことないよ。最初はみんなと同じ。普通だったはずだよ」
シュウト:
「レイシンさんはいいんですか? ジンさんばっかり強い状態でも」
シュウトはわざと語気を荒げていたが、そのことでちょっと本気になりつつあった。
レイシン:
「いいもなにも、何かダメかな? ……というか、強くなるやり方は教えてくれてるんだけど、ムズかしくてダメだったんだよねぇ。サブ職も変えたくないし」
シュウト:
「それで、平気なんですか?」
レイシン:
「平気? ……うーん、そういうのはよく分からないけど」
強くなるやり方と聞いて、シュウトの心は揺らいだ。下手なイチャモンはもう止めたいのだが、もう少し追求しなければならない。
シュウト:
「サブ職がどう関係あるのか良く分かりませんけど、ジンさんだけ強いのはおかしいですよ。だったら……」
レイシン:
「でもほら、この世界って、……『料理人が最強』でしょ?」
シュウト&ニキータ
「「確かに」」
これには思わず頷いてしまっていた。
――これも本当は、ジンが言っていた台詞をレイシンが使っただけであった。ジンがどれほどか戦闘で強かったとしても、料理人がいなければ美味しい食事にありつくことは出来ない。その他の部分でも同じことが言えるのである。〈守護戦士〉は回復魔法を使えない、攻撃魔法を使えない、エトセトラ、etc。
シュウト達から見てレイシンは気負うところも、無理しているところもなかった。演技のつもりだったシュウトも、自分の毒気を先に抜かれてしまっていた。ジンに対する好き嫌いは好みの別れるところだが、レイシンを嫌う人間はそう多くないように思うシュウトだった。
ユフィリア:
「見て!でっかい頭!」
石丸:
「〈巨人〉っスね」
レイシン:
「10mクラスかな?」
シュウト:
「……ですね」
シュウト達の休憩地点からは海岸での戦闘は見えなかったが、巨人の頭だけは確認することが出来た。冷静な男性陣にユフィリアが慌てる。
ユフィリア:
「あんな大っきいのに、助けに行かなくていいの?」
シュウト:
「そんなの今更だよ。今のジンさんは、10mクラスなんてどうってことない。……巨人、見たことないの?」
ユフィリア:
「ゲームでならあるけど、ホンモノは初めて」
シュウト:
「そっか。じゃあ言っとくけど、小型のドラゴンでもアレの倍は強いよ」
ユフィリア:
「そ、そうなの?」
シュウトは今朝の会話(08)でドラゴンが怖いだのと馬鹿にされた恨みをここで返すことにしていた。
巨人もまた、最強の幻獣と言われるドラゴンに匹敵する強さを誇る種族だったが、ジャイアント達は実質的に20mクラスからが本番だった。18m以上になった途端に、転ばせても主要器官になかなか武器が届かなくなってしまうのだ。当然にHPも跳ね上がっていく。
近づいてくる巨人の頭を見ていると、なんだかここまで振動が伝わってくるかのようだった。
◆
シー・ジャイアント。
これは日本の妖怪『海坊主』の解釈の一つとして登場するモンスターだ。他にもいくつか海坊主に相当するものがいるのだが、船で沖に出なければ遭遇しないため、どれも比較的珍しいモンスターで知名度は低かい。
長いことかかって砂浜まで上がって来た巨人の足を一撃で破壊してしまい、ジンはほぼ狙った位置に尻餅を付かせることに成功していた。当然、サファギンを巻き込む形で転倒させるのが狙いである。
そのまま跳躍。水しぶきを回避しながら、足の付け根あたりに降り立った。そうして尻餅の衝撃から立ち直って暴れだす前に、青く輝く剣で胸を貫き通していた。狙いは心臓ではなく、その先の脊椎だ。
大型モンスターの場合、心臓を破壊しても数秒は動き続けることが普通にあるが、脊椎を破壊すればその瞬間に動けなくすることが可能だった。断末魔の痙攣を残し、巨人が倒れる。再び大きな水しぶきが生まれる。背中や腕の下敷きになったサファギンもいた。
胸の上に立ったジンは、マジックバッグから以前に使っていた魔法のバスタードソードを取り出すと、巨人の腕を伝って砂浜に駆け戻っていった。そのまま敵集団の中央に向かい、シールドを使っての突進攻撃を加える。その光景はほとんど交通事故のそれだった。数体のサファギンを弾き飛ばして止まると、そこは敵のド真ん中だ。敵が態勢を整える前に回転系特技で4体、5体と一気に倒してしまう。実際には敵が弱いため威力は必要がなく、巨人を2発で倒したことに比べたら、もはや手抜きに近い。緩急をつけつつ、小走りに次々と敵を切り倒しながら進み、また方向を変えては突撃を繰り返していった。
◆
シュウト:
「あの敵を探知するのはどうやってるんですか?」
レイシン:
「ああ、アレね。ミニマップを回復させたって言ってたよ」
シュウト:
「ミニマップ?」
ミニマップとは、ゲーム時代にモニターに表示されていた、一定範囲内に存在するキャラクターを全て表示するという機能のことだった。〈大災害〉の後では当然モニターが無いため、その機能は失われたと思われていた。
シュウト:
「……そんなの、どうやって?」
レイシン:
「気配で分かるような仕組みがあるんだって。世界が翻訳されたのがどうのとか言ってたけど」
――〈冒険者〉が気配で察知しているものを、分かり易く視覚情報として表示したものがミニマップだとジンは考えていた。この機能が実は生きていて、単に視覚情報としては受け取れないだけだろうと考えたのだ。数日前にシュウトが矢の試し撃ちをした時、居場所だけではなく『一人で居たこと』まで分かったのもこのためだ。
石丸:
「……圧倒的っスね」
ニキータ:
「本当に……」
レイシン:
「え?……ああ、了解。…………ゴメン、なんか、外の戦いが終わったって」
レイシンが念話でジンと話したらしい。レイシンのMPはやっと8割ほど回復したところだった。
砂浜に出てみると、そこは想像したようなものは何も残っていなかった。サファギンのいなくなった海辺では、静かに波が一定のリズムで寄せては返してを繰り返している。周囲は既に暗く、月が出ている。探してみると、少し離れた場所にぽつんと座っている人影が見付かった。
ジン:
「よっ」
鎧を着たままなので、ジンは足を投げ出して座っていた。特に何かがあった風には見えない。シュウトは戦いの痕跡を探したが、武器が違うものになっているぐらいしか分からなかった。
ユフィリア:
「もう全部倒しちゃったの?」
ジン:
「ああ、あれからちょっとしか出てこなかったからさ、ついやっつけちまったよ」
ユフィリア:
「そっかぁ、ちょっとは残しといて欲しかったのに」
ジン:
「悪い悪い」
ユフィリアとの何気ない会話をぼんやりと聞いていた。僕が見たかったものは、どうやら見られなかったらしい。
ニキータ:
「シュウト」
シュウト:
「ん?」
ニキータが指差したものは、モンスターの死骸が霧散した後の、ただの砂浜だった。モンスターや死骸ばかりを探してしまっていたが、実は砂浜だけが激しかったのであろう戦いの痕跡を伝えるものだったのだ。自分達が戦っていた場所は、大波でもあったみたいに広い範囲で湿っている。その他にもあちらこちらで争った痕跡が残っていた。
これでは「ちょっとしか敵が出てこなかった」だなんて話が信じられるものではない。残りの全てをあっという間に叩き潰し、敵の死骸が消えてしまうまでボーっとしていたのに違いない。
シュウト:
「くくく、はははは!」
――シュウトは笑った。笑うしかなかった。
自分たちが幾ら失敗しても、フォローできるぐらいの余力があったのだ。上限レベルのプレイヤーとして、自分の方が多少は上の部分があると思っていた。それが思い上がりだったことを理解した。理解させられてしまった。
シュウト:
(本当に、一から始めなきゃダメだったのか……)
しかし、憑き物が落ちたみたいにサッパリとした気分だった。
◆
戦いのあった砂浜から続く絶壁の岩肌にポカりと開いた穴が『サファギンの洞窟』だった。これぞ海辺の洞窟!という趣きこそあるものの、その中はゲーム用にアレンジされた空間になっている。
ダンジョン内部の敵を倒しながら先に進むと、海と繋がる地底湖の広がる大空洞に出た。そこではサファギンの首領たちが50体程の部下に囲まれ、儀式めいたことをしていた。
纏まった集団でいれば、石丸の範囲攻撃呪文の餌食になる。それに加えてMPの回復したジンとレイシンが猛然と突撃していく。自分も素早く敵に矢を送っていく。
ジンは少しばかり力を解放していた。石丸の攻撃呪文で後衛に敵が引き付けられるのだが、ジンが攻撃すると再びターゲットを変更するだけの力があるのだった。
これは簡単な話のようで、実際にはゲームの根幹を成すバランス自体が無効化されることを意味している。〈守護戦士〉の攻撃力は元々、その腕力と比較してもかなり低く抑えられている。アンカーハウルといったタウンティング特技が必要な理由も、戦闘というゲーム自体が『後衛をいかにして守るか?』という点にあることから明白なのだ。
そして後衛の戦いは、敵のターゲットを集めるかどうかの綱渡りをしながら、戦況を考えて魔法を使うことに要諦がある。……もしも前衛の脅威度が一番高いままだとしたらどうなるのか。単純に後衛はやりたい放題になってしまうだろう。
いまやジンが存在することで、戦闘は全く別のゲームになってしまっているのだった。
半ば当然ではあったが、気味が悪いぐらいにあっさりとクエストは終了していた。
ジン:
「へぇ、結構ボリュームがあるのな?」
石丸:
「砂浜で倒した分もこっちに集まることになってるんス」
報酬は6人で分けてもかなりの額になりそうだった。豪族サファギンが手下に付け届けをさせているためらしい。
――もともとサファギンはもっと南の地域に生息する亜人間だった。今回ジン達が倒したのは辺境であろう関東地域を支配する豪族に過ぎない。今回の戦いは彼らの支配領域からすれば僅かな被害に止まるのだろう。
ジン:
「それで、これからどうするんだ、コーラー?」
シュウト:
「え? ……じゃあ、帰還しましょうか」
石丸:
「一度、村に寄って行きたいんスけど」
シュウト:
「あ、終了の報告でしたね」
ジン:
「そういや、そうだったな」
村へ向かって歩きながら、色々と話をした。
ジン:
「そういえば、今回って何が一番印象に残った?」
シュウト:
「『雨の森』とかもかなりヤバかったですよね」
レイシン:
「炊き出しかな」
ユフィリア:
「私も」
ニキータ:
「アレは面白かったわね」
シュウト:
「って、炊き出し? あんなオマケっぽいイベント……」
ユフィリア:
「また、ああいう村とか見つけたらやりたいよね!」
ジン:
「それもいいな。しかしドラゴンも捨てがたい」
シュウト:
「またそれですか……。もういいですよ、実は余裕なんでしょ?」
ジン:
「まぁ、“俺は”な」
レイシン:
「ドラゴン戦はかなり大変だよー」
シュウト:
「レイシンさんも大変ですよね」
レイシン:
「これから仲良く頑張れるからいいじゃん」
シュウト:
「……あんまり死にたくないんですけど」
そうしてしばらくすると村の明かりが見えてきた。どこか人里の持つ不思議な力がホッとさせるものがある。
レイシン:
「そういえば村で貰った食材があるから、後でご馳走するよ」
ユフィリア:
「なんかお腹が減って来たかも」
ジン:
「場所はシブヤだけどな」
ユフィリア:
「あ、そっか。じゃあ、引越しちゃおっか?」
ニキータ:
「それも、……悪くないかもね」