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成功するために過去へ戻った俺が、最後に取り戻せなかったもの

作者: 大豆
掲載日:2026/08/07

あの時に戻れたらなーという機会があったので、書いてみましたが、そんなに膨らませられなかったので供養がてら投稿します。

「あなたの人生には、やり直す価値がありますか?」


その広告を見た時、俺は笑った。

人生をやり直す。そんな都合のいい話があるわけがない。

そう思いながらも、俺はその広告を閉じることができなかった。


画面に映っていたのは、一粒の白い薬。説明文には、こう書かれていた。


『この薬を飲めば、人生の分岐点まで戻ることができます。

ただし、使用できるのは一度だけ。

代償として、現在の記憶が少しずつ失われます』


怪しい。

詐欺に決まっている。


普通ならそう考える。


でも俺には、試してみたい理由があった。


俺の人生は、失敗だらけだった。


高校時代。好きだった女の子に告白できなかった。

大学受験では努力不足で第一志望に落ちた。

就職した会社では出世できず、後輩に追い抜かれた。


そして何より一番後悔していることがあった。


十年前。

俺には、結婚を考えていた恋人がいた。

彼女の名前は、美咲。

優しくて、いつも俺の味方をしてくれる人だった。


しかし、俺は仕事を理由に彼女を後回しにした。


「今は仕事を頑張りたい」

「成功したら結婚しよう」


そう言い続けた。

そして気づいた時には、美咲はいなくなっていた。


「もう待てない」


最後に彼女が言った言葉を、今でも覚えている。


もし、あの時に戻れるなら。人生は変わるかもしれない。そう思った。


だから俺は薬を注文した。



薬を飲んだ瞬間、意識が途切れた。


次に目を覚ました時。

俺は見覚えのある部屋にいた。


古い机。学生時代に使っていたパソコン。壁に貼られたカレンダー。


日付を見る。

十年前。


本当に戻っていた。


「嘘だろ……」


鏡を見る。

そこに映っていたのは、若い頃の俺だった。


心臓が大きく鼓動する。

本当に人生をやり直せる。


俺は今度こそ失敗しない。


まず変えたのは仕事だった。以前は何となく選んだ会社に入った。

今回は違う。未来の知識を使い、成長する企業を選んだ。


株式投資も始めた。

昔は知らなかった成功法則を利用した。


結果は予想以上だった。


数年後。俺は周囲から「成功者」と呼ばれるようになっていた。


高級マンション。高級車。十分な貯金。

昔欲しかったものは、すべて手に入れた。


だが。一つだけ足りなかった。


美咲だった。



「最近、何か忘れることが増えた気がする」


ある日、俺はそう感じた。


最初は小さなことだった。

昔好きだった音楽。学生時代の友人の名前。旅行に行った場所。

そんな程度だった。


しかし、少しずつ大きくなっていった。


「あれ……なんでこの写真を持っているんだ?」


スマートフォンに残った写真。そこには、美咲と笑う俺がいた。


でも。その時の記憶が思い出せない。


楽しかったはずなのに。大切だったはずなのに。

感情だけが残り、思い出が消えていた。


怖くなった。


この薬の代償。


「現在の記憶が少しずつ失われます」


その意味を理解した。


俺は成功と引き換えに、自分自身を失っていた。



ある日。

仕事帰りに、偶然美咲を見かけた。


十年前と変わらない笑顔。

隣には、小さな女の子がいた。


「美咲……」


思わず名前を呼びそうになった。

しかし、声をかけることはできなかった。


彼女は幸せそうだった。


俺がいなくても。俺が人生をやり直している間に。彼女は別の人生を歩んでいた。


その夜。

俺は昔の日記を読み返した。


そこには、十年前の俺の文字があった。


『美咲といる時間が一番幸せ』

『仕事より大切なものを間違えない』


読んでいて胸が苦しくなった。

俺は人生をやり直した。


でも。何をやり直したかったのだろう。


金か?地位か?成功か?


違う。本当は。失いたくなかった人との時間だった。



それから数年。


俺の会社は大きく成長した。

世間では成功者として知られていた。


しかし。俺の中から、どんどん大切なものが消えていった。


家族の顔。友人との思い出。

そして。

美咲との記憶。


ある日。秘書が俺に言った。


「社長、この写真は誰ですか?」


机の上に置いていた一枚の写真。

そこには若い頃の俺と、美咲が写っていた。


俺は写真を見る。

そして首を傾げた。


「……誰だろう」


その瞬間。胸の奥が締め付けられた。


涙が流れた。

理由は分からない。

誰なのか思い出せない。


なのに。


失ってはいけないものだった。


それだけは分かった。



老人になった俺は、病室のベッドにいた。


医者から余命を告げられた。

家族はいない。友人もいない。財産だけが残った。


最後の日。

引き出しの奥から、一枚の紙が出てきた。


昔の俺が書いたメモだった。


『もし人生をやり直せるなら』

『成功するより、大切な人を大切にする』


文字を見た瞬間。

一瞬だけ記憶が戻った。


美咲の笑顔。

一緒に歩いた道。くだらない会話。何でもない日常。


俺は泣いた。


「そうか……」


俺が欲しかったものは。

成功した人生ではなかった。


幸せだった時間だった。


しかし。

もう遅かった。


やり直せる人生は、一度だけ。

俺は人生を変えた。


でも。

人生で一番大切なものを守ることはできなかった。



翌朝。

老人は静かに息を引き取った。


その顔には、不思議なほど穏やかな笑顔が浮かんでいた。


まるで最後の瞬間だけ。


本当に欲しかった人生を思い出せたかのように。

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