成功するために過去へ戻った俺が、最後に取り戻せなかったもの
あの時に戻れたらなーという機会があったので、書いてみましたが、そんなに膨らませられなかったので供養がてら投稿します。
「あなたの人生には、やり直す価値がありますか?」
その広告を見た時、俺は笑った。
人生をやり直す。そんな都合のいい話があるわけがない。
そう思いながらも、俺はその広告を閉じることができなかった。
画面に映っていたのは、一粒の白い薬。説明文には、こう書かれていた。
『この薬を飲めば、人生の分岐点まで戻ることができます。
ただし、使用できるのは一度だけ。
代償として、現在の記憶が少しずつ失われます』
怪しい。
詐欺に決まっている。
普通ならそう考える。
でも俺には、試してみたい理由があった。
俺の人生は、失敗だらけだった。
高校時代。好きだった女の子に告白できなかった。
大学受験では努力不足で第一志望に落ちた。
就職した会社では出世できず、後輩に追い抜かれた。
そして何より一番後悔していることがあった。
十年前。
俺には、結婚を考えていた恋人がいた。
彼女の名前は、美咲。
優しくて、いつも俺の味方をしてくれる人だった。
しかし、俺は仕事を理由に彼女を後回しにした。
「今は仕事を頑張りたい」
「成功したら結婚しよう」
そう言い続けた。
そして気づいた時には、美咲はいなくなっていた。
「もう待てない」
最後に彼女が言った言葉を、今でも覚えている。
もし、あの時に戻れるなら。人生は変わるかもしれない。そう思った。
だから俺は薬を注文した。
⸻
薬を飲んだ瞬間、意識が途切れた。
次に目を覚ました時。
俺は見覚えのある部屋にいた。
古い机。学生時代に使っていたパソコン。壁に貼られたカレンダー。
日付を見る。
十年前。
本当に戻っていた。
「嘘だろ……」
鏡を見る。
そこに映っていたのは、若い頃の俺だった。
心臓が大きく鼓動する。
本当に人生をやり直せる。
俺は今度こそ失敗しない。
まず変えたのは仕事だった。以前は何となく選んだ会社に入った。
今回は違う。未来の知識を使い、成長する企業を選んだ。
株式投資も始めた。
昔は知らなかった成功法則を利用した。
結果は予想以上だった。
数年後。俺は周囲から「成功者」と呼ばれるようになっていた。
高級マンション。高級車。十分な貯金。
昔欲しかったものは、すべて手に入れた。
だが。一つだけ足りなかった。
美咲だった。
⸻
「最近、何か忘れることが増えた気がする」
ある日、俺はそう感じた。
最初は小さなことだった。
昔好きだった音楽。学生時代の友人の名前。旅行に行った場所。
そんな程度だった。
しかし、少しずつ大きくなっていった。
「あれ……なんでこの写真を持っているんだ?」
スマートフォンに残った写真。そこには、美咲と笑う俺がいた。
でも。その時の記憶が思い出せない。
楽しかったはずなのに。大切だったはずなのに。
感情だけが残り、思い出が消えていた。
怖くなった。
この薬の代償。
「現在の記憶が少しずつ失われます」
その意味を理解した。
俺は成功と引き換えに、自分自身を失っていた。
⸻
ある日。
仕事帰りに、偶然美咲を見かけた。
十年前と変わらない笑顔。
隣には、小さな女の子がいた。
「美咲……」
思わず名前を呼びそうになった。
しかし、声をかけることはできなかった。
彼女は幸せそうだった。
俺がいなくても。俺が人生をやり直している間に。彼女は別の人生を歩んでいた。
その夜。
俺は昔の日記を読み返した。
そこには、十年前の俺の文字があった。
『美咲といる時間が一番幸せ』
『仕事より大切なものを間違えない』
読んでいて胸が苦しくなった。
俺は人生をやり直した。
でも。何をやり直したかったのだろう。
金か?地位か?成功か?
違う。本当は。失いたくなかった人との時間だった。
⸻
それから数年。
俺の会社は大きく成長した。
世間では成功者として知られていた。
しかし。俺の中から、どんどん大切なものが消えていった。
家族の顔。友人との思い出。
そして。
美咲との記憶。
ある日。秘書が俺に言った。
「社長、この写真は誰ですか?」
机の上に置いていた一枚の写真。
そこには若い頃の俺と、美咲が写っていた。
俺は写真を見る。
そして首を傾げた。
「……誰だろう」
その瞬間。胸の奥が締め付けられた。
涙が流れた。
理由は分からない。
誰なのか思い出せない。
なのに。
失ってはいけないものだった。
それだけは分かった。
⸻
老人になった俺は、病室のベッドにいた。
医者から余命を告げられた。
家族はいない。友人もいない。財産だけが残った。
最後の日。
引き出しの奥から、一枚の紙が出てきた。
昔の俺が書いたメモだった。
『もし人生をやり直せるなら』
『成功するより、大切な人を大切にする』
文字を見た瞬間。
一瞬だけ記憶が戻った。
美咲の笑顔。
一緒に歩いた道。くだらない会話。何でもない日常。
俺は泣いた。
「そうか……」
俺が欲しかったものは。
成功した人生ではなかった。
幸せだった時間だった。
しかし。
もう遅かった。
やり直せる人生は、一度だけ。
俺は人生を変えた。
でも。
人生で一番大切なものを守ることはできなかった。
⸻
翌朝。
老人は静かに息を引き取った。
その顔には、不思議なほど穏やかな笑顔が浮かんでいた。
まるで最後の瞬間だけ。
本当に欲しかった人生を思い出せたかのように。




