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〈蓮〜ロータス〜〉夜譚  作者: 紫楼


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第9話 壁に佇む目

「彼女、八田さんって言うんだけどさ、就業中も後ろや窓を気にしてるのね」

「その子、休んだ方がいいんじゃない?」

 ユカが肉じゃがを頬張りながら言う。

「一人でいる方が怖いんだって」

 謎の視線が気になるってことだと確かに一人でいるのは怖いね。


「でも原因がわからないんじゃどうしようもないよね」

 お局さんの呪い??こわーい。

「お祓いとか塩をまくとか?」

 ユカとアミがそんなことを言っていると、ママが漬物を出してきた。

「神様にいってもどうにもならないとと思うけどね」

 梅干し、柴漬け、キュウリ、美味しそうな漬物盛り合わせ。

「オバケって神様にいってもダメなの!?」

 ママの一言にみんなでギョッとする。

「お化けより生きている人間の方が怖いさ、今回はどちらかというと縁切りがいいと思うけどね」

「縁切り!?」

 私たちは意外な言葉に驚いたのだけど、ママはそれ以上のことは何も話してくれなかった。


 ユカたちはかなり飲んでいい感じの酔っ払いに仕上がって帰っていった。ママの好意でひとり三千円。三時間近く、飲み放題食べ放題して。ママの手料理を堪能してのこのお値段。アミたちも申し訳なさそうにしていた。

「いいんですか?」

「若い時は大人に甘えておくものさ。良い思い出として残ったなら、いつか後輩に同じようにしてやればいいのさ」

 後片付けをして、洗い物を済ませたら、ママが今日は友達に会うからもう帰っていいと言われた。



◇◇◇◇◇


「さて……」 

 静加はユリカが店を出てすぐ、店の壁に向かってため息を吐く。

「最近、金を落とさない客が増えてほんと困るって言うのに」

 静加には壁にぎょろりとした目玉が二つ見えている。ユカたちが来てからずっと密やかに壁に佇んでいたのだ。


「ん……?あんたたちなんだか絡み合っていて見難いね」


 壁に浮かぶ目は途端に苦し気な顔になり、もやもやとした煙を出して三つの顔をチラリと覗かせた。


「驚いた。死人に生きた人間が絡みついているのかい」


 三つの中で一番若くかわいらしい顔をしたモノが苦し気に静加に何かを訴える。


「私は何もできないよ。ただ気に入らないね。お前、ハナちゃんが言っていたジジイだろう?」

 八田という子に迷惑をかけている色ボケた課長。

「そっちはお局とやらかね」

 存在を認識されて初めて、それらは形を作っていく。


 若い子に絡みつくようにしている年配の男と巻き込まれるように絡んでいる少し歳のいった女。どちらもねばつくような気配を持っている。


「ああ、私に何かを求めるなよ。何もしてやらないから」

 静加は珍しく若いお客が来たからと自重していたタバコを出して火をつける。


「ふー……あんたはなんでそんなに若いのに亡くなったのかね」

 若い子は何か訴えるように口を開こうとしているが絡みついた男の手が口をふさぐように邪魔をする。


「今はお前たちに話しかけていないよ。邪魔をしない……自殺?馬鹿な真似をしたね。そんなのに利用されてしまってさ」

 若い子は静加に必死に伝えようと自分の記憶をイメージで伝えた。


 彼女は仕事と仕事場での人間関係、そして友人関係のいざこざが全部重なって極端な行動をしてしまったようだ。


「……説教くさいのはいやだけどね、自殺はダメだ。今みたいに変なのにつかまることもそうだけどね、自分で死ぬと送られるのは無間地獄っていうんだっけね。昔、そこにいたのだと主張していた子がいてね。じゃなんで今生きてんだって話しだけどさ。その子が言うには、自分で死ぬとほとんどの人間がそこにいくんだと。管理者に五感を奪われて、とある部屋に押しこめられるらしい。イメージとしては都会の出勤時間の満員電車の中っいってたかね。アタシが言ったんじゃないよ……なんかね、周りにはぎゅうぎゅうに人がいるはずなのに見えないし、息遣いも音も匂いも何も感じないんだって。そこにずーっと一人ぼっちでいる。誰とも話せず何も見えず何も聞こえない……何日も何年も……自分の記憶だけが自分の存在を確かなものにする……だんだん自分が何者かもわからなくなる……」


 静加はその遠い知り合いを思い浮かべる。彼女は唐突に静加の前に現れて、その話を伝え、自分が前世で静加を深く傷つけてしまったと悔いていたのだと言う。当時、静加はひどく混乱したものだ。


「何やら上のモノの意向でそこから出て生まれかわってきたらしいけどね……本当かどうかは知らないよ。でもアタシはあながち嘘じゃないと思っているんだ。先に旅立ってしまった親友がね、夢に出てきて死んだあとの世界を何度か見せてくれたんだ。なにかさっきの話に通じていた風景でね。ただの夢って思うだろう?でも私はそれはホンモノだったと思っているんだよ……脱線したね。あんたも、もう死んでしまったもんはどうしようもない。だけど死んでまで苦しむのは酷なもんだ。意識を変えな。生きているものに有効な嫌がらせがあるよ」


 死んでしまったからこそ、霊体でしかない彼女だからこそ、逆にその絡みついたものを引っ張ってあの世とやらに行ける。


「そのまま、そいつらを連れて店を出て現れた道をまっすぐ進みな。ああ、あんたはただそいつらを連れて行くだけでいい。それ以上はダメだよ。あんたが罰を受けてしまう」


 ……生きている人間の方が厄介だ。あの絡みついた執念、妄執は生霊ともいわれるものだ。

 生霊は本人が自覚してもなかなかエモノから離れない。厄介なものだ。

 彼女があのままあの世に向かえば、ジジィとお局はエモノに送っていた執念分のエネルギーを失う。寿命というよりは生きるためのエネルギーというものか。それが減るのだ。自業自得だろう。


 静加はハナの話を聞いていたら、昔ほんの少しの間務めていた会社の上司を思い出した。その上司もやたら愛想を振りまいて、お局と少し美人の先輩との不倫の噂があった。上司は若い子が入るたびに懐かせて食事に誘って。そして関係を持った相手には興味をなくすようだ。が、その後も関心を失われない程度に付き合いを維持していた。

「誰にでも好かれていたい?手放したくない?誰にも責任を持たないくせに?」


 あの生霊になったジジイが元上司と同じ人種かは知らないが、あのジジイは手に入れそこなった相手に粘着して、相手が死んでしまったらその魂を巻き込んで次の相手を絡めとるのに利用していたようだ。

 お局とやらも執念深いタチだったのだろう。たまたまお互いの性質が似ていたばかりに、他人を死に追い込み、新たにエモノを得ようとした。

 惚れた相手が悪かったばかりにね。


 あの二人の生霊が消えても、八田とハナはしばらく影響下にあるのだろう。縁切りのお守りが効くといいと静加は思った。


「……まったく、どうせなら金を落としてくれる客がふえないものかしらね」


 


 

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