第8話:ヒーローは遅れてやってくる(はずだった)
アビス第7支部の主な任務は、侵略のための「資材調達」と、それに対する「ヒーローの迎撃」……を装った、事実上の撤退戦だ。
今日の現場は、海岸沿いの寂れた倉庫街。アルティナ様が指揮を執り、俺を含む戦闘員たちが「それっぽく」木箱を運び出す。
「……ねえ、クロウ。本当に『彼』が来るのかしら」
アルティナが、中身が空のコンテナを転がしながら、震える声で俺を振り返った。彼女が怯えているのは、最近この湾岸地区で猛威を振るっている新鋭のヒーロー――『ブレイブ・レオ』のことだ。
黄金の獅子を模したアーマーに身を包み、圧倒的な機動力で怪人を粉砕する正義の味方。その出現予測はアビス本部でも重要視されており、今日の作戦の「メインゲスト」でもある。
「イーッ、イイッ……(閣下、お気持ちは分かります。ですが本部の予測では、十五分以内にレオが現れる確率は極めて高い。……。いつでも逃げられるよう、私の近くに)」
俺は周囲を警戒しながら「イー」と短く鳴き、彼女を促して倉庫の出口に近い位置へ移動させる。だが、俺の心臓は先ほどから嫌な鼓動を刻んでいた。
(……怖い。直撃したら死ぬ。もし本当にレオが現れたら、俺のような末端の戦闘員なんて、指先一つで挽肉にされる。……。だが、それとは別の『嫌な予感』が止まらないんだ)
俺は逃げ道を確保するふりをして、周囲を観察した。
(……おかしい。あの、倉庫の入り口付近に止まっている数台のワゴン車は何だ? 地元の業者のようだが、タイヤの沈み込みが深い。それに……あそこに立っている作業服の男たち)
一見、工事関係者のように見える。だが、その視線は俺たちの略奪行為への恐怖ではなく、まるで獲物を待つハンターのように鋭く、それでいて「現れる瞬間」を確信しているかのように落ち着き払っていた。
(あの立ち居振る舞い、どこかで見た。……そうだ、永田町だ。独占情報のリークを受けたメディアの記者や、特定の画角を狙うお抱えカメラマンの目つきだ。なぜ奴らは、この場所と時間にヒーローが現れることを『事前に確信』している?)
その直後、俺の疑念は、空を切り裂く轟音によって現実となった。
「ブレイブ・アッパーッ!」
爆音と共に倉庫の天井が崩落し、瓦礫の雨が降る直撃した。砂煙の中から現れたのは、眩いばかりの輝きを放つ黄金のヒーロー、ブレイブ・レオその人だった。
「そこまでだ、悪の組織アビス! 貴様たちの好きにはさせん!」
レオが逆光を背負って着地し、完璧な決めポーズをとる。その瞬間、物陰の「作業服の男たち」が一斉に、プロ仕様の望遠レンズを向けた。驚いたことに、レオはわずか数センチだけ、より「映える」角度へ足の位置を微調整した。
(……待て、今こいつ、カメラを見たか? 戦闘中だぞ? それに今の動き……まるで『撮られること』を前提にしたアクションじゃないか)
レオが動き出す。俺は必死に身を隠したが、そこでさらなる違和感に気づいた。 レオの繰り出す攻撃は、逃げ惑う俺たちを直接狙うのではなく、俺たちが逃げる先に『置いて』あるのだ。
(……なんだ? わざと外しているのか? いや、違う。俺たちが逃げ惑う姿を背景にして、自分が最も美しく見える位置に技を放っているんだ。……まるで、演出された特撮映画の現場に放り込まれた気分だぞ)
レオの攻撃は、俺たちの脇にあるコンテナやドラム缶を派手に粉砕していく。そのたびに火花が飛び、カメラマンたちがシャッターを切る。
(ふざけるな。俺たちは、こいつをスターにするための『やられ役』に選ばれたってことか? ……。だが、おかしい。何かが、予定調和を外れ始めている……?)
レオの動きが、唐突に荒っぽくなった。 華麗な演舞だったはずの動作が、ガタガタと崩れ始める。俺の目の前で、レオが振り抜いた拳。それは狙っていたコンテナを逸れ、隣にいた先輩戦闘員の鼻先数ミリを掠めた。
空気を裂く轟音。掠めただけで、地面のコンクリートがクレーターのように爆ぜた。
(……おい、待て。今の威力は何だ? 『見せるためのパフォーマンス』にしては、火力がデタラメすぎる。……レオの様子も変だ。あいつ、自分の右腕を必死に抑えて……)
そこで初めて、俺はレオの腰にある黄金のベルトを見た。 「ガ、ギギギィ……ッ!」という、金属が無理やり擦り合わされるような悲鳴。そして、スリットから漏れ出す異常な熱気と、不気味な火花。
(……そうか。あのベルト、出力がバグってやがるんだ。撮影のために、無理やり出力を引き出して『見栄えの良い破壊』を演じようとした結果、システムがオーバーヒートを起こして制御不能に陥ってるのか……!?)
レオが右拳を振り上げる。その拳に収束していく光は、もはや制御可能な正義の力ではなかった。周囲の空気が熱膨張で歪み、地面の砂利が勝手に跳ね上がる。
(……まずい、あれは死ぬ。戦闘不能にするための技じゃない。……。あのベルト、暴発寸前だ!)
死の質量が、巨大な拳となって先輩戦闘員の頭上に振り下ろされようとした、その時――。
「グオォォォーッ!!」
重厚な角を持つ怪人が、爆炎を突き破って割り込んだ。
「あ……あなたは、第4支部のデッドホーン閣下!? どうして……!」
アルティナが驚愕の声を上げる。そこにいたのは本部のエリート、デッドホーンだった。
だが、その姿を見た俺は絶句した。 かつて本部の式典で見かけた、漆黒に輝く威厳ある重装甲はどこにもなかった。今の彼の体は、無数のひび割れを無理やりパテやガムテープで塞ぎ、関節からは潤滑油が涙のように漏れ出している。本来なら即座に換装すべき装甲が、文字通り「死ぬまで使い倒す」と言わんばかりの継ぎ接ぎだらけで維持されていた。
「……アルティナ様、お下がりを。……チッ、本部のこの俺が、こんな泥臭い後始末に駆り出されるとはな」
デッドホーンの声は、装甲の隙間から漏れる蒸気の音に混じって掠れていた。彼がレオの拳を受け止めるたび、そのボロボロの腕が悲鳴を上げ、金属の破片がパラパラと地面にこぼれ落ちる。
(……なるほど。読めたぞ。本部は、この制御不能になった『不良品』のヒーローに、予算を削られ整備すら受けさせてもらえない『不良債権』のデッドホーンをぶつけたんだ。両方まとめて潰し合いをさせて、カメラの前で不祥事ごと闇に葬るつもりか……!)
俺の頭の中で、元秘書としての冷徹な計算が、恐怖を上回った。
(……ふざけるな。そんな汚い『リストラ』、俺の目の前で完遂させてたまるか。……。デッドホーン閣下、悪いがあなたの命、俺がもっといい値段で買い取らせてもらいますよ)
「イーッ! イイィィッ!(デッドホーン閣下、早くトラックへ! ここは俺が案内しますッ!)」
俺は、震える足でトラックのエンジンをかけた。




