第14話:武闘派・ヴォルガス将軍の悩み
「予算が足りん、だと……!? 貴様、ふざけているのかッ!」
本部の軍事局。爆発音のような怒号が、重厚な扉を突き抜けて廊下にまで響き渡っていた。声を荒らげているのは、アビスの全軍事力を統括するヴォルガス将軍だ。筋骨隆々の巨体に、数々の死線を潜り抜けてきた傷跡が刻まれたその男は、デスクを叩き割りそうな勢いで補給局の末端職員を睨みつけている。
「イ、イーッ!(も、申し訳ございません! 局長からは、原材料の高騰により、新型魚雷の配備は来期に延期せざるを得ないと……!)」
俺は「掃除担当の戦闘員」を装い、廊下の隅でモップを動かしながら、その様子を観察していた。ヴォルガス将軍。組織への忠誠心は高いが、融通の利かない「脳筋」の典型だ。そして今、彼はドラクマの中抜きによる深刻な「武器不足」に頭を抱えている。
(……絶好のタイミングだ。忠誠心が高い奴ほど、その忠誠を裏切られたと知った時の反動は大きい。だが、ここで俺が表に出る必要はない。本部の連中には、俺の顔も声も覚えさせないのが鉄則だ)
ちょうど、半泣きの補給局員が部屋から飛び出してきた。俺はそいつとすれ違う際、わざと足を引っかけて転ばせ、彼が抱えていた書類の束を廊下にぶちまけさせた。
「イーッ、イイーッ!(申し訳ございません、先輩ッ! すぐに拾いますッ!)」
俺はマヌケな新人を演じて、大袈裟に「イーッ!」と鳴きながら、床に散らばった書類をかき集める。その混乱に乗じて、あらかじめ用意していた「例のメモ」を、最も目立つ一番上に重ねて配置した。
「イィーッ!(邪魔だ、どけ!)」
怯えきった職員が俺を突き飛ばして書類を掴もうとしたその時、部屋の中からドカドカと重い足音が近づいてきた。
「待てと言っているのが聞こえんのか、この腰抜けがッ!」
ヴォルガスが、逃げた職員をさらに怒鳴りつけるために部屋から出てきた。大男の影が俺たちを覆う。職員は悲鳴を上げてその場に凍りつき、拾いかけの書類が再び床に投げ出された。
ヴォルガスの鋭い視線が、床に散乱した書類の一番上――俺が仕込んだ、偽装された裏帳簿へと注がれる。
俺は掃除を続けながら、ボイスチェンジャーを使い、将軍の背後に回った別の戦闘員に声をかけるフリをして、将軍の耳に届く音量で独り言をこぼした。
「イーッ……(……ったく、ドラクマ局長の新しい別荘、軍事予算三期分だってよ。現場の俺たちが弾丸一発をケチってるってのに、笑えるよな……)」
ヴォルガスは無言で床に屈み込み、その紙をわし掴みにした。そこには、名目上の『資材高騰対策費』がドラクマの管理口座へ消えている生々しい数字の羅列が記されている。部下が持ち歩いていた書類の中から見つけた「決定的な証拠」と、小耳に挟んだ不穏な疑惑。二つのピースがヴォルガスの脳内でガッチリと噛み合う。
「……ドラクマめ。武人の誇りを、金に換えたか」
怒号が止まり、代わりに背筋が凍るような静かな殺気が廊下まで漏れてきた。ヴォルガスは逃げた職員に一瞥もくれず、地を這うような足取りで自室へと戻り、直属の『親衛隊』に招集をかけるための受話器を取った。
(よし。怪人だろうが何だろうが、他人に教えられた情報より、自分が『偶然見つけ出した真実』の方を強く信じ込むのは同じだ。ドブ板選挙で培ったこの心理法則は、アビスでも十分に通用する)
俺は何食わぬ顔でモップを持ち、ゆっくりとその場を離れた。これで、ドラクマの背後には、怒り狂ったアビス最強の軍団が張り付いたことになる。
(さて、次はいよいよ、追い詰められたドラクマに『救いの手』を差し伸べてやろう。……もちろん、地獄への案内状と共に、な)




