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八、森のランちゃん

根黒曼鎖(ねくろまんさ)」――それが、この呪術書の名前だった。

 かつて中世ヨーロッパには、ネクロマンサーという心霊術師がいた。依頼を受けて霊を呼び出し、用意した死体に一時的に乗り移らせて喋らせ、そいつから依頼者の知りたい情報を得る、というものだったが、呼び出したからって別に霊より立場が上なわけではないので、霊が言うことを聞かないとか、嘘を教えるとかいった失敗が多く、評判は良くなかった。

 それを思わせる名前がついているので、この本が胡散臭いのは当たり前かもしれない。が、結果はともかく、とりあえず死者が生き返ったのは事実だから、魔術書としては、いちおう、ちゃんと(?)はしている、といえる。



 ランと葉月は学校の裏山の中で、この根黒曼鎖(ねくろまんさ)を隅々まで調べたが、呪いを解く方法は見当たらなかった。ちなみにどう調べたかというと、二人で同じページを見ていっても非効率なので、向かい合って二人の間に本を立てて、それぞれの左手で持ち、右手で葉月は本の初めから、ランは終わりからページをめくっていって、真ん中で合流する、という方法をとった。

 だがそのうち左腕が疲れてしょうがなくなり、近くにちょうどいい高さの大岩があったので、本をその上に立てて、向き合って寝転びながらやることにした。

「うわぁ、こりゃ楽でいいわぁ」

 本をめくりながら、ほけた顔でにやける葉月に、向かいでランが目を吊り上げた。

「ほら、気を抜かないで、ちゃんと見ないとダメデスよ」

「わかってるって。厳しいなぁ、ランちゃんは」 


 ランは、この先も協力しあわなきゃいけないとわかっていても、葉月のことがまだ信じられなかった。そもそもこいつが全ての元凶だし、自分のせいで親友の西山千尋が死んだのに(って彼ら二人で招いたんだから自業自得だが)、あまり気にしていないように見える。呪いを解く方法をこうして探しているんだから、罪悪感とか義務感はあるかもしれないが、基本はへらへらしているので、誠意があったとしても伝わってこない。



 そんなふうに紙をぺらりぺらりとめくっていって、十五分はたったころ、ど真ん中の一ページをはさんで二人が顔を突き合わせることになった。ランが黄ばんだ紙の端から覗くと、同じように目の前の紙の脇から、葉月の吊り目がひょいと出て、少し驚いた。

 が、相手の驚きはそれ以上だった。

「わわっ! ちかっ! 近いよおー!」

 叫んで顔を赤らめて引っ込み、ランも手を放したので、本はひらいたままぱたんと倒れた。見ていたページもふわりと落ちたが、古紙のせいか根元が浮いた半端な位置で止まった。


 ランはきょとんとしたが、急におかしくなって笑い出した。確かに、紙一枚隔てた場所に二つの顔があったら、そのままくっつきそうな距離ではある。でも、だからって、こんなに照れなくても。

「ふふふ、葉月さんたら。べつに近くても、チューなんかしまセンよー」

「ちゅ、ちゅー……」

 こんどは顔がまっかになり、あわてて手を振って言う。

「ふ、ふざけてる場合じゃないよ! これだけ見てもなかったんだし、別の手段を考えないと! そ、そうだ、うんうん」

 などと肩をいからせて両こぶしを握り、自分に言い聞かせるように言うので、また笑ってしまった。この人、じつはすごい純情というかスケベかもしれない、などとランは思った。



 しかし、確かに呪い解除法が見つからないのはまずい。そこで「死体蘇生の術」のページを見返してみることにした。なにか手がかりが見つかるかもしれない。そこは折り目がつけてあるから、すぐ分かる。

 あかりを蘇生させるときに、ランが最初に見せられたページだったが、読むのは初めてだった。やり方が詳細に書かれたあと、少し空白があって(参考)とあり、文が続いていた。

 読むうちにランの顔は引きつり、目が今にもあかりになるくらいに飛び出そうになった。


「ど、どうしたの?!」

 驚いた葉月に、ランは震えながら言った。

「や、やり方の下に、ちょろっと書いてありマスよ。呪いの解き方が……!」

「えええっ?!」

 目を丸くした葉月に、ランは噴火寸前の活火山の趣きで、低く聞いた。

「これ、葉月さん側でしたヨネ? さっき、ナゼ見つからなかったデスか……?」

 葉月はわずかに固まったが、すぐにへろっと笑い、頭をかいて言った。

「ごめん、そのページは、知ってるからって飛ばしてたわ」

 ランは一気にあきれ顔になり、続けた。

「じゃ、じゃあ、この(参考)のところは……」

「ああ、参考だからいいや、って、そこは最初からガン無視で……」

「くわあああー!」

 たちまち本を放り、熊のごとく両腕を振り上げてキレるラン。

「はーづーきぃ――!」


「ひやああー! ごめんランちゃあーん!」

 ビビって逃げ回る葉月を追うラン。葉月は林立する木々を背に追い詰められ、両手で制して苦笑で必死に謝る。

「わ、わざとじゃないから! ごめん、ゆるして!」

「だめデス! ゆるしまセン! 罰として、この場であなたに、チューしマスッ!」とハグのポーズで口をとがらす。

「ひいいー! それだけはー!」



 だが、ふざけている場合ではなかった。葉月の顔色が変わり、いきなり地面にはいつくばると、左足を引っ張りだした。その足首には、木のあいだから顔を出している誰かが、しっかりと食いついて、血が出ているではないか。

「い、いたあーっ!」

 葉月は顔をゆがめて叫び、なおも左足を引っ張ったが、森からやってきたそいつは、足首に噛み付いたまま、なかなか離れない。

「葉月?!」

 ランは駆け寄った。泣きそうになっていた。

(は、葉月までゾンビになったら――)(ランは、ランは、いったい、どうすれば――?!)

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