七、惨殺の銀つま
あっという間もなかった。いきなり三島恵理子がすっとキララのところへ移動したと思うと、その喉笛に歯を立てて食いついた。肉を食いちぎられ、血しぶきが花火のごとく派手に飛び散り、キララは目をむいて「オーノー! ヘルプミー!」と叫んでのけぞり、絶命した。
これにはジョルジュがキレて、「てめえ、よくもキララを!」と椅子を振り上げ、その足で恵理子の横っ面をバシッと張り飛ばした。だが相手はふらふらとよろけるだけで、あまり効果がない。それでもしつこく何度も椅子の足で往復ビンタするうち、恵理子の口から恒例のように大量の腸がデロデロとあふれだし、彼女は困ったような顔で、ふらふらとドアから廊下に出ていった。
一方、キャンはビビって部室の真ん中にある大机の下にもぐり、頭を抱えて震えていた。だが、足元に何かが泳いできたので、見れば、あかりの眼蛇が、にょろにょろこっちへ這ってくるではないか。
彼女は、あまりの恐怖に完全に理性を失い、「ぎょはあああー!」と叫ぶや、思わず眼蛇の首根っこをつかむと、机の外に飛び出した。すると目の前に、右目のないあかりが立っていたので、またおののいて「ぎょええええー!」とわめいて(うるさくてスマン)、持っていた眼蛇を、野球ボールのごとく窓のほうへ放り投げた。
目が外へすっ飛んだので、あかりはゆっくりときびすを返して窓まで行き、枠に「うんせ」みたいに足をかけて、外へ出て行った。なにか変だが、目を取りに行ったのだろう。
ゾンビどもは動きがスローなので、見ようによっては、婆さんのように呑気にも見える。だがむろん、キャンはそんなことを思う余裕はなく、ただ「ひいいい!」と這うようにドアから逃げ出した。
恒子はとうに廊下へ飛び出し、部室棟から校舎へ戻っていたが、入ったところで、右奥に職員室があったのを思い出し、そっちへ走った。が、ドアが見えるやユーターンした。ドアの前に、校長と教頭のバラバラ死体が転がっているのが見えたのだ。これで先生方は頼りにならんとわかった。
手足胴体バラバラの死体が見えたとき、教頭の生首がこっちを向いていたが、恒子は死んだあとも醜悪な面がまえだと思った。彼らは殺されただけで食われなかったようで、ゾンビにはならなかったと見える。生徒らは二人の顔を見て、食う気が失せたのかもしれない。
だが戻ったとき、部室棟のほうからゾンビ化した生徒たち数人が、ふらふら歩いてくるのが見えて、あわてて近くの教室に逃げ込んだ。そこは家庭科室で、中央にいくつも並ぶ大机の一つ一つに、銀のガス栓がついている。
見るや、ひらめいた。
(そうだ、これであいつらを焼いてしまえば、きっと――!)
ホラー映画など観たことはなくても、こういう化け物は幽霊などと違って肉体があるから、火で焼けば倒せそうだ、という判断はできた。なんなら学校ごと燃やして火葬にすれば、このおぞましい事件も解決するだろう。校内には自分の部下の部員たちも含め、まだ生きてる奴もいそうだが、もうそんなん、かまっちゃいられんわ。
などと、さっさとガス栓をあけようと近寄ったが、ふと机の向こう側に、グレーの頭があるのに気づいた。
(灰色……?)(あっ――!)
星野宮マスコミの第一人者なので、こういう珍しい色をした髪の生徒についての情報は入っていた。
(そうだ、たしか自称科学部の――)(本願寺――じゃない、神隠し――でもない……)
名前を思い出しかけたとき、とつじょ机の向こうから、その西山千尋が飛び出し、卓上をトカゲのごとく這ってこっちへ来たので、恒子はぎゃっと飛びのいた。
(うわっ、こいつもかああ――!)
その流血した顔とイッちゃった目つきは、完全に死人そのものだった。
が、飛びのいた場所が悪かった。壁際にあったタンスに思いっきり背中をぶつけ、そのままずるると崩れ落ち、あおむけに倒れてしまった。タンスの上には、ちょうど十数本の銀のナイフが透明のタッパに入れて置いてあった。タンスが大きく揺れたせいで、それらがまとめて真下に落下した。鋭いナイフが全て下をむいたまま、塊になって恒子に迫った。
「きゃああああ――!」
絶叫した恒子の顔面に十数本のナイフが全て突き立った。
ドスドス! ドスッ! ドスッ!
落下の高さで勢いがついたせいで、刃は彼女の丸顔の柔い肌を深々と貫いた。目にも、大きくあいた口にも、その輪郭の中すべてに、大量のナイフが無慈悲に突き刺さったのだった。
「ぐ、ぐえっ――!」
あえぐまもなく、膨大な血を顔じゅうからドバドバ吹いて、恒子はあおむけのまま、手足をびくびく痙攣させた。刃は目玉も舌も、おっぴろがった鼻の穴も貫通し、もこもこ髪は毛先までぐっちょりと血に染まり、床にだらだらとしたたった。
恒子は、全身をしばらくびくんびくん引きつらせてから、止まった。顔面に十本以上のナイフを突きたてたままのすさまじいビジュアルで、大の字になって血の海に横たわった。その顔を見たら、人によっては、ようじ入れのビンにぎっしり詰まった、無数のつまようじを思い出すかもしれない。
校舎から裏庭に出たキャンは、ふと振り返り、部室棟の窓にジョルジュの姿を認めた。が、そっちに行くことはなかった。一見キララと抱き合って乳繰り合っているようだったが、よく見ると互いの首や肩に食いつきあっているだけだったからだ。
ジョルジュは、ゾンビ化したキララを助けることは出来なかったが、といって愛するものを殴り倒して逃げることも出来なかった。ただショックで固まり、そのままキララに襲われるしかなかった。
しかし、テンパれば人の目玉をつかんで投げるほどのキャンだから、彼女が一緒にいれば、あんがいキララをけり倒してでも助けてくれたかもしれない。
だが、ジョルジュには運がなかった。親友であり、幼馴染である大切な人がゾンビ化して固まったとき、とっさに隣の中国人がけり倒して助けてくれた――あの、日下部葉月のような幸運がなかったのである。